博 士 ( 水 産 学 ) 齋 藤 節 雄
学 位 論 文 題 名
STUDIES ON THE ANATOMY AND MICROSTRUCTURE OF THE INNER EAR OF TILAPIA (OREOCHROMIS NILOTICUS),WITH SPECIAL REFER ENCE TO THE OTOLITH GROWTH IN THE OTOLITHIC ORGAN
( テ ィ ラ ピ ア の 内 耳 , 特 に 耳石 器 官 と 耳 石 の 成 長 に 関 す る 解 剖 学 的 , 微 細構 造 学 的 研 究 )
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
魚類 の耳石 は年齢 形質 として 資源解 析に重 用さ れてい る。近 年,多 くの魚 類の耳石に日周輪の 存 在 が知ら れ,年 輪構造 を持た ない 熱帯性 魚や生 後1年未満 の魚の 日レ ベルで の齢査 定の可 能性 を開 くとと もに, 初期生 活史 に関す る多く の生態 的情報 を提 供する ものと 期待されている。しか し, 日周輪 や耳石 の形成 ,成 長機構 に関する研究は極めて少なく,不明な点が多く残されている。
硬骨 魚類の 耳石は 内耳 膜迷路 を構成 する通 嚢, 小嚢及 び壷嚢 の中に 各々一 個ずつ存在し,それ ぞれ 礫石, 扁平石 及び星 状石 と呼ば れる。 扁平石 は通常 最も 大きく ,齢査 定におもに利用されて いる 。
耳石 は炭酸 カルシ ウム を主成 分とする高度に石灰化した組織で,基質として,蛋白質,多糖類,
脂質 などの 有機質 が含ま れて いる。 しかし ,耳石 は上述 の嚢 内を満 たす内 リンパ液中で成長し,
これ と直接 細胞性 構造を 欠く ことか ら,こ らにの カルシ ウム と有機 質の由 来や沈着経路にっいて はま だよく わかっ ていな い。
本研 究は, 硬骨魚 類の 耳石の 成長, 特に日 周輪 の形成 機構を ,内耳 膜迷路 組織のなかで耳石を も つ 小嚢 と , 耳 石 をも た な い三半 規管膨 大部 との比 較形態 学的観 察か ら解明 するこ とを目 的に 行っ た。
材料 として 日周輪 の存 在が証 明され ている ティ ラピア (〇reochromis nil,oticus)の稚魚及び 成 魚 を用 い た 。 魚 には 養 鯉 用 ペ レッ ト を 任 意 に与 え , 水 温27土1℃ ,12L:12D(8時 点灯 ,20 時消 灯)の 光周期 条件下 で飼 育した 。
光 学 及 び 電 子 顕 微 鏡(SEM,TEM)によ る 観 察 に より , 小 嚢 は 次の 四 種 類 の 細胞 群 か ら 成 る こと を明ら かにし た。即 ち, 感覚上 皮,移 行部上 皮,扁 平上 皮の各 上皮細 胞及びミトコンドリア
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に富 む 細 胞 (Mt一 細 胞 ) であ る 。 小 嚢 壁の 大 部 分 は 扁 平上 皮 細 胞 か ら成 り , そ の一 部領域 に Mt― 細 胞 が 密集 し て 観 察 され た 。 小 嚢壁 体軸側 には感 覚上皮 細胞と 支持 細胞か ら成る 厚い感 覚 上皮( 感覚斑 )が存 在し ,これ に隣接 して移 行部 上皮細 胞が薄 い扁平 上皮と の間 に存在 する。感 覚 上 皮 細 胞 と 移 行 部 上 皮 細 胞 の 上 を 耳 石 膜 が 被 い , 耳 石 は そ の 上 に 載 っ て い る 。 耳石膜 はゼ ラチン 層とク プラ下 網状層 のニ っの異なる層からナょる。ゼラチン層は耳石に接して クプラ 網状層 の上方 に位 置し, 感覚上 皮域に 対応している。ゼラチン層は,蜂の巣状の穴を持ち,
