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古代日本語の因果関係を表す接続表現

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古代日本語の因果関係を表す接続表現

――漢文訓読の影響を中心に――

文学研究科博士後期課程国文学専攻 2014 年度 42143603

楊 瓊

(2)
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i

目次

序章 因果関係を表す接続表現の問題点 ... 1

一 目的と背景 ... 1

二 先行研究と問題の所在 ... 3

三 研究方法と構成 ... 7

第一章 原因理由の接続表現「によりて」 ... 11

第一節 原因理由を表す「によりて」について ――漢文訓読の影響をめぐって―― ... 11

一 はじめに ... 11

二 「によりて」の原因理由を表す意味の成立 ... 13

三 和文系資料における「により(て)」の用法 ... 16

四 漢文訓読文における「ニヨリテ」の用法 ... 18

五 院政鎌倉時代における用法の受容 ... 21

六 結 び ... 23

第二節 「により(て)」の接続助詞への発展 ――その文法化と文体とのかかわり―― ... 28

一 はじめに ... 28

二 文体別から見た「により(て)」の接続助詞的用法 ... 28

二・一 中古和文における使用状況 ... 28

二・二 漢文訓読文における使用状況 ... 33

二・三 変体漢文における使用状況 ... 35

三 院政鎌倉時代の和漢混淆文における使用状況 ... 38

四 結 び ... 40

第二章 原因理由の接続表現「(が)ゆゑ(に)」 ... 43

第一節 上代の「ゆゑ」の性格 ... 43

一 はじめに ... 43

二 先行研究の検討 ... 44

三 『万葉集』の「ゆゑ」は果たして接続表現であるか ... 45

四 『万葉集』における「ゆゑ」の用法 ... 47

(4)

ii

四・一 目標・対象 ... 47

四・二 原因・理由 ... 51

五 結 び ... 54

第二節 原因理由の接続表現「(が)ゆゑ(に)」について ――和漢混淆文への展開―― ... 57

一 はじめに ... 57

二 漢文訓読文における「ユヱ」の用法 ... 58

二・一 「故」の用法 ... 58

二・二 「所以」の用法 ... 60

三 和文における「ゆゑ」の用法 ... 62

三・一 体言接続 ... 62

三・二 用言接続 ... 65

四 和漢混淆文への展開――『今昔物語集』を中心に―― ... 67

五 結 び ... 72

第三章 接続詞「しからば」「さらば」の発生と交渉 ... 77

第一節 接続詞「しからば」の発生 ... 77

一 はじめに ... 77

二 上代文献における「しからば」の用法 ... 77

二・一 『古事記』における「然」「然者」の用法 ... 78

二・二 『日本書紀』における「若然者」「然則(即)」の用法 ... 80

三 訓点資料における「シカラバ」の用法 ... 81

四 「若然者」と「然則」の語義 ... 83

四・一 漢籍における「若然者」と「然則」の用法 ... 84

四・二 仏典における「若然者」の用法 ... 86

五 結 び ... 87

第二節 接続詞「しからば」と「さらば」について ――文体による用法差を中心に―― ... 90

一 はじめに ... 90

二 中古和文における「さらば」の用法 ... 90

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iii

三 院政鎌倉期作品における「さらば」と「しからば」の用法 ... 96

三・一 『今昔物語集』における「然ラバ」の用法 ... 96

三・二 鎌倉期作品における「さらば」と「しからば」の用法 ... 100

四 結 び ... 102

第四章 『今昔物語集』の接続詞の使用について ――文体的な比較を中心に―― ... 105

一 はじめに ... 105

二 『今昔物語集』における接続詞 ... 107

二・一 調査対象 ... 107

二・二 『今昔物語集』における接続詞の部ごとの分布 ... 108

二・三 異なり語数 ... 108

二・四 延べ語数と使用頻度 ... 108

二・五 順接を表すものと逆接を表すものの比率 ... 110

三 他文献との文体的な比較 ... 110

三・一 異なり語数の一致率 ... 112

三・二 順接と逆接の使用傾向 ... 113

四 『今昔物語集』における高頻度の接続詞 ... 113

五 結 び ... 118

終章 古代日本語の論理的表現における漢文訓読の影響と位置づけ ... 120

一 本研究のまとめ ... 120

二 本研究の意義と今後の課題 ... 123

参考文献 ... 127

初出一覧 ... 134

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1

序章 因果関係を表す接続表現の問題点

一 目的と背景

日本語の因果関係を表す接続表現は、さまざまな文法的形式によって表される。本研究 は、古代日本語における因果関係を表す接続表現の一端について、その発生と定着を考察 することを目的とするものである。

