第六章 海外の実地調査と文献調査からみた支援のあり方
第三節 社会的合意に向けての議論の必要性
1.日本の現状
罪を犯した高齢者を犯罪者の最終的な目標である地域生活へ定着するということに ついて現在、社会的合意ができていないことが課題として明らかになった。支援者イン タビュー調査からは、地域の人との関わりがないことによる地域での孤立が語述べられ ていた。罪を犯した高齢者は出所後、地域で隠れるように生活するために、匿名性を求 めて都市に集まることや地域住民が更生保護施設の排除を訴えるのがその例であろう。
しかし、この結果は、罪を犯した高齢者、社会の双方にとってマイナスであることは 明らかである。地域との共存のポイントは、「地域の犯罪者理解」と「犯罪者の責任意 識の涵養」であろう。罪を犯した高齢者が地域で福祉的生活を継続できるようにするた めには、地域とのコンフリクトを解決しなければならない。
罪を犯した高齢者を社会が受け入れられる形を作り上げることは、現在、求められて いる共生社会の実現に途をしめすことになる。罪を犯した高齢者が安心して生活ができ る地域になるということは、これまで、社会の中で排除されていた他の生活困難を抱え
である。デンマークでは、支援機関がリスクも視野にいれながら、国民とのコンセンサ スを重視して慎重に社会復帰支援策を進めている実践があった。「犯罪者の責任意識の 涵養」については、刑務所内処遇方針として「厳格さと柔軟さのバランスを基本としな がらも、規則を守ることには、厳格な態度を示す」としていた。
デンマークでは、福祉的理念としてのノーマライゼーション理念に基づいた、「共 生」・「統合」という価値観や人間観が中心になっているが、それは同じ市民としての 義務(税納付等)を果たすべきだというgive and take の合理的な考え方が基本にある。
「受刑者は罪を償った後、社会に帰ってくる。いずれ彼らと共生しなければならい。社 会の一員として役割が果たせるようにして戻ってきてもらいたい。犯罪者を社会の負担 としない」という共通認識である。自由と責任という言葉をキーワードに、犯罪者を「排 除するのではなく、社会生活を共にする」という考え方である。犯罪という個人が個人 に行った害悪を、社会の問題として捉え、その中で、被害者個人への謝罪と同時に社会 へ謝罪をするという、社会の一員としの責任の取り方を、犯罪者に求めている。
具体的な規準として、デンマークの矯正保護局の犯罪者の処遇に対するものとして
「厳格さと柔軟さ」がある。リスクと安全のバランスを微妙に取りながら、新しい取組 みを実験的に進めて行く方針である。それは、開放刑務所の中で、小さな罪は日々起こ っているが、修正をかけながら問題に対処していることや、社会奉仕命令で社会生活の 保障と同時に厳密に規則を守らせるという指導からも明らかである。犯罪というリスク と当事者の尊厳のバランスをとることの議論が国民の間で行われていることが参考に なるだろう。
3.社会内処遇の動向
国際的な傾向として、地域との共生を重視するために、拘禁から社会処遇へという流 れがある。1990年には、国連で社会内処遇の在り方が議論され、犯罪者の再社会化にお いて、非拘禁的措置の促進が目指され、社会内処遇の国連最低基準規則が採択されてい る(東京ルールズ)52
社会内処遇は、監視と援助の二側面を持つものであり、運用によっては、有効な社会 復帰資源となる。だが、この社会内処遇には反対意見もある。社会内での見せしめにな
52 1990年8月、ハバナで開催された第8回「犯罪防止・犯罪者処遇国連会議」において、「被拘禁措置に関する国連
最低基準規則(東京ルールズ)が採択された。その後、世界各国で、重要な施策であるとの認識により、社会内処遇や 非施設処遇の分野における国際的ガイドラインになっている。
るのではないか、地域の安全は保障されるのか、などが批判としてあがっている。
デンマークでのコミュニティ・サービス・オーダーの評価としては、コミュニティ・
