• 検索結果がありません。

総合的な学習における福祉教育のカリキュラム開発

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "総合的な学習における福祉教育のカリキュラム開発"

Copied!
242
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)総合的な学習における福祉教育のカリキュラム開発 学校教育専攻 教育方法コース. 長 友 義 彦. 本論は,総合的な学習におけるカリキュラム 開発の視点を明らかにし,福祉教育の構造化, および地域一学校の連携を基礎にしたカリキュ ラム開発の可能性を検証していくことを目的と する.. 平成14年度から小学校において本格実施され る総合的な学習は,カリキュラム開発が学校に 任されているために現場ではさまざまな問題が 生じている.これら総合的な学習が抱える実践 上の問題は,教育目標の明確化,それに基づく 内容の構造化および学習の方法論の見直しによ り解消できるものが多いと考える.そこで本研 究では,総合的な学習の理想的な在り方をJ. デューイ(J.Dewey)の理論に求め,そこから カリキュラム開発の視点を明らかにした.そし て,この視点から福祉を題材とした総合的な学 習の先行実践を分析したところ,学習内容の構 造化の問題,地域のとらえ方にかかわる問題が 見出された.これらの問題を解決するために, 総合的な学習における福祉教育の学習モデルを 提案する.そして自らの実践をふまえて,福祉 教育の構造化および地域一学校の連携を基礎に したカリキュラム開発の可能性に論及する.. 第1章では,総合的な学習のカリキュラム基 底と問題点について論じた.. 総合的な学習は,中央教育審議会や教育課程 審議会答申,および学習指導要領を分析すると,. 経験カリキュラムのタイプであるといえる.こ の経験カリキュラムを支える理論としてデュー イの思想,とりわけ次の点が着目されるとした.. ・人と人との社会的相互作用を基盤とし,経験 の再構成による民主的共同体の構築(維持・ 発展・改造). ・体験と認識の相互作用によって構成された経 験の再構成を促す知的な追究活動 ・人と人,および社会と学校との相互作用 これらをもとに,総合的な学習のカリキュラ. ム開発の視点として「社会性」 「総合性」 「個. 人性」 「地域性」が明らかとなった.これらの. 視点を通して移行期に行われている総合的な学 習の実践を分析すると,体験と知的な学習との 相互作用や他教科との関連を意味する「総合性」 の視点が十分でないこと,つまり活動を主体と する学習は展開されているのであるが,その活 動を知的に再構成することが軽視されていると いう点が問題であると思われる.. 第2章では,社会教育を中心に行われている 福祉教育と学校教育とのかかわりを考察し,目 標を明確化した.福祉教育の目標を ・福祉に対する関心と理解を深めること ・福祉の心を育てること. ・福祉の実践意欲を向上させる態度を身につけ させること におくと,福祉教育は学校教育と融合して行わ れる部分(福祉の心を育てること,すなわち思 いやりを主体とした人間関係の構築や支え合い 助け合う心情の育成)と学校教育に付加して行 われる部分(福祉に対する関心と理解を深める こと)があることが分かった.総合的な学習で は,学校教育に付加する部分を担うことが期待 される.しかし福祉を題材にした総合的な学習 の先行実践を分析すると,福祉にかかわる関心 や理解を深めることが,障害者や高齢者との交 流体験のみで展開されている.このような学習 では,福祉に対する概念, 「自立と連帯」に結 びついてはいかないのではないかと思われる. このように交流や訪問といった活動が主体とな り,福祉に関する知的な理解に関する学習が軽 視されるのは,認知的な学習内容が整理されて いないことやこの学習における地域を校区内の 福祉施設というとらえ方がされていることに原 因があると思われる.これらは「総合性」と「地 域性」にかかわる問題である.. 第3章では,福祉に関する認知的な学習内容.

(2) をWHGが提唱する障害や老化,病気を包括的 にとらえるモデルを参考に構成する.そこから 「障害による能力低下についての理解」 「能力. 低下に伴う行動制約の理解」 「行動制約に伴う. 社会参加制約の理解」という3つの学習内容を 設定した.またブルーム(B.S. Bloom)らの情. 意的領域の教育目標分類(taxonomy)から,情 意的側面の段階を設定した.認知と情意とのか かわりから3つの学習段階を設定した.さらに, これらの学習と地域との関連を,施設,設備の ハード面ばかりでなく,人材との連携というソ フト面でもとらえた.これらと認知面,情意面 とのかかわりを示した学習モデルを提案する. 情意的領域 実跳的態度 讐. 叢 努. 倉 家. 認知的領城. 地域の参. 能力低下. 活動制約. 参加制約. 画に る目. 標の 有. 地域の地理的条件,施設,設備. 認知面において変容の見られる児童は,実際 の体験や新たな知識を得たことなどの相互作用 から認知的不均衡を引き起こしており,認識を 新たにしている.さらに他者の視点から思考す るという特徴がみられた.情意面で変容してい る児童も,他者の立場から物事を見るという視 点の移動があったことが確認された.体験ばか りでなく,体験したことを知的に再構成したり,. これまでもっていた知識を体験によって感得し たりする学習が展開されたと予想される.. 第5章では,福祉教育の内容構成,地域との 連携,本年度(平成13年度)のカリキュラム開 発の3点から今後の課題を論じている. まず福祉教育の内容構成であるが, 「障害に よる能力低下についての理解」 「能力低下に伴 う行動制約の理解」 「行動制約に伴う社会参加. 制約の理解」を単線的・階層的ではなく,複線 的・関連的なものとしてとらえると,目に見え る障害ばかりでなく目に見えない障害や障害者 の行動や参加を抑制する背景要因についても学 習することができるのではないかと思われる. また地域との連携であるが,このようなカリ キュラム開発は,単年度で終わるのでなく何年 も継続することが大切であると考える.カリ キュラム開発のどの場面で地域と連携できるか を,さらに探っていきたいと考える.. このモデルをふまえ,市や校区の社会福祉協 議会と共同でカリキュラムを開発することに よって,児童が専門性をもった地域の大人から 福祉に関する専門的な知識や技術や地域の人の 思いを学習することができると考えた.. そこで,小学校5年生における総合的な学習 として「ともに生きる新川∼新川小からの発信 ∼」という単元の開発・実践を行った.この単 元は,市や校区の社会福祉協議会員と児童とが 一緒に車椅子・ブラインドウォーク体験を校外 で行うことから学習がスタートし,調べ学習を 経て,最後に地域に向かって学習の成果を発表 するという流れで展開した.. 第4章では,この学習での児童の変容をアン ケート調査と児童が記述した感想等を手がかり として分析を行った.分析は認知的側面と情緒 的側面の変容を中心として行い,4つのカリ キュラム開発の視点から,カリキュラム評価を 行った.. 勤務校では,本年度(平成13年度)も引き続 き,福祉に関する総合的な学習を5年生対象に 行うことになった.本年度は,学習過程の中間 に全員で参加する施設訪問を社会福祉協議会と 一緒に実施する.昨年度の実践では少なかった 高齢者や障害者との交流を知的な学習と結びつ けながら,意図的に取り込む単元の展開を予定 している.. 最後に,総合的な学習のカリキュラム開発の 視点をもつことは,福祉に限らずどの題材にお いても必要なことである.そして視点をもっこ とで,知的な学習の成果をあげることができた.. さらに地域との連携も深められる総合学習を開 発していく可能性が確認できた.しかし,提案 した4つの視点はまだまだ荒く,これからさら に実践を積み上げ,それらを通して精緻化して 行く必要がある.. 主任指導教官 正 司 和 彦. 指導教官 金丸晃二.