本研究の目的は、二つの面を含んでいる。第一には、因果関係を表す接続表現として専 用的に用いられる個々の表現の発生と定着の様相を明らかにすることであり、第二には、

因果関係を明示化する接続表現の発達する背景にある漢文訓読、特に仏教漢文を訓読した 営為の、和漢混淆文に及ぼした影響を考察することである。

第一の因果関係を表す接続表現について、特に原因理由を表す接続助詞的なものは、従 来は接続法とりわけ条件表現の中で位置付けられている。古代日本語の接続法とりわけ条 件表現の変遷には、表現形式の分析化や論理化の傾向が認められることはすでに指摘され ている。これを原因理由表現に即して考えてみれば、古代語では、条件表現における「已 然形+ば」によるものを中心に、「に」「て」などの助詞が原因理由を表す働きをしていた。

ただし、それらの助詞は原因理由を表す用法はあるが、それ以外に多様な用法を持ってお り、原因理由用法の認定は文脈の流れによるものとされる。これら多義的な形式に対し、

中世、特に室町時代以降、因果関係をより明確にする表現として、「(が)ゆゑに」「あひだ に」「ほどに」「によりて」「さかいに」「ところで」などの諸形式が発達するようになり、

近代以降、「から」「ので」が発達するようになったことが認められる。これら個々の形式 の用法や歴史的交替などの問題について、多くの研究が蓄積されてきた。また、このよう な表現形式の分析化や論理化の傾向は、一般に、古代語から近代語へ大きく変動し始めた 室町時代以降から発生したことと指摘されている。しかし、院政鎌倉時代の和漢混淆文を 中心とした資料において既に顕著に見受けられるものもあるため、さらなる考察が必要と 考えられる。また、このような現象が生じた原因については、言及されたことはあるが、

必ずしも明瞭となっているとは言えない。

中世以降、条件表現の体系は、表現の内容や形式の種類の面において、大きく変動して きた。前述した接続助詞的な形式の発達とともに、文と文を繋ぐ接続詞の発生と定着も、

その一側面として、条件表現の分析化や論理化とも関わる見過ごしにできない問題であり、

(8)

2

注目に値する。接続詞は遅く生まれ出た品詞であり、その発達は中世以降とされる。従来、

和文に接続詞の使用が貧弱であるのに対し、漢文訓読文に接続詞の使用が豊富であること が指摘されてきた。これらを受けて、接続詞の発達と変遷や、個別作品における使用傾向 を論じる研究が多く為されてきた。ただし、条件表現の分析化や論理化の面において、接 続詞の発達とのかかわりについては、研究があまり為されておらず、なお追究する余地が 残されている。

第二の文体に関する面について、古代語の場合、表現形式の用法や機能そのものが追究 されつつも、文体への配慮はあまりなされていなかったと言える。しかし、接続詞の事情 とも相まって、因果関係を明示する表現の中で、「(が)ゆゑに」や「によりて」のような 複合形式は、和文系資料には貧弱の感を免れないのに対し、漢文訓読文には豊富に見られ る。それゆえ、これらを漢文訓読の影響の濃いものとして、漢文訓読の影響を蒙った宣命 を扱う研究の中で取り上げられたことがあった。しかし、このような複合辞には日本語固 有の動詞や名詞から派生したものも多く、個々の用法が本来持つ意味が自然に文法化した ものか、それとも漢文訓読の影響によって生じたものか、を峻別することが必要になって くる。また、漢文訓読の影響があった場合においても、和漢混淆文に溶け込んでいった過 程で、その変容も明らかにする必要がある。

そこで、本研究では、複合辞的な因果関係を表す接続表現に着目し、それらの発生と定 着を考察し、院政鎌倉時代の和漢混淆文に至るまでの流れの中で、文体差を配慮しながら、

それらの変化を捉えることを目的とする。個々の因果関係を表す接続表現を取り上げ、そ の用法が日本語内部に自然発生した語法であるか、それとも、漢文訓読によって生じた翻 訳的語法であるのかをまず追究し、和漢混淆文に至るまでの変化のプロセスを検討する。

