(1)二重過程理論
二重過程理論とは、人間の心のはたらきを認知・情報処理のための2つのシステムによっ て説明する理論である。1980 年代頃から明確に唱えられてきたこの理論は、プラトン以来 繰り返されてきた「心がいくつかの領域に分かれている」という発想と、人間の認知をめぐ る様々な研究分野の新しい知見やアイデアを集約したものであり、現在多くの科学者や哲 学者から支持されている41。2つの過程ないしシステムの名称や詳細は論者によって異なる が、次のような基本的な特徴は共有されている42。
二重プロセス理論[=二重過程理論]では、人間の認知を「システム1」と「システ
ム2」という二つの領域で実行されるプロセスからなるものとして捉える。システム1
は、広くいって直観的な認知の働きを司っており、そこでのプロセスは素早く自動的で、
本人の意識的な努力は不要か、あるいはごくわずかしか必要としない。ここには、突然 の物音の方向をただちに感知するような知覚能力とか、あるいは「ネコに〇〇」という 文の空欄を埋めたり、九九にすぐ答えたりといった、反復訓練により培われる技能など が含まれている。これとは対照的に、システム2はおおよそ熟慮的な思考プロセスを実 行する領域といえる。システム 2は、迅速かつ自動的に働くシステム 1 に比べるとい わば怠け者であり、スピードはごく遅く、働かせるには本人の意識的な努力を要する。
41 二重過程理論の歴史的な展開についてはFrankish and Evans[2009]を参照。
42 「システム1」「システム2」という語を初めて用いた人物の一人である心理学者スタノ ヴィッチが、23の著作における2つのシステムの名称と特徴をまとめている[Stanovich 2005:35-36(47-48)]。2つのシステムの説明のため、主にStanovich[2005]、植原
[2017]及び網谷[2017]を参照した。
13×28 を暗算で計算したり、新しい家電の購入を比較検討したりするときが、その出 番である。[植原2017:149]
直観的で意識のはたらきを必ずしも必要としないシステム 1 と、熟慮的で意識のはたらき を必要とするシステム 2。人間の理性と言い表されてきたものは、2 つのシステムのうち、
当然システム2と重なっている。他方、感情や情動、衝動などと言い表されてきた心のはた らきは、システム1により近い。
理性の重要性を強調する哲学者や教育学者が、直観や感情を望ましくないもの、制御され るべきものと見なしてきたのに対して43、二重過程理論を支持する論者は、システム2がシ ステム 1 を制御することの重要性を認めつつ、システム1 もまた人間にとって不可欠であ ることを強調している。システム1に関するその他の特徴としては、領域特異性(システム 1 は様々な判断の領域に特化したサブシステムの束であること)、並列性(複数のサブシス テムが同時にはたらくこと)などが挙げられている。つまり、物体の動きを予測する、顔を 認識するといったそれぞれ独立した複数の過程が、意識しなくても同時にはたらいている のがシステム1 である。こうしたシステム 1 が作動していることによって、私たちはさほ ど注意をしなくても、障害物にぶつからずに歩きながらすれ違う他人の顔を認識し、知り合 いには挨拶をし、暴力的に見える人物からは距離を置くといったことをやってのけている と考えられる。システム 1 のはたらきを表すためにヒューリスティクス heuristics(精度は 十分とは限らないが、正解に近い解を得ることができる簡単な方法)という語が用いられて おり、ステレオタイプに基づく判断などがここに分類される(次項で詳述)。ヒューリステ ィクスは誤った判断を導き出すおそれがあるが、私たちが日常的なあらゆる判断について 関係するすべての情報を集めて精査する時間を持ち合わせていないことからすると、かな り実用的なものだと言える。
システム1は、進化的に古く、ヒトが他の生物と共有しているものだとされる。もちろん サブシステムのバリエーションは生物種ごとに異なるし、ヒトが反復訓練によって身に付 ける過程(九九に素早く答えること)などを他の生物が身に付ける見込みはほぼない。ただ、
それぞれの生物種が、生存のために必要とするいくつかの刺激と認知・行動のパターンにつ いて、特定の刺激があれば素早く自動的に認知・行動を生じさせる仕組みを備えていること 自体はヒトも他の生物も共通している。それに対して、システム2を少なくとも発達した形 で備えているのはヒトのみだとされている。システム 1 と対比させると、システム 2は領 域一般性や直列性を有する。すなわち、特定の刺激に自動的に反応する諸サブシステムが互 いに関連なく生じるシステム1とは異なり、様々な領域の刺激・情報を関連付け、総合して
43 教育学における直観に関する議論を総括した市村尚久によれば、「直観的感性は理性へ と高められなければならない低次元のものであるという暗黙の認識がぬぐい去られないま ま、今日に至っている」[市村2017〔2000〕:550]。
判断する過程がシステム2である。したがって、システム2はシステム1よりも判断に時 間がかかるが、変化の激しい環境(予め備えられた刺激と認知・行動のパターンだけでは対 処が難しい環境)では生存のために役立つ。ヒトは進化の過程でシステム2を獲得すること によって地球上の様々な環境の中で繁栄し、今や互いに高度にシステム 2 を作動させなけ れば対処できない社会的・制度的環境を自ら作り上げている――これが二重過程理論の典 型的な見解である。
