月に漁獲された大きい稚魚を種苗とした場合とについて,その成長を比較した。
3 . 2 . 3
実 験 結 果3 . 2 . 3 . 1
稚 魚 の 大 き さ と 餌 付 中 の 死 亡‑ 39 ‑
3. 2. 3. 1. 1 異なる時期に涜獲された程魚
1) 1960年5月238高知県沖でまき絹で溝、獲された稚魚14,367.尾を,活魚運撮恒生長丸で和歌山 県白浜町古賀諾湾へ輸送し 5丹25日から6月13日まで20日間いけす網養殖場において (3.6
m
x 3.6 m x 2.4 m)餌付けを行なった。稚魚の平均体長は 5.9cmであった。餌付け期間中の死亡率 8.1忽であはった。また,その期間中の1m層の水温は最高22.80C最 長 19.00Cであった。1) 1960年6月198自浜町富由浦の地引網で漁獲された稚魚529尾を活魚結で白浜町古賀浦湾へ 輸送し 6月20日から 7月9日まで20日間いけす絹養殖場 (3.6mx 3.6m x 2. 4m)において餌付け した。到着時の権魚の子均体重は86.2g,平均体長18.5cmであった。餌付期間中の 1 m層の水温 は最高27.50C,最低21.00Cであった。餌持け期間中の死亡率は 1.1%であった。
111) 1960年7丹9日釣で漁獲された誰魚12,226尾を活魚運撮超大西丸で三重県浜島町から和歌山 県白浜町古賀浦へ輸送し 7月118から7月318までいけす摺養殖場 (3.6mx 3.6m x 2.4m)で餌付け を行なった。到着時の権魚の平均体重辻 88.3g乎均体長 19.2cmであった。 餌付け期間中の 1 m 層の水温は最高 28.80C,最低 24.00C死亡率は1.7%であった。
lV) 1960年9月218白浜町富田浦の地引綿で漁獲された稚魚350見を活魚運搬訟で白浜町古賀浦ー まで輸送し,いけす絹養殖場 (3.6m x 3.6m x 2.4'm)において餌付けを行なった。到着待の在魚の
f ‑
均体重詰644.5g,平均株長53.4cmで、あった。餌付け期間中の 1m層の水温は最高 27.60C,最底 22.70C,死亡率は1.7労であった。V )
1957年 7 月 5 日熊野濯で:~9vこよって漁獲された権魚 8, 331 尾を,三重県尾鷲湾、に設置された いけす網に収容して 7月 8日まで餌付けし 7月 98
呈鷲から和歌山県白浜町古賀浦湾へ活魚運搬 括で輸送しさらに 7月12日までいけす網 (3.6mx 3.6m x 2.4m)で餌付けした。この期間の死亡 の状況は第16表に示したように,輸送前まで515呈で死亡率6.185め 輪 送 中 に は106尾で1.27~づ,輪 送 後3 8間には186尾 2.235'訴であって,合計すると 7月58の漁獲後から 7月12日午后6時まで の7日聞に807毘の死亡があり,死亡率は9.7労であったO死亡魚の平均体重は時間の経過とともに小さくなっているO すなわち,餌を摂取しない倍誌が時 間の経過とともにやせて死亡したと考えられ,したがって,死立の原因は魚体の提携による餌付け 不良のためと思われる。
これらの実験結果から,雅魚の餌社け開始時期としては水温 18.-....>260C の 5 月中ノ旬 ~7 月上旬が
適当と思われ,また,養殖種苦に適当な大きさとしては,平均体重が2.7gで、はノトさすぎ, 644.5gで は大きすぎ、て,ともに,死亡率が高い傾向があることがわかる。
‑ 40
一
第 16表 稚魚漁獲後・輸送中・餌付け中の死亡記録(1957年7月5日熊野瀧で漁獲した 稚魚を尾鷲から白浜まで輸送し 7月12日まで餌付けした場合〉
7 08.00
11 17.00 8 06.00
11 17.00 9 04.00 9 22.00
万 02.00 10 09.00 10 09.30
11 16.30 11 09.30
11 17.00 12 09.30
11 18.00