それにより、因果関係を明示化する接続表現の発達する傾向は院政鎌倉時代の和漢混淆文 に見られることを立証する。このような大きな流れには、漢文訓読、とくに仏教漢文を訓 読した営為の影響があったことを指摘し、さらに、それらが和漢混淆文に溶け込む過程の 一端を明らかにする。

このような因果関係を表す接続表現は、日本語の条件表現を支える重要な要素であり、

これらを整理することは、日本語の条件表現の変遷、乃至、論理的表現の形成過程を明ら かにする重要な課題である。また、条件表現の変遷、論理的表現の形成過程に、漢文訓読 の影響を被ったことは、大きく捉えれば、古代日本語と古代中国語の言語接触の問題とし て捉えることができる。

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3 二 先行研究と問題の所在

ここでは、上代語から室町時代語までの因果関係を表す接続表現に関する先行研究を中 心にまとめる。そこに見られる問題点を示しながら、本研究の立場を述べる。

因果関係を表す接続表現について、特に接続助詞的な原因理由を表す表現に関する研究 が盛んに行われてきた。その中で、条件表現における「已然形+ば」による必然確定条件 を表すものが中心的なものとして認められ、近代以降(1)、松下大三郎(1928)をはじめ、

阪倉篤義(1958)(1993)、山口堯二(1980)、小林賢次(1996)など、条件表現を体系的 に扱う研究の中で論じられている。しかし、「已然形+ば」で示された前件は必然確定条件 として、後件事態の原因理由を表すことはできるが、それ以外に、偶然確定条件と恒常確 定条件を表す用法もあり、「ば」の解釈は文脈の流れによるものと考えられる(2)

同じような事情は、助詞「に」「を」「て」などによる接続表現においても見られる。山 口堯二(1980)は、古代語の接続表現を広く捉え、諸形式の意味関係や表現性を重視する 立場から、助詞「に」「を」「て」などによって接続される前後両句には因由性が認められ るが、この因由性はあくまでも文脈に依存するものとしている。これは、中村元氏が指摘 された「物事をそれと明示するよりは、暗示に委ねたり、それとなくわからせる方法に価 値を認めてきた」という日本人古来の思惟方法に対応しており、古代日本語には「明示し ないで文脈依存的にその意味関係を担える形式が多様に見出される」(p.308)という。

このように、古代語における原因理由表現に関する研究は、これらの格助詞や接続助詞 を中心に、いわゆる条件表現や接続法を扱う研究の中で詳しく論じられている。しかしな がら、これらの格助詞や接続助詞はそもそも原因理由を表す専用形式ではなく、原因理由 用法の以外にも様々な用法を持つため、原因理由の用法は下位的にしか扱われてこなかっ た。

一方で、条件表現や接続法の仕組みから切り離し、古代語における個別の原因理由を表 す表現形式に着目する研究が見られる。その中で、とりわけ上代中心の和歌に用いる形式

「ため」「ゆゑ」「から」の古用や使い分け、および「ゆゑ」「ものゆゑ」「からに」の逆接 に解釈される理由を論じるものが多い。例えば、橘純一(1928)(1929)、志村健雄(1931)、 菊澤季生(1938)、大野晋(1953)、吉野政治(1990a)(1990b)(1991)(1998)、馬紹華

(2015)(2017)などのように、早くから研究が行われてきた。

中古語の原因理由を表す表現について、「已然形+ば」による必然確定条件表現は支配的

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な位置を占めているが、周辺的なものとして、原因理由を表す「あひだ」が和化漢文の中 で成立したことは、鈴木恵(1982)によって明らかにされ、「ほどに」の原因理由を表す 意味が和文の中で成立したことは、望月郁子(1969)によって説かれている。ただし、原 因理由を表す「あひだ」は、中世以前では変体漢文の中にとどまっていた用法である。「ほ どに」も、吉田永弘(2000)が述べたように、平安時代においては、〈重時性〉の用法だ けを持ち、因果関係は二次的に読み取れるに過ぎない。その他、和文と変体漢文における 原因理由を表す表現を扱った研究として、杉山俊一郎(2012)と清水教子(1984)(1992)