(3) 平成13年度. 学位論文. 総合的な学習における福祉教育のカリキュラム開発. 兵庫教育大学大学院学校教育研究科. 学校教育専攻 教育方法コース.

(4) 目 次. 次. 目. はじめに. ・・・・・・…. @。。・・・・・・・・・・・・… 。・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・… 。・・・・・・… の… 1. 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点…・……4 第1節学習指導要領にみる「総合的な学習の時間」・………・・……・………5 (1)総合的な学習のねらい・………・………… ……………・…・・…5 (2)総合的な学習の内容…・・……・・……・…・…・・……・・…・・……・6 (3)総合的な学習の方法・・・… ……・・…・・…・・……・・…………・…・8. (4)総合的な学習の評価…・・…・・………… ……・…………・…’’”9 第2節経験カリキュラムを支える理論σ.デューイの理論をもとに)……………10. (1)デューイにおける教育の目的・・………・…………・……・………12 (2)デューイにおける教育の過程………・・……・…・……………・…13 (3)デューイにおける経験の意味………・・… ……・…・…………・…18 (4)デューイにおける教師の役割…・・…・・・……・・………・・……・・…21. (5)デューイにおける学校の役割・……・・…・・……・…・……・………22. 第3節デューイの思想が総合的な学習に与える示唆…………・・……・…・25 (1)シカゴ大学付属小学校における実践・・…・・…… ……・・…・・………25. (2)総合的な学習のカリキュラム開発の視点…・・……………・………・・27 (3)総合的な学習の時間におけるカリキュラム上の問題点・・……・……・…・・33. 第2章学校教育における福祉教育の現状…………・…・…・・……35 第1節福祉観の変化・……・…………・・………………・・……….’●35 第2節福祉教育の概念規定…・・………・…………・…・・…………・・37. 第3節福祉教育の学校教育への位置づけ・…・……………・………・…40 第4節総合的な学習と福祉教育・…・…・……・・…・……・………・……43. 第5節学校教育における福祉教育の分析と課題………………………・・47 (1)神奈川西横浜市立日枝小学校の実践・・…・・…… …・・・・… …・・……48. (2)福岡県北九州市立祝町小学校の実践・・…・・…・……・…… ……・…51 (3)先行実践から見る課題・…………・・……・・…・・……・……・・・…55. i.

(5) 目 次. 第3章総合的な学習の単元構想と授業の実際・………………・…57 第1節福祉教育の内容構成モデル・………・・…・………・・……・…・…57 (1)障害を理解する知識内容の構成. ・・・… ……………… ………・…57. (2)障害を理解する情意領域の段階 … ……… ……・… …・…・……・59. (3)障害を理解する学習モデル・……・・…………・…・・……………61. 第2節総合的な学習の時間「学びの時間」の単元構想……・・……………63 (1)新川小学校児童の福祉に対する実態… ……・…・・…・・……・… …・63. (2)「ともに生きる新川∼新川小からの発信」の単元開発の視点………・……65 (3)単元の目標・… …・・…・・…・…… …・…………・・… …・…・…70 (4)単元の展開…… ……・・……… ……・・………・・…・・・・・・・・…71. (5)単元の指導…… ……・……・・… …・…・・……… …・………・72. (6)単元の評価・…・…………・….・._____....__.__73. 第3節授業の展開 …・……・………・………・…・・…………・……74 (1)第一次第1∼3時(体験活動)………………・・…・……………・74 (2)第二次第1∼3時(課題設定1)………………・……・………・…76. (3)第三次第1時(課題設定H)………………・…・……………・…82 (4)第四次第1∼4時(調べ学習)………………… ………………・85 (5)第四次第5∼6時(調べ学習)……・……・・…・……・・…・……・…88. (6)第五次第1∼3時(発表会)………………・…・…………・…・・…91 (7)第五次第4∼5時(まとめ・ふりかえり)……………… ……………・92 (8)学習を連続的にするための体験学習の設定・……・…………・・・……93. 第4章「ともに生きる親1ト新川小からの発信」の授業扮析…………・………砺 第1節質問紙による授業分析…・…………・……………………・…・…………95 (1)質問紙(アンケート)の作成……………・・……………・・…・…・………・…95. (2)アンケートの処理について・…・……………・…・・……………・…………98 (3)アンケート結果 ……………・…・………・・…・……・…・・………………gg. 第2節認知的領域についての分析と考察一……………・・……・……・…・・…103 (1)認知的領域における児童の変容と学習活動・……………………………・103 (2)認知的領域の階層性 ・・………………・………・…・……・……・……・・117. ii.

(6) 目次 第3節情意領域の分析と考察……………・・…・…………・……・・……………121 (1)アンケートによる変容の分析 ………・………・・…・…・…………・…・・…123. (2)情意評価基準による評価…・…・…………・・………………・・…………127. 第4節カリキュラム開発の視点からの考察………………・・…・………・………138 (1)総合性の視点 ・………………・・……・………・…・・…………・……・・138. (2)社会性の視点………………………………・…・・…・……………・・…138 (3)個人性の視点・・………………・………・・………・……………………140 (4)地域性の視点・…・……………・……・………・…・…………・・……・…141. 第5章今後の課題…・…………………………・……・……….....・.....・..・.・幽. 第1節福祉教育の内容構成………・…・……・……・…………・・…・………・…1娼 第2節地域との連携・……………・…・………・…・……・……・…………・……151. 第3節本年度のカリキュラム開発・………………・・………・……………・…153. おわりに. ..●...。・.・●●・・●●●●・・●●・・●・.。。・。・。。・●・… @. ●156. 引用文献・参考文献一覧. 巻末資料. iii.

