4. 株式会社シマノ
4.4 トップメーカーとしての地位確立(1970 年後半~1990 年前半)
コンポーネント化製品の投入
シマノが今日の自転車部品トップメーカーの地位を築くうえで重要な役割を果たしたの が、前述のデュラエースに始まるコンポーネント化製品の投入である。特に鍵となったの が、前述の1973年「デュラエース・シリーズ」、1984年の「シマノ・インデックス・システ ム(SIS)」、1986年のMTB用「ニュー・デオーレXTシリーズ」、そして1989年の「シ マノ・トータル・インテグレーション」の投入であった(武石・青島, 2003, p.140)。
シマノ・インデックス・システム(SIS)はデュラエースの新シリーズとして発売され た。SIS は変速機のための製品であり、シフトレバー、変速機、ギア、ケーブルから構成 された。シフトレバーにラチュット(位置を決めるためのツメ)を内蔵し、ギアを 1 つシ フトするのに必要な分だけレバーがシフトするように自動化した。しかし、ラチュットを 組み込むことで部品点数が増え、樹脂部品が焼結部品にかわったことで、大幅なコスト増 になった。また精度要求が厳しくなり、コンポーネント化されたことで、それまでモジュ ール部品として量産していたものが、市場が限定されコストが増加したという面もある。
この問題に対して、シマノは生産技術の向上で乗り越えていく。まずは前述のとおり冷 間鍛造技術によりコストダウンと精度向上を果たした。以前から取り組んでいた技術も多 分に活用された。例えば、ギアの振れを解消するフリーハブ・システム、変速性能を高め るデュアル・サーボ・スラントパンタグラフ・システムやユニグライド・チェーンである。部 品ラインへの自動組み立て技術の向上にも熱心であり、組み立て機械を自社開発し生産性 を高めていった。また、シンガポール工場での生産がコスト競争力に貢献した。更にシマ ノは後述のマウンテンバイクという新しい市場を創造し、コンポーネント化製品を投入 し、販売数を増やすことでコストを削減した。もうひとつの問題は、シマノの部品だけで なく、完成車としての性能を高めるには、自転車販売店での組み立てが大きな影響を及ぼ すということであった。これに対しシマノは、後述のとおり、販売店に組み立て方法を指 導することで性能を高めている。
SIS は、プロのロードレース選手が条件の良い走路で最高の変速機操作をするレベルを 常に保つことができ、その品質が認められた。選手は様々なチームを渡り歩いており、前 のチームでシマノの製品が気にいると新しいチームでも継続して使用してくれた。シマノ 製品の支持を見た老舗自転車完成車メーカーのカンパニョーロは、今まで製造していたフ リクションタイプ(アナログでのシフト操作)を改めた。そして、シマノと同様のインデ ックスタイプ(シフト操作の自動化)を発売するようになり、インデックスは市民権を得 た。一方、日本では、高級自転車の世界において、シマノより評判が高い自転車部品メー カーの前田工業(サンツアー)がACCUSHIFTという名前で同様のシステムを投入してお り、競争は激化していた。
この時期に投入された主要製品が、1986 年のマウンテンバイク(MTB)用「ニュー・デ
オーレXTシリーズ」である。この製品の投入により、シマノはシェアを増やし、トップメ
ーカーとして躍り出ることになる。シマノが他社に先駆けて MTB 用部品として初めて販 売したのは、1982年のデオーレXTであった。これまで自転車が走らないような山道、岩
場、砂漠、川、泥道など悪路に耐えられる部品である。MTBでは、ロードレーシング車よ り厳しい条件をクリアする必要があった。オフロードでは、振動、泥、ホコリなどロード レースではない状況に対応する必要があり、それはF1レース車がパリ・ダカール・ラリーを 走れないのと同じだった。また SIS は変速レバーがフレームのダウンチューブについてい るためケーブルの経路がシンプルだったが、MTB用車では山を下る際にハンドルから手を 離せないため、ハンドルバーに変速レバーを付ける必要があった。そのためケーブルの経 路が長く、アウターケーブルが必要になるなど、SIS をそのまま適用することはできなか った。
こうした困難な条件を、それまで蓄積してきた高い技術(フリーハブ、UGギア、UGチ ェーンなど)で乗り越えた。具体的には、米国各地から粒子や質が違う土砂を集め、試作 品に泥水をかけてテストを繰り返した。強度の強いカセット式フリー・ハブを中心にした 初のMTB専用部品コンポ、「デオーレXT」が82年に完成した。これを見たMTBの先駆 者であるゲイリー・フィッシャーは、世界的にヒットになると絶賛した(日本経済新聞,
2005, 私の履歴書⑲)。そしてMTB市場はシマノの独壇場となっていく。シマノはロード
