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2.2 日本語のメールに関する先行研究

2.2.5 会話分析に用いられる概念

メールに関しては、送信メールか返信メールのみに焦点を当てた研究が多かったが、会話の ように 1 つの話題が終了するまでの送信メールと返信メールのやりとりの構造に着目した研究 は、管見の限り見当たらない。メールは送信者が一方的に表現するだけでなく、謝罪場面のよ うにメールを受け取った受信者も相手を安心させるために、すぐに返信する(加藤他 2011)。

それにより、相互的なやりとりが成立する。そのやりとりはメール上で会話をしているように なされ、会話と共通する特性があるため、談話の 1 つの在り方と捉えられることが指摘されて いる(是永 1999、太田 2001、福田他 2009、加藤他 2011)。

本研究で取り扱う約束をキャンセルする謝罪メールも会話のように、相互的にやりとりをす るものとみなすことができる。そこで、本研究では、約束をキャンセルする話題が終了するま でのメールのやりとりの構造を明らかにするために、会話分析の方法を援用しながら分析を行

16 うことにする。会話分析上の有効な概念として、本研究で援用するのは、「ターン交替6」「隣 接ペア」「話題」の 3 つの概念である。

Sacks, Schegloff and Jefferson (1974)は会話を行う際に、多くの発話者は一人ずつ交替に話 し、ターン交替の長さや順序は一定ではないが、ターンの移行は秩序正しく調整されると指摘 している。メイナード(1993:24)は Sacks, Schegloff and Jefferson (1974)の内容を参考に、

ターン交替について、以下のように述べている。

この話者交替(ターン交替)のシステムは根本的には「状況の適切性」(conditional relevance)という概念に基づいている。「状況の適切性」はエスノメソドロジー7の基本 的な研究姿勢の 1 つであるが、それは Schegloff(1968)によって次の様に説明されてい る。ある要素 A が存在し、当然その次に存在すると期待される要素 B がある時、「状況の 適切性」があるとする。この場合 B があれば B は A の条件を満たす要素として存在すると 考えられ、B がなければ A に続いて当然あるべく要素が欠除していると意識される。話者交 替(ターン交替)も交替すべき条件がある時、相手がその条件に答えるという形で順番を取 るという考え方である。例えば、話し手が自分の発話の順番取りが終わったというメッセー ジを何らかの形で送った時、そこでは聞き手が話し手として順番を取るように期待されると いうことである。エスノメソドロジーによって会話における話者交替(ターン交替)がむや みに行われるのではなく、ある規則にのっとって行われていることが明らかになったわけで ある。

続いて、Schegloff & Sacks(1973:295)では、会話の連鎖組織の最も基本的なものとして、隣 接ペア(adjacency pair)を挙げており、以下のような特徴を持つとされる(訳:串田 2006:64)。

(1)「第 1 ペア部分8」と「第 2 ペア部分」という「2 つの成分」からなる。

(2)それぞれの成分は、異なる話者によって産出される。

(3)第 1 ペア部分は、第 2 ペア部分が次のターンにおいて産出されることを要請する。

6 「ターン交替」は“turn-taking”という用語からの訳語である。「話者交替」「発話順番」「発話権の移行」

と訳されることもある。本研究では、「ターン交替」という訳語を使用する。

7 「エスノメソドロジー(ethnomethodology)」とは、人々が実際的活動を秩序だった形で遂行するために用いて いる方法を解明する研究分野である(串田他 2010:1)。

8 隣接ペアの「第 1 ペア部分」と「第 2 ペア部分」は、Schegloff & Sacks(1973)による「First pair part」

と「Second pair part」からの訳語である。研究者によって「第 1(2)ペア部分」か「第 1(2)部分」と訳したものが あるが、本研究では、「第 1(2)ペア部分」という訳語を用いることにする。

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(4)第 1 ペア部分は、それに適合した第 2 ペア部分が産出されることを要請する。

この隣接ペアについて、高木他(2016)は、「隣接ペア」は<[質問]-[応答]>、<

[依頼]-[受諾]>、<[誘い]-[受諾]>などといったペア(対)を為すような行為の 連鎖であると述べ、上述の Schegloff & Sacks による隣接ペアの特徴をふまえて、会話参加者が 次のような「規則」に従うことによって生み出されるものであるとしている。

隣接ペアの第 1 ペア部分が産出されたならば、その最初の完結可能な時点(first possible completion) で、隣接ペアの第 1 ペア部分の産出者は発話を止め、次の話し 手は同じターンに属する隣接ペアの第 2 ペア部分を開始する。

