第 6 章 結論 -
6.2 発見事項
先行研究調査とアクションリサーチから得られた発見事項に基づいて、本研究の研 究設問(リサーチ・クエスチョン)に沿って提示する。第 1 章で提示した本研究のメジ ャー・リサーチ・クエスチョン(MRQ)とサブシディアリ・リサーチ・クエスチョン(SRQ) を以下に示す。はじめに SRQ の答えを提示し、それらを踏まえて、MRQ の答えをまと める。
MRQ:クリニカルパスを用いるチーム医療では、いかに知識が創造・共有・活用 されているのか?
SRQ1:クリニカルパスを用いるチーム医療では、医療専門職がどのように相互作 用しているのか?
SRQ2:クリニカルパスを用いる医療専門職の知識は、いかに関係しているのか?
SRQ3:クリニカルパスを用いるチーム医療において患者は、どのような役割を果 たすのか?
6.2.1 サブシディアリ・リサーチ・クエスチョンへの答え
SRQ1:クリニカルパスを用いるチーム医療では、医療専門職がどのように相互作用 しているのか?
フェイズ 1 で構築した医療行為オントロジーに基づいて宮崎大学附属病院の医療専 門職がクリニカルパスを利用する医療では、職種の違いによりクリニカルパスに記載 されているタスクやアウトカムの目的・意図を異なって解釈していることが明らかに なった。具体的には、同じタスクやアウトカムの達成を目指していても、医師と看護 師では重視するポイントが異なっている。医師は、正確な診断をする、治療を効率的 に進めるという目的に重きを置いている。看護師は治療を効率的に進めるという目的 を医師と共有し医師を補佐するが、患者の QOL を高めるという目的を重視している。
しかし、クリニカルパスは、患者にとって最適なタスクやアウトカムが記載されてい る。
医療行為オントロジーに基づいた説明文の内容は、個々のクリニカルパス利用者が 患者の個別性に対応しながら、タスクやアウトカムを達成するために最低限必要なク リニカルパス作成者達の文脈的知識である専門知の表示であった。さらに、クリニカ ルパス利用者が患者の個別性に対応するときにこの説明文が有効であったことが、フ ェイズ 2 において明らかになった。
クリニカルパスは、各職種の重視する目的を形式的に統合し、患者のために最適な タスクやアウトカムを設定している。クリニカルパスの実践過程では、説明文の内容 が他の職種ごとで異なる目的を有機的に統合する。
職種ごとで異なる目的の統合に、職種で異なる目的の違いを認識することが重要で ある。ここでの医療専門職の相互作用とは、クリニカルパスを利用する時、他の職種 の異なる目的を認識しながら、患者の状態に応じて必要なタイプの目的を有する職種 の間での協働である。
SRQ2:クリニカルパスを用いる医療専門職の知識は、いかに関係しているのか?
宮崎大学附属病院の医療専門職がクリニカルパスを用いておこなうチーム医療は、
職種ごとに重視する目的が異なっていることがフェイズ1で明らかになった。職種の 違いによる目的の相異は、目的達成に必要な知識の相異を意味している。したがって、
クリニカルパス作成者は、職種の違いによる知識の相異を認識しながら、患者にとっ て最適なタスクやアウトカムとして設定している。この設定では、クリニカルパス作
成者の専門知を説明文として明示することで、クリニカルパス利用者が異なる知識も、
患者にとって最適設定されたタスクやアウトカムの目的・意図も理解できるようにな ることがフェイズ 2 で明らかになった。
医師や看護師などの医療専門職の知識は、職種ごとに異なっている。異なる知識を 患者にとって最適の統合知として設定したのがクリニカルパスである。クリニカルパ ス利用者は、異なる知識を共有し、臨床で活用することが可能となる。しかし、フェ イズ 1 と 2 の発見事項から、クリニカルパスの統合知を実践で共有・活用するには、
個々のクリニカルパス利用者の文脈的知識としての専門知が重要であることが示さ れている。そして、クリニカルパスを用いて患者の個別性に対応するには、クリニカ ルパス利用者の実践的な専門知が必要であることが明らかになった。さらに、患者の 個別性に対応することで得られた経験や患者行動の変化を記録し、クリニカルパスと 説明文の改良に反映させることが重要である。
説明文を付与したクリニカルパスを用いることで、異なる職種で構成する医療チー ム内の知識コミュニケーションが促進され、クリニカルパスが異なる知識の共有と活 用に有用であることと、新たに獲得した経験的知識を記録にすることの重要性が明ら かになった。
SRQ3:クリニカルパスを用いるチーム医療において患者は、どのような役割を果た すのか?
