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顔 面 脾 脱 疽 ノ1治 驗 例 岡山醫科大學 津田外科教室(主 任津田教授)

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Academic year: 2022

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(1)2274. 132. 617.9. 顔. 面. 脾. 脱. 疽. ノ1治. 驗. 例. 岡山醫科大學 津田外科教室(主 任津田教授). 石. 川. 博. [昭和12年7月8日. 受 稿]. Aus dem Chirurgischen Institut der MedizinischenFakultat Okayama. (Vorstand: Prof. Dr. S.Tsuda). Uber. einen Fall von. Hautmilzbrand. am. Gesicht.. Von Dr. Hiroshi Ishikawa. Eingegangen am 8.Juli 1937. Es haudelt sich um Knaben. wurde.. einen Fall von Hautmilzbrand. Gesicht eines 8 jahrigen. Der Kranke war in einem ersten Zustand, als er inunsere Klinik eingeliefert Sofort wurde eine zirkulareExzision um den Herd gemacht und ca, 50 Stunden. nach der Operation, ein Milzbrandserum wurde. am. am. 18 ten Tag nach. injiziert.Der Erfolg war sehr gut und er. der Operation mit einer kleinen granulationswunde. als. geheilt entlassen. Die Krankheit kommt. in Okayama. sehr selten vor und daher bleibt der Infektions‑. weg dieses Falles unklar. Das Strichpraparat der seroseitrigenFlussigkeit der Pustel wies die Mischinfektion von Milzbrandbazillen und Staphylokokken. nach.. Es wird histologischnachgewiesen,. dass die Bazillen am reichsten in der Mitte der Pustel sind und operativ total von dem gesunden Gewebe. entfernt werden konnen.. Nach unserer Erfahrung konnen wir eine sofortigezirkulare Exzision um den Herd bei der Hautmilzbrand. empfehlen.. (Autoreferat). 142.

