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限定用法を用いた「暗い」と名詞群の共起パターン

第三章 「明度」を含む日本語メタファー表現について

3.1 はじめに

3.5.1 限定用法を用いた「暗い」と名詞群の共起パターン

本節では、「暗い」を含むメタファー表現の限定用法における共起パターンの特徴 を検討するために、得られた 62 種類の名詞群の出現頻度と共起名詞のエントロピー を算出した。表6 の通り、共起の多様性とコロケーションの使用頻度の間には、強い 相関が認められた ( r = .746 , p < .01 )。エントロピーが高い、すなわち多様な名詞

と共起し得る形容詞ほど、そのコロケーションの使用頻度も高くなりやすい。

続いて、限定用法での「暗い」の共起名詞の意味分類の中で類似性を見出すために、

表6 に示された頻度 (対数変換値) とエントロピーの2つの変数に基づいて行った 階層クラスタ分析の結果について考察する。

ンドログラムが得られた。まず最高値の 25 ポイントで、上部の 16 個の名詞群 (「地 域 (田舎)」など、以下クラスタ Ⅵ と呼ぶ) が他の名詞群から区別された。次に残 る 46 個の名詞群が、 5 ポイントで中間部の 12 個の名詞群 (「暦日 (日々)」な ど) と下部の 34 個の名詞群 (「生理 (息)」など) に大きく分かれた。さらに、最 小値の 2 ポイントで、中間部の 12 個の名詞群が 「暦日 (日々)」など 7 個の名詞 群 (以下クラスタ Ⅰ と呼ぶ) と「時間 (時代)」など 5 個の名詞群 (以下クラスタ

Ⅱ と呼ぶ) 2つに分かれた。残る下部の名詞群がそれぞれ「生理」など 18 個の名詞 群 (以下クラスタ Ⅲ と呼ぶ) と、「体格 (病)」など 9 個の名詞群 (以下クラスタ

Ⅴ と呼ぶ) 、「性格 (性格)」など 7 個の名詞群(以下クラスタ Ⅳ と呼ぶ) 3つの グループに分かれた。

階層的クラスタ分析で得られた分け方の中で最適なクラスタ数を確認するために、

出現頻度の対数変換値とエントロピー 2 つの変数を用いて正準判別分析を行った。

その結果、5 ポイントで得られたクラスタ数3の場合の正判別率が 100% であった。

この結果に基づいて、限定用法での「暗い」と共起する名詞群の出現頻度とエントロ ピーの 2つの観点から描いた散布図 (図8) を示す。

図8 は、限定用法での「暗い」と共起する名詞群のエントロピー (縦軸) と出現頻 度 (対数変換値, 横軸) を用いて、62 個の名詞類を散布図に描いたものである。階層 クラスタ分析によって 5 ポイントで得られた 3 つのクラスタを楕円で囲んで示して いる。

以下、クラスタ Ⅰ から Ⅲ までの具体例を挙げながら、限定用法での「暗い」を用 いたメタファー表現の使用実態を考察する。

分類Ⅰ

クラスタ Ⅰ には、12 種の名詞群が含まれる。これらの名詞群は、頻度も共起多 様性も比較的高い。例えば、名詞群「状態」には、15 種類の名詞が含まれ、「暗 い」と 49 回共起する。このうち最も共起頻度が多いのは名詞「雰囲気」 (20回) で、 40.82% の共起率である。

(41) …フランス占領時代にはベンチェ省にもフランス軍が入ってきた。この頃、

弾圧で大勢の人が殺され、暗い雰囲気が村に立ちこめていた。…(高谷清

『蜂が戦い椰子も働く』)

(41) の場合、ベンチェ省の村はフランス軍に占領され、そこで反対勢力の活動を

抑圧するために多くの死者がでてしまい、村全体は元気がなく、陰気な状態に陥って いる。そこで、「雰囲気」は属性形容詞「暗い」と共起し、「暗い」の「気持ちが晴れ 晴れせず沈み込んでいる」意味が用いられ、村にいる人たちが作り出している不快感

