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先行 研究 のま とめ及 び問 題点

第 3 章 日本語の動詞 由 来複合 語 の語形 成 と意味機 能

3.2.3 先行 研究 のま とめ及 び問 題点

49 から新 たな 内項 を獲 得し た複合 語で あ る。

(18) シャツ をし み抜 きす る/??シ ャツ を抜 く

(19) ワカメ を塩 出し する/??ワカ メを 出す

Yumoto(2010: 2399)

(18) の「??シ ャツ を抜 く」 及 び(19)の「??ワ カメ を出 す」 に見 るよう に、「シャ ツ」

は本来 動詞 「抜 く」 の 項 ではな く、「ワ カメ」 も動 詞「 出す 」の 項では ない 。「 シャツ 」が

「しみ 抜き 」の 、「 ワカ メ 」が「塩 出し 」の 項に なるの は「し み」、「塩 」の クオ リア構 造(し み=シ ャツ の一 部 ; 塩= ワカメ の一 部 )によ って 項( =シ ャツ ) が提 供さ れ ている ため で ある。 そし て、(16) と(17)は 項の 数が 異 なる が、 いず れの 語形成 も 影 響 を被る 項を 前 景化す るた めに 動機 づけ られて いる (Yumoto 2010:2403-2404)。

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に、そ のよ うな 主張 では 以下論 じて い くよう な説 明で きな い 問 題点も 数多 く 残って いる た め、本 研究 は語 構成 要素 や語形 成レ ベ ルのみ の分 析が 不十 分で あると 考え る 。以下 、音 韻 に関す る問 題点、生産 性に 関する 問題 点 、機能 に関 する 問題 点 、選 択制限 に 関 する問 題点 、 意味に 関す る問 題点 を順 次に見 てい く 。

まず、 音韻 につ いて であ るが 、Yumoto(2010)は 、動名 詞と して 用い られ る 内項複 合 語は付 加詞 複合 語と 同様 に 語彙 概念 構 造で形 成さ れる 証拠 とし て、 連 濁が 起 こる こ とを 挙 げてい る14

(20) 内項複 合語 : 箱 詰め、 湯 通どおし、砂糖 がけ 、 味 付け、 心 変わり…

(21) 付加詞 複合 語: 衝動 買い、 ペン 書き、早 食い…

しかし 、連 濁が 起き てい る 内項 複合 語 に 動名 詞と して 用い るこ とがで きな い 用例も 数多 くある 。

(22) 献立 書き、効 用 書き、勘 定 書き、品 書き、注 意 書き(杉本 2008)

(23) 先物 買い、衣 替え、席 替え 、温 野菜 添え、下手 物 食い 、大 根 切り(吉田 2008)15

(24) 腕組み、腕 試だめし、地位 固がため、海 開びらき、票 固がため、暇 乞い 、恩 返がえし、力 添え、口 添え、

心 遣づかい、 峠 越え、品 切れ、 日 暮れ、日 溜だまり(田川 2010)

(25) 色ずり 、人 殺ごろし(葉 2010)、名 義 貸し、資 金繰り、 荷 造づく

上記 の内 項 複 合語 は連 濁が起 きて い るが、 動名 詞と して は用 いられ ない 。 連濁が 起き て いる複 合語 は語 彙概 念構 造レベ ルで 形 成され 、動 名詞 また は形 容詞 と して 用 いられ ると い う主張 では 上記 の内 項複 合語を 説明 で きない 。つ まり 、連 濁の 有無は 必ず し も語形 成レ ベ ルの違 いを 反映 する もの とは限 らな い 。

次に、生 産性 に関 する 問題 点を 見る 。第 2章で も見 た よ うに、先行 研究 で 生産性 が高 い とされ てい る 「 目的 語― 他動詞 」と い う関係 で結 ばれ てい る 内 項複合 語 に 新 しい造 語と し て成立 しな い 表 現が ある 。

