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日本臨床麻酔学会 vol.37

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(1)

著者連絡先 細井卓司

210-0013 神奈川県川崎市川崎区新川通12-1 川崎市立川崎病院麻酔科

*1慶應義塾大学医学部麻酔学教室 受理日 2016. 10. 27.

*2静岡県立静岡がんセンター 採択日 2017. 3. 29.

65

85%と高率で

5),同時にその治療に難渋する ことが多い6).したがって,手術予定患者において

PONV

発症の危険性を見極め,効果的な予防策を 講じることは重要である3).欧米では,抗セロトニ ン薬や抗

NK1

薬(アプレピタント)など臨床的に有 効な予防薬が使用可能で6),またステロイド薬や抗

NK1拮抗薬の予防薬としての有効性を指摘する報告

も多い7), 8).わが国においては,術後嘔吐に対して 制吐薬の予防的使用には保険適用がなく,また制吐 薬のPONV予防効果が十分に検証されることなく投 与していることも多い.この背景には,まず

PONV

を重大な合併症とする認識が希薄である点があげら れる.また,抗がん剤治療における嘔気嘔吐では認 められている有効な予防薬が比較的高額なため,手 術予定患者すべてに予防的投与を容認するとなれ ば,国民医療費のさらなる高騰に繋がる懸念がある と考えられる.このような状況下で患者満足度の向 上と重篤な合併症の併発を避ける道筋は,PONV はじめに

 術後悪心・嘔吐(postoperative nausea and vom-

iting:PONV)は術後合併症の中で最も頻度が高く,

また術後痛よりも耐え難いと患者が訴える場面に直 面することも多い1).その重症度は,短時間の悪心 から,嘔吐を何度も繰り返し術後経口摂取の再開が 困難なレベルまで多岐に及ぶ.これまではわが国で は比較的軽微な術後合併症と認識されてきた

PONV

は,患者満足度を著しく低下させるのみならず1), その持続により創部離開,術後出血,誤嚥性肺炎,

食道破裂,皮下気腫,気胸,頭蓋内圧上昇などの重 篤な合併症を惹起すると指摘されている2), 3).同時 に,回復室滞在時間延長や看護業務の増大,日帰り 手術では予期せぬ入院が必要となるなど,諸外国で は軽微とは言い難い重要な麻酔関連合併症に位置付 けられている4)

 PONVを無治療のまま経過観察した際の再発率

日臨麻会誌 Vol.37 No.4, 407 〜 417, 2017

術後悪心・嘔吐の予測は可能か?

細井卓司

*1

 山田高成

*1

 森崎 浩

*1

浦上研一

*2

 楠原正俊

*2

 玉井 直

*2

[要旨]術後悪心・嘔吐は,麻酔関連合併症の中で最も頻度が高く,また重篤な病態を惹起する危 険性がある.その原因はさまざまな要因が指摘され,また嘔吐に関わる伝達経路も複数存在してい る.世界的にはこれらのさまざまな伝達経路に対処可能な制吐薬あるいは嘔吐予防薬が開発されて いるものの,わが国においては保険適用が限定され,高額な制吐薬を術後悪心・嘔吐には処方でき ない状況にある.今後は術後悪心・嘔吐を併発しやすい患者群をより精度の高い評価法や非侵襲的 指標により把握し,効率的に予防することが望まれる.

キーワード:術後悪心・嘔吐,麻酔合併症,嘔吐中枢,遺伝子,バイオマーカー

総  説

(2)

ハイリスク患者を簡便かつ非侵襲的な手段で精度高 く抽出することといえる.

 本稿では

PONV

発症危険患者の予測とその精度 について記述する.特に,統計学的に算出された危 険因子を用いた予測スコアや,ゲノム解析による

PONV

予測の現状に関して言及し,PONVに対す る理解と認識を深めたい.

Ⅰ なぜ PONV は起きるのか?

