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叙述用法を用いた「灰色」と名詞群の共起パターン

第四章 「色彩」を含む日本語メタファー表現について

4.1 はじめに

4.5.2 叙述用法を用いた「灰色」と名詞群の共起パターン

色の奥底に、永久に棲みつく恐怖の幻。バリーが熟知していたように、すべ ての男の子のなかにフックは存在する。…(ジャッキー・ヴォルシュレガー

(著)/安達 まみ(訳) 『不思議の国をつくる』)

分類Ⅱ

クラスタⅡ には18 種類の名詞群が含まれ、全体的には頻度もエントロピーも極め て低い共起パターンを見せるものである。ほとんどの名詞群と「灰色」との共起頻度 は1回ずつしかない。

(93) …目先の症状で、頭がいっぱいになっていたが、これから先、忍には、片足

を失ったままでの長い人生が、はじまるわけである。沖の人生も、当然、暗 く長い灰色の道となるであろう。…(城山三郎 『毎日が日曜日』)

(93) では、人生を旅にたとえている。「片足を失ったままでの長い人生」だったら、

誰でも最初は悲しい気持ちで心に喜びを持てないはずである。このような辛く悲しく 不安な状態で人生という長い旅をすると、その道のりは希望をもてず憂鬱な状態であ り、「灰色の道」と捉えられる。この分類は、特定の名詞と繰り返し共起する傾向がな く、全体的に非生産的な名詞群であることが示されている。

(人)」など、以下クラスタⅠと呼ぶ) と2つのクラスタに分かれた。このクラスタに ついて正準判別分析を行った結果、正判別率は100% であった。クラスタ分析が見出 した叙述用法での「灰色」と名詞群の共起パターンにおける 2つのクラスタは、正確 な分類であることが示された。

上記の結果に基づいて、図 26の通りに散布図を描いた。次に、クラスタ Ⅰ からク ラスタ Ⅱ までの具体例を挙げながら、叙述用法での「灰色」を用いたメタファー表 現の使用実態を考察する。

分類Ⅰ

クラスタ Ⅰ には、頻度も共起多様性も比較的高い名詞群 2種類が含まれている。

(94) …その灰色高官というのは、私の理解するところでは、まさに被疑者でなべ て参考人の部類に属するような人が灰色ではないかということを問われる場合もあ り得るわけでございますので、被疑者、参考人を含めてこの際はひとつ御遠慮さし ていただきたい。… (『国会会議録』 第077回国会)

(94) では、被疑者でなく、捜査機関に出頭を求められて取り調べを受ける参考人

が実は犯人であることもしばしばあることから「灰色ではないか」と表現されてい る。犯罪をおかしていないこと、つまり無罪や善は「白」で表されるのに対して、

犯罪をおかしたこと、つまり有罪や悪は「黒」で表される。このことは、普遍性が ある象徴的現象であると指摘されている (鍋島 2011) 。「灰色高官」といった表現 に関しては、「灰色」の白とも黒ともはっきりしないという色彩的な特徴を捉え、白

(無罪)か黒(有罪)かが決まるまで、決着がつかない状態あるいは「疑惑があ る」状態という意味が現れている。この分類は、「灰色」は「人物」を意味する固有 名詞と共起しやすく、全体的に固定されていない組み合わせで多様に使われている ことを示している。

分類Ⅱ

クラスタ Ⅱ には、 12 種類の名詞群が含まれた。これらの名詞群は、「灰色」との

共起頻度は 1 回ずつしかない。全体的には、共起多様性も頻度も極めて低い共起パ ターンである。

(95) …大好きだった彼に今日振られました。今はもう全てが灰色です。…

(Yahoo!知恵袋 2008)

(95) の書き手は、失恋して気が沈み、「灰色」の「希望がなく暗い気持ちで活気の

ない状態」というメタファー的意味を用いられている。この分類全体は、共起パター

ンが固定化されておらず、その頻度も高くない非生産的な名詞群である。

「バラ色」の結果と同様、「灰色」の 2つの統語構造で使われているメタファー表 現から得られた名詞群にも、共通する共起パターンが 2 つ認められる。 1つ目は、

「頻度も共起多様性も比較的高い」クラスタ Ⅰ である。ただし、「灰色」の叙述で使 われている表現の用例数が少ないため、このパターンは、メタファー表現を生みやす いパターンであるとは断言できない。 2つ目は、「頻度も共起多様性も極めて低い」

