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限定用法を用いた「バラ色の」と名詞群の共起パターン

第四章 「色彩」を含む日本語メタファー表現について

4.1 はじめに

4.4.1 限定用法を用いた「バラ色の」と名詞群の共起パターン

「バラ色の」のメタファー表現における共起パターンの特徴を検討するために、得 られた名詞群の出現頻度と共起名詞のエントロピーを算出した。表18 の通り、限定 用法の「バラ色の」と共起する名詞群 13 種類が得られた。これらの名詞群のエント ロピーと出現頻度との相関は有意だった ( r = .944 , p < .01 ) 。「バラ色の」と共起 する名詞の多様性が高いほど、コロケーションの使用頻度も高いことが示されている。

続いて、表18 に示された頻度の対数変換値とエントロピーの2つの変数に基づい て、「バラ色の」の共起名詞の意味分類の中で類似性を見出すための階層クラスタ分 析の結果について考察する。まず、「バラ色の」のような限定的な形式で使われている メタファー表現に現れる 13 種の名詞類のエントロピーと頻度に基づいて階層クラ スタ分析を行った結果、図17 の通りのデンドログラムが得られた。

図 17 が示した通り、5 ポイント (最高値の 25 ポイントも同様である) で、上部 にある 9 種の名詞群 (「地域 (未来都市)」など、以下クラスタ Ⅱ と呼ぶ) が、下部 の 4 種の名詞群(「意向 (夢)」など、以下クラスタ Ⅰ と呼ぶ) から区別され、2 つの グループに大きく分かれた。階層的クラスタ分析で得られた 2 つのクラスタが最適 なクラスタ数であるかを確認するために、出現頻度の対数変換値とエントロピー 2つ の変数を用いて正準判別分析を行った。2 つのクラスタの判別の良さについて交差妥 当化によって検証したところ、正判別率は 100.0% であった。階層的クラスタ分析が 見出した限定用法での「バラ色」と名詞群の共起パターンにおける 2つのクラスタは

これらの名詞群のエントロピー (縦軸) と出現頻度 (対数変換値, 横軸) の散布 図を図 18に示す。楕円は、クラスタ分析の結果に基づいて描いたものである。図 18に含まれているのは、類似する名詞によって構成された名詞群であり、「バラ色 の」と名詞類 13 個の共起パターンが示されている。出現頻度の対数変換値である 横軸が大きければ大きいほど、メタファー表現として多く使われていることを示し ている。また、「バラ色」と共起する名詞が多いであるほど、エントロピーである縦 軸が高くなり、その名詞類のバリエーションが豊富であることを示している。

次に、クラスタ Ⅰ から Ⅱ までの具体例を挙げながら、「バラ色の」を用いたメタ ファー表現の使用実態を考察する。

分類Ⅰ

分類 Ⅰ には、4 種類の名詞群が含まれた。これらは、頻度も共起多様性も比較的 高いパターンである。例えば、名詞群「時間」は、4 種類の名詞を含み、「バラ色

の」と 11 回共起している。このうちもっとも共起頻度が高いのは、名詞「未来」

(8 回) であり、共起率は 72.73% であった。

れた、ある意味とても幸せな時代でもあったのです。… (Yahoo!ブログ 2008) 。

(83) の書き手は、日本の高度経済成長期の真っ只中の頃には、仕事をして給料

が上がって満ち足りた生活になり、順調な将来が疑いなく予期されたことを回顧し ている。このような社会背景においては、「未来」は幸せな未来であった。「未来」

そのものは、物理的な色相を持たない、つまり視覚で捉えられない抽象的な事物で ある。ここでは「バラ色の未来」という表現を通して、「幸せに満ちている未来」

という意味を表している。この分類には、「未来」のような特定の名詞が繰り返し 使われている。

ほかに、(84) のような「バラ色」と「二十一世紀」との共起パターンがある。

(84) …日本の若者よ、君たちが目標にされているのではない。このことの意味 を考えてほしい。なにもしないでバラ色の二十一世紀はやってこない。来る べき二十一世紀にバラ色を期待するなら、ただ願望したり期待したりするだ けでなく、そのための準備として為さねばならぬことを為さねばなるまい。

… (鯨岡兵輔 『84歳!』)

「二十一世紀」は西暦 2001 年から 2100年までの 100年間を指す世紀であり、

未来の一時期を指す。日本の若者が現在を無為に過ごしてしまうと、物事を進める ことができず、幸せな「二十一世紀」を迎えることはできないという意味である。

このように、「希望や幸福に満ちている二十一世紀」が「バラ色の二十一世紀」によ って捉えられる。

以上のように、本分類は、特定の名詞を慣用に使われている一方、全体的に比較 的自由な使い方がなされている。

分類Ⅱ

分類 Ⅱ に含まれる9種類の名詞群は、エントロピーも頻度も極めて低い場合であ る。この分類に含まれているすべての名詞群の出現頻度は1回のみであった。この分 類は、特定の名詞と繰り返し共起する傾向が乏しく、全体的に創造的な使い方がなさ れているものである。

(85) …問題点だけを過度にクローズアップしても、民主党が政権をとったとき、

バラ色の解決策があるわけではない。批判・反対だけで政権をとっても、政 権をとったときに困るだけだ。」「あくまでも問題は政策である。…(Yahoo!ブ ログ 2008)

(85) では、「問題のある事柄うまく運ぶための計画」を意味する「解決策」が、「バ

ラ色」と共起することによって、物理的な色相のないそれ自体は無味乾燥な「解決策」

という語彙に豊かな彩りを添え、「希望や幸せに満ちている」状態に導く手段・方法と いう意味で捉えられる。この用例が示すように、「バラ色」のような色彩語も、我々の 日常生活に深く関わり、創造的な使い方がなされていることが示唆される。