14 連濁 を示 すため に(20) ~(25)の 例にふ りが なを つけ る。

15 吉田(2008)は連 濁が 起き る動 詞由 来 複合語 は比 喩表 現や 揶揄 表現、日本 人 の習慣 を 表 すもの が多 いと 説明 して いる。 実際 、 語は複 合に 伴い 、母 音交 替や連 濁な ど の音韻 的変 化 が起き ると いう こと は珍 しくな いと の 指摘も ある (窪薗 1995)。

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(26) (?)桜見 、??桃 見 、??植 物見 、??肘 掛 け 椅子と りゲ ーム 、??家 具 と りゲー ム(cf. 花 見、椅 子取 りゲ ーム )

河上(1996: 35)

本研 究が 観察 した 例を 加える と、 次 の通り であ る。

(27) 派生動 詞: 高め る 、 丸め る、広 げる 、 楽しむ…

*質高 め、*生地 丸め 、*新 聞広 げ、*生 活楽し み…

(28) 複合動 詞: ぶち 壊す 、引 き出し 、切 り 倒す、 掘り 出す…

*枝切 り落 とし、*木 切り 倒し、*埋 蔵金 掘り出 し16

上記の 例 は いか なる 文脈 を 想 定 し て も 、 複 合 語 を 作 る こ と が 困 難 で あ る こ と が 窺 え る 。 つまり 、[[内項]動詞 連用 形]とい う規 則 を想定 する だけ では 、な ぜ上 記の 例は 成立し ない の かが説 明で きな い 。

反対に 、生 産性 が高 くな いとさ れて い る付加 詞複 合語 は以 下に 示され るよ う に新し い造 語だと 思わ れる 表現 が 数 多く見 受け ら れる。

(29) 荒砕き 堅焼 き煎 餅( 商品 名/亀田製 菓)

(30) 堅あげ ポテ ト( 商品 名/カル ビー)

(31) 窓つり 広告 (函 館市 電)

(32) タレの 二度 漬け 禁止 (大 阪の串 揚げ の 店)

(33) 大人の 家飲 みを 楽し もう (サッ ポロ ビ ールの 広告 )

(34) リズム 殺し と鈍 器殺 し( お笑い 芸人 の ジャル ジャ ルコ ント )

16 筆者 が実 際に 観察 した 例に 、「絵 本読 み聞か せ」 と「 梅の 木植 え替え 」、「 文 字書き 起こ し」、「お 菓子 詰め合 わせ 」、「免 許取り 消し」、「( パチ ンコ の)新台 入 替 」、「全 身もみ ほぐ し」

と 7つ の例 があ った。また 、影山・柴 谷(1989)、影 山(1993)でも「 図書 貸 し出し 」、「 弁 当持ち 込み 」、「 土地 買い 占め」 と三 つ の例が あっ た。 これ らの 例は前 項が な くても 成立 す るほか、 前項と 後項 の間 に「 の」 の挿 入が可 能(e.g.、「牛肉 の切 り落 とし」)およ びア ク セント の山 が二 つあ る点 で 、本 研究 で 検討す る例 とは 若干 異な る(影 山 ・ 柴 谷は「 統語 部 門で形 成さ れた 」と して いる) ため 、 本稿で は 議 論の 対象 と せ ず、複 合動 詞 が内項 複合 語 を作り にく いと いう 現象 の指摘 に留 め たい 。

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伊藤・ 杉岡 (2002: 131-132)で は、付 加詞複 合語 の新 語は 規則 ではな く、「千 切り→ 百 切り」、「立 ち読 み→ 座り 読み」 に見 る ように 類推 によ る造 語で あるた め、 何 らかの 作為 や わざと らし さが つき まと うとさ れて い る 。し かし 、上 記の 例は 必ずし もそ の ような ニュ ア ンスを 伴っ てい ない 。以 上の現 象か ら 、動詞 由来 複合 語の 語形 成は必 ずし も 従来の よう に 単に「 規則 的」 や 「 語彙 的」 の 違い ま たは語 形成 レベ ルの 違い によっ て決 定 されな い と 言 える。 実際 、Mihara(1988) では 成 立しな い と され てい る「 水車挽 き」、「 洗濯機 洗い 」 といっ た表 現は 今や 容認 され、 実際 に 使われ てい る表 現と なっ ている 。