(7) はじめに. はじめに. 「総合的な学習の時間」(以下,総合的な学習)が2年間の移行期間を経. ていよいよ平成14年度より本格実施される.この総合的な学習では,ねら いは学習指導要領に示されているものの,内容については,国際理解,情 報,環境,福祉・健康をはじめ例示されてはいるが,具体的な内容につい ては各学校の創意工夫に任されている.例示されているような現代的な問 題にかかわる学習ついては,これまでにも教科学習を発展させたり,特別 活動の時間を充てたりカリキュラムを工夫することによって時間を生み出 し,取り組んできた学校も多い.それが今回「総合的な学習の時間」の創 設により,このような学習を思う存分に展開できる機会を得ることができ,. 従来よりもさらに一歩踏み込んだ学習の展開が期待されるのである.その ためには,この時間についてのしっかりとしたカリキュラムが必要となる のだが,学校において本格的にカリキュラム開発がなされることがほとん ど経験されなかったことであるために,その開発をめぐり,様々な問題や 混乱が生じている.これまで教師の力量は,いかに教えたら子どもがよく 理解できるかという教育技術に求められてきたが,今後はカリキュラムを 開発する力もそのひとつとして考えられるようになると思われる.. ところで,総合的な学習の先行実践には,カリキュラム開発上の多くの 問題が存在すると思われる.たとえば,教育目標が曖昧であったり,学習 内容が十分に構造化されていなかったりする.また子どもの興味・関心を 偏重するあまり,教師の指導性が有効に発揮されていないという問題もあ げられる.さらに,目標が曖昧であることから評価も曖昧にならざるを得 ない.このようなカリキュラムで展開される総合的な学習は,いったいど んな力を子どもたちにつけようとしているのか,どんな力が子どもたちに. 1.

(8) はじめに ついているのかが明確でないため,「活動あって学習なし」と椰楡されてし まうのである.. 平成14年度から実施される新教育課程は,教科学習の内容や時間を削減 し,その時間を総合的な学習の時間に充てている。このような削減に対し てすでに「学力低下」の危機が叫ばれている.おりしも『分数ができない 大学生一21世紀の日本が危ない』(岡部恒治ら編,東洋経済新報社,1999 年)がベストセラーとなり,「子どもの学力が低下する」という風評に拍車. をかけている.このような状況で「活動あって学習なし」の総合的な学習 を展開すると,教科学習の削減により誕生した総合的な学習に対して,今 後批判が高まるのを避けることができない.. 筆者は,多くの先行実践に見られる総合的な学習が抱えている問題は,. カリキュラム開発の問題ととらえている.学校現場では,カリキュラム開 発のための手がかりがほとんどなく,手探りの中での実践を展開している 学校が多いからである.そこで本研究では,学校を基礎としたカリキュラ ム開発の手がかりを探るために,カリキュラム開発の視点を理論的,実践 的に論究していきたい.. そこで,まずは「総合的な学習の時間」をデューイ(」.Dewey)の進歩. 主義を背景とした教育理論に基づいて構成していく.デューイの教育理論 は広範にわたるのであるが,ここでは, ・ 人と人との社会的相互作用を基盤とし,経験の再構成による民主的共同. 体の構築(維持・発展・改造) ・ 体験と認識の相互作用によって構成された経験の再構成を促す学習活動 ・ 社会と学校との相互作用. というデューイの思想を中心とする.そしてこの理論から総合的な学習の 理想的なあり方を求め,カリキュラム開発の視点を明らかにしていく.. 2.

(9) はじめに. 実践的な研究では,カリキュラム開発の問題が顕著に現われていると思 われる福祉に関する総合的な学習を対象とする.福祉に関する総合的な学 習では,福祉施設の訪問や養護学校との交流などの体験活動を取り入れる 実践が多く見られるのであるが,福祉に対する認知(知的な理解)を合わせ. て取り入れている実践はほとんど見られない.そこで,学校教育における 福祉教育をどのように位置づけるか,さらに,総合的な学習に期待される 福祉教育とは何かを明らかにしていきたい.. そして,カリキュラム開発の視点を踏まえ,実際に福祉教育のカリキュ ラム開発を行い検証する.一連の学習の中で子どもたちが何を学んだのか を検討していくことで,福祉教育の学習内容の構造化と系統化の可能性,. さらに地域とともに開発する「地域一学校の連携を基礎にしたカリキュラ ム開発」の可能性を論及していきたい.. 3.

(10) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュ.ラム基底と問題点. 「総合的な学習の時間」(以下,総合的な学習)では,ねらいと方法に. ついては学習指導要領に示されているのだが,目標や内容については,. 学校が独自に開発していかねばならない.しかし,この点が大きな問題 となっているのである.高階は大学附属小・中学校や文部省の研究開発. 校を対象として「新教育課程への教師の意識変化に関する調査」(2000 年7月)を行った.その中の「総合的な学習の時間を実施してみて,ど のような問題を感じているか」という質問項目では,「カリキュラムを構 成するのが難しい」に対して「そうおもう」「かなりそうおもう」と答え. た教師が小学校では75%,中学校では67%にのぼり,最も多かったこ とを報告している1.. また,奈須は移行期におけるカリキュラム開発についての「大きな誤 解」として次のように指摘している.. 「教育である以上,当然何らかの目標があり内容があるのであって,さ らにそれを目の前の子どもに照らして効果的に実現しうる活動を計画的, 組織的に構想し,実現していくのである.『何でもあり』だからといって,. この教育づくり,カリキュラムづくりの原則まで吹き飛ばしてしまって はならない」2. このようにカリキュラム開発にかかわる問題が,学校現場において 様々な混乱を引き起こしているといえるだろう.この原因としては,教 師自身がカリキュラム開発に対しての経験がほとんどないということや. 1高階怜治著『総合的学習を総点検する』明治図書,2001年,62−65頁 2奈須正裕「“何でもあり”の混乱をどう方向づけるか」『総合的な学習を創るNα127』明治図. 書,2001年2月号,49頁. 4.

(11) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 先ずはともあれ実践という風潮が現場にはあることがあげられる.. このような総合的な学習についての混乱を方向づけるためには,総合 的な学習における理論的な背景を明確にし,その上でカリキュラム開発 の基本的な視点を明確にしておくことが必要であると考える.. そこで本章では,まず学習指導要領3を中心とし,第15期中央教育審 議会4,教育課程審議会5の答申を踏まえて,総合的な学習の性格を明ら かにする.次に,総合的な学習を支える理論を明確にしたい.そして, これらの考察をもとにカリキュラム開発の視点を提案したいと考える.. 第1節 学習指導要領にみる「総合的な学習の時間」. 総合的な学習について学習指導要領を中心としてねらい,内容,方法, 評価について整理してみたい.. (1)総合的な学習のねらい. まずねらいであるが,学習指導要領では ・自ら課題を見つけ,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりょく問題を解決す る資質や能力を育てること.. ・学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的. 3文部省「小学校学習指導要領(平成10年12,月)」 4第15期中央教育審議会「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次 答申)」1996年. 5教育課程審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学 校の教育課程の基準の改善について(審議のまとめ)」1998年. 5.