 術後に限らず,悪心・嘔吐を惹起する嘔吐中枢へ の求心路には以下のような経路があると指摘されて

いる(

1)

9)〜11)

1)

上部消化管・咽頭・縦隔に存在する化学的受容器 または機械的受容器がセロトニン(5-HT)などに より活性化され,迷走神経を介し嘔吐中枢に至る 経路

2)

乗り物酔い等前庭迷路系から第Ⅷ脳神経を介し嘔 吐中枢に至る経路

3)

視覚・味覚刺激等が大脳皮質視覚・味覚中枢に入 り嘔吐中枢に至る経路

4)

疼痛や情動刺激等が大脳辺縁系を介し嘔吐中枢に 至る経路

5)

ドパミン(D2),α-アドレナリン,オピオイド,

セロトニン受容体刺激が延髄最後野化学受容器引 金帯(chemoreceptor trigger zone:CTZ)を介し 嘔吐中枢に至る経路

 ただしこれらの経路が単独あるいは複数の連携な のかなど科学的根拠に基づく機序解明には至ってお らず,PONVは薬剤誘発性嘔吐の一種と考えられ ているのが現状である9)

Ⅱ PONV の危険因子

 これまで数々の疫学的調査結果をもとに,PONV を発症する危険因子は患者関連,麻酔関連,さらに 手術関連因子に分類されている(

1).PONV

の発 症には複数の因子が関与しており,頻回に嘔吐を繰

(     )

1 延髄嘔吐中枢への求心路

嘔吐中枢への求心路は大脳皮質・大脳辺縁系・小脳を含め複数あり,さまざまな刺激が嘔 吐刺激となっていると考えられている.

(3)

り返すなど重症度の高い

PONV

既往のある患者が 異なる手術で全身麻酔を受けても発症しない場合も あり,一因子に起因するものではないとされている.

一方,PONVをほぼ確実に発症する危険因子の組 み合わせを見出すには至っていない.これまで指摘 されてきた

PONV

関連因子の危険度について再確 認してみたい.

(1)患者関連因子

 患者関連因子にはさまざまな要因が指摘されてい る.青年期以降の女性は,男性に比べ

PONV

発生 頻度が明らかに高く,報告によればオッズ比は

2.57

(95%信頼区間

2.3

2.8)と最も高い危険因子であ

12)〜14).一方,思春期以前には明らかな性差がな

いことから15), 16),女性ホルモンと

PONV

の関連性 が指摘された17).この指摘に対し,1996年

Gratz

18)が月経周期は

PONV

と関連性がないと反証し た.青年期以降で閉経と

PONV

の関連性を認めな いことから14),女性ホルモンとの関連性は明確では ない一方,女性は男性の

2

3

倍の危険因子である ことには異論はない.また,喫煙者では,タバコが

含有する多環芳香族炭化水素による肝臓cytochrome

P450

誘導やニコチン長期暴露に伴う神経受容体の 変化等により,PONVの危険性が少ないことが示 されている14).非喫煙者の喫煙者に比べた頻度は高 く,オッズ比は

1.82

(95%信頼区間

1.68

1.98)とリ

スクの高い因子とされている14).また乗り物酔いの 既往があると

PONV

発症の頻度が高まり13), 19),特 に遅発性に発症するPONV危険因子と指摘され,

既往のない場合に比べ高く,オッズ比は

1.77

であ る14), 20)

 一方,3歳以下の小児では,両親や兄弟姉妹の

PONV

既往歴が独立した危険因子となり16),家族に

PONV

既往がない場合に比べ,オッズ比は

1.42

であ る.また乳幼児期から青年期前までの時期が危険因 子との指摘がある一方13),小児期は年齢により危険 性は変動するとの意見もあり,見解が分かれてい る21).小児の年代別発症率は,生後

1

年まで

5%,1

5

20

%,6〜

10

35

%,11〜

16

33

% で21), 特に

10

13

歳が

PONV

の危険性が最も高いとされ

ている22), 23).成人では年齢が進むに従いその危険性

1 PONV

の主な危険因子

危険因子 オッズ比 参考文献

患者関連 女性

PONV の既往 乗り物酔いの既往 非喫煙者

小児

2.57 2.09 1.77 1.82

14 14 14 14 13

麻酔関連 揮発性麻酔薬

術後麻薬鎮痛 亜酸化窒素

小児の麻薬鎮痛薬術中ないしは術後使用 全身麻酔

1.82 1.39 1.45 2.76 10.6

14 14 14 29 24

手術関連 手術時間

成人手術**(胆嚢摘出術・腹腔鏡手術・婦人科手術)

小児手術術式***(斜視手術・鼓室形成術・扁桃摘出術)

疼痛

1.46/hr 1.90・1.37・1.24

2.13

14 14 29 9

局所麻酔を対象としたオッズ比を示す.

