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叙述用法を用いた「明るい」と名詞群の共起パターン

第三章 「明度」を含む日本語メタファー表現について

3.1 はじめに

3.4.2 叙述用法を用いた「明るい」と名詞群の共起パターン

(28) …友人は意志の強い、苦情を言わぬ人であり、疼痛に対してもモルヒネの使 用は断固拒絶しました。家族の献身的な明るい看病は畏敬に値するものでし た。…(西満正 『がんは死の宣告ではない』)

(28) では、「病人に付き添って世話をすること」を意味する「看病」は、「明るい」

と共起することによって、がん患者の家族が悲しい感情を抱くのではなく、「元気で はつらつとしている」状態で介護していることをメタファー表現として伝われて使わ れている。この用例のように、「明るい」は、我々の日常生活に深く関わり、様々な場 面で創造的な使い方がなされている。

このようにして得られたクラスタについて、3つを認めるか4つを認めるかどちら がより適切であるかを確認するために、出現頻度の対数変換値とエントロピーの2つ の変数を用いて正準判別分析を行った。クラスタ数3とクラスタ数4それぞれの判別 の良さについて交差妥当化によって検証したところ、正判別率はそれぞれ 96.3% と

98.1% であり、4つのクラスタを認めるほうがより正確な分類であることが示された。

図3. 叙述用法での「明るい」の階層的クラスタ分析で得られたデンドログラム

次に、叙述用法を用いた「明るい」と共起する名詞群のエントロピー (縦軸) と 出現頻度 (対数変換値, 横軸) による散布図を図 4 に示す。楕円は、クラスタ分析 の結果に基づいて描いたものである。図 4 に含まれているのは、類似する名詞によ って構成された名詞群であり、「明るい」と名詞類 54 種類の共起パターンが示され ている。出現頻度の対数変換値 (横軸) が大きければ大きいほど、メタファー表現 として多く使われていることを示している。叙述用法での「明るい」と共起する名 詞が多いであるほど、エントロピー (縦軸) が高くなり、その名詞類のバリエーシ ョンが豊富であることを示している。

次に、クラスタ Ⅰ からクラスタ Ⅳ それぞれでの具体例を確認しながら、叙述用 法での「明るい」を用いたメタファー表現の使用実態を考察する。

分類Ⅰ

分類 Ⅰ には、共起多様性も頻度も高い 5 種類の名詞群が含まれている。例えば「人 称」の名詞群は、 15 種類の名詞が含まれ、「明るい」と 98 回共起している。

(29) …彼女はとても明るくてよく笑う、大変感じがよい二十代の女性でした。は

たから見ればとても傷ついているとは見えない女性でした。…(姫乃宮亜美

『やさしい気持ちになれる本』)

(29) の場合、「彼女」がよく笑うことで、かもし出す雰囲気も楽しく、朗らかな感

じを人に与える。「人称」を意味する「彼女」と「明るい」との共起による作られたこ のメタファー表現には、「彼女」の「晴れやかな性格」という意味をよりよく伝えてい る。

他に、「老若 (女の子) 」「音楽 (歌) 」などの名詞群も同様の傾向がある。この分類 は、全体的に固定されていない組み合わせで多様に使われ得る共起の生産性の高い名 詞群であるといえる。

分類Ⅱ

分類 Ⅱ には、 10 種類の名詞群が含まれた。使用頻度が高く、共起の多様性は分 類 Ⅰ よりやや低い傾向を示している。例えば下記の (30) にある「明るい表情」のよ うな共起パターンが典型的である。

(30) …開幕戦出場は問題なさそうである。復帰のメドがついたためか、別メニュ ーながら古賀の表情は明るかった。…(実著者不明 『週刊サッカーダイジェ スト』)

