博士(医学)岡村 学位論文題名
篤
細胞内二次情報伝達系に対する揮発性麻酔薬の抑制的作用の解析
―mRNA 注入アフリカツメガエル卵母細胞の受容体発現モデルを用いてー
学 位 論 文 内 容 の要 旨
全 身 麻 酔 薬 は 中 枢 神 経 系 の シ ナ プ ス 伝 達 を 著 明 に 抑 制 す る こ と が 知 られ て いる 。 こ の 機序 と し て 、麻 酔 薬 に よる シ ナ プ ス前 膜からの 伝達物 質の放 出抑制 、 シ ナ プ ス 後 膜 の 受 容体 の 応 答 性低 下 、 イ オン チ ヤ ネ ル活 性 の 抑 制、 膜 の 興 奮性 の 変 化 な ど が 検 討 され て き た 。こ れ ま で の研 究 成 果 は全 身 麻 酔 の機 序 が 複 数の 作 用 点 を も つ 複 合 的な 作 用 の 結果 で あ る こと を 示 し てい る 。 最 近、 種 々 の 細胞 に お い て ア ゴ ニ ス トに 対 す る 受容 体 の 親 和性 、 脱 感 作の 速 度 、 イオ ン チ ヤ ネル の 開 口 頻 度 な ど が 、細 胞 内 のCa2+濃 度や 種 々 の 細胞 内 二 次 情報 伝 達 系 によ っ て 影 響 を 受 け る こ と が 明 か と な っ て き た 。 こ れ ら の 報 告 は 細 胞 内 の 代 謝 調 節系 の 変 化 が シ ナ プ ス 伝達 の 特 性 を変 化 さ せ る可 能 性 を 示唆 す る も ので あ り 、 麻酔 薬 の 細 胞 内 二 次 情 報伝 達 系 に 対す る 影 響 を検 索 す る こと は 重 要 な課 題 で あ る。
本 研 究 で は 中 枢 神 経 系 の 細 胞 内 二 次 情 報 伝 達 系 モ デ ル と し て 、 ラ ッ ト 脳 から 抽 出 のmRNAを 注 入 し た ア フ リ カ ツ メ ガ エ ル 卵 母 細 胞 の 遺 伝 子 発 現 系 を用 い 、 揮 発 性 麻 酔 薬 の 細 胞 内 二 次 情 報 伝 達 系 に 対 す る 影 響 を 解 析 し た 。 方法
ア フ リ カ ツ メ ガ エ ル の 卵 母 細 胞 は 外 来 性 のmRNAを 効 率 よ く 翻 訳 し 、 細胞 膜 表 面 に 受 容 体 や イオ ン チ ヤ ネル を 発 現 する こ と が 知ら れ て い る。 こ の な かに は受 容 体 がG蛋 白 質と 接 合 す る代 謝 型 情 報伝 達 系も 含まれ 、セロト ニン(5・hy― droxytriptamine: 5‑HT)を アゴ ニ ス ト とす る 系 が知ら れている 。アフ リカツ メガ エル に 発 現 する5ーHT受 容体 の サ ブ クラ ス は5‑HTlcであ り 、 こ の受 容 体 はイノ シ トー ル リ ン 酸(PI)代謝 、と 接合す る。ア ゴニス トの結 合によ り、G蛋 白質を 介して inositol1,4,5‑trisphosphate(IP3)とdiacylglycerol(DG)を生成する。IP3は小胞体から Ca2+を 放 出 し 、 最 終 的 にCa2+依 存 性Cl− チ ヤ ネ ル を 開 口 さ せ る 。
本 研 究 で は こ のCl‑電 流 を 指 標 と し て 揮 発 麻 酔 薬 の 細 胞 内 こ 次 情 報 伝 達 系 に 対 す る 影 響 を 解析 した 。ま た 、作 用部 位の 同定 の ため に細 胞内 二次 情 報伝 達物 質で あ るIP3お よ びCa2+を 直 接 細 胞 内 に 注 入 し 、 誘 発 さ れ るCl‑電流 に 対す る揮 発性 麻酔薬の影響も解析した。
ア フ リ カ ツ メ ガ ェ ル 卵 母 細 胞 は 低 体 温 麻 酔 の も と で 下 腹部 の 切開 によ り卵 巣 の 一 部 を 取 り 出 し 、ND96培 養 液 中 で ピ ン セ ッ ト に て 機 械 的 に 分 離 し た 後 、 細 胞 分 離 用 コラ ゲナ ーゼ で ろ胞 を酵 素的 に除 去 する こと で単 離遊 離 細胞 を得 た。
