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第四章 「色彩」を含む日本語メタファー表現について

4.1 はじめに

4.5.4 まとめ

分類Ⅱ

クラスタ II(緑)は、「灰色」の限定・叙述両用法の間に頻度や共起の多様性に大 きな差がないものである。このクラスタでは、「灰色」の「心に喜びのない状態、寂し く陰気なこと」という意味が用いられている。

続いて、この2つの変数に基づいて、両色彩と共起する名詞の意味分類の中で類似 性を見出すための階層クラスタ分析を行った。図 29 のデンドログラムの通り、まず 最高値の 25 ポイントで、上部の 4 個の名詞群 (「境遇」など) が下部の 4 個の名 詞群と2つのクラスタに大きく分かれた。 また、2 ポイントで上部の 4 個の名詞群 が 2つのクラスタに分かれ、下部のグループと合わせて 4分類でまとめられた。

この階層クラスタ分析で得られたグループが最適なクラスタ数であるかを確認す るために、出現頻度の対数変換値の差とエントロピーの差の 2 つの変数を用いて正 準判別分析を行った。その結果、2つのクラスタの正判別率は100% であった。これ に基づいて、限定用法での「バラ色」「灰色」両色彩語と共起する名詞の出現頻度とエ ントロピーの2つの観点からの散布図を図30に示す。

「灰色」で頻度が高く、「バラ色」のほうが自由度が高い傾向を示す第二象限、そし て、「バラ色」で頻度が高く、「灰色」のほうが自由度が高い傾向を示す第四象限には 例が認められなかった。多くの意味分類が第一象限と第三象限に配置されている。メ タファーとして使われる「バラ色」と「灰色」は、「明暗」と同様に、共起する名詞の 頻度にも多様性にも偏りがあることが分かる。

次に、散布図に含まれているクラスタ Ⅰ からクラスタ Ⅱ までの分類に基づいて、

限定用法での「バラ色」と「灰色」を用いたメタファー表現の使い分けを考察する。

第一象限は、クラスタ Ⅰ が含まれ、この象限全体的には「バラ色」と共起する名詞の ほうが頻度も共起多様性も高い傾向を示すものが配置されている。

分類Ⅰ

クラスタ I(赤)に含まれた 4 種類の名詞群は、全体的には「バラ色」の共起パタ ーンの多様性も頻度も比較的高いものである。例えば、「バラ色」が「時間」の名詞群 の 4 種類と 11 回共起している。そのうち、名詞「未来」との共起が最も多く、共起

率が72.7% (8回) である。

(98) …たとえば異動、転勤、出向の考え方もそうだ。左遷と考えればお先真っ暗 だが、「こんなにいろんなキャリアを積めるチャンスはない」と考えれば、バラ色の の未来がやってくる。わたし自身も異動、左遷は何回も経験がある。しかし、その たびに猛烈な学習意欲で仕事を覚えて復活してきたと思う。… (中島孝志 『35歳ま でに決まる!お金持ちになれる人なれない人』)

(98) のように、仕事の部署や勤務地の変更などに対して、今までより悪い待遇に

下がってしまったというネガティブな方向に目を向けると、将来は全く見通しがたた ず希望のないもので終わってしまう。しかし、それを「チャンス」としてポジティブ に捉えると、将来も色彩に富んでよく見え、希望に満ちた状態になる。この例では、

抽象的な時間概念である「未来」は物理的な色相を持つわけではない。それが将来が 希望に満ちている状態になると捉えられ、「バラ色」と共起し、「バラ色」の「幸せや 希望に満ちている状態」というメタファーが生まれる。

(99) …はれがましい「卒業」という青春の一区切りが、同時にめ入るような受験 戦争への入口であるという、いささか色あせた「灰色の時」を相手にしている高校 生を考えると、こうした青春の舞台装置がもつ類似性に驚きと一種の共感をさえ覚 えるのである。… (大沼盛男 『大沼シュウレ!』)

