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大規模コーパスを用いた日本語の視覚形容詞メタファーの使用傾向の定量的検討

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(1)

大規模コーパスを用いた日本語の視覚形容詞メタフ

ァーの使用傾向の定量的検討

著者

王 軒

学位授与機関

Tohoku University

学位授与番号

11301

URL

http://hdl.handle.net/10097/00129433

(2)

博士論文

大規模コーパスを用いた日本語の視覚形容詞

メタファーの使用傾向の定量的検討

東北大学大学院 文学研究科

言語科学専攻 言語学専攻分野

王 軒

(3)

目次

要 旨 ... 1 謝 辞 ... 4 第一章 序論 ... 6 1.1 問題の所在 ... 6 1.1.1 はじめに ... 6 1.1.2 本学位論文の目的 ... 11 1.2 本学位論文の構成 ... 12 第二章 研究の背景 ... 13 2.1 メタファーとは ... 13 2.1.1 メタファーの定義 ... 13 2.1.2 認知言語学におけるメタファーの定義 ... 13 2.1.3 本学位論文におけるメタファーの定義 ... 15 2.2 メタファーの分類 ... 15 2.2.1 メタファーの構成要素による分類 ... 16 2.2.2 メタファーの意味による分類 ... 17 2.3 メタファーの機能 ... 18 2.4 研究対象... 21 2.5 研究方法... 22 2.5.1 データの収集 ... 22 2.5.2 分析方法 ... 23 第三章 「明度」を含む日本語メタファー表現について ... 25 3.1 はじめに... 25 3.2 「明るい」「暗い」の意味の記述 ... 28 3.3 「明るい」「暗い」を含むメタファー表現の抽出 ... 30 3.3.1 手続き ... 30 3.4 「明るい」を含むメタファー表現の結果と考察 ... 32 3.4.1 限定用法を用いた「明るい」と名詞群の共起パターン ... 32 3.4.2 叙述用法を用いた「明るい」と名詞群の共起パターン ... 40 3.4.3 「明るい」と共起する名詞の多様性と頻度:限定用法と叙述用法の差 ... 47 3.4.4 まとめ ... 54 3.5 「暗い」を含むメタファー表現の分析 ... 54 3.5.1 限定用法を用いた「暗い」と名詞群の共起パターン ... 54

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3.5.4 まとめ ... 74 3.6 「明るい」と「暗い」を含むメタファー表現における差異 ... 75 3.6.1 「明るい」「暗い」と共起する名詞の多様性と頻度:限定用法の差 ... 76 3.6.2 「明るい」「暗い」と共起する名詞の多様性と頻度:叙述用法の差 ... 89 3.6.3 まとめ ... 96 3.7 メタファーとして使われる「明るい」「暗い」の叙述用法における助詞の使い方 ... 97 第四章 「色彩」を含む日本語メタファー表現について ... 104 4.1 はじめに... 104 4.2 「バラ色」「灰色」の意味の記述 ... 105 4.3 「バラ色」「灰色」を含むメタファー表現の抽出 ... 107 4.3.1 手続きについて ... 107 4.4 「バラ色」を含むメタファー表現の結果と考察 ... 108 4.4.1 限定用法を用いた「バラ色の」と名詞群の共起パターン ... 108 4.4.2 叙述用法を用いた「バラ色」と名詞群の共起パターン ... 113 4.4.3 「バラ色」と共起する名詞の多様性と頻度:限定用法と叙述用法の差 ... 117 4.4.4 まとめ ... 122 4.5 「灰色」を含むメタファー表現の分析 ... 123 4.5.1 限定用法を用いた「灰色」と名詞群の共起パターン ... 123 4.5.2 叙述用法を用いた「灰色」と名詞群の共起パターン ... 127 4.5.3 「灰色」と共起する名詞の多様性と頻度:限定用法と叙述用法の差 ... 131 4.5.4 まとめ ... 135 4.6 「バラ色」と「灰色」を含むメタファー表現における差異 ... 135 4.6.1 「バラ色」「灰色」と共起する名詞の多様性と頻度:限定用法の差 ... 135 4.6.2 「バラ色」「灰色」と共起する名詞の多様性と頻度:叙述用法の差 ... 141 4.6.3 まとめ ... 145 4.7 メタファーとして使われる「バラ色」「灰色」の叙述用法における助詞の使い方 ... 146 第五章 総論 ... 149 5.1 「明度」を含む日本語メタファー表現の総合考察 (第三章) ... 149 5.3 「色彩」を含む日本語メタファー表現の総合考察 (第四章) ... 155 5.4 本学位論文の意義 ... 159 5.5 本学位論文の限界と今後の課題 ... 159 5.6 結論 ... 161 引用文献 ... 162

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要 旨 大規模コーパスを用いた日本語の視覚形容詞メタファーの使用傾向の定量的検討 東北大学大学院文学研究科・言語科学専攻 王 軒 メタファーは、人間の言語活動において重要な表現方法であり、私たちの言語生 活に広く浸透している。特にメタファーで用いられやすいのが、人間の感覚器官に 関わる語彙である。五感は、人間の身体経験を統合する決定的な役割を担い、五感 を表す語彙は私たちの感情や心の世界など抽象度の高い概念を表すメタファーとし て使われる (山梨 2012) 。五感のメタファーに関する先行研究は、共感覚メタファ ーにおける意味転用の方向性や意味構造の記述が中心となっている (Williams 1976, 山梨 1988, 楠見 1988, 国広 1989, Shen & Cohen 1998, Yu 2003, Werning et al. 2006, 武 藤 2015) 。視覚に基づく形容詞から作られる共感覚メタファー表現は、成り立ちに くいものとして研究対象としてはほとんど取り上げられてこなかった。そのなかで 坂本・内海 (2007) は、「黄色い声」「黒い憂鬱」のような視覚形容詞を含む共感覚 メタファー表現に注目し、色彩形容詞と視覚以外を指す名詞との相互作用を考察 し、色彩形容詞を含むメタファー表現は否定的な意味を喚起しやすいことを指摘し た。しかしながら、坂本・内海 (2007) を含め、共感覚メタファー研究全般におい て、共感覚メタファーの使用実態及び共感覚メタファーにおける被修飾語の特徴に ついてはまったく言及されていない。また、認知言語学における五感のメタファー 研究では、特に味覚を表す形容詞を中心に、多義の視点から単語の持つ意味ネット ワークや他の表現と共起するときの意味的なつながりについて盛んに研究が行われ

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ら、字義的意味とメタファー的意味を比較して、個々の形容詞の全体の中で、どれ ぐらいメタファー表現が使用されているかというごく基本的な問いに対しては、実 証的な答えはなされていない。 本学位論文では、五感に基づくメタファー表現の中で中心的かつ豊かな内部構造を 持つ形容詞による視覚メタファーに焦点を当て、とくに視覚形容詞の個別表現を対象 とした大規模コーパスによる定量的分析に基づき、意味と統語的機能の視点からメタ ファー表現の使用実態を明らかにすることを目指した。 第一章では、序論として本論文の問題の所在を明らかにした上で、続く第二章で研 究の背景を詳述した。メタファーの理論的研究について、定義、分類そして機能の側 面について概観し、本研究で取り上げる対象とコーパス研究の方法論について述べた。 第三章では、実際に抽出された視覚形容詞「明るい」と「暗い」のメタファーの各 用例の検討を行った。そこでは、階層クラスタ分析と正準判別分析に基づいて、対象 となるメタファー表現の特徴を視覚化しながら、それらの成り立ちやすい統語構造と メタファー的意味との相互作用について考察した。分析の結果、「明暗」ともにメタフ ァーとしての使用には、総じて限定用法への選好があり、叙述用法は非典型的である ことが明らかになった。とりわけ、「明るい」のメタファーとして一般的な「晴れや か」、「希望を持つ状態」、「公正」という意味で使われる用例では、限定用法が強く好 まれ、多様な名詞と共起し得ることが確認された。一方、その反義語である「暗い」 のメタファーでは、「陰気で晴れやかでない」「犯罪・不幸・悲惨な存在を感じさせる」 という意味で使われるときに、とくに限定用法が好まれ、より多様な名詞と共起し得 ることが分かった。さらに特定の名詞との共起パターンについて「明暗」の反義語間 で比べてみると、統語構造の選好の程度やメタファー表現の生産性には偏りが認めら れた。なお、形容詞が非典型的といえる叙述用法で使われたときの文の機能を考える とき、とくに日本語の場合には、修飾語と被修飾語をつなぐ助詞の選択に左右される ことになる。そこで本章の最後では、「明暗」のメタファー形容詞が叙述用法をとった ときの助詞の使い方を調べた。その結果、両形容詞ともに、助詞「は」が最も多く使

