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6.9節と6.10節を踏まえて、日中の同形複合動詞の全体的な立場で、以下

四つの現象が現れていることがわかった。

①:意味範疇の数を見ると、各部分でも、全体的でも、日本語は中国語よ り圧倒的に多い。

②:意味拡張で見ると、日本語の方は「細かい意味分け」除き、各部分で も、全体的でも、メタファーが多く見受けられることに対して、中国語の方 は常にメタファーとメトニミーが半分ずつである。

③:「細かい意味分け」は「日>中」のグループしかなく、意味拡張の手段 はシネクドキが多く見受けられる。

④: 全体的に日本語の方は意味対応と意味不対応両方の性質を持っている が、中国語の方は意味不対応の方の性質しか持っていない。

⑤:全体的に、日本語の方は「日<中」の「同音漢語スル動詞による意味 範疇補足」、「日=中」の「自他動詞による意味範疇補足」、「日>中」の「細 かい意味分け」、「日>中」の「独特な使い方」という四つの部分に意味範疇 の数が多く見受けられる。中国語の方は「独特な使い方」しかないが、その 中には、平均的であり、特に数多く見受けられるところはない。

まず、①の現象を通して、日本語の各部分の現象と全体の現象が整合的であ る。つまり、日本語の意味範疇の数は中国語より多いことである。この原因に 関しては、7.2 節と 7.3 節で提示したように、本研究においては、認知的に、

「日本語は意味レベル意味範疇をより細かく分ける傾向があることに対して、

中国語は意味レベル意味範疇を広くまとめる傾向がある」と大胆に仮説を設け た。つまり、日本語は意味範疇を細かく分ける傾向があるから、意味範疇の数 が多くなる。中国語は意味範疇を広くまとめる傾向があるから、意味範疇の数 が少なくなる。従って、意味範疇の数では、各部分でも、全体的でも、日本語 は中国語より圧倒的に多いことが本研究の仮説の根拠である。

次に、②の現象を分析しよう。内訳はとしては、日本語は「同音漢語スル動 詞による意味範疇補足」と「自他動詞による意味範疇補足」と「独特な使い方」

という三つに分けられている。中国語は「独特な使い方」しかない。7.2節と 7.3節で分析したように、「同音漢語スル動詞による意味範疇補足」と「自他動 詞による意味範疇補足」という意味補足の関係においては、複数の意味範疇を 一つの意味範疇に対応しているということである。従って、この複数の意味範 疇は一つの意味範疇から分裂したものと考えられる。つまり、母体が同じで、

複数の個体に分けている。そして、同じ母体から分裂した個体であるから、一 般的に互いに類似している部分を持っているはずであると考えられる。よって、

「同音漢語スル動詞による意味範疇補足」と「自他動詞による意味範疇補足」

という複数の意味範疇を一つの意味範疇に対応する性質は、メタファーが意味

拡張の手段として多い。これに対して、「独特な使い方」に関する分析は 8.4 節で述べたように、「独特な使い方」にメタファーとメトニミーの両方が理論 的には存在するはずにもかかわらず、なぜ日中両方は同じ「独特な使い方」が 多いので、日本語の方はメタファーがメインで、中国語の方はメタファーとメ トニミー両方が平均的になっていることである。解釈としては二つある、一つ の解釈は日本語の「独特な使い方」のメタファーがメトニミーより多いという のがたまたまで、偶然的であるということ。その理由として「独特な使い方」

のメタファーとメトニミーの数が13と8であることが挙げられる。今回の「独 特な使い方」の全部23個の中にただ5個の差で、本当にたまたまではないこ とを示すためには、サンプルサイズを増やして分析しなければならない。もう 一つの解釈としては、もしたまたまではないなら、本当に日本語はメタファー により意味拡張する傾向があるのではないかということである。これに対して、

中国語の方は平均的である。つまり、メタファーとメトニミーが半分ずつであ るという理論通りに両方を持っている。この原因は7.2節「日<中の考察」で は述べたものと同じであるため省略する。従って、日本語の「独特な使い方」

についての意味拡張の手段の考察については、サンプルサイズを増やして確認 する必要があるだろう。

次に、③の現象を分析しよう。まず、現象の前半に対して、なぜ「細かい意 味分け」は日本語の「日>中」のグループしかないという部分について考えて みよう。まず、3.4.2節節で述べたように、「細かい意味分け」は「一つ複合動 詞(日本語か中国語か)の複数の意味範疇を対応する同形複合動詞に一つの意 味範疇として使われる」である。つまり、一方の二つ以上の意味範疇を一つの 意味範疇に対応する。従って、「日>中」には、日本語の意味の数が多く、直 接的に日本語の意味範疇も多いと考えられるから、そして、日本語の「細かい 意味分け」の可能性が最も大きいと考えられるから。これに対して、なぜ中国 語は「細かい意味分け」がないのであろうか。これに対して、7.2節で述べた ように、本研究においては、認知的に、「日本語は意味レベル意味範疇をより 細かく分ける傾向があることに対して、中国語は意味レベル意味範疇を広くま とめる傾向がある」という仮説を提示する。つまり、日本語は意味範疇を細か く分ける傾向があるので、日本語の複数の意味範疇を合わせて、中国語の一つ の意味範疇に対応する。逆に、中国語は意味範疇を広くまとめる傾向があるか ら、一つの意味範疇を分けて、日本語の複数の意味範疇に対応する。よって、