**各手術におけるオッズ比を示す.

***3種類の手術をまとめたオッズ比を示す.

(4)

ル使用を比較した報告7)やアルフェンタニルとレミ フェンタニルを比較した報告31)では

PONV

発症率に 有意差はない.一方,小児では術中麻薬性鎮痛薬の 使用が有意な危険因子とされ,麻酔導入時の筋弛緩 薬も危険因子と指摘されている29).麻酔関連薬とし て,筋弛緩拮抗薬であるネオスチグミンがムスカリ ン受容体刺激に伴う消化管蠕動や胃分泌物増加によ り

PONV

リスクを高めるとされていたが,スガマ デクスとネオスチグミンを比較検討した研究では,

回復室入室時,つまり早期

PONV

発生率はスガマ デクス群で少なかったものの,術後

30

分以降では 有意差がなかった32).また,ネオスチグミンと偽薬 を比較検討した研究でもPONV発症率に有意差を

認めず33), 34),筋弛緩拮抗薬が

PONV

リスクを高め

る可能性は低いと考えられる.術前ならびに術中輸 液量や輸液の種類が,術後消化管蠕動運動の回復や 消化管浮腫と関連し,PONVの危険因子となると考 えられているものの35),定量的な基準は示されてい ない.

(3)手術関連因子

 手術時間が麻酔時間と直線的に比例するのは自明 だが,時間経過とともに

PONV

発症の危険性は増 加し,30分ごとに

PONV

発生頻度が

60%

24),麻酔 時間当たり

1.46

倍増加する14).小児では斜視手術や 扁桃摘出術,鼓膜チューブ挿入術,鼠径へルニア手 術など短時間手術が多いものの,手術時間が

30

分 を超えると

PONV

の危険性が高まり16),30分未満 でも緩徐導入による静脈ライン確保などのため揮発 性麻酔薬への暴露時間が長くなる小児では麻酔時間

45

分以上が危険因子とされている29)

 手術術式も

PONV

に影響する可能性は高く,成 人でのオッズ比は胆嚢摘出術1.90,腹腔鏡手術

1.37,

婦人科手術

1.24

とされている14).特に胆嚢摘出術は 揮発性麻酔薬とほぼ同等であることは注目に値す る.一方,小児では斜視手術,鼓室形成術,扁桃摘 出術が危険因子としてあげられている29).斜視手術 の場合は,眼球胃反射(oculogastric reflex)と称さ が減少する(オッズ比

0.88/10

年)14), 24), 25).さらに,片

頭痛の既往は

1.3

2.2

26),術前不安は

1.04

倍の危 険性があるという27).以前

PONV

との関連性が指摘 されていた術前全身状態(ASA Physical Status)や 肥満度あるいは術前絶食や術後酸素投与の有無は統 計学的に有意差がないことが判明している7), 14), 28)

(2)麻酔関連因子

 PONVは薬剤誘発性の可能性が高く,麻酔関連 因子は特に重要な因子と考えられている.全身麻酔 薬の中でも揮発性麻酔薬は,術後

2

時間以内の早期 に発症する

PONV

危険因子でオッズ比は

1.82

と高 い.一方で,セボフルランあるいはデスフルランな ど揮発性麻酔薬の種類による差はない2), 7).プロポ フォールを代表とする静脈麻酔薬は一定の制吐効果 があるとの指摘があるものの,小児では揮発性麻酔 薬と静脈麻酔薬との間に

PONV

発症の危険性につい て有意差はない29).昨今,使用頻度が顕著に低下し た亜酸化窒素は,NMDA(N-methyl-D-aspartate)

受容体を賦活化する作用に加え,ドパミン受容体や オピオイド受容体に影響し,閉鎖腔への拡散効果か ら腸管拡張をきたしやすく,PONVを誘発すると 考えられていた30).しかし,亜酸化窒素の

