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嗅覚の臨床に関する研究 第4編 鼻下及び副鼻腔疾患と嗅覚異常

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(1)

嗅覚の臨床に関する研究

第4編 鼻下及び副鼻腔疾患と嗅覚異常

金沢大学医学部耳鼻咽喉科学教室(主任 松田龍一教授)

      飯  塚  栄  一        (昭和35年6月25日受付)

 鼻腔及び副鼻腔の病的変化が嗅覚に及ぼす影響につ いては,今更事新らしく述べる迄もなく,既に豊科町

;域における常識の一つになっている.しかし症状とし ては常識となっていても,その発生機転,予後などに ついてはまだまだ不可解な点が多く,究明されつくし たものということはできない.故に私は2〜3の鼻腔 及び副鼻腔患者の鼻腔所見並びに疾病の経過,とくに 手術と嗅覚との関係について観察を試みた.

 まず,患者の自覚的嗅覚障碍と鼻腔及び副鼻腔疾患 との関係であるが,これについては私共が我教室過去 20年間における外来患者について統計をとったもの

を,松田教授開講20周年記念論文集1)に.発表してある のでそれを引用したい.疾患別に患者の訴え(嗅覚障 碍)の比率をみると,急性鼻炎1.3%,慢性単純性鼻 炎2.5%,慢性肥厚性鼻炎4.8%,単純性萎縮性鼻炎 9・2%,鼻茸7.8%,急性副鼻腔炎6.4%,慢性副鼻 腔炎8・5%,中隔轡曲症3.2%,鼻腔腫瘍3.5%,鼻 咽腔腫瘍2.5%となっており,案外低率であるが,こ れは嗅覚障碍が軽度な場合はこちらからの問診がない と,患者は障碍の有無を訴えない場合が多いからであ る..飯佃2)によれば,アノスミーの原因は既往または 現在における鼻粘膜の炎症で,約71.4%を算すると述 べている.平田3)が小学校児童について検査を行った のでは,鼻腔疾患児27名中,嗅覚障碍を訴えたものは 2名であるが,鼻腔疾患と嗅覚障碍との関連性は密な ものと考えられる.私は急性鼻炎,慢性鼻炎,鼻茸,

慢性上顎洞炎(舗骨遅駆炎を含む),鼻中隔警護症,

参考として喉頭全易拙を行った患者について各々嗅覚 の消長を検査した.

検 査 方 法

 検査には嗅素箱を使用した.これは左右別に嗅覚検 査を行うのに便利であると同時に,鼻腔に炎症を有す る患者では,検査中に鼻汁分泌に悩まされることが多

く,無臭室では操作が頗る面倒であり,また常に鼻腔 所見を参照しながら検査を行わなければならないから である.検査方法は正常入曽:査に用いたのと同じ方法 である.

 患者は検査前,鼻腔内所見を精査し,膿汁の潴溜,

粘膜の強度腫脹等があれば,そのまま検査を行い,次 に鼻洗,鼻処置を行って鼻腔内の清浄化並びに広潤化 を計っておいてから検査を施行した.鼻腔内の変化が あまり著明でないものは,そのまま検査を行った.

 鼻処置後の検査中,患者が鼻漏,鼻閉を訴える時は 検査を一時中止し,鼻腔所見を観察し,必要ならば再 処置を行ってから検査を続行した.

検査成績及び考按  1.急性鼻炎

 (1)検査成績

 〔症例1〕 27歳.男.聖教室員.3日前から感冒に かかり,鼻漏多く,鼻閉が強い.嗅覚は殆んど消失し ている.

 鼻腔所見.鼻鞘膜発赤強度,両側とも中切道に粘液 性分泌物あり,中豊道閉じる.嗅裂は右側は中隔結節 のうらで不明〜左側は上半部閉じる.嗅覚検査成績は 第1表の如く焚ある.

 〔症例2〕 33歳.男.著老.1週間前から感冒.軽 度発熱.漿液性鼻漏多量.鼻閉強い.嗅覚障碍強度.

 鼻腔所見.鼻粘膜発赤強い.中直道は両側とも非常 に狭い.甲介の腫脹強い.嗅裂は両側とも中隔結節の

うらで不明.

 〔症例3〕 29歳.男.当教室員.3日前から感冒.

鼻漏多い.鼻閉強い.自覚的には嗅覚障碍軽度.鼻腔 所見.両側下甲介腫脹.中鼻道は開く.鼻底に膿汁.

嗅裂は上半部閉じている.

 〔症例4〕27歳.男.当教室員.10日前から感冒.

鼻漏多い.後鼻孔漏も多い.鼻閉強い.くしゃみ挙作 Clinical Studies of the Olfactory Sensation, Eiichi Iizuka, Department of Oto−Rhino一

:Laryngology(Director:Prof. R Matsuda), School of Medicine, University of Kanazawa.

(2)

頻発.自覚的にも嗅覚障碍強度.鼻腔所見.鼻粘膜発 赤強い.井底及び中弓道に透明粘液性鼻汁あり.中獣 道狭い嗅裂は右側ほ上半部閉じ,左側は結節のうらで

不明.

 (2)考 .按

 私の検査した4例の急性鼻炎患者の嗅覚消長は,嗅 覚障碍を訴えるものは4例で全例嗅覚の消失乃至は減 弱をきたしている.検査成績はジ鼻腔処置前の嗅覚は 大体訴えの程度と一致しており,アノスミー1例,強 度減退2例,ごく軽度減弱1例であり,処置後の嗅覚

は,減弱1例,他の3例はほぼ正常に近いといえる が,中には特定の嗅素に対し嗅感のやや減じている症 例もある.即ち症例2,3,4において,カンフル及び ピリジンに対しごく軽度ではあるが減退が認められ る.鼻炎治癒後は嗅覚は全例正常に復している.なお 炎症と嗅覚とは大体において平衡的に消長し,炎症発 来と同時に嗅覚障碍を惹起し,炎症消退と同時に嗅覚 は正常に復するようである.急性鼻炎の場合,通常一 過性の嗅覚障碍が起るとされており,その原因として は粘膜の腫脹による鼻腔内形態の変化に伴って起る嗅 第 1 表 (数字は嗅素稀釈倍数)

第2類

カンフル ヘリオトロ

第3類

ープ。

グワヤコー

第6類

ノレ

カプロン十

第7類 三8類

ピリジン

第9類

スカトール 処   置  前 (一) (±) (±) (一) (一) (±)

処 置 後 治 癒 後

右左右左

1000 500 2000 2000

2000 2000 8000 8000

2000 1000 4000 4000

1000 1000 2000 2000

1000 500 2000 2000

2000 2000 16000 16000

第 2 表

\一一」懸12

3 6 7 8 9

処 置 前 処 置 二 二 癒 後

右左右左右左

100(±)