「開幕戦出場は問題がなく」、「復帰のめどがついている」から、「古賀」の気持ちは

「元気で生き生きとしている」ことを表している。このような「明るい」と「表情」、 あるいは「~表情」のような共起は多用されることが分かった。

その他「時間 (未来) 」「言語 (口調) 」の名詞群も同様である。たとえば、(31) と (32) は、名詞「未来」と「口調」は、それぞれ「明るい」の「将来に不安や心配 がない」と「声が元気で楽しい感じがする」というメタファー的意味と共起している。

用例の中には、「未来」と「口調」の前に他の修飾成分の挿入がよく見られる。総じて、

この分類は、特定の名詞との結びつきが強い傾向にあるものの、比較的自由な組み合 わせで多用されていることを示している。

(31) …私たちの未来は、ずっと明るいと思う?すると恋人は言った。気にしなく ていいんだよ。なるようになるさ。…(曽野綾子 『夜明けの新聞の匂い』) (32) …だから見終ったあとのノーマンは、快活ないつものノーマンに戻り、アイリ

ーンに「私は啓示を受けた」と告げた時の彼の口調は明るかった。…(中野

利子 『外交官E・H・ノーマン』)

分類Ⅲ

分類 Ⅲ は、 17 種類の名詞群が含まれ、共起多様性も頻度もやや低い共起パター ンである。これらの名詞群は、全体の共起頻度が低い傾向を示している。

(33) …サイドは誰とでも話ができる明るい男である。当然英語も達者である。若 い男女の会話は楽しそうで明るい。…(酒井治信 『六十五歳アイルランド留 学物語』)

(33) の場合、「陳述」を意味する名詞「会話」は、辞書では「複数の人が互いに話

すこと。また、その話」と記述されている。つまり、「会話」は「話」であり、「言葉 を交わすこと」「声を出して言うこと」を意味している。「明るい」と共起することに よって、「声の調子が元気で生き生きとした感じ、楽しい感じがする」という意味を表 している。「陳述」の名詞群は、合計で共起は 3 パターンあるが、それらの共起頻度 は各々 1 回に留まる。「習俗 (画風) 」「心境 (気持ち) 」などの名詞群も同様の傾 向がある。そのうち、「性格」と「地勢」 2つの名詞群は、共起の多様性は低いが、

共起頻度は比較的高い。「明るい性格」など、特定の名詞と「明るい」との結びつきが 強く、慣用的に使われていることを示している。

分類 Ⅳ には、 22 種類の名詞群が含まれた。この分類は、全体的には、共起多様 性も頻度も極めて低い共起パターンを見せるものである。(34) では、「明るい」の「も のごとをよく知っている」というメタファー的意味が用いられ、「才能」を意味する名 詞「技術」について知識を持っていることを「明るい」と捉えている。

(34) …当時のインターネットのユーザは、研究者やメーカの開発者、大学の学生 など、どちらかというと技術に明るい人が多かった。…(情報処理推進機構

『日本の技、日本の匠』)

名詞群「記号 (数字)」も、同様の使い方であった。それ以外、ほとんどの名詞群と

「明るい」との共起頻度は 1 回ずつしかない。

(35) …一合で俊造は酒を切り上げた。「どこか具合でもわるいの?」「そんなわけ はねえだろう。あたまのてっぺんからつま先まで、ピンピンしてるぜ」俊造 の物言いが明るい。…(山本一力 『赤絵の桜』)

(35) のように、「酒を切り上げた」俊造は自分の体調の良さを伝えるために「あた

まのてっぺんからつま先までピンピンしているぜ」という生き生きとした表現を用い ている。このような言葉遣いは元気で楽しい雰囲気を伝えることから、「物言いが明 るい」となる。

この分類は、図2 の分類 Ⅲ と同じく、共起パターンが固定化されておらず、その 頻度も高くない非生産的な名詞群であると考えられる。

このように、「明るい」の 2つの統語構造で使われているメタファー表現から得ら れた名詞群には、共通する共起パターンが 3 種類認められる。 1つ目は、限定用法 の分類 Ⅰと叙述用法の分類 Ⅰ、分類 Ⅱ に相当する「頻度が高く、多様性のある共起パ ターン」である。このパターンは、ある特定の名詞との結び付きが強いものの、全体 のバリエーションが豊富で、メタファー表現を生みやすいパターンであると言える。

