• 検索結果がありません。

事例検討—その1: 1992 年バルセロナオリンピック

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 35-38)

第2章 中国におけるシビックプライドの認識

3.1 事例検討—その1: 1992 年バルセロナオリンピック

Saffron Brand Consultants(2008)の調査より、バルセロナは世界

中で最高レベルの評判、ベストイメージがある国際的な都会の一つで、

パリ、ロンドンに次いで、欧州第三の都市である。都市の良いイメージ として「世界主義、創造性と革新性、文化の累積、生活の質」14という 評価基準がある。

バルセロナは首都マドリードに次ぐスペイン第2の都市で、カタルー ニャ州の州都である。1830 年代からは、スペイン最初の産業革命によっ て経済力を得ると共に、バルセロナに生まれ近代芸術史に有名なガウデ ィ、ピカソ、ミロに代表されるような豊かな創造性を開花させた。しか し、1930 年代にフランコ独裁政権はバルセロナを敵対視し、カタルーニ ャ語を禁止するなど圧政を敷いた。40 年余り独裁政権の後に、1979 年 にスペインが初めて民主選挙を行い、バルセロナは都市再生の時期に入 った。この都市再生の目標は「公民生活の質を高め、国際的な知名度を 高揚する」ことである。実現するには、斬新な視野と力強いリーダの存 在と、有効な資源配置が基本である。

第2章 中国におけるのシビックプライドの認識 31

(1)1992 年バルセロナオリンンピック

1992 年のバルセロナオリンピックは、バルセロナが国際的な都市に登 場し都市変革の重要なターニングポイントとなった。多くの挑戦に立ち 向い、巨大なエネルギーや資源を構成し、都市変革の推進に触媒として 作用した。そのなかでも 15 のスポーツ施設、選手村、海岸環状道路、

新マリーナが新設、下水システムの再建、海岸施設の再開発、コミュニ ケーションの改善、都市開発、環境問題等が重視された15

また、バルセロナその都市の文化を象徴するイメージがビジュアル化 された。両手を広げて走るスポーツ選手を用いることによりスペインの 情熱を表現しているエンブレムには、簡潔な筆遣い及び地中海に海岸都 市の環境景観が表す鮮やかな色彩は、スペイン現代芸術の人間性と面白 みを存分に示したと言われている(図 2-10)。

図 2-10 1992 年バルセロナオリンピックシビック 出典:『Official Report of the Games of the XXVIII Olympiad Athens,2004 』

バルセロナはオリンピックを機に、全市民(公民)が都市の変革とし てのイベントの開催に溶け込んでいた。再デザインした都市と都市の独 特なアイデンティティを世界に伝え、バルセロナ人の大規模祭典を管理 運営する能力を世界に示した。また、市民の未来福祉のためにも完備さ れた状態の既存施設を最大限度に利用した。

バルセロナが国際的に認められた要因として、深刻な都市変遷、市の 指導者

(市長)

のビジョンとリーダーシップ、公民社会の積極的な関与、

個性的な都市の文化価値やプロパティなどの要因の他に、オリンピック

第2章 中国におけるのシビックプライドの認識 32

の開催が重要な役割を果たした。

(2)オリンピック後のバルセロナ持続的発展(1992 年〜)

バルセロナの 1992 年後、1994 年、1999 年、2003 年の発展計画で、第 一段階の都市戦略が成功した。「テーマ年」とした一連のプロモーショ ン活動が実施され「ガウディ年」、「デザイン年」、「ブック&リード年」、

「ピカソ年」、「科学の年」等、文化を中心とする大規模な盛宴をみせた。

2004 年開催した「ユニバーサル文化フォーラム」は経済に新たな活力を もたらし、都市改造の完成の新しいプラットフォームとして機能した。

2005 年の「BARCELONA BATEGA!バルセロナがドキドキする!」キャン ペーンは、都市の未来建設と市民の夢の実現とを重ね合わせて成長させ るためのメッセージである。オリンピック開催年の 1992 年に高揚感の ピークを迎え都市は格段に豊かになったが、一方で新しい住民も増えた 上、少しずつ高揚感は薄らいでいる。このプロモーションは、当時の状 況に対して、もう一度この街への期待とプライドを持ち直してもらいた い、もう一度この街に恋してもらいたい、という思いをこめた「ドキド キ(BATEGA!)」である16。これは、「あなた(=市民)がドキドキすると、

バルセロナもドキドキする。何百万もの(市民の)夢があり、何百万も の(市の)プロジェクトがあり、それらを結びつけて一緒に夢を実現し ましょう」と呼びかけるものである。

バルセロナは、国際競技イベント開催のチャンスをつかみ、デビスカ ップ決勝(テニス)、2009 年ツール・ド・フランス(自転車)、2010 年 ヨーロッパ陸上選手権等イベントの開催地として、バルセロナの都市名 があげらた。そして、次に示すような5つの点においての成果や都市ビ ジョンの発信によって、徐々にバルセロナの知名度が向上した。5つの 点とは、

1)バルセロナ最大の「サッカークラブ–FC バルセロナの近年の好成績」

2)第 61 回カンヌ国際映画祭特別招待作品として上映した「それでも 恋するバルセロナ」(Vicky Cristina Barcelona)による高い注目度 3)「2022 年冬オリンピックに招致活動」(最後は北京に決定)

第2章 中国におけるのシビックプライドの認識 33

4)「創造都市 22@ Barcelona」

5)「2020 年に向け都市圏の発展計画発表」

である。

シビックプライドの醸成は、ブランディングによるブランドの形成と 同様に一時的なものではなく、持続的にプライドを持ち得るきっかけを 与えることや市民の参画意識が前提であり、常に都市のプロモーション 活動や社会広報教育の努力が必要であると考えられる。バルセロナは、

オリンピックの開催を機に市民意識が初めて出来上がった後、常に市民 と共同で創った地域の偉人のテーマの年、地域文化に根ざしたキャンペ ーン、スポーツイベントの継続開催及び参画活動等、長年に渡った地域 のアイデンティティが各種のイベント、キャンペーンを通して市民の心 に浸透している。

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 35-38)