100(±)

2000 2000 4000 4000

0000

1﹂9召

4000 8000 8000 8000

(±)

100 4000 4000 4000 4000

0000

Ω49召

4000 4000 4000 8000

100 100(±)

20004000 4000 4000

00 00

り召−二

8000 8000 8000 16000

第 3 表

\一_弊12

3 6 7 8 9

処 置 前 処 置 後 治 癒 後

右左右左右左

2000 2000 2000 4000 4000 8000

4000 8000 16000 16000 8000 16000

4000 4000 4000 4000 8000 8000

2000 2000 2000 4000 8000 8000

2000 2000 2000 2000 4000 8000

4000 8000 8000 16000 16000 16000

第 4 表

\選遷12

3 6 7 8 9

処 置 前 処 置 後 治 癒 後

右左右左右左

00 00

9召04

2000 1000 4000 8000

1000 200 4000 2000 16000 16000

00 00

儒UO4

2000 2000 4000 8000

00 00

にU霞U

2000 2000 8000 8000

00 00

KUり召

1000 500 4000 4000

2000 2000 8000 4000 16000 16000

(3)

神部への通気障碍並びに炎症の波及による嗅神部の一 時的機能減退によるものとされている.急性鼻炎の場 合,必ずしも嗅覚の障碍をきたすと「は限らないもの で,これは私の統計並びに平田4)の検査によっても明 らかであるが,私の検査した4例はいずれも嗅覚障碍 を訴えているものばかりを対象として検査を行ったの で,嗅覚障碍と急性鼻炎との比率的関係についてはあ まり意義はない.

 嗅覚検査を行ってアノスミーと思われる患者でも,

全部の検査用嗅素に対してアノスミーであるものと,

2〜3種類の嗅素に対してアノスミーとなっているも のとがある.全部の嗅素にアノスミーとなっているも のでも,鼻腔内処置により,通気障碍を除いてやれは 正常とはいえないが相当程度の嗅覚が出現してくるこ とより考えて,この場合は純機械的な障碍によるアノ スミーであり,嗅神部の機能的障碍によるアノスミー とは思えないのである.これに反してある2〜3種類 の嗅素に対してのみアノスミーになっている場合は,

嗅素分子を含んだ気流が嗅神部に到達していることは 考えられるので,それを感受する装置に異常あるもの と考えなければならないが,嗅神部における変化の詳 細については不明な点が多いというよりも明確な判定 を下すべき根拠となるものが存しないというのが実状 で,急性鼻炎の場合,単に呼吸部粘膜の腫脹,鼻汁の 過多及び分泌液の化学的変化のためばかりでなく,嗅 覚障碍を惹起する因子として嗅神部にも何らかの変化 が起るものではなかろうかということを推定すること は許されると思う,これに関しては後に考察を加えて みたい.

 嗅覚検査を左右鼻腔別々にわけて行う時は,両側同 時に行う場合と異なり,常に必ずしも同等な感受性を もつとはいい難いのであって,両側鼻腔の感受力が異 なる場合には,いずれか鋭敏な方の感受力の強度が大 体両側同時に検査を行った数値と一致するものであ る.このことは患者に問診の際注意しなければならな い点で,極端な:例を考えてみると,1側は殆んど嗅覚 が消失しているのに他の1側が正常な嗅覚を所有し,

その上,正常感覚を有する鼻腔内に何らの病変がない 場合には,患者は嗅覚障碍なしと答えるようなことも あり得るわけである.

 ここで急性鼻炎時に生ずる嗅覚障碍の原因に対して 考察を加えることにする.

 平田の調査では急性鼻炎患者18邸中,嗅覚減弱者8 名(44%)と報告されているが,減弱の程度その他に ついての精細な報告はない.動物を使用しての実験的 研究においては,河野5)が家兎を用いて,ヨードチン

キ及びフォルマリンで炎症を起させ,嗅神部の病理組 織学的検索を行った結果,嗅細胞は炎症に対して抵抗 頗る弱く,単純性炎症による嗅覚障碍は嗅細胞の変化 に基づく末梢神経性嗅覚障碍であると結論している.

これに反して副島6)及び本郷7)の実験的研究では,嗅 上皮の炎症に対する抵抗はそれ程弱いものではなく,

嗅覚障碍は鼻腔内形態の肥厚性変化による呼吸性嗅覚 障碍であろうと述べている.かく相反する結果からし て,速断はできないが,一応両者の場合の可能性を考 えてみなければならない.私は竪林的に私の検査成績 からみて,急性鼻炎の場合に発現する嗅覚障碍は呼吸 性並びに末梢神経性の二つの面に原因を求めるのが妥 当であろうと思う.勿論,この二つの因子が単独に発 動することもあれば,また合併して発来することも多 いであろう.このことは,前処置を行わずに嗅覚検査 を行って相当嗅覚の減弱が認められるものに対し,鼻 腔内処置を施すことにより機械的障碍を除去した時,

容易に正常嗅覚に復し得るものと,よし恢復するとし ても正常値には達することができない症例が存するこ とから推定することができる.

 更にこれらに加うるに炎症時における分泌物の性状 も挙る程度の影響を与えるものではなかろうか.正常 時の鼻腔分泌液の性状と,炎症時の性状との差異につ いては,Wright 8), Archenbraudt以来多くの研究が なされ,明らかに著明な差が認められているところが らみて,嗅素分子がガス状から嗅神部をおおっている 分泌液中に溶け込む状態に何らかの変化がみられるで あろうことは容易に想像されるところであるが,Par−

ker 9)も述べている如く,その分泌液と同様性状のも のを得ることができないという点のために如何なる変 化が生ずるかということに対する具体的な証明はまだ なされてはいない.しかし急性鼻炎時に報告されてい るパロスミーの症例はこのことに対する何らかの暗示       ノを提供するように思われる.即ちOnodi lo), Zamiko 11)等による症例報告からすれば,急性鼻炎時にパロ スミ〜を感覚する症例があると報告し,Zarniko自身 は自己の感冒時にも経験したと述べており,いずれも 炎症消退後は正常嗅覚に復したといっておる.勿論こ のパロスミーが嗅神経末梢の感受性が炎症の波及によ って生じた嗅神部の病変のために異常興奮を惹起した ために感じられたものであると説明すれば納得が行か ないこともないが,分泌液性状の変化が嗅神経の異常 興奮に何らかの役割を果すということ,換言すれば嗅 神部における嗅素の溶解条件の異常化という結果を招 くものであるという推定を完全に否定することもでき ない.分泌液についてはその化学的性状の変化,分泌

(4)

の過度の増加または減少等が問題となる他に,呼吸部 における分泌過多のために惹起される鼻腔内各所の閉 塞性嗅覚障碍は,無論急性鼻炎時の重要症状である が,これに関しては慢性鼻炎の項に一括し宅述べるこ

とにする.