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われていることが確かめられた。 第四章では、視覚を表す色彩形容詞としての「バラ色」と「灰色」を含むメタファ ー表現について検討した。三章と同様の手法で、これらの形容詞について、統語構造 上の選好と、修飾語と被修飾語のコロケーションの特徴を検討した。その結果、両色 彩形容詞を用いたメタファー表現は、前章の「明暗」と同様に、限定用法への選好が あることが分かった。また、特定の名詞との共起パターンについてこれらの反義語の 間で比べると、やはり「明暗」のメタファー同様、統語構造の選好性やメタファーと しての生産性に偏りが見られた。さらに、「バラ色」「灰色」が叙述用法で使われたと きの助詞の傾向について調べた結果、「明暗」のメタファー表現と同様、助詞「は」が 多い傾向が示された。 最終章の第五章では、第三章と第四章で示した「明暗のメタファー」と「色彩語の メタファー」の定量的分析の結果をまとめ、視覚メタファーとしての形容詞の働きに ついて総合的に考察し、結論を述べた。本論文で示した定量的検討は、従来のメタフ ァー研究における多義の視点から行われてきた意味的記述とはまた異なる見地から、 メタファーの使用上の傾向やそこに潜む動機を浮かび上がらせ、その体系的な理解を 促すことに役立つと考えられる。また、本論文で取り入れた階層クラスタ分析によっ て示された使用実態の調査結果は、日本語母語話者によって使われているメタファー 表現の使用傾向をより客観的に示すものであり、資料として様々な活用可能性がある だろう。こうした資料は、教授法や教材開発の基礎をなし、外国人日本語学習者のコ ミュニケーションにおいても、日本語のメタファー表現の理解力と産出力の育成に役 立つと考えられる。

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謝 辞 本博士学位論文を提出するまでの間に、多くの方々にご指導、ご助言、ご協力をい ただいたことに、深謝申し上げます。 私は、2008 年に来日して以来、12 年余りの日々を東北大学で過ごしてきました。 最初の2 年半は、教育学研究科に在学し、教育学修士の学位を取得しました。その後、 さらに日本語学習と日本語研究を続けたいという志を抱き、文学研究科言語学研究室 に入る決心をしました。私を研究生として受け入れてくださり、言語学の基礎からご 指導をいただき、本学位論文の執筆に至るまで9 年の長きに渡り、終始懇切丁寧なご 指導とご鞭撻を賜りました、東北大学大学院文学研究科言語学講座の後藤斉教授に、 深く感謝の意を申し上げます。後藤先生は、学問上の知識だけではなく、研究に対す る根本的な姿勢や考え方を私に伝えてくださいました。後藤先生のご指導が受けられ たからこそ、この博士論文を完成させることができました。この場を借りて、心から の感謝の意を表したいと思います。 また、本論文を完成するにあたっては、研究の構想から、テーマの決定、研究対象 の判別、分析方法の選定、まとめ方、執筆までの全般において、言語学研究室の千種 眞一名誉教授、小泉政利教授、木山幸子准教授からご指導とご鞭撻をいただきました。 3 年前に木山先生と出会い、先生の後ろ姿を見ながら、女性研究者としてあるべき姿 を学ばせていただきました。それをこれからの研究と教育に生かしていきたいと思っ ております。 言語学研究室の先輩、同輩、後輩たちにも感謝します。なかでも、学部研究生から 論文の完成に至るまでの間、日本語の修正をはじめ、論文の書き方まで多岐にわたる 多大なご助言をくださった菊池清一郎氏に深く御礼を申し上げます。また、長い間私 を助けてくださった元助教の李恵正氏、すでに修了して中国へ帰国された親友の劉寧 氏には、とくに感謝の気持ちを伝えたいと思います。 最後に、この長年の研究生活を陰ながら支えてくれた家族に、感謝の意を伝えたい

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と思います。博士後期課程在学中に結婚と出産を経験し、その間論文の執筆も滞り、 苦境に陥ってしまいました。その間、祖母をはじめとする家族からは、数えきれない ほどの励ましをもらいました。そして何より、私をいつも温かく見守り、辛抱強く応 援してくれた夫と、いつも大人しく支えてくれた長男に感謝の意を捧げます。今、1 歳を迎えようとする息子に、人生初めての誕生日プレゼントとするために、母親であ る私が博士論文を仕上げることができたことを、何よりの幸せであると感じておりま す。 このように多くの方々に支えられて、この一連の研究期間を通して有意義な時間を 享受することができました。最後に、私が関わってきたすべての方々に、あらためて 心より感謝の意を申し上げます。 王 軒 令和2 年 6 月

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第一章 序論 1.1 問題の所在 1.1.1 はじめに 私たちが日常的に行っているコミュニケーションでは、字義通りでない言語使用、 いわゆるメタファー(metaphor, 隠喩)としての使われ方が頻繁にあり、必ずしも使用 者にメタファーであるとは意識されずにやりとりされる。以下の (1) と (2) は、「冷 たい」という形容詞について、それぞれ基本義、つまり字義的意味に基づく表現と、 派生義に基づくメタファー表現を示したものである。 (1) こんな暑い日は冷たいビールが飲みたい (2) 冷たい目で見られる 「冷たい」の基本義は、「温度が低く感じられる」ということである。(1) では、 ビールの温度という物理的な状態そのものを指し、温度が低くて冷ややかなビール という本来の意味で用いられている。それに対して(2) では、「冷たい」は「目」を 修飾しているが、「目」あるいは「視線」は温度を指すことはできない。この「冷た い」という語は、字義的意味ではなく、人間の態度が「冷淡」で「愛情や思いやり がない」というメタファー的意味で用いられている。この (2) のようなメタファー としての使い方は、きわめて日常的なものといえるだろう。 メタファーは、人間の言語活動において重要な表現方法であり、私たちの言語生 活に広く浸透している。(1) と (2) からわかるように、「冷たい」という形容詞は 多義的である。瀬戸 (2007) は、「語はたいてい多義語であり、多義語にはメタファ ーが深く関与する」と指摘する。つまり多義語はありふれた現象であり、基本義と ともに派生義の存在を許しやすい語は、文脈と相互作用をなしてメタファー表現の 創出を促すだろう。多義語であればメタファーは作れるため、現実の言語コミュニ ケーションにおけるメタファーで使われる語彙は多種多様となる。

