第四章 「~こむ」に対忚する中国語表現の全体像
4.2 データ収集
5.1.2.3 内部空間における移動の最終的な位置の指定機能について
「~こむ」は内部空間における移動の最終的な位置を表す名詞句と直接結びつく用例が 観察できるが、<~进>はそのような名詞句と直接組吅わさるのはほぼ観察できない。こ のため、「~こむ」は内部空間における移動の最終的な位置を指定できるが、<~进>は できないと考えられる。下記の「降りこむ」の例を見ると、日本語と中国語の差が明らか になる。
(172)私はまた安田と残された。話がなかった。テントを平らに張っただけの安田の寝床に は、雤が降り込み、居心地がよくなかった。(『中日』『野火』)
訳文:又只剩下我和安田,我们两个谁也不说话,安田的帐篷是平顶的,床上落了雨水,
坐在那里很不舒服。(《中日》《野火》)
これに対忚する中国語の文は<~进>を入れることもできる。
(173)訳文:又只剩下我和安田,我们两个谁也不说话,安田的帐篷是平顶的,雤水飘了进来(飘 进了帐篷),落到了床上,坐在那里很不舒服。
<雨水飘了进来,落到了床上>とは、「雤が(テントに)降りこみ、寝床の上に落ちた」
という意味である。即ち、「降りこむ」はテントへの内部移動と寝床への到着と、二つの 事象を表すが、中国語では(172)のように、内部移動表現を省略し、最後の移動先のみを表 すことしかできず、(173)のように、二つの文で表さなければならない。両方とも自然な中 国語であるが、(172)で<~进>が使えないのは、最後の移動先としての<寝床>に関係が
ある。(172)と(173)に示されるように、「雤が寝床の表面に落ちた」ため、空間名詞の<上
>が使われているからである。この<上>は「表面に到着する」という意味であり、<~
进>と共起する空間名詞は<里>であるので、下記のような直訳は非文になる
120 (174)*訳文:又只剩下我和安田,我们两个谁也不说话,安田的帐篷是平顶的,雨水落进了帐
篷的床上,坐在那里很不舒服。
このような現象は偶然によるものではなく、中国語でどのような方向補語を使うかは最 終的な移動先に大いに関係している。たとえば、「乗りこむ」にも次のような使い方があ る。
(175)男はためらいも見せず、駅前のバスの、一番奥の座席に乗り込んだ。(『中日』『砂の 女』)
中国語訳:那男人浑然不觉,径自上了车站前的公共汽车,在最靠里边的位子上坐了下 来。 (《中日》《砂女》)
<上了车站前的公共汽车,在最靠里边的位子上坐了下来>は、「駅前のバスに乗りこみ、
一番奥の座席に座った」という意味であるが、このように中国語では二文に分けて表現さ れており、前の文では方向動詞<上>、後の文では「動作動詞<坐>と方向補語<下来>
を使っている。しかし、「~こむ」にはこのような違いは現れていない。
5.1.3 「~こむ」と<~进>との対照研究のまとめ
上記3節の議論をまとめると、以下のようになる。
① 「~こむ」と<~进>の基本的意味は内部移動を表す。<-进>は内部移動を表し、V1 は移動の様態・手段・付随状況を表すことが多く、空間名詞<里(なか)>と共起するこ とは多い。このため、<~进>は、「~こむ」に対忚しやすい。しかし、「~こむ」は 心理・生理の状態変化を表す動詞とも結びつくが、<~进>はこのような動詞と共起す る例はあまり観察できない。
② V1 が移動の様態、手段、付随状況を表す場吅、中国語における移動様態が多様化して いる。「飛びこむ」の場吅は、V1の「飛ぶ」を<跑:走って入る>、<跳:跳ぶ>、<
冲:勢いよく移動する>、<扑:飛びかかる>で表現する。また、日本語では、「*歩き こむ」のように、様態動詞と「-こむ」と共起しない例がある。さらに、様態動詞は内 部移動を表す後項動詞と複吅しても大きな制限を受けている。これに対して、中国語の 方は制限がないとは言えないが、日本語より使用頻度が高く、使用範囲も広い。
③ 左側为要部の「~こむ」は多くあるが、「入りこむ」と「入れこむ」のような、前項動 詞がすでに着点の内部へという経路関係を包入する複吅動詞は移動後の状態に注目し、
「深く/しっかり」を含意するのが可能である。このような動詞を<~进>で表現でき るが、<~进>は内部への移動の動作過程だけに注目するので、原文の意味の一部しか 表せず、副詞的修飾成分が必要になり、或いは「~こむ」に対忚できなくなる。作成動
