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日本臨床麻酔学会 vol.34

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はじめに  2011 年 3 月 11 日に発生した東北地方太平洋沖地 震と津波や余震によって引き起こされた東日本大震 災は死者・行方不明者 18,502 人(2014 年 6 月 10 日時 点)1)の甚大な被害を及ぼした.そして現在でも,約 25 万人2)が避難生活を続け,復興の目途が立たない 状況にある.さらに,南海トラフを震源とする東海, 東南海,南海地震と首都直下型地震が近い将来に発 生することが予測される脅威の中にわれわれはい る.この状況において,わが国では災害医療体制の 整備拡大が国家的に急がれている.今回はわが国の 災害医療体制の現状と今後の災害医療体制に関する 私見を述べる. Ⅰ これまでのわが国における災害医療体制整備  本邦における災害医療体制の整備は 1946 年の「災 害救助法(昭和 22 年法律第 118 号)」にさかのぼる. これは 1945 年の太平洋戦争敗戦前後に,鳥取地震 (1943),昭和東南海地震(1944),三河地震(1945), 昭和南海地震(1946)が連続して発生し,いずれも 1,000 人以上の死者を出したことから制定された. ここでは「日本赤十字社と地方医師会が医療,助産, 死体処理を行う」ことや,「都道府県が自衛隊,日 本赤十字社に対して,応急的な救助の要請,調整, 費用の負担を行う」とされている.現在では大学病 院や県立病院など大規模な医療機関が増えたことな ど,敗戦直後とは医療環境が大きく変化しており, またこの法律では地方医師会の負担が大きすぎると 思われるが,災害救助法に定められた制度は今も廃 日本臨床麻酔学会第 33 回大会招請講演 日臨麻会誌 Vol.34 No.5, 692 〜 698, 2014

日本 DMAT と今後の災害医療体制

和藤幸弘

[要旨]1995 年の阪神・淡路大震災以降,災害医療体制の整備が進められてきたが,2002 年の 「南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」制定を契機に内閣府,厚生労働 省によって 2005 年から広域医療搬送計画と日本 DMAT の整備拡大が加速度的に推進されてい る.日本 DMAT は災害急性期に活動するチームで,2011 年の東日本大震災でも全国すべての都 道府県から 383 チームが東北の被災地域で医療活動を行い,広域医療搬送も実施された.この大 災害で大規模な日本 DMAT の活動が稼働することが証明され,2014 年現在 1,150 チーム(586 医療機関)が登録しており,さらに拡大が図られている.一方で急性期の医療活動以外の問題点が 広く認識された.本稿では広域医療搬送計画と日本 DMAT について,また現在の災害医療の問題 点について解説する. キーワード:広域医療搬送計画,日本 DMAT,災害医療体制 著者連絡先 和藤幸弘 〒 920-0265 石川県河北郡内灘町大学 1-1 金沢医科大学医学部救急医学 *金沢医科大学医学部救急医学

