Ⅱ 原 因 1. 麻酔薬による誘発 素因を持つ患者に吸入麻酔薬や脱分極性筋弛緩薬 等原因(誘発)薬剤を投与すると,それが誘因となっ て発症し,急速に症状が進行する.特に吸入麻酔薬 と脱分極性筋弛緩薬が使用されていれば発症は爆発 的である.しかし吸入麻酔薬とバルビツレート類あ るいは精神安定剤の併用等で発症が遅れる.また脱 分極性筋弛緩薬の直接的な悪性高熱症誘発機序は明 確ではない. 2. 非麻酔時誘発:運動と熱射病 熱中症と悪性高熱症の同一発症家系の報告は以前 よりあったことより,運動,熱ストレス,無酸素症, 不穏,興奮なども悪性高熱症を引き起こすと言われ ている.熱射病で死亡した症例からも RYR1 遺伝子 変異が同定されている.高温環境下では骨格筋内の Ⅰ 概念・定義 悪性高熱症は主に全身麻酔中に突然高熱を発す る,常染色体優性遺伝の筋肉疾患である.発症には 遺伝素因,抑制因子の欠如,および誘発因子が関与 する.本症の特異的な症状はないが,早期発見・早 期治療がなされなければ死に至る,頻度はまれであ るが重篤な疾患である.遺伝性の潜在的な疾患で, かつ日常生活ではほとんど症状がないため,この疾 患の素因を術前検査から診断することは難しい.本 症の病因として骨格筋のカルシウムチャネルを構成 しているリアノジン受容体(RYR1)の機能異常がか ねてより言われているが,骨格筋細胞膜にある電位 依存性 L 型カルシウムチャネルであるジヒドロピリ ジン受容体のαサブユニット遺伝子 CACNA1S も 原因遺伝子の一つと考えられてきている. 日本臨床麻酔学会第 37 回大会教育講演 日臨麻会誌 Vol.38 No.7, 760 〜 769, 2018
悪性高熱症─安全な麻酔管理のために─
市原靖子
* [要旨]悪性高熱症は主に全身麻酔中に突然高熱を発する,常染色体優性遺伝の筋肉疾患である. 発症には遺伝素因,抑制因子の欠如,および誘発因子が関与する.本症の特異的な症状はないが, 早期発見・早期治療がなされなければ死に至る.この疾患の素因を術前検査から診断することは難 しい.日本麻酔科学会では会員が悪性高熱症に対する理解を深め,実践できるよう,悪性高熱症管 理ガイドラインを 2016 年に制定した.本ガイドラインは患者救命を最優先にする必要な処置が 記載されている.ただし,ガイドラインでは原則を記載したのみで,本疾患の病態を理解し,現場 の状況によって適宜修正する必要はある. キーワード:悪性高熱症,リアノジン受容体,ダントロレンナトリウム,カルシウム誘発性カルシ ウム放出 著者連絡先 市原靖子 〒 278-0005 千葉県野田市宮崎 100 キッコーマン総合病院麻酔科 *キッコーマン総合病院麻酔科カルシウム濃度が上昇しやすいためと考えられる. Ⅲ 頻 度 発症頻度は統一された臨床診断基準がないため, 国により大きな差がある.1989 年の本邦の報告で は約 60,000 例の全身麻酔に 1 例の頻度であった.発 症数は最近減少している.死亡率の年別推移は特効 薬であるダントロレンナトリウム(ダントロレン)の 発売された 1985 年以降 15%近く減少したが,それ 以降は横ばいのままである1).しかも遺伝性疾患に もかかわらず 30 歳以下の男性に多いが,原因は明 らかではない. Ⅳ 発症機序 悪性高熱症を発症すると骨格筋が持続的に収縮し 硬くなる.この収縮は筋弛緩薬(神経筋接合部遮断 薬)を投与しても弛緩しないことより,神経筋接合 部より末端側,つまり骨格筋自身に原因があること は明らかである.発症機序(図 1)2)は現段階でも完全 には解明されていないが,骨格筋の筋小胞体(sar-coplasmic reticulum:SR)からのカルシウム誘発性 カルシウム放出(Calcium-induced Calcium release: CICR)機構の異常亢進であることが有力である3). CICR 機構は SR から細胞質へのカルシウム放出チ ャネルである RYR1 の特性である4).正常時,生理 的刺激で(この機構は)発動し,急速な筋収縮を司っ ている.上昇した細胞内カルシウムは,SR のカル シウムポンプ(SR 内へのカルシウム取り込み)の働 きで,直ちに低下し CICR 機構は停止する.しかし 何らかの原因で SR からの Ca 放出速度(量)が取り 込み速度(量)を上回ると,細胞内 Ca 濃度が高まり, CICR 機構の抑制不能状態となる.その CICR 機構 図 1 悪性高熱症(MH)の発症機構と治療薬の作用 〔文献 2)より引用〕