が表れる。このように「暗い」と「雰囲気」と繰り返して共起することがある一方、

(42) のように、人を殺そうとする激しい敵意に満ちた様子が「暗い殺気」と捉えら れるものもある。

(42) …針の手は休めなかったが、私は五官のすべてをあげて、後にいる夫の動静 を知ろうとしていた。帰宅してはじめて顔を見せたときの、あの暗い殺気に 似たものを、いやでも思いうかべずにいられなかった。…(安西篤子ほか

『安西篤子・山本道子・岩橋邦枝・木崎さと子』)

他に、「暗い」は名詞「現実」「ニュアンス」「空気」「世相」「不況」など目の前に事 実として現れている状態や経済が停滞している状態など物事の様子を意味する名詞 と自由に共起し、表現することができる。

また、限定用法での「明るい」を用いたメタファー表現と同様に、「表情」を意味す る名詞群が「暗い」と比較的固定された組み合わせで使われる傾向がある。今回の調 査では、名詞群「表情」は「暗い」との共起頻度が 151 回という高い共起率が示して いる。そのうち、名詞「顔」は「暗い」との共起頻度が 74 回、共起率は 49.0% であ

った。(43) のように、男が「恋人の死を経験した」ことによって、陰気で元気がなく

なり、その悲しい感情が表情に表れ、「暗い顔」と捉えられる。

(43) …恋人の死を経験したばかりの大男は、暗い顔で自分だけの世界に沈みこん でいるばかりだったのだ。…(笠井潔 『サイキック戦争』)

他に、「顔つき」「笑顔」など視覚的に捉えるものと、「声」、「声音」「歌声」など聴 覚を意味するものが視覚を通して表されるものもある。

名詞群「心境 (気持ち) 」「論理 (もの) 」「時間 (時代) 」「感覚 (感じ) 」は、上述

である。

分類Ⅱ

クラスタ Ⅱ には、 34 種類の名詞群が含まれた。これらの名詞群は、全体の共起

頻度も共起多様性も比較的低い傾向を示している。限定用法での「明るい」を用いた メタファー表現のクラスタ分析の結果と同様に、この分類にもより自由な使い方で使 われている名詞群と、比較的固定された形で使われている名詞群がある。例えば、「老 若」の名詞群は、全体の共起は 6パターン (「子」「子ども」「女」「男」「男性」「お ばさん」) あるが、「子 (2回) 」以外に、それぞれの頻度は 1 回ずつしかない。「労 役」「見聞」などの名詞群も同様の傾向があり、慣用にとらわれない自由な使い方がな されていることが示唆される。

(44) …「北海道開拓」では屯田兵の苦労とともに、囚人労働の悲惨や民間移民の 困窮、さらにアイヌ民族の運命を記し、「資本主義創生記」でも松方デフレ下 の農民たちの苦難を述べる。「北海道開拓」にふれ、色川はいう。釧路といえ ばロマンチックな小説『挽歌』のイメージしかもたない現代の一部の読者に は、こうした北海道の暗い叙景は一方的な記述だとおもわれるであろう。…

(成田龍一 『日本残酷物語』)

(44) にある「暗い叙景」は、「北海道開拓」では屯田兵が苦労して土地を耕す一方、

囚人労働の悲惨や民間移民の困窮など、陰気で過酷な環境を指し、「暗い」の「元気が なく、陰気だ」という意味が十分理解できる。「暗い」と共起する名詞として「叙景」

のほかに、「描写」「記述」など類似する表現も見られる。

また、この分類には、名詞群「陳述」「容貌」などのように、共起の多様性が比較的 低く固定的な共起パターンができていることを示している。例えば、下記の例にある

「暗い話」の場合、名詞「話」は「暗い」と共起する頻度が 15 回 (「陳述」の名詞

群全体の 78.95% ) である。

(45) …帰国後、就職できなかったらどうするのか。おそらく、その場合、人材派 遣会社に登録、時間で働くということになるのだろう。暗い話ばかりする気 はないが、人材派遣会社に登録して働くにしても、中途半端な英語力では自 分の望むような高収入は得られない。…(松原惇子 『いい女は頑張らない』)

(45) では、留学後仕事を探すため、人材派遣会社に登録することになるが、英語

力がそれほど優れているわけではないから高収入は得られないだろうという談話の 中心的な話題は、ネガティブなものである。このような「話」と「暗い」との共起に よって、その「元気がなく陰気だ」な状況をよく伝えている。

