博士(医学) 吉田孝行 学位論文題名
Effects of AhR ligands on the production of immunoglobulinsinpurified mouseBcells
(精製マウスB 細胞における抗体産生へのAhR リガンドの影響)
学位論文内容の要旨
【 背 景 と 目 的 】
Aryl hydrocarbon receptor
(AhR
) は 環 境 汚 染 物 質 で あ る2
,3
,7,8‑tetrachlolodibenzo‑p‑dioxin(TCDD)に代表されるダイオキシン等の多環性芳香 族炭化水素化合物によって活性化される核内受容体である。その主な作用としては薬物代謝 酵 素(CYPIA1、1A2等)の発現誘導の転写因子として働くことが知られている。また、TCDD
による種々の毒性(催奇形性、免疫抑制、発ガンの促進等)はAhR
により仲介され ることが報告されている。近 年、
AhR
リガンドがT
細胞のTh17/Treg分化やThl/2
分化に影響を与えることが報告 さ れるな ど、AhR
のT
細 胞分化 への関与を示す報告が相次いでおり、AhR
の免疫系での 機能が注目されている。一方、AhR
のB
細胞における機能については、現在までのところ 良 くわかっていない。これまでに、TCDD投与マウスにおける抗体産生抑制、TCDDによ る マウスB
細胞 株からのIgM
産 生抑制等 の報告 がなされ ており、B
細胞においてもAhR が抗体産生に何らかの機能を有していることが推察されていた。しかしながら、TCDDは 毒性が強く、且つ、AhR
以外への作用も示唆されていることから、B
細胞でのAhRの機能 を解析するツールとしてはTCDD
以外のAhR
アゴニストによる検証が望ましいと考えられ る。現在までのところ、幾っかの内在性AhRアゴニストの存在が報告されているが、これ までに内在性AhRアゴニストによるB細胞の抗体産生への影響については報告がされてい なかった。本研究は
B
細胞におけるAhR
の機能を解析する目的で、卜リプ卜ファ冫代謝産物で内在 性AhRアゴニストのーつである2‑(1 H‑indole‑3 'carbonyl)‑thiazole‑4‑carboxylic acidmethylester (ITE)
と 、対照化 合物と して合成AhR
アン タゴニストであるCH223191
の2
種類の化合物を用い、精製マウスB
細胞からの抗体産生への影響を評価し、その作用機 序を解析することを目的として実験を行った。【材料と方法】 マウス脾臓よルナイーブB細胞を磁気ビーズにより精製し、
ITE
又はCH223191
添加後にT細胞依存的な刺激であるanti‑CD40抗体とIL‑4
で共刺激を行った。培養
3
口 目 及び6
日 目に 、培養細 胞よりtotal RNA
を 精製し、Quantitative RT‑PCR (qRT‑PCR)
法により各種遺伝子の発現量を測定した。また、培養6日目の培養上清につ いて、IgM
、IgGl及 びIgE
量をELISA
法によ り測定した。また、培養6
日目の培養細胞 を 用 い 、ELISPOT
法 に て 一 定 細 胞 数 あ た り のIgGl
産 生 細 胞 数 を 測 定 し た 。【結果】 精製したマウス
B
細胞を各AhR
リガンド存在下でanti‑CD40抗体/IL‑4で共刺 激 を行い、 培養6日目のAhR
及びAhR
活 性化マ一 力―遺 伝子であ るCyplal遺伝 子発現 への影響をqRT‑PCR
法にて評価した。その結果、各リガンドによるAhR
発現への影響は 認められなかった。一方、Cyplal
発現はAhR
アゴニス卜であるITE
処理により顕著に誘 導され、AhRアンタゴニストであるCH223191処理では影響は認められなかった。以上の 結果より、ITE
は培養6日目までAhR活性化能を保持していることを確認した。次に、上 記 条件下で の精製 マウスB
細胞か らのIgM
、IgGl
及びIgE
産生への影響をELISA
法にて 評 価した。 その結 果、ITE処理によ り精製 マウスB
細胞からのIgM
、IgGl及びIgE
産生 量は50
%程度まで抑制された。一方、CH223191
処理ではIgGl産生量が若干ながら促進‑1
一する傾向を示した。
AhR
ルガ ンドに よる抗体 産生制 御の作用 機序を解 明する 目的で、 培養3
日目の各AhRル ガンドに よるク ラススイ ッチヘの 影響を 評価した 。その 結果、ITE及びCH223191
処理はB
細胞のクラススイッチに重要なァ1及び£ gerImnal transcriptsの発現や組み換え関連酵 素で あ るAID
やUNG
の 発現 に は 影響 を 与 え なか っ た 。次 に 、AhRlj
ガ ン ドによ るB
細 胞 のプラズ マ細胞 分化への影響を評価する目的で、培養6日目の細胞を用いて各抗体の膜結 合 型 及 び 分 泌 型mRNA
の 発 現 をqRT‑PCR
法 で 評 価 し た。 そ の 結 果、ITE
処 理 はIgGl
及 びIgE