次に、 機能/品 詞に 関す る問 題点を 見る 。伊藤 ・杉 岡(2002) によ れば 、付 加 詞複合 語 の品詞 は前 項の 付加 詞が 主要部 動詞 の 語彙概 念構 造の どの 意味 述語を 修飾 す るかに よっ て 決定さ れる 。主 要部 動詞 の語 彙概 念構 造の動 作(ACT)あ るい は変 化(BECOME)を 修飾 する付 加詞 との 複合 であ れば 、複合 語 は 以下 の例 に見 るよ うに[-す る]がつ く 動名詞 にな る。

(35) 肌が日 焼け する 、街 を そ ぞろ歩 き す る、部下が 早死 にす る、切手 を のり 付け す る、

週刊誌 を 立 ち読 み す る、 ドレス を 手 作 りする

伊藤・ 杉岡 (2002: 115)

しか し、 以下 に示 され る例は 、例 え ば「手 ごね 」は 「手 でこ ねる」 とい う ように 分解 で き、「 手」 が 主要 部動 詞「 こね る」 の語 彙概念 構造 の動 作(ACT) を修 飾 し て いるに も関 わらず 、(36)に 示さ れる 動名 詞よ り (37) に示 され る 形 容詞と して 用い ら れるほ うが 自 然だと 思わ れる 。同様 に、「手 持ち 」も「手 で/に持 つ 」と いう よう に分解 でき 、「 手 」が 主 要部動 詞「持 つ」のの 語彙 概念 構造の 動作(ACT)を修 飾す ると再 分析 でき るにも 関わ ら

ず、(37)に 示さ れる 形容 詞と して 用 いられ る。

(36) ?ハン バー グを 手ごね する 、?メガネ を 手持ち する 、?うどん を包 丁切 りす る、?パ ンを窯 焼き する、?う どんを 鍋焼 きす る 、?ボー トを 足こ ぎす る、?野 菜を 朝採 りす る

(37) 手ごね ハン バー グ、手 持ち メガ ネ、包 丁切り うど ん、窯 焼き パン、鍋焼 きう どん、

足こぎ ボー ト、 朝採 り野 菜

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また、「ゴ ミ拾 いを する 」 のよ うに 、直 接[-する]を つけ るの ではな く、「 ~を する 」構 文 に用い られ 、伊 藤・杉岡(2002)で 普 通名詞 とさ れて いる 内項 複合語 は以 下 に示さ れる よ うに、 形容 詞と して の用 法は自 然で あ るが、 名詞 とし ての 用法 は不自 然な 例 もある 。

(38) 蚊取り 線香 、心 臓破 りの 坂、菜 切り 包 丁、指 だし 手袋 、ら 抜き ことば

(39) ?蚊取 りを する、?心臓 破り をす る、?菜 切りを する、?指 だし をす る、?ら 抜き をす る

(38)の「蚊取 り 」を例 にと って みる と、これは「 蚊を取 る 」と理 解さ れる ため 、語構 成要素 間の 関係 が「 ゴミ 拾い」 と同 様 に「目 的語 ―他 動詞 」と 分析で き、 内 項複合 語に 分 類でき るが 、(39)のよ うに「~ をす る 」構 文に は用い られ ない 。よ って 、(38)の 例は「ゴ ミ拾い 」と 同様 の普 通名 詞とは 言え な い 。ま た、 由本 (2009a) が述べ たよ うに語 彙概 念 構造で 形成 され てい ると 想定 し ても 、 どのよ うな 内項 複合 語が 名詞、 どの よ うな内 項複 合 語が形 容詞 にな る の かは 予測で きな い 。

機能 に関 して さら に問 題とな るの は 、 動詞 由来 複合 語の 選択 制限で ある 。 第 2章の 2.4 節でも 提示 した よう に 、 動詞由 来複 合 語は主 要部 動詞 単独 の場 合と比 べ、 選 択でき る目 的 語もし くは 被修 飾語 が厳 しく制 限さ れ る よう にな るこ とが しば しば 見 受け ら れる 。 まず 、 付加詞 複合 語 の 例を 見る 。