PONV

に関するオッズ比は

1.45

で,前述の患者関連因子の オッズ比より明らかに低く14),また

PONV

発症頻 度の高い小児では亜酸化窒素使用の有無による有意 差はない29)

 術中・術後の鎮痛のために多用されている麻薬性 鎮痛薬も,PONV危険因子の一つと考えられてい る.また,術後疼痛自体も

PONV

を誘発するため,

PONV

予防のために麻薬性鎮痛薬を回避すること が,必ずしも

PONV

予防に繋がらない可能性が考 えられる.術後麻薬性鎮痛薬使用の

PONV

発症に 関するオッズ比は

1.39

とされているが,術中使用は 有意な危険因子ではないとの指摘もある14).術後使 用する麻薬性鎮痛薬は多数あるものの,種類や投与 量と

PONV

発症率を詳細に比較した臨床研究はこ れまでにない.術中レミフェンタニルとフェンタニ

(5)

れる特異な反射回路により

PONV

が誘発される.

この他,頭頸部外科手術,脳外科手術,乳腺手術,

開腹手術,形成外科手術,泌尿器科手術でも

PONV

と関連性が高いとの指摘がある一方13),対象集団の 差やその他の交絡因子に起因するとの反証もあ り14),一定の結論は得られていない.術後疼痛も

PONV

と関連があり,特に術後内臓痛や骨盤痛は

PONV

の原因となると指摘され9),適切な術後疼痛 対策が

PONV

の改善に繋がるとされている36).  ただ,これまであげてきた

PONV

危険因子の中 には十分な証拠とは言い難い因子も多く,人種差を 含む対象患者特性,麻酔薬や関連薬剤投与量や投与 時期,施設差や婦人科手術といった診療科別の大雑 把な枠組みの合理性に疑問があるが,大規模研究で

は疫学調査が主体とならざるを得ないという研究実 施の制限も重要なポイントとなる.

Ⅲ PONV 予測法

 PONV危険因子を重み付けしたスコアリング方 式によるPONV発症の予測が数多く試みられてい る.成人では,評価項目の有無によるスコアリング に加え,計算表から層別化の上で積算する方式,あ るいは評価項目の有無に係数付与した方式があ

27), 29), 37)〜40).予測精度を高めるために過剰に複雑

化すると利便性や汎用性に乏しくなる.一方,利便 性を優先する中で,簡素化を図ると特異度と感度が 低下する(

2).

 代表的な予測スコア

Apfel simplified score

の評

2 PONV

の簡易評価法

評価法 項目 0 点 1 点 PONV(N/V)リスク 精度 参考文献

成人 Apfel simplified score

性別

PONV/ 乗り物酔いの既往 喫煙歴

術後麻薬性鎮痛薬使用

男性 なし あり なし

女性 あり なし あり

0 点= 10%

1 点= 21%

2 点= 39%

3 点= 61%

4 点= 79%

0.68 37

Koivuranta's score

性別 PONV の既往 手術時間 喫煙歴

乗り物酔いの既往

男性 なし

≦ 60 分 あり なし

女性 あり

> 60 分 なし あり

0 点= 17%,7%(N,V)

1 点= 18%,7%

2 点= 42%,17%

3 点= 54%,25%

4 点= 47%,38%

5 点= 87%,61%

PON:0.719 POV:0.695

40

小児 POVOC score

手術時間 年齢 斜視手術 POV 既往 / 家族の PONV 既往

< 30 分

< 3 歳 いいえ なし

≧ 30 分

≧ 3 歳 はい あり

0 点= 9%(V)

1 点= 10%

2 点= 30%

3 点= 55%

4 点= 70%

POV:0.72 16

VPOP

score 年齢 POV の既往 麻酔時間 手術術式 手術中 / 術後

周術期麻薬性鎮痛薬使用

≦ 3 歳 なし

≦ 45 分 右記以外

なし

3 ~ 6 歳あるいは> 13 歳

(2 点:6 ~ 13 歳)

あり

> 45 分

扁桃摘出・斜視・

鼓室形成 あり

0 点= 5%(V)

1 点= 6%

2 点= 13%

3 点= 21%

4 点= 36%

5 点= 48%

6 点= 52%

POV:0.73 29

PONVリスクは,スコアリング点数におけるPONV発症予測頻度を示す.