が挙げられる。

中世は古代語から近代語へ変遷する転換期とされる。原因理由表現もこの時期において、

目覚ましい変貌を遂げた。阪倉篤義(1958)は、中世、ことに室町時代以降、「已然形+

ば」が確定条件から仮定条件を表す用法に変化することは、「ほどに」「さかいに」「によっ て」「あひだに」「ところで」などの形式が新たに生まれてくることに要因があると捉えて いる。中世後期の口語資料に基づき、個々の原因理由表現の特徴や消長を論じる研究とし て、小林千草(1973)をはじめ、吉田永弘(2000)(2007 a)(2007 b)など数多くの論 考がある。吉田永弘(2000)では、「ほどに」の原因理由を表すようになった時期は鎌倉 時代末期であるとし、室町時代から用例が多く見られるようになった要因は、「已然形+ば」

が一般条件に偏り、必然条件を表す所が空き間となったことによると述べている。小林千 草(1973)では、中世から近世にかけて、「絶対優勢であったホドニが、ニヨッテ・トコ ロデに圧迫され、その座を追われる」とし、特に「ホドニとニヨッテとの勢力交替現象」

があることを指摘した。このように、古代から中世にかけて、原因理由表現は「已然形+

ば」→「ほどに」→「によって」の順に展開されていったことが論じられている。小林千 草(1973)を受けて、来田隆(1993)、李淑姫(1998)(2000)、中沢紀子(1996)など のような、原因理由表現の諸形式について、用法や構造など様々な観点から、キリシタン 資料、狂言、抄物などにおける使用状況を扱う研究が多く見られ、中世後期以降の口語資 料に関する研究は進展を見せている。

また、通時的に原因理由用法の成立と発展を論じたものとして、「から」について通時的 な考察を行った石垣謙二(1955)と、「ものゆゑ」と「ものから」の意味変化を取り上げ た馬紹華(2014)が挙げられる。

このような原因理由表現の成立と発達を総合的に捉えようとする研究として、山口堯二

(1996)と小林賢次(2005)がある。山口堯二(1996)は、「あひだ」「ほどに」「から」

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「まま」のような原因理由表現について、「はじめのうちは間接的・文脈依存的である表示 性が、使われているうちに、より直接的・明示的なものになっていく」という大きな推移 傾向を指摘し、一方で、「明示的な形式はなるべく避けようとする傾向」も窺えると述べて いる。このような傾向が見られる時期は室町時代以降とし、その理由として、一つは、「間 接的・暗示的な表示形式も、慣用されれば、おのずからその表示性が直接的・明示的にな っていくという点に求められる」。もう一つは、「どの時代の原因理由表現においても、す でにその表示性が直接的・明示的になってしまった形式より、間接的文脈依存的な形式の ほうが概して歓迎されてきたということではないだろうか」としている。ただし、小林賢 次(1997)が指摘したように、ここで言う間接化・暗示化の傾向は、論理化・分析化とど のようにかかわるのかは、問題が残っている。また、小林賢次(1997)は、山口堯二(1996)

について、「ある表現形式の使用率・使用頻度や文体的な片寄りなどの観点にはあまり重点 を置かず、文法史としての内的要因にもとづく推移がもっぱら追究されている」と評して いるように、個別の表現形式の使用状況や、文体的な観点から考察する余地を充分残して いる。小林賢次(2005)は、先行研究を受けて、抽象的意味を有していた「あひだに」と

「ほどに」が順接確定条件の表現形式として発達することは、条件表現史における「文法 化」の一現象として捉えられると指摘している。

以上で見てきたように、個別の原因理由を表す形式については、上代、および室町時代 以降のものに関する研究は進んできたが(3)、両者間にある平安・院政鎌倉時代頃に関する 研究は未だ少ない状態である。ところが、この時代において、原因理由表現の分析化や論 理化という推移傾向は既に現われており、和漢混淆文の中で定着するに至った様子も認め られる。本研究の大きな関心はここにあり、古代語の因果関係を表す接続表現の発生と定 着の様相を明らかにしたい。

もちろん、上代と室町時代の間にある平安・院政鎌倉時代頃の原因理由表現に関する研 究がまったくないわけではない。築島裕(1963)、春日政治(1969)、小谷博泰(1971)