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止されていない.  次に 1959 年に発生した伊勢湾台風の後に「災害 対策基本法(昭和 36 年法律第 223 号)」が制定され た.災害対策基本法は防災基本計画を作成・遂行す るために中央防災会議を置き,中央(内閣府)から地 域までの防災体制を整備するものである.そして, 1978 年に「大規模地震対策特別措置法(昭和 53 年法 律第 73 号)」が制定され,地震防災対策強化地域の 指定,地震観測体制の整備その他地震防災体制の整 備に関する事項および地震防災応急対策その他地震 防災に関する事項について特別の措置を定めること により,地震防災対策の強化が図られた.具体的に は東海地震の直前予知を目的とし,1979 年に地震 防災対策強化地域判定会が設置された.これに従っ て,相模湾を震源とする東海地震の予知が可能とな り,予知後の対策等大規模な防災対策が行われてき た.1995 年には阪神・淡路大震災を契機に「地震 防災対策特別措置法(平成 7 年法律第 111 号)」が制 定され,地震に対する調査研究推進のための整備が 立法化された.さらに,2002 年に「南海トラフ地 震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法 (平成 14 年法律第 92 号)」が制定され,東海地震の みならず東南海・南海地震に対しても防災対策が強 化されることになった.これら二つの法律は近い将 来の発生が予測される地震被害に対する危機感から の立法化であり,それに基づいて防災対策が講じら れることは画期的であると評価できる.  ここで明記しておきたいのは,1995 年の阪神・ 淡路大震災時点で他の地域を救援するための準備を 行っていたのは日本赤十字社のみであったことであ る.  厚生労働省は阪神・淡路大震災の翌年である 1996 年に 4 カテゴリー式の標準トリアージタグを全国統 一とし,消防をはじめとする国内諸機関がこれを採 用した.所謂医療先進国でトリアージタグを全国統 一としたのはわが国が初めてでこれは評価できる が,その使用方法などについてはまったく取り決め がなされていない.また,同年に全国 508 の災害拠 点病院が指定され,都道府県に 1 ヵ所の基幹医療セ ンターが指定された.基幹医療センターは各都道府 県下の災害拠点病院の指導的役割を担うとされ, 8,000 万円の単年度補助金が支給された.各災害拠 点病院の補助金は 4,000 万円であった.これらの医 療機関に対する災害医療管理の教育講習は継続的に 行われているが,表 1 の指定要件を照らしてもわか るとおり,非現実的な指定要件であり,充分な整備 が行われたとはいえない3) Ⅱ 広域医療搬送計画と日本 DMAT 創設の経緯  このように災害によって大きな被害を受けた後に その復興や次の災害対策として立法化されるのはわ が国のみならず,諸外国でも同様である.  米国では 1980 年にセント・ヘレンズ火山が大爆 発し,それを契機に国家災害医療システム(NDMS: National Disaster Medical System)と そ れ を 担 う DMAT(Disaster Medical Assistance Team)が整備 されたが,1990 年代には大規模な計画に批判反省 が行われた.筆者らは米国の NDMS を紹介すると ともに日本にも米国の反省に基づく独自の DMAT が必要であると報告した4), 5)  わが国では阪神・淡路大震災の教訓をもとに国立 病院機構災害医療センターを中心に DMAT の必要 性が訴えられ,石原慎太郎元東京都知事時代に「国 が作らないなら東京に」ということで,国に先駆け て2004年に「東京DMAT」(http://www.tokyo-dmat. 表 1 災害拠点病院の主な指定要件 1.運営 24 時間緊急対応 災害被災地へ医療救護班の派遣 災害時には通常の 5 倍の外来患者受け入れ 災害時には通常の 2 倍の入院患者受け入れ 2.施設 ヘリポート設置  

