• 検索結果がありません。

第 2 章 文献レビュー

2.7 医療分野でのオントロジー工学

2.7.1 オントロジー工学

オントロジーは哲学用語であり、「存在論」、「存在に関する体系的な理論」の意味 である。情報システム構築を考慮した場合、Mizoguchi(1993)は「人工システムを構 築する際のビルディングブロックとして用いられる基本概念/語彙の体系」をオント ロジーと定義している。Gruber(1994)は共有を指向したモデル構築の方法を明示的に おこない、その結果得られた基本概念や概念間の関係を土台にしてモデルを記述する ことであり、モデルが複数の人間間で共有できる合意内容でもあると述べている。

この考えを工学的に適応させた場合、「対象とする世界の情報処理的モデルを構築 する人が、その世界をどのように眺めたのか、つまりその世界には何が存在している と見なしてモデルを構築し、それを誰もが共有できるために明示したものであり、そ の結果得られた基本概念や概念間の関係を土台にしてモデルを記述することが可能 なものである」と溝口(1999)はオントロジー工学を定義している。

オントロジー工学の重要な役割として、武田(2001)は人間が理解できるメディアと 電子計算機が理解できるメディアの中間に位置することであると述べている。人間に もある程度理解でき、電子計算機も処理可能なメディアは、特有の曖昧性、多義性を 持たざるを得ない。完全に意味を捨象した電子計算機言語では、人間による理解や表 現に負担がかかる。そのため、オントロジーは人間にとっても理解可能であることが 重要である。

2.7.2 オントロジー工学の応用

オントロジー工学には下記に示す 7 つの効用があり、何らかのかたちで社会に貢献 できる分野である(Mizoguchi, 1995)。

z 合意を得る手段

オントロジーは知識そのものでなく、知識の前提となる概念化に関するもので あり、対象世界の骨格を明示したもので、これに合意しなければ強調も不可能 といえる根元的なものを媒介する。さらに、合意の前提は概念の違いを認識し、

その原因を同定することであり、そのためのオントロジーは有効である。

z 暗黙情報の明示化

無意識のうちに仮定し、前提としている概念を明示化は、オントロジー工学が 目的とする対象世界の概念化であり、暗黙知識を記述したものである。

z 知識の再利用と共有

通常、知識と総称される専門家の経験則などは、多様な基本的概念の複合体で あり、文脈への依存性や主観的要素強いもので、これを共有し再利用すること は困難である。オントロジーを用いることで、知識を構成する基本概念に立ち 戻り、その元になる対象世界を客観的な存在として考察することで、知識を構 成する基本概念を同定することができる。この結果、知識の抽象度に応じた階 層性、知識の分解可能性、文脈依存概念の同定と除去が可能となり、物事や対 象の成り立ちを基本から検討でき、共有と再利用が可能な知識の糸口を見つけ 出せる。

z 電子計算機上での知識の体系化

文字などの形式知で人間は知識を体系化したが、それを電子計算機が理解する ことはできない。電子計算機上で人間が体系化した知識を利用するには、関係 する対象世界を支配する概念を明確にし、知識を記述するための共通の語彙を 定めることであり、オントロジーはそれを可能にする。

z 標準化

コミュニティ内でオントロジーは共有される目的で開発され、その過程で語彙 と概念の共通性が高くなり、標準化への始まりになる。

z メタモデル的機能

オントロジーはモデル構築に必要な基本概念とガイドラインを提供できる。

z 総合的効用

知識の根源となる暗黙的な概念化(世界観)が明示化し、それが人々に共有さ れることで、コミュニティ内での知識の再利用や合意形成に役立ち、標準化を 促進するとともに、誰もが理解しやすい規範的なモデルを構築できる。

ネットワーク技術と IT が発達することで、多くの異なる背景を有する人達の間で のコミュニケーションや知識共有をおこなう機会が増えてくる。しかし、共通の用語 や互換性のある意味を共有できなければ、異なる背景に立つ人達間でのコミュニケー ションや知識共有は容易でないと Roche(2002)は指摘し、そのためにはオントロジー による合意形成、暗黙知の共有、知識の共有・再利用が有効だとした。特に共有する 用語に対する認識の一致が重要であり、用語の本質的な概念の定義が無ければ、異な る背景の人達での意味的合意は困難だと述べている。