精度:Receiver Operating Characteristic(ROC)曲線下面積より算出.

N:postoperative nausea,V:postoperative vomiting

(6)

価項目は,性別,PONV/乗り物酔いの既往,喫煙 の有無と術後麻薬性鎮痛薬使用の有無の

4

項目で評 価するという極めて単純な評価法として多用されて いる.積算数値が上がるほど

PONV

発症リスクが 高まり,4項目いずれも該当する患者の

PONV

発症 率は

80%にも及ぶ

37).一方,

Koivurantaʼs score

は,

性別,PONVの既往,手術時間

60

分以上,喫煙歴,

乗り物酔いの既往の

5

項目で評価し,いずれの評価 項目も満たす患者の

PON

(postoperative nausea)の 危険性は約

9

割,POV(postoperative vomiting)の 危険性は約

6

割としている40).いずれの評価法も患 者関連,麻酔関連ならびに手術関連因子の中でも性 別,PONVならびに乗り物酔いの既往,喫煙歴な ど患者関連因子を最重要視しており,他の関連因子 は術後麻薬性鎮痛薬使用あるいは手術時間の

1

項目 のみから構成されている.

 一方,小児における代表的な

PONV

予測スコア として,POVOC score16)

VPOP score

29)があげら れる.小児は必ずしも嘔気を訴えることができない ため,いずれも嘔吐に限定している.POVOC score の評価項目は,斜視手術,3歳以上,手術時間

30

分 以上,POV既往あるいは家族歴の

4

項目からなり,

いずれの項目も該当する場合は

7

割の

PONV

発症の 危険性がある16).一方,VPOP scoreの評価項目は,

年齢,

POV

/

乗り物酔いの既往

/PONV

の家族歴,

特殊手術(斜視手術・鼓室形成術・扁桃摘出術),麻 酔時間

45

分以上,周術期麻薬性鎮痛薬使用の

5

項目 から評価する29).5項目いずれも満たす場合の

POV

発症の危険性は約

5

割と

POVOC

スコアに比較する と低いものの,精度はほぼ同等である.この他にも,

計算表を用いて層別化し積算する評価システム27)や 各項目に係数付加したスコアリング38)が提唱されて いる.

 評価法の精度は

ROC

曲線から算出している.い ずれの評価法もその

ROC

曲線下面積が

0.68

0.77

に位置し,精度は十分とは言い難い13).さらに

Apfel

Koivuranta

37), 40)は,評価項目を増やしても予

測値の正確性向上は望めないため,むしろ利便性に 重点を置いている41).どのレベルを高い信頼度とす るかは議論の余地があるものの,危険性の低い場合 は副作用が潜在する制吐薬の予防投与を避け,高い 場合は十分な予防策を講じることが現実的な対応と なる.いずれにしても現段階においては,PONV リスク評価領域において,PONV発症を予測する 精度の高いシステムは残念ながらない.

 最近,Walldénら42)は,米国の

Apfel

らが

2012

年 に報告した

PONV

に関する予測評価システムを欧 州で検証した.簡易評価システムも係数付加したス コアリングもともに同様の精度であるとし,この結 果から

PONV

予測評価システムは人種や地域が異 なる場合も精度が保たれると推察している.

 Kappenら43)は,PONV危険評価と予防的制吐薬 の処方効果を検証する調査を

2006

年から

2007

年に かけて行った.対象患者数は約12,000名と大規模調 査であったが,標準ケア群と介入群ではPONVの発 症頻度を下げることはなかった.この結果は,介入 群より標準ケア群の制吐薬投与数が多い患者層が存 在する点,介入群でも予防薬投与が少量にとどまっ た患者層の存在が影響していると考えられている.

また

Kappen

44)は,PONVの高リスク群には予防 薬数の増加が

PONV

の発生率を下げると報告して いる.しかし,過剰な制吐薬予防投与は予期せぬ合 併症を生じ,同時に医療費の増大が懸念されている.