の抑制不能状態が悪性高熱症の本体と考えられてい る5).CICR 機構の抑制不能状態では細胞内 Ca 濃度 が異常に高まっている.そのような状況下でミトコ ンドリアの phospholipase A2 活性亢進,筋収縮, カルシウムポンプ機能亢進に基づく ATP 大量消費 などにより熱産生が増加し体温上昇を引き起こす. 高体温により,さまざまな症状が引き起こされる. 特効薬であるダントロレンナトリウムは RYR1 から のカルシウム放出抑制が証明されている.骨格筋細 胞膜が傷害されると細胞内のクレアチンキナーゼ, カリウム,ミオグロビンなどが血中に流出しさまざ まな臓器障害を引き起こす. Ⅴ 臨床症状6) 基本的に素因者は日常生活ではほとんど症状はな い.しかし発症すると臨床像はきわめて多彩となる. また発症のタイミングは麻酔開始後から終了後まで いずれのタイミングでも発症する.最近では麻酔開 始から発症までの時間の中央値は 120 分と長くなっ ている.理由として脱分極性筋弛緩薬の使用頻度の 低下,レミフェンタニル使用による低濃度の吸入麻 酔薬使用などが挙げられる.術後悪性高熱症発症は 麻酔終了後 1 時間以内が多い. 咬筋硬直以外に初期に認められる症状は呼気終末 二酸化炭素濃度(PETCO2)の上昇,頻脈である.全 身麻酔中に適切な換気を行っても PETCO2が上昇 するときは悪性高熱症を疑うべきである.また,発 症初期に動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)が PETCO2 より低ければ悪性高熱症の可能性が高いとされる. それに引き続いて頻脈,体温上昇,SpO2低下, 不整脈が出現する.原因不明の頻脈は悪性高熱症の ほとんどに認められる.ただし,麻酔中体温上昇を きたす悪性高熱症以外の疾患もあり,即,治療を要 する疾患が多い.二次性視床下部病変(腫瘍や外傷 などによる),不適切な麻酔(鎮痛および鎮静),ガ ス流量や換気が不十分,麻酔器の不良,脱水,うつ 熱,甲状腺機能亢進症(クリーゼ),感染・敗血症, 中枢性発熱,褐色細胞腫,脳炎,アルコール,薬物 (NMDA,コカインなど),悪性症候群,セロトニ ン症候群などが挙げられる.これらの疾患を鑑別し 診断する必要がある. さらに悪性高熱症が進行すると横紋筋融解症が生 じ,カリウム,クレアチンキナーゼ(CK),ミオグ ロビンの血中濃度が上昇する.ミオグロビンによる 急性腎不全,DIC,肺水腫,脳浮腫,肝不全等が起 こり多臓器不全状態になる.悪性高熱症が一度発症 してしまうと症状は急激に悪化し,治療開始が遅い と死に至る6). 術後悪性高熱症は術中の悪性高熱症とは異なり, 術中は問題なく経過するものの麻酔終了後悪性高熱 症症状を発症するものである.よって発見・治療が 非常に難しい. Ⅵ 診断のための臨床検査7) 悪性高熱症を発症前に検査にて診断することは大 変難しい. 1. 血清 CK 値 悪性高熱症素因者は高 CK 血症の割合が高いが, 高 CK 血症だからといって必ずしも素因者ではない し,実際に素因者でない場合が多い. 2. 骨格筋を用いた検査 1)筋束を用いた筋収縮テスト 悪性高熱症患者の骨格筋は,カフェインおよび揮 発性麻酔薬であるハロタンの感受性が亢進している ことを根拠に,筋束を用いたカフェイン・ハロタン 収縮テストの欧州(in vitro contracture test:IVCT), 北米(caffeine-halothane contracture test:CHCT) の二標準法が採用されている. 2)スキンドファイバー法 スキンドファイバーは細胞膜を化学的あるいは機 械的になくした骨格筋細胞(筋線維)であり,筋線維 1 ∼ 2 本を用いて行う.検査に必要な筋肉量は紙マ ッチ 1/3 程度の量ですむ. ①カフェイン・ハロタン感受性テスト
1. 日本における臨床診断基準(表 1)9) 1974 年に盛生らにより提唱され 1987 年に一部改 定された.体温を指標にした簡易な基準である.体 温に重点が置かれているため,体温上昇をきたす以 前に悪性高熱症の治療を行った場合や体温上昇をき たす悪性高熱症以外の疾患がある場合,誤診をする 可能性がある.しかし体温上昇の基準は,麻酔中で も 15 分の経過で容易に診断ができる.さらに体温 が予後に最も関与している点から有用な基準である と評価されている.