 以上を総括して急性鼻炎時に生ずる嗅覚障碍の原因 として考えられるもの列挙すれば次の如くなる.

 (1)嗅神部の炎症性変化  (2)鼻腔組織の腫脹性変化  (3)分泌液の質的または量的変化  く4)分泌過多による通気障碍  2.慢性鼻炎

 (1)検査成績

 〔症例1〕21歳.女.無職.

 約1年前より時々鼻閉あり.前頭部二重感あり.鼻 漏少量,鼻漏は粘液性.嗅覚障碍は軽度.鼻閉ある時 に嗅覚障碍が起る.

 鼻腔所見.鼻粘膜軽度発赤.両側下甲介腫脹し,日 によりその程度強弱あり,中隔と接する乙ともある.

中甲介肥厚.中一道は両側とも開く.嗅裂は狭いが開 く(第5表).

て症例2〕22歳.男.学生.

 1年寸前から鼻閉あり.時々鼻漏あり.嗅覚は軽度 障碍されている.・

 鼻腔所見.下甲介先端両側とも強く肥大.ために総 半道下部は狭い.中田道は開く.嗅裂右開く.左結節 のうらで不明.

 通院1週間で来なくなったので以後の経過不明(第

6表).

 〔症例3〕 17歳.女.学生.一

 3年前より鼻閉あり.鼻漏は後鼻漏が多い.嗅覚障 碍は軽度で日によって異なる.

 鼻腔所見.両側下甲介軽度肥厚.臼により中隔と接 することがある.その懸け鼻閉感は強い.嗅覚障碍を 起る.中鼻道は狭い.寸裂は結節のうらで不明.

 嗅覚障碍のある日に検査を行った.

 甲介の腫脹著明.発赤はあまり強くない(第7表).

 (2)考  按

 慢性肥厚性鼻炎時の嗅覚変化については飯田12)が詳 細に研究を行っている.いずれも強度の嗅覚障碍を有 するものばかりであるが,私は不幸にしてそのような 症例を得ることができず,いずれも嗅覚障碍軽度のも 第 5 表

\一一些芒12

3 6 7 8 9

処 置 前 処 置 後 治療2ヵ月

右左右左右左

1000 2000 4000 4000 4000 4000

2000 4000 8000 8000 16000 16000

1000 2000 4000 4000 8000 8000

2000 2000 4000 4000 4000 8000

1000 1000 4000 4000 4000 8000

4000 4000 16000 16000 16000 16000

第 6 表

\==璽i2

3 6 7 8 9

処 置 前 処 置 後

︑右左右左

2000 2000 4000 8000

4000 2000 8000 16000

2000 2000 8000 8000

2000 1000 4000 8000

2000 2000 4000 8000

8000 8000 16000 16000

第 7 表

1\一くi2

3 6 7 8 9

処 置 前

処 置 後 嗅覚障碍な い日

右左右左右左

500 2000 4000 4000 4000 4000

100 2000 4000 8000 8000 8000

500 2000 4000 4000 4000 4000

500 1000 2000 2000 8000 8000

500 1000 2000 2000 2000 2000

1000 4000 8000 16000 16000 16000

(5)

のばかりで,それも日によって減弱をきたす程度のも ので,検査成績は第5,6及び7表に示す通りであ

る.

 飯田によれば慢性肥厚性鼻炎時の嗅覚障碍は,多く は単純な器械的障碍ではなくて多少とも嗅神部の炎症 性変化をきたすために起るものであるとしている.勿 論このことは急性炎症時の実験からも,また諸氏の行 った動物実験の結果からもまた容易に考えられるとこ ろであるが,私の検査した症例では,鼻腔内処置を施 して鼻腔内通気状態を良好にしてやれば,3例とも嗅 覚は殆んど正常に近い値を示すので,嗅神部の炎症性 変化による嗅覚障碍とは考え難く,慢性鼻炎において も局所症状と嗅覚の消長とは大体平衡関係を有するも のではないかと思われる.

 高橋13)の研究によれば,下甲介は常にその形態を 変じていて,このことは年齢的に青年期迄に多いとい っている.その変化も肥厚型に著明で,腫脹的に変化 し易いとしているが,同様組織である中甲介及び上甲 介もまたこれと同様の変化をきたすとの想像が許され るならば,私の症例で経験した如く,交代性命閉のあ る場合には鼻閉ある時のみ嗅覚が障碍され,また鼻閉 が続く場合でも日によって嗅覚障碍の程度が異なると いう実例も理解し得るので,更にこの点に対する実験 的根拠を与えるものとして植田14)の面内気流に関する 研究がある.即ち安静呼吸時には層流を保っている鼻 内気流も,甲介の変形によってその流れに変化をきた すというのであって,生態においては常にその形態を 変じている甲介の影響は嗅覚に対して決して少なくな いものと思われ,特に慢性炎症を有している者では腫 脹型変化を容易に生ずるとすれば嗅覚の変動が常にみ

られるのも敢て異とするに足らないと考えられる.

 慢性炎症時の嗅覚障碍は鼻腔内病変の軽重に平衡し

て消長するように思われる.

 3.鼻中隔轡曲症  (1)検査成績

 〔症例1〕25歳.男.自衛隊員.

 幼時より左鼻閉あり.鼻漏はあまりない.嗅覚障碍 は殆んどない.

 鼻腔所見.左鼻腔には異常はない.左中隔は入ロ部 で櫛を形成し,深部上方に強く轡曲し中甲介とi接触し ている.嗅裂は不明(第8表).

 〔症例2〕22歳.男.学生.

 7〜8年前より交代性鼻閉あり.鼻漏はあまりな い.嗅覚障碍はない.

 鼻腔所見.中隔は右入口部で棘形成.左中隔は鼻底 に近く櫛形成.中鼻道及び嗅裂は開いている(第9

表).

 〔症例3〕 19歳.男.会社員.

 幼時より鼻閉あり.鼻漏時々あり.嗅覚障碍はな

い.

 鼻腔所見.右鼻腔著変ない.左中隔鼻底に近く櫛を 形成し,中隔は深部上方で左に轡出し,中甲介と接近

している.嗅裂狭い(第10表).

 〔症例4〕 20歳.男.農業.

 幼時より鼻閉あり,最近頭痛が強い.鼻閉は交互 性.嗅覚障碍軽度.

