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叙述用法を用いた「バラ色」と名詞群の共起パターン

第四章 「色彩」を含む日本語メタファー表現について

4.1 はじめに

4.4.2 叙述用法を用いた「バラ色」と名詞群の共起パターン

分類Ⅱ

分類 Ⅱ に含まれる9種類の名詞群は、エントロピーも頻度も極めて低い場合であ る。この分類に含まれているすべての名詞群の出現頻度は1回のみであった。この分 類は、特定の名詞と繰り返し共起する傾向が乏しく、全体的に創造的な使い方がなさ れているものである。

(85) …問題点だけを過度にクローズアップしても、民主党が政権をとったとき、

バラ色の解決策があるわけではない。批判・反対だけで政権をとっても、政 権をとったときに困るだけだ。」「あくまでも問題は政策である。…(Yahoo!ブ ログ 2008)

(85) では、「問題のある事柄うまく運ぶための計画」を意味する「解決策」が、「バ

ラ色」と共起することによって、物理的な色相のないそれ自体は無味乾燥な「解決策」

という語彙に豊かな彩りを添え、「希望や幸せに満ちている」状態に導く手段・方法と いう意味で捉えられる。この用例が示すように、「バラ色」のような色彩語も、我々の 日常生活に深く関わり、創造的な使い方がなされていることが示唆される。

25 ポイントを基準とすると、上部の 8 個の名詞群 (「論理(こと)」など、以下クラ スタ Ⅱと呼ぶ) が、下部の 3 個の名詞群 (「集団 (世界)」など、以下クラスタⅠ と呼ぶ) の2つのグループに分かれた。このクラスタの妥当性について正準判別分析 によって検討したところ、2つのクラスタに分けたときの正判別率は100.0% であり 正確な分類であることが示された。

上記の結果に基づいて、叙述用法での「バラ色」と共起する名詞群の出現頻度とエ ントロピーによる散布図を図 20 のように描いた。楕円は、クラスタ分析の結果に基 づいて描いたものである。

図 20 には、「バラ色」と名詞類 11 種類の共起パターンが示されている。横軸が 大きいほど、メタファー表現として多く使われていることを示している。縦軸が高 いほど、叙述用法での「バラ色」と共起する名詞のバリエーションが豊富であるこ とを示している。

次に、クラスタ Ⅰ とクラスタ Ⅱ での具体例を確認しながら、叙述用法での「バ ラ色」を用いたメタファー表現の使用実態を考察する。

分類Ⅰ

分類 Ⅰ には、共起多様性も頻度も比較的高い 4 種類の名詞群が含まれている。例 えば「時間」の名詞群は、 2 種類の名詞が含まれ、「バラ色」と 5 回共起している。

(86) …日本については、「平均寿命の延びが著しい、とりわけ女性の延びが著し

い」のである。(中略) 定年以後に深刻な問題があるとすれば、女性のほうが より深刻な問題に直面することになろうし、定年以後がバラ色だとすれば、

女性のほうがより大きなバラに囲まれることになろうことを意味する。…(岡 沢憲芙 『定年後』)

(86) では、「平均寿命の延びが著しい」女性にとっては、定年以降に「深刻な問題」

がなければ、老後に不安や心配なく楽しく活気ある暮らしを送ることができるという。

このような状態は「希望に満ちている状態」であり、「バラ色」と捉えられる。物理的 な色彩を持たない「定年以後」という抽象的な時間概念が、彩り豊かで輝かしい意味 を持つ「バラ色」と共起することによって、視覚的に捉えられる。このように、本分 類は、全体的に多様な共起パターンで頻繁に使われる組み合わせを含んでいる。

分類Ⅱ

分類 Ⅱ には、 7 種類の名詞群が含まれた。この分類は、ほとんどの名詞群と「バ

ラ色」との共起頻度は 1 回ずつしかなく、全体的には、共起多様性も頻度も極めて 低い共起パターンを見せるものである。

(87) …#新田# 二週間前かな、箱根に行ってきましたよ、箱根。#鏡# 何しに?

#新田# 新婚旅行で。#鏡# あッ、新婚旅行に行ってなかった!# それがダ

メ、それで結婚がバラ色じゃないんですよ… (南伸坊ら (著) 『シンボー ズ・オフィスへようこそ!』)

(87) では、新婚旅行は、新婚夫婦二人だけの時間を満喫できるチャンスであり、

ロマンチックで幸せな旅である。このような幸せに満ちた状態が「バラ色」と捉えら れる。その旅行をしないことで新婚の夫婦にとっては一つの幸せな思い出がなくなっ てしまい、「結婚がバラ色ではない」ことになる。この分類は、共起パターンが固定化 されておらず、その頻度も高くない非生産的な名詞群であると考えられる。

ここまで見たように、「バラ色」の 2つの統語構造で使われているメタファー表現 から得られた名詞群の共起パターンには、叙述と限定の両方に共通した傾向が認めら れる。まず、両用法のクラスタ Ⅰ に相当する「頻度も共起多様性も比較的高い共起パ ターン」である。このパターンは、ある特定の名詞との結び付きが強く、繰り返し共 起する一方、バリエーションもやや豊富で、メタファー表現を比較的生みやすいパタ ーンであると言える。また、両用法のクラスタ Ⅱに相当する「エントロピーも頻度も 極めて低い共起パターン」である。このパターンは、固定化されておらず、非生産的 で独創的な共起を許しやすいものであることを示している。

