える。)
藤井によれば、このような指導が「ことがら読み」であり、 「知識・
情報をちょっぴり拡げたり、その取得の仕方を教えたりすることにはな っても、国語科の指導の本命であるところの『ことばの力を伸ばす』こ
う とにはならない」 というのである。また、藤井は「現時点における説 明的文章の読解指導の実態の大部分が、このような『ことがら読み』に
ヨラ 終始している」 ととらえており、 「このような現況は、すみやかに改 ヨ 善されなければならない。」 と述べている。
大西道雄は、このような藤井の提案について、 「現在の多くの国語教 室において、説明文の『読ませ方』の指導が、内容本位主義一『ことが ヨさう ら読み』に偏っているという指摘は、その通りであると思う。」 と述
べ、 「ただ、藤井氏は、自明のこととしてあえて触れられなかったのか もしれないが、説明文指導における問題点の一つとして、形式的技能士 ヨ ラ 義とでもいうべき実践状況のあることも無視できない」 と指摘してい
る。
藤井は、 「形式的技能主義とでもいうべき実践状況」も把握している
フコ と思われるが、先の提案から考えると、いわゆる内容主義に偏った指導 を改善していくことが、国語科の読解指導の重要な問題ととらえている ように思われるのである。
2 述べ方読み
藤井は、 「国語科の読解指導としての読ませ方は、以上のような『こ とがら読み』から脱却し、 『述べ方読み』への転換が図られなければな
う らない。」 と述べている。
この「述べ方読み」がどういうものか明らかにするために、まず、藤
井が説明的文章をどうとらえているかをみてみることにする。
藤井は、説明的文章を、 「説明しようとする対象について、筆者が、
解明し、その解明の結果を整理し再組織して、読み手にとって必要にし て十分だと思われる知識・情報を盛り込み、筆者の立場で相手を意識し
ロロラ ながら述べた文章」 であるととらえている。そして、それは (1) 筆者のとらえた対象(事実)
(2) 筆者の対象のとらえ方 (3) 筆者の述べ方
go) の3つが常に同時に表現されていると考えているのである。
藤井によれば、 (1)の伝達に力点をおいた指導が「ことがら読み」
であり、 「『ことばによる表現・理解の能力を養う』ことを本務とする 国語科の指導では、 (1)よりもむしろ、 (2) (3)に重点をおかな の ければならない」 という主張である。そして、藤井は「筆者の『対象
についての述べ方』を検討し、追究することによって、内容そのものも、
ロ う より正確により豊かに読みとることができるようになる」 と述べてい るのである。
このことは、藤井が(1)筆者のとらえた対象(事実)、すなわち教 材の内容を軽視しているのではなく、 (2)(3)に重点をおくことで 内容理解が深まると考えているということである。
また、藤井が「(1)(2) (3)を一体的に読みとらせる指導を むラ 『述べ方読み』ということにしたい。」 と述べていることからも明ら かなように、 「述べ方読み」は教材の内容と表現形式を一元的にとらえ、
筆者の「対象についての述べ方」を手がかりに理解を深めようとしたも のということができる。
3 述べ方読みの実践例
藤井は、第五十七回忌国大学国語教育学会(昭和五十四年十一月八日
から九日)における提案授業で、説明文教材「ヘリコプター」 (東書一・
年下)をとりあげ実践している。
教材 「ヘリコプター」(昭和五十四年版)
ヘリコプターは べんりな のりものです。
ヘリコプターは、ま上へ とびたつ ことが できます。せまい ところへ おりる ことも できます。
また、空で じっと とまっていたり、ゆっくり とんだり する ことも できます。
(中略一引用者)
ヘリコプターは、この ほかにも いろいろな しごとに つかわ
れています。
ひろい 田んぼに、空から たねを まいたり、くすりを まいた
りします。
また、どうろの 上を とんで こうつうの ようすを しらべた り、じけんの あった ところへ とんで いって、しゃしんを とっ たり する ことも あります。
94)
藤井は、指導のポイントとして次のようなものをあげている。
(ア)筆者が、対象をどうとらえ、どの部分をとりあげようとしている かをはっきりさせる。
Oのりもの→ヘリコプター→飛行機と比べたべんりさ
(イ)読み手を考えたり、目的に照らし合わせたりして、どのように述 べようとしているかを読みとらせる。
○飛行機と対比して
・離着陸の機能 ・空中での飛び方
(ウ)以上の内容が、どのようにことばで表されているかを読みとらせ
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ドキュメント内
小学校国語科授業改善についての一考察 : 説明的文章の指導を中心に
(ページ 50-53)