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jp/)が設置された.この東京 DMAT は 2004 年 8 月 に 7 医療機関 89 名の隊員で運用を開始し,2012 年 3 月 1 日現在 25 指定医療機関,登録隊員数 825 名(医 師 263 名,看護師 466 名,救急救命士 6 名,事務員 90 名)に拡大され独自の訓練,独自の機能を有して いる.それに続いて 2005 年には内閣府,厚生労働 省主導で日本 DMAT が創設されて,東京 DMAT との整合性が図られている. Ⅲ 日本 DMAT の設置と広域医療搬送計画 1. 日本 DMAT の設置  2005 年に厚生労働省は全国道府県の災害拠点病院 に合計 190 チームを配備する計画で日本 DMAT を 創設した.1 チームにつき,国から 600 万円,道府県 から 600 万円の補助金を支給することとした.さら に日本 DMAT に参加表明しなかった県に対して は,独立法人化した国立大学,旧国立病院に国から 1 チームにつき 800 万円の補助金を支出するとして 参加を促した.この日本 DMAT は国立病院機構災 害医療センター(立川市)にて 2005 年 3 月より講習 が開始された.2006 年 9 月からは兵庫県災害医療セ ンターでも講習を開始し,現在 2 ヵ所で講習が行わ れている.日本 DMAT は 2014 年 4 月までに合計 131 回の講習が行われ,医師 2,333 名,看護師 2,941 名,調整員 1,950 名,1,150 チーム(586 医療機関うち 災害拠点病院 84%)が登録されている.そしてさら なる拡大を目指し,災害拠点病院数を拡大するとと もに 662 の災害拠点病院(2013 年 4 月 1 日現在)すべ てにおいて 2014 年 3 月までに DMAT を保有させる 計画である.  日本 DMAT の定義と特徴を表 2 に,機能を表 3 に示す.主に外傷患者の初期診療と搬送を目的とし た訓練を受け装備を携行する.また,発災後速やか に被災地に向けて出発し,被災地では重症外傷の発 生が減少するおおむね 48 時間を目途に活動する6) 2. 日本 DMAT の情報管理  日本 DMAT は発足時より厚生労働省の主導にお いて国立病院機構災害医療センターの DMAT 事務 局によって管理されていたが,2012年10月1日より 国立病院機構大阪医療センターにも DMAT 事務局 が置かれた.広域医療搬送やDMAT,登録隊員の管 理にはインターネットを使用した広域災害救急医療 情報システム(EMIS:Emergency Medical Informa-tion System)(http://www.wds.emis.go.jp/)が 使 用 されている.DMAT 医療機関および各 DMAT 隊員 に携帯電話端末の E-mail で連絡,指示が行われる. また,EMIS に被災地医療機関や各 DMAT が,被 災状況や活動内容などを入力することで情報を共有 することができる. 3. 広域医療搬送計画  広域医療搬送計画は助かる見込みのある傷病者を 医療機能が低下した被災地から全国の医療機関に振 り分けて搬送して診療する計画である(図 1).東海, 東南海,南海地震および首都直下型地震に対する計 画はすでに策定されている.たとえば首都直下型地 表 2 日本 DMAT の定義と特徴 【定義】 大地震および航空機・列車事故といった災害時に被災地 に迅速に駆けつけ,救急治療を行うための専門的な訓練 を受けた医療チ-ムである. 【特徴】 ・厚生労働省が認定する ・道府県と契約し,道府県の要請で派遣される ・個人装備,携行装備を標準化する ・ 1 チーム 5 名(医師,看護師,調整員を含む)で構成される ・自己完結型である   表 3 日本 DMAT の機能 1.被災地災害拠点病院の支援 2.広域医療搬送を担う 3.被災地域内搬送を担う 4.災害現場に CSM*提供するCSM:Confined Space Medicine(がれきの下の医療) 救助中から気道確保,輸液,止血などの医療を行 うこと.

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震が発生した場合には,重症傷病者 600 ∼ 800 名を 立川と下総の航空自衛隊基地にヘリコプターで搬送 し,全国の主要空港に搬送する.広域医療搬送には 自衛隊の C-1(C-130)輸送機(傷病者 8 名),CH-47J 輸送機(傷病者 4 名)が使用される. 4. 広域医療搬送と日本 DMAT 訓練  毎年9月1日頃に全国規模のほか,全国8ブロック それぞれで 1 ∼ 2 回/年,広域医療搬送や病院支援, 傷病者の病院受け入れ,数回/年の EMIS 入力訓練 を行っている.写真 1 に 2013 年 3 月 2,3 日に石川 県で実施した日本 DMAT 中部ブロック実動訓練を 示す.中部ブロック 9 県より 50DMAT(285 名)が参 加して,NEXCO 中日本の協力を得て北陸自動車道 尼御前 SA での参集訓練,小松空港,航空自衛隊, 石川県消防航空隊との域内搬送訓練,金沢医科大学 病院でのトリアージ訓練などを行った. 5. 東日本大震災での広域医療搬送と DMAT 活動  これまでの主な DMAT 活動を表 4 に示す.日本 DMAT 発足後初の災害は 2005 年に尼崎市で発生し た JR 福 知 山 線 脱 線 事 故 で あ っ た. 当 時 は 日 本 DMAT が発足して間もなくで,近隣の DMAT が活 動したが,トランシーバーなどの装備がすべてのチ ームには整っていない状況であった.2007 年の能 登半島地震では EMIS による DMAT の連絡体制が 図 1 広域医療搬送計画(内閣府)のイメージ 写真 1 平成 24 年度日本 DMAT 中部ブロックの実動訓練 (2013 年 3 月 3 日,金沢医科大学病院)