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中でも、特にメタファーで用いられやすいのが、人間の感覚器官に関わる語彙で ある。五感は、人間の身体経験を統合する決定的な役割を担い、五感を表す語彙は 私たちの感情や心の世界など抽象度の高い概念を表すメタファーとして使われる (山梨 2012) 。以下に、五感によるメタファーの例を挙げる 1, 2 (3) あの子の性格は明るい 【光が十分にある】 → 《元気で生き生きとしている》 (4) 熱い戦い 【物の温度が高い】 → 《感情が高ぶり、思いが強い》 (5) 甘い判断 【砂糖のような味】→ 辛さ・塩辛さが不十分だ ⇒ 《考え・思慮が不十分だ》 (6) 儲け話を嗅ぎつける (瀬戸 1995) 【においで嗅ぎ出す】 → 《隠されているものを気配から察して嗅ぎこむ》 (7) うるさい色 (武藤 2015) 【音が大きくて不快だ】 → 《色・飾りが度を越している》 (3) から (7) の例は、それぞれ視覚、触覚、味覚、嗅覚、聴覚によるメタファー 表現である。(3) と (4) は字義的意味、すなわち語の中心義から拡張された一次派 生義が用いられた単純なメタファー表現、(5) は一次派生義からさらに拡張された二 次派生義を基に作られたメタファー表現である。これらの例が示すように、五感を表 す表現は、本来の感覚器官の物理的な作用を離れ、人間の性格、思惟、態度、振る舞 いなどを表すために多様な仕方でメタファー的に使われる。 五感に基づくメタファー表現の中には、 (3)~ (6) のような各感覚器官の物理作 用をそのまま活用したメタファーであるが、その他に、(7) のようなある感覚に関

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する表現を用いて別の感覚の作用を表す「共感覚メタファー (synesthesia metaphor) 」がある。(7) では、「うるさい」という聴覚表現を借りながら、「色」と いう視覚表現と組み合わされたメタファーである。このような五感の意味の転用は まれな現象ではなく、一般的によく見られるものである。こうした意味の転用によ って、五感のメタファーはバリエーションに富んだ豊かな表現となっている。 (3) から (7) で見たように、五感のうちどれを利用してもメタファー表現を作る ことが可能ではあるが、視覚によるメタファー表現はとりわけ種類が豊富で生産的で ある。その理由としては、人間にとって視覚は処理できる情報量が多く、他のいかな る感覚よりも対象そのものに密着し、また外の諸感覚の影響を受けて修正されること が少ないため、他の感覚を圧倒する力を持っていること (丸山 1969, 中村 1979) が 考えられる。視覚のメタファーは身体的知覚による五感のメタファーの中核であると、 瀬戸 (1995) は指摘する。 メタファーに関する理論的研究は、伝統的に修辞的技法の一つとしての認識に基 づいて行われてきた (リチャーズ 1961, ペレルマン 1980) 。しかし、Lakoff and Johnson (1980) が “(M)etaphor is pervasive in everyday life, not just in language but in thought and action (p. 3)” と主張して以来、メタファーという言語現象と人間の認知 や行動との関連付けに着目して、言語学、心理学、認知科学といった幅広い領域で の多様な観点からの実証的な研究が進められるようになった。特に認知言語学にお いては、別々の概念を越えて表現する概念メタファー、またメタファーの理解過程 と生成過程が重要なテーマとして大いに注目されている。しかし、五感 (特に視覚) のメタファーが実際にどのように使われ、メタファーの使い方の広がりを見せてい るかという観点から考えると、まだ次のような課題が残っている。 第一に、その使用実態に関する点である。認知言語学における五感のメタファー 研究では、特に味覚を表す形容詞を中心に、多義の視点から単語の持つ意味ネット ワークや他の表現と共起するときの意味的なつながりについて盛んに研究が行われ てきた (小田 2003, 山添 2003, 楠見 2004, 武藤 2015, 金 2017) 。しかしなが

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ら、字義的意味とメタファー的意味を比較して、個々の形容詞の全体の中で、どれ ぐらいメタファー表現が使用されているかというごく基本的な問いに対しては、実 証的な答えはなされていない。 また、五感のメタファー研究では、視覚を含めた五感によるメタファー全体を対象 に研究が行われていることが多いが、味覚以外の個別の感覚による形容詞メタファー に焦点を当てた研究は少ないようである。したがって、五感のメタファーについて理 解を深めるには、まず五感において中心的かつ豊かな内部構造を持つ視覚の形容詞メ タファーに焦点を置いて考察することが有用であろう。 第二に、メタファーの語彙を品詞別に考えてみると、五感のメタファーでよく用い られるのは、形容詞としてのメタファーである。形容詞メタファーの理解は、名詞メ タファーや動詞メタファーの理解よりも複雑であると、Utsumi and Sakamoto (2007)

は主張している。形容詞メタファーでは、修飾語である形容詞が喩辞(vehicle)とな り、被修飾語である名詞が被喩辞(tenor)として、両者に共通する仲介カテゴリーを 介して間接的に結ばれる。形容詞メタファー表現について理解を深めるには、この仲 介カテゴリーの働きを明確にする必要があり、そのためには、喩辞である形容詞と被 喩辞である名詞とのコロケーションの実態を考察する必要がある。 一般に形容詞は、「甘い果物」のような限定用法と、「果物が甘い」のような叙述用 法の 2 つの統語的機能を持っている (Dixon 2004)。メタファーとしての形容詞にお いても、「甘い判断」と「判断が甘い」のように、限定と叙述の両方の用法で表現する ことが可能である。形容詞メタファーにおける修飾語と被修飾語の仲介カテゴリーの 働き方は、こうした統語的機能の活用の仕方に依存する側面もあるはずである。した がって、メタファー表現を限定用法と叙述用法とに分けて検討する必要があると考え られる。 第三に、視覚に限らず、五感メタファーの理解には、複数の感覚器官にわたる共

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ている (Williams 1976, 山梨 1988, 楠見 1988, 国広 1989, Shen & Cohen 1998, Yu 2003, Werning et al. 2006, 武藤 2015) 。これらの研究では、視覚に基づく形容詞から 作られる共感覚メタファー表現は、成り立ちにくいものとして研究対象となりにく かったようである。それに対して、坂本・内海 (2007) は、「黄色い声」「黒い憂 鬱」のような視覚形容詞を含む共感覚メタファー表現に注目し、色彩形容詞と視覚 以外を指す名詞との相互作用を考察し、色彩形容詞を含むメタファー表現は否定的 な意味を喚起しやすいことを指摘した。しかしながら、坂本・内海 (2007) を含 め、共感覚メタファー研究全般において、共感覚メタファーの使用実態及び共感覚 メタファーにおける被修飾語の特徴についてはまったく言及されていない。五感に よるメタファーの使用実態や被修飾語の特徴を明らかにするためには、言語データ の集積であるコーパスを利用した実証的な研究を行う必要がある。 メタファーの現象は多様にして複雑であり、膨大な資料の分析に際して、五感に よるメタファー表現のすべてを網羅することは難しい。そこで、対象を特定の個別 表現に絞って個別表現に焦点を当て、個々のメタファーの例の意味を精査すること で、メタファーをつくる語彙ごとに現れる性質を導き出すことが可能になると考え られる。 最後に、メタファーという方式をとりいれる使用者の問題がある。上述のように、 メタファーの使用実態は、各語彙や統語的機能に応じて異なると考えられるが、それ らをどの程度とりいれて言語表現をするかは、各々の使用者の選択に委ねられる。メ タファーを好む話者も要れば、より字義に即した表現を好む話者もいるかもしれない。 話者の言語熟達度によっても変わるはずである。この点に関連して、外国語学習者の メタファー表現の使用頻度は、母語話者よりも比較的低いことが指摘されている (ジ ャ 2017) 。その理由としては、やはり非母語話者は語のメタファー的意味に対する

理解力と運用力が不足していることが考えられる (Danesi 1992, Hashemian & Nezhad 2006, 鐘 2013 など) 。語彙の理解力と運用力を向上させるためには辞書が不可欠で あるが、辞書や多義語学習辞典には、通常語の原義と派生義の両方が記述されてはい

