重篤な有害事象(serious adverse events:SAEs)が
発生する可能性が高まると危惧される.術中術後の
心停止は一般病棟で起こると予後不良であるが
3),
その安全性に劣る一般病棟にさらに負担をかけるの
が現代の日本の急性期医療の構図となっており
1),
この手術室効率化の推進による一般病棟の危険性増
加に対してはシステムによって対策を講じることが
安全管理上の急務である.さらには,痛みや嘔気と
いった患者満足度を下げる事象への質の高い対応が
求められていることも現代の術後管理の特徴であ
る
4).
このように周術期の効率化を推進しながらも術後
管理の安全性あるいは患者の満足度を高めることが
重要である本邦の現状において,その方策の一つと
なり得る Postanesthesia Care Unit(PACU)につい
て解説する(図 1).
Ⅰ 術後管理体制の落とし穴
近年,麻酔に関連する薬剤や機器の進歩ならびに
低侵襲手術の増加などにより,術後の回復は以前に
比較して速やかになってきている.一方で,患者の
高齢化,合併症や病態の重症化,手術方式や術後鎮
痛法の多様化のために術後管理が複雑化しているこ
と,さらには件数増加や長時間化によって病棟の人
手が少ない夜間帯に終了する手術が増えていること
などにより,術後患者にはより慎重な対応が必要な
状況となっている
1).
日本の急性期病院では,急速に増加する手術件数
に対応するために,より効率的な周術期の管理体制
が求められているが
2),速やかになった術後の回復
への過信や複雑化した術後管理への注意不足により
安全対策が不十分になると,一般病棟の術後患者に
[要旨]周術期管理において,術後患者の全身状態を安定化させる Postanesthesia Care Unit (PACU)が果たしうる役割を再考した.PACU に期待される機能は,術後安全性の向上,患者満 足度の向上,手術室の効率的運用への寄与であり,その効果を検証することが求められている.本 邦では PACU を運営する施設が 16.1%と少ないが,運営しない施設の 60.0%でその必要性を感 じており,場所や人員の確保に関する対策が求められると同時に日本に合った形の PACU につい ても検討すべきである.PACU 運営の実際や効果検証の進捗に触れながら,今後の展望について 解説した.
キーワード: 術後回復室,リカバリールーム,重篤有害事象(serious adverse events:SAEs), 医療安全 著者連絡先 仙頭佳起 〒 467-₈₆₀₁ 愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄 1 名古屋市立大学大学院医学研究科 麻酔科学・集中治療医学分野 *名古屋市立大学大学院医学研究科 麻酔科学・集中治療医学分野
Ⅱ PACU の現状
日本で術後回復室あるいはリカバリールームと呼
ばれることもある PACU は,麻酔後のケアを行う
場所として手術室エリアの一角に設置される
5)∼ 8).
手術が終わって ICU や HCU に入室する以外の患者
は,一般病棟に移動する前に必ず PACU を経由す
る(図 2).PACU の目的は,術後患者の全身状態へ
の継続的監視と介入により,安定した全身状態で一
般病棟へ橋渡しを行うことである.
1. 諸外国先進諸外国では古くから標準的に運営されてお
り,術後患者の「回復」をただ待つだけの「リカバ
リールーム」から,「Postanesthesia Care」により
術後患者の予後や満足度,さらには周術期の効率化
へ積極的に貢献する「PACU」へとその概念は変革
してきた
9)∼ 11).
諸外国ではそれぞれ PACU に関するガイドライ
ンを制定している.それらによると PACU の位置
づけは表 1 の通りであり,重要視されていることが
わかる
5)∼ 8).
豪州では PACU を持たない施設はないといわれ
る.豊富で質の高い PACU 看護師の配置と,手術
室数の 1.5 ∼ 2.5 倍のベッドを収容する空間的容量を
生かして,術後患者への対応は手厚い.覚醒を待ち,
全身状態の監視と問題への対応を行い,持続鎮痛法
を開始し,十分に安定した全身状態で一般病棟へと
移動する.このように PACU と一般病棟との合理
的な機能分化が達成されている.
2. 日本一方で,短時間作用型麻酔薬の普及などにより,
本邦ではいわゆる術後回復室を廃止する傾向にあっ
た.近年の PACU 運営状況を把握するため,筆者
らは全国調査(2012 ∼ 2015 年)を行った.