この認知的な仮説は現象③の前半の最も根本的な原因であると本研究では考 える。そして、③の後半の現象に対して、なぜ「細かい意味分け」はシネクド キが多く見受けられるだろう。これに対して、3.4.2節で述べたことと同じく、

「細かい意味分け」は複数の意味範疇を一つの意味範疇に対応しているという ことである。しかし、特殊なケースがある。それは、3.4.2節における「成り 立つ/成立」の例を示したように「細かい意味分け」の複数の意味範疇は元々 上位と下位の関係を持っている。従って、この複数の意味範疇は一つの意味範 疇から分裂したものと考えられる。つまり、複数の意味範疇の中に母体がある か、別のところに母体が同じで、複数の個体に分けているかという二つがある と考えられる。従って、意味拡張の前後は母体と個体の関係であれば、シネク ドキであると考えられる。個体と個体の関係であれば、メタファーであると考 えられる。つまり、理論的に、「細かい意味分け」はシネクドキとメタファー

両方を持っていると考えられる。従って、本研究の結果と整合的である。しか し、今回日本語の「細かい意味分け」の意味範疇の数はシネクドキとメタファ ーが3と1であるから、2つの差しかなく、偶然性が高いため、今後の課題と して確認する必要があるだろう。

次に、④の現象を分析しよう。まず、3.4.2節で述べた意味対応と意味不対 応両方の違いを改めて提示しよう。簡単にいうと、意味対応は何らかの方法で、

一方の意味範疇をもう一方に対応させることができる。意味不対応の方は何ら かの方法でも一方の意味範疇をもう一方に対応させることができない。従って、

本研究の意味対応の方は「同音漢語スル動詞による意味範疇補足」と「自他動 詞による意味範疇補足」と「細かい意味分け」の三つである。具体的には、元々 日中が同じではない意味範疇を複数合わせて、一つの意味範疇に対応させるこ とである。従って、この意味対応させるための手段をする前に、意味範疇の数 が多くあるはずであると考えられる。そして、この三つの特徴を通して、初め て、両方の意味範疇は同じになることができる。従って、この意味対応の性質 を持っている日本語の意味範疇の数が多くなると考えられる。これに対して、

中国語は意味対応の性質を持っていないため、意味範疇の数が少ないと考えら れる。そして、本研究が提示した仮説「日本語は意味レベル意味範疇をより細 かく分ける傾向があることに対して、中国語は意味レベル意味範疇を広くまと める傾向がある」の根拠のひとつになると考えられる。そして、意味不対応の 方は「独特な使い方」である。3.4.2節で提示したように、「独特な使い方」は 一つの言語しか持っていない独特な意味範疇であり、別の言語と意味不対応の 性質を持っている。では、なぜこの「独特な使い方」のような特徴があるだろ うか。それは、言語と言語に使われている環境や文化などが違うこと、そして それを作る、使う人間(一般的に母語として)も基本的に違うことが原因であ ると考えられるから。よって、言語間はまったく共通的な外因を持っていない から、その言語の独特な使い方が生じるのも無理のない話であると考えられる。

従って、日中言語両方に、意味不対応の性質を持っている。ここでは、改めて 注意したい所が一つある。それは、「同音漢語スル動詞による意味範疇補足」

と「自他動詞による意味範疇補足」に関しては、そもそも中国語に理論的に存 在しないなのではないかという問題である。つまり、一般的でも、今までの研 究でも、中国語は統合論的に、言語システムとしては、「同音漢語スル動詞」

と「自他動詞の区別」がないので、「同音漢語スル動詞による意味範疇補足」

と「自他動詞による意味範疇補足」も無論存在していないと考えられる。しか し、これに対して、一つ重要な所が見落としている。それは、そもそも、統語 論的、言語システム上で、なぜ中国語は「同音漢語スル動詞」と「自他動詞の 区別」がないのかということである。つまり、中国語には、「同音漢語スル動 詞」を作ったり、「自他動詞」を辞書にも、意味範疇にも綺麗に分けたりしな いだろう。日本語と同じようにしないのは言語の背後にどのような原因がある だろうか。また、日本語はなぜ「同音漢語スル動詞」を作ったり、「自他動詞」

を辞書でも、意味範疇でも綺麗に分けたりするだろうか。中国語と違い、この ようなたくさんの概念を作る言語の背後にどのような原因があるだろうか。こ れらの疑問に対して、言語を支えている認知から何か解釈することができるの ではないか。つまり、日本語と中国語の言語としての違いは実際に認知的な原 因が背後に存在しているのではないかと考えられる。これに対して、本研究の