(12) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と間題点. に取り組む態度を育て,自己の生き方を考えることができるようにすること. とある。これは明らかに学習の仕方や学習に向かう態度に重点がおかれ,. 子どもの主体性に支えられた学習が求められていることを示していると ともに,これまでの効率的な知識の獲得をめざす教育の反省でもあると いえる.また,このねらいは,現在の様々な面での急速な社会の変化,. および今後予想される一層変化の激しい社会において,子どもが身につ けておかねばならない資質を生涯学習の立場から明らかにしたものであ. るといえる.そして,このような資質や能力,態度を小学3年生から高. 校3年生までの9年間の学習において身につけていくとしているのであ る.したがって,ここに示されているのは,長いスパンでの方向目標で あるといえる.つまり,各学年にかかわる具体的な目標については,そ れぞれの校種,学年で設定されることとなるのである.この点は,各校 での総合的な学習の積み上げによる経験的な設定にならざるを得ない.. (2)総合的な学習の内容. つぎに,内容である.内容については, ・各学校においては,2に示すねらいを踏まえ,例えば国際理解,情報,環境,福 祉・健康などの横断的・総合的な課題,児童の興味・関心に基づく課題,地域や 学校の特色に応じた課題などについて,学校の実態に応じた学習活動を行うもの とする. として,基本的には学校独自の選択に任せられているといえる.このこ. とが奈須のいう「何でもあり」の状況を引き起こしている大きな原因で あると思われる.学校独自の選択ということは,この総合的な学習で行 われる学習内容が,総合的な学習の「ねらい」にそった学習内容である かどうかを学校独自で判断するということである.つまり,これからの 6.

(13) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 未来を生きていく子どもたちに,育てなくてはならない資質や態度の形 成に寄与できるような,価値ある学習であるかどうかを学校が判断しな. ければならないのである.第15期中央教育審議会の第一次答申6を踏ま えると,例示されている「国際理解」「情報」「環境」「福祉・健康」など. の課題は,適した学習内容であるといえる.「児童の興味・関心に基づく. 課題」や「地域や学校の特色に応じた課題」などについても,同様の視 点から判断し価値ある学習内容を選択しなければならないと考える.し. たがって教師ばかりでなく,子どもや保護者,そして地域の声も取り入 れ,総合的に判断されるものであり,一教師の思い込みによる学習であっ てはならないのである.. また,方法にも関連することであるが,総合的な学習が「横断的・総 合的な」教育活動となるためには,教科や領域との結びつきも視野に入 れておかねばならない.学習指導要領において,たびたび強調される「生 きて働く力」とは,教科や道徳,特別活動,そして総合的な学習が相補的 に関連しあうことによって 発揮される「知の総合化」で. 教 科 もある.したがって総合的. 道. 徳. な学習の内容を構成するに は,これらの学習との関連. が考慮されなければならな. 特別活動. いと考えるのである.(図1) 図1総合的な学習の時間の内容的な関連. 6第15期中央教育審議会「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次 答申)」1996年. 7.

(14) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. (3)総合的な学習の方法. 次に方法である.学習指導要領では ・総合的な学習の時間においては,各学校は,地域や学校,児童の実態等に応じ て,横断的・総合的な学習や児童の興味・関心等に基づく学習など創意工夫を 生かした教育活動を行うものとする.. とある.児童の主体性の重視,個性の重視した学習活動が想定される. 具体的な方法として,以下のような具体例を示している. ・自然体験やボランティア活動などの社会体験,観察・実験,見学や調査,発表や. 討論,ものづくりや生産活動など体験的な学習,問題解決的な学習を積極的に 取り入れること.. ・グループ学習や異年齢集団による学習などの多様な学習形態,地域の人々の協 力も得つつ全教師が一体となって指導に当たるなどの指導体制,地域の教材や 学習環境の積極的な活用などについて工夫すること.. ・国際理解に関する学習の一環としての外国語会話等を行うときは,学校の実態等 に応じ,児童が外国語に触れたり,外国の生活や文化などに慣れ親しんだりするな ど小学校段階にふさわしい体験的な学習が行われるようにすること.. をあげている.これらは体験的,直接的な学習が想定されている.これ までの学習が,記号による間接的な学習であることの反省に立っている といえる.. さらに学習形態もこれまでの座学を中心とする画一的な一斉指導から,. 個別であったり,小グループであったりと学習に応じて柔軟に様々な指 導形態をとるようにするとともに,学校に閉じこもる学習から学校外へ 学習の場を広げることを示している.. これらは,「一方的な詰め込みによる教育」の反省に立ち,「子どもの. 主体性を育てる教育」のための学習が期待されているといえる. 8.

(15) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. (4)総合的な学習の評価. 最後に評価である.総合的な学習の評価については,教育課程審議会 答申7に次のように示されている. (オ)「総合的な学習の時間」の評価については,この時間の趣旨,ねらい等の特質 が生かされるよう,教科のように試験の成績によって数値的に評価することはせず,. 活動や学習の過程,報告書や作品,発表や討論などに見られる学習の状況や成 果などについて,児童生徒のよい点,学習に対する意欲や態度,進歩の状況などを 踏まえて適切に評価することとし,例えば指導要録の記載においては,評定は行わ ず,所見等を記述することが適当であると考える.. これは,総合的な学習のねらいが子どもの学習の仕方や態度,意欲と いった面に置かれていることから,評価は学習活動のよさ,進歩の状況 を評価し,適宜子どもにフィードバックする必要がある.つまり形成的. 評価の重視であり,この評価活動を行うことで,子どもの学習に対する 意欲,態度の向上を目指す必要があると思われる.. このことは,教育課程審議会「児童生徒の学習と教育課程の実施状況 の評価のあり方について(答申)」8における評価に対する基本的な考え. 方に,自ら学び考える力,個人の進捗状況の評価,指導と評価あ一体化 があげられていることからもうかがわれる.そして,このような評価を 行うためには,評価のための枠組みが必要となる.評価の枠組みとは,. 当然目標に照らし合わせるものであるから,この目標は方向目標ではな く,具体的な達成目標として示されなければならない.. 7教育課程審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学 校の教育課程の基準の改善について(審議のまとめ)」1998年 8教育課程審議会「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価のあり方について(答 申)」2000年. 9.

(16) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 以上のことから,総合的な学習はこれまでの教科中心の学習とは異な り,体験的,直接的な学習や児童の関心や意欲,態度を大切にする子ど もを主体としたカリキュラムであるといえる.教科中心のカリキュラム. では,文化および文化財の伝達,習得そして創造の力をつけることを目 的とし,そのために教科内容を効果的・効率的に児童に学ばせるという. 立場であった.つまり,学習する内容やその内容の伝達に重点がおかれ ていたといえる.したがってそこでの子どもは,知識を受け入れる受動 的な存在として考えられている。しかし子どもを主体とする総合的な学 習では,子どもは知識を獲得していく能動的な存在と見ているといえる.. このような児童観は,すでに平成元年度版の学習指導要領にも提言され ていたことであるが,新しい学習指導要領では,さらにこの点を強調し たものであるといえる.. 学習者の子どもを中心として構成されるカリキュラムは,いわゆる「経. 験カリキュラム」といわれる.つまり,総合的な学習は従来の教科とは 違ったカリキュラムの構成原理をもつのである. 次節では,経験カリキュラムについて考察していく.. 第2節経験カリキュラムを支える理論(J.デューイの理論をもとに). 総合的な学習が経験カリキュラムの性格をもつものであることは前述 した.さて,経験カリキュラムの思想をさかのぼれば,ルソー(J.J. Rousseau)やペスタロッチー(J.H. Pestalozzi)に求めることができる. が,近代教育成立以降では,19世紀初頭における新教育運動の理論が有. 10.