 鼻腔所見.右下甲介肥大し中隔に接近する.中隔深 部で右に轡着している.中薬道開く.嗅裂は結節のう

らで不明.左中隔下方で櫛形成.中鼻道及び嗅裂開く

(第11表).

 (2)考  按

 河田15)は中隔轡曲患者15名について術前及び術後の 嗅覚について検査を行ったが,嗅覚障碍を訴えたもの はただ1例だけで,他は鼻閉を主訴としている.しか 第 8 表

\一

3 6 7 8 9

術後2週

右左右左

4000 1000 4000 4000

8000 2000 16000 16000

4000 1000 8000 4000

4000 2000 4000 4000

4000 1000 4000 4000

16000 2000 16000 16000 第 9 表

\一 12

3 6 7 8 9

術後1週

右左右左

2000 4000 4000 4000

8000 8000 16000 16000

4000 4000 8000 8000

4000 4000 4000 4000

4000 4000 4000 4000

16000 16000 16000 16000

(6)

第 10表

素\

術 前

術後10日

右左右左

2 3 6 7 8 9

2000 1000 4000 2000

16000 2000 16000 16000

4000 1000 4000 4000

4000 1000 4000 2000

4000 1000 2000 2000

16000 4000 16000 16000

第 11表

\一一 怩P2

3 6 7 8 9

術 前

術後1週

右左右左

1000 2000 4000 4000

4000 8000 8000 8000

1000 4000 2000 4000

2000 4000 4000 4000

2000 4000 4000 4000

8000 16000 8000 8000 し定性的検査を行つた結果では両側とも満足すべき嗅

覚を有しているものは殆んどなく,正常例はただ1例 であつた.両側のアノスミーもまた1例であつた.術 後の恢復は13例(86%)で,恢復しないもの1例,悪 化1例であつた.平田16)の検査では,9名中嗅覚健常 者4名,減弱者5名(55%)となり,正常嗅覚所有者 はおおむね下部に櫛または棘を形成しているものであ る.手術による影響については検索されていない.

 高山17)が鼻内癒着症患者の嗅覚について検査を行つ たものでは,鼻内癒着部位と嗅覚との関係は,上方癒 着程嗅覚に及ぼす影響は大で,嗅裂の癒着は嗅覚の脱 失を招くとしている.また中甲介中隔癒着も嗅覚障碍 を強度に惹起するという.嗅覚恢復は嗅神経の機能良 好なものでは正常に復し得るも,神経機能減退したも のでは困難であると述べている.このことは飯田18)も また実験の結果,嗅神経は相当長期閥その機能を休止 していても容易にその機能に変化をきたすことはない と結論している.同氏は更に鼻腔内異物挿入実験によ つて研究を行つている.それによれば下鼻道の閉塞は 嗅力に全然関係なく,中鼻道,鼻孔前半部及び鼻屋を ふさぐ時は少しく嗅力に影響し,嗅裂部を閉塞する時 は尋常呼吸流は変化しないが,嗅覚は非常に強度に障 碍されると述べている.

 小路19)の実験的研究は,鼻中隔碕形と鼻内気流との 関係を追求しているが,これによれば崎形が高度な程 通気状態は不良で鼻閉感を訴える者を多くまた甲介の 肥大度も強いと述べている.

 平『田20)は鼻内気流圧の面から鼻中隔轡曲症を観察 し,中隔轡曲のある場合の鼻内気流圧は轡曲側に弱 く,ために嗅力の減退を招くことは明白であると説明 している.

 私の検査した症例では嗅覚障碍を訴えたものは2例

で,他の2例は障碍なしといつている.検査の結果で は両側とも正常嗅覚を有しているものは1例だけで,

中隔の崎形は下方にのみ認められるものである.他の 3例はいずれも攣曲側の嗅覚減弱が認められ,中隔の 騎形が上方に迄及んでいるものである.術後は全例正 常嗅覚に恢復しているところからみて,嗅神経の機能 減退はないものと思われる.故に中隔崎形による嗅覚 障碍にあく迄も純呼吸障碍であるといえる.

 また,嗅神経は飯田の述べている如く,単なる休止 乃至は刺戟減弱の状態では相当長期間その機能を完全 に保有し得るものと考えることができる.

4.鼻  茸

 〔症例1〕18歳.男.学生.

 5年前より鼻漏,鼻閉あり.頭重感あり.嗅覚軽度 障碍される.

 鼻腔所見.両側とも中鼻道及び鼻底に粘液性膿性の 膿汁多量.中鼻道に両側とも粘液性鼻茸あり.右大豆 大,左大豆大2個.嗅裂はごく一部開いている(第12

表).

 〔症例2〕60歳.女.無職.

 30年以上前より鼻閉強く,鼻呼吸はできない.鼻漏 は膿性.30年前より嗅覚は消失している.

 鼻腔所見.両側鼻腔とも粘液性鼻茸で充満し,黄色 膿汁多量(第13表).

 〔症例3〕73歳.女.農業.

 若い頃より鼻閉及び鼻漏あり.嗅覚もずつと以前よ り消失している.

 鼻腔所見.両側鼻腔はポリープで充満(第14表).

 〔症例4〕21歳.男.学生.

 3年前より鼻漏,鼻閉.嗅覚障碍あり.

 鼻腔所見.両側中鼻道に大豆大のポリープ各1個あ り,中鼻道に黄白色の膿汁あり.嗅裂は結節のうらに

(7)

第 12表

\一一竺肇12

3 6

7「8

9

術後2週 術後1週

右左右左

1000 500 4000 4000

4000 2000 16000 8000

1000

1000 2000 1000 4000

4000 2000 2000

1000 500 4000 4000

16000 8000 16000 16000

第 13表

\」魅12 術二丁  後後

 −1﹁ ¶﹂

前週月

3 6 7 8 9

第 14表

\一く甥 2

3 6 7 8 9

術    前

術後3週

第 15表

\一退312

3 6 7 8 9

術 前

右左

(右) 術後10日

(左)術後5日

0000

り召Ω4

1000 1000

00 00

Ku貰U

4000 4000

00 00

1り召

2000 2000

00

︵VOΩ乙KU

1000

五〇〇〇

0000

9召=り

2000 2000

1000 1000 2000 2000

がくれて不明(第15表),

 (2)考  按

 飯田21)の報告した2例はともに鼻茸切除後に嗅覚恢 復し,嗅覚障碍は呼吸性原因によるとしている.平田 22)の4例はともに嗅覚の減弱をきたし,全鼻腔鼻茸で 充満している患者では呼吸圧は0に等しい.飯野23)が 鼻内所見と鼻閉との関係について述べているのによれ ば,鼻茸型のものでは,吸気及び呼気ともに悪く,鼻 閉は50%に訴えられている.