のような訓点語を実証的に記述する研究、又は漢文訓読の影響を蒙った宣命を扱う研究で、

「(が)ゆゑに」「によりて」などについて述べた事項がある。例えば、築島裕(1963)で は、

……訓読に格助詞又は接続助詞のように用いられるものが多い。「ヲ以テ」「ニ依テ」

などのように格助詞の如き働きを有するもの、「ニ随テ」のように副助詞的な用法を有 するもの、「トイヘドモ」「トイフトモ」又は「ガ(ノ)ユヱニ」などのように、接続

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助詞のような働きを持つたものなどがそれである。これらは、夫々「以―」「依―」「随

―」「雖―」「―故」などの漢文の字の訓読に起因するものである。(p.709)

と述べている。また、小谷博泰(1971)では、

(筆者注:宣命では、)論理的に明確にするための「とともに」「をもちて」「によりて」

などの接続助詞相当語の使用が盛んであるが、これらのあるものは、訓点語の強い影 響によると思われる。

と述べている。しかし一方で、山口佳紀(1993)は、

漢文訓読の影響と言うためには、宣命中のある語法が、日本語内部には自然発達し得 ないような、翻訳的語法であることを言うか、ないしは、もともと日本語内部に発生 した語法であっても、上代の日常会話語として既に滅びており、漢文訓読によって伝 えられていた、そういう意味で訓読的な語法であることを言うか、……(p.153)

を分別する必要があると指摘している。山口佳紀氏の注意するように、漢文訓読の影響を 明らかにするためには、慎重な態度を要する。築島裕(1963)、春日政治(1969)等の研 究は訓点資料内部の使用実態の記述に重点があり、和文には一般に見られず、漢文訓読文 には多いことから、それらの発生は「訓読に起因する」という推測を立てたと思われるが、

具体的にどういう面の漢文訓読であるか、また、それらの表現が和漢混淆文に定着するに 至るまで、漢文訓読の果たした役割については、跡付ける実証的な調査・検討は行われて いない。従来、原因理由表現に関する研究では、文法史として内的要因に基づき、用法の 成立や変化を追究するものが多く、文体的な偏りなどの観点には重点が置かれていないよ うに見られる。他方で、漢文訓読が日本語の文法体系に多大な影響を与えたことは、すで に山田孝雄(1935)、大坪併治(1981)などの研究で指摘されているが、近年では、その ような観点からの研究が滞っているように見られる。そこで本研究では、因果関係を表す 論理的表現を考えるとともに、個別表現の考察と量的調査を通して、漢文訓読の日本語の 条件表現に対する影響の検討を目指したい。

もう一つ、接続詞の発達は、日本語の条件表現や論理的表現の変遷に関わる大きな課題 の一つである。日本語の接続詞は中古においては未発達であったことは、早く池上禎造

(1947)によって指摘される。福島直恭(2008)も中古和文において「接続詞の使用の少 なさ及び種類の少なさ」を指摘した。一方で、漢文訓読文では、接続詞が数多く見られ、

築島裕(1963)や大坪併治(1970)などのような訓点語の研究で盛んに取り上げられてき た。それによって、接続詞は漢文訓読の中で次第に定着していき、院政鎌倉時代の和漢混

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淆文に取り入れられたということは、山田孝雄(1929)、永山勇(1970)、京極興一・松井 栄一(1973)、藤井俊博(2009)などの研究で指摘されたことがある。このように、接続 表現の明示化という観点からも、漢文訓読の影響という観点からも、検討すべきテーマで あると考えられる。そこで本研究では、接続詞について、特に因果関係を明示する機能の 面において漢文訓読の影響を追究したい。

こうした現状を踏まえて、本研究では、上代から院政鎌倉時代における因果関係を表す 接続表現に着目し、文体論的な観点を配慮しながら、個々の表現の発生と定着への考察、

また、接続詞の文体とのかかわりについて、数量的調査を行う。これらの結果を踏まえて、

日本語条件表現の変遷、日本語の論理的表現の変化は、漢文訓読、特に仏教漢文を訓読し た営為の中で推し進められ、和漢混淆文の中で最初に定着していたことを指摘する。

三 研究方法と構成

本研究でいう因果関係を表す接続表現は、広く前件と後件とが、なんらかの因果関係を もって接続されるものをさす。一般的には、文と文を繋ぐ接続詞と、句と句を繋ぐ接続助 詞を言うが、本研究では形式体言や格助詞的なものについても、接続助詞的なものに転ず る重要な橋渡しをするものであり、接続助詞に近い機能を果たしている形式として取り上 げることにする。なお、調査で用いた資料は、各節の末尾で、注の形で示す。