mRNAはWister系 雄 性 成 熟 ラ ッ ト の 全 脳 よ り 、ethanol沈 殿 法 に て 抽 出 し た 。 卵 母 細 胞 へ のmRNAの 微 量 注 入 は 先 端 の 閉 口 径 が15メmの ガ ラ ス 管 を 用 い て 微 量 注入器(Drummond microdispensor)にて50 nlずつ注入した。
電 気 生 理 学 的 測 定 は 、 記 録 槽 に 卵 母 細 胞 を 静 置 し 、 灌 流 液 を2〜3 ml/分 の 速 度 で 灌 流 し 、 二 電 極 膜 電 位 固 定 法 に て 膜 電 位 を‑60 mVに 固定 し た際 の電 流変 化 か ら 解 析 し た 。 薬 物 の 投 与t Y‑tube法 に よ り 迅 速 に 行 っ た。 電 気的 応答 の記 録 はA/D変 換 器 を 介 し てHP300コ ン ピ ュ ー タ に て 処 理 し 、 実 時 間 の デ イ ス プ レ イ に 表 示 と と も に フ 口 ッ ピ ー デ イ ス ク に 記 録 し た 。5‑HTに 対す る 濃度 −反 応曲 線はHillの式にて近似した。
IP3お よ びCa2十 の 細 胞 内 注 入 は 先 端 開 口 径 が3ルmの 微 小 ガラ ス 管を 用い て、
窒 素 ガ ス に よる 圧注 入法 ( 駆動 圧2kg/cm )で 行っ た 。1回 注入 量 はソ レノ イド ノVレフめ隣誌知寺間によってョ聯し、mineraloil中で放出されるガく球の大きさをI損1定し てIP35fm01,Ca2十2.5pm01となるようにした。
揮 発 性 麻 酔 薬 の ハ ロ タ ン 、 イ ソ フ ル ラ ン 、 メ ト キ シ フ ル ラ ン の 作 用 機 序 は 共 通 す る も の と 考 え 、 定 性 的 実 験 は こ れ ら3種 の 麻 酔 薬 で 行 い 、 定 量 的 実 験 は メ ト キ シ フ ル ラ ン で 行 っ た 。 定 量 的 実 験 に メ ト キ シ フ ル ラ ンを 用 いた 理由 は、
こ れ ら3種 類 の 揮 発 性 麻 酔 薬 の 中 で 最 も 水 溶 性 が 高 < 、 か つ 最 も 蒸 発 し に く い た め 、 安 定 し た 水 溶 液 と な る か ら で あ る 。 ハ 口 夕 ン 、 イ ソ フル ラ ンの 投与 は専 用 の 気 化 器 か ら 、 バ プ リ ン グ ス ト ー ン を 介 し て 潅 流 液 を 瀑 気し 、10分 間の 灌流 後 に5.HT投 与 に よ り 誘 発 さ れ る 電 流応 答の 変 化を 観察 した 。麻 酔 薬の 濃度 はガ ス ク ロ マ ト グ ラ フ イ で 測 定 し た 。 メ ト キ シ フ ル ラ ン は 超 音 波振 蘯 器で 溶解 させ
て用いた。
結果
mRNAを 注 入 し た 卵 母 細 胞は‑60 mV電位 固 定 下で5‑HTを 投 与す る と 鋭 いー 過 性の内 向き電流(T成分) とそれに 引き続く ゆらぎをともなった遅い成分(S 成 分)か らなるニ 相性の内 向き電 流を生じ た(図2)。T成分 に関し て、5‑HT の濃度を0.001‑‑3メMの間で変化させて、濃度一反応曲線をプロットするとEDs{, EDg5は各々0.095、1.12pMでHill係数は1.2であった。T成分の最大振幅は859.2土 44.8 nA(n=51)であった。ハ口夕ン1ゲ。,3%投与でT成分の振幅は対照値の各々70%, 30%となり、イソフルラン1%,3%投与で各々540L, 20 010,メトキシフルランで はImM,3mM投与で各々630/0,25%であった。定量的検討はメトキシフルランを 用い、濃度‐反応曲線を作成した。メトキシフルランの0.5,1,3mM投下で電流応 答 の 最 大値 は 対 照の75,60,20%nに抑制 された。 メトキ シフルラ ンによる 濃度‐反応曲線はED,。が右方偏位することなく最大値が抑制されたので非競合的 抑制であることが示唆された。