本研究では、患者へのアンケート調査やインタビューはおこなっていない。したが って、先行研究調査とフェイズ2の医療提供者へのアンケート調査とインタビューで 得られた知見に基づき、説明文を付与したクリニカルパスを用いるチーム医療での患 者の役割について得られた発見事項を以下に述べる。
z 説明文のないクリニカルパスは、患者と医療提供者の間での医療情報・知識を共 有するための双方向コミュニケーションツールになる可能性が低い
z 説明文を付けたクリニカルパスは、患者と医療提供者の間で有効な知識共有のた めの双方向コミュニケーションツールとなる可能性が高い
z 患者と医療提供者との間で知識コミュニケーションが促進されれば、患者の主体 的な医療プロセスへの参画意欲が高まる
z 患者の医療プロセスへの主体的な取り組みは、医療の質を高める可能性がある z 患者の医療プロセスへの主体的な取り組みは、患者自身が医療チームのメンバー
になることを示している
クリニカルパスを用いるチーム医療では、患者自身が医療プロセスの立案と実施に 参加することが求められている。さらに、患者を支援する家族の参加も重要な要素で ある。そのためには患者や家族と医療提供者間での知識コミュニケーションが重要で ある。
6.2.2 メジャー・リサーチ・クエスチョンへの答え
MRQ:クリニカルパスを用いるチーム医療では、いかに知識が創造・共有・活用され ているのか?
前節で示した SRQ への答えに基づいて MRQ の答えを以下にまとめる。
クリニカルパスを用いるチーム医療は、異なる職種の協働の相互作用でなり立って いる。医療行為オントロジーが明らかにしたように、職種が異なれば医療プロセスで 重視する目的は異なっていた。医療プロセスでの職種ごとに異なる目的を、患者にと って最適のタスクやアウトカムとして設定したのがクリニカルパスである。患者とっ て最適のタスクやアウトカムを達成するために、異なる職種間で異なる目的を相互補 完する協働の相互作用がおこなわれている。クリニカルパスは、この相互作用の過程 で、医療提供者間でのコミュニケーションツールとなる。宮崎大学附属病院でのクリ ニカルパスを用いるチーム医療では、「作成」、「実践」、「記録」、「評価」の 4 つのフ ェイズがあり、そこで知識は創造・共有・活用されていた。以下、各フェイズを説明 する。
z 「作成」のフェイズ
クリニカルパス作成者が、職種で異なる知識の違いの認識を共有しながら、患者 に合ったタスクやアウトカムを設定している。このフェイズでは、既存の統合知 (ガイドラインや他病院のクリニカルパス、文献など)を、クリニカルパス作成者 が有する専門知と統合し、新しい知識を創り出している。医療行為オントロジー に基づいて作成した説明文は、クリニカルパス作成者の文脈的知識の中で最も典 型的な知識内容を明示化したものである。
z 「実践」のフェイズ
個々のクリニカルパス利用者は、クリニカルパスの統合知を共有しながら、各自
の専門知を活用しながら患者の個別性に対応する。さらに、クリニカルパス利用 者の患者の個別性に対応できる実践的知識を創り出している。さらに、患者もケ アを受ける過程での医療専門職の説明・指導により、自主的に医療に取り組む知 識を獲得していく。説明文は根拠のある知識として、医療専門職を支援する。
z 「記録」のフェイズ
クリニカルパス利用者は、「実践」フェイズで獲得した新たな知識や患者行動の 変化を診療録に記録する。そうすることで、クリニカルパスで対応できない患者 1人ひとりの体験知や行動変化を収集することができる。このフェイズでは、ク リニカルパス利用者が、各自の専門知を活用しながら、暗黙的な体験知を記録と いう形式知に表出化する。
z 「評価」のフェイズ
クリニカルパス作成者は、アクションリサーチャーである観察者60の協力を得て、
個別の診療録に記載された医療プロセスの記録を共有しながら、多様な視点から、
見落としがちな記録や患者ニーズを評価し、クリニカルパスの改良に必要な知識 を選択して、クリニカルパスの改良に反映させている。患者の視点を含む多角的 な視点を有する観察者は、自らの専門知を活用し、クリニカルパスの改良で利用 できる新たな統合知を創り出している。医療行為オントロジーは、多様な患者1 人ひとりの記録から、クリニカルパスに組み込める統合可能な知識の選択を支援 する。
クリニカルパスを用いるチーム医療は、常に個々の医療提供者の専門知を共有・活 用して新たな知を創り出している。しかし、知の共有の程度は各フェイズで異なって いる。「作成」のフェイズでは、クリニカルパス作成者は職種で異なる知識の違いを 認識しながら新たな統合知を創り出す。「実践」のフェイズでは、クリニカルパスに よって職種ごとに異なる知識を共有するが、体験知を創り出すのは個々のクリニカル パス利用者である。「記録」のフェイズでは、他の職種の知を共有することはなく、
個々の医療専門職で、新たな知を創り出している。「評価」のフェイズでは、クリニ カルパス利用者収集した記録をクリニカルパス作成者と観察者は共有するが、新たな
60)普通、病院には本研究のようなアクションリサーチャーは存在しない。そこで、クリニカル パス作成者や利用者と異なる視点を有する診療情報管理士や医療経営専門家、あるいは専門 領域が異なる医療専門職が観察者なってもよい。