感覚細 胞の感 覚毛が その 穴に嵌 入して いる。 クプ ラ下網 状層は 細い繊 維から なる ゆるい 網目状構 造を呈 し,感 覚上皮 域と 移行部 上皮域 を覆っ てい る。
感覚上 皮の 表面に は,電 子密度 の高い 細胞 質の突 出及び 微絨毛 の先 端から の小胞 の放出が多数 観察さ れた。 また, クプ ラ下の 空間( クプラ 下網 状層と 感覚上 皮及び 移行部 上皮 との間 の空間)
で突出 物が崩 壊して いる 像が観 察され た。
移行部 上皮 細胞は ,その 表面に 多数の 微絨 毛を持 ち,細 胞質中 には 粗面小 胞体, ゴルジ装置及 びミト コンド リアが 良く 発達し ,細胞 間隙は 比較 的広い 。これ らの特 徴は, 蛋白 質の合 成,輸送 を活発 に行っ ている 細胞 の形態 的特徴 を示す 。一 方,微 絨毛先 端の膨 出によ り形 成され ている小 球状分 泌胞が 細胞表 面及 びクプ ラ下の 空間に 多数 観察さ れた。 これら 感覚上 皮及 び移行 部上皮の 細胞表 面に観 察され た小 球状分 泌胞や 細胞質 の突 出物と ,耳石 及び耳 石膜と の位 置関係 から,耳 石膜の ゼラチ ン層は 感覚 上皮の 突出物 に,ク プラ 下網状 層は小 球状分 泌胞に それ ぞれ由 来すると 考えら れた。
扁平上 皮細 胞の表 面には ,アポ クリン 型の 分泌様 式を示 す多数 の泡 状分泌 胞が見 られた。扁平 上皮細 胞は非 常に薄 く, 細胞質 に乏し いが, 時に ,粗面 小胞体 やゴル ジ装置 が良 く発達 し,ゴル ジ小胞 や高電 子密度 物質 を含ん でいる 細胞も 観察 された 。これ らの物 質が泡 状分 泌胞の 成分とし て内リ ンパ液 側へ分 泌さ れるも のと考 えられ た。
Mt― 細胞 の 細 胞 質 は ,ほ と ん ど が ミトコ ンドリ アとそ れを 取り巻 く滑面 小胞体 で占め られ , 細胞の 基底部 の下に は内 皮に小 孔を有 する毛 細血 管が多 数存在 してい た。骨 鰾魚 のキン ギョと非 骨鰾 魚 の テ ィ ラピ ア の 内 耳 に おけ るMt― 細胞の 分布を 調べた ところ ,両 種とも に三半 規管膨 大 部,通 嚢及び 小嚢に 密集 して存 在して いた。 また キンギ ョの横 行管及 び隔壁 によ り独立 している ティラ ピアの 壷嚢に も存 在が認 められ た。し かし ,独立 構造を とらな いキン ギョ の壷嚢 には観察 されな かった 。骨鰾 魚と 非骨鰾 魚にお ける分 布の 違いは ,内耳 組織の 構造上 の相 違に対 応してい た。 こ れ ら の 形態 及 び 分 布 の 特徴 か ら,Mt―細 胞は内 リンパ 液のイ オン 調節に 関与し ている と 考えら れた。
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三半規 管の 膨大部 稜は, 形態学 的に 小嚢の 聴斑と 同様に ,感覚 細胞 と支持 細胞か ら成る 感覚上 皮を形 成する 。し かし, 移行部 上皮に 当たる 隣接 する上皮の形態は扁平上皮と同じく非常に薄く,
微械毛 を有す る細 胞はほ とんど 観察さ れず, 小球 分泌胞 も存在 しなか った 。膨大 部稜の 上にはゼ ラチン 状のク プラ が被っ ていた 。これ らの観 察か ら,耳 石の成 長にと って 移行部 上皮の 小球状分 泌胞が 重要な 役割 を果た してい ると推 察され た。
