第 2 章 文献レビュー
2.5 クリニカルパス
2.5.6 クリニカルパス利用の効果
クリニカルパスを利用した医療現場では、大きな変化を医療者や患者にもたらした。
その変化がもたらした効果として、副島(2004)は、患者には治療工程を明示すること で、IC が容易になるとともに、安心感を与え、医療提供者には、情報の共有化と作成 過程での職種を越えた相互理解により、チーム医療を促進・強化した。さらに、同一 疾患における他施設との治療内容の比較がおこなえる具体的な土壌を提供可能にし たと述べている。
同様に、森脇・梅本(2003)は、効率化を目的としてクリニカルパスを導入したが、
目指したもの以上の宝物を得たとしている。それは職員が自律的な行動で、病院に勤 める人間として、当たり前のことを当たり前に行って来たことだとしている。これは、
職場の仲間とともに患者への「思い」を共有することで、本来持っている医療専門職 の潜在的な能力を引き出し、喜びを患者と分かち合えることでの精神的満足感が得ら れたと述べている。
Coffey(2005)はクリニカルパス利用の効果として、医療専門職間のコミュニケー ションの改善と、医療記録に要する時間を軽減する可能性を挙げるとともに、医療従
事者や学生などの教育にも有効な道具であり、医療記録に要する時間を減少させてい ることを指摘している。そして、医療の質改善を含むクリニカルパスの効果は、TQM が目指すものと一致すると述べている。
しかし、クリニカルパス利用による在院日数の減少効果が顕著でなかったことを、
Dy(2005)のおこなった調査で指摘している。調査は Johns Hopkins Uniform 病院の退 院データを用い、術式別術後ケアの 26 種類のクリニカルパスの効果判定を統計学的 おこなうことであった。この効果判定に用いた因子は、在院日数の減少、疾患の重症 度による在院日数減少の影響、クリニカルパス記録形式による教育と看護記録記載業 務の減少効果であった。調査結果から、在院日数減少効果が認められたクリニカルパ スは 7 種類、効果が認められなかったクリニカルパスは 19 種類であった。効果を認 められたクリニカルパスでは、それが最初に作成されて適用されたものか、重症度も 低いものであった。効果を認めなかったクリニカルパスの多くは、更新されたクリニ カルパスを利用したケースや、重症度が高く、ケアの質と量が多く必要とされる疾患 のクリニカルパスであった。クリニカルパス記録形式による教育と看護記録記載業務 の減少効果は、在院日数減少効果の有無に関係なく、統計学的な差異は認めなかった。
しかし、かれらは、クリニカルパスの効果を在院日数だけで評価するのではなく、患 者満足度や長期間の予後についても評価することが重要と述べている。
小西(2003)は、次に示す 6 因子が医療のリスク管理に必要であり、全ての 因子がクリニカルパス利用によって有効になったとしている。
z 医療従事者の個人知識の向上
z インシデントレポート12の集積・解析・対策の対応 z 医療従事者間のコミュニケーションの改善
z 医療情報の共有化 z 医療の標準化・効率化 z 患者や家族が医療への参加
標準的医療プロセスの施行で、患者の個別性への対応と提供する医療の質を管理す るため、クリニカルパスにアウトカムとバリアンスの概念を導入した(Every, 2000;
Zander, 2002; 副島, 2004)。アウトカムは医療プロセスが進行する過程で患者が目 標とする状態であり、医療者提供者や患者にとっては治療経過を判断するマイルスト ーンに相当する。バリアンスはアウトカムが達成できなかったときの患者状態であり、
12) 病院で発生したインシデント(アクシデント)について、職員からの自発的な報告。
それに対応する医療提供者の対応も含まれている。このバリアンスの評価と対応が、
患者の個別性を把握するためには必要である。アウトカムの設定(内容とタイミング)
が医療プロセスの質に大きく作用するが、その設定には発生したバリアンスの詳細な 分析が必須である。このアウトカムとバリアンスの概念をクリニカルパスに導入する ことで、医療プロセスの質を医療チームが協働して改善することが可能になった。さ らに、患者自身も、現状の状態が治療経過の中で、どのあたりかを認識することがで き、医療提供者とのコミュニケーションが促進する効果も認められた。
クリニカルパス利用による経営効果について立川(2005)は、在院日数の減少による 病床回転率13の増加による、入院単価の向上は見られるが、病床利用率14を高く維持し なければ経営効果は得られない。業務の予測性を活用して、組織の労働資源の適切な 配分が可能になるが、クリニカルパス利用による過度の業務効率化は、医療従事者を 急激な肉体的・精神的疲弊を招き、事故を起こす確率が高くなるとともに、組織や人 の創造性や長期的な生産性の向上を認めないと述べている。
小林(2005)は、今後、包括医療費政策が進むと予想される中、原価計算が医療経営 に重要な役割を担うとともに、クリニカルパスを利用した原価計算の有効性を述べて いる。クリニカルパスを利用した原価計算の意義として以下に示す 5 つを挙げた。
z 標準原価の設定
z 実際に発生した原価の計算
z 発生原価と標準原価の比較・分析 z 分析結果を経営責任者に報告 z 対策を講じ、原価能率を上げる
標準原価はクリニカルパスに基づいて計算した原価であり、発生原価とは実際に治 療に要した原価である。ただし、原価能率の向上達成のための診療プロセス変更には、
費用の効率性を求めるだけでなく、医療の質を考慮することが重要だとしている。
クリニカルパスを用いることで医療提供者が得られる効果として、職員満足度と継 続的な教育・研修が挙げられている(Ronellenfitsch, 2008)。職員満足度が高ければ、
提供するサービスの質も高くなることは明らかであり、クリニカルパスを用いること への医療提供者の満足度が高くならなければ、その効果を得ることは難しい。多くの クリニカルパス利用の文献調査から、チームで協働することでの学問的一体感、質の 高いケアの提供、自らが医療プロセスを改良できることなどが職員満足度を高める要
13) 年間日数を平均在院日数で除して率にした値。
14) 在院患者延数を病床延数で除して率にした値。
素であった。医療専門職への教育・研修では、EBM に基づいておこなわれることが望 まれている。しかし、医療の進化は速く、常に最新の EBM を用いた教育・研修を行う ことは難しい場合もある。さらに、医療現場では人の入れ替わりの頻度が高いのが現 状である。そのため、最新の EBM を取り入れて継続的に改良されているクリニカルパ スは、最適な実践医療の教育・研修のツールになる可能性が高い。特にクリニカルパ ス作成の過程では、異なる職間での活発な討論で経験的知識を明示する協働作業は、
他職種で構成されている医療専門職の教育・研修に高い効果を与えている。