PACU を運営していたのは 155 施設のうち 25 施
設(16.1%)のみだったが,PACU を運営していない
130 施設のうち 78 施設(60.0%)がその必要性を感じ
ていた(図 3).PACU の必要性を感じる理由として
は多い順に,呼吸,循環,意識,痛みの評価,手術
室稼働率,悪心・嘔吐,低体温,区域麻酔の評価で
あった.この結果から,PACU に期待されている機
能は,術後安全性の向上,患者満足度の向上,手術
室の効率的運用への寄与に分類される(表 2).必要
性を感じていても開設を検討しているのはそのうち
図 1 術後管理体制の落とし穴 本邦の現状において,PACU は有用なシステムとし て機能し得る.図 2 PACU(Postanesthesia Care Unit)
PACU は手術室エリアの一角に設置される.ICU や HCU に入室する以外の患者は,必ず PACU を経由し, 安定した全身状態で一般病棟に移動する.
わずか 16.7%のみであり,困難な理由として,場所
不足(66.7%),看護師不足(55.1%),医師不足(41.0
%)などがあげられた.
Ⅲ PACU の運営
名古屋市立大学病院の PACU は,12 手術室に対
して 6 区画が中央手術室エリアに設置され,24 時間
表 2 PACU 必要性の理由(必要性を感じると回答した 101 施設) 理由 施設数(%) 安全性 満足度 効率化 呼吸の評価 循環の評価 意識の評価 痛みの評価 手術室稼働率 悪心・嘔吐の評価 低体温の評価 区域麻酔の評価 90(89.1%) 73(72.3%) 69(68.3%) 64(63.4%) 59(58.4%) 49(48.5%) 47(46.5%) 36(35.6%) ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 図 3 PACU 全国調査 (a):PACU の運営,(b):PACU を運営しない施設での必要性 ①東海北陸地方の 6 大学病院とそれぞれの関連施設(36 施設)②全国の私立大学病院 とその分院(36 施設)③東海北陸地方以外の 8 大学病院とそれぞれの関連施設(65 施 設)④小児総合医療施設協議会参加施設のうち小児病院型および小児病棟・療養型 である施設(18 施設)に対して 2012 年から 2015 年にかけて行った調査.の PACU 滞在となる.諸外国で PACU 看護師が専
門領域の一つとして確立されていることからもわか
るように,PACU では看護師が大きな役割を果た
す
10), 11).
PACU から病棟への退室にあたっては,滞在時間
よりも退室基準に従っており国際標準的である.以
前は Aldrete Score
12)を用いており安全性を主体と
していたが,Modified Postanesthetic Recovery Sco-re
13),ASA のガイドライン
5),Rapid Response Sys-tem 起動基準
14)を参考に,痛み,嘔気,ドレーン量,
医療者の懸念などを追加した退室基準を作成した
(表 3).退室許可は担当麻酔科医ではなく麻酔科責
任医師が指示しており,第三者である PACU 看護
師や麻酔科責任医師の客観的な評価が加えられるこ
とも安全性を高めると期待される.
当院では,PACU 運営によって一般病棟での急変
や蘇生を回避できた症例をこれまでにもしばしば経
験している(表 4).いずれの症例においても,PACU
にて異常を即時に検知し,注意深い観察と遅滞なき
積極的な対処で予期しなかった術後変化に対して適
切な治療を行えたことが,病態の重篤化回避につな
がった
15).手術室エリア内で PACU 看護師・麻酔
科医・外科系医師が対応できる体制は有利である.
体制で麻酔科が運営する.専従看護師が日勤帯は
ICU から,夜間帯は手術室から派遣され,患者対看
護師比が 1 ∼ 2:1 の看護体制が整う.全身状態の
監視と問題への対応,patient controlled analgesia
(PCA)の開始と滴定などが行われる.麻酔科管理
症例は区域麻酔のみでの管理症例であっても,合併
症 の な い 患 者 の 小 手 術 症 例 で あ っ て も,ICU・
NICU・救命センター入室例を除く全例が PACU を
経由して一般病棟へ移動する.
PACU は各手術室と連続した空間であり,麻酔科
医控室のごく近傍に位置する(図 4).除細動器,超
音波装置,血液検査測定器などが配置され,現場で
の即時検査が可能である.各区画にはそれぞれ生体
情報モニター,中央配管(酸素,空気,吸引),電源,
緊急ブザー,電子カルテ端末が備わる.緊急カート
や薬剤カートを 6 区画で共有する.
術中管理を担当した麻酔科医は,PACU 看護師へ
の申し送り後に術後事務作業や次手術の準備をしな
がら間欠的に患者を診察し,次手術の開始までには
麻酔科責任医師に引き継ぐ.PACU 看護師への申し
送りは麻酔科医の他に手術室看護師からもなされ,
集 約 さ れ た 情 報 と PACU で の 経 過 を 合 わ せ て
PACU 看護師から病棟看護師へと伝えられる.平均
的には入室から退室許可まで 30 分,さらに病棟看
護師の到着を待って退室まで 10 分と合計 40 分程度
図 4 名古屋市立大学病院の PACU PACU は各手術室と連続した空間であり,麻酔科医控室のごく近傍に位置する.Ⅳ PACU の効果検証
そもそも諸外国における PACU は,術後死亡例
の検討結果や戦争中の人手不足から,必要性は明白
だとして 1940 年代に運営が開始され,検証のない
ままに標準的で必要不可欠なものとして定着したの
が現状であるため
16), 17),現代における,あるいは日
本における PACU の効果は改めて証明される必要
があろう.PACU の 3 つの役割であり術後管理の三
本柱と呼ぶべき安全性,満足度,効率化それぞれに
ついて述べる.