4.4.3 「バラ色」と共起する名詞の多様性と頻度:限定用法と叙述用法の差

本節では、第 3 章と同様の手続きで、「バラ色」の限定・叙述両用法に共通して現 れた名詞群 5種類を抽出し、それらの頻度対数の差とエントロピーの差を算出し、階

ロピーと出現頻度との間には有意な相関が認められなかった。

続いて、表20 に示された5 種類の共起名詞群の頻度対数の差とエントロピーの差 を変数とした階層的クラスタ分析を行った。得られたデンドログラムは、図 21 の通 りである。

具体的には、まず下部にある「集団」(以下クラスタ Ⅲ と呼ぶ) が他の名詞群から 区別された。次に残る 4 個の名詞群は、上部にある「時間」「暦日」 2個の名詞群群

(以下クラスタ Ⅰ と呼ぶ) が 1つのグループに配属され、中間部の「思考」と「寝食」

の名詞群 (以下クラスタ Ⅱ と呼ぶ) が1つのグループになった。正準判別分析によ って最適なクラスタ数の検討を行った結果、5 ポイントで 3 つのクラスタに分かれ たときの正判別率が100% であった。上記の結果に基づいて得られた散布図は、図22 の通りである。エントロピーも出現頻度もより差の大きい共起パターンが第一象限に 配置されている。ここから、メタファーとして使われる「バラ色」は、叙述用法より も限定用法がより好まれ、共起する名詞も比較的多様である傾向を認めることができ る。

次に、クラスタ Ⅰ から Ⅲ までの具体例を挙げながら、両用法での「バラ色」を用 いたメタファー表現の使い方を考察する。

分類Ⅰ

クラスタ I(赤)には、叙述用法より限定用法において、頻度も共起パターンも比

較的高い共起名詞の意味分類が含まれた。例えば限定用法としては、「バラ色」が「時 間」の名詞群の 4 種類と 11 回共起している。そのうち名詞「未来」との共起が最 も多く、共起率が 72.73% (8回) である。その他、(88) のように、「毎日の生き方が 積極的な」人は子育てから解放され、年を取ってからの老後生活へのあこがれを胸い っぱいに抱き、老後には自由になった時間を思う存分楽しむことを積極的に想像する。

年を取ってからも充実した生活を過ごすのは人生最高の幸せであり、このような幸せ に満ちている老後が「バラ色の老後」と表現される。

(88) …毎日の生き方が積極的な人は、結局積極的に老いの生き方をつくってい

く。(中略) 今は子どもが幼くてなんにもできない、やがて老後にこそしたい ことをしよう、なんてバラ色の老後の夢を描く人がいる。…(樋口恵子『私の 老い構え』)

一方、叙述用法では、「バラ色」が 2 種類の名詞群と 5 回共起している。そのう ち、共起頻度が最も多いのも名詞「未来」であり、共起率が 80.0% (4回) である。

(89) …それまでは「いくら競争社会に入ったといっても、交通市場が拡大し続け

るかぎり、このまま国鉄がだめになることはない」と楽観する職員が大多数 であったのだが、高度経済成長に翳りが見えるようになってくると、「未来は われわれが思っていたようなバラ色ではなさそうだ」という不安感が職員の

間に少しずつ拡がり始めるようになっていった。…(松田昌士『なせばなる民 営化JR東日本』)

(89) では、「高度経済成長に翳りが見える」と、低経済成長に移行することになり、

「国鉄で勤めた」職員であってもそれから先の情勢は楽観を許されず、未来に対して 不安や心配を発することになる。未来は思っていたような希望に満ちている状態では なくなると、「バラ色ではなさそうだ」と捉えられる。「バラ色」の「希望に満ちてい る状態」というメタファー的意味が叙述用法で使用され、「未来」という色相のない抽 象的な概念の一時的な性質を表している。

この分類は、限定用法への選好性が認められ、ある特定の名詞と繰り返し共起する 傾向がある一方、全体的には共起パターンが固定化されておらず、比較的生産性のあ る名詞群であると考えられる。

分類Ⅱ

クラスタ Ⅱ(緑)は、限定・叙述両用法の間に頻度や共起の多様性に大きな差がな いものであるが、中には、「寝食」の名詞群に含まれる「バラ色の人生」のようなメタ ファー表現のように、固定されたパターンで繰り返し使われるものがある。「バラ色」

は、名詞「人生」がそうあるべき恒常的な性質、いわゆる「輝かしく」「希望に満ちて いる状態」という性質を表し、対比的・カテゴリー的なニュアンスを付加している。

分類Ⅲ

第一象限とは逆に、第三象限に含まれている名詞群は、叙述用法のほうが頻度も共 起多様性もやや高いものである。今回の調査では、名詞群「集団」のみがこの傾向を 示している。