(2) 顔 面 脾 脱疽. 緒. ニ. 者ハ一 見 重篤 ナ ル 症 状 ヲ 呈 セ シ8. 歳 ノ男 子 ニ シ テ,細. 菌 學 的ニ 脾 脱 疽 菌ト 葡 萄. 状 球 菌 ノ混 合 感 染 ナ ル コ トヲ知 レ リ.余. ハ之. ニ觀 血 的 療 法 ヲ 施 シ,血 清 療 法 ヲ 併 用 シ タ ル ニ 直 チ ニ 快 方ニ 向 ヒ,生 命 ノ全 キ テ得 タ レバ, 臨 牀 的經 過ヲ 附 記 シ,其 シ,些カ文. 2275. 驗 例. ジ テ開 眼 シ得,檢. 言. 余 ハ 當 地 方ニ 稀 有 ナ ル 皮 膚 脾 脱 疸 ノ1例 遭 遇 ス.患. ノ1治. ノ療 法 ヲ詳 細ニ 報 告. 獻 ニ モ徴 シタ レバ,諸. 彦 ノ批 判 ヲ. スル ニ眼瞼 結 膜 充血 スル 外,瞳. 孔ニ變 化 ヲ認 メズ.胸 部 異状 ナ シ.腹 部,肝 臟, 脾 臟,觸 診 シ得ズ.尿,便變 局 所所 見. リ約2cm外. 化 ナ シ.. 右 上 眼 瞼 部ニ 於 テ,眉 毛 ノ外 側 ヨ 下方ニ,小. 指 尖 端 大ノ稍 皮膚 表 面 ヨ. リ隆 起 セ ル 丘疹 ア リ.其 ノ中央 部 ハ 黒色 ノ痂疹 ニ テ被 ハ レ.コ レ ヲ輪 状ニ 取 圍 ミタル縁 結 節 ア リ. 顔 面 右 側 ハ前 額 部.頬 部,頤 發 生 部 ヨ リ耳 根 部迄,左側. 下部,側 頭 部 ハ毛 髪. ハ 内 眠瞼 縁 及ビ 頬 部 ニ. 著 明 ナ腫 脹 ト境 界 鮮 明 ナ ル 發赤 ア リ.即 チ鼻 唇 溝 仰 ゲ バ 甚ダ 幸 トス ル モ ノ ナ リ.. ヨ リ頬 部 ニ カ ケテ蝴蝶 状 ヲナ ス(第1圖). 淋 巴腺 ハ右側頤 下,顎 下ニ豌豆 大ニ 數 箇腫 脹 ス ル モ,皮 膚 及 ビ皮 下 ノ炎性 水 腫 ノタ メ十 分觸 診 シ. 實驗 内山 某.. 得 ズ.唯. 例. 男. 8歳. ナ シ.. 初 診.. 昭 和11年1月8日.. 診斷.. 皮 膚 脾脱 疽.. シ.. 父 軍人.. 診 斷.. 遺 傳 的開 係 ナ シ.. 現 病 歴.. 約4,5日. 球菌 ヲ證 明 ス.. 前 ヨ リ右 外 眼 瞼縁 ヨリ約. 方ニ〓瘡樣 膿疱 ヲ生ズ,1昨. 日朝該 膿 疱. 血 液像.. ノ周 圍 ガ腫脹 スル ニ氣付 ク.然 ル ニ昨 日早 朝 發 熱 ア リ.腫. 丘疹縁 結 節 ノ表 皮 下ニ 僅ニ 溜 レル 漿 液. 性 液 體 ヨ リ塗 抹 標 本 ヲ作 リ,脾 脱 疽菌 及 ビ葡 萄 状. 家族 歴.. 38度7分. 豆大 ノ淋 巴 腺 ヲ觸 知 シ. 得.壓 痛 ハ右頬 發 赤 部ニ 存 シ,丘 疹 ノ周 圍 ハ稍 強. 職 業.. 2cm外. 側 頸 部ニ1箇豌. 脹 次第ニ 周 圍 ニ及 ビ,辛. テ開 眼 シ得 ル 状 態 トナル.正. 午 ニハ39度8分. 赤 血球 數. 546萬.. 白 血球 數. 22,000.. 白血 球 細胞 別.. ウジ. 「エオ ジ ン嗜 好 細 胞 」 1.5% ノ 桿 状 核 白血 球. 高 熱 ヲ發 ス.直 チ ニ醫師 ノ診療 ヲ 乞 ヒ濕 布 ヲ ナ ス. 本 日腫 脹 ハ次 第ニ増 シ鼻 背 ヲ越 エ テ,左 頬 部 ニ. 部ニ 至 ル.發 赤 ハ昨 日迄 ハ無 カ リシモ,本 日腫脹. 多核 白 血 球. 75.5%. 淋巴球. 10.5%. 單 核巨 大 細胞. 迄 モ及 ビ,右 頬 部 ハ勿 論 ノ事右耳 根 部 ヨ リ右 側 頸 手術 及 ビ療 法.. 40%. (津 田教 授 執 刀)患. 8.5% 者 ニ直 チ. ノ激 増 スル ト共ニ 現 ル.發熱 ハ 本日 服 藥 セ ル ニ拘. ニ強心劑 「カ ンフ ル」ヲ注 射 シ,手 術 前 ロ ツ ク氏 液. ラズ38度 前 後ニ シテ降 ラ ズ.. 500gヲ. 現 症.. 體 格 中等.榮 養佳 良.顔 貌 不安 苦 悶 ノ. 状 ヲ呈 シ,脉搏 整 正,緊張強. ナル モ,頻 度1分 間. ニ100位 ア リ.口 蓋 扁桃 腺ニ異 状 ナ キ モ,舌 ハ苔 被 ア リテ,濕性 143. ナ リ.上 下 眼瞼 ハ腫脹 發 赤 シ辛 ウ. 皮下 ニ注 射 ス.「 ヱ ーテ ル」全 身 麻 痺 ニテ. 患 部 ヲ中心ニ,邊. 縁 ヲ約0.5cmヲ半徑. ト シ,圓. 形ニ健 康 皮膚 ト共ニ 底 部 ハ皮 下脂 肪組 織 迄 剔 出 シ (第3圖. 及ビ 第4圖)「. 沃 度 ホル ム 」綿 紗 ヲ以 テ壓. 抵 シ絶對 安靜 ヲ取 ラ シ ム..

(3) 2276. 石. 川. 博. (第1圖) 手 術 前 顔 面 脾 脱 疽. (第2圖) 手. 術. 後12日. 144.