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ほぼ整った状態であった.このとき,DMAT は当 日被災住民の安否確認終了後に解散したが,避難所 の医療等 DMAT 活動後の医療を引き継ぐ者が存在 しないことが問題となった.同年の新潟県中越沖地 震では DMAT 解散後に一部の DMAT,国立病院機 構の DMAT が被災地の医療を一時引き継いだ.  日本 DMAT 発足から約 7 年間後の 2011 年に東日 本大震災が発生し,全国すべての都道府県から 383 チーム(1,836 名)の DMAT が東北に集合して活動し た(表 5).北海道の DMAT は千歳空港に,九州沖 縄の DMAT は福岡空港に集合して 82 チーム(408 名)が自衛隊機で東北に参集した.この大災害では 日本 DMAT が想定していた地震による重症外傷の 発生が少なかったため,当初 3 月 13 日に活動を終 了しいったん解散したが,その後の医療を引き継ぐ 組織がないことや入院患者の避難搬送などの必要か ら,最終的に 22 日まで 12 日間被災地域で活動を行 った.活動内容は被災地の病院支援,域内搬送,広 域搬送,入院患者の避難搬送などであった.広域医 療搬送は 3 月 12 日に花巻空港から新千歳空港に 4 名,福島空港から羽田空港に 3 名,13 日に花巻空港 から羽田空港に 6 名,花巻空港から秋田空港に 14 日に 3 名,15 日に 3 名の計 19 件行われた.域内搬 送は岩手県(191 名),宮城県(221 名),福島県(509 名),茨城県(276 名)において合計 1,197 名の搬送を 行った.福島県における搬送はすべて原子力発電所 事故に対する避難搬送であった.  またこの災害では福島県庁,宮城県庁,岩手県庁 の災害対策本部に初めて医療が参画し,日本 DMAT を統括する人材が配置された.このことは特筆すべ き進歩である.東日本大震災の主な人的被害は津波 による被害で,日本 DMAT の機能として想定され ていた重症外傷の発生は少なかったが,要請,派遣, 被災地および全国での活動など,日本 DMAT と広 域医療搬送がシステムとして稼働することが証明さ れた.  表 6 に東日本大震災で活動したその他の医療チー ムを示す.日本 DMAT 以外にも多くの医療チーム が長期間に渡って献身的な活動を行った. Ⅳ 今後の展望  これまでの災害経験を経て,日本 DMAT の活動 が終了した後,つまり被災から 3 日目以降に被災地 の医療を引き継ぐ組織がないことは以前から認識さ れていたが,今回の東日本大震災で避難所の医療や 被災地の医療機能回復までの支援組織の必要性が広 く認識されることになった.厚生労働省の方針とし て,「地域災害医療対策会議(仮称)」を設置すること, 都道府県災害医療コーディネーター要請のための研 修(3 日間)が計画されており,また,日本 DMAT の 機能を延長する提案もなされている.しかし,日本 DMAT 活動を行ってきたのは日常重症傷病者や外 傷患者を診療する救急医療に従事する者であり,避 難所の医療や公衆衛生,被災地の医療再建を担うに は必ずしも最適とはいえない.日本医師会災害医療 チーム(JMAT:Japan Medical Association Team) や保健所などの公衆衛生管理を行う組織が速やかに 活動できるシステムの構築が重要と考える.被災直 後の急性期を担う組織は構築できたが,大災害によ 表 4 これまでの DMAT 活動 2005 年 福知山線脱線事故 宮城県沖地震 2006 年 JR 羽越線脱線事故 佐呂間町竜巻災害 2007 年 八甲田山雪崩事故 ボンバルディア機胴体着陸 能登半島地震 新潟県中越沖地震 中華航空機炎上事故 2008 年 八甲田山バス転落事故 岩手・宮城内陸地震 北海道洞爺湖サミット 2009 年 防府市土砂災害 2010 年 APEC 横浜 2011 年 東日本大震災 2013 年 伊豆大島台風  