(99) の場合、青春が夢や希望に満ち、活力のみなぎる若い時代として捉えられ、

「卒業」をその時代の終焉と位置付けた。本来夢や希望に満ち、将来へのあこがれ を胸いっぱいに抱く時期であるはずだが、高学歴志向で激しい進学競争が起こって いる現代社会においては、常に異常な緊張感が溢れ、若者は入試のプレッシャーに 苦しめられる。若者たちの青春時代は苦しい受験戦争に巻き込まれ、色鮮やかな青 春の美しさが失せ、これから来る喜びの乏しい日々が「灰色の時」と表現される。

「未来」のようなこれから来る時は、よく「バラ色」と共起し、「希望や幸福など に満ちているとき」を表すメタファーとして使われやすいことを前章で見た。それ に対して、それが限定用法の「灰色」と共起するのは、名詞として上述に挙げた

(99) の「時」と「いま」だけであり、それぞれ 2 回と 1 回のみであった。

このように、第一象限に含まれている名詞群が「色彩」の視覚メタファーとして使 われるとき、「バラ色」とより共起しやすく、より多様なパターンで用いられているこ とを示している。

分類Ⅱ

「集団」の名詞群と 4 回共起している。「街」との共起が最も多く、共起率が

100% である。

(100) …このあたりは死の匂いが色濃い場所だ。身よりのない遊女を葬ったとい

う通称投げこみ寺こと浄閑寺。行きだおれや刑死者の菩提をとむらうためにできた 回向院。そして杉田玄白が解体新書を翻訳するために腑分けに臨んだ小塚原刑場。

江戸時代からこのあたりをさまようあまたの幸うすい霊魂が、こうした灰色の街を 形づくったのかもしれない。… (三田完『絵子』)

(100)で述べられている「街」は、死者を弔う場所が多いことから、街全体が憂鬱

な状態を作り出しており、「灰色の街」と捉えられている。物理的には、「街」は明 るい色から暗い色まで様々な色を持つ建物や道や木々などで構成されるが、ここで はそれら全体を「灰色」と表現することで、無力で寂しい感じを表すメタファーと なっている。「街」のような「集団」を意味名詞群は「灰色」とよく共起することに 対して、反義語として使われる「バラ色」のほうは1例も抽出されなかった。「バラ 色」の場合、むしろ名詞「世界」とよく共起する傾向を示した。前節でも挙げた以 下の例のようである。

(90) …別の世界がここにある。目で見ることの出来る幻想、触ろうと思えば触れ るバラ色の世界がここにある。水の中で漂っているような女の形体が私の方に向っ て拡がっている。… (池田満寿夫 『エーゲ海に捧ぐ』)(再掲)

この分類には、限定用法での「灰色」を用いたメタファー表現のほうが、特定の名 詞と繰り返し共起する傾向があることを示した。

4.6.2 「バラ色」「灰色」と共起する名詞の多様性と頻度:叙述用法の差

前節と同様に、まず両色彩語に共通して現れた共起名詞群 6 種類を抽出し、これ らの名詞群の頻度 (対数変換値) の差とエントロピーの差を算出した (表25) 。叙 述用法的に使われている「バラ色」と「灰色」と共起する名詞群のエントロピーと出 現頻度との間には、強い相関があった( r = .921 , p < .01 )。叙述用法での「バラ色」

と共起する自由度が高いほど、そのコロケーションの使用頻度も高かった。

続いて、この2つの変数に基づいて、両色彩語と共起する名詞の意味分類の中で類 似性を見出すための階層クラスタ分析を行った。その結果を図 31 の通りに示す。ま ず最高値の 25 ポイントで、上部の 4 個の名詞群 (「数量」など) が下部の 2 個の 名詞群 2つのクラスタに大きく分かれた。また、5 ポイントで上部の 4 個の名詞群 が 2つのクラスタに分かれ、その下部のクラスタと合わせて 3分類でまとめられた。