 以上諸氏の例よりみれば,鼻茸による嗅覚障碍は純 機械的原因によるのではないかと考えられるが,私の 症例では鼻茸切除により鼻腔広潤となったもめでも嗅 覚の恢復を必ず望み得られるとは限らないのであっ て,この点は中隔妙曲症の場合と大いに異なるところ である.この原因として考えねばならぬことは嗅神経 末梢における機能廃絶である.嗅神部における機能的 変化の原因として,鼻茸の発生と密接な関係にある慢 性副鼻腔炎も除外することはできない.副鼻腔炎につ いては次の項に詳述する.鼻茸による圧迫は嗅神部に

長期間作用し,また鼻茸による嗅裂部の閉塞のために 起る膿汁の排泄障碍は遂に嗅神部の病変を不可逆的に まで進行させ,機能恢復は到底望めない状態となって しまうのであると想像される.しかし動物を使用して の実験的研究においては,急性鼻炎の:項でも述べた如

く嗅細胞の抵抗性に関しては一定した説もなく,Such・

annek 24)等の如く隣接呼吸部上皮が被復すると唱え る者もあるので,嗅神経末梢と炎症との関連について は種々複雑な関係をもつものと思われる,嗅神部末梢 の機能恢復に関しては,Schwendet 25)は15歳の女子 の先天性後鼻孔閉鎖症を手術し,術後2年で嗅覚の出 現をみ,d Aguanno 26)は中隔崎形のある患者で40年 間嗅覚及び味覚が障碍されていたものに手術を行っ て,両感覚ともに恢復した症例を報告している.

 私の症例では正常に復したもの1例で,他の3例は いずれも正常には復し得ないというよりも,うち2例 は少しの嗅覚も発現しないもので,鼻腔の通気は相当 良好となっても,1その改善された程度と嗅覚の回復乏 が平衡しないところがらみて,嗅神経の機能廃絶乃至

(8)

は著しい減退をきたしたものと考えられる.しかしこ こで考えねばならぬことは,鼻茸の切除が直ちに嗅神 部への流路を開通したことになるかどうかという点に 関してである.鼻茸の切除により中二道は開放されて

も嗅裂部に対する処置は行われないのが普通であるの で,慢性炎症を有する嗅裂入口部附近の粘膜の病変は 暫くは旧態のままであって気流流路に障碍を残してい るかもしれないから,鼻茸を切除しても嗅感が正常に 復さないからといって直ちに嗅神経末梢の機能減退と 診断することも正鴻を得たものとはいい難い.この点 に関しては:Kraupa 27)以来,諸氏の研究がなされて いる血行性嗅覚による嗅神経機能に対する検討を何ら かの補助的価値を有するように思われる.即ち有香性 物質(カンフル等)の静脈内注射によってにおいを感 じ得る場合は嗅神経の機能が残存し,感じない場合は 嗅覚の恢復はあまり望めないというのであるが,その 本態に関してはKraupaはサルバルサンを使用しての 研究で末梢装置の腫脹性変化により嗅感が起ると唱え たが賛同するものはなく,Forschheimer 28)は有香成 分が肺より呼気に混じて呼出されるために善感が起る

と説明し,Bednar 29)等の反対はあるが大体において 承認されているようである.本邦においても石川30)の 実験以来追試者があり,高山31)の鼻内癒着症患者にお ける検査では相当予後判定上に効果ある方法だと述べ ている.広瀬32)がサルバルサン及びガダミンを使用し ての実験では,鼻呼吸を遮断する時または鼻閉塞を起 す如き鼻内変化を有するものでは血行性嗅覚は起らな いといい,佐藤33)もまた呼吸を停止する時は血行性嗅 覚は起らないといっているので,嗅神部への開通状態

を検する補助診断法として用うべき方法かと思われ る,しかし私が検索した成績では静脈内注射を繰返し て行っていると,においの強度が減弱してくるので本 法を行う場合はあまり頻回の注射は診断的価値を減ず るのではないかと思われる.

 いずれにしても嗅神経の機能恢復は時間的に一一定し たものではないので,術後直ちに判定することはでき ないもので,相当期間経過をみた後でなければ正しい 診断を下すことは困難であると思う.

 私の症例における老人2名はいずれも数十年の長;期 にわたる嗅覚脱失なので,このような場合は嗅神経末 梢の機能廃絶はまず疑いないものと思われる.

 5.慢性上顎洞炎並びに舗骨蜂案炎  (1)検査成績

 〔症例1〕34歳.女.主婦.

 若い頃より鼻漏,鼻閉あり.嗅覚は大分以前より消 失している.

 鼻腔所見.両側中鼻面及び嗅裂閉じている.両側鼻 腔とも膿汁多量(第16表).

 〔症例2〕21歳.男.自衛隊員.

 数年前より鼻閉,鼻漏あり,嗅覚正常.

 鼻腔所見.両側中鼻詰狭い.嗅裂開く(第17表).

 〔症例3〕 16歳.男.学生.

 半年前より鼻閉,鼻漏あり.3ヵ月前より嗅覚が鈍 くなってきた.鼻閉のある時鈍い.

鼻腔所見.両側とも中富道閉じる.嗅裂部に粘液性 の膿汁認められる(第18表).

 〔症例4〕 13歳.男.学生.

 3年前より鼻漏,鼻閉。嗅覚その頃より鈍.

第 16表

 \一退圏 2

3 6 7 8 9

術 前

右左

(右)術後2週

(左) 〃 1週

(右) 〃35日

(左) 〃 1月

第 17表

\一隅i2

3 6 7 8 9

術 前

右左

(右) 術後2週 目左) 〃 1週

(右) 〃5週

(左) 〃4週

AUO

OO

Kり一

1000 200 2000 500

2000 500 2000 1000 4000 1000

00 00

院UO右

2000 1000 2000 1000

1000 200 1000 100 1000 200

0000

9召−

200 100 200 100

2000 1000 4000 1000 4000 1000

(9)

第 18表

 \く糟 2

3 6 7 8 9

右左

(右)術後2週

(左) 〃1週

2000 2000 4000 4000

8000 8000 16000 i6000

4000 4000 4000 4000

2000 2000 4000 4000

20002000 4000 4000

16000 16000 16000 16000

第 19表

3 6 7 8 9

術前無配置 術前動植後

右左右左

(右)術後2週

(左) 〃1週

2000 2000 2000 2000

8000 8000 8000 8000

1000 1000 2000 2000

4000 4000 4000 4000

1000 1000 2000 2000

8000 8000 16000 16000

第 20表

 \一 シ}2

3 6 7 8 9

右左

(右)術後2週

(左) 〃 1週

1000 1000 4000 4000

4000 2000 8000 8000

2000 2000 2000 2000

2000 1000 4000 4000

1000 500 4000 4000

8000 4000 16000 16000

第 21表

\隠 12

3 6 7 8 9

術 前

右左週週週週リヨ らる

轍〃〃〃

    右左右左︵︵︵︵ ︶︶一馴︵︵

(一)

(一)

200 200

︶︶一一︵︵

(±)

(±)

1000 1000

︶︶︵︵

(一)

(一)

1000 1000

︶︶︵︵

(一)

(±)

ioOO 1000

︶︶

︵︵

(±)

(±)

1000 1000

︶︶︵︵1=;

1888

 鼻腔所見.中二道及び二二閉じる.右中二道深部に 小さいポリープあり.嗅裂部には白色膿汁充満する

(第19表).