高木他は「もちろん、実際の会話において、以上のような「規則」に「従わない」という選 択肢もありえる(従わないという可能性があるからこそ規則として意味があるわけで、従わな いことが不可能な規則というのは存在しない)。そして、この規則に従わない場合は、何らか の逸脱や特別なことが生じているという理解を導く。「規則に従っていない」と認識されるか らこそ、このような理解が導かれるのであり、さらにいえば、そのような理解は規則の存在を 前提としているのである。そして、会話者は規則に従わなければ、そうした理解が導かれ るということを利用することもできる。」(高木他 2016:98)と指摘している。

また、高木他では、行為連鎖は 1 つの隣接ペアを軸として、それが拡張される形で展開され ることが多く、その場合、1つのまとまりを成す連鎖全体は様々な長さになりえるが、いずれに しても、行為連鎖の最小単位は 2 つの順番からなる隣接ペアであると指摘されている。そして、

高木他(2016:109)は、2 つの順番からなる隣接ペアが最小単位であるとすれば、隣接ペアを 土台として行為連鎖が拡張される可能性が考えられると述べ、隣接ペアが拡張される場合、そ の拡張が生じることが可能な位置は、以下の図 2-1 のように 3 つあるとしている。

図 2-1 隣接ペアの拡張が生じる位置

← 先行拡張(Pre-Expansion)

A:隣接ペアの第 1 ペア部分

基本(Base)連鎖 ← 挿入拡張(Insert-Expansion)

B:隣接ペアの第 2 ペア部分

← 後続拡張(Post-Expansion)

18 この拡張について、以下、高木他による説明をまとめる。

「先行拡張」の「先行」というのは、土台となる隣接ペア(基本連鎖)に「先行」して生じ るため、「先行拡張」と呼ぶわけである。「先行拡張」は何かの本題となる基本連鎖の先行、

もしくは準備として生み出されることが参加者の間でわかるように(認識可能なやり方で)デ ザインされているのである。隣接ペアの第 1 ペア部分は、第 1 ペア部分とわかるようにデザイ ンされているが、先行拡張を構成する先行連鎖の第 1 ペア部分は、単に第 1 ペア部分であると いうだけでなく、何かの準備としてなされている第 1 ペア部分であることがわかるようにデザ インされているのである。さらに、本題となる基本連鎖がどのようなタイプの連鎖かというこ とについても、ある程度特定できる場合が多かった。そして、先行連鎖の第 2 ペア部分は、そ のことをふまえて産出される。つまり、先行連鎖の第 2 ペア部分は、予示された基本連鎖が実 際に生じるのか、生じるとすれば、どのような形で生じるのか、などを左右するのである。

「挿入拡張」は基本連鎖の第 1 ペア部分が産出された後に生じるもので、「先行拡張」と同 様にそれ自体、隣接ペアを単位とする連鎖から構成されている。つまり、それ自体、第 1 ペア 部分と第 2 ペア部分の対になっているものを「挿入連鎖」(insert sequence)と呼ぶ。この「挿 入連鎖」には、「ポストファースト(post-first)挿入連鎖」と、「プレセカンド(pre-second)

挿入連鎖」の 2 つのタイプがある。「ポストファースト挿入連鎖」とは、基本連鎖の第 1 ペア 部分の後に来るものとして捉えるべき挿入連鎖である。基本連鎖の第 1 ペア部分と第 2 ペア部 分の間に生じるのが挿入連鎖なので、第 2 ペア部分の前に来るものとして捉えることも可能で あるが、その挿入連鎖が対処しようとしている問題の性質に注目すれば、基本連鎖の第 1 ペア 部分の後と捉えるべきか基本連鎖の第 2 ペア部分の前と捉えるべきかが自ずと区別される。一 方、「プレセカンド挿入連鎖」は直前の順番において生じた理解や聞き取りの問題の解決を図 るものであり、それが生じている基本連鎖のタイプに関係なく、同様の言語的資源や基本連鎖 の第 1 ペア部分についての問題を特定する手続きが用いられている。

「後続拡張」は基本連鎖の第 2 ペア部分が産出された後に、その基本連鎖の拡張として 3 つ 目の順番で生じるものである。すなわち、第 2 ペア部分の後に、順番が 1 つ付加されて、そこ で連鎖が閉じる、というものである。つまり、第 1 ペア部分から数えて、3 つ目の順番で連鎖が 完結する。このような、隣接ペアに付加され、そこで連鎖を閉じるような順番を sequence closing third(SCT)と呼ぶこともある。ただし、重要なのは実際に連鎖が 3 つ目の順番で終わ っているかどうか、というよりも、その 3 つ目の付加的な順番がそれ以上さらなる連鎖の拡張 を招かないようにデザインされているかどうか、ということである。このような SCT を構成す ることが多かった日本語の言語形式としては、「ふーん」「へえ」「そう」「うん」などや、