(17) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 力な論拠となっている.その理論的根拠を与えたのがデューイ(J. Dewey)である.. デューイは,r学校と社会』(1899年)の中で,当時行われていた学校. 教育に対して,生活と知識の乖離,受動的な学習態度という問題を指摘 している.おもしろいことに,第15期中央教育審議会の第一次答申9に おいても,これと同様なことが指摘されている.もちろんデューイの指 摘は19世紀末のものであるので,社会情勢としては現代と大きく違う.. しかしながら,当時は産業革命によって社会構造が急激に変化した時期 であり,人々の生活様式が激変するという点では現代社会と類似してい るといえる.激しく変化する社会では,最新の知識や技術でも,すぐに 陳腐化してしまうのである.そこでは,多くの知識をもつ教育も必要で あるが,それ以上に変化していく社会に学習者が対応できる教育が求め られるのである.デューイは,それまでの教育のように知識を伝授する. だけでは不十分であり,自ら知識を獲得するという教育こそ重視される べきとしたのである.このような考えは,中央教育審議会の答申10や教 育課程審議会の答申11にも共通して見られることである.. デューイの理論は,戦後すぐ,教育の民主化のためにアメリカから積 極的に日本に紹介され,我が国の教育制度に大きな影響を与えた.1947. 年(昭和22年)作成の学習指導要領,1951年(昭和26年)改訂された 学習指導要領には,経験主義の立場が明確にあらわれていた.このよう な動向の中,教育現場ではコア・カリキュラム連盟が発足し,いわゆる. 9第15期中央教育審議会「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次 答申)」1996年 10. 謔P5期中央教育審議会「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次. 答申)」1996年. U教育課程審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学 校の教育課程の基準の改善について(審議のまとめ)」1998年. 11.

(18) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. コア・カリキュラム運動がおこる.しかしながら,このような動向に対 して,1950年前後より批判が続出するようになる.読み・書き・算といっ. た学力の低下が指摘され,さらには極端な児童中心主義,活動中心主義 に対して「はいまわる経験主義」12として批判されるようになったので ある.. しかし,これらの批判はデューイの理論を正しく反映してはいない. 『子どもとカリキュラム』にも見られるように,デューイは,「子ども」. か「教科」か,という二元論を厳しく批判し,これらを一つのものとし てみる一元論を主張している13.つまり児童を理想化したり,活動のみ を偏重したりする学習というのは,デュニイが批判するところのものな のである.. 本節ではデューイの教育観を概観し,新しく創設される総合的な学習 のあり方に大いに示唆を与えるポイントを明確にしていきたい.. (1)デューイにおける教育の目的. 「教育」とは何か.まずはこの問題について,デューイの考えを概観し てみたい.. この問題について,「私の教育学的信条」において次のように述べてい る.. 「私はこう確信する.一すべての教育は,個人が人類の社会的意識に参. 12. 譿?ソ光は「新教育への批判」(『矢川徳光教育学著作集』第3巻,青木書店,1973年, 141頁)で,「経験カリキュラムによる教育は自然成長的・社会的成形であり,個人主義的な 自由教育である.この『経験』は個人個人の経験であって,それ以上のものではない,これは 全く『はいまわる』経験主義であり,『独我論的な意味における経験でしかありえない』(戸坂 氏)」と個人の経験における科学性の欠如を指摘している. 13 i.デューイ著,市村尚久訳『学校と社会・子どもとカリキュラム』講i談社学術文庫,1998 年,263頁,「教育課程を絶えず着実に,しかも全体として見つめていこうとしないで,わたした ちは,用語上のそう反する意味内容にのみ気をとられてしまうことになる」と指摘している.. 12.

(19) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 議することによって行われる.この過程は,ほとんど誕生とともに,意 識されないまま始まる.そしてたえず,個人の諸能力を形づくり,その. 意識を染めあげ,その習慣を形成し,その観念を陶冶し,またその感情 と情緒を喚起し続ける.この無意識的教育を通して,個人は次第に,人. 類が共同してこれまで実らせてきた知的道徳的財産を共有するようにな る.個人は,文明という蓄積された資本を相続するものとなる」14. 教育を社会の機能としてとらえるデューイの立場を明確に示すもので ある.さらに,デューイは教育の必要性について次のように述べている.. 「社会集団を構成する各成員が生まれ,そして死ぬ,という根本的な不 可避の事実が教育の必要を決定するのである.一方では,集団の新たに. 生まれた成員一その集団の未来の後継者は彼ら以外にはない一の未成熟 と,その集団の知識や慣習を身につけている成人の成員の成熟とのあい だには,著しい対照がある.他方には,これらの未成熟な成員が,単に 身体的に十分な数だけ保持されていなければならないだけでなく,彼ら に成熟した成員の関心や目的や知識や技術や慣行を教えなければならない という必要である」15. この記述からも,教育の必要性は社会とのかかわりにおいて考えねば ならないことを示しており,教育を社会の維持・発展のための社会的機 能として位置づけているといえる.つまり社会が維持し発展していくに は,未成熟な子どもが,成熟した成人から,その社会における関心,知 識,価値,慣行などをすべて受け継ぐことが必要であり,そのような伝 達が行われなければ,その社会は文化的にも社会的にも後退した社会に. 14. i.デューイ「私の教育学的信条」大浦猛編『実験学校の理論(デューイ)』明治図書,. 1977年,9頁. 15. i.デューイ著,松野安男訳『民主主義と教育(上)』岩波文庫,1975年,13頁. 13.

(20) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. なるとしている.. 以上のことから,教育とは,わたしたちが目指す社会,つまり民主的 な共同体を構成する人間を育成するための社会的機能であるということ. ができる.ここでの民主的とは政治的な意味ばかりではなく,思考や生 活の様式を含めたものである.. (2)デューイにおける教育の過程. 社会を維持・発展させるためには,「人々が共同体を形成するために共. 通にもっていなければならないもの」16があり,これこそ教育の内容と いえるものである.デューイは,共通にもっていなければならないもの として,. 「目標,信仰,抱負,知識一共通理解一社会学者が言うように同じ心を もつことlike・mindednessである」17. をあげている.しかし,知識や様式などはどのようにしたら伝達するこ とができるのか,という問題と,伝達されるだけでは社会は維持される ものの発展することはないのではないか,という問題が浮かんでくる.. まず,このような共通理解はどのようにして得られるのか,という問 題に対して,デューイは 「人々がパイを物理的な断片に分割することによってそれを分け合うよ うに,分け合うことはできない」18. と指摘したうえで,子どもが共同体の成員と同じ見方や行動の仕方をす るようになるのは「環境からの作用」19に他ならないとしている.この. 16 17 18. 19. O掲書,16頁 O掲書,16頁 O掲書,16頁 O掲書,26頁 14.