2. Clinical Grading Scale(CGS)(表 2)10)
米国を中心に世界的に使われている悪性高熱症の 臨床診断基準は,Clinical Grading Scale(CGS)であ る.CGS は症状別にスコアリングし,その総得点 による悪性高熱症の確からしさから判定をするよう にしたものである.プロセスⅠ∼Ⅴとその他の指標 に症状を分け,同一プロセス内では得点は最高のも のをとり,その他の指標はすべて加算可能とし,総 得点により悪性高熱症らしさをランク分けした.咬 筋硬直や高 CK 血症,ミオグロビン尿を認めると, 筋束を用いた筋収縮テストをスキンドファイバー で行う検査である. ② CICR 速度のテスト4) 細胞内カルシウム濃度を変化させ,それにより RYR1 を介して放出される Ca の速度を半定量的に 測定する方法である.1983 年に Endo らが悪性高熱 症患者で CICR 機能の異常亢進を報告して以来本邦 での診断に用いている. 3)遺伝子診断8) 前述のように日本人の点変異の認められた患者の 数は,CICR 速度異常亢進者の約 60%であり,共通 する点変異の人数も少なく,患者の遺伝子に変異が あっても骨格筋細胞のカルシウム調節機能に異常が 証明されていなければ悪性高熱症の原因遺伝子とは 確定できない.よって遺伝子検索のみでの診断はき わめて難しい. Ⅶ 臨床診断 悪性高熱症は特異的な症状がないため 1 つの症状 から診断することは不可能である. 表 1 盛生らの臨床診断基準 1)劇症型悪性高熱症(f︲MH): 麻酔中の最高体温が 40℃以上 麻酔中の最高体温は 38℃以上 40℃未満であるが,体温上昇率が 15 分間に 0.5℃(1 時間に 2℃)以上 で下記の症状を認めるもの (a) 原因不明の頻脈,不整脈,血圧変動 (b) 異常な呼吸(過呼吸):呼吸性および代謝性アシドーシス (c) 筋強直(咬筋,その他) (d) 赤褐色尿 (e) 血液の暗赤色化:血液ガス分析により PaO2の低下 (f) 血液化学検査により,血清カリウム,GOT,GPT,LDH,CK の上昇 (g) 異常な発汗 (h) 今まで認められなかった異常な出血傾向 2)亜型悪性高熱症(a︲MH) 上記の体温基準を満たしていないが,悪性高熱症の他の症状を認める. 3)術後悪性高熱症 麻酔終了後に悪性高熱症を発症.体温により同様に劇症型と亜型に分類される. 〔文献 9)より引用〕
代謝亢進,高熱がなくとも高得点となり,悪性高熱 症発症初期や症状や検査の欠損があると点数が低く なるといった問題がある. Ⅷ 治療法2), 11) 日本麻酔科学会では悪性高熱症の指針を設けてい なかったことから,学会として新たに悪性高熱症患 者の管理に関するガイドライン 2016 を作成した. それにより会員が悪性高熱症に対する理解を深め, 実践できるよう,患者救命を最優先にする必要な治 療・処置が記載されたものが制定された.ただし, ガイドラインでは原則を記載したのみで,現場の状 表 2 Clinical Grading Scale(CGS)
病態 指標 点 1.筋強直 スキサメトニウム投与後の全身筋強直 スキサメトニウム投与後の咬筋強直 15 15 2.筋崩壊 CK 値> 20,000 単位(スキサメトニウム投与) CK 値> 10,000 単位(スキサメトニウム投与なし) コーラ様尿 尿中ミオグロビン> 60μg/l 血清ミオグロビン> 170μg/l 血液,血漿,血清 K+> 6mEq/l 15 15 10 5 5 3 3.呼吸性アシドーシス PETCO2> 55mmHg(適切な換気下) PaCO2> 60mmHg(適切な換気下) PETCO2> 60mmHg(自発呼吸下) PaCO2> 65mmHg(自発呼吸下) 異常な二酸化炭素の過剰(麻酔専門医の判断) 異常な頻呼吸 15 15 15 15 15 10 4.体温上昇 異常あるいは急激な体温上昇 (麻酔専門医の判断) 術中異常な体温> 38.8℃ 15 10 5.心症状 異常な洞性頻脈 心室性頻脈 3 3 6.家族歴 MHS の診断に使用(略)
7.その他# Base Excess < ︲8mEq/l
pH(動脈血)< 7.25 ダントロレンの静注で代謝性アシドーシス,呼吸性アシドーシスが急速に改善 10 10 5 同一病態内では得点は最高のものをとり加算は行わない. #それぞれの項目の点数を加算する. 総得点により MH ランクを決定する. 総得点 MH ランク MH の可能性 0 1 Almost(ほとんど否定的) 3 ~ 9 2 Unlikely(たぶん違う)