128.6 125.6 126.8 125.3 113.3 124.9
一
118.1 111.0
99.4 104.6 113.6 103.1 94.9
死 亡 数 55 39 47 34 72 31 237 14 40 52
死 亡 率 i 備 考
(勿) I
i¥
6.18 餌 付 中
一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一
89 26 45
4 2.23 餌 付 中 16
6
一一一 一 』 一一一一一一一一
3. 2. 3. 1. 2 同時に?魚獲された稚魚、
5月5日および6日に高知沖で漁獲された稚魚を5月7日活漁運搬船生長丸で和歌山県白浜町古 賀浦湾へ輸送し,大・中・小の 3段階により分けて,いけす網 (3.6m
x
3.6mx
2.4m) を古賀浦湾 および畠島沖に設置した。餌付けは到着した日から行なったが,死亡率の調査は大きさ別にした翌 日の5月10日から 5月29日までの20日聞について行なった。その結果は,古賀浦湾の養殖場も自島 沖の養殖場と同様な傾向を示し,魚体の大きいものほど死亡率が低く,魚体の小さいものほどその 死亡率が高かった。すなわち,第17表からわかるように,平均体重2.6gの群では畠島沖養殖場のものが死亡率1.2必, 古賀浦湾養殖場のものが1.3必であるが,平均体重1.6gの畠島沖の群においては 7.3%,平均体重 1. 4gの古賀浦湾の群においては 10.6%というように魚体の小型化に伴って死亡率は増加し,さら に,平均体重0.8gの畠島沖の群においては実に46.3%,ー平均体重の0.7gの古賀浦湾の群においては
‑ 41 ‑
41. 7%というように,魚体が/J¥さいと苑ご率がいちじるしく高い。
平均体重がO.7"‑'0. 8gの稚魚の死亡率が高かった原因については,長い輸送に対する抵抗力がそ れより大きな担掠にくらべて小さかったことも考えられるが,天然のプリ稚魚の胃内容物について 三谷 (1960)が報告しているように,体長3r‑‑..:.<4cmのプリでは,食性が甲穀類から魚類への過渡期 にあるとすれば,この程度の大きさの稚魚を魚肉だけで餌付けすることは不適当であり,したがっ て,死亡率が高いのではないかと考えられる。
26 24
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第
1 6
国 稚魚餌持け中の死亡率と経過日数との関蔀 (まさ縞で漁獲した平均体重O.7gの稚魚を いけす網養殖場で鎮付けした場合〉‑ 42‑
勺毛 金
第 15図は 5月6自にまき絹で漁獲した誰魚のうち, 平 均 体 重 0.7g, 平均体長 4.1cmの個体 13,071尾を白浜町古賀浦に設置したいけす紹 (3.6mx 3.6m X 2.4 m)に収容して, イカナゴおよび マアジの粉砕肉で餌付けした場合の諒獲百数と死亡率(収容時の尾数に対する死亡数の百分率〉を 示したものである。
第15BZIからわかるように,、漁獲後6r‑.J7 Bで死亡が目立ちはじめ, 10~11 日で最高に達し, 16,‑‑..., 17日後となるとほとんど死亡しないようになる。この期間の 1 m層の水湿は最高 21.30 C, 最 低 17.60C であったがこのような水湿範囲では 0.7g前後の個体は10自前後で体舟の栄養を消費しつく
し,衰弱死するものと患われる。
3 . 2 . 3 . 3
稚魚の大きさによる成長の栢建1960年6月訪日白浜町富田諾の地主調で漁獲された稚魚529尾を,白浜町古賀浦湾のいけす絹養 殖 場 (3.6mx3.6m x 2.4m)において8月20日から12月31日まで195日間飼育し,その胃10r‑‑.J 11日 ごとに平均体重を測定した。実験開始持の平均体重は86.2g,平均体長は18.5cmであった。