本研究では、院政鎌倉時代の和漢混淆文における因果関係を表す表現形式に着目し、日 本語条件表現の変遷の一端を漢文訓読の影響という観点から捉えようとする。

第一章から第三章までは、個別の因果関係を表す接続表現として、「によりて」「(が)ゆ ゑに」「しからば・さらば」を取りあげ、上代から院政鎌倉時代まで種々の文献資料におけ る使用状況を広く検討した中で、それぞれの文体、特に漢文訓読文における用法の特徴を 見出し、和漢混淆文に至るまで該当語の意味用法の変化について考察を行う。各章では、

概ね以下の方法・手順に沿って調査・考察を進める。

① 漢文訓読の影響が比較的に少ない上代『万葉集』の用例から、該当語の固有的意味用 法を見出す。

② 和文や和歌のような和文系資料における意味用法を調査し、固有的意味用法の定着度 を確認しながら、新しい用法が発生したかどうか、発生した場合、その原因が用法の 自然変化か、それとも漢文訓読の影響で例外的に用いられるものかについて考える。

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③ それが訓読の影響である場合、該当語の漢文訓読文における使用状況を仏典と漢籍の 資料的性格を配慮しながら調査し、新しい用法の発生原因を追究してみる。

④ 和漢混淆文における定着を確認する。特に、巻二十を境に漢文訓読調と和文調に傾く 傾向が認められる『今昔物語集』における使用状況を見ることで、用法の文体的性格 を検証する。

⑤ 必要に応じて、訓点記入のない漢籍・仏典や、古記録などにおける使用状況を調査す ることもある。

具体的には、以下のような内容である。

第一章第一節では、「によりて」を取りあげ、同じ語における日本語内部の変化と漢文訓 読、特に仏教漢文の影響を検討し、和漢混淆文における使用状況について述べる。体言を 受ける「によりて」について、その原因理由を表す用法は日本語内部に成立したものの、

単に原因理由を明示する用法において、良い結果の原因を積極的に表すプラス的用法を用 い始めたのは、漢文訓読、特に仏教漢文を訓読した結果と考えられ、平安時代以降、僧侶 らの手による仏教漢文や和漢混淆文に、非プラス的用法と交えて多用されるに至ったこと を明らかにする。第二節では、用言を受ける接続助詞的用法の「によりて」の和文、漢文 訓読文、変体漢文における使用状況を調査・整理することを通して、接続助詞的に用いら れる「によりて」は、日常言語を基盤に、和文、漢文訓読文、変体漢文、和漢混淆文に共 通して用いられる原因理由の接続表現の一つと位置づけられるものとして捉えられること を述べる。

第二章第一節では、『万葉集』における「ゆゑ」を用いた歌を取り上げ、特に逆接の意味 に解釈されることがある歌を再検討することを通して、上代の「ゆゑ」の文法的性格を考 える。上代において、「ゆゑ」は形式名詞、或いは、接尾辞的なものとして用いられており、

中古以降の論理的な因果関係を表す接続表現とは異なり、後続事態を起こさせる偶然的原 因を示す表現にとどまっていたことを明らかにする。この観点を踏まえて、第二節では、

接続助詞的に用いる「(が)ゆゑに」を取り上げ、中古・中世の各文体における形態や用法 の検討を通して、漢文訓読文、特に仏教漢文を訓読した中で発生し、和漢混淆現象が見ら れる和文や和漢混淆文へ受け継がれたことを考察する。これを通して、和漢混淆文におい て定着する「活用語連体形+φ故」は、漢文訓読文に源をもつが、漢文訓読文では衰える ものの、僧侶の実用文などで保存されており、和漢混淆文の特徴づける表現の一つになっ ていることを明らかにする。

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第三章第一節では、上代文献における「しからば」の仮名書きの例とその訓が宛てられ る漢字の用例を挙げ、その用法を考察し、それらが漢籍・仏典の用法をいかに受け継いで いるかを検証することによって、接続詞「しからば」の発生について論じる。それを受け て、第二節では、接続詞「しからば」「さらば」を取りあげ、中古以降、同義語として認め られる両者の文体による用法の差異について考察する。漢文訓読文における「しからば」