10 ~ 19 3 Somewhat less than likely(少し可能性あり) 20 ~ 34 4 Somewhat greater than likely(さらに可能性あり) 35 ~ 49 5 Very likely(たいへんそうらしい)
50 ~ 6 Almost certain(ほとんど確実)
況によって適宜修正する必要はある. ガイドラインでは悪性高熱症の確定診断を待た ず,疑わしい場合にはダントロレンの投与を優先さ せ,治療アルゴリズムが単純・明瞭となっている. 1. 術中管理(図 2)2) 悪性高熱症に対する対処法 (1) 揮発性吸入麻酔薬・脱分極性筋弛緩薬の投与に より発症することから直ちに本薬の投与を中止, 静脈麻酔・非脱分極性筋弛緩薬への変更を行う. (2)人手を集め,手術の早期終了を要請する. (3) 高流量純酸素(10L/ 分以上)で過換気(分時換気 量を 2 倍以上)して呼吸回路内の吸入麻酔薬を洗 い流す(麻酔器の交換は人手と時間がかかるので 必須ではない). (4) ダントロレンの投与の準備を開始する(後述). (5) 静脈路の確保と輸液の投与─循環を維持,利尿 を維持するためにも生理食塩水の大量投与が必 要となることがある. 可能なら管理のため動脈ラインの確保. (6) 体温冷却─冷却した輸液,全身冷却,中枢温が 38℃以下になったら冷却を中止する. (7) 対症療法─不整脈治療(カルシウム拮抗剤の投与 を避ける),電解質補正(高カリウム血症が疑わ れる所見[心電図上テント T 波または血清電解 質異常]が認められたら,グルコース・インス 図 2 悪性高熱症(MH)の治療手順 〔文献 2)より引用〕
リン療法あるいは NaHCO3[炭酸水素ナトリウ ム]を 1 ∼ 2mg/kg 投与),アシドーシス補正(ア シドーシスに対し血液ガス所見により NaHCO3 を投与). (8) 十分な輸液と利尿薬(フロセミド)を投与し,十 分な尿量(2mL/kg/hr 以上)を得る. (9) 以後厳重な患者監視を続ける.ショック状態に 移行している場合,これに通常のショックに対 する治療を加えて行う. <ダントロレンの投与> まずは初回量 1 ∼ 2mg/kg を 10 ∼ 15 分かけて単 独ルートで静注する(急速投与では血圧低下,心停 止を引き起こす可能性がある.また輸液剤との混注 で本薬が析出してしまうため単独ルートにする[輸 液と混注すると成分が析出し薬効がなくなる]).以 後心拍数低下,筋緊張低下し,体温低下が見られる まで随時追加投与が必要である.ダントロレンは蒸 留水で溶解しなければならないが,難溶解性である. 温めると若干溶けやすくなる.カルシウム拮抗剤と の併用は避けるべきである.ダントロレンは悪性高 熱症発症時の細胞内カルシウム濃度を低下させる. 2. 回復期の治療 a. 術後最低 24 時間はモニター等で監視する. b. スタッフ全員が悪性高熱症再発の可能性を熟知 する(悪性高熱症発症症例の約 50%が通常 6.5 時 間以内に再燃する). c. 不穏,興奮のないよう十分に鎮痛,鎮静を行う. d. 異常頻脈,体温上昇(38℃以上)が再度見られた とき,ダントロレン 1mg/kg の反復追加投与を 行う. 術後悪性高熱症の治療に関しては,同じく日本麻 酔科学会の悪性高熱症患者の管理に関するガイドラ イン 2016 を参照されたい(図 3)2). Ⅸ 疑わしい患者への術前評価11) 悪性高熱症の素因の有無を術前に判断することは 非常に難しい.臨床上の発現率は 34%から 54%と 報告されている.また麻酔歴があったとしても発症 せずに麻酔を終了していることもある.術前診察や 問診で悪性高熱症が疑われたら安全な麻酔法,麻酔 薬を使用する.術前の確定診断は必須ではない. (1)家族歴 家族歴は悪性高熱症が常染色体優性遺伝であると 考えられている以上,最も予見できる事項である. (2)斜視,眼瞼下垂,側弯 これら症状と悪性高熱症の関係はエビデンスがな く,筋疾患の症状の一部と考えられている. (3)高クレアチンキナーゼ(CK)血症 日本では特に高 CK 血症で悪性高熱症を疑うこと が多い.悪性高熱症患者には高 CK 血症の患者もい るが,CK 値は運動,外傷等でも容易に検査値が変 動しやすく,確実なものではない.