レース用、MTB用と幅広い商品展開を行ったのに対し、他社製品は対象とする市場が特定 されていた。レーシング車だけで見れば他社製品の方が優れていたとしても、ディーラー としてはレーシング車も MTB も両方の部品がそろうシマノ製品をまとめて注文した方が 好都合であった。こうして MTB での差がシマノに有利な方向に働き、それがレーシング 車にも波及し、シェアが雪だるま式に増えていった(武石・青島, 2003)。そして、ライバ ル会社である前田工業(サンツアー)社のシステムであるACCUSHIFTは市場を去った。
トップメーカーに上り詰めたシマノの地位を不動なものにしたのが、「シマノ・トータ ル・インテグレーション」(STI)である。競合他社がインデックスの製造に苦心していたと ころに、更に上をいく商品を1989年に投入した。STIは、変速操作とブレーキ機能を一体 化したシステムである。レーシング車用のデュアル・コントロール・レバーと MTB 用のラ ピッド・ファイヤーを組み合わせ、そこに SIS、シマノ・リニア・レスポンス、HG ギア、SG ギアなどを更に組み合わせた。SIS ではシフトレバーがシフトしたままで良かったが、
STI ではシフトするたびにレバーを元の位置にもどさなくてならなかった。SIS より更に 複雑な構造となった。STIの開発において、シマノは今まで開発していなかったUG、HG チェーンなどにも範囲を拡大している。目標とするシステムの機能、性能を実現するため に必要な技術であれば、自ら開発していくのがシマノの姿勢であった。特定の部品に特化 し専門化するという方向だった自転車業界において、この姿勢は他社とは異なっていた。
STI に対する市場での評価は高かった。ロードレース選手からは、手を離さずに変速も 制御もできるため、シフトのミスがなくなり、また競争相手に操作を悟られにくい点も高 評価だった。MTBでは、悪路のオフロードでハンドルから手を離さずに正確、迅速、円滑 に変速や制御を操作できる、と高い評価を得た(武石・青島, 2003)。
顧客起点の技術開発
顧客の要求に応ずること、つまり顧客価値を高めるシマノの姿勢についてみてみよう。
その出発点は、「自転車は単に人や荷物を運ぶ道具ではなく、人の健康や楽しみを促進す る道具として語れる時代がくる」という 2 代目社長で長男の尚三が掲げた理念であった
(Decide International / 決断,2009,p.35)。「人の健康や楽しみを促進すること」という理 念が、自転車に乗る人の健康や楽しみを促進するにはどうしたらよいのかを技術開発を追 求することになった。この理念を体現すべく、研究開発に打ち込んだのが、庄三郎が社長 を務める時代から、シマノの技術を引っ張ってきた開発者の次男敬三であった(週刊ダイ ヤモンド,2009)。敬三は、自らが技術者でありながらも、顧客価値志向の技術者として、
社員にエンドユーザーの視点を植え付けていった。例えば、シマノ技術者はロードレース に1年間同行している(日経ビジネスアソシエ,2004/11)。エンドユーザーに関する情報は 完成車メーカーからも得ることもできるが、完成車メーカーにとって重要なのは地域特性 やターゲットユーザーの特性に合わせた個別化である。自転車に対する普遍的なニーズを 汲み上げるには自らが市場と接する機会が必要であった(武石・青島, 2003)。
また同様に、前述のとおりディーラーキャラバンと称する小売店への訪問活動を行い、
ニーズを収集している(武石・青島,2003)。さらに、エンドユーザーのニーズを把握・収 集するために、後には販売店のシマノ社員常駐(日経ビジネス,2010/04)や、若手社員の3 ヵ月販売店派遣(エルネオス,2007/11)を行っている。シマノが抱えるレーシングチームで は、レーサーが選手生命を終えても大半が会社に残り、研究開発部門を中心に定年まで活 躍を続ける。シマノの強さは人間の感性による微妙なフィーリングを戦力として豊富に持 つからとシマノ幹部は語る(Decide International / 決断, 2009/09)。またシマノには「自 転車マニア」や「自転車おたく」が集まっている。釣り部門も同じだが、その製品を愛し てやまない人間が働いているのである。自転車レースに参加する場合の旅費を会社が負担 したり、自転車通勤したその距離に応じて商品をもらえるといった制度(ペダルモア)が 規定されている。また自転車通勤者用に会社にシャワールームやレンタルサイクルが整備 されており、自転車通勤を促している。こうした仕組みや風土が、部品メーカーでありな がら完成車メーカー以上に、市場を深く理解し、先取りし、創造することを可能にしてい る(武石・青島, 2003, p.156)。
完成車メーカーやディーラーへの働きかけ
またシマノは部品メーカーでありながら自社の枠を超えサプライチェーン全体に対して 包括的且つ整合性の取れた仕組みを構築している。下流に位置する自転車メーカーに対し ては、新しい自転車のコンセプトを提案し、数社が賛同して商品化された。例えば、段差 の多い都市部でも快適に走れる自動変速機や自動サスペンションを搭載した自転車などで ある。また販売店や修理店に対しては、シマノ部品の組み立てや修理の技術指導を継続し て行い、最終品の品質向上に寄与している。