(4) 顔 面 脾脱. (第3圖). 經 過.. 疽ノ1治驗. 切 除 標 本. (第4圖). 剔 出後 ハ體 温 ノ上 昇 ヲ見 ズ.發 熱次 第. ニ下 降 シ,10時 11時,37度5分ニ. 間 後 ニハ37度. トナ リ,翌. 日午後. 上 昇 シ タル 外 ハ發熱 ナ シ.手 術. 後50時 間ニ シ テ脾脱 疽 血清7ccヲ臀. 2277. 例. 筋 内 ニ注射. 切 除 標 本切 斷面. 病 理 組織 學 的所 見. 1.5cm,深. サ約0.7cmニ. 切 除 セル 部 分 ハ,直徑 約 シテ 中央 部 ハ壞 疽ニ陷 リ. 少 シ ク沒 落 シ,底 部ニ 極 少 量 ノ分 泌 液 ヲ見 ル(第 5圖).其. ノ周 圍 ハ脂 肪 組 織 ヨ リ明瞭ニ 境 界 線 ヲ作. ス.顔 面 ノ境 界鮮 明 ナ リシ發 赤 ハ,次 第ニ 薄 ラギ,. リ褐 色 ヲ呈 シ,恰 モ異 物 ヲ挿 入セ ル如 シ.其 ノ切. 剔 出後24時. 除 組 織 片 ヲ「フオル マ リン」ニ テ固 定 シ,皮 膚 面 ニ. 間 位 ニハ境 界 不鮮 明 トナ リ,皮下 ノ炎. 性 水腫 モ亦 減 少 ス.疼 痛 モ 無 クナル.. 垂 直ニ 割 ヲ入 レ,切 片 ヲ作 リ「パ ラ フィ ン」包 埋 ヲ. 局所處 置 ハ 手術 後6日 目迄 ハ毎 日1囘. 「沃 度 ホ. ル ム」 綿 紗ノ 上 ヨ リ肝 油 ヲ滴 下 シ其 ノ儘 トナ シ, 1週 間 目ニ初 メテ綿 紗 交 換 ヲナ ス.其. ナ シ,「 グ ラム 」及 ビ 「ヘ マ トキ シ リン・エ オ ジ ン」 染 色 ヲナ ス.. ハ際 膿 汁 ト. 擴 大 鏡 ニテ檢 スル ニ,壞 疽 部 ニハ細 胞 ハ 「ビク. 覺 シキ モ ノヨ リ塗 抹 標 本 ヲ作 リ檢鏡 スル ニ,既 ニ. ノーゼ 」及 ビ 「カ リヲレ キ シ ス」ヲ見 ル.尚 ホ 血 管. 脾脱 疽 菌 ハ證 明 セ ズ.僅ニ 葡 萄 状 球菌 ヲ見 ル.其. 擴 大 シテ 赤 血 球,多 核 白 血球 ニ テ充滿 サ ル(第5. ノ後 綿 紗交 換 ハ2日ニ1囘. 圖).底. トナ シ,過 酸 化 水 素 ニ. 部 ニハ 比 較 的 多 ク 「グ ラム」陽 性 ハ脾 脱 疽. テ清 洗 シタル 後,肝 油 ヲ點滴 セ リ.汚 物 ハ勿論 嚴. 菌 ヲ證明 シ,葡 萄 状球 菌 モ少 量 見 出 サ ル(第6圖. 重ニ 消毒 セ リ.手術 後12日. 及ビ 第7圖).尚. 目 ニハ創 面 ヨ リノ分 泌. ホ脾脱疽 菌 ハ2,3箇. 位連 結 スル. 物 殆 ドナ ク,極 少量 ノ葡 萄 状 球菌 ハ證 明 シ タル モ. モ ハ最 モ多 ク,中ニ ハ 數 箇 位連 結 スル モノ モ 認 ム.. 創 面肉 芽 ヲ生 ズ(第2圖).又. 菌 ノ長 サハ5‑10μ. ニテ毎 日30分 宛10日. 赤 外 線 ヲ距 離50cm. 目 ヨ リ照射 ス.カ ク シテ順. 調ニ經 過 シ,手 術後18日. 目 ニ シテ通 院 トナ リ約1. 箇月半ノ 後 ニハ 殆 ド痕 跡 ナ シ. 145. 幅1‑2μ. ア リ.被 膜ノ 着 色 明. 瞭 ナ ラ ズ.兩 端 ハ 直 角ニ截 斷 セ ラ レ,連 結 シ竹 節 状 ヲナ ス.芽 胞 ハ認 メ難 シ..