小嚢の 移行 部上皮 細胞の 表面に 観察 された 小球状 分泌胞 の量的 日周 変動を 調べた ところ ,前方 部と後 方部で は8: 00に最も 少な く,20: 00に 最も 多かっ た。こ れに対 して中 央部 では,2:00 に最も 少なく ,そ の後直 線的に 増加し ,20: 00に 最も多 かった 。こ の様に,いずれの部位におい て も 明 瞭 な 日 周 変 動 が 認 め ら れ た が , 部 位 に よ り そ の 周 期 性 は 多 少 異 な っ た 。 小 嚢 及 び 三半 規 管膨 大部 の細胞 表面に 認めら れた 分泌物 及び耳 石膜と 耳石に っい て,局 所X線 微量 分 析(EPMA) に よ る元 素 分 析 を 行っ た 。 そ の 結果 , す べ て の分泌 物から ,リ ン,イ オウ,
カルシ ウムが 検出 された 。小嚢 の耳石 膜ゼラ チン 層から はイオ ウのみ 検出 された が,膨 大部のク プラか らはり ン, イオウ ,カル シウム が検出 され た。両 者とも 感覚上 皮の 分泌物 に由来 すると考 えられ るが, ゼラ チン層 では, ある種 の修飾 機構 の存在 が示唆 された 。一 方,耳 石膜ク プラ下網 状層で はりン とカ ルシウ ムが顕 著に多 く,移 行部 上皮の 小球分 泌胞に はイ オウと カルシ ウムが多 かった 。長時 間固 定によ りカル シウム を溶出 させ た耳石 表面か ら検出 され たのは ,殆ど カルシウ ムであ り,相 対的 にりン とイオ ウは極 く少量 であ った。クプラ下網状層は小球状分泌胞に由来し,
耳石の 有機基 質と して取 り込ま れると 考えら れた が,リ ンの取 り込み 量は イオウ よりも 相対的に 少ない と思わ れた 。小嚢 感覚上 皮の細 胞質突 出物 中に含 まれる カルシ ウム 量は,2: 00に 最も低 く,そ の後高 い値 で安定 してい た。移 行部上 皮の 前部と 後部に おける 小球のカルシウム量にも2: 00に最低 ,14: 00に 最高と いう明瞭な日周変化が認められたが,中央部では殆ど変化がなかった。
一方, 扁平上 皮の 小泡状 分泌胞 中のカ ルシウ ム量 は非常 に少な く,一 日中 殆ど変 化しな かった。
微 絨 毛 に 由来 す る 小 球 状分 泌 胞 が 耳 石の 成長に 必要な 有機 質とカ ルシウ ムを含 むと仮 定す る と,移 行部上 皮に 認めら れた分 泌自体 ,及び その カルシ ウム含 量の量 的日 周変動 は,日 周輪の形 成 に 密 接 な 関 係 を 有 し , そ の 形 成 機 構 を 説 明 す る 上 で 極 め て 重 要 な 現 象 と 考 え ら れ た 。
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学位論文審査の要旨 主査
副査 副査
教授 教授 助教授
山田 山崎 麦谷
寿郎 文雄 泰雄
魚類の耳石は,最も信頼性の高い齢形質として資源解析に利用されている。特に近年,耳石断 面に日周的に形成される微細輪紋の存在が明らかとなり,生態学的にその応用価値が極めて高い ことからその形成機構の究明が要望されている。硬骨魚類の耳石は,少量の有機基質とアラゴナ イト態結晶から成る高度に石灰化した塊状硬組織で,その成長は内耳膜迷路内の内リンパ液中で 行われ直接する細胞組織がないことから耳石の成長に関与する細胞の特定すらされていない現状 にある。本研究はティラピアの内耳膜迷路組織のうち,最大の耳石(扁平石)を有する小嚢と非 耳石器官である三半規管膨大部の微細構造の比較に基づき耳石形成に関与する細胞を推定すると ともに,その分泌性の日周性にっいても検討し,耳石の成長過程とくに日周輪形成機構を形態学 的 に 解 明 し よ う と し た も の で あ る 。 評 価 さ れ る 主 な 観 察 結 果は 以下 の通 りで あ る。