2つ目は、両構造それぞれの分類 Ⅲと分類 Ⅳ に相当する「エントロピーも頻度も極 めて低い共起パターン」である。このパターンは、固定化されておらず、独創的な共 起を許しやすいものであることを示している。また、「頻度も多様性も比較的低い」 3 つ目のパターンは、共起の生産性が低く、固定された組み合わせで使われる傾向があ るものといえる。

3.4.3 「明るい」と共起する名詞の多様性と頻度:限定用法と叙述用法の差

次に、「明るい」の限定・叙述両用法で使われているメタファー表現を対象として、

両用法のいずれでより現れやすいかを検討するために、両用法に共通して現れた名詞

通り、共起の多様性とコロケーションの使用頻度の間には中程度の相関が見られた

( r = .589 , p < .01 ) 。エントロピーが高い、すなわち共起パターンが多様であるから

といって、必ずしもそのコロケーションの使用頻度が高いわけではない。

続いて、表5 に示された45 種類の共起名詞群の頻度対数の差とエントロピーの差

(限定-叙述) を変数とした階層的クラスタ分析の結果について考察する。まず、両

用法の頻度の差とエントロピーの差によるクラスタ分析を行った結果、図 5 の通り のデンドログラムが得られた。

階層クラスタ分析によるグループ化と正準判別分析による最適なクラスタ数の検討 を行った結果、2 ポイントを基準とした7 つのクラスタの正判別率は88.9%であった のに対し、5 ポイントを基準とした4 つのクラスタの正判別率は95.6%であった。し たがって、本分析については4つのクラスタを採用する。

この分類について見ると、まず上部にある 3つのグループの 31 個の名詞群 (「動 物」など、以下クラスタ Ⅳ と呼ぶ) が他の名詞群から区別されている。次に残る 14 個の名詞群には、上部の「学習」「取引」「人称」3つの名詞群 (以下クラスタ Ⅲ と 呼ぶ) が 1つのグループに配属されている。また、「記号」などの 7つの名詞群 (以 下クラスタ Ⅱ と呼ぶ) が「寝食」と「実質」などの名詞群 (以下クラスタ Ⅰ と呼ぶ) と区別されている。

この結果に基づく散布図(図6)は、エントロピーと頻度の両指標が限定・叙述の いずれの用法で値が大きくなるかによって四象限に分けられる。多くの意味分類が 第一象限に配置されていることから、メタファーとして使われる属性形容詞「明る い」は、限定用法が圧倒的に好まれ、共起する名詞も多様である傾向が分かる。

分類Ⅰ

クラスタ I(赤)には、叙述より限定で頻度も共起パターンもとりわけ高くなる共

起名詞の意味分類が含まれる。

(36) …いじめの問題についても、転校を認めるなど対症療法に終始することでな

く、その原因を確かめ、学校が友情をはぐくむ場となるため積極的な明るい 教育環境づくりに努力しなければなりません。…(『国会会議録』 1985)

(36) の場合、「明るい」と「教育環境」が共起し、「元気で生き生きとした教育環

境」というメタファー表現として使われている。さらに、「明るい教育環境」の下に接 尾辞「づくり」が付加され、「元気で生き生きとした教育環境に念を入れて作り上げる

こと」という使い方になっている。今回の調査では、「○○づくり」のような「実質」

を表す名詞は、「明るい」の限定用法でしか得られず、限定用法への強い選好性が見ら れた。その理由としては、限定用法は恒常的な意味合いで物事の性質を表すのに対し、

叙述用法は物事の可変的な状態を表しやすい。「明るい○○づくり」として使われる ときには、既成の物事のあり様ではなく、その事物に「明るい」という性質を添える ことで、新しい仕組みを作り上げていこうとする態度がうかがえる。