IP3.Ca2+の 細 胞内 注入に よって誘 発され る電流応 答はハ 口夕ン、 イソフル ラ ン 、 メ ト キ シ フ ル ラ ン の いず れ に よっ て も 変化 は 認 めら れ な かっ た 。 考察
本 研究で 得られた 成績から5HTで惹起 されるCl‑電流はハロタン、イソフルラ ン および メトキシ フルラン投与で抑制され、この変化は可逆的であることが判 明した。5‑HTで誘発されるCI‑電流に対する揮発´陸麻酔薬の影響をメトキシフ ル ランを 用いて定 量的に解 析した 結果、以 下の2点が明らかとなった。すなわ
・ ち、1)5‑HTの濃 度一反応 曲線は 非競合的 に抑制 される、2)揮 発性麻酔薬は IP3、お よびCa2+の細胞内注入で誘発されるCI‑電流を抑制しない。これらの成 績 は、揮 発性麻酔 薬が細胞 内のCa2+貯 蔵から のCa2+放出、 およびCa2+による CI‑チヤ ネルの開 口のいず れをも 抑制しな いことを示唆する。したがって、揮 発 性麻酔薬 は受容 体丶丶G蛋白 質、PLCのいずれ かの活 性過程、 あるい はそのカ プリングを抑制するものと考えられた。
学位論文審査の要旨 主査 教授 劔持 修 副査 教授 菅野盛夫 副査 教授 本間研一
学位論文
細胞内二 次情報伝 達系に対す る揮発性麻酔薬の抑制的作用の解析:
mRNA
注入アフ リカツメ ガエル卵母 細胞の受容体発現モデルを用いて
本研究では、揮発陸麻酔薬の細胞内二次情報伝達系に及ぼす影響を検討するために、
中枢神経系 モデルと してラッ ト脳より 抽出した
mRNAを注入したアフリカツメガエル卵 母細胞の受 容体発現 モデルを作成した。このモデルにおいては代謝調節型受容体、
G蛋 白質、
phospholipaseC(
PLC)を介してinositolmsphosphate (IP3 )が産生され、細胞内
Ca2十
storeから
C屮が放出され、最終的にC 舮依存性C1 すヤネルが開口する。またこのモデ ルにおいて発現する代謝調節型受容体の中には、5 ‐hydroxymptamine (5 −HT )受容体が存在 することが 知られて いる。本研究では5 ・
HT投与により生じる代謝調節型受容体を介す る内向き
Cr電 流を指標 として、 細胞内二 次情報伝 達系に及ぼす揮発性麻酔薬の影響を 検討した。さらに、直接細胞内に
m3,
C舮を注入して誘発される
Cr電流を指標にして揮発 性麻酔薬の作用部位の同定を行った。
く方法>
アフリカツメガェルの下腹部を氷冷による低体温麻酔下に切開し、卵巣を取り出した。
ピンセットで卵母細胞およびろ胞を機械的に分離した後、細胞分離用コラゲナーゼで処理し
て 単 離 遊 離 細 胞 を 得 た 。
mRNAの 抽 出 は
Wistar系 ラ ッ ト の 全 脳 か ら
guanidium/
CsCl平衡 密 度 勾配 遠 心法 に て 行っ た 。
mRNAの 卵 母 細胞 へ の 注入 は
Drumonddigita1←128 一・
microdispenser
を用いて50nl ずつ注入した。
mRNA注入後の卵母細胞は培養液シャーレ中 で振蘯 培養した 。電気生 理学的測定は記録槽(容積
0.3ml)内に静置した卵母細胞を記 録槽の側孔より
2ー
3ml/分の速度で灌流して行った。5‑HT の投与は
Y‑tube法によルソレノ イドバ ルブを介 して迅速 に行った。電気生理学的応答は二電極膜電位固定法にて膜電 位を‑60mV に固定した際の電流変化から解析した。
IP3およぴCa2+ の細胞内注入は窒素ガ スによる圧注入法で行い、
1回注入量はソレノイドバルブの開放時間によって調節し、
IP3 5fmol
,
Ca2゛
2.