悪性高熱症患者 の中には CK 値が正常の人もいれば正常値の 10 か ら 20 倍の人もおり,標準偏差にするとかなり幅が 広くなると考えられる.よって高 CK 値だからとい って悪性高熱症とは限らない.そのため高 CK 血症 では悪性高熱症を予見できない. (4)関連疾患 ①筋疾患─セントラルコア病 悪性高熱症の関連疾患としてセントラルコア病は 有名である.セントラルコア病は常染色体優性遺伝 で悪性高熱症と同じリアノジン受容体の遺伝子に変 異がある.症状として筋力低下(軽度),側弯(高頻 度),高口蓋(ほぼ全例),骨格系異常を合併するこ とが多く,非進行性ないし緩徐進行性である. 典型的なセントラルコア病患者の遺伝子変異部位 はリアノジン受容体の筋小胞体膜貫通部の部分で, その部分の変異では悪性高熱症を合併しないことと 興奮収縮連関の障害が多いことがわかってきた.し かしそれは研究室レベルの話であり,臨床的にはセ ントラルコア病は悪性高熱症を合併する可能性が高 いと考えた方が安全である. ②筋疾患─進行性筋ジストロフィー症 骨格筋の変性,壊死を主病変とし,臨床的には
進行性の筋力低下を見る遺伝性の疾患 と定義され ている.悪性高熱症発症の報告も多くある.これは いわゆるリアノジン受容体の異常による悪性高熱症 とは発症機序が異なり,細胞膜等が脆弱なため細胞 外カルシウムが細胞内に流入しやすくカルシウム濃 度が異常に高まるため発症するのではないかと考え られている. ③熱中症・スポーツ死 悪性高熱症素因者は日常生活には原則的に制限は ないとされていた.しかし最近,悪性高熱症を発症 した患者が運動中,努力性熱射病となったケースや 悪性高熱症と努力性熱射病が混在する家系の報告も ある. Ⅹ 悪性高熱症素因患者の麻酔 日本麻酔科学会悪性高熱症患者の管理に関するガ イドライン 2016 にも示しているように,誘発薬品 を避け,悪性高熱症の知識を持った医師が発症時に 備えた準備をして麻酔に臨めば麻酔は可能である. (1) 術前からの予防的にダントロレンを投与(内服) することは,筋力低下などの副作用が強いこと から,推奨されていない.麻酔前の準備として 手術室内の静注用ダントロレンと蒸留水の在庫 を確認しておく.気化器を麻酔器から外し揮発 性吸入麻酔薬を洗い流しておく. (2) 局所麻酔・区域麻酔(脊髄くも膜下麻酔,硬膜外 麻酔を含む)は安全で,手術に対する不安を軽減 図 3 術後悪性高熱症(PMH)の治療手順 〔文献 2)より引用〕
するには,必要に応じて静注用鎮静薬を併用し た方がよい.局所麻酔薬は通常使用量であれば エステル型,アミド型ともに使用できる.また 鎮静のための静脈麻酔薬(マイナートランキライ ザー,バルビツレート,プロポフォール,デク スメデトミジンなど)も問題ない. (3) 全身麻酔を必要とする場合,比較的安全とされ る麻酔薬を用いれば実施可能である.揮発性吸 入麻酔薬と脱分極性筋弛緩薬は絶対に避けなけ ればならない. (4) 悪性高熱症を発症した場合,迅速に対応できる 日本麻酔科学会認定施設で医療を受けることを 推奨する. (5) 悪性高熱症の素因を確定する検査には筋生検, 遺伝子検査などあるが,その結果が陰性であっ ても必ずしも悪性高熱症を否定できない. 謝辞 本研究は埼玉医科大学病院麻酔科の全面的な協力 の下に行われています.埼玉医科大学病院麻酔科主 任の長坂浩教授をはじめ教室の先生,筋生検の準備 から片付けまで常に手伝って下さった中原なほみ研 究助手,患者さんとの連絡をこまめに取ってくれて いる外来スタッフ,日帰り手術センターのスタッフ に深謝いたします. 参考文献 1) 前原康宏,向田圭子,久保田稔ほか:わが国の悪性高 熱症の集計(1991 年).麻酔と蘇生 28(別冊):79-83, 1992 2) 日本麻酔科学会安全委員会:悪性高熱症患者の管理に 関するガイドライン 2016.2016 年 8 月 3) Endo M, Yagi S, Ishizuka T, et al.:Changes in the Ca-induced Ca release mechanism in the sarcoplasmic reticulum of the muscle from a patient with malignant hyperthermia. Biomed Res 4:83-92, 1983 4) Endo M, Tanaka M, Ogawa Y:Calcium induced re-lease of calcium from the sarcoplasmic reticulum of skinned skeletal muscle fibres. Nature 228:34-36, 1970 5) 菊地博達:悪性高熱症の発症機序・検査法と治療.