博士(医学)齋藤克憲 学位論文題名
膵癌血行性転移における膵癌細胞由来IL ―6 の意義 学位論文内容の要旨
膵癌 は日 本に 於い て増加 の傾向を示しているが,今日に於いてもなお予後が極めて不良 な 疾患 であ る. 膵癌 が予後 不良となっている大きな要因のーっが門脈を経由した血行性肝 転 移の 頻発 であ る. 我々は ,これまで膵癌細胞株の樹立とその解析,これを用いた門脈血 行 性転 移動 物モ デル の確立 を行 って きた .そ の結 果, 特に 腫瘍 細胞 と血 管内 皮細胞 の接 着 に関 して ,膵 癌細 胞表面 のsialyl Lewisaと(SLea)と ,血管内皮細胞上のE‑selectinと の 接着 が重 要で あり ,その 際膵癌細胞株由来のサイトカインIL‑1 が機能的修飾を加える ことを既に示した・
IL‑6は1986年にその塩基配列が解明されたサイトカインで,従来の様々の報告から|L‑6 は 単独 ある いは 他の サイト カイ ンと 連合 して 腫瘍 細胞 のbiologyを修飾している可能性が ある.我々の以前の研究に於いても膵癌由来IL‑6はin vitroにおける腫瘍由来血管透過能調 節因子の主体をなしていた.従って今回我々はin vivoの転移における膵癌細胞由来IL‑6の 重要性に関し検討を加える事とした.そのために膵癌細胞株の|L‑6の産生の有無と肝転移 能との相関関係を検討した.また|L‑6非産生性の膵癌細胞株を用い,これに発現プロモー タ ー を 備 え たhuman IL‑6(h|L‑6)のcDNAを組 み込 んだ プラ スミ ドを 導入 した 株をヌ ー ド マウ ス肝 転移 モデ ルに応 用し,その肝転移結節の形成に関して解析したので報告した.
今回 我々 は, 樹立 したヒ ト膵 癌細 胞株9株 のIL‑6産生 の有 無と 抗ア シア ロGM1抗体 処理 し たヌ ード マウ ス実 験系で の肝転移結節数との間に相関関係を認めた.すなわち,IL‑6産 生 性を 示す 膵癌 細胞 株群の 肝転移結節数が,産生性を持たない細胞株群に比して有意に少 ないとぃう結果である.しかしながらこれだけではほかの要素の関与も考、えられるため,
膵 癌の 血行 性転 移に 対するhIL‑6の 関与 をよ り明 確にす べく,遺伝子導入法を用いた一連 の 実験 を行 った .ま ずhIL‑6を産生せず高転移性を示すPCト43に対し,hIL‑6遺伝子を導入 し た. 導入 の有 無及 び産生 するh|L‑6の量の多少に関わらず,試験管内での腫瘍細胞の増 殖 ・浸 潤能 には 殆ど 影響が なく,低発現性のh|L‑6導入株を除き運動能にも大きな変化は な か っ た . ま た 表 面 抗 原 の 変化 もFACScanによ る検 索で は検 出さ れず ,遺 伝子 導入の 前 後 い ず れ に 於 い て も マ ウ ス NK細 胞 に 対 す る 感 受 性 は 認 め ら れ な か っ た ・ これらhIL‑6遺伝子導入株を用いてin vivo血行性転移モデルでの実験を行った結果,IL‑6 高 産生 株が ,親 株で あるPCI‑43及びIL‑6低産生株に比して有意に肝転移結節形成数が低下 し,|L‑6無産性株に対しても減少傾向を示した.このことはIL‑6の産生が,何らかの形で 膵癌細胞のin vivo血行性転移に対し抑制的に働くことを示唆する.in vitroながら,膵癌細
胞の 増 殖 ・運 動 ・浸 潤能の変化 が認めら れなかっ たことか ら,hIL‑6が膵 癌細胞本 体では なく周辺 の宿主微 小環境に 影響を与 えた結果 であるこ とが推定さ れる.ま た,腫瘍細胞を 直接 移 植 され た 脾臓 内での結節 形成数は 親株及び いずれのhIL‑6導入株に 於いても 有意差 を示さな かった事 により, 癌そのも のの腫瘍 原性にた いする遺伝 子導入の 影響も無かった と考えられよう.
