第 2 章 先行研究
2.1. 観光分野におけるマーケティング
2.1.2. デスティネーション・マーケティング
観光産業は図 2-1 に示されるように非常に多くの産業が集積することで成立している.
各地域が観光地として発展するには,こうした観光に関わる組織がそれぞれ独自に発展す る場合と,特定の組織主導のもとで観光関連組織が連携し一つの観光地として発展する場 合が考えられる.この観光独自とも言える特性から,観光分野には複数の主体による様々 な事象を対象としたマーケティングが混在している.
図 2-1 観光産業の範囲
(岡本 2009より引用)
内田(2012)は観光分野のマーケティングを,①観光地域内に存在するホテルやテーマ パーク,飲食店といった企業が自社への需要を創出するために行う「サービス・マーケテ ィング」,②観光協会などの組織が特定の観光目的地を製品として捉え,その観光目的地へ の需要を創造するために行う「デスティネーション・マーケティング」,以上の二つに分類 している.また山田(2010)は観光分野のマーケティングを,観光地の立場からその地域 に来訪する顧客を創造し維持する「デスティネーション(観光地)・マーケティング」と,
観光活動,旅行活動をする顧客を創造し維持する「観光・旅行マーケティング」に分けて いる.両者は一見似たように見えるが,観光・旅行マーケティングにおいて「対象地域」
は自由に選択できる要素の一つでしかなく,重要なのは自社(旅行会社など)の利益であ る.つまり,デスティネーション・マーケティングは観光者のニーズの変化にその製品(観 光地)を変化させることで対応するが,観光・旅行マーケティングはニーズの変化に応じ て製品(観光地)を変更することで利益の最大化を図るのが特徴的な違いである(山田 2010).
1 章で述べたように,本研究は,社会的背景により日本の各地域に企業と同様のマーケ ティングによる観光振興が求められている現状に着目している.したがって,本研究で取 り扱うのは,特定の企業が行うサービス・マーケティングや観光・旅行マーケティングで はなく,観光地全体の利益向上を目的として各地域の観光振興組織が行うデスティネーシ ョン・マーケティングである.以下では,デスティネーション・マーケティングとは何か について整理する.
デ ス テ ィ ネ ー シ ョ ン ・ マ ー ケ テ ィ ン グ は ,DMAI(Destination Marketing Association
International)により「訪問者,サービス提供者,および地域社会の利益のバランスをとっ
て統合する,デスティネーションの経済的および文化的発展に対する積極的で訪問者中心 のアプローチである.」と定義されている(DMAI 2008).しかし,この定義はデスティネ ーション・マーケティングについて包括的にまとめられた書籍(Wang & Pizam 2011)で引 用されているものの,多くの研究論文では,デスティネーション・マーケティングの定義 については言及されていない.デスティネーション・マーケティングやDMO について包 括的にまとめられた論文(Pike & Page 2014)においてもDMAIが示すような明確な定義に ついては言及されていない.この要因として,欧米ではデスティネーション・マーケティ ングは広く知られた概念であるため,その定義があらためて明示されていない可能性が考 えられる.しかし,デスティネーション・マーケティングという概念やその言葉自体が一 般的ではない日本においては,その定義について改めて言及する必要があると考えられる.
日本においては,岡田(2014)がデスティネーション・マーケティングについて,「ある
地域を潜在的観光者に選ばれる観光目的地(tourism destination)とするための戦略立案と その実践」と述べており,他の研究(大井 2017)でも引用されている.また,JTB総合研 究所(1)は,デスティネーション・マーケティングを「旅行目的地を商品として捉え,最大 の経済効果を上げるために消費者のニーズを満たそうとする誘客活動」と定義している.
これまでに述べた定義を概観すると,観光者のニーズを満たすための諸活動であるという 点については共通していると言えるだろう.また,DMAI(2008)が示すように,観光者の ニーズを中心にしながらも,サービス提供者や地域社会などステークホルダの利益につい ても考慮する必要があると考えられる.従来のマーケティングとの違いは,地域のための 活動であり,マーケティング実施者(DMO)自身の利益が主目的ではないことである.し かし,DMO という組織自体が自身の発展ではなく観光地の発展を目的とした組織である ため,各ステークホルダが利益を享受し観光地が発展することで,デスティネーション・
マーケティングはDMO にとっても有益な活動になると考えられ,間接的に自身の利益を 追求しているとも考えられる.
以上のように,デスティネーション・マーケティングは従来のマーケティングから,消 費者が観光者へ,企業がDMO へと置き換わりはするが,大局的には,消費者(観光者)
のニーズを満たすことでステークホルダにとっての利益を生み出すという意味で,その概 念については大きな差はないと考えられる.デスティネーション・マーケティングについ て簡潔に説明するには,岡田(2014)が前述の定義に加えて論文中で述べた「デスティネ ーション・マーケティングは消費者志向のマーケティング概念を観光地側の誘客戦略に応 用するものである.」という説明が適切であろう.ただし,以上で述べてきたのはあくまで 概念についての議論であり,より具体的なフレームワークを考えるうえでは,「デスティネ ーション(観光地)」の製品としての特性を十分に考慮する必要がある(岡田 2014;鈴木 ら 2017).
なお,デスティネーション・マーケティングの「デスティネーション」とは目的地ある いは観光目的地と邦訳される.デスティネーションの範囲は観光者によってその認識は異 なるとされているが,DMOなど供給側の視点では,大陸,国,州,都道府県,市町村,さ らには特定の小規模な場所に及ぶ政治的境界によって定義される(Pike & Page 2014).本 研究はマーケティング実施者側の視点から行われる研究であるため,曖昧で変動的な観光 者視点のデスティネーションの範囲については深く言及せず,政治的境界による区分(国,
都道府県,市町村)をデスティネーションの範囲として扱う.
表 2-2 デスティネーション・マーケティングの概念
提唱者 目的 対象 取り組み
DMAI デスティネーションを経
済的および文化的に発展 させる
訪問者,サービス提供者,
および地域社会
ステークホルダの利益の バランスをとる積極的で 訪問者中心のアプローチ
岡田豊一 ある地域を潜在的観光者 に選ばれる観光目的地と する
潜在的観光者 戦略立案とその実践
JTB 総 合 研 究 所
最大の経済効果を上げる ために消費者のニーズを 満たす
消費者 旅行目的地を商品として 捉え,誘客活動