第 6 章 結論 -
6.4 実務的含意
含む多角的な視点が求められるので、職種間の連携が重要である。特に、記録された 患者の変化と要望が重要な要素となる。つまり、このフェイズでは、クリニカルパス 利用者と患者の個々の経験知を明示化した記録から、クリニカルパス改良のための新 たな統合知を創り出している。
さらに、再び「統合する」フェイズに入り、そこで新しい統合知を用いてクリニカ ル パ ス を 改 良 す る こ と で 、 ク リ ニ カ ル パ ス が 提 供 す る 医 療 の 質 が 向 上 す る 。
Donabedian(1966)が言うように、医療の質には患者の知識と行動の変化も含まれる。
したがって、患者の知識の変化をクリニカルパスの内容に反映させることが、医療の 質の向上にはかかせない。
ここに提示したクリニカルパスを用いるチーム医療のナレッジマネジメントのモ デルは、標準的な医療プロセスを目指す統合知としてのクリニカルパスと説明文のセ ットを基本にしながらも、医療提供者の専門知と体験知を使って1人ひとり異なる患 者の個別性に対応する医療プロセスを提供し、その過程で生み出された新たな体験知 を使って既存の統合知(クリニカルパスと説明文のセット)絶えず改善していくプロ セスを説明している。
言い換えると、クリニカルパスは、不特定多数の患者を想定しながら医療サービス をデザインした標準的・普遍的な知であるが、実際にそれを使って医療サービスを提 供するときには、現実の患者1人ひとりの特殊性に対応しなければならず、その過程 では医療提供者も患者も特殊な体験知を生成していく。その特殊な体験知をクリニカ ルパスの改善に使うことでクリニカルパスの普遍性が高まっていく。クリニカルパス は、一方で標準的・普遍的な医療サービスを目指しながら、他方では患者1人ひとり の特殊性に対応する医療サービスも志向しているのである。
いてクリニカルパスにかかわる知識の構造化をおこなう必要がある。知識の構造化は、
小宮山(2005)の知識構造化の3要素「関係付け」、「表現」、「人」で理解することがで きるので、それを使って説明したい。
z 関係付け
クリニカルパスは、アウトカムとタスクを時系列で表示している。タスクは医療提 供者が患者におこなうケアなどの医療行為であり、アウトカムはタスクの実施の成果 であるが、タスクやアウトカムの関係は明示化されていない。そのために、初心者は、
タスクやアウトカムの意図や解釈が理解できないままにタスクを実施する場合が多 い。さらに、複数のタスクを同時に実施する場合、患者状態に応じて、どのタスクを 優先するかの判断が求められる場合がある。そして、クリニカルパス全体の知識を把 握してなければ、患者の医療プロセスへの質問に、適切に答えられない場合もある。
クリニカルパス全体のタスクとアウトカムの関係が明示化されていれば、初心者は 大きな判断ミスを犯すことがなく、患者状態に応じた適切な判断が可能になり、患者 の医療プロセスへの説明も容易になる。クリニカルパスの記載内容からタスクやアウ トカムの医療行為オントロジーを構築することで、従来のクリニカルパスで困難であ ったタスクやアウトカムの関係性を明示化できるのである。その結果、多くのクリニ カルパス利用者は、適切な医療プロセスを患者に提供できるようになる。
クリニカルパスのタスクとアウトカムをオントロジー工学で関係づけることで、ク リニカルパスが医療プロセスの全体像を俯瞰できるだけでなく細部をも見ることの できる地図となるのである。
z 表現する
クリニカルパスは標準的な医療プロセスであり、記載内容は統合知として設定した タスクやアウトカムである。クリニカルパスを用いる患者ケアは、タスクやアウトカ ムをクリニカルパス利用者の実践的な専門知で解釈しながらおこなう。しかし、クリ ニカルパス利用者の医療知識のレベルには幅があり、彼らが同じ解釈をすることは難 しいのが実状である。さらに、患者の行動の変化や要望などの把握も、クリニカルパ ス利用者の専門知に依存している。そこで、医療行為オントロジーに基づく説明文を 用いることで、多くのクリニカルパス利用者の間でのタスクやアウトカムの解釈の不 一致が少なくなる。そして、患者への指導・説明も、説明文に基づいて根拠のある統 一した内容でおこなえるとともに、患者の個別性への対応を支援できる。
医療行為オントロジーに基づいて作成した説明文をクリニカルパスとセットにす ることで、医療プロセスの全体像を俯瞰できるだけでなく細部をも見ることのできる 地図のガイドラインとなる。
z 人
ほとんどのクリニカルパスは医療提供者が作成しているので、患者の要望やニー ズをクリニカルパス作成に反映することは難しい。そのために、患者の要望やニー ズを適切に把握してクリニカルパスに反映させる評価者が重要である。クリニカル パス作成者やクリニカルパス利用者とは異なる視点を有する医療専門職、例えば診 療情報管理士や医療経営専門家、あるいは領域が異なる医療専門家などが評価者に なることが望ましい。評価者は、多角的な視点で診療記録の中からクリニカルパス の改良に必要な記録の評価と、患者の行動変化、要望、ニーズを適切に把握し、ク リニカルパスに反映させる。その結果、クリニカルパスの作成者も利用者も、患者 への指導・説明を効果的におこなえるようになる。効果的な指導・説明は、患者が 主体的に医療に取り組むための知識の獲得を促進する。患者の医療知識が高まるこ とで、医療の社会的最適化が可能となる。
評価者が加わることで、医療プロセス全体と細部の両方を見ることができる地図 としての説明文付きのクリニカルパスとガイドラインのバージョン・アップが可能 になると同時に、多くの利用者が使えるようになる。
クリニカルパスを有効に利用するには、オントロジー工学を用いることと、評価者 をクリニカルパス活動に加えることである。その結果、医療プロセスに用いられる知 識の全体像をチームメンバーが俯瞰できるようになる。知識の全体像を俯瞰できるこ とで、異なる立場を越えての協働が可能となり、患者1人ひとりに合った医療プロセ スのための相互作用がおこる。さらに、評価者の多角的な視点による医療プロセス観 察の結果をクリニカルパスの作成・改善に反映することで、クリニカルパス利用者は、
患者ニーズの適切な把握と患者が主体的な取り組むのに必要な医療知識の提供が容 易になる。説明文を付けたクリニカルパスは、医療提供者間のコミュニケーションを 促進するだけでなく、医療提供者と患者とのコミュニケーションを促進することがで きる。このようなプロセスを継続的におこなうことで、医療提供者と患者の知識は高 まり、患者が参加するチーム医療は可能となる(図 6-2 参照)。
こうして、本アクションリサーチは、説明文を付けたクリニカルパスを作成するこ
とにより、宮崎大学附属病院の基本方針である「患者中心の最適な医療実践」、「お互 いを尊重し、チームワークのとれた職場環境の整備」、「人間性豊かな医療人の育成」
の実現に貢献することができた。
図 6-2 患者が参加するチーム医療のモデル