(21) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点 ことは,. 「要求されている信念をたたき込むことはできないし,必要とされてい る態度をはりつけることもできない.しかし,人は,自分が生存してい る特定の生活環境に導かれて,選択的にある特定のものを見たり感じた りするようになるし,他の人々の賛同を得るための条件として,ある信. 念を強化し,他の信念を弱める.このようにして,その生活環境は,そ. の人の中に次第に一定の行動体系や一定の行動傾向を作り出すのであ る」20. と述べていることからも分かるように,環境とくに社会的生活環境が重 要となると指摘している.. このような社会的生活環境は,子どもに対して直接作用するのではな い.つまり環境から受動的に意味を獲得するのではなく,環境に対して 能動的に働きかけ,その作用を受けることによって意味を獲得するとし ているのである.つまり環境との相互作用が重要であるとしている. さらに,ある事象の意味を獲得するということは, 「それらが成人に対してもつのと同じ意味を子どもに対してももつよう. になるのは,成人と子どもの両方が共通の経験の中でそれらを用いるか らである」21. と述べているように,事物と意味は刺激一反応によって結びついている のではなく,共有化された活動の中において結びついているとして, 「事物は,共有された経験すなわち共同の活動において用いられること. によって,意味を獲得するという原理の拡張であり,洗練なのであって いかなる意味においても,それは決してその原理に矛盾するものではな. 20 21. O掲書,26頁 O掲書,33頁 15.

(22) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. い」22. と述べていることからも,意味を獲得するとは,共有化された経験や活 動によるものであることを指摘している.ここでいう共同の活動とは, 「自分のやっていることを他人のやっていることに関係づけて考え,ま た,他人のやっていることは自分のやっていることに関係づけられる」23 ということである.そして,. 「各自が,自分自身の行為の結果をほかの人々が行っていることと関連. のあるものとみなし,しかも彼らの行動が彼自身に及ぼす結果をも考慮 するならば,そこには共同の精神が存在する」24 とも述べていることから,共同の活動とは共同の精神のもとに,自分自. 身と共同体の成員が互いに影響しあいながら行為を行うことであるとい える.つまり意味の獲得は社会的環境との相互作用であるといえる. デューイは,教育の過程において社会的環境との相互作用を重視してい るのである.. このことは子どもがどのように教育の目的を達成していくか,つまり 教育過程における子どもの認知に関する方法を示しているといえる. デューイは,認知することを「経験の質を変えていくこと」ととらえ,経. 験の質を変えるためには,社会的環境との相互作用が必要であるとし, そのためには「なすことによって学ぶ(learning by doing)」ことが必 要であると考えたのである.. デューイによる教育の過程は,学習の過程とも読みかえることができ るのであるが,経験の再構成という言葉で集約できる.経験の再構成と. 22 23 24. O掲書,34−35頁 O掲書,57頁 り O掲書,57−58頁 16.

(23) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. は,連続した問題解決の過程であり,思考の連続であるといえる.さら に,今までの経験が環境との相互作用によって,もう一度新たに構成さ れることであるといえる.ここでいう環境とは,. 「環境は,ある生物に特有の活動を助長したり,妨害したり,刺激した り,抑制したりする諸条件から成り立っているのである.水が魚の環境 であるのは,それが魚の活動一つまり魚の生活一に必要だからである.. 北極探検家が北極に到達しようとしまいと,北極が彼の環境の要素であ るのは,それが彼の活動を限定し,彼の活動を他のものとは異なった独 特のものにするからである」25. と述べているように,生活者に影響を与えるすべてのものであり,単な. る物理的な環境のみを指しているのではない.このように環境を解釈す るならば,学習においては,知識,思考様式,活動様式,経験や体験,. 自然環境,人的環境など様々なものの総体ということになる.経験の再 構成とは,これらの要素が複雑に影響し合い,新たな経験を構築してい くことなのである.. デューイはこの経験の再構成を「活動的な仕事(active occup就ion)」. といわれる学習において実現できるとした.経験を再構成するというこ とは,様々なこれまでの学習の成果(知識),様々な体験や経験が影響し. あう,つまり相互に作用し合い,新たに再構成していくことである。そ れまでばらばらであった知識,体験,経験などが活動的な仕事によって 統一されるということである.したがって,この活動的な仕事とは,単 なる体験活動ではなく,思考を伴うものであるといえる.(図2).. このように何かを認識するためには,体験的な学習と知的な学習は. 25. O掲書,27頁 17.

(24) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 思考 思考. 知識. ■ 昌. 思考. 思考 思考. _の経験黙. 知識. 思考. 経験 体験. 図2経験の再構成. 別々に行われるのではなく,一体となって学習が展開されなければなら ないのである.そして,そうすることにより,活動の中で思考が行われ,. 思考したことを活動によって確かめるという相互作用が生じるのである. このような学習では,単なる活動主義,情緒主義に陥ることはなく,ま. た知識の獲得を軽視したものではない.こういつた考えは,思考を問題 解決のための道具ととらえる「実験主義(experimentalism)」「道具主 義(instrumentalism)」と呼ばれるものである.つまり, 「心や知性(intellect)のはたらきは,環境のなかで困難な状況のなか. におかれた有機体としての個人を,そうした問題状況を解決することに. よって環境に適応させることであり,心が形成する観念は,問題を解決 するための実験的な仮説であり,道具である」26 ということである.これはデューイの思想的な背景であるプラグマティ ズムの立場を明確に示すものであるといえる,したがって,. 26. 將テ郁夫著『プラグマティズムと現代』目本放送出版協会,1997年,137頁. 18.

(25) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 「デューイにとって,もともと観念は,活動に先立って活動と独立にあ るのではなく,活動をコン.トロールするものとして生じ,その活動に新. しい表現を与えるのに役立つものとして存在する.したがって観念ある いは知識だけを,活動あるいは実践をきりはなしておしえることは,ほ とんど意味がないといわなければならない」27 のである.. また,社会が維持され発展するためには,活動によって得られた経験 が向かう方向が,共同体にとって好ましい方向である必要がある.この 方向は共同体社会のもつ目的,信念,願望,知識,態度,行動様式など に向かっていくものとされる.そうすることで個人の成長が社会の成長 へとかかわっていくのである.. (3)デューイにおける経験の意味. ところで,デューイの理論は「経験」がキーワードである.ここで「経 験」とは何か,相互作用との関連は何かを考察してみたい.. 経験とともに使用されるものとして「体験」があるが,教育現場にお いてはこれらが区別されることもあれば,同じものとして使われること がある.はじめにこれら二つの概念をはっきりと区別しておきたい. 一般に経験とは,. 「何かに関してみたり,聞いたり,学習したり,あるいは情動的な刺激. を与えられたりするような,生活体の知的機能と情意機能によって把握 されている総体をいう」28 ことである,一方体験とは,. 27 28. O掲書,141頁 ス凡社「心理学事典」186頁「経験」大羽 藁解説 19.