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る被害地域の医療全体を連続的に支える組織を作り 上げておかなければならない.  現在も日本 DMAT は非常に積極的に整備拡大さ れており,南海トラフを震源とする巨大災害の脅威 に対するには必要な努力である.ただし,この制度 が創設されて 10 年近くを経て,隊員の技能維持の ための再研修などが課題となっている.  東日本大震災からの復興はいまだ不十分である が,20 年近く前ほとんど準備がなかった阪神・淡 路大震災を考えれば,今日の災害医療体制は格段に 進歩した.日本 DMAT と広域医療搬送の整備に尽 力された方々の努力に敬意と感謝を表する.  このたびの日本臨床麻酔学会第 33 回大会(2013, 金沢)招待講演および本稿の執筆にあたり,国立病 院機構東京災害医療センター長小井土雄一先生,日 本 DMAT 事務局に貴重な資料提供とご指導を頂い たことに感謝申し上げます. 参考文献 1) 警察庁緊急災害警備本部:平成 23 年(2011 年)東北地方 太平洋沖地震の被害状況と警察措置.平成26年6月10日 2) 復興庁:全国の避難者等の数.平成 26 年 6 月 24 日 3) 和藤幸弘,小川恵子,浅井康文ほか:災害拠点病院に お け る 災 害 救 援 医 療 チ ー ム 派 遣 の 準 備 状 況 ─ 全 国 DMAT 準備状況調査から─.日本集団災害医学会誌 5: 109-113,2001 4) 和藤幸弘,エルネスト・プレット:わが国における災 害医療システムの必要性─米国の現状を踏まえて.日 本医事新報 3716(7.15):98-100,1995 5) Yukihiro Watoh, Ernesto Pretto:A plan for improved disaster preparedness in Japan -National disaster medical assistance teams and public education, Fur-ther Aspects of Disaster Medicine. Herusu Publishing, Tokyo, 1996, 115-116 6) DMAT 標準テキスト.日本集団災害医学会 DMAT テ キスト編集委員会編.へるす出版,東京,2011,18-23 表 5 2011 年 3 月 11 日の日本 DMAT 派遣(EMIS) 14:46 東北太平洋沖地震発生 14:50 日本 DMAT 本部設置(東京災害医療センター) 15:10 全国 DMAT に発災連絡と待機要請(隊員の携帯端末へ E︲mail 配信) 16:00 宮城県からの派遣要請伝達(参集拠点:仙台医療センター) 16:06 福島県からの派遣要請伝達(参集拠点:福島県立医科大学) 17:45 岩手県からの派遣要請伝達(参集拠点:岩手医科大学) 茨城県からの派遣要請伝達(参集拠点:筑波メディカルセンター)   表 6 2011 年東日本大震災で活動した医療チーム ・日本赤十字医療班 :896 班(2012 年 7 月 29 日まで) ・国立病院機構医療チーム :471 名(92 チーム) ・日本医師会災害医療チーム(JMAT) :1,384 チーム ・大学・民間などの医療チーム :10,354 名(2,178 チーム) ・薬剤師(日本薬剤師協会等) :1,619 名 ・看護師(日本看護協会等) :1,217 名 ・歯科医師等(日本歯科医師会等) :220 名 ・理学療法士等(日本 PT 協会,OT 協会等) :60 名 ・公衆衛生チーム(保健所医師,保健師,栄養士等) :6,238 名(186 チーム) ・心のケアチーム(精神科医,看護師,臨床心理士等) :2,093 名(52 チーム) 2011 年 10 月 17 日までの累計

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Japanese DMAT(Disaster Medical Assistance Team)and the Future National Disaster Medical System Yukihiro WATO Department of Emergency Medicine, Kanazawa Medical University  The National Disaster Medical System(NDMS)was developed in Japan following the Great Han-shin-Awaji Earthquake of 1995. The Japanese government has been setting up Japanese DMAT and the Broad Transportation System. In the Higashi Nihon Earthquake and Tsunami Disaster of 2011, 383 DMATs throughout the country were activated and this major disaster certified the availability of the system. On the other hand, problems in the subacute and chronic phases of disasters were generally recognized. Key Words : Japanese DMAT, Broad Transportation System, National Disaster Medical System The Journal of Japan Society for Clinical Anesthesia Vol.34 No.5, 2014

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