(5) 2278. 石. (第5圖) Zeiss,. 川. 組 Obj.. 織. 博. 標. 90. Ok.. 本H.E.染 10. Kl.. 色 29cm. (第7圖). (第6圖) Gram染. 色Obj.. 20.. Ok.. 10.. Kl.. 32cm. Gram染. 色Obj.. 10. Ok.. 7. Kl.. 20cm. 146.

(6) 顔 面 脾脱疽. 考 脾脱疽 ハ 牛,馬. 等 ノ獸 類ニ 多 ク,從. ソ聯,伊. 太 利,獨. 疽 地方. 筆 製造 業者 等 ニ. モ ノ ニ シ テ.我. ハ文 獻ヲ 見 ル ニ,. 逸ニ 多 ク,獨. ト呼ブ 如 ク,或. ビ廣 島,兵. ツテ夫. 症 例 ハ 夫 等ト 極 關 係 ノ薄 キ而. モ 小兒 ナ リ.元 來,脾脱疽. 逸 ニ テハ脾脱. 地 方ニ 限 局 シ テ生 ズ ル. 國ニ 於 テ ハ,鹿兒. 庫 縣ニ 多 シ.患. 2279. 驗 例. Federschmidt氏ハ. 按. 等 動 物ヲ 取 扱 フ 毛 皮 商人,毛 多 ケ レ ドモ,本. ノ1治. 島,福. 島及. 者 ハ 家 族ニ 最 近 兵. Graef氏. 早 期 切 除 法 ヲ稱揚. シ,. ハ壞 疽 部ヲ 全 部 切 除 シ タ ル 後,腐. 蝕 ス ル ハ 安 全 ナ ル 療 法 ニ シ テ 何 等 危險 ヲ認 メ ズ,併. シ猥 リ ニ切 開ヲ 行 フ カ,或. ハ 膿疱 ヲ切. 除 シ タル 後 腐 蝕 法 ヲ行 ハ ザ レバ,却 ナ リ ト イヘ リ.Barlach氏. ツ テ危險. ハ膿疱ヲ 切 除 シ,. 其 ノ 周圍 ニ 沃 度丁 幾 ヲ 注 射 シ,又. 大 ナル 浮 腫. ア ル モ ノ ハ 之 ヲ切 開 セ リ.Koelsch氏 ノ増 進 セ ル モ ノ,丹. ハ浮 腫. 毒樣 ノ變 化 強 キ モ ノ,淋. 庫 縣 姫 路 市 ヨ リ來 ルヒ ノ有 リ.姫 路 市 ニ ハ 時. 巴 腺 腫 脹 大 ナ ル モ ハ ニ切 開 ヲ行 ヒ,燒. 折 發 生 ス ル モ ノ ナ レバ,夫. 尚 ホ重 症 ノ モ ノ ニ ハ 沃 度 丁 幾ヲ 注 射 シ テ3例. 等 ヨ リ感 染 シ,病. 毒 ノ附 着 セ ル 手 指 ヨ リ患 部ヲ 犯 シ タ ル モ ノ ナ. ヲ 治 癒 セ シ メ タ リ.Rogelloval,. ラ ン カ.皮 膚 脾脱 疸 ハ 露出 セ ル 部 分 則 チ顔 面,. ハ37例ニ. 手 指,頸 部ニ 多 クVirchowニ. 汞0.4‑2.0ヲ撒. 84%ニ. ヨレ バ,夫 等 ハ. 達 シ,W. Koch, Federschmidt, Legge,. Rostoschinski氏. 等 ノ蒐 集 シタ1467例. 部 及ビ 顔 面,641例. ニ シテ38%ニ. 中,頭. 