【投薬】 15 分以内のオピオイド投与なし 【懸念】 患者に対する懸念(なにか心配,なにか変だ)なし NCUH:Nagoya City University Hospital, NRS:numeric rating scale 表 4 PACU 運営により重篤化が回避された例 症例 要点 弛緩出血 35 歳の女性(ASA︲PS Ⅰ) 双胎妊娠・切迫早産に対する選択的帝王切開術(脊髄くも膜下麻酔) 術中は子宮収縮良好だったが PACU にて洞性頻脈,低血圧 弛緩出血 麻酔科医による蘇生と産科医による産科的止血 両側子宮動脈塞栓術,子宮温存,合併症なく退院 残存筋弛緩 77 歳の男性(ASA︲PS Ⅱ) 膀胱癌に対する腹腔鏡下膀胱尿道全摘・回腸導管造設術(硬膜外麻酔併用全身麻酔) PACU にて半覚醒,SpO2低下,応答なし,PACU 看護師が緊急ブザー発動複合的要因(残存筋弛緩,オピオイド,無気肺,肥満)による呼吸不全・呼吸停止 麻酔科医による蘇生,再挿管 一般病棟で起こると予後不良である術後呼吸抑制だが合併症なく退院 下肢コンパート メント症候群 17 歳の男性(ASA︲PS Ⅰ) 両側膀胱尿管逆流症に対するロボット支援腹腔鏡下膀胱外再建術(全身麻酔) PACU で覚醒度があがり右下肢の痛みと緊満感を訴えた,麻酔科医が超音波検査 高度頭低位,下肢低灌流などによる合併症である下肢コンパートメント症候群 病棟帰室することなく CT で診断後に整形外科医が右下腿筋膜減張切開術施行 リハビリののち神経障害や腎障害を残さずに退院 ASA-PS:American Society of Anesthesiologists physical status
1. 安全性
PACU で術後患者の全身状態を安定化させるこ
とが,病棟での急変の回避につながる可能性がある.
筆者らは過去に,急性期病院 3 施設を対象とし,
術後 12 時間以内に Code Blue(CB;院内救急コー
ル)が起動された症例についての研究を行った
18).
手 術 件 数 に 対 す る 手 術 直 後 CB 症 例 数 の 割 合 は
0.006 ∼ 0.03%と諸外国の院内急変関連の報告と同
程度であった
19)∼ 21).このように術後患者の一般病
棟での CB はまれではあるものの,患者の全身状態
が ICU でなく一般病棟での管理に適すると麻酔科
医が判断したことを考慮すれば,まれだから許容さ
れる部類の事象ではない.全身麻酔だけでも 1 カ月
に約 235,000 件が行われる日本
22)では年間 300 ∼ 800
人もが術後に一般病棟で危機的状況に陥っているこ
とになる.
この研究では,PACU を運営する施設では PACU
を運営しない施設と比較して手術件数あたりの術直
後 CB 症例数の割合が低い傾向があり,PACU 運営
が一般病棟での術後患者の有害事象を減らしている
可能性が示唆された(表 5).この研究を踏まえて,
レジストリによる多施設共同研究が計画中であり,
これにより PACU 運営の安全性に関する効果を検
証する.
2. 満足度患者が術後に避けたいと望むのは,多い順に嘔気・
嘔吐,術後痛であることが報告されている
4).しか
し,24 時間後までに嘔気が 40%,嘔吐が 22%とい
う頻度で発生しているのが本邦の現状である
23).患
者の満足度を下げる嘔気・嘔吐や術後痛に関して,
症状の発現から対応までの時間差が最小限であるこ
とは PACU の利点の一つである.また,オピオイ
ドや神経遮断作用を持つ薬物などは一般病棟では使
用を躊躇しがちだが,PACU では監視下で安全に投
与できるため,積極的に必要十分な対処を行える.
当院では,麻酔中ではなく麻酔終了後に PACU
で PCA を開始し,注意深い観察のもとに滴定して
いるため,予期せず高血中オピオイド濃度のまま術
後患者が一般病棟に移動することはなく,0.2 ∼ 0.5
%
24)で起きるとされる PCA による呼吸抑制のアク
シデントは,これまで経験せずに患者満足度を高め
ることができている.