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るものの、各派生義から用いられるメタファー表現の全容について掲載されている辞 書はまず存在しない。それは、メタファー表現は本来自由度の高い言語表現形式であ り、典型的ないくつかの用法を指摘することはできても、その多様で自由な創造的な 使われ方を1 つの辞書を網羅することは不可能だからである。したがって、メタファ ーをとりいれた言語産出には、基本的な語彙の運用力以上に、柔軟で創造的な思考に 基づく高度な語彙の統合力が必要となるだろう。その言語の母語話者であっても必ず しも自在に産出しているわけではなく、また産出していたとしても無意識のうちにそ うしていることも多いはずだ。とくに学習者にとっては、形容詞メタファーを使用す る際、メタファー的意味の理解自体が困難であるために、まずはその仕組みを分析的 に学習することが求められるだろう。形容詞メタファーに関しては、共起語の意味カ テゴリーに応じた使用傾向を、それらの統語構造の特徴と関係づけながら理解するこ となしには、その習得は難しいと考えられる。 以上のような点を踏まえ、本論文では、意味分類と統語的機能の観点から、視覚形 容詞と色彩語による修飾表現から作られたメタファー表現の使用実態を明らかにす ることを試みる。その際、視覚形容詞メタファーが成り立ちやすい統語構造、及びそ れとメタファー的意味との相互作用についての考察に主眼を置く。 1.1.2 本学位論文の目的 本学位論文は、視覚に関する形容詞を含む表現における字義的意味とメタファー的 意味の使用実態、およびメタファー表現における修飾語と被修飾語のコロケーション の傾向と特徴を、意味分類と統語的機能に応じて明らかにすることを目的とする。こ の目的を達成するために、大規模コーパスを用いた定量的分析を実施する。 本論文のコーパス分析としては、研究対象である形容詞メタファーと共起する名詞 群について、その出現頻度 (対数変換値) 、及び共起パターンの多様性の指標として エントロピー (entropy) に基づいた階層クラスタ分析を行い、意味分類に応じたメタ

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産性について、メタファーとして成り立ちやすいものと成り立ちにくいものの特徴を 明確にし、慣用的なメタファーと派生的なメタファーそれぞれに特徴的な被修飾語の 分布を検討する。 1.2 本学位論文の構成 形容詞としての視覚メタファーの修飾語と被修飾語の結び付きの仕組みを解明す ることを目指す本学位論文は、次のように構成される。次の第二章では、研究の背景 を述べる。メタファー研究の理論的背景、およびコーパス研究の方法論について論じ る。第三章では、視覚を表す形容詞対「明るい」と「暗い」を研究対象とし、大規模 コーパスを用いて用例を収集し、その中で字義的用法とメタファー的用法とをそれぞ れ認定した上で、各々の使用傾向に関する定量的分析を行う。第四章では、色彩語の 形容詞対「バラ色」と「灰色」を含む表現を研究対象とし、第三章と同様の手法で分 析を行う。終章である第五章では、第三章と第四章までに示した「明暗のメタファー」 と「色彩語のメタファー」の定量的分析の結果をまとめ、視覚メタファーとしての形 容詞の働きについて総合的に考察する。その上で、得られた知見を総括すると同時に、 本研究の限界と今後の課題について言及し、結論を述べる。

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第二章 研究の背景 本章では、本学位論文で実施する視覚メタファーのコーパス分析を行っていくうえ で、その背景となるメタファーの理論的研究について、定義(2.1 節)、分類(2.2 節)、 機能(2.3 節)の側面から概観した後、本研究で取り上げる対象(2.4 節)とコーパス 研究の方法論(2.5 節)について述べる。 2.1 メタファーとは 「メタファー(metaphor)」ということばの使われ方は一通りではない。広義では、 字義通りでないという程度の意味で使用され比喩全般を指すが、狭義では、隠喩のみ を指す。本論文では、狭義の「メタファー」について検討していく。 2.1.1 メタファーの定義 『現代英語学辞典』(石橋 1973) によれば、メタファーとは、「隠喩。比喩の一種」 である。そもそも比喩とは、「ある物または事がらを自分が伝えようとするとき、直接 的な表現によらないで類似した事物にたとえて表現する手段をいう (p. 830) 」。比喩 には、直喩、隠喩、換喩、提喩など様々な種類がある。そのなかでメタファーは、直 喩 (simile) と異なり、‘A is as …as B. / A is like B.’のような比喩の標識によらず、‘A is B.’のように直接 B の属性を A に移して叙述するものをいう。日本語では、「よう だ」「ごとし」などといった比喩を明示するための語が用いられずにたとえるものが メタファーである。 伝統的な修辞学では、メタファーは修辞的技法の一つとして扱われてきた。あるも のの特徴を直接他のもので表現するメタファーは、「説得する表現の技術」「芸術的表 現の技術」として捉えられてきた (佐藤 1978) 。

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認知機構や概念構造という観点からメタファーを捉えはじめた。彼らは、メタファー

の本質を、ある事柄を他の事柄通して理解し、経験することであるという (p. 5) 。

メタファーの定義も、従来の修辞的技法としての表現形式への注目から、概念を体 系づけるものに視点が移行している。後に別々の概念を越えて表現する「概念メタフ ァー」(conceptual metaphor) の考え方が関心を集めるようになり、「認知メタファー理 論」(Lakoff & Johnson 1980, 1999, 鍋島 2011, 2016) を発展させた。

この理論においてメタファーについては、Deignan (2005) が「ある語や表現が、そ の中心的な、もしくは最も基本的な意味が指示するのではない物や性質を語る用法で ある。この非中心的使用により、言語使用者が理解したその語の中心的意味との関係

を、そして多くの場合、2 つの意味の場の間の関係をも表現できる (渡辺・大森・加

野・小塚, 訳 2010) 」と指摘している。

また、The Cambridge Encyclopedia of Language (Crystal 2010) には、メタファーにつ いて、“Two unlike notions are implicitly related, to suggest an identity between them (p. 72) ”

と書かれている。この定義は、「概念」に焦点を当てる一方、2 つの概念の間にある類

似性 (identity) についても言及したものである。

同 じ く 「 類 似 特 性 」に 注 目 す る も の に は、Collins COBUILD English Language Dictionary (Sinclair 1987) の定義が挙げられる。

“A metaphor is an imaginative way of describing something by referring to something else which has the qualities that you are trying to express.”

“something that you say , write, draw, etc. that does not have its ordinary meaning but that is meant to be a symbol of something else that you are trying to express.” (p. 910)

認知言語学におけるメタファーの定義は、表現の問題そのものではなく、概念を体 系づけるものである。そこから、籾山 (2002) は、「2 つの事物・概念の何らかの類似 性に基づいて、一方の事物・概念を表す形式を用いて、他方の事物・概念を表すとい

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う比喩」(p. 65) と定義している。

Oxford Concise Dictionary of Linguistics (Matthews 1997) では、メタファーのことを、 「1つの対象や行為などに使用される語や表現が、別のものに拡張されるような文彩 のこと」という。いわゆる伝統的な修辞学の観点と、「ある領域が、決まって他の領域 に関わるものとして認識されたり、話されたりするような一般的パターンに関して使 われる」という認知言語学の両方の観点を統合したものといえる。 2.1.3 本学位論文におけるメタファーの定義 伝統的な修辞学におけるメタファーの定義は、「修辞」の視点から捉え、表現技法と 表現効果に重点を置いており、メタファーの生成過程については言及されていない。 それに対して、認知言語学におけるメタファーの定義は、「認知」という観点から捉 え、2 つの事物と概念の間の関係、あるいは 2 つの意味の場の間の関係に言及し、起

点領域 (source domain) の性質がいかにして目標領域 (target domain) を特徴づける

かという、いわゆるメタファーの生成過程に重点を置いていた。後者は、とくに2 つ

の事物・概念間の類似性に注目している。メタファーは類似性に基づいて表現される

一方、メタファーによって、2 つの事物・概念間の類似性が創り出される。

本学位論文で扱うメタファーは、上述したメタファーの「表現形式及び表現効果」、 および「生成過程及び理解過程」の双方に注目し、Collins COBUILD English Language Dictionary (Sinclair 1987) に基づいて下記の通りに定義する。