達 シ,頭 部. 萄状球菌 ト. 脾脱疽 菌ト ノ混 合 感 染 ナ リ(第6圖參 E. Lexer, H.. Hetsch氏. 照).. 等ニ ヨ レバ,葡 萄 状. 布 シ,非. 常ニ 好 成 績 ヲ擧ゲ タ. リ. 之ニ 反 シBaumgarten,. V. Bergmann氏. 等. ハ 非觀 血 的 療 法ヲ 主 張 ス.即 チBaumgarten. 染 ヨ リ免 ルル コ トハ 不 可 能 ナ リ.故ニ. 1903年Sclavo氏. ア リ ト述ベ,K.. ル ト.1073例. 切除 ハ. ガ 血 清 治 療 ヲ 行 ヒ,164例. Mendez氏. ノ1904年ノ. 統計 ニ ヨ. 中,死亡4.2%(血. 清 療 法 ノ行. 菌 トノ 混 合 感 染ニ 於 テ ハ 比 較 的 良 好 ナ リ ト言. ハ レ ザ リ シ時 ノ 死 亡率20%)ニ. ヨ リ效 力 ノ ア. ヘ リ.. ル ヲ證 明 サ レテ ヨ リ其 ノ效價 ハ確 定 的 ノ モ ノ. 脾 脱 疸 ハ 病 竈 部ニ 於テ脾脱 行,淋. ノ葡 萄状 球. 般感. 其 ノ效 ナ シ ト言 ヘ リ.. 中 死 亡6%,. ガ9例. 氏. 就 テ 膿疱 ヲ切 開 シテ 其 ノ 中ニ 純 昇. 球 菌 ハ 動 物 體 中ニ 於 テ ハ 脾脱疽 菌 ト拮 抗 作 用 Muller氏. Barros兩. 氏 ハ 如 何ニ 早 期ニ 患 部 ヲ 切 除 ス ル モ,一. 及ビ 顔 面ニ 發 生 ス ル モ ノ最 モ 多 シ. 本 症 ハ組 織 標 本ニ 見 ル 如 ク,葡. 灼 シ,. 疽 菌 繁 殖 シ,血. 巴 行 ニ ヨ リ菌 及ビ 毒 素 ハ 全 身 ニ運 搬 セ. ラ ル モ ノ ナ レバ,其 去 シ,然. ル 後,對. Kurloff氏. ノ根 源 タ ル 患 部 ヲ先 ヅ 除. 症 療 法ヲ 行 フ ヲ理 想 トス.. モ亦 脾 脱 疽 ハ水疱 ノ 摘 出 ト感 染 シ. タ ル 淋 巴 腺 ヲ 除 去 ス ル ヲ 唯 一 ノ法 トス ト述 ブ. W.Koch氏. ハ 早 期ニ 病竃 ヲ 切 除 シ タ ル後,. 沃 度 丁 幾,「. 沃 度 ホ ル ム」,昇汞. 147. ヲ撒 布 シ,. トナ レ リ.1907年Ehrlich氏. ガ 本 症ニ「 サ ル バ. ル サ ン」ノ 有效 ナ ル 事ヲ暗 示 シ テ ヨ リ,漸 次 之 ヲ 用 フ ル モ ノ多 ク,Engelhardt‑Dusseldorf, Joschko氏,我國ニ. 於 テ ハ 矢 野,高 橋 氏 等 ガ,. 應 用 セ ル モ,其. ノ例 少 數 ナ ル タ メ效 果判 明 セ. ズ. 我 國ニ 於 テ ハ 三 宅,白. 銀兩 氏 ハ 充 分 皮 下 結. 締 織 ト共 ニ 輪 状ニ 切 除 シ後燒 灼 シ治 癒 ス.岡.