その他、「報道」と「性格」の名詞群も同様の傾向で、「暗いニュース」や「暗い性 格」のような固定的な表現が含まれ、特定の名詞と「暗い」との結びつきが強く、繰 り返し共起する傾向が見られる。

分類Ⅲ

クラスタ Ⅲ は、 16 種類の名詞群が含まれ、全体的には頻度もエントロピーも極 めて低い共起パターンを見せるものである。名詞群と「暗い」との共起頻度はほぼ 1 回ずつしかない。

(46) …ニュースで監禁事件を起こし捕まった男、「あ・ダメだなこいつ」とすぐ

に思いました。更生出来なさそう…という意味で。きのどくだけど、そうい う性癖って強い部類の欲求でしょ?日本の更生プログラムは、信頼できるぐ らいに進んでいるともおもえない。もし出てくることがあったとして、暗い 秘密の欲求を抑えることが出来るとも思えない。…(Yahoo!知恵袋 2008)

とえ更生されて出て来ても、害悪となる性的な欲求を抑えることができないと述べら れている。この用例では、名詞「秘密」と否定的な面を暗示する「暗い」と共起し、

屈折した性癖を婉曲的に伝えている。

この分類は、特定の名詞と繰り返し共起する傾向がなく、全体的に創造的な使い方 であり、非生産的な名詞群であることが示唆される。

3.5.2 叙述用法を用いた「暗い」と名詞群の共起パターン

本節では、叙述用法での「暗い」と共起する 47 種類の名詞群の出現頻度とエント ロピーを算出した(表7)。共起の多様性とコロケーションの使用頻度の間には強い相 関があることが見られ ( r = .847 , p < .01 )、エントロピーが高くなるにつれ、コロ ケーションの使用頻度も高くなっていることが示された。

続いて、表7 に示された頻度 (対数変換値) とエントロピーの2つの変数に基づ いて、叙述用法での「暗い」と共起する名詞の意味分類の中で類似性を見出すための 階層クラスタ分析の結果について考察する。

「暗い」の叙述用法を用いて使われているメタファー表現に現れる名詞群 (主語) 47 種類のエントロピーと出現頻度に基づいて階層クラスタ分析を行った結果、図 9 の 通りのデンドログラムが得られた。

まず最高値の 25 ポイントで、上部の 41 個の名詞群 (「労役・誘導 (家事・育 児)」など) が下部の 6 個の名詞群 (「状態」など、以下クラスタ Ⅰ と呼ぶ) と 2つ のグループに大きく分かれた。上部のグループに関しては、5 ポイントで上部の 20 個の名詞群 (以下クラスタ Ⅳ と呼ぶ) 、中間部の 2 個の名詞群 (「表情」「思考」、

以下クラスタ Ⅱ と呼ぶ」)、そして下部の 19 個の名詞群 (「記号」など、以下クラ スタ Ⅲ と呼ぶ) 3つのグループに大きく分かれた。

得られたクラスタ数が最適であるかを確認するために、出現頻度の対数変換値とエ ントロピーを用いて正準判別分析を行った。交差妥当化によって検証したところ、4 つのクラスタの正判別率が最も高く、 97.9% であった。叙述用法での「暗い」と共 起する名詞群の出現頻度とエントロピーの 2つの観点から散布図 (図10 ) を示す。

図 10に含まれるのは、類似する名詞によって構成された名詞群であり、「暗い」と名 詞類 47 個の共起パターンが示されている。出現頻度の対数変換値 (横軸) が大きけ れば大きいほど、メタファー表現として多く使われていることを示している。「暗い」

と共起する名詞が多いであるほど、エントロピー (縦軸) が高くなり、その名詞類に おける形容詞と名詞の共起バリエーションが豊富であることを示している。

次に、クラスタ Ⅰ から クラスタ Ⅳ までの具体例を挙げながら、叙述用法での「暗 い」を用いたメタファー表現の使用実態を考察する。

分類Ⅰ

クラスタ Ⅰ には、頻度が比較的高く、共起多様性がとりわけ高い 6 種類の名詞 群が含まれた。例えば「論理」の名詞群は、 10 種類の名詞が含まれ、「暗い」と