 〔症例5〕24歳.男.自衛隊員.

 小学校時代より鼻漏,鼻閉あり.嗅覚もその頃より

鈍い.

 鼻腔所見.右中鼻道,嗅裂開く.中隔はごく軽く右 に轡曲.左中二道,二二狭い(第20表).

 〔症例6〕 19歳.女.工員.

 1週前より鼻漏,鼻閉強くなる.嗅覚障碍も同様.

 鼻腔所見.中三道,嗅一三ず.嗅裂より白色の膿汁 多量流下す(第21表).

 〔症例7〕20歳.学生.

 3年前より鼻閉,鼻漏あり.その頃より嗅覚は鈍化

し始め,最近では殆んど消失.

 鼻腔所見.中研道,一双閉ず.膿汁(±)(第22表).

 〔症例8〕 17歳.男.学生.

 半年前より鼻漏,鼻閉.嗅覚障碍あり.

 鼻腔所見.中弓道閉ず.嗅裂はごく一部開く.膿汁 諸所に多量(第23表).

 〔症例9〕 17歳.女.農業.

 2年前より鼻閉,鼻漏,嗅覚障碍あり.

 鼻腔所見.右中三道閉じ,中甲介茸腫様腫脹.嗅裂 上半部判ず.左中鼻道閉じ,嗅裂は開く.膿汁あまり 多くない(第24表).

 〔症例10〕23歳.女.無職.

 4年前より鼻漏,鼻閉.嗅覚障碍は2年前.

 鼻腔所見.両側とも中鼻道,嗅裂閉じる.中隔軽度

(10)

第22表

 \一退遷12

3 6 7 8 9

術 前

右左

(右)術後2週 差左) 〃 1週

(右) 〃3週

(左) 〃2週

︶︶一一︵︵

200 200 1000 1000

  ±±︵︵

2000 ioOO 4000 4000

︶︶±±︵︵

2000 2000 1000 1000

︶︶一一︵︵

1000 500 1000 500

︶︶±±︵︵

100 200 1000 500

︶︶±±︵︵

4000 4000 8000 8000

第、23表

\」懸i2

3 6 7 8 9

術前無処置

術前鼻洗

右左右左

(右)術後2週

(左) 〃1週

︶︶︵︵

2000 4000 2000 4000

︶︶隔噸︵︵

4000 4QOO 8000 8000

︶︶一一︵︵

4000 4000 4000 4000

︶︶︵︵

2000 2000 20002000

︶︶

一一︵︵

4000 4000 2000 4000

︶︶︻一︵︵

4000 4000 8000 8000

第24表

3 6 7 8 9

術 前

右左

(右) 術後3週

(左) 〃2週

0000

り4=U

1000 1000

1000 2000 4000 4000

500 1000 1000 1000

1000 1000 20002000

0000

匿U反U

1000 1000

4000 4000 8000 8000

第25表

一一」華12

3 6 7 8 9

術前無処置 術前鼻高後

右左右左

(右)術後4週

(左) 〃3週

AUO

OO

9召=り

1000 1000 1000 1000

2000 2000 4000 4000 8000 8000

1000 2000 2000 2000 4000 4000

2000 2000 2000 2000 2000 2000

1000 1000 2000 2000 2000 2000

1000 2000 2000 2000 8000 8000 右に轡曲す.膿汁少量(:第25表).

 (2)考  按

 副鼻腔に慢性炎症が存在し,このために鼻腔内に種 々病変が惹起され,嗅覚に重大な影響が及ぼされるこ

とは周知の事実である.この原因としては,鼻腔内の 腫脹性変化に伴う亭亭気流の変化,炎症の嗅神部への 波及,膿汁並びに通気障碍によってもたらされる嗅粘 膜上皮の退行性変化が挙げられているが,その他,淋 巴系統に属する障碍,膿汁分泌による鼻腔内分泌液の 性状変化も決して無視することのできない要素であろ

うと思う.

 私の検索した10例の患者の嗅覚についてみると,10 例中9例迄嗅覚障碍を訴えている.検査の結果も大体

主訴と一致しているが,第2例だけは自覚的には嗅覚 障碍を訴えていないのに,検:査を行うと一般的な嗅覚 の減退がみられ,特に左側では著明な減退がみられ,

試みにビタミンB120mgの注射を2週間続行してみ たが,嗅覚の改善は得られなかった症例で,このこと から考えて,急性鼻炎の項に述べたと同様な注意を問 診時に払わねばならないことに気付くのである.即ち 患者の嗅覚が所謂ものこころのつく頃から正常入に比 較して軽度の減退がある場合(先天的原因によるもの でもまた後天的原因による場合でも)には,自己の機 能減退に気付かず,それが正常であると信じているな らば,問診を行っただけで嗅覚についての感受性の良 否を判定することは早計のそしりをまぬがれない.

(11)

精密な検査によって始めて発見されるものといわなけ ればならない.この点我々が患者について調査を行う 場合ただ漫然と患者の訴えだけによって判定を下すこ

とは頗る危険であるといわねばならない,

 嗅覚障碍の発現時期と,鼻漏及び鼻閉との発来時期 が殆んどの症例において概ね一致していることは,炎 症の発露と嗅覚障碍との間に明らかに因果関係が存在 することを示しているが,障碍の程度と障碍自覚以来 の時期との間には特別の相関関係はなく,むしろ症状 の軽重並びに疾病の経過如何により深い関係があるよ

うに思われる.