(7) 2280. 石. 村 氏 ハ 病 竈 周圍1cmノ. 川. 博. 染徑 路不 明 ナル 皮 膚 脾 脱 疽 ノ1例ヲ. 部 分 ヨ リ輪 状 ニ切 除. リ.. シ 「 ヨー ドホ ル ム」 綿 紗ヲ オ キ濕 布繃 帶 ヲ施 ス.又. 淺 原,大. ヨ リ15例. 2.. 規 氏 等 ハ 切 除ニ 「リバ ノー ル 」. 注 射 ヲ 併 用 シ テ 好 結 果 ヲ得,近 中 唯1例. 報告 セ. 發 生部 ノ膿疱 内容 ヨ リ作 レル 塗抹 標 本. ニ ハ脾 脱 疽 菌及ビ 葡 萄 状球 菌ヲ證 明 シ,其. 藤 氏 ハ切 除 ニ. ノ 死 亡 ノ ミニ テ 良 成 績 ラ. 混合 感染 ナ リキ.余 ノ環 状切 除ハ,其. ノ. ノ組織. 標 本ヨ リ推 シテ,適 當 ナ ル距 離 ナ ル コ トヲ證. 擧 グ.. 明 セ リ.. 余 ノ 組 織 標 本ニ 示 ス ガ 如 ク病 竈 部 ニ ハ 脾 脱 疽 菌 限 局 セ ル ガ 故ニ,之. 3.. ヲ周 圍 ノ 健 康 組 織 ヨ. ヲ環 状ニ 切 除 シテ,直 チ ニ全 快ニ 向 ヘ リ.. リ完 全ニ 摘 出 ス レバ 最 早 全 身 感 染 ノ 虞 ナ シ. 之ニ 加 フル ニ 血 清7ccヲ. 注 射 シ,其. 本症 ハ症状 比較 的 重 篤 ナ リ シガ,病 竃. ノ安全 ナ. ル ヲ計 レ リ.. 此稿 ヲ終ル ニ當 リ津田教授 ノ懇切 ナル校閲 ヲ深謝 ス. 結. 1.. 余 ハ8歳. 論. 男 子 ノ右 側 顔 面ニ 發 生 セ ル 傳. 參 1) 中 外醫. 丸 茂,醫. 事 新 聞,第689號.. 事 新 報,第776號.. 醫 學 會雜. 誌,第5年,第8號.. 第19卷,第1號. 矢 野,皮. Med.. Wochen.,. 14). E.Lexer, Lehrbuch. 16). Georg,. 19,. S. 771,. Ristic,. 1932.. Langfellner,. S. 651, Spezielle. u.. 26) C.. Fortbild.,. Nr.. die 295,. Deut.. 23). Patholog.. 1907.. und. Deut.. 1933.. 6,. 51,. 1889.. 24,. Atlas. 13,. 776.. S. 524,. A.. Therapie,. Bd.. 1911. Bd.. 2,. Teil. M.M.W.,. 2, S. Nr.. 28) W. Kolle 1,. S. 978, 1907.. S. 250. der. S.. 345,. H.. pathologischen 32) F. Mussemeier,. Die. Mykologie, M.M.W.,. Bd.. 13,. 1935.. Nr.. Nr.. S.. 1375,. M.M.W.,. Barlath,. Dentsch.. 34,. 24) Kraus M.M.W.,. 27). Hetsch,. 1907.. 19) Voislav Nr.. 1903.. 25). 693,. M.M.W.,. M.M.W.,. 1932.. 29) Kurloff,. 17,. f. Chir.,. 22) Warringholz,. S. 858, und. Nr.. Krankheit.. Philadelphy,. 14,. 膚 科 紀 要, 10). Dorling‑Tientin,. Geschlechts. 459.. 21,. Wochen., Ztb.. G.C.. 1930. Nr.. 高 橋,皮. 島. 12) K.Muller,. 15) Joschko,. Haut. 20). 7). 淺 原,. 増 田,鹿兒. 療 大觀,第5卷,第4編.. Med.. 17). der. 1933. Nr.. 30) Lehrbuch Nr.. 1, S.. Munchen. 100, 1912.. Federschmidt, M.M.W.,. Infektionskhten,. M.W.,. S. 1971,. 誌,第4卷,第6號. 鯉 沼,診. 3) 5). 庫 醫 學,第2卷,第1號.. Barlach,. Bd. S.. Frieboes,. Springer,. S. 145,. 13). No.2,. M.W.,. 保 田,兵. 誌,第10卷,第9號.. 誌,第26卷,第3號.. 9). 11). Chirurgie,. 18) W. Nr.. 本 傳 染 病 學 會雜. 1894.. M.M.W.,. M.M.W.,. 21). S.. der. Becker,. 泌 尿 器 科雜. 醫雜,第45年,第3號.. 和9年. S. 515,. 膚 科 及 ビ 泌 尿 器 科雜. 膚 科 及ビ. 渡 邊,日. 近 藤,岡. 文 獻. 岡 村,皮. 大 規,皮 9). 8) 膚 科 紀 要,第24卷,昭. Deuts.. 2). 4). 考. Gutzut,. Experimentelle Archiv. 1933. Nr.. u. Nr. Ztschr.. 38,. Burgsch, 14,. 321,. f. arztl.. Bakteriologie,. f. Klin.. 1, S.. 445,. 1888.. Nr.. 42,. S. 1699,. Med., 31). Jg.. 44,. Russ,. 1933.. 148.

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