(40) a.手 焼き煎 餅、 足こ ぎボ ート 、包 丁 切りう どん 、 早 ゆで パス タ

b.?手 焼き 魚、?足こ ぎ自 転車 、??包丁 切り餅 、??早ゆ でカ ニ

(41) a.み かんを 箱売 りす る、 自転 車に 二 人乗り する 、ス イカ の切 り売り

b.??家電 製品 を 箱売 りす る、??自 動車 に二人 乗り する 、?魚 の切 り売 り

(40a)、(41a)は自 然な 表現 である のに対 し、(40b)、(41b)は 不自 然な 表現 だ と思 わ

れる。 しか し、 次に 示さ れるよ うに 、 このよ うな 制限 は何 によ るもの かは 語 彙概念 構造 の 意味表 示か ら導 かれ ない 。

(42) 「手焼 き」:[道 具( 手で )-ACT-ON ]

(43) 「足こ ぎ」:[様 態( 足で )-ACT-ON ]

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(44) 「包丁 切り 」:[道具 (包 丁で )-ACT-ON ]

(45) 「早ゆ で」:[様 態( 早く )-ACT-ON ]

(46) 「箱売 り」:[様 態( 箱ご とで ) -ACT-ON ]

(47) 「二人 乗り 」:[様態 (二 人で )-ACT-ON ]

(48) 「切り 売り 」:[様態 (切 って )-ACT-ON ]

形容詞 とし て用 いら れる(40a)の「 手焼き 」と動 名詞 とし て用い られ る(41a)の「二 人乗り 」を 例に とっ て見 ると、「手 」は どう 「 焼く 」か を修 飾す る要素 で、「二 人」は どう

「乗る 」かを 修飾す る要 素で ある と分 析でき る 。し かし、「焼 く 」が 単独 の場 合に「焼 き魚」

に見る よう に魚 を修 飾す ること がで き 、ま た、「 乗る 」が 単独 の場 合に「自 動 車に乗 る」に 見るよ うに 自動 車を 目的 語と し て選 択 するこ とが でき るに もか か わら ず、 複 合語に なる と それぞ れ「 魚」、「自 動車 」を選択 でき なくな る 。その 制限 が何 によ るも のか は(42)、(47)

の表示 を見 れば わか る よ うに、「手」と「焼く」、「二 人」と「乗 る」の関 係を 分析す るだ け では導 かれ ない 。

同様な 問題 点は 動名 詞と して用 いら れ る内項 複合 語 に も見 受け られる 。

(49) a. 洗 濯物 を部 屋干 し す る、罪 人を 島流 しする、お米 を ザ ル上 げ す る、(タ イヤ を)

溝落と し す る

b. ?ヤ リイカ を部 屋干 しす る、?ゴミ を 島流し する 、?茹でた そば を ザ ル上 げす る、

(?雪 を) 溝落 とし す る

(49a)は 自然 な表 現で ある の に対 し、(49b) は不 自然な 表現 だと 思わ れ る。上 で見 た

付加詞 複合 語と 同様 に、上 記の 内項複 合語の 選択 制限 は何 によ るもの かは Yumoto(2010)、

由本(2011) を 除き 、全く 議論 され て いない 。

Yumoto(2010)、由 本(2011)は上 記の例 に類 似し た「車 庫入れ 」を 挙 げ 、そ の目 的語

は「車 」な らよ いが「不 用品 」な ら不 自然に なる と指 摘 し てい る。由本(2011: 320)によ ると、「不 用品」 が「 車庫 入 れ 」の 目的 語とし て選 択で きる 対象 から排 除さ れ る のは 、「 車 庫」の クオ リア 構造 (第 2 章の 2.3.4 節参照 ) の 構成 的役 割に 既に「 車」 が 入って いる こ とに起 因し てい る と いう 。しか し、 由 本 の分 析は 「車 庫入 れ」 を説明 でき る が、上 に示 し た例を 説明 する こと がで きない 。語 構 成要素 間 の 関係 によ る分 類では 、「 部屋 干し」、「 島流