(26) 第1章聡合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 「このく体験〉概念は,多くの点でく経験(Erlebnis)〉概念と重なり合. うが,それとの相違点をあえて強調するなら,直接性や生々しさ,強い. 感情の彩り,体験者に対する強力で深甚な影響,非日常性,素材性,な ど、のニュアンスをもっている」29. とされる.また哲学者の森有正は,. 「経験の内容が,絶えず新しいものによってこわされて,新しいものとし. て成立し直していくのが経験です.経験ということは,根本的に,未来へ 向かって人間の存在が動いていく.一一方,体験ということは,経験が過去. のある一つの特定の時点に凝固したようになってしまうことです」30. として,体験と経験とを区別している.デューイにおいても 「単なる活動は経験とはならない.それは分散的であり,遠心的であり,. 浪費的である」31. として,単なる活動(体験)と経験とは厳しく区別されなければならな いとしている.さらに次のようにも述べている.. 「経験とは,過去においての,おおいに偶発的で,ためらい,迂回しな. がら起こった諸経験と,未来におけるこれまでよりいちだんと制御され 秩序立てられた経験とが,紡ぎ合わされるものである.経験は,それを 未来の経験にとって,最も有益で,最も重要で,最も想像力豊かなもの にする正真の形式のなかに,過去の経験を託すところにあるのである.. 経験の先導により提示されてくる抽象化,一般化,そして類別化といっ たようなことすべては一,将来に見込みある深長な意味をもつのである」32 これらのことから,経験は知的なもの,客観的なものと結びついており, 29. 笏g書店「哲学・思想事典」1008頁「体験」丸山高司解説 30・森有正著『生きることと考えること』講談社現代新書,1970年,97頁 31 i.デューイ著,松野安男訳『民主主義と教育(上)』岩波文庫,1975年,222頁 32. i.デューイ著,市村尚久訳「子どもとカリキュラム」『学校と社会・子どもとカリキュラム』講. 談社学術文庫,1998年,289頁. 20.

(27) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 「教育とは,経験の意味を増加させ,その後の経験の進路を方向づける 能力を高めるように経験を改造ないし再組織することである」33 ことからも,経験は未来において影響をあたえるものであるといえる.. これまで「経験」を中心に考察した.「経験」は教育そのものなのであ. るのだから,今一度学校における教育をデューイのいう「経験」という. 視点から見直す必要がある.そうすると,学校現場において多く見られ る,子どもが活動する姿をもって学んでいると単純なとらえ(このこと. が経験主義や児童中心主義が誤解を受ける原因であると思われる)は見 直されなければならない.つまりデューイにおける経験から,子どもの 活動を次の3点から評価するのである.1月目は,「思考が伴っているか」. (思考性),2点目に「意味の増加がみられるか」(意味性)であり,3 点目に「様々な発展がみられるか」(発展性・連続性)である.これらが. 見られない活動は単なる活動でしかなく,経験とはいえないのである.. (4)デューイにおける教師の役割. これまで環境との相互作用によって得られたものを,自分のもつ経験 と結びつける「思考」によって経験を再構成することを説明した.した がって,ここでいう経験は静的なものではなく動的なものである.これ は先に述べたように,経験が未来に対して影響を与えることに関連する. 未来に影響を与え,絶えず再構成を繰り返すものが経験なのであるから,. 経験によって得られるものが,完全であるかどうかは問題ではない.し かし,それが教育の目的に向かって再構成されているものかどうか,つ まり経験の方向性については,注意を払わねばならない大きな問題であ. 33. i。デューイ著,松野安男訳『民主主義と教育(上)』岩波文庫,1975年,127頁. 21.

(28) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. る.教科中心の教育では,すべての教育活動が一つの方向性に向かって. 進むように決められているので,大人はそれらに対して大きな役割を もってはいない.しかし,経験とは非教育的なものも含む広いものであ るから,経験を方向づける必要が生まれる.デューイは 「そこで教育するということは,絶えざる再構成であり,それは子ども の現在の経験から出て,わたしたちが教科と呼ぶ,あの真理の組織体に よって象徴的に表現された経験へと入り込んでいくという意味において, 不断の再構成ということになるのである」34 と述べているように,経験が真理の世界へ向かうという方向性を指摘し. ている.経験を中心とした教育では,成熟した大人の統制や指導,補導 が必要となり,大人の果たす役割は重要となる.. 児童の活動を中心とした学習では,教師の指導や支援は子どもの思考 を妨げる,自主性を損なうなどの理由により敬遠する風潮がある.しか し,何も指導・支援がなければ子どもたちの学習は方向を失う恐れがあ るし,非教育的なものに向かう恐れがある.教師は様々な尺度をもつて,. 子どもたちの学習の指導・支援をする必要があるのである.過度の指導・. 支援が児童の活動の妨げになるのは言うまでもない.つまりバランスが 問題であり.指導・支援が「いる・いらない」という二者択一の問題で はないのである.. (5)デューイにおける学校の役割. デューイは教育を社会の機能という視点から位置づけている.そうす. ると学校は社会においてどのように位置づけられるのであろうか.. 34. O掲書,273頁 22.

(29) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. デューイはこのことついては,次のようにとらえている.. 「しかし文明が進歩するにつれて,子どもたちの能力と大人たちの仕事 の間のギャップは拡大する.大人たちの仕事に直接参加することによる. 学習は,あまり進歩していない仕事の場合のほかは,ますますむずかし くなる.大人たちのすることの多くは,距離的にも意味的にも次第に縁. 遠いものとなり,そのため遊戯としての模倣は次第にその真意を再現す るのにますます不適当なものとなっていく.こうして大人の活動に有効 に参加する能力は,この目的を目ざして前もって与えられる訓練に依存 することになるのである.意図的な機関一つまり学校一およびはっきり. きまった教材一つまり学科一が案出される.そして,一定のことを教え るという仕事が,特別な人々の集団に委任されるのである」35. 文明が進歩していない未開の社会では,大人の活動に直接参加するこ と,または模倣や遊びなど間接的に参加することで,その社会に必要と. される態度や信条や知識,技能を身につけることができた.しかし,社 会が進歩し複雑になってくると,必要とされるものが多く,それを専門 的に教える機関が必要となるのである.つまりそれが「学校」である.. 「社会が自らのためになしとげた一切のものは,学校のはたらきをとお して,あげてその未来の成員の手にゆだねられる」36 とも述べていることからも,学校は社会の機能として位置づけられると しているのである、. ところが,「社会が自らのためになしとげた一切のもの」を伝達すると. ころのものであるのに,その一部であるにすぎない「(科学的)知識」 を伝達することのみが学校の機能となってしまっている.その知識も,. 35 36. O掲書,21頁 i。デューイ著,宮原誠一訳『学校と社会』岩波文庫,1957年,17頁. 23.