本 実 験は ヌ ー ドマ ウ スを 用 い てお り ,hIL‑6高 発現株の 転移能軽 減効果はT細胞系の 免 疫反 応 と は関 係 が ない と 考え ら れ る. 更 に本 研 究 での 転 移系 はNK活 性 を 抗ア シアロGM1 抗体 で あ る程 度 抑 制し た もの で あ るた め ,NK活性を 介した抗 転移効果 も考えな ければな らない. しかしin vitroで のNK細胞に 対する感 受性もhIL‑6遺伝子導入により変化がなかっ た こ と か ら , NK細 胞 に よ る 抗 腫 瘍 効 果 に よ っ て 媒 介 さ れ た 可 能 性 は 低 い . 今 回 の実 験 でhIL‑6遺伝子 導入の有無 に関わら ず,自然 抗体と思 われる腫 瘍宿主血 中の 膵癌 反 応 性lgM力 価 には 全 く変 化 が なか っ たが ,lgGクラ スの膵癌 反応性抗 体活性は 高発 現株の血 漿中にの み認めら れた.こ の抗体は 我々が樹 立した膵癌 細胞株す べてに対して反 応性 を 持 って お り(data not shown),hIL‑6導 入 によ り 移 植さ れ た膵 癌 細 胞の液 性免疫 原性 が 亢 進し た 可能 性が高いと 思われる .この増 強された 膵癌反応 性lgGが転移 抑制に介 入 す る 機 序 の 可 能 性 と し て, 抗 体依 存 性 細胞 傷 害作 用(ADCC)や 補 体依 存 性 細胞 傷 害 作 用(CDCC)と ぃ っ た 抗体 の 存 在に よ って 機 能 する 免 疫効 果 が 考え ら れた . ゆ えに , 膵 癌 反 応 性 抗 体 活 性 の 上 昇 し たマ ウ ス血 漿 を 抗体 と して 用 い ,PCI‑43株を 標 的 細胞 と し た ADCCを51Cr遊 離 試験 によって 測定した結 果,このlgGクラス膵 癌反応性 抗体活性 の増強に つ れ てADCCも 有 意 に 亢進 し た. こ の 結果 , と りも な おさ ずADCCが 今回 の 転移 抑 制 効果 の一 翼 を 担っ て い る可 能 性を 表 す もの と なっ た. この膵癌 反応性抗 体がADCCに関 与する とい う 結 果に よ り ,lgG1,IgG2a,IgG2b或 いはlgG3いずれか のサブク ラスであ ると推定 さ れ ,CDCCに お い て も 関 与 し 得 る と 思 わ れ る . 今 後 よ り 免 疫 機 能 欠 損 の 強 いSCID‑
beigeマ ウス な ど を用 い た肝 転 移 モデ ル で, こ の膵癌反 応性lgGの転 移に対す る影響を 検 索する予定である.
一方,IL‑6の 転移能に 対する影 響のーっ として考 えられる のが,血管 内皮細胞に対する 作用である.我々の以前の研究、カゝら,膵癌細胞株由来のIL‑6が容量依存性にin vitroで血管 内皮細胞 の透過性 を亢進さ せている 事が示さ れている.肝臓と同じin vivo条件下で,腫瘍 を移植さ れた脾臓 に於いて 腫瘍結節 形成数に 有意差が なかったこ とは,腫 瘍細胞が転移す る過程で 何らかの 影響を受 けた可能 性を示し ており, 抗体活性増 強による 細胞性免疫作用 以外の関 与を否定 すること はできな い.IL‑6によ る血管透 過性調節作 用が転移形成とどの ような関 連がある かは不明 であるが ,一連の 転移成立 の過程にお いて何ら かの影響を及ぼ していることも考えられよう・
h|L‑6自体は ,極めて多様な効果を持ったサイトカインであり,マクロファージやkiller 細胞など に対する 直接効果 など今回 述べた以 外にも様 々な要素を 更に検討 していく必要が ある . こ れら の 諸問 題が明らか にされれ ば,hIL‑6遺伝 子の腫瘍 細胞導入 によるワ クチン 作成の可能性も期待できるものと思われる.
