石垣 ノノノー
柴 田 野ツ己 v
上村
ノ F穂、川
紋別郡遠軽町,遠軽高等学校 紋別市,紋劉高等学校 中川郡本別町,本劉高等学校 厚準郡厚摩町,厚岸高等学校 寿都郡寿都町,寿都高等学校 山越蔀長万部町,長万部高等学校 病垂鄭増毛町,増毛高等学校 歌志内市,歌志内高等学校 磁笠布,三笠高等学校 以下東北地方
盛岡市,堂幅高等学校 弘前甫,弘前高等学校 能代市,能代市立商業高等学校 デ∫森市,青森高等学校 八戸布,八欝高等学校 大曲市,大毒隔等学校
3 2 3 2 at. 2 3 2 3 2 3 3 3. 3 3 2 3 2
fJN }? [・ i 23 87
3 2 3 2 3 2 3 2 3 2 3 2 小 箭 18 12
含 ;季卜 i41 99
すべて,特に断わらない限り,蕩等学校は道立または梨立である。
このときの調査の結果から,内陸都にありながら,雷語上,海岸的色彩の強 い地点が明らかになったので,この海岸的色彩を確認するために,もう一 一度,あ る岡じ地点の岡じ高等学校で同じlj 9について調査することにした。ただ,調 査者は前回と別の者を当てるようにした。なお,これと比較のため,内陸部に あって内薩的なことばの行なわれているところも1地点調査することにした。
ここでも調査考は前陶と別とした。また,今までの調査で非常に東北方需的な 色彩の濃いこ
調査者
野元・長;谷川 上村・佐藤
佐藤
調 査 校
旭川市,旭川東高等学校 三笠市,三瀬高等学校 松前郡松前町,松前高等学校
99
被調査岩
男 女
5 5 5 5 6 3 計 エ6 13
とが確認され た半島部の,
植民の歴史の 古い地点でも う一度調査し て,被調査者
数をふやして参考とすることを考えた。
旭川は,内陸部でも最も内陸的なところ,三笠は内陸部にありながら海岸的 なところ,松前は半島部の代表的なところとして選んだ。
この調査は昭和36年2月の下旬から3月号上旬にかけて行なった。これが高 校調査の第2次調査である。
以上の調査地点を図示すると地図1のようになる。
第2次議
・翻}1
・三笠
・季公荊
今金ノ。
り江差ノ
松鏑
8
増毛
(;滝蓑㌧魯\
余甫 〉 。 小樽 } む .岩内ピ澱
. 〜豊平 …「
寿都、〜一.一/亙2...・ノ ヘヘロロロロ リ
『舖飛勘敷
室彌
\、森 醜費
む 稚内
羽垂 紋別
lQノ。名省く 、 / 、o±別 1 ・ ∂ 斜里
鱗噸直遠㌔一/ぐ
赤M・、 ノ,」一../へ..ノσへ。
義定内} 女 ,) ・二二中差国津
。三笠ピ 1 1 ・ 縫
響蚊/一13、水魂 騨
豪ゴヒ地方
表蓼内 \9広尾 馳。弘葡●葎森 浦}・
○熊代●八戸 ・穴曲・盛繍
地 図 1
§3結果
1. 語誌について
一口に北海道共通語と君っても,必ずしも北海道全域に等質に分布するとは 限らない。分布図が示すように,北海道共通語の分布の濃淡は実にさまざまで ある。一つずつ簡単に説明する。
101.gosyoimo. 海岸部,特に半島部とオホーツク沿岸および内陸部ではあ leb
まり多くない。青i森察に行なわれるもの CA X
難
1・2・鉱・O
@\ の反llgeと考えられる・少姻は瑠『Q 幹 .λ 、。.,..、k。ibetu.キ。べ。のことを力
地 鴎 2 iO人として換算したときの,その形を答
\㌔︑
コ ニ 匿
\
繰
・⁝ハ犀醜説︑/ ダスヒダ〜護/親
難叢旧
地 図 3
甑、融、系V
初ァ
ll虫
地 図 4
えた人の数である。ka圭be蟹の分布図
翁/総凝澱吝墓澱1
.、/芝1・、
審磨
地図 5 分布図によって,濃紅の都合上,ある lel
いは,そう答えた人の数の多い地点を線で囲み,あるいは,そう答えた人の数 の少ない地点を線で翔んだ。たとえば,地図2は後者の場合である。
103.トウモPコシ。主なものとしては,teokibi系とtooklmi系とがある。
それぞれを地図に描いてみたのが地図3,地図4である。後者は半島部に多 く,前者はそれ以外に多いことは明らかである。前者は少ないところ,後者は 多いところに線を引いてみた。ほとんど同じところに線が引かれることにな る。なお,以下,表および地図では0の場合は省略することにする。
次にto(0>がっかない老の数を嵐してみた。(地図5)これによると, to(0)一 のつくのは,半島部以外に多い。東北はtooklm圭系であるが, to(o)一はつか