の用法は極端に疑問表現と推定表現の条件を表す用法に固定化していたが、時代が下るに つれて、「しからば」が取り入れられた資料では、「さらば」の用法が大きく偏るようにな り、意志表現と命令表現が続く例が中心となるようになった。このように、「さらば」と「し からば」には、用法の分化が見られ、それぞれの中心となる用法を異にするために和漢混 淆文において併存し得たことを指摘する。

第四章では、文と文の論理的な繋がりを示す接続詞について、つまり、何らかの因果性 を含む順接と逆接を表す接続詞に絞り、『今昔物語集』、および『今昔物語集』の出典とさ れる純漢文の『冥報記』、変体漢文の『法華験記』、和文として類話を持つ『宇治拾遺物語』

などの文献における使用状況について、量的な調査を行うことで、接続詞の使用傾向と文 体との関わりを考察する。漢文訓読調が強い天竺震旦部と本朝仏法部では、順接の接続詞 においては、因果関係を明確に表現する接続詞「このゆゑに」「これをもちて」「これによ りて」と、より論理的思考が必要とされる逆接の接続詞「しかりといへども」「しかるに」

「しかるを」が多く見られる。それに対して、本朝世俗部に頻用されるのは、「然れば」「さ て」「かくて」などのような、時間の経過、あるいは事件の羅列を示すだけで、論理的関係 からいうと、より曖昧に表現されるものである。これによって、漢文訓読調に傾く巻二十 以前では、より論理的な表現をとっていることを指摘する。

以上、個別の表現の検討と全体の量的調査をもとに、終章では、古代日本語の論理的表 現における漢文訓読、とくに仏教漢文の訓読の位置づけと影響を考えるとともに、翻訳的 語法の和漢混淆文に溶け込む過程の一端を明らかにする。

このように、因果関係を表す接続表現について、個々の表現への考察と数量的調査を通 して、日本語の条件表現形式の論理化や因果関係を明示化する接続表現の発達する傾向が、

院政鎌倉時代の和漢混淆文に既に見られることを指摘し、その要因は、漢文訓読、特に仏 教漢文を訓読した中に求められることを明らかにする。

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【注】

(1)近代以前の研究において、条件表現は特に詳しく取り上げられていないようである。

ロドリゲス『日本大文典』では、「接続法」に関して、各形式が提示されている。本居 宣長『詞玉緒』、冨士谷成章『あゆひ抄』に「濁るば」に関する記述が見られる。原因 理由用法と関わるものとして、冨士谷成章『あゆひ抄』では、已然形を受ける「ば」

は「『によつて』とも里すべし」と述べている。

(2)西田直敏(1977)によれば、「ば」自体が概念化された特定の意味を持つ語ではなく、

その前後の文脈・文意の流れから順接、逆接などの解釈がなされると言う。

(3)近世以降の原因理由表現に関しては、例えば、<近世>小林千草(1977)「近世上方 語におけるサカイとその周辺」『近代語研究』5、彦坂佳宣(2003)「桑名藩家中弁の成 立と終焉―原因・理由表現の考察から―」『国語学』214、彦坂佳宣(2005)「原因・理 由表現の分布と歴史―『方言文法全国地図』と過去の方言文献との対照から―」『日本 語科学』17、矢島正浩(2013)『上方・大阪語における条件表現の史的展開』笠間書院 など、<近代>田中章夫(1993)「因果関係を示す接続の『デ』『ノデ』の位相」『近代 語研究』9、吉井量人(1977)「近代東京語因果関係表現の通時的考察―『から』と『の で』を中心として―」『国語学』110など、<現代>永野賢(1952)「『から』と『ので』

とはどう違うか」『国語と国分学』29-2、前田直子(2009)『日本語の複文―条件文と原 因・理由文の記述的研究―』くろしお出版など諸氏の研究があり、方言研究においても 注目されている。特に歴史的な変遷として、近代以降「から」「ので」への交替は明ら かにされてきた。それぞれ注目すべきものであるが、ここでは示すにとどめる。

(17)

11

第一章 原因理由の接続表現「によりて」

第一節 原因理由を表す「によりて」について ――漢文訓読の影響をめぐって――

一 はじめに

古代日本語の原因理由(1)を表す表現は、「ば」を中心に、「に」「て」などの助詞が担って いた。ただし、それらの助詞は、原因理由を表す用法はあるが、それ以外に多様な用法を 持っており、原因理由用法の認定は文脈によるものとされる。これら多義的な形式に対し、