の 膜 結 合 型mRNAの 発 現 にほ と ん ど影 響 を 与え な い が、 分 泌 型mRNA
の発 現 を 抑 制し て い た。 ま た、ELISPOT解析に より、AhR
リガ ンドによ るIgGl
抗体 分泌細 胞形成へ の影響を 評価し た。その 結果、ITE処理 はIgGl分泌 細胞形成 を抑制し 、CH223191処理は 促進することを確認した。さらに、
ITE
に よるプラ ズマ細 胞分化抑 制のメカニズムを解析する目的で、培養6日目 のプラズマ細胞分化促進転写因子(Blimp・1、XBP‑1)、プラズマ細胞マーカー(Syndecan‑l)、 プラ ズ マ 細胞 分 化抑制転 写因子(Pax‑5)
の 発現への 影響をqRT‑PCR法に て評価 した。そ の結果、ITE
処 理によりXBP‑1
及 びSyndecan‑l
の発現は抑制される傾向を示した。一方、Blimp‑l
、Pax‑5の発現にはほとんど影響を示さなかった。以上の結 果は、 内在性ア ゴニス トである
ITE
がマウスB細胞に直接作用して、プラズマ 細胞 へ の 分化 を 抑 制す る こ とに よ り 、抗 体 産 生 を抑 制 し てい る こ とを 示してい る。【 考 察 】
本 研究 に お いて 、
TCDD
同 様、 内 在 性AhRア ゴニ ス 卜 であ るITE
も 、B
細 胞 に 直接作用し、抗体産生を抑制することが明らかとなった。この結果は、内在性AhR
リガ ン ドが生体内においてB細胞の分化・機能を制御している可能性を示唆している。一方、合 成
AhR
ア ン タゴ ニ ス トで あるCH223191
は弱い ながら もIgGl
産生を 促進す る活性を 示 し た。この 結果も、B
細 胞におい て内在性AhRリガンドが抗体産生に影響を与えているこ とを示唆するものかもしれない。本 研究の結 果、ITEによる
B
細胞 の抗体 産生抑制 機序は 、B
細胞のプラズマ細胞への分 化の抑制であることが明らかとなった。B
細胞のプラズマ細胞への分化は、いくっかの転写 因子から成るネットワークにより制御されていることが報告されている。この内、Blimp‑l とXBP‑1
はプ ラズマ 細胞分化 促進転写因子として報告されており、一方、Pax‑5はプラズ マ 細胞分化 抑制転写 因子と して報告されている。これまでにLPS
刺激したマウスB細胞株 の 研 究 で、TCDD
はPax‑5
の発 現を誘 導するこ とにより 、Pax‑5がBlimp.1
、XBP‑1
の発 現を抑制し、プラズマ細胞分化を抑制するヌカニズムが提唱されている。一方、本研究の結 果 では、ITE
はPax‑5
、Blimp.1
発 現には ほとんど 影響を 与えておらず、XBP‑1
発現を抑 制 していた。XBP‑1
はプラズマ細胞分化に必須な転写因子であり、主に分泌関連の遺伝子 発現制御に働いていると報告されている。ITEは主にXBP‑1の発現を抑制することにより、プラズマ細胞への分化を抑制しているのかも知れない。
【結 論 】
本 研 究 によ っ て、内 在性AhRアゴニ ストであ るITEがマウス
B
細 胞に直接 作 用して 、その抗体産生を抑制することが明らかとなった。今後、AhRアゴニストによる抗 体産生抑制作用の詳細な分子メカニズムを解明することにより、B細胞をターゲットとした 抗 自 己 免 疫 疾 患 薬 、 抗 炎 症 薬 等 の 開 発 が 期 待 で き る か も し れ な い 。ー2−
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
EffCtsofAhRligandsontheproductionof immunoglobulinSinpuri6edmouSeBCellS
(精製マウスB 細胞における抗体産生へのAhR リガンドの影響)
本研究 において 、AhRの内在性 アゴニ ストであ るITEと合成AhRアンタゴニス卜である
CH223191
を用い、精製マウスB細胞からの抗体産生への影響、及び、その作用機序につい て検討 した。申 請者は 、本実験 系におい て、ITE処理によりB細胞からのIgM、IgGl
及びIgE
の産生が抑制されることを確認した。また、CH223191処理により抗体産生量がわずか に増加傾向になることを観察した。ITEによる抗体産生抑制の作用メカニズム解析では、ITE
処理はクラススイッチや各抗体の膜結合型mRNAの発現には影響を与えないが、分泌型mRNA
の発現 を抑制す ること を確認し た。さ らにITE処理によりIgGl抗体産生細胞数が減 少し、プラズマ細胞のマーカー遺伝子であるSyndecan−1の発現も抑制されることを確認し た。また、プラズマ細胞分化に関与する3つの転写因子(Blimp―1、XBP―1、Pax―5
)につい て、ITE処理による発現への影響を評価した結果、プラズマ細胞の誘導因子であるXBP
―1
の発現 が抑制さ れてい ることを確認した。以上の結果は、AhRアゴニストがB細胞に直接 作用し、XBP―1