メタファーとは、比喩を明示するための語が用いられず、字義通りではない意味の 使用を通して、一つの事物・概念を表す語や表現を別の事物・概念を表し、その類似 性に基づいて一方の性質で他方を特徴づけ、表現するたとえのひとつである。

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(1937) は、「ありとあらゆる種類のメタファーをすべて網羅するような一覧表を作る ことは、殆ど解決できない課題である」と指摘している3 。本研究は、形式と意味の 視点からメタファーを考察するため、本節では、メタファーの構成要素と意味による 分類について概観していく。 2.2.1 メタファーの構成要素による分類 メタファーは、比喩表現4の一種であり、伝統的に「言葉の綾」として修辞学の中に 位置付けられてきた。メタファーについての考察は、アリストテレスの『詩学』に遡 ると言われている。『詩学』によれば、比喩は、(Ⅰ) 類を種に転用するもの、(Ⅱ) 種を 類に転用するもの、(Ⅲ) 種を別の種に転用するもの、(Ⅳ) 比例関係によって転用する もの、4 種類に分けられる (瀬戸 2002, 瀬田 2009) 。(Ⅰ) と (Ⅱ) は、アリストテレ ス以降の修辞学では、「提喩 (synecdoche)」として扱われ、(Ⅲ) は「換喩 (metonymy)」 を、(Ⅳ) は類比関係 (analogy) による転用で、メタファーに該当する。メタファーに おいては、被喩辞 (tenor) と喩辞 (vehicle) が共通の根拠、すなわち類似性で関係づけ られることがアリストテレスの分類によって示されている。 メタファーの構成要素として、「たとえるもの (喩辞)」と「たとえられるもの (被喩 辞)」がある。Miller (1993) は喩辞と被喩辞の種類によって、メタファーを名詞メタフ

ァー (nominal metaphor) と述語メタファー (predicative metaphor) に大別した。さらに、 述語メタファーは、動詞によって表される行為や動作などが被喩辞となる動詞メタフ ァー、形容詞によって表される性質や状態などが被喩辞となる形容詞メタファーに分 けられている。以下に構成要素により分類されたメタファーの例を挙げる。

(8) あの仕事は刑務所だ (Bowdle & Gentner 2005, 坂本・内海,訳 2007) (9) 問題にぶつかった (鍋島 2011)

3 Hermann Paul, Prinzipien der Sprachgeschichte, 5th edn. (Halle a.S. 1937).による。 山田 (1982) を参

照。。

4 「表現主体が表現対象を、慣用的にそれを直接指示する言語形式によらず、語義の上では明ら

かに他の事物・事象を指示する言語形式を借りて、その言語的環境との違和感や意外性などで受 容主体の感受性を刺激しつつ、間接に伝える表現技法である (中村 1995:11)」とされる。

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(2) 冷たい目で見られる (再掲) (8) では、「仕事」は被喩辞、名詞「刑務所」は喩辞として用いられている。私た ちは、「刑務所」の持つ共通した特徴とイメージに基づき、「あの仕事」の「不自由 さ」「過酷さ」という一側面を理解することができる。(8) は、名詞「刑務所」によ ってつくられた名詞メタファーである。 (9) の場合、「ぶつかる」という語の原義は、物理的なもの同士が「勢いよく突き 当たる」ということである。「問題」は抽象的な存在であり、それが「ぶつかる」と 共起することで、抽象的な困難に直面することが理解される。 (9) は、「ぶつかる」 によってつくられた動詞メタファーである。 (2) の形容詞「冷たい」は、温度を感じているわけではなく、「冷淡」「愛情や思い やりがない」という意味で用いられている。このような事物の物理的な性質や状態 を表す形容詞が、抽象的な物の属性や特質を表すことによってつくられたものは形 容詞メタファーと呼ばれる。 2.2.2 メタファーの意味による分類 瀬戸 (1995) は、発信者の立場から、メタファーの素材5を意味的に「感性的メタ ファー」と「悟性的メタファー」の2 つに大別した。「感性的メタファー」は、「甘 い判断」のような人間の身体的知覚に基づいたメタファーであり、しばしば無意識 的に用いられるのに対して、「悟性的メタファー」は、「社会の歯車」のような人間 の精神的認識をベースとするメタファーで、瀬戸 (1995) によると、使用が自覚的 になる程度が増大するという。 「感性的メタファー」は、感覚器官を通して知覚可能な「外部感覚のメタファ ー」と、空腹感や痛みのような「内部感覚のメタファー」に分けられる。「外部感覚

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のメタファー」には、「熱い戦い」のように単一の感覚作用に基づく「五感のメタフ ァー」と、「大きな音」のような聴覚で知覚される「音」を視覚的に近くされる「大 きさ」に見立てて表現する「共感覚メタファー (synesthesia metaphor)」が含まれ る。 五感によるメタファーについて、山梨 (1995) は次のように指摘している。 日常言語の中には、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった五感に関わる表現 が広範にみられる。この種の感覚表現は、基本的には五感に関わる経験世界を 叙述するところから出発している。しかし、ある種の感覚表現の機能は、直接 的な五感に関係する世界を叙述するだけでなく、主体の主観的な認識や判断に 関わる世界を叙述する機能に拡張されている (p. 72) 。 つまり五感によるメタファー表現とは、「五感に関わる経験世界」と「主体の主観的 な認識や判断に関わる世界」2 つの形式を結びつけることである。 「五感のメタファー」のなかでは、とくに「視覚のメタファー」として「見る」 という表現が取り上げられ、その内部構造の豊かさや「視覚のメタファー」の中核 的な働きが指摘されている。「視覚のメタファー」は、目で認知される現象としての 「光」と「形」に基づき、「光のメタファー」と「空間のメタファー」に分けられ る。「光のメタファー」の中には、さらに「明暗のメタファー」と「色彩のメタファ ー」が含まれ、一方「空間のメタファー」には、「存在のメタファー」を介して、 「位置づけのメタファー」と「運動のメタファー」が含まれる。 2.3 メタファーの機能 メタファーは、意識的にせよ無意識的にせよ、私たちの言語生活の中に頻繁に現れ るものである。Richards (1965) は、“That metaphor is the omnipresent principle of language

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can be shown by mere observation. We cannot get through three sentences of ordinary fluid discourse without it (p. 92)”と指摘している。つまりメタファーは、言語に遍在し、わ れわれの日常会話では、3 文ごとに 1 つのメタファーが用いられている。なぜ、われ われは物事を直接表現せずに、別の言い方を用いてそれを表現するのだろうか。本節 では、メタファー使用の動機、必然性及び機能についてこれまでなされてきた指摘を 概観したうえで、本論文で注目するメタファーの機能について述べる。 メタファーは、修辞学で言う比喩のひとつの表現方法である。中村 (1977) は、比 喩という表現手段を使う目的について、「自分が伝えようとしている物または事がら を相手がまったく知らないために、そのまま言ったのではまるっきり分かってもらえ ないと考えた場合」や、「自分が伝えようしている物または事がらを相手がいくらか 知っているので、そのまま言ってもいいのだが、自分としてはそれを強く言いたいと いう場合」の2 つがあると指摘している (p. 10) 。比喩表現の種類は豊かであり、各 種の比喩表現が使われる状況はそれぞれ異なるかもしれないが、比喩表現のひとつと してのメタファーは、比喩全般と同じく、「相手にはっきり分からせる」ために、ある いは「相手に強く感じさせる」ために使われると考えられる。 また、日常生活に浸透しているメタファーを使用せざるを得ない必然性について、 村越 (1996) は、「様々な現実、自分の感情、考えなどを簡潔に、的確に表現しよう とするとき、そして相手に分かりやすく、納得できるように表現しようとするとき、 すべてを文字通りの発話だけで表現するには、私たちの使用している言語自体に限界 がある (p. 46)」と指摘している。 こうした日常の言語活動における重要な存在であるメタファーの機能について、修 辞学、言語学、認知科学そして社会学の角度から以下のように捉えることができる。 まず、伝統的な修辞学におけるメタファーは、「説得する表現の技術」と「芸術的表現 の技術」という2 つの役割を担い (佐藤 1978)、弁論における機能と詩的機能が挙げ