予測評価システムの特異度が低ければ予防しきれ ず,感度が低ければ無駄な投薬の増加に繋がること となるが,PONVを完全に回避するには低リスク 群にも十分な制吐薬の予防投与が必要となり得る.

Ⅳ PONV をより高い精度で予測するには?

 現状のPONV予測法はいずれもその精度が十分 といえる状況ではない.では将来的には,より高い 精度で

PONV

を予測することが可能となるであろ うか? 昨今,ゲノム解析技術の著しい発展に伴い,

PONV

や麻薬性鎮痛薬による悪心・嘔吐に関わる

(7)

遺伝子が明らかとなりつつある(

3

45)〜48).これら の遺伝子の多くは延髄嘔吐中枢へのシグナル伝達や その関連受容体に関わる遺伝子であり,この他にも

cytochrome P450

や血液脳関門における抗セロトニ ン薬輸送体,カテコラミン分解などに関わる遺伝子 の関連性が指摘されている.Janickiら47)は,対象 患者

208

名の

DNA

を解析し,41個の

PONV

に関連 しうる

single nucleotide polymorphism

(SNP)を発 見した.その中でもムスカリン

3

型アセチルコリン 受容体のプロモーターに位置する

SNP

に強い関係 があることを見出している.この受容体は

Gq

タン パクと共役しホスファチジルイノシトール代謝回路 を促進,生体反応のシグナル伝達を誘導する.しか し,ムスカリン

3

型アセチルコリン受容体が

PONV

に関して

CTZ

への刺激反応を誘導するのか,それ とも気管や胃腸管,唾液などの粘膜下分泌腺に作用 し,PONVを誘導するのかは明らかになっていな い.また,HTR3や

DRD2,TACR1

は嘔吐中枢へ のシグナル伝達に関わり,ABCB1や

CYP2D6

は制 吐薬の輸送や作用に関わることがわかっているが,

臨床への応用を試みる段階には至っていない45).  ゲノム解析による研究成果は,さまざまな

PONV

関連の遺伝子を明らかにしてきた.しかし,臨床的 に最もオッズの高い危険因子である性別に関するゲ

ノム情報の関連性は,現時点では報告されていない.

このことはゲノム的アプローチの進歩が,臨床統計 学的アプローチとは違う視点からのPONVの原因 究明に繋がる手がかりの発見を期待させる.薬理ゲ ノム学の研究から,cytochrome P450 2D6のサブタ イプの違いによるコデイン使用ガイドラインが発表 されるなど49),今後はゲノム解析を介して新たな

PONV

予測評価,さらには

PONV

病態生理の解明 に繋がる可能性を期待させる.これらのゲノムを網 羅的にあるいは特異的に解析することにより,臨床 上有益な予測指標となる可能性がある.ただし理論 上,PONV発症と高い感度と特異度を有する遺伝 子が解明できる可能性がある一方,後天的素因,麻 酔や手術関連等の環境因子が影響することも明らか であるため,遺伝子解析に伴う倫理上ならびに費用 対効果の問題点を克服したとしても,PONV予測 に十分な成果を周術期患者にフィードバック可能か は不透明といえる.

 術前検査として実施している採血あるいは採尿し た標本を利用して

PONV

発症の感度と特異度の高 い指標を見出すことができれば,その予防対策は一 段と進歩し,臨床的意義は極めて高い.さらに低コ ストで非侵襲的手段により精度の高いバイオマーカ ーを同定できれば,術前検査に組み込むことも可能

3 PONV

に関連する遺伝子

遺伝子 機能 標的タンパク質 参考文献

CHRM3 neural signal cholinergic receptor, muscarinic 3 45,46,47,48 KCNB2 neural signal interleukin︲2 receptor subunit beta 47

IL2RB neural signal potassium voltage︲gated channel

subfamily B member 2 47

HTR3 neural signal serotonin receptor type 3 45,46,48

OPRM1 neural signal morphine opioid receptor 45,46,48

CYP2D6 drug metabolism cytochrome P450 2D6 isoform 45,46,48

TACR1 neural signal neurokinin 1 receptor 46

ABCB1 blood brain barrier transporter

(ondansetron) transporter adenosine triphosphate︲binding cassette

subfamily B member 1 45,46,48

DRD2 neural signal dopamine receptor type 2 45,46,48

SLC6A4 neural signal serotonin transporter gene 46

COMT degradation catecholamines catechol︲O︲methyltransferase 46,48

(8)