2.7.3 オントロジーを用いたナレッジ・マネジメント

オントロジー工学の効用を用いて、コミュニティ内での情報や知識の共有をおこな う取り組みが検討されている。Fensel(2002)は、ネットワーク環境の発展とともにオ ンラインでの情報量が爆発的に増加し、この膨大な情報量の中から、組織や個人が必 要とする情報を抽出することが困難になってきている問題を提起し、その解決法とし て、オントロジー工学を用いた新システム導入の検討をおこなった。その結果、あら かじめ設定したキーワードでの自然言語処理をおこない、キーワードに関連する情報 源を素早く見つけ出すことが可能となった。このシステムの導入により、保険会社で の顧客管理や研究所での研究・開発の進捗状況の把握が効率的におこなえるとともに、

各部門での情報の共有と活用が促進したと述べている。

Ling(2006)は、多様な専門家が協働でおこなうデザイン設計で利用するための知識 データーベースの構築をオントロジーでおこなうことを薦めている。その理由として、

従来の知識データベースでは、専門家の有する暗黙知を他の専門家が識別し利用する ことは困難であり、形式知も異なる専門領域での認識が異なることであった。これを 解決するには、既存の形式知や暗黙知の本質的な概念を明示化することであり、その ためのオントロジーが有用であると述べている。

組織にナレッジ・マネジメントを導入することが競争優位性を獲得できる鍵となり、

オントロジー工学がそれを支援することが受け入れられている。しかし、従来のドキ ュメントなどの形式知でオントロジーを構築しても、ナレッジ・マネジメントには有 効でないと指摘している。特に、ドキュメント作成への負荷が大きく、部門ごとでの 問題解決の報告であり、ナレッジ・マネジメントの有益な証拠になりにくいと Edgington(2004)は指摘した。そして、これを解決する方法として、ある特定の知識 に特化し、その知識に関わる人達への集中的なインタビューで得られた証拠(語彙)

と背景となる文脈を組み合わせて意味を明示化し、それを関連づけでオントロジーを 構築する検討をおこなった。その結果、組織内での知識利用が増加するとともに、あ らたな知識が構築したオントロジーに補足される効果をたことを報告している。

製造業での技術活動、特に量産化を支援する知識ベースに必要なモデル構築を、布瀬 (2002)はオントロジーで検討した。従来の量産化支援は手作業での図解で品質機能展 開や系統図などを用いていたが、支援の対象となる製造プロセスに関する知識を明示 する処理がされていなかった。そのため、現場での専門技術者・監督者・作業者の知 識認識の違いによるコミュニケーション不足、過去に経験した問題解決に必要な知識 が暗黙知化されていての再利用できない問題を生じていた。この問題解決として、オ ントロジー工学をもちいて生産プロセスの本質的な概念を定義し、それを用いた表系 統図の作成をおこなえたことを報告している。

2.7.4 医療でのオントロジー工学の利用

Rector(1999)は以下に示す原因により、医療用語が普遍化できないと指摘した。

1) 利用するユーザーが不特定多数であり、利用法も多様である。

2) 利用者間での認識が一致せず、対立する場合もある。

3) 臨床での用語の利用形態が複雑で個別的である。

4) 用語の概念と言語表現の分離が困難である。

5) 慣例的な使用による論理的不整合が多い。

6) 臨床での概念と臨床の知識の定義を一致させるのが困難である。

7) 標準的な評価・利用方法が臨床で設定されていない。

8) 医学の進歩や環境の変化で頻繁に用語体系が変化していく。

そして、上記に示した原因の根本的要素として、医学用語と概念が分離できていな いことであるとした。

里村(2005)は Rector が示した医療用語の普遍化を妨げる原因のいくつかは、オン トロジー工学を電子計算機と人間の繋ぐインターフェイスとして利用することで解