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が練れており、婉曲的で、斬新さと新奇性に富んだ生き生きとした特性を持っている (束 2000) 。また、吉田 (1996) はメタファーの機能について、「伝達性」「遊戯性」 「創造性」の3 種類の表現効果に着目して考察している。 次に、伝統的な言語学では、メタファーの機能について、語の意味変化に主要な役 割を果たすことと想定されてきた。語はたいてい関連する複数の意味を持つ。いわゆ る多義語であり、多義語にはメタファーが深く関与し、「意味あるところにメタファ ーあり」と言われるほどである (瀬戸 2007)。Ullmann (1962) は、「メタファーは言 語において新しい意味を生成する最も重要な力である」と主張している。また、字義 的な表現が存在しないこともしばしばあるため、メタファーはその言語上の欠陥を埋 める意図で多用される (Black 1962) 。メタファーは新たな語義の生成に役立つだけ ではなく、新語や専門用語を生む際の重要な造語手段として機能している。 またとくに、認知言語学においては、メタファーは思考の中心にあり、事象把握の 中心的で重要な手段として認識され (山中 2005)、主要な研究課題となっている。杉 本 (2003) は、日常的に使われていてふつうの使用者の意識に上ることはほぼないメ タファー、いわゆる慣用的なメタファーを対象に、社会的な相互行為における有用性 という点からメタファーの機能について考察した。慣用的なメタファーは、「言葉の 柔軟性を基に様々な経験を対象化・類型化して、社会的に蓄積し伝えていく」方法の ひとつであり、「慣用的なメタファーが言語体系に組み込まれていることにより、抽 象的な対象であっても対象化され、日常生活に取り込まれることが可能になる」と指 摘した。 最後に、社会学におけるメタファーの機能について、 Cohen (1978) は、メタファ ーが使われる目的に着目し、“…(1) the speaker issues a kind of concealed invitation; (2) the hearer expends a special effort to accept the invitation; (3) this transaction constitutes the acknowledgment of a community (p. 8)”の 3 点を指摘した。つまりメタファーは親し い間柄の達成 (achievement intimacy) のために用いられ、コミュニケーションを円滑 にする潤滑油の役割を担っている。

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以上にまとめたように、日常生活においては、人々は自分の考えを分かりやすく、 または強調して相手に伝達するとき、文字通りの表現以外の選択肢として、メタファ ーの使用は必要不可欠なものであり、あらゆる言語コミュニケーションの手段の中で 大きな役割を果たしている。 2.4 研究対象 序論において、五感による形容詞メタファーの役割について触れた。五感のうち、 どれを使用してもメタファー表現を作ることが可能ではあるが、これまでの個別の感 覚作用による形容詞メタファーに焦点を当てた研究においては、味覚による形容詞メ タファーを取り上げるものがほとんどであった。視覚によるメタファーは、五感のメ タファーの中核をなすと認められているにもかかわらず、個別の研究の対象としては 取り上げられてこなかった。特に、共感覚メタファーの研究では、視覚に基づく形容 詞から作られる共感覚メタファー表現は、成り立ちにくいものとして研究対象から外 されてきたようである。そこで本学位論文は、視覚による形容詞メタファーの使用実 態を実証的に検討することを試みる。 先述したように、メタファーの現象は多様にして複雑であり、視覚による形容詞メ タファー表現のすべてを網羅することは難しいため、対象を個別の形容詞に絞る。 2.2.2 節では、「視覚のメタファー」の分類について「光のメタファー」と「空間のメ タファー」2 つに分けられることを述べた。視覚のメタファーの基本的かつ中心的な 作用は、「明るいこと」を利用したものである (瀬戸 1995) 。この点に基づいて、本 論文は「光のメタファー」である「明暗のメタファー」と「色彩のメタファー」を対 象とすることにする。 それぞれのメタファーのタイプのうち、互いに反義語となる形容詞対をとりあ げ、使用実態の異同を検討していく。「明暗のメタファー」に関しては、最も基本的 な形容詞対「明るい」と「暗い」を取り上げる。一方、「色彩のメタファー」に関し

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色彩語カテゴリーは、「白色」「黒色」「赤色」「緑色」「黄色」「青色」「茶色」「紫 色」「ピンク色」「オレンジ色」と「灰色」であり (Berlin & Kay 1969, 日高 訳 2016) 、非基本色彩語としては、「桃色」「桜色」「バラ色」などがある。これらの色 彩語の中で、日本語のメタファー表現として頻出する親密度の高い表現であり、し たがって定量的分析に耐えうる反義語の対として、「バラ色」と「灰色」が挙げられ る(王 2014a, 2014b, 2016a, 2016b)。 日本語の「~色の」というのは、厳密には形容詞ではないが、色彩語は、機能的 には形容詞と同等の働きをするので、メタファーとして使われたときの特徴を検討 するためには、形容詞とみなすことは可能であろう。実際、視覚表現である色彩語 を利用した表現として、「バラ色の人生」のような形容詞と同様な働きをする連体修 飾節で作られるメタファー表現が日常的に使われ、日本語母語話者の間でよく浸透 していると考えられる。 以上を踏まえて、本論文は、「明暗」のメタファーとして「明るい」と「暗い」、「色 彩」のメタファーとして「バラ色」と「灰色」の対を研究対象とし、それぞれの語彙 の特性に応じて分析結果を考察していくことにする。 2.5 研究方法 2.5.1 データの収集 上記の研究対象を含む多様な用例を収集するために、大規模コーパスを利用する。 大規模コーパス利用の利点として、「頻度データが得られることで全体的な使用傾向 が客観的に把握できること」「自然言語で従来の文法や語の仕組みに縛られない視点 で言語を観察できること」などが挙げられる (李 2014) 。 本論文の検討では、国立国語研究所が 2018 年に公開した『現代日本語書き言葉均 衡コーパス』の公開形式「中納言」を利用する。このコーパスは、1 億 430 万語のデ ータを格納されている日本語の大規模コーパスであり、現代日本語の書き言葉の全体 像を把握するために構築されたものである。最大30 年間(1976 年から 2005 年)に収

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録された新聞、雑誌、書籍全般、白書、Web 上の文書から用例を検索することができ るので、レジスタによる使用実態の偏りをできるだけ軽減するために、現状では最適 の言語資料ということができる。 本論文で対象としている形容詞対のデータの抽出方法としては、まず、研究対象の 語彙の表記法を配慮したうえで、「明るい・暗い」は「短単位検索」、「バラ色・灰色」 は「文字列検索」を用いた。また、語彙素読みである各対象語を検索語として設定し たうえで、「品詞―中分類―形容詞一般」を追加条件として設定した。そのようにして 抽出したサンプルは、1 例ずつ著者が読みながら、手作業で字義的意味とメタファー 的意味を分類していった。その際、「複合語」「固有名詞」「引用」「詩・短歌」「メタ言 語」「箇条書き」は、今回は分析対象外とした。 メタファーの認定について、抽出された形容詞が字義通りに使われているか、それ ともメタファー的に使われているかの判断は、比喩としてのマーカーがない以上、形 式的に行うことはできない。本論文では、その形容詞が、2.1.3 節で示した定義に叶う かどうかを、その内容や文脈を参照しながら個別に判断した。内容による判断である ため、評定者の主観による揺れが生じうる。そこで、判定の客観性を確保することを 目指して、主任評定者 (日本語非母語話者である第 1 著者) と第 2 評定者 (日本語母 語話者) との評定結果の一致率、およびそれに基づいて偶然一致する確率を差し引い た指標である評定者間信頼性を確かめることにした。標準化された信頼性係数である Krippendorff の alpha (Krippendorff 2004) を利用した。この alpha 係数は、0.8 以上あれば 評定者間の高い信頼性があると判断できるという(Hayes & Krippendorff 2007)。