日 本醫事新報 3812:11-16,1997 6) 向田圭子,弓削孟文:臨床症状,悪性高熱症.菊地博 達編.克誠堂出版,東京,2006,63-92 7) 向田圭子,弓削孟文:診断─骨格筋検査,悪性高熱症. 菊地博達編.克誠堂出版,東京,2006,93-123 8) Ibarra M. Carlos A.,岡田麻里,西野一三:診断─遺伝 子解析の可能性,悪性高熱症.菊地博達編.克誠堂出版, 東京,2006,133-142 9) 盛生倫夫,菊地博達,弓削孟文ほか:悪性高熱症診断 基準の見直し.麻酔と蘇生 24(別冊):104-110,1988 10) Larach MG, Localio AR, Allen GC, et al.:A clinical grading scale to predict malignant hyperthermia sus-ceptibility. Anesthesiology 80:771-779, 1994 11) 市原靖子:治療─急性期,素因者の麻酔,悪性高熱症. 菊地博達編.克誠堂出版,東京,2006,153-162
Malignant Hyperthermia:Safe Anesthetic Management Yasuko ICHIHARA Department of Anesthesia, Kikkoman General Hospital Malignant hyperthermia is a muscle disorder with autosomal dominant inheritance that presents mainly during general anesthesia with an abrupt temperature elevation. Genetic predisposition, loss of suppression, and a trigger factor are all involved in the onset of ma-lignant hyperthermia. Predisposition to malignant hyperthermia is difficult to diagnose during the preoperative workup. Clinical manifestations are non-specific but death may occur if it is not prompt-ly recognized and treated. The Japanese Society of Anesthesiologists established guidelines for the management of malignant hyperthermia in 2016 so that members could deepen their understanding of malignant hyperthermia and put the guidelines into practice. These guidelines describe measures necessary to make the patient’s life the first priority. However, it is still necessary to understand the on-site situation and pathophysiology of the actual disease, since the guidelines provide only general rules that need to be adapted to each case. Key Words : Malignant hyperthermia, Ryanodine receptor, Dantrolene sodium, Calcium-induced Cal-cium release