3. 効率化PACU を運営していない施設では,病棟への移動
に外科系医師や麻酔科医を含む多くの人手が割かれ
ていることが前述の全国調査で明らかとなった
(表 6).PACU で全身状態を十分に安定化させるこ
とで搬送の人手を削減できるなか,この状況は効率
化の妨げである.
また,PACU における対応で術後患者の嘔気や痛
みの訴えが減少することにより,病棟看護師の労力
は軽減し,病院全体としての効率化に寄与している
表 5 PACU を運営する施設と運営しない施設との比較 一般病院 A 一般病院 B 大学病院 C Mayo Clinic (USA)19) PACU 病床数(床) 期間(月) 手術直後 CB 件数(件) 手術件数(件) なし 812 10 1 4015 なし 627 24 2 6206 あり 808 48 1 15486 あり 2059 18 8.1※ 118750※ 手術件数あたりの 手術直後 CB 件数 0.02% 0.03% 0.006% 0.007%※ ※:報告内容から算出した推定値 CB:code blue 〔文献 18)より引用・改変〕可能性があるが,検証が必要である.人的資源の効
率的運用や退室から次の入室までの時間短縮が経済
効果を生んでいる可能性についても,今後専門的な
検証を要する.
Ⅴ PACU の課題
本邦の PACU に関する今後の課題を以下にあ
げる.
1. エビデンスの構築本邦でもこの数年間で PACU を見直す動きがあ
り,PACU は徐々に増えている.病院の再開発に合
わせて新設する例や,物置と化していた術後回復室
を復活させる例が見られるが,これは医療安全管理
対策である場合
25)が多い.一方で多くの施設では,
開設を検討していてもエビデンスが不十分であるな
か決定できないという状況である.
前述したように PACU の効果を多角的に証明す
ることは,重要かつ急を要する課題である.
2. 日本に合った形約 4 割は必要性を感じていないと表明しているこ
と,運営されている PACU が圧倒的に小規模であ
ることなどを考慮すると,日本の医療背景において
はあらゆる施設が諸外国のような PACU を備える
必要があるわけではなく,日本に合った形を検討す
べきだと考える.
PACU が効果を示しやすい施設の条件(手術件
数,手術室数,スタッフ数,研修医数など)を解明
することや,本邦の施設(諸外国のような PACU に
開設を困難にさせている理由の大部分を占める.こ
の状況で PACU 開設を検討する場合には病院管理
部門の理解を得ることが必須となるが,Postanes-thesia Care の重要性が認識されても PACU に管理
料が算定されていない点は大きな障害となり得るた
め,この診療報酬上の問題も合わせて今後解決して
いく必要がある.
おわりに
術後管理の三本柱(安全性,満足度,効率化)に対
して,術後患者を安定化させる PACU の運営が果
たしうる役割について述べた.
ASA の手術室デザインマニュアル
26)に「先進国
の中にも PACU が整備されていない施設が依然と
して少数見られる」とあるが,本邦では多くの施設
がこれに含まれる.日本において今後ますますの手
術件数増加は手術室運営にとっても各麻酔科医にと
っても圧力となる可能性が高く,麻酔科医が懸念を
持っているにもかかわらず患者を一般病棟へ移動さ
せてしまう事態は起こりかねない.麻酔科医が一般
病棟の管理体制に過度な期待を寄せて,医療の進歩
を妄信して,患者の安全性や満足度が犠牲になって
しまうことはあってはならない.本邦における周術
期の状況を顧みると PACU の意義は今こそ見直さ
れるべきだと感じる.
謝辞 全国調査にご協力をいただいた各施設,鈴木
利保教授(東海大学医学部医学科外科学系麻酔科),
鈴木康之先生(国立成育医療研究センター手術・集
中治療部),ならびに本稿に関してご指導をいただ
いた祖父江和哉教授(名古屋市立大学大学院医学研
究科麻酔科学・集中治療医学分野)に感謝の意を表
します.
本稿の要旨は日本臨床麻酔学会第 35 回大会(2015
年,横浜市)教育講演にて発表した.
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rently have PACUs. The identifying advantages of a PACU are 1)to optimize the patient’s safety, 2)to improve the patient’s comfort and satisfaction, and 3)to increase surgical turnover and operating room efficiency. However, more detailed evidence to support these advantages is required. The lack of space and a shortage of human resources appear to be the two main factors which make it difficult to manage PACUs at present even though 60.0% of institutions recognize the merits of having one. Nevertheless, the establishment of PACUs will likely need to be modified in Japan due to its unique medical systems and traditions. This article describes the management techniques, progress in verify-ing the associated benefits, and future considerations for PACUs in Japan. Key Words : Recovery room, Postoperative recovery unit, Serious adverse events(SAEs), Patient safety