 機械的障碍によってもたらされる鼻内気流の変化に ついては,組織の腫脹と膿汁による閉塞との二方面か ら考察を加える必要がある.慢性副鼻腔炎の場合,ア ドレナリン処置によっても粘膜の腫脹減退をのぞめな い症例も多数あって,ために鼻洗その他の処置を行っ た後に嗅覚検査を施行しても,処置前の嗅覚と差異の ない例によく遭遇するのであるが,この場合通気障碍 による嗅覚の減弱か,あるいは嗅神部末梢の機能減退 による嗅覚減弱かの判定に苦しむのである.かかる場 合は手術その他の治療方法によって処置し,しかる後 相当期間観察することによって判定を下す必要があ る.膿汁の影響については,膿汁の閉塞による純機械 的なものと,鼻腔内分泌液の変性によるものとに分け て考えなければならない.膿汁による閉塞は純呼吸性 障碍をきたすもので,組織の腫脹性変化と同一の意義 を有するものと思われ既に上述諸疾患について詳述し た如く,閉塞部位によって嗅覚に与える影響は様4 で,第4例は鼻洗を行わなくても》鼻によるだけで嗅 覚がアノスミーから殆んど正常値に応命復し得る例 で,嗅裂部の膿汁閉塞の与える影響が頗る大であるこ とを痛感させる症例である.分泌液性状の変化による 影響は嗅覚分子の溶解性の変化を想像させるが,具体 的な証明は困難であり,あく迄も推定の:域を脱しない のである.

 炎症の波及による嗅粘膜の変化については,Such・

annek鋤によれば,嗅粘膜上皮を荒廃させ,ここに 呼吸上皮の延長をきたすと述べているが,賛否両論に 分れ,未だ決定的な説がないものとの感が深い.しか し私の検索した例では多少とも嗅神部の変化を生じて いると考えられる症例が多いようである.即ち術後2 週間以上経って鼻腔所見は好転を示すのに嗅覚検査で は正常値を示さないものが相当認められるのである.

呼吸性嗅覚障碍は殆んど消失したとみられるのに,嗅 覚の減弱が同様に続くのは末梢性神経変化によるもの

と考えざるを得ない.

 嗅覚に対する手術効果についての白岩35)の観察例で は,箭骨蜂案炎69例中悪化4例,不変22例,軽快43例 で,悪化4例はいずれも中甲介に手術的侵襲を加えた もので,中甲介は嗅覚に対し重大な役割を有するもの であるから手術的操作は加えない方がよいと述べてい る.次に上顎洞炎を合併するもの28例中,不変6例,

軽快22例,前頭洞炎を合併するもの5例(このうち上 顎洞炎を合併するもの3例)中不変1例,軽快4例と なり,前頭洞の自然道への開放が嗅覚に及ぼす影響に ついて注目している.

 私の症例では,著効のあったもの5例(50%),や や効果ありと思われるもの2例,不変3例であるが,

いずれも術後の観察期間が短いのでこれをもって直ち に効果の判定に資することは許されないが或る程度の 参考にはなり得るものと信ずる.術後,鼻腔所見が好 転し,主訴がとれても嗅覚が恢復せずにアノスミーが 継続する場合,嗅神経の機能消失が考えられるのは当 然であるが,Reuter 36)は嗅神部粘膜の炎症性変化が 完全に治癒したのではなくて,再発の危険を多分に有 しているとの見解をとっている.故に術後において鼻 腔所見と同時に嗅覚の精細な追求は疾病の予後判定上 頗る重要な検査であるといえる.しかし嗅覚の再現時 期については鼻茸の項でも述べた如く,報告者によっ ては相当長期間の後に再現をみたものもあるので,す べての患者に同一とはいえないが,炎症性変化による 嗅粘膜病変の場合は機能廃絶迄にそれ程長い時間を要

しないように思われる.

 純呼吸性障碍による嗅覚障碍であるか,神経性障碍 による嗅覚減退であるかについての鑑別診断の方法と

して,Reuter及び飯田37)は,呼吸性のものでは全島 素に平等に障碍されるが,神経性のものでは一様では ないと主張しているが,私の症例でも第2,6,7,

9及び10例では明らかに減る種の嗅素に対する減弱が 認められるところよりして,益々精密な嗅覚検査の必 要性を痛感する次第である.

 炎症に伴う循環遠慮として淋巴系統に属する障碍も また多少の影響を与えるものであると唱えるものもあ り,Zwillinger 38), Zirkelbach 39)及びSuchannek 40)

は影響ありというが,飯田は頭蓋内腫瘍患者の嗅覚を 熟して,その部位にもよるがあまり影響はないように 思われると述べている.中田によれば Elsbergは精 密な嗅覚検査により嗅神経に圧迫を及ぼす脳腫蕩の診 断に資し得るというが一般的には用いられていない , と記載している.ここ迄くれば慢性炎症とは大分趣を 異にし,主題より離れ過ぎる感がするのでこのあたり の追求は行わないことにする.

(12)

 6.喉頭別出患者の嗅覚  症例.60歳.男.建築業.

 昭和28年9月,喉頭癌にて喉頭易咄.

 昭和29年12月,嗅覚検査.

 検査方法は患者が鼻呼吸を行い得ないので次の如き 方法によった.アルミニウム製カテーテルをロ腔内か

ら鼻咽腔迄到達させ,そのカテーテルを通して5mm Hg圧で吸引を行う.鼻孔にはネブライザー用噛管を 挿入し,これに嗅素容器を連結させる.嗅素容器は1β コルベン内に嗅素溶液を1滴滴下させ,その完全蒸発 をまって土管と連絡する.この方法により純一を起し 得る最低稀釈濃度を求めた成績は次表の如くで,正常 嗅覚が残存していることがわかった,

第26表

\磐!2

3 6 7   8 9

右左

8000

8000 32000 16000

8000 8000

8000 8000

8000 8000

16000 16000

 喉頭易拙患者の嗅覚については,教室の石川肛)が調 査したが,手術直後は鼻呼吸は完全に不可能となるの で全例に嗅覚消失をきたしたが,1〜3年後にはごく 僅かではあるが嗅覚の恢復したものがあると報告して いる.これよりみれば,鼻腔内に病変がない場合に は,嗅粘膜乃至は嗅神経における病的変化嫡起らず,

相当長期間正常のまま存続するものと思われる.私の 検査点は1年3カ月間その作用を休止していたが嗅神 経には何ら異常が認められないものである.

総括的考按

 諸種鼻腔並びに副鼻腔疾患についての嗅覚検査の成 績についての考按をする前に,上述した如く問診時の 注意を忘れないようにしなければならない.このこと

は本編だけでなく諸種統計をとる上にも重要なことで 決して軽視してはならない点でもある.

 検査成績の判定をするにあたって疾患を非炎症性の ものと炎症性のものとに大別して述べるのが便利であ ると思われる.

 非炎症性疾患としては鼻中隔一曲症,(参考として は喉頭易咄患者),炎症性疾患としては急性鼻炎,慢 性鼻炎,慢性上顎洞炎並びに舗骨蜂一覧,両者に関係

あるものとして鼻茸等について述べることにする.