サービス・オーダーが刑務所に入るより人道的であり、少なくとも犯罪者にとって、不 利な面は出てきていない。加えて、大事なことは国民がコミュニティ・サービス・オー ダーを支持している点がある。国民の合意を得ながらゆっくりと進めることが重要であ る、と言われている。これは、罪を犯した人が刑務所で隔離されているよりは、社会と の関わりが重要であるということを国民が判断したこと示している。
4.社会との合意に向けての実践
罪を犯した高齢者の社会復帰の方法は正解がひとつというわけではなく、試行錯誤し ながら時代、社会にあった方法を国民の合意を得ながらつくりあげなければならない。
デンマークの実践からは、失敗することもあることもあるだろうが実験的に試していく ことの必要性が報告されていた。
また、罪を犯した高齢者が地域社会の中で、住民と共存できる支援のあり方の検討は 我国だけの利益ではない。世界一の高齢化社会である我国の実践例は、今後、高齢化が 進む他の先進諸国の参考になるとも考えられる。
同時に、社会に対しても同じメッセージは発信され、支援の合意がえられやすいとい うことにつながる。
第四節 今後の展望と残された課題 -具体的支援に向けてー
本論文で明らかにした罪を犯した高齢者へのより良い社会復帰のあり方は、支援の課 題を広く抽出し、福祉的観点から総合的に検討、考察したものである。社会福祉の立場 からの支援を考える時、今後の展望として、罪を犯した高齢者と社会が共存できる福祉 社会を実現するために、個人の権利擁護と社会正義を実現することを目的とするソーシ ャルワークの実践が期待される。それに向けての本研究の課題として、本論文が罪を犯 した高齢者の立場からのニーズや課題、社会の人びとの意見を十分に反映されていない ということが残された。現場や当事者性を重視する社会福祉では、研究が机上の空論で
今回の研究は、その足がかりとなると考える。今回、明らかにした支援のポイントで ある①社会復帰支援についての共通価値としての「ひとりの人としての支援」、②支援 機関の連携体制としての「司法と福祉が核となった地域での包括的支援」、③高齢者支 援についての「社会的合意にむけての議論の時と場の設定」等を土台としてさらに研鑽 を積み、福祉社会を実現していくことが研究の目的である。
幸いに、政府のイニシアティブである「再犯防止推進計画」が地域で実施される。
平成30年度から34年度末までの5年間で政府が取り組むべき課題として115の施策 を公表した。計画には、「就労・居住の確保」「保健医療・福祉サービスの利用促進」な ど7つの重点分野を設定してある。今後、都道府県及び市町村は、再犯防止推進計画を 勘案して、当該都道府県又は市町村における再犯の防止等に関する施策の推進を定める よう努めなければならない(地方再犯防止推進計画)。このように罪を犯した人への社会 復帰支援の制度・施策は着実に進められている。今後、求められる研究は、作られた施 策をいかに実効性のあるものにしていくかということである。今後の残された課題とす る。本論文の全体をまとめると次のような図表になる。
図表7-1 罪を犯した高齢者の社会復帰支援のあり方の考察
罪を犯した高齢者の実態確認 支援制度の実態 第一章ː
罪 を 犯 し た 高 齢者の実情 問題関心
・分別のある年代の高齢者がなぜ犯罪を繰り返すのか。
・罪を犯した高齢者をどうとらえたらよいのか。
・どのように支援したら安定した老後が送れるのか
②
罪を犯した高齢者の社会復帰のあり方の考察 支援制度の実態確認
考察の枠組みとしての刑事司法と社会福祉
・支援の考え方は司法福祉が必要
・実践は規範的解決と実体的解決が必要
支援体制・
制度の未整備
支援の仕組み が未整備
司法と福祉の連 携体制が曖昧
個人の保護と 社会の保護の 未調整
支援機関の協働 体制がない
支 援 の 共 通 価 値 基盤がない
社会資源の不足
・司法と福祉の連携機関としての矯正保 護局
・司法と福祉の共通支援価値・認識による社会復帰
・システム化された地域生活支援サービス、社会復帰は 支援
市民としての義務
・国民との議論を踏まえたノーマライゼーション理念 の共有化
事業の社会的認知 がない
支援員調査より明らかになった課題 事例検討より明らかになった課題
結論
海外の先駆的実践
支援者の孤立
・高齢者の特質に合わせた支援