2.5.2 分析方法

本論文では、視覚に関する形容詞を含む表現における字義的意味とメタファー的意 味の使用実態、およびメタファー表現における修飾語と被修飾語のコロケーションの 傾向と特徴を、意味分類と統語的機能に応じて明らかにすることを目的としているた

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的な手法が必要である。そこで、コーパスで得られた漢語動詞の用例の中で、類似し たものを見出してその使用傾向を分析した木山・玉岡 (2011) に基づき、Ward 法によ る階層クラスタ分析を利用した。また、階層クラスタ分析で得られる分類数の妥当性 を判断する根拠を得るために、正準判別分析もあわせて行った。この手法は、クラス タ分析によるグループ化が最適なクラスタ数であるかを、交差妥当化によって得られ る正判別率に基づいて確認することができるためである (木山・玉岡 2011、中本・李,

辻 (監) 2011)。これらの分析には、統計ソフトウェア IBM SPSS Statistics 21 (IBM, Chicago, IL, USA.) を使用した。

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第三章 「明度」を含む日本語メタファー表現について 3.1 はじめに 序論で述べたように、一般に形容詞は、以下のように限定用法と叙述用法の2 つの 統語的機能を持っている (Dixon 2004) 。 (10) 明るい/暗い月 (11) 月が明るい/暗い (10) は、形容詞「明るい」の「光が十分にある」、「暗い」の「光の量が少なく、物 がよく見えない」という字義的意味を用いて「月」を修飾し、「月」に備わっている 「光がよく見える/よく見えない」性質を表す限定用法である。(11) は、「明るい」 「暗い」が単独で述語になる叙述用法であり、「月」の光が「十分に差している/差し ていない」状態を表している。 限定用法と叙述用法はいずれも、字義的意味だけではなく、メタファー的意味にお いても用いられる。 (12) 明るい/暗い未来 (13) 未来が明るい/暗い (12) と (13) では、「明るい」「暗い」それぞれが字義的意味から派生した「希望 や喜びがもてる」「希望がもてない」というメタファー的意味で用いられており、それ ぞれ限定と叙述の用法である。先ほど挙げた「月」は目で見えるものであり、「明る い」と「暗い」は、このような具体的な物体に対して、その属性を述べる形容詞であ った。これらの両形容詞は視覚で認識するものに対して使うのが字義的には本来の用

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方になる。 視覚で経験される形容詞「明るい」と「暗い」は、「光が十分にある」「光が十分に ない」という物理的な性質や状態を表すという字義的な用法のほかに、人間の性格や 態度などを表す対人的評価や状況に対する主観的評価などを表すメタファー的な用 法も言語表現に反映されている。例えば、以下のように我々はメタファー的に「明る い」と「暗い」を理解している。 (14) 明るい性格のほうが就職しやすいと思います。 (15) 彼はいい人だが性格が暗い。 (16) 将来の日本経済の見通しは明るい。 (17) 暗い将来を悲観して自殺する人が増えている。 (18) だれか法律問題に明るい人を知りませんか。 (19) 入社したばかりで、会社の事情に暗い。 (今井 2011) (14) と (15) では、それぞれ元気で生き生きとしていることと、元気がなく陰気 であることが捉えられ、(16) と (17) では、将来に不安や心配がないことと、将来 に希望が持てないこと、いわゆる自分の気分を投影した主観的状況を表していると解 釈できる。(18) と (19) では、知識領域が明るさ・暗さを通して捉えられている。 このように、我々は光の明るさを表す「明るい」「暗い」を知覚し、それにより視覚に 影響を与え、身体経験をもたらす。この経験が物理的に光を発しているものだけでは なく、光を発していない領域においても使われていることが分かる。 形容詞「明るい」のメタファー表現では、「明るいニュース」のような限定用法は頻 繁に使われるのに対し、「ニュースが明るい」とは言いがたい。そのことは、話者が主 観的にとらえた周りの状況について、評価をともなって述べる「評価形容詞」の性質 に関わると、大石 (2007) が指摘している。共起語としての「生活」や「世界」につ

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いても同様であるようだ。 (14) と (15) のような人間の特質は限定・叙述両用法で 明るさを通して捉えられやすいのに対し、「生活」「ニュース」「世界」のような人に関 わらないものの場合、限定・叙述用法上の偏りが生じ、叙述用法より限定用法が選好 される傾向が見られる。これらのメタファー形容詞の例に見られるような選好性は、 一般的なものなのだろうか。 日本語の形容詞とメタファーの関係は、これまでに意味拡張や形容詞の修飾の方向 性を主眼として論じられることがほとんどであり (坂本・内海 2007) 、上記のよう な統語構造の選好性についてはあまり検討されてこなかったようである。その中で仁 田 (1998) は、形容詞「明るい」において上の 2 種の統語構造の使用頻度を調べてい る。小説のコーパスを調査した結果、限定用法の使用は叙述用法の2 倍近く多く見ら れ、特に属性形容詞については、用法の中心は叙述用法ではなく限定用法にあると結 論づけた。仁田 (1998) の示した傾向は、「明るい」のメタファーに限らず字義的な 用法も含む調査によるものであったが、このことはメタファー表現に限ってもいえる だろうか。 また、「明るい」の反義語である「暗い」を比較してみると、「暗い過去」はよく使 われるのに対し、「明るい過去」はあまり使われないように思われる。形容詞のメタフ ァー用法におけるコロケーションには、語の意味によっても偏りが生じてくると考え られる。 そこで本章では、視覚形容詞「明るい」「暗い」の反義語の対を対象とし、両形容詞 を用いてメタファーとして使われる際に限定用法をとるか叙述用法をとるかという 統語的用法の選好性について、結びつく名詞群の出現頻度と共起多様性の観点から階 層クラスタ分析に基づいて考察する。まず、「明るい」「暗い」の両形容詞それぞれに おいて限定用法 (3.4.1 節,3.5.1 節) と叙述用法 (3.4.2 節,3.5.2 節)における傾向を 検討し、それらの用法の差 (3.4.3 節,3.5.3 節) 、そして限定用法における両形容詞

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見られるかどうか、またそうした統語構造上の選好が意味拡張とどのように関わって いるかを検証する。さらに、叙述用法においては、名詞と結びつく際に様々な助詞が 選択可能である。そこで、「明るい」「暗い」両形容詞の叙述用法における助詞の使用 傾向についても考察していく (3.7 節) 。 3.2 「明るい」「暗い」の意味の記述 まず、辞書における「明るい」「暗い」の意味記述を確認する。『大辞林』(松村編 1989) では、両形容詞は以下のように記述されている。 あかるい【明るい】 ① 光が十分にある状態である。また、そのように感じられる状態である。 「―・い照明」「―・い部屋」「月が―・い」「―・いうちに帰る」「ライトが顔 を―・く照らし出す」「―・いレンズ」 ② 色が澄んでいる。黒や灰色などがまじらず鮮やかである。彩度が高い。 「―・い色」「―・い紺」 ③ 人の性格や表情、またかもし出す雰囲気などが、かたわらにいる人に楽し く、朗らかな感じを与える。晴れやかだ。楽しそうだ。 「気持ちが―・い」「―・い家庭」「―・くたくましく生きる」「―・い人柄」 「―・い雰囲気」「―・い小説」 ④ 物事の行われ方に、不正や後ろ暗いところがない。公正だ。公明だ。 「―・い選挙」「―・い政治」 ⑤ 未来のことに対して、希望をもつことができる状態である。 「前途が―・くなった」「―・い見通し」 ⑥ (「…にあかるい」の形で) その物事についてよく知っている。精通してい る。くわしい。