また,毘年9月21日間乙く白浜町富田浦の地引網で漁獲された雅魚350尾を,同じく白浜町吉賀 詰湾のいけす絹養殖場 (3.6mx3.6mx 2.4m)において9月22自から12月31日まで101日間鋸育し
その間10r‑‑./11日ごとに平均体重を測定した。実験需給時の平均棒重644.5g・平均体長35.4cmで、あ
った。このとき 6月20Bから鋸育したプリとちょうど体重が同じであった。第16密は両方の場合 の成長度を平均体重および平均体長について比較したものである。その後の成長ば第16図からわか るように, 6月20日から飼育している方は,n震調に成長し, 12月31自に平均体重 977g,平均体長36.8 cmに達したが, 9月22Bから銅育した方はいったん体重が誠少してから増加し, 12月31Bには平均 体 重842g,平均体長36.5cm ~こ達したに過ぎなかった。
すなわち,平均体重86.2gの稚魚から養殖した方が,平均体重644.5gの稚魚から養殖した方ょう 成長がかなり良好であった。この原盟は,体重86g前後の稚魚、はいけす網内の遊泳になれやすく,
餌付きも早くていけす網養殖場の環境によく遺志できたが,体重644.5gにまで成長した天然産稚魚 はいけす絹養殖場という環境になれにくしその後の成長があまり良好でなかったものと思われる
3 . 2 . 4
論 議誰魚の出現時期については内田 (1955),島根水試 (1958),三谷 (1960)ほか多数の報告がある が 4月下匂には高知,和歌山両県の j中にも大量の稚魚が出現する。それゆえここ数年前から 4月 下 旬'‑"""5月上旬にかけて養殖種苗の採捕が始められている。近畿大学水産研究所では1960年には 6 月2,‑....,3日に平均体重3.1gの程魚を,和歌山県と高知県の間の沖合で採集し 5月4Bから餌料を 給与し養殖をはじめたこともあり,また5月5,.‑...,6 Bに漁獲した程魚、を 5月7Bから餌料を給与し
‑ 43‑
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幸 町 議 ( 到 )第
1 6
園 6月20日平均休重86.2gの権最から養濯した場合と 9月22日平均捧重 644.5gの 稚魚から養殖した場合の平均t客室および平均体長の変千七。.. 6月20日韓魚掠童;O. 9月2泣2日稚魚 l
印O待半表露求温。
て養、殖したこともあるが,上に述べた実験からわかるように,体重 19以下の魚体では餌仔きがよ くなく,亮亡率が高かった。また 7月以拝に海、獲された程魚は,魚、手本も大きく漁法もまき絹では漁 獲が国難だから釣獲によるものが多くなり,また太揺の上昇によって環境も悪化するので,餌付け 中および輪送中の死亡率が高くなる。 9月に漁獲される誰魚はすでに9年魚の或長量のおよそ半分 まで成長しているため餌付きも悪く,その後の成長も不良で,養殖種畜として誌不適当と考えられ る。それゆえ,養殖用種吉として適当な時期は 5月上勾i‑‑‑./7月上匂の水温 18"‑'260Cであると思 われる。木温が上昇するほど餌付け中や輸送中の死亡率が高くなる頬向にあるので,最も適当左京
‑ 44‑
温は 20~240C であろ G 適当な稚魚の大きさとしては 2r-.J 130g と考えられる。とくに, 8r‑‑../50gの 稚 魚 は餌付きがよいこと,輸送に便利なこと,いけす鰐の百合がかなり大きくてもよいことなどの藷点 から最適と考えられる。この程変の大きさの魚体が出現する乙きの沿岸の水温はほぼ 20'‑""'240
Cで ある。時期としては三重,和歌山,高知,宮崎,鹿克島の各県などの太平洋沿岸ではほぼ5月 中 匂
r‑‑.J6月中匂で為る 5月上匂以前に漁獲される体重 19以 下 の 誰 魚 の 餌 付 け に つ い て は , 単 に 魚 肉
だけでなく,平穀類や合成餌:料を用いる研究を進めれば死亡率を低下さぜることができるかもしれ ない。
‑ 45一