クラスタ Ⅱ である。このパターンは、固定化されておらず、非生産的な共起を許し やすいものであることを示している。

4.5.3 「灰色」と共起する名詞の多様性と頻度:限定用法と叙述用法の差

4.4.3 節と同様に、「灰色」の限定・叙述両用法に共通して現れた名詞群 10種類を

抽出し、それらの頻度対数の差とエントロピーの差を算出した。表23 の通り、これ らの名詞群のエントロピーと出現頻度との相関は有意であった ( r = .609 , p < .01 ) 。

続いて、4.4.3 節と同様に、「灰色」の限定・叙述両用法に共通して現れた共起名詞群 について、両用法の頻度の差とエントロピーの差による階層クラスタ分析を行った。

その結果、図27のデンドログラムが示した通り、25 ポイントで、上部 にある「感

覚」「天文」2 個の名詞群 (以下クラスタ Ⅰと呼ぶ) が、下部の 8 個の名詞群 (「地

域 」など、以下クラスタⅡと呼ぶ) 2つのクラスタに分かれた。正準判別分析を行 った結果、この2つのクラスタの正判別率は100% であった。よって、この分類は正 確であることが示された。この結果に基づき、図 28の通りに散布図を描いた。楕円 は、クラスタ分析の結果に基づいて描いたものである。

この散布図が示す通り、「灰色」と共起する名詞群の出現頻度もエントロピーも、限 定用法のほうがより選好され、メタファーとして使われやすい傾向が認められる。

次に、クラスタ Ⅰ からクラスタ Ⅱ までの具体例を確認しながら、両用法での「灰 色」を用いたメタファー表現の使用実態を考察する。

分類Ⅰ

クラスタI(赤)は、限定用法のほうが頻度も共起多様性も比較的高いものである。

(4回) である。

(96) …バンコクで、蘭の香りにつつまれていた妖精は、ここでは生活に疲れたどこ にでもいる主婦に変っていた。バンコク製の服がホタルにいっそう田舎者のイメージ を与え、髪型が一昔前のカレンダーに似ていることもバッタを失望させた一因だった。

バンコクでは、蘭の油膜を漂わせていた視線が、ここでは生気のない灰色の目にしか 見えない。… (嵐山光三郎 『蘭の皮膜』)

(96) では、生活に疲れた主婦は、その疲労感が目の表情にも出てしまい、生き生

きとした様子がないことから、その主婦の目が地味で生気に欠ける灰色という色彩で 捉えられている。「灰色の」という説明によって、その目の性質が限定されている。

(97) …おばあさんは、つぶやきました。「わたしには、わかっていました。じいち

ゃんが、亡くなったときと、おんなじだもの…」「おじいさんは、どうしたんだい?」

「死にましたよ。肝臓のガンで、手おくれでした…」(中略)おばあさんは、じっと天 井を見ていました。その目から、大つぶの涙があふれました。(中略)でも先生は、つ づけました。そっと、静かに、「この子は、だれ?」かな子の両肩に、手を置きました。

おばあさんの目は灰色でした。… (今村葦子 『良夫とかな子』)

(97) では、おばあさんは夫の闘病生活を思い出して悲しくなり、その目の表情が、

(96) の用例と同様に、生気に欠けるため、灰色と捉えられている。この「目」の表情 は恒常的な性質ではなく、過去の悲しみを思い出したことによって導かれた一時的な 悲しい状態である。「目」と「灰色」が共起することで、「灰色」の「希望がなく暗い 気持ちで活気のない」というメタファーとなっている。この分類は、全体的に叙述用 法より、限定用法への選好が見られ、ある特定の名詞と繰り返し共起する傾向がある 一方、全体的にやや生産性のある名詞群である。

分類Ⅱ

クラスタ II(緑)は、「灰色」の限定・叙述両用法の間に頻度や共起の多様性に大 きな差がないものである。このクラスタでは、「灰色」の「心に喜びのない状態、寂し く陰気なこと」という意味が用いられている。