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「法律に―・い人」「地理に―・い」 『大辞林』(松村編1989:21) くらい【暗い】 ① 光の量が少なく、物がよく見えない状態である。明るさが足りない。 「日が暮れて―・くなる」「―・い夜道」 ② 色がくすんでいる。黒ずんでいる。 「―・い紫色」 ③ (性格や気分が) 陰気で晴れやかでない。明朗でない。 「―・い性格」「気持ちが―・くなる」 ④ 犯罪・不幸・悲惨の存在を感じさせる。 「―・い過去」「―・い世相」 ⑤ 希望がもてない状態だ。 「見通しは―・い」 ⑥ 事情をよく知らない。精通していない。 「法律に―・い」「この辺の地理に―・い」 ⑦ 愚かだ。暗愚だ。 「―・き人の、人をはかりてその智を知れりと思はん、さらに当るべからず/ 徒然 一九三」 ⑧ 不十分である。不足している。 「我が韃靼 (だつだん) は大国にて七珍万宝―・からずと申せども/浄・国性 爺合戦」

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『大辞林』によると、「明るい」には 6 個、「暗い」には 8 個の語義が記載されて いる。「暗い」の語義 ⑦「愚かだ。暗愚だ。」と ⑧「不十分である。不足している。」 は、古語としての用法であり、現在語では使われない。その他の 6 つの語義は、「明 るい」の語義とほぼ対応している。 多義的である属性形容詞「明るい」と「暗い」は、字義的意味のほかにも、複数の 異なる意味が多様な名詞と共起し、メタファーとして用いられている。本研究では、 仁田 (1998) の調査報告に基づき、属性形容詞の用法の中心は叙述用法ではなく限定 用法にあること、さらにメタファー的意味で使われている「明るい」と「暗い」と名 詞との共起パターンにおいても、字義的表現と同様、限定用法の選好があることを想 定する。しかし、メタファー的意味の使用が何か特異な特徴を持つのであれば、限定 用法は好まれず、叙述用法のほうが選好される可能性もある。この想定を検証するた めに、大規模コーパスの用例に基づいてメタファー的意味での「明るい」と「暗い」 と共起する名詞の多様性及び使用頻度を検討する。 3.3 「明るい」「暗い」を含むメタファー表現の抽出 3.3.1 手続き 『現代日本語書き言葉均衡コーパス』の公開形式「中納言」(以下、BCCWJ) から 「明るい」を含む表現 6,846 例、「暗い」を含む表現 5,073 例を抽出し、第 2 章で述 べた基準に沿って、 1 例ずつ読みながら手作業で字義的用法とメタファー用法を分 類した。詩・短歌・箇条書き・メタ言語などは分析対象外とした。字義的かメタファ ー的かの判断は、形式に依らず内容で判断しなければならないため、判断のゆれが起 こり得る。そこで、主任評定者 (日本語非母語話者である第 1 著者) と第 2 評定者 (日本語母語話者) との評定者間信頼性 (inter-rater reliability) を確かめた。分析対象 「明るい」の全 6,846 例から 10% に相当する (685 例) 、「暗い」の全 5,073 例か ら10% に相当する (508 例)をランダムに抽出し、両者が独立して字義的/メタファ ー的表現の分類作業を行いその判断の一致度を測定したところ、「明るい」を含むメ

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タファー表現判断の単純一致率は 0.933 、標準化された信頼性係数 (Krippendorff’s alpha) は 0.927 であった。「暗い」を含むメタファー表現判断の単純一致率は 0.969 、 標準化された信頼性係数は 0.937 であった。この係数は、おおむね 0.8 以上あれば評 定者間の高い信頼性があると判断できると考えられている (Hayes & Krippendorff 2007) ので、この「明るい」と「暗い」を含む表現の字義的/メタファー的表現の判断 も信頼性を保持しているとみなすことができる。 以上の抽出作業により、「明るい」の除外例 (1,088 例)、「暗い」の除外例 (495 例) の他に、分析対象となる用例がそれぞれ 5,758 例と 4,578 例得られた。そのうち、 「明るい」の字義的意味で用いられている例が 3,178 例、メタファーの意味と判断さ れた例が 2,580 例であり (表 1)、「暗い」の字義的意味で用いられている例が 3,156 例、メタファーの意味と判断された例が 1,422 例であった (表 2)。 「明るい」のメタファー的意味で形容詞として用いられている用例のうち、「明る い表情」のような限定用法(「明るい+名詞」)1,356 例と「表情が明るい」のような叙 述用法(「名詞+が(に)+明るい」) 483 例に分類した。また、「暗い」のメタファー 字義的意味 用法 限定用法 叙述用法 副詞的用法 用例数 3,156 959 263 200 計 3,156 4,578 表2.「暗い」を含む表現の意味の分布 メタファー的意味 1,422 字義的意味 用法 限定用法 叙述用法 副詞的用法 用例数 3,178 1,356 483 741 計 3,178 2,580 5,758 メタファー的意味 表1.「明るい」を含む表現の意味の分布

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+暗い」)263 例に分類した。すべての分析対象となる用例について意味による傾向 を検討するために、『角川類語新辞典』(大野・浜西 2001) の中見出しを利用して「明 るい」と「暗い」の共起語の意味を分類し、名詞群としてまとめた。 得られた各用例について、「明るい」「暗い」を含むメタファー表現の限定・叙述用 法における共起パターンの特徴を検討するために、名詞群の出現頻度と共起名詞のエ ントロピー (共起パターンの多様性の指標) を算出した。この頻度 (対数変換値) と エントロピーの2 つの変数に基づいて、「明るい」「暗い」の共起名詞の意味分類の中 で類似性を見出すための階層クラスタ分析を行った。これを限定用法と叙述用法のそ れぞれについて行った。 さらに、限定・叙述両用法で使われているメタファー表現を対象として、用法の選 好性が意味とどのように関連しているかを調べるために、「明るい」「暗い」それぞれ 両用法に共通して現れた名詞群を抽出したうえで、「明るい」の限定用法と叙述用法、 そして「暗い」の限定用法と叙述用法それぞれ両者の頻度とエントロピーの差 (限定 -叙述) を変数とした階層的クラスタ分析を行った。 これらの階層クラスタ分析による結果が得られた場合、複数の分け方(クラスタの 数)が生じるが、どれを適用するかの判断に決定的な基準はない。そこで、そのクラ スタリングの妥当性を検証するために、正準判別分析をあわせて行い、正判別率がよ り高いクラスタ数を採用し、それに準じた分類にしたがって傾向を考察することにし た。 3.4 「明るい」を含むメタファー表現の結果と考察 3.4.1 限定用法を用いた「明るい」と名詞群の共起パターン 本調査では、「明るい」を含むメタファー表現の限定用法における共起パターンの 特徴を検討するために、得られた名詞群の出現頻度と共起名詞の多様性の程度を反映 する指標であるエントロピーを算出した。表3 の通り、限定用法での「明るい」と共 起する名詞群 71 種類が得られた。これらの名詞群のエントロピーと出現頻度(対数 変換値)には強い相関が見られ(r = .816 , p < .01)、エントロピーが高くなるにつれ、

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ク ラ ス タ Ⅲ ク ラ ス タ Ⅰ ク ラ ス タ Ⅱ 図 1. 限定用法での「明るい」の階層的クラスタ分析で得られたデンドログラム

図 1.  限定用法での「明るい」の階層的クラスタ分析で得られたデンドログラム
図 3.  叙述用法での「明るい」の階層的クラスタ分析で得られたデンドログラム
表 6  に示された頻度  (対数変換値)  とエントロピーの 2 つの変数に基づいて行った 階層クラスタ分析の結果について考察する。
図 9.  叙述用法での「暗い」の階層的クラスタ分析で得られたデンドログラム
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参照

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