因果関係をより明確にする表現として、「によりて」「(が)ゆゑに」「あひだに」「ほどに」

などのような複合形式が後に発達するようになった。

これらについて、山口堯二(1996)は、場面性の関係表示を基にした「あひだに」と「ほ どに」が、原因理由をはっきり表すようになったのは鎌倉時代末期や室町時代以降として いる(2)。小林賢次(2005)では、「あひだに」と「ほどに」が順接確定条件の表現形式と して発達することは、条件表現史における「文法化」の一現象として捉えられると指摘し ている。早く古代語の中においても定着したものとして、「によりて」「(が)ゆゑに」が挙 げられる。このような中で、因果関係を明確にする表現として、複合辞「によりて」の発 達が注目される。「によりて」は「原因する、基づく」という意を表す動詞「よる」を含ん でいるため、原因理由としての意味づけは明示的である。

(1)初花の 散るべきものを 人言の 繁きによりて(尓因而)淀むころかも(万葉4・630)

(2)いまは終はりの行ひをせむとて籠りたるが、宮の御事によりて出でたるを、(源氏・

薄雲)

例(1)と例(2)における「によりて」は、「……に起因する」という意であり、前件 の「人言の繁き」「宮の御事」が後件の「淀むころかも」「出でたる」を引き起こす原因と なることを示している。この用法の成立については、漢文訓読の影響によって生じたとす る見方と、日本語内部において自然に成り立ったとする見方がある。

築島裕(1963)は、「ニヨリテ」は格助詞の如き働きを有するものとして、「依――」な どの漢文の字の訓読に起因するものであると指摘している。つまり、「ニヨリテ」は漢文訓 読の影響によって生じたものという見方である。

(18)

12

一方、山口佳紀(1993)は、「ニヨリテ」について、

御諸に つくや玉垣 つき余し 誰にかもよら(余良)む 神の宮人

(古事記・歌謡93)

のように、動詞「よる」にある「頼る」の意から「……次第である」「……に左右される」

という意をもつようになり、そこから原因理由を示す用法が生じたと推測している。つま り、「ニヨリテ」の原因理由を表す用法の成立は漢文訓読と関わらず、日本語内部において 独自に成立したとみているのである。

また、Matsumoto Yo(1997)(1998)は、認知言語学の観点から、後置詞の文法化に おける意味変化を観察し、イメージ・スキーマに変形が起こる例として、「によって」を挙 げている。動詞「よる」が ‘ x draw near y ’(x → y)の意から ‘ x is attributed to y ’( y

← x)の意になり、‘ x because of y ’(y → x)のような原因理由を表す用法が文法化した としている。

さらに、陳君慧(2005)は、Matsumotoの「‘x is attributed to y’の意から、‘ x because of y ’ のような原因理由を表す用法が文法化した」という見方に対して、‘ be attributed to ’ という意味は、「訓読語の現れる箇所」以外に見られなかったため、そこから ‘ x because of y ’ の意味へ文法化した可能性は低く、それが後に借用された動詞の意味である可能性が高 いと述べ(3)、ニヨッテの原因理由を表す用法の文法化過程として、次の二つの可能性を提 案した。

<1> ニヨッテが動詞「ヨル」(筆者注:「好意を寄せる」意)の中止形とも<原因>を表 す後置詞とも解釈可能な例があるため、前者から後者への過程を経たと考える可 能性

<2> 同時代にすでに存在する<根拠>から拡張したと考える可能性(4)

以上のように、山口佳紀(1993)、Matsumoto Yo(1997)(1998)、陳君慧(2005)は、

「によって」の原因理由を表す用法は日本語の中で独自に文法化したとする点では共通す るものの、その見解には相違が存する。そこで本節では、『万葉集』の用例に基づき、「に よりて」の文法化のプロセスを実証的に示すことを目的の一つとする。

また、例(1)と例(2)のような用法は、上代・中古の和歌や散文に多く見られるが、

院政鎌倉時代になると、次のような用法が説話や軍記に多く見られるようになる。

(3)『我レ、此功徳ニ依リテ人天ニ生レテ冨貴ヲ得ム、』(今昔・巻二ノ12)

(4