の発現を抑制することによルプラズマ細胞への分化を抑制している可能性 を示唆するものであった。学位論 文発表後 、副査 である清野研一郎教授からAhRアゴニストは
in vivo
でも抗体産 生に作 用するの か質問 があり、未発表データであるが、AhRアゴニストによるマウスIgE
産生モデルでのIgE産生抑制効果を確認しているとの返答があった。また、副査である高 岡晃教教授からITEとCH223191
はどの様な化合物かとの質問があり、ITEは豚の肺よりAhR アゴニスト活性のある内在性アゴニストとして精製された化合物であり、CH223191はAhR のレポ ータージ ーンア ッセイでTCDDに対しアンタゴニス卜活性を有する化合物としてス クリーニングされてきた化合物であるとの返答があった。さらに、AhRリガンドの抗体産 生抑制作用の種差の影響について質問があり、未発表データであるが、AhRアゴニストに よるヒ トB細 胞からの 抗体産生抑制効果を確認しているとの返答があった。また、ITEに よる抗体の分泌型mRNAの発現抑制はXBP−1の発現抑制により説明が可能かとの質問があり、分泌型
mRNA
の合成に はCstF−64の発現が関与していると報告されているが、これまでにXBP
―1がCstFー64の発現を制御しているとの報告はなく、また、ITE
がCstF−64
の発現に 影響を与えているかは今回検討していなぃとの返答があった。また、副査の西村孝司教授 より、免疫系が関与する各種疾患に対し、AhRのアゴニストやアンタゴニストを薬剤とし‑3ー
光 郎
司 教
一
利 研
孝 晃
出
野
村
岡
上
清
西
高
授
授
授
授
教
教
教
教
査
査
査
査
主
副
副
副
て 使 用 す る 場 合 、 ど の よ う な こ と を 考 慮 す べ き か と の 質 問 が あ り 、AhRは 今 回 示 し たB細 胞 の 他 に も 、T細 胞 へ の 作 用 が 報 告 さ れ て い る こ と か ら 、 対 象 と す る 疾 患 に お い てB細 胞 やT細 胞 が ど の 様 に 関 与 し て い る か を 明 ら か に し て 、 さ ら に こ れ ら の 細 胞 に 対 す る 各AhR リ ガ ン ド の 作 用 を 把 握 す る こ と に よ り 、 総 合 的 に 判 断 す る 必 要 が あ る と の 返 答 が あ っ た 。 ま た 、 主 査 の 上 出 利 光 教 授 よ りITEのB細 胞 とT細 胞 へ の 作 用 用 量 に 違 い は あ る か と の 質 問 が あ り 、ITEのT細 胞 へ の 影 響 は 未 検 討 で あ る が 、 今 後 、 是 非 検 討 す る 予 定 で あ る こ と 、 ま た 、 マ ウ スB細 胞 へ の 作 用 用 量 は マ ウ スAhRに 対 す るKd値 と ほ ば 同 じ 用 量 か ら 作 用 し て い る と の 返 答 が あ っ た 。 さ ら に 、 進 化 の 段 階 でAhRは ど の 段 階 か ら 存 在 し て い る の か 、 及 び 、AhRは 外 来 異 物 に 対 す る 制 御 分 子 と し て 働 い て い る が 、 進 化 の 過 程 で のAhRの 存 在 意 義 は 何 か と の 質 問 が あ り 、 下 等 な も の で はC. elegansやDrosophilaの 段 階 で 既 にAhR遺 伝 子 の 存 在 が 報 告 さ れ て い る こ と 、 及 び 、 こ れ ら 無 脊 椎 動 物 で はAhRにligand binding domain が 無 い 事 か ら 、AhRは 本 来 生 体 形 成 に 必 要 な 分 子 と し て も と も と 存 在 し て い た と 考 え る が 、 脊 椎 動 物 へ 進 化 す る 過 程 で 外 来 異 物 に 対 す る 制 御 分 子 と し て の 機 能 を 獲 得 し た と 考 え て い る と の 返 答 が あ っ た 。
こ の 論 文 は 、AhRア ゴ ニ ス ト が 直 接B細 胞 に 作 用 し てIgM、IgGl及 びIgE産 生 を 抑 制 す る こ と 、 及 び 、AhRア ゴ ニ ス ト の 抗 体 産 生 抑 制 に お け るXBP―1の 重 要 性 を 示 し た の み で な く 、 内 在 性 のAHRア ゴ ニ ス ト が 実 際 にB細 胞 で 作 用 す る こ と を 示 し た 点 で 高 く 評 価 さ れ 、 今 後 、 炎 症 や 自 己 免 疫 疾 患 の 改 善 を 目 指 し た 新 規 治 療 法 の 開 発 に 寄 与 す る こ と が 期 待 さ れ る 。
審 査 員 一 同 は 、 こ れ ら の 成 果 を 高 く 評 価 し 、 こ れ ま で の 研 究 活 動 に お け る 研 鑽 な ど も 併 せ 申 請 者 が 博 士 ( 医 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 十 分 な 資 格 を 有 す る も の と 判 定 し た 。
―4