5pmolとなるよ うにした 。揮発性 麻酔薬であるハ口夕ン、イソ フルラン、メトキシフルランの作用機序は共通するものと考え、定性的実験はこれら
3種 の麻酔 薬で行い 、定量的 実験はメトキシフルランで行った。その理由はメトキシフル ランは 物理的性 質からこ れら
3種の 麻酔薬の中 で最も水 溶性が高く、安定した水溶液 が得ら れるから である。 ハロタンとイソフルランの投与はそれぞれ専用の気化器から バブリングストーンを介して灌流液を瀑気し(空気0.31/ 分)、濃度を1 %,3% として10 分間潅流後、5 ―
HT投与により誘発される電流応答の変化を観察した。定量的実験にお いてはメトキシフルランを超音波振蘯器で溶解させて用いた。濃度ー応答曲線を得るた めに、
5‑HT濃度を
0.001,
0.003,0.01 ,0.03 ,O.l ,0.3 ,1 ,3 〃M と変化させて電流応答のT 成分の振幅をプロットした。
く結果〉
定性的実験において、
5‑HT誘発電流は濃度依存性に抑制され、ハロタンでは1 %,3010 投与で
T成分の振幅は対照値の各々 70% ,30u/o となり、イソフルランでは1% ,3 %投与で 各々.
540/0,
200/0、メトキシフルランではImM ,3mM 投与で各々63010 ,25% となった。これ ら麻酔 薬による
5・
HT反応の 抑制には 再現性か認 められ、麻酔薬の洗い流しによって ほぼ対照値に復帰した。定量的実験においてはメトキシフルランの0 .
5,1 ,3mM 投与下 で電流応答の最大値は対照値の
75,
60,
20%に抑制された。メトキシフルランによる濃 度・反応曲線はEDso が右方偏位することなく、最大値が抑制されたので非競合的抑制であ ることが示唆された。IP3 .
Ca2十注入によって誘発される電流応答はハロタン、イソフラ ン 、 メ ト キ シ フ ル ラ ン の い ず れ の 濃 度 に よ っ て も 変 化 は 認 め ら れ な か っ た 。
く考察>
―129 ー
5
・HT で誘発される
Cl一電流に対する揮発性麻酔薬の影響について解析した結果、以下の
2点 が明 らか となった。1 )5‑HT の濃度−反応曲線は非競合的に抑制されること、2 ) 揮発性麻酔薬はIP3 およびCa2+ の細胞内注入で誘発されるCI 電流を抑制しないこと、で ある。今回の成績は、揮発性麻酔薬が細胞内のCa2 +store からの
Ca2+放出、および
Ca2+に よる
Clー チヤ ネル の開口 のい ずれ をも 抑制しないことを示唆する。したがって、
揮 発 性 麻 酔 薬 は 代 謝調 節型 受容 体、
G蛋白 質、
PLCのい ずれ かの活 性過 程あ るい は そのカップリングを抑制するものと考えられる。
く結語>
1
)揮発性麻酔薬の細胞内情報伝達系に対する影響を検討するため、中枢神経系モデ ル と し て ラ ッ ト 脳
mRNAを 注 入 し た ア フ リ カ ツ メ ガ エ ル 卵 母 細 胞 を 用 い た 。
2)揮発性麻酔薬は代謝調節型受容体を介する細胞内二次情報伝達系を非競合的に抑 制した。
3