第 2 章 文献レビュー
2.4 ナレッジ・マネジメント
2.4.6 ナレッジ・マネジメントのタイプと戦略
ナレッジ・マネジメントには 2 つのタイプ、「知識管理」と「知識経営」があり、
そのタイプに応じた戦略がある。梅本(2006)は「知識経営」が既知の知識を共有・活 用しながら、新しい知識を継続して創造し続けることであり、ナレッジ・マネジメン トという用語が作られる前から、企業では実践されていた経営のタイプであるとした。
このタイプと異なる「知識管理」は、ナレッジ・マネジメントの用語が産まれた後、
企業やコンサルタントの蓄積してきたノウハウなどの暗黙知を、IT で利用できる形式 知に変換させ、共有・活用する経営するタイプである。紺野(2003)も本来のナレッジ・
マネジメントは IT ベース、形式知中心の「知識管理」でなく、個人と組織が継続的 に新たな知識を創造していくダイナミックなモデルであり、知識に基づく経営、つま
り「知識経営」だと指摘した。この 2 つのタイプに対応するナレッジ・マネジメント の戦略として、コード化と個人化の2つの戦略がある(Hansen, 1999)。ナレッジ・マ ネジメントにはコード化は日常の問題を解決するためにチームの誰もが利用できる ために、知識を識別して形式的知識に変換させ、インデックスをつけて貯蔵する戦略 である。個人化は個々の創造的な問題解決に他の専門家とのコミュニケートにより暗 黙知を供給される戦略である。この戦略の違いを表 2-6 に示す。Wyatt (2001)は医療 サービスでの効果的なナレッジ・マネジメントには、2 つの戦略を組み合わせること が重要だと主張している。医療サービスでの基本的な業務の 80%は定型的であり、そ の業務をコード化戦略でおこなうことで、効率的な医療資源の最適利用が可能だとし た。特に、クリニカルパスなどでケア業務の標準化をおこなうことで、リスクを低減 させ、ケア内容の保証がおこなえる利点がある。このコード化戦略にはネットワーク を用いた IT による医療データベースの活用が有効である。しかし、質の高い医療サ ービスでは、患者の個別性への創造的な対応をおこなうことが特徴であり、コード化 戦略だけでは十分でない。さらに、ほとんどの医療専門職は医療データベース上の医 療知識を用いて、患者の個別性の問題を解決する努力を避けたがる傾向にある。この ため、患者の個別性に対応するには、個人化戦略を有効に利用できるシステムが医療 サービスには必要である。この個人化戦略ではネットワークを用いた ICT による医療 専門家同士のコミュニケーションが有効である。そして、産業界からの教訓として、
医療現場へのナレッジ・マネジメントのプログラムは、病院の人事部門や情報管理部 門は制限するべきであり、病院の戦的意志決定と緊密に対応することが大切であると した。
表 2-6 コード化戦略と個人化戦略の比較(人の活動の視点から)
(Wyatt, 2001 より作成)
対象とする職種 スキルワーカー ナレッジワーカー
目的 コード化で獲得した形式知の再利用 専門家間での暗黙知の共有
形式知のコード化戦略 暗黙知の個人化戦略
人から文字・数字へ 人から人へ
リスクとコストの削減のため 一定の品質を提供
組織の機能 問題を創造的に解決できる機会を提供するが、
コストとリスクが上昇する危険を含む 問題の種類 日常業務で頻発する問題 1回限りで個別性の高い問題
スタッフの貢献 文書データベースへの書き込み 異なる専門家との良好なコミュニケーションを維持 適切なツール マニュアル、例題集、ガイドライン 専門家同士が対面で話せる場
ITの利用法 形式知の再利用 質の高い専門家間のコミュニケーションの提供
梅本(2004)は、医療サービスが Hansen の示したナレッジ・マネジメントの 2 つの 戦略のどちらかの 1 つを選択するのではなく、状況に応じた使い分けの戦略が有効だ と述べている。つまり、どちらか 1 つの戦略でなく、両方の戦略を採用するナレッジ・
マネジメントが「知識経営」を現場に適応させる有効な戦略としている。
2.4.6 理想的なナレッジ・マネジメント
Davenport と Prusak(2000)は、忙しい通常業務にナレッジ・マネジメント業務を上 乗せすることは現実的ではないとした。そして、有効なナレッジ・マネジメント業務 は、「ナレッジ・マネジメントのプロセスを重要なナレッジ・ワーク・プロセスに溶 け込ませること」と述べている。これは企業・組織が知識を共有・活用・創造する知 識プロセスと業務プロセスとの融合を示している。彼らは、業務プロセスにナレッ ジ・マネジメントのプロセスを融合したナレッジ・ワーク・プロセスにする方法を提 示した。それは、最初からナレッジ・ワーク・プロセスをデザインするか、長期的に ナレッジ・ワーカーとナレッジ・ワーク・デザイナーが微調整しながらデザインする かである。
梅本(2006)は、業務プロセスに知識プロセスとして意識せずに、長い時間をかけて 少しずつ改善してきた企業としてトヨタ自動車を挙げている。トヨタ自動車のトップ は自分たちが作り上げてきた「トヨタ生産システム」にナレッジ・マネジメントのプ ロセスが埋め込まれていたことに意識し始めたのはここ数年であると指摘している。
そして、理想的な「知識経営」としてのナレッジ・マネジメントは、知識プロセスが 業務プロセスに埋め込まれているので、仕事をしていてもナレッジ・マネジメントを 行っているつもりはなく、知識を共有・活用・創造していることも意識していない状 態であると述べ。これは、業務プロセスに埋め込まれたナレッジ・マネジメント技術・
手法を用いて知識を共有・活用しなければ新しい知識は創造できず、仕事が出来ない 仕組みの状態が、ナレッジ・マネジメントの理想の姿だとした。同時に、意識しよう と思えば、自分の仕事をデザインされた知識プロセスとして意識することも可能であ り、自ら、もしくはナレッジ・ワーク・デザイナーと協働で知識プロセスをデザイン できることも必要であると述べている
ナレッジ・マネジメントがおこなえる環境づくりには、「目的の可視化」、「知識の 可視化」、「コンテキストの可視化」が必要であると Nomura(2002)は指摘した。目的を 明確にすることで「目的の可視化」がおこなわれ、それに必要な知識の共有化で、「知 識の可視化」をおこない、さらに相互理解・信頼を得るための「コンテキストの可視 化」で共有の「場」を作ることで、組織環境つくりが可能となる。そして、この要素で