 非炎症性疾患時の嗅覚障碍は純機械的原因による,

即ち呼吸性障碍によるもので,その原因,治療並びに 予後ともにあまり複雑な問題を含んではいないが,た だ呼吸性障碍が大でために嗅神経機能の減退迄病変が 進行している場合は,嗅覚に関する限りその予後は不 明といわねばならない.

 機械的障碍による場合は,鼻腔下方の病変は嗅覚に 影響するところはあまりないが,深部上方の変化は影 響するところ大であるから,中隔手術その他の場合で

も,特に上方の処置は慎重に行わねばならない.

 炎症性疾患による嗅覚障碍については,その原因並 びに予後ともに頗る微妙な問題を多く含んでいるので 断定は頗る困難である.疾病そのものに関しても未解 決な点が多いのであるから,それより派生してくる嗅 覚なる問題に不明な点が多いのは当然である.しかし 各症例について,個々精細に観察,検査を繰返して行 けば自から解決の道は開かれるものと信ずる.

 各疾病と嗅覚の変化とを一括して表示すれば第27表 の如くである.

 急性鼻炎では炎症の消退とともに全例武力の恢復を み,慢性鼻炎では治療により嗅覚は著しく改善され,

鼻中隔二曲症では矯正手術により全例嗅覚は正常に復 しているところよりみて,嗅覚障碍の主原因を呼吸性 障碍に求めるのが妥当なように思われ,嗅神部の病変

第 27表

\一勾患

         \ 症   例   数 嗅覚障碍を訴えるもの 検査三

崩 覚 嗅覚恢 復(手 術その 他の影響)

強度減弱 軽度減弱

正   常

効効変

 有 度著軽不

急 性鼻 炎

4直

り召り召0

400

慢 性

鼻炎

0000

09UO qUOO

鼻中隔 轡曲面

バ79召19召−

400

鼻 茸

44 0010 01Qu

上 顎 洞 炎

OQり

4KU−

﹁06◎9召 き口闇09召9召り召 00◎9召1

1

nO4ビリ

(13)

は軽微なものと思われる.この軽微という意味は炎症 の消退と同時に容易に正常状態に復し得る程度の病変 を意味するものである.

 鼻茸では切除によって鼻腔内の広潤化を計っても嗅 力の恢復:はあまり期待できず,この点上顎洞炎の2例

とともに末梢神経性障碍による嗅覚減退で,病変は相 当高度のものと思われるが,嗅覚の恢復可能性につい ては一定の基準を求めることは不可能であるが,精密 な嗅覚検査の続行は嗅覚そのものの消長に対しては勿 論,疾病の予後に対しても相当重要な関連性をもつも のと思われる.次に一喉頭別出患者における実験結果 からみると,嗅神経の機能は長く休止していてもよく 正常状態を保つものであると考えられるが,このこと は既に先入の説くところである.

結 論

 1) 嗅覚障碍の問診を行う時は慎重でなければなら

ない.

 2)鼻腔疾患、25例中,22例が嗅覚障碍を訴えてい

る.

 3)呼吸性嗅覚障碍の場合,鼻腔下半部の変化は嗅 覚に影響するところは少なく,評点部の閉鎖が最も重 視される.

 4)呼吸性嗅覚障碍は原因を除去すれば財力は容易 に正常に復する.

 5)炎症性原因による嗅覚障碍は多かれ少なかれ嗅 神部に障碍をもたらすものと考えられる.

 6)炎症が嗅神部に波及した場合の心力の恢復状況 は不変である.

 7)呼吸性嗅覚障碍では全同素に平等に嗅力の減弱 をきたすが,末梢神経性の場合は嗅素により減弱の程 度を異にする.、 ・

 8)疾病の予後判定に対し,嗅覚検査は重要な役割 を果すものと思われる.

 9)嗅神経末梢は炎症が波及しない限り,相当長期 間その作用を休止していても正常機能を保有する.

第5編 嗅覚よりみた鼻内気流

(本編の要旨は第110回日本耳鼻咽喉科学会北陸地方会において発表した)

 嗅覚の実験を行う場合に最も悩まされる問題の一つ に鼻内気流というものがある.直接みるわけにはゆか ないので,諸種実験を通じてその流路を推定によって 知るにとどまるものといえる.検査に使用する嗅素の 量は前回の実験に示した如く,極めて微量なので,気 流の僅かの変化も嗅神部に到達する嗅素量に大きな影 響を及ぼすことが考えられるので,嗅覚検査を行うも のにとって鼻内気流,就中,嗅神部を通過するものに 対しては最も深い関心がよせられる.又鼻腔内病的変 化時に嗅覚障碍が頻発するところよりしても,その基 礎的研究として正常入における鼻内気流に対する考究 は必要欠くべからるざものと思われる,

 園内気流の研究については,Paulsen 42)の有名な 研究以来,主として模型によってその検索が行われて きた.しかし模型による研究では微妙な鼻腔内の形態 的変化が惹起する気流の変化は到底正確には把握でき ないうらみがある.生体を利用して,はじめてこの研・

究を行ったのはマグネシウム末を吸引させたKayser 43)で,氏はガラス製の管腔装置に吸引装置を接続さ せ,正常呼吸時に附着するマグネシウム末を肉眼的に 観察し,Paulsenの説を承認した.しかし,先人諸氏 の実験はいずれも鼻腔内を通過する主気流に対する観 察を眼目にしているように思われるので,我々の最も

知りたい嗅神部通過気流に対する研究を,嗅覚の消長 という面からすすめてみたいと思い,一連の実験を行 った結果,いささか究明しえたところがあるのでここ に報告する.

文献的考察

 鼻呼吸により嗅覚が発現することからみて,嗅神部 に嗅素分子が到達することが不可欠な要件であるのは 当然で,Bidder 44)は下甲介により気流が分割されて 嗅神部に達するとした.Braune及びC!asen 45)は副 鼻腔の役割を認め,Zuckerkandl 46)は呼吸運動によ る嗅裂部の圧変化のために鼻熊気流の一部は嗅神部に 達するとした.その後有名なPaulsenの屍体頭部を 使用してアンモニアガス並びにオスミウム酸蒸気を鼻 腔内に通すことによって,気流の走向を究明する方法 が発表され,主流は吸息では中甲介前端に向い,そこ で曲って中甲介と中隔との間を通り,弓状をなして下 方に下り,下甲介の後端に向うとし,呼気流も方向は 逆だが走路は大体これに一致すると述べ,以来Kay−

ser, Heinemann 47), Franke 48), Zwaardemaker 49),

Danziger 50), Rethi 51), Mink 52),高橋53),植田54),

山脇55),大西56),飯野57),平田58),井上59),車60),

神谷61)等はそれぞれの方法で研究をすすめ,1大体

参照

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