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
膵癌血行性転移における膵癌細胞由来IL ―6 の意義
本研 究 は 、既 に 樹立 さ れ た膵 癌 細胞 株9株 を 用い 、 抗ア シ ア ロGM1抗 体処 理 し たヌ ー ドマウ ス実験系 での血行 性肝転移 に影響する 形質を検 討する事から開始された。そして膵 癌 細胞 に よ るhuman IL‑6 (hIL‑6)産 生能の有 無と肝転 移結節数と の間に逆 相関関係 を認 め 、hIL‑6が腫 瘍 細胞 のbiologyを修飾 している 可能性を示 すものと 考えられ た。ゆえ に hIL‑6の関与 をより明 確にすべ く、遺伝子導入法を用いた一連の実験を行った。すなわち、
hIL‑6非 産 生性 の 膵癌 細 胞 株を 用い、こ れに発現プ ロモータ ーを備え たhIL‑6のcDNAを組 み込ん だプラス ミドを導 入した株 をヌードマ ウス肝転 移モデルに応用し、その肝転移結節 の形成 に関して 解析した 。
その結 果、hIL‑6高産 生株にて 親株であ るPCI‑43及ぴhIL‑6低産生株に比して有意に肝転 移結節 形成数が 低下し、IL‑6無産性株 に対しても 減少傾向 を示した。これに関して、膵癌 細 胞の 増 殖 ・運 動 ・浸 潤 能 には大 きな変化が 認められ ず、また 表面抗原 の変化や マウス NK細胞に 対する感 受性の変 化も見ら れなかった ことは、hIL‑6が膵癌細 胞本体で はなく周 辺の宿 主微小環 境に影響 を与えた 結果である ことを示 唆するものである。本実験はヌード マウス を用いて おり、hIL‑6高 発現株の転移能軽減効果ば聯田胞系の免疫反応とは関係がな く 、ま た 抗 アシ ア ロGM1抗 体 によ る 抑制 を 免 れたNK細胞 活 性を考慮 する必要 があるが 、 in vitroでのNK細 胞に対す る感受性 もhIL‑6遺伝子 導入により 変化がな かったこ とから、
NK細 胞 に よ る 抗 腫 瘍 効 果 に よ っ て 媒 介 さ れ た 可 能 性 は 否 定 的 で あ る 。 今 回 の 実験 でlgGク ラ ス の膵 癌 反応 性 抗 体活 性 は 高発 現 株の血漿 中にのみ 認められ 、 hIL‑6導入に より移植 された膵 癌細胞へ の免疫応答 が亢進し た可能性 が高い。 さらにこ の 膵 癌 反 応 性lgGの 増 強 に っ れ てADCCも 有意 に 亢 進し た ため 、ADCCが 今回 の 転移 抑 制 効 果の一 翼を担っ ている可 能性を示 すものとな った。
上 記 の 主旨 の 発表 に 対 し、 副 査の 細 川 真澄 男 教 授よ り 、抗ア シアロGM1抗 体処理の 根 拠とそ の効果、 ヌードマ ウスでの 抗体産生の 根拠、膵 癌反応性lgGが抗体で あること の証 明とそ れに関し てhIL‑6直接投 与による 抗体産生の 可能性に ついて質 問があっ た。申請 者 は、抗 アシアロ 抗体処理 によるマ クロファー ジに対す る抑制の可能性を根拠のーつに挙げ た上で 経験的事 実による 転移能亢 進を示し、 ヌードマ ウスに関する報告を引用して抗体産
之 敬 男 澄 紘 眞 藤木 川 加吉 細 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
生の可能性を示したが、hIL‑6直接投与による抗体産生の可能性については今後の課題と した。次いで同副査の吉木敬教授から、膵癌反応性lgGの特異性、hIL‑6の血管透過性に対 する影響と本研究との整合性についての疑問が提起され、これに対し膵癌細胞に対する特 異性の根拠が完全ではないことを認めた上で、他の固形癌細胞株、或いは非癌細胞に対す る反応性の検討を今後の課題と規定した。一方、hIL‑6による血管透過性亢進が癌細胞の 浸潤を容易にする事により、高転移性の指標となりうるとぃう指摘に対しては、それがin vitroにおける癌細胞と血管内皮細胞のみの関係を評価したものであり、in vivoにおいては 血管透過性亢進による免疫系を含む多数の因子への影響が加わることを挙げ、これらの総 体的影響の結果として、転移が抑制される可能性を指摘した。脇坂明美助教授からはhIL‑
6産生量の差の根拠、及ぴ産生能の継続性についての質問があり、申請者はhIL‑6の産生能 の違いは導入効率の差によるとぃう見解を示し、産生能については8週間にわたる継続性 を確認してい名ことを示した。また、高橋利幸講師から提起された膵癌株のhIL‑6産生能 が臨床患者の血中hIL‑6と相関が認められないことについては、その理由の可能性のーつ として実際の癌組織がheterogenousであることを挙げた。最後に池田仁助手よりなされ たhIL‑6臨床応用に対する方法についての質問に対しては、癌ワクチンなどへの可能性を 示 し た 。 以 上 、 い ず れ の 質 問 者に 対 して も 概ね 妥 当と 思 われ る 回答 を 示し た 。
本研究はh|L‑6の転移能に対する影響をより明確に証明し、B細胞系免疫に対する効果の 可能性を実証した点で学術的価値が高く、今後の膵癌治療の展望を開くものと期待される。
ゆ え に 審 査 員 一 同 は 、 本 研 究 を 博 士 ( 医 学 ) の 学 位 に値 す るも の と判 定 した 。