• 検索結果がありません。

創業期(1949 年~1985 年)

ドキュメント内 組織能力の独自性 -成長企業3社の事例- (ページ 71-74)

5. 株式会社ファーストリテイリング

5.2 創業期(1949 年~1985 年)

メンズショップ小郡商事の開業とユニクロブランドの誕生

メンズショップ小郡商事は、柳井の父(柳井等)が1949年に個人商店として創業した。

1949年に山口県宇部市で個人商店として開業し、後1963年に経営基盤を整備するため「小 郡商事株式会社」として法人化された。小郡商事は紳士服、婦人服、高級服やVANショッ プなど、いわゆる洋服店で販売される様々な分野に幅広く手を広げていった。父親の商売 にそれほど興味を示さなかった柳井は、1971年大学卒業後にジャスコ(現イオン)に入社 した。しかし9ヶ月で退職し、1972年に小郡商事に入社した。柳井は若者文化がとりわけ 好きな青年であり、大学に通いながら欧米の専門店や商品を視察することがあった。入社 した後も欧米のギャップやリミテッド、ネクストなどのチェーン専門店の視察を重ねた。

そして「従来の3倍の売り場面積になる100から150坪の専門店を出店する」「一生かけて 20 店舗、30 億円規模の企業を育てる」という夢を胸に抱いていた(山根・小倉, 2000, p.3)。

そして柳井は気軽に入れるアパレル小売店を目指し、1984年別ブランドとしてユニクロ 1 号店を広島市に出店した。ユニクロとはユニーク・クロージング・ウェアハウスの略で ある。柳井は「洋服の生協」「本屋やレコード屋のようにふらっと入って、ふらっと出てこ られる専門店」にしたいと考えていた(石倉, 2004, p.99)。第1号店の特徴は、倉庫形式 で装飾性を極力排除した店舗であり、高価格品・高級品にあわせて凝った店づくりをして いた他社とは異なるものであった。店内はスーパーマーケット型の単純レイアウトに加 え、セルフサービス、1 カ所集中チェックアウトシステムを採用した。また、全商品に自 社特有の品番を採番することで、商品配置や陳列の作業を単純化した。このような努力の もとに、オペレーションコストの低減を図っていった。

ユニクロの商品は年齢に関係ない普段服をコンセプトとしており、「ベーシック・カジ ュアル」、ターゲット顧客は「ノン・エージ、ユニセックス」となっている(石倉, 2004, p.100)。当初は、賃料の高い都市圏ではなく、郊外店にビジネスチャンスを見いだし出店 していった。1984年当時は、カジュアルウェアが若者だけでなくあらゆる世代に浸透して いった時代であり、ユニクロの急成長を後押しした。朝早くから営業開始をするなどユニ ークな戦略も話題を呼び、開店前に長蛇の列ができた店舗もあった。しかし、当時のユニ クロは低価格をうたい、インポート品の取扱いも多く、「安かろう、悪かろう」の典型で あった。これには、理由が2点あった。1点目は、柳井がこれより先、日本市場が世界統一 市場へと組み込まれ世界同一価格の波が襲ってくると考えていたため、いち早く低価格化 を実施したことによる。2点目は、柳井は欧米視察を通じてSPAに注目していたが、この 時点ではまだ体制が構築できていなかったためである。このような中で FR のとった戦略 は、徹底した低価格戦略だった(石倉, 2004)。柳井はユニクロブランド立ち上げと同時期 の1984年9月に社長に就任している。就任当初、韓国や台湾から仕入れた商品の価格が、

1985年のプラザ合意以降の円高でも下がらないことに業を煮やし、原因を調査した。その 経緯で偶然ジョルダーノという店を見つけ、値段は安いが品質が高いことに注目し商品を 仕入れている。ジョルダーノの生産工場はギャップ、エディバウアー、L.L.ビーンなど、

SPAトップブランドの商品も生産していた。こうした出来事をきっかけに柳井は、SPA構 築に向けて動き始めた。

日本のアパレル業界の特徴とFRの理念

当時のアパレル業界は、消費者を分類・ターゲティングを行い、そのターゲット顧客に 対して、ファッション性の高い商品を販売することが通例であった。そのため、商品は多 様化し、季節性を加えると、原料や副資材は多数必要であった。このようなことから、ア パレル業界では、生産工程の複雑さと長さにより、商品の標準化は難しいといわれていた

(石倉, 2004)。また、小売業者は商品企画をメーカーに任せ、販売に特化している小売業 者が多く、売れ残りの商品はメーカーに返品することが当たり前であった。その結果、ロ ス分は価格に上乗せされていた。要するにアパレル業界では、分業体制が確立しており、

バリューチェーン全体としての繋がりは薄かったのである。柳井はそのようなアパレル業 界に疑問を持ち、独自のスタイルを構築していった。FRとは、「ファースト」=「迅速に」

と「リテイリング」=「小売」を組み合わせたものであり、「顧客要望の即商品化」とい う意味をもつ(山根・小倉, 2000, p.4)。柳井によると、顧客ニーズが原点にあり、それと 生産を結び付けるために FR が存在しているとする。小売業、メーカーなどの枠を超え て、ベーシックなカジュアルへの要望を聞き、商品を作っていく。それは、カジュアル産 業を自分たちで作っていくことだと考えていた(販売革新, 2001/01)。

ユニクロでは上記のとおり、「普通の人」が「普通に着る」、「ベーシック・カジュア ル」で「ノン・エージ、ユニセックス」向け商品を対象とし、市場最低価格で提供するこ とを目指した(石倉, 2004)。ターゲット顧客が絞られていないということは、アパレル業 界の常識では考えられないことであった。客層や趣向を選ばないこのコンセプトは、商品 の標準化が難しいと言われていたアパレル商品について、商品の標準化をしていくという ことを宣言しているのである。これについて柳井は、「ごく普通の人が毎年欲しがる衣料 品はそんなにコロコロ変わるファッションではなく、とてもベーシックな商品だ」(販売 革新, 2000/01, p.46)と説明する。FRの商品はあくまでベーシックアイテムであり、いわ ばファッションの一部である部品として他の好きな商品と組み合わせてもらえば良いと述 べている(日経流通新聞, 2000/3/14)。また、2011年には、商品に関して「服装における 完成された部品であり(卓越した品質)、着る人の価値観からつくられた服(顧客指向)、

世 界 中 の あ ら ゆ る 人 の た め の 服 」 と 発 展 的 に 再 定 義 を し て い る ( ユ ニ ク ロ HP, www.uniqlo.com/jp/, 2012/04)。柳井はユニクロを世界中で売り、「『インテルインサイド』

みたいに『ユニクロインサイド』と言われる存在」になるとともに、「アパレルでもイノ ベーションで世界に貢献できること」を示したいと考えている(日経ビジネス, 2010/01, p.10)。これは飽和状態とも思われたアパレル業界においては、新たなマーケットを生み出 すということも意味していた。標準化されたベーシック・カジュアルが手軽に購入できる ということは、従来衣料スーパーしかなかった郊外の住宅地に、新たな購買習慣を築くこ

とにつながった。そして、この新たな購買習慣によって新たなマーケットを創造した。

ドキュメント内 組織能力の独自性 -成長企業3社の事例- (ページ 71-74)