1.耳石は小嚢内で感覚斑とこれを取り囲む移行部上皮の上にゼラチン層とクプラ下網状層から なる耳石膜を介して位置している。耳石の前後端は位置的にクプラ下網状層と移行部上皮の縁辺 に一致し,耳石中央部の伸張した聴溝は同じ形状のゼラチン層に接している。三半規管膨大部で は 稜状に隆起した感覚斑にゼラ チン質のクプラのみがみられ,耳石膜と耳石は存在しない。
2.小嚢上皮は感覚斑の感覚上皮細胞,これを取り囲む移行部上皮細胞,小嚢壁の大部分を構成 する扁平上皮細胞,およびミトコンドリアに富む細胞(Mt―細胞)の小集塊からナょる。一方,
三半規管膨大部も移行部上皮細胞を欠く点を除いて小嚢上皮と同様の細胞からなる。両組織とも にMt―細胞を除くそれぞれの細胞には形態的特徴が共通する分泌胞が認められた。小嚢上皮細 胞およびその分泌胞の微形態的特徴と耳石との位置的対応を観察し,耳石の有機基質形成に関与 する細胞を,三半規管膨大部には欠けている移行部上皮の微絨毛を有する細胞と特定した。微絨 毛先端の膨出により放出された分泌胞は崩壊して内リンパ液またはクプラ下網状層を経て耳石内 に取り込まれるものと推定した。
3.感覚細胞からの球状分泌胞は,小嚢と三半規管膨大部で同様に認められ,これに対応する構 造として三半規管膨大部ではクプラがあるのみであることから,小嚢の感覚細胞の球状分泌は耳 石を固定するゼラチン層の形成に関係するものと推定した。扁平上皮細胞の分泌胞とMtー細胞
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の 役割は ,両組 織と もにそ れぞれ 内リンパ液の有機質と無機質成分の調節維持にあるものとした。
4. 局 所X線 微 量 分 析 に よ り , 耳石 か ら は 大 量の カ ル シ ウ ム(Ca)と 微量 の り ン (P) お よ び イ オ ウ (S) を 検 出 し た 。感 覚細 胞,移 行部上 皮細 胞,扁 平細胞 のいず れの 分泌胞 からもP,S, Caが 検 出そ れ た が ,Ca量 は 特 に 感覚 細 胞 と 移 行部 上 皮 細 胞 の 分泌 胞 に 多か った 。しか し,移 行 部 上 皮 細 胞の 分 泌 胞 のCaの みは明 瞭な日 周変動 を示し ,ま た,分 泌胞自 体も定 量的 に耳石 の 日 周輪形 成に対 応す る日周 変動性 を示す こと を確認 し,上 記(2)の推定を裏付ける結果を得た。
三 半 規 管 膨 大部 の ク プ ラ から はCa,P,Sのい ずれ もが検 出され たが, 小嚢の ゼラ チン層 からは Sの み が検 出され ,両者 は質的 に異な る成 分を有 するこ とが示 唆さ れたこ とから ,ゼラ チン質 形 成 の過程 は両者 間で 異なる ものと 考えら れた 。
以 上の 成果は ,硬骨 魚類内 耳の詳 細な 形態学 的観察 に基づ き, 従来不 明とさ れる耳石の成長機 構 にっい て貴重 な基 礎知見 を提供 し,ま た, 日周成 長の機 序を示 唆して 耳石 の齢形質としての応 用 性を高 め,水 産学 に貢献 すると ころが 大き いもの と評価 される 。よっ て, 審査員一同は本論文 を 博士( 水産学 )学 位論文 として 十分の 内容 を有す るもの と認め た。
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