これらのうち最適なクラスタ数を確認するために、出現頻度の対数変換値の差とエン トロピーの差の 2つの変数を用いて正準判別分析を行った。2つのクラスタと3つの クラスタの判別の良さについて交差妥当化によって比較検証したところ、正判別率は

ともに 83.3% であった。より細やかな考察するために、本調査では 3 つの分類を採

用した。これに基づいて、叙述用法での「バラ色」「灰色」両色彩語と共起する名詞の 出現頻度とエントロピーの2つの観点から散布図を図32 に描いた。

次に、散布図に含まれているクラスタ Ⅰ からクラスタ Ⅲ までの分類に基づいて、

叙述用法での「バラ色」と「灰色」を用いたメタファー表現の使い分けを考察する。

第一象限には、クラスタ Ⅰ (赤) とクラスタ Ⅱ (緑) の2つの分類が含まれてい る。全体的には、叙述用法で「バラ色」と共起する名詞のほうが頻度も共起多様性も 比較的高いものが配置されている。クラスタⅡ は、両色彩語の間に大きな差がない。

分類Ⅰ

クラスタ Ⅰ に含まれる 2 種類の名詞群は、「バラ色」の共起パターンが多様性 も頻度も比較的高いものである。

(101) …子育てにお金が掛かる、またその余裕も無い。自分の時間をもてなくな

る。結婚に魅力を感じない。親になる意義を見出せない、親になるのが怖い。未来 がバラ色と思えない… (Yahoo!知恵袋 2008)

(101) のように、子育てに対して否定的に考えると、「お金が掛かる」「自分の時 間をもてなくなる」など不安要因ばかりが挙げられ、希望や幸せに満ちた未来を創 造しにくく、「未来がバラ色と思えない」と表現されている。このパターンは、「バ

ラ色」と2 種類の名詞が含まれた名詞群「時間」と共起するものの中に最も多く抽

出されたものであり、共起率が80% (4回) であった。それに対して、叙述用法で の「灰色」と共起するものとしては、(102) のような表現 1例しか得られなかっ

(102) …アメリカは双子の赤字(財政赤字と経常赤字)を抱えています。イラク 侵攻と安定化のためにさらにお金を費やさなければいけません。借金の増える額は 日本の比ではないでしょう。日本の将来は正直言って暗いと思います。あえて希望 的に言えばちょっと明るめの灰色… (Yahoo!知恵袋 2008)

書き手は借金大国日本の将来に絶望しているようであるが、それでも少し肯定的に 表現すると、まったく「暗い」黒より少し「明るめの灰色」を使うことができる。

まったく希望が持てないわけではなく、「少し希望をもっている」と述べられてい る。この分類は、「灰色」より、「バラ色」のほうで、特定の名詞が繰り返されなが らも、比較的に自由な使い方がなされていることを示している。

第一象限が示す通り、叙述用法での「バラ色」は「灰色」より使われやすいようだ。

「バラ色」のほうが共起する名詞がより多様である。「バラ色」は、輝かしい未来など を象徴する色であり、「幸せや希望に満ちている状態」のメタファーとして使われる。

それに対して「灰色」は「心に喜びのない状態、寂しく陰気な状態」の象徴であり、

「犯罪などの容疑が十分にははれていない」ことのメタファーとして用いられる。

第一象限とは逆に、第三象限は、叙述用法で「灰色」のほうが頻度も共起多様性も 比較的高いものである。この象限にはクラスタ Ⅲ が配置されている。

分類Ⅲ

クラスタ Ⅲ(青)には、名詞群「人称」のみが含まれている。「灰色」と共起する 名詞群のほうが、共起多様性も頻度も比較的高い傾向を示している。

(103) …浩紀は、幼稚園児の玲司が一人で食事をしているところを想像し、物凄 く可哀相になった。「まるっきり一人ってわけじゃない。給仕はちゃんといた」「そ うじゃなく」「気にするな。ねえやが来てからは、バラ色の人生だった。そして今の 俺は、お前が側にいてバラ色だ… (高月まつり 『家政夫様には逆らえません』)