となり,先天的素因を示す遺伝子とは異なり,喫煙 歴を含め環境因子により修飾される

PONV

ではよ り確実性が高まる.Oddby-Muhrbeckら50)

2005

年,乳癌手術患者を対象に,嘔吐誘発物質として知 られているセロトニンや消化器系ホルモン,セロト ニンを大量に含有する血小板をはじめカテコラミン 等のストレス応答ホルモン値の周術期における変化 と

PONV

との関連性を検証している.対象患者47 名中

27

名という小規模の標本数の検証にとどまる ため,必ずしも科学的な結論を付けることはできな いものの,PONV発症群では周術期に血小板数の 変動が激しく,また術後早期の血中アドレナリン濃 度・血中バソプレシン濃度・血糖値も

PONV

発症 群で高く,新たな指標を求めたさらなる検証が期待 される.もし術前の血液あるいは尿標本から

PONV

発症との強い関連性を見出すことができれば,麻酔 関連や手術関連因子の影響を除外することも可能と なり得る.麻酔や手術関連因子の影響を含む術直後 の標本から何らかの指標を迅速に検出できる手段は これまでになく,もし構築できれば費用に見合う効 率的な

PONV

予防的処置は可能となる.

 現時点では有力な

PONV

関連バイオマーカーは 見出されていないものの,今後の研究技術や解析法 の進歩により見出すことが可能となれば,費用対効 果に見合う手段で予防を計画し,PONV予防ある いは発症直前への対応などさまざまな手段を講じ,

PONV

撲滅がより現実のものとなる日が近づくこ ととなる.

まとめ

 PONV危険因子の同定や予測評価法の探究に伴 い,PONV治療あるいは予防する手段に関する研 究は数多く,危険性に応じた

PONV

予防が欧米で は日常臨床に応用されその発症率を低下させてい

14), 51), 52).しかし,高額な制吐薬を使用する上,投

与適用を順守し適正に使用しなければその効果を十 分に得られない場合も考えられる53), 54).PONV発症

の危険性の高い患者をより高い精度で術前に予測 し,有効な予防手段を講じることが可能となれば,

周術期医療の質を一層高めることができる.Eber-

hart

39)はすべての手術患者に十分な予防法を講じ るべきとしているが,予防策を講じなくても

PONV

を併発しない患者比率は女性であっても過半数を占 め,低リスク患者への投薬には費用対効果の問題点 はもとより,無用な投薬による副作用の危険性も潜 在する13).今後,PONV発症への特異度と感度の高 い指標を見出す研究成果がより一層期待される.

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(11)

Can We Predict the Occurrence of Postoperative Nausea and Vomiting?

Takuji HOSOI

*1

, Takashige YAMADA

*1

, Hiroshi MORISAKI

*1

, Ken-ichi URAKAMI

*2

, Masatoshi KUSUHARA

*2

, Sunao TAMAI

*2

*1 Department of Anesthesiology, Keio University School of Medicine

*2 Shizuoka Cancer Center

 Postoperative nausea and vomiting(PONV), the most frequent complication after surgery, may evoke severe morbidities such as postoperative bleeding, aspiration and others. This complication, possibly caused by patient-related, surgical and anesthesia-related aspects, occurs through at least over 5 different neural pathways. Unlike other countries, the indication of effective anti-emetics to prevent or to treat PONV is quite limited in Japan due to little regard to the risk of this significant complication and its high cost. In this article, we reviewed the cause of PONV, known predictors, and promising new predictors. In our country, a more accurate scoring system or high-sensitive and spe- cific biomarkers would be very helpful in preventing PONV by allowing the effective use of prophy- lactic antiemetic drugs.

Key Words : PONV, Anesthetic complication, Vomiting center, Gene, Biomarker

The Journal of Japan Society for Clinical Anesthesia Vol.37 No.4, 2017

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