本章第1節で述べたように、教育学的な自律概念は、理性と感性(感情・情動など)、意 識と無意識という対となる要素を含み込んでいる。2つの対のそれぞれ前者は二重過程理論 におけるシステム2、それぞれ後者はシステム1と重なっている。本節ではこれ以降、教育 学的な自律概念を、システム1とシステム2の双方に関わるものとして描くことによって、
議論の見通しをよくすることを試みる。
(2)システム2の限界
2つのシステムのうち、教育学的な自律概念とより強く関わっているのはシステム2であ ることに異論はないだろう44。感性や無意識のはたらきにも目が向けられるようになってき ているとは言え、やはり自律の中心的要素と考えられるのは意識的な理性のはたらきであ る。そこで本項では、システム2だけでは教育学的な自律概念の説明として不十分であるこ とを、二重過程理論を支持するいくつかの議論を参照しながら確認する。
二重過程理論は、熟慮的なシステム 2が直観的なシステム 1 を制御すると想定している が、それは完全な制御ではない。システム2を作動させるべきと思われる状況でシステム1 が作動し、しばしば誤った判断がなされていることは、ヒューリスティクスとバイアスに関 する多彩な実験によって明らかにされてきた。ヒューリスティクスとは、正解に近い解を得 ることができる簡単な方法を指し、ヒューリスティクスによって人間が無意識に陥ってし まう誤りや非合理性の傾向がバイアスと呼ばれている45。例えば、認知心理学者のエイモス・
トヴェルスキーとダニエル・カーネマンが行った「リンダ問題」と呼ばれる有名な実験があ る[Tversky and Kahneman1983]46。実験参加者は、架空の女性リンダについて「31歳の独
44 ただし、紛らわしいことに、スタノヴィッチはシステム1の特徴として「自律性」を挙 げ、それによってシステム1が「ある領域にとって有意味な刺激に自動的に反応する」
[Stanovich 2005:37(51)]ことを説明している。自律概念が各領域で様々に用いられて
いることがここからうかがえる。
45 様々なバイアスについては、Kahneman[2011]の他、Stanovich[2005:95-129( 134-184)]や植原[2017:186-192]を参照。
46 リンダ問題に関しては、実験を行ったカーネマン自身による解説[Kahneman 2011: 156-165(上276-294)]も参照した。
身女性。外交的でたいへん聡明である。専攻は哲学だった。学生時代には、差別や社会正義 の問題に強い関心を持っていた。また、反核運動に参加したこともある」[Tversky and Kahneman1983:297]という情報を与えられた上で、リンダが銀行員である可能性と、フェ ミニスト運動の活動家でもある銀行員である可能性のどちらが高いかと尋ねられる。する と、ほとんどの実験参加者が、リンダはフェミニスト運動に熱心な銀行員だろうと答えたと いう。誰かが何らかの特徴を持つ(例えばフェミニスト運動の活動家でもある)銀行員であ る確率は、ただ銀行員である確率よりも必ず小さいにもかかわらず、である。多くの実験参 加者は、初歩的な確率の法則を考慮するという理性のはたらきを経ることなく、ステレオタ イプに基づいて判断をしたことになる。このリンダ問題は「代表性バイアス」、すなわちス テレオタイプとの類似性が高いものはその可能性も高いと推論してしまう傾向を示すもの と解釈されている。その他のバイアスとしては、利用可能性バイアス(事例が思い浮かびや すいカテゴリーの規模を大きく見積もる傾向)や確証バイアス(自分の信念を肯定する証拠 ばかりを探し、否定する証拠を無視する傾向)がよく取り上げられる。
システム 1 に起因する様々なバイアスをシステム 2 によって完全に回避することは不可 能だというのが、多くの研究者が一致する見解である。その理由はいくつも挙げられている。
まず、システム 2 はシステム1 に比べて長い時間と意識的な努力を要し、同時に複数の情 報を処理することができないため、全ての判断をシステム 2 によって行うことは不可能で ある。また、人間には自分自身がバイアスに陥っていることに気付くことができないという バイアス(バイアス盲点)もあると言われている。
それと関連して、システム2が、システム1を制御するどころか、しばしばシステム1を 合理化・正当化していることも指摘されている。人々が自らの判断について理由を述べるこ とは、システム 2 がシステム1 を制御した上で判断を下した証だと思われがちだが、実際 にはシステム1 による直観的な判断をシステム2 が追認している場合が多いという。社会 心理学者・道徳心理学者のジョナサン・ハイトは、スコット・マーフィーと共に「無害なタ ブー侵犯ストーリー」を用いた実験を行い、このことを示している47。その実験は、避妊を した兄妹による近親相姦や、病理研究室の職員が焼却予定の人間の死体を食べることにつ いて、道徳的に問題があるか、あるならばどのような理由からかを問うものである。これら のストーリーは嫌悪感を引き起こすが、他者に害を与えないように設定されている。そのた め、実験参加者がそれらのストーリーに道徳的な問題がある理由として示すものは実験者 から次々と退けられる。例えば、兄妹の近親相姦ストーリーでは、慎重に避妊をしているた め遺伝性疾患を持つ子が生まれる可能性はなく、行為は海外で二人だけの秘密とされたた め誰かに不快感や苦痛を与えたわけでもない。なお、兄妹はともに大学生であり、判断する には幼すぎるという理由も当たらない。この実験に関してハイトが注目するのは、道徳的な
47 この実験は、未出版のワーキングペーパー[Haidt, Björklund and Murphy2000]で報告さ れている。その他、ハイトによる解説[Haidt 2013:43-48(75-82)]も参照した。