(30) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 社会とは独立してしまっているので, 「知識」はそれらを覚え,暗記す. るものに陥っていると指摘するのである.そして,この状態を教育にお ける浪費とよび,. 「子どもの立場からみて,学校における大きな浪費は,子どもが学校の ぞとで得る経験を学校そのものの内部でじゅうぶんに,自由に利用する ことがさつばりできないことから生じる.しかも,他方において,子ど もは学校で学んでいることがらを,日常の生活に応用することができな いのである.これは学校の孤立一生活からの学校の孤立である」37 と,批判している.このことは,現在における学校教育の情況にも,おお いにあてはまるところである.学校で学ばれる知識は,それ自体が独立し てしまい,身近な生活との関連で考えたり,応用したりすることが少なく なってきている.学校で学ぶ知識は,生活の役に立たないもの,受験でし か役に立たないもの「学校知」 「受験知」と椰楡されているのである.. これらは,デューイが指摘するように,学校が家庭からも社会からも 孤立していることが原因である.家庭との相互作用だけでなく,社会と の相互作用も必要であるとしている.学習によって得られる知識の社会 的な側面こそが重要なのである.. しかしながら現実社会は,複雑で混沌としており,様々な価値が絡み 合っている.そこで学校の役割としてデューイは次の三つの機能をあげ ている.38 「複雑な文明は,あまりに複雑すぎて,丸ごと同化することはできない,. それは,いわば,部分に解体され,漸進的な段階的なやり方で,少しず つ同化されなければならないのである.」. 37. 38. O掲書,81頁 i.デューイ著,松野安男訳『民主主義と教育(上)』岩波文庫,1975年,40−42頁. 24.

(31) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. 「現存する環境に含まれている価値のない諸特徴を,それらが心的習性 に影響を及ぼすものの中に入り込まないように,そこから,できるだけ,. 取り除くことが,学校環境の任務である.それは純化された環境を設立 するのである.」. 「社会的環境の中のいろいろな要素に釣り合いをとらせ,また,各個人 に,自分の生まれた社会集団の限界から脱出して,いっそう広い環境と 活発に接触するようになる機会が得られるように配慮してやることが, 学校環境の任務である.」. これらのことから,学校とは,社会と関連をもちながらも,純化した 形,いわば理想的な形で,子どもたちに提供される環境なのである.. 以上デューイの教育観について「教育の目的」「教育の過程」「経験の 意義」「教師の役割」「学校の役割」という視点から概観した.これらを. みると,戦後の児童中心主義は,デューイの教育観を正しく反映してい ないことが分かる.そこで次章では,デューイの思想から得られる総合 的な学習のカリキュラム開発の視点について考察してみたい.. 第3節デューイの思想が総合的な学習に与える示唆. (1)シカゴ大学付属小学校における実践. これまでに述べたデューイの思想は,シカゴ大学付属小学校(以下, デューイ・スクール)において実践されることになる.ここで,デュー イ・スクールの実践について分析してみたい.. 25.

(32) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. まずデューイ・スクール炉実験学校とも呼ばれるのは,仮説に基づい. た実践の結果によって,それを検証し修正しようとしたからである. デューイは実験学校設立にあたり,次の4つの仮説を立てている39. ①「学校を,子どもが一定の課業を単に学習するためにくる場所にするのでは なく,家庭および近隣の生活といっそう緊密な関連をもたせるためには,いった い何をしたらよいのか.また,どのようにしたらよいのか」. ②「歴史や科学や芸術に関する教材を取り入れて,これらに,子ども自身の 生活の中で積極的な価値と現実的な意義とをもたせ,最も幼い子どもたちに も,技能や知識を修得するに足るだけのものを,これらの教材によって表現す るには,一体どのようにしたらよいのか.」. ③「これらの形式的,記号的な分野の教育一聡明に読み,書き,計算するこ とのできる能力の修得一を,その背:景となる日常の経験や仕事を通して進め ていくには,どうしたらよいのか,また,いっそう固有な内容をもつほかの諸教科. と明確な関連性の元に進めていくには,どのようにすればよいのか,さらに,子 どもの興味をそれ自体でそそるだけのテーマと結びつけることによって,これら の[技術的能力を修得する]必要性を彼に自覚させるように進めていくには,ど のようにすればよいのか.」. ④「個々の子どもに対する留意.」. これらの仮説を検証するために,典型的な構成的活動を中心とした学 習,活動的な仕事(active occupation)を進めていくのである.活動的. な仕事はデューイの思想を実践したものであるといえるが,デューイ・ スクールの教師たちと試行錯誤しながら一緒に作り上げたものでもある,. 39. i,デューイ「大学付属小学校の三年間」大浦猛編『実験学校の理論(デューイ)』明治 図書,1977年,190−193頁. 26.

(33) 第1章「総合的な学習の時間」のカリキュラム基底と問題点. その特徴はおおよそ次のようになる.. ・知的な内容を含み,子どもが興味をもつ構成的な活動 ・調理,木工,裁縫という人類の基本的な諸活動を代表する構成活動 ・思考様式の認識と材料は分析することによる専門的な学問への発展 ・活動の分析から現実社会への分析. そして,活動的な仕事を中心とした学習の成果として,デューイ自身 は次のように述べている.. 「一つの技能的要素からもう一つの技能的要素へと導き,一つの知的【努. 力を要する]問題からもう一つの問題へと導きながら,これらの実際的な 活動学習の形態を連続性のある,しかも明確な[学習意図を含んだ]もの. にしていくという課題は,もっとも困難なものの一つであったが,同時 にまた,われわれが最も成果を挙げたものでもある」40. 活動的な仕事は,心理学的な側面と社会学的な側面との調和を図った 構成的な活動であり,このような活動の中に連続した問題解決が含まれ るため,経験を再構成していく学習となるのである.しかもこれらの構 成的な活動は,人類の歩んできた進歩の歴史を追体験できるものであり,. 子どもの創意工夫が生かされる学習とすることができるのである.. (2)総合的な学習のカリキュラム開発の視点. これまでに述べた活動的な仕事の特徴から,総合的な学習のカリキュ ラム開発に関する視点が取り出せるのではないかと考える.ここで注目 したいのが金丸の提案するカリキュラム開発の視座41である.金丸は,. 40. O掲書,194頁. G金丸晃二「カリキュラム開発の視座」天野正輝編著『総合的学習のカリキュラム創造一教 育課程研究入門一』ミネルヴァ書房,1999年,100−104頁. 27.

参照

関連したドキュメント

令和元年度予備費交付額 267億円 令和2年度第1次補正予算額 359億円 令和2年度第2次補正予算額 2,048億円 令和2年度第3次補正予算額 4,199億円 令和2年度予備費(

Webカメラ とスピーカー 、若しくはイヤホン

生活のしづらさを抱えている方に対し、 それ らを解決するために活用する各種の 制度・施 設・機関・設備・資金・物質・

参加アーティスト 出演者 ソナーポケット 内容:14時30 開会式. 15:00

主催・依頼 びわ湖トライアスロンin近江八幡実行委員会 参加者/スタッフ 参加者 490名 スタッフ.

購読層を 50以上に依存するようになった。「演説会参加」は,参加層自体 を 30.3%から

4 マトリックス型相互参加における量的 動をとりうる限界数は五 0

⑤  日常生活・社会生活を習得するための社会参加適応訓練 4.