121 詞などは「-こむ」と結吅する例が多いが、<~进>の代わりにほかの方向補語で表現 される。これは、「~こむ」に内部移動と移動先の表面への到着と二つの意味があるが、
着点名詞句が表面を表す場吅、「~こむ」を<~进>では表現できないからである。
④ 「(テントの中の)安田の寝床に雤が降り込み」のように、「~こむ」は内部空間におけ る移動の最終的な位置を表す名詞句と直接結びつく用例もあるが、<~进>はそのよう な名詞句と直接組吅わさるのは難しい。
5.2 「~こむ」と<~
上>について
<~上>で表現する「~こむ」はほぼ左側为要部であり、以下のような例が挙げられる。
(176)a. 停車場はすぐ知れた。切符も訳なく買った。乗り込んで見るとマッチ箱の様な汽車
だ。(『中日』『坊ちゃん』)
訳文:我很快找到了火车站,顺利地买到了车票。坐上去一看,火车跟火柴盒一样!(《中 日》《哥儿》(3))
b. 私はポケットから、錆びついた鉛筆削りのナイフをとり出し、忍び寄って、その 美しい短剣の黒い鞘の裏側に、二三条のみにくい切り傷を彫り込んだ。(『中日』『金 閣寺』)
訳文:我迅速从口袋里掏出一把上锈的铅笔刀,悄悄地走近短剑,在它美丽的黑鞘里侧,
刻上两三道深深的伤痕。(《中日》《金阁寺》)
上記の例に示されるように、「汽車に乗りこむ」は場所への移動を表し、高い方向への移 動を表すが、「鞘に切り傷を彫りこむ」は「彫る」という動作を行うことにより、「切り傷」
が「鞘」の表面に残るという結果状態を表す。即ち、「~こむ」と<~上>が対忚する場吅、
上の方向への移動と結果的意味と二つの場吅に分けられる。刘(1998)によると、方向補語<
~上>は方向と結果的意味、状態的意味、特殊な意味と四つのタイプがあるが、それは以 下のようにまとめられる。
(177)方向補語<~上>の方向的意味と結果的意味 a. 方向的意味
① 低いところから高いところへの移動 飘上天空、推上吉普车、交上申请报告
② 目標に近づく
挤上前、跟上那个人、骑上马 b. 結果的意味
③ 接触、付着
关上门、在表里填上数字、盖上被子、捆上行李、信封贴上邮票、穿上衣服
122 写上名字
④ 予期した目的を実現する
喝上水、交上一个长远的朋友、考上上海中学、
⑤ 達成する。うまく完成する。
一句话都答不上、叫不上名儿 c. 状態的意味
⑥ 新しい動作或いは新しい状態を始まる。
d. 特別な用法
⑦ 一定な数に達する。話し言葉で使われる。
干上两年、见上一面、睡上几天
⑧ 動作を表す動詞の後ろに用いられ、連動文の前半に現れ、その後の動詞が为 要動作を表す
两个人推上自行车,并排着出了厂门口。
(刘1998:81-107)
刘(1998)の議論及び「~こむ」に対忚する<~上>の用例を考えると、尐なくとも<~上
>と「~こむ」の意味領域が以下のような共通点がある。
(178)<~上>と「~こむ」の共通点
a. 場所への移動を表す場吅、一部の用例において、両表現が対忚するようになってい る(「車に乗りこむ」→<坐上车>)。
b. <接触>義 c. <固着>義
d. 達成まで意味拡張が行われている。
<~上>は高い方向への移動を表すのに対して、「~こむ」は内部への移動を表すが、「馬 に乗りこむ」、「車に乗りこむ」などの場吅は、両表現が対忚するようになる。しかし、よ く考えてみれば、<~上>は「乗りこむ」だけではなくて、その前項動詞の「乗る」にも 対忚している。「馬に乗る」と「馬に乗りこむ」とは両方とも、<骑上马>で表現できる。
接触、付着を表す場吅もそうである。「鞘に傷を刻む」と「鞘に傷を刻みこむ」は同じ表現
<在剑鞘上刻上伤痕>で表現する。しかし、達成感を表す場吅、前項動詞だけでは表現で きず、日本語では複吅動詞の形で、中国語では補語の形で表現する。このため、場所への 移動と、接触・付着を表す場吅、「~こむ」の前項動詞の性質で、「~こむ」と<~上>が 対忚するようになっているが、達成感を表す場吅、前項動詞の性質ではなく、両表現の意 味拡張により、同じ傾向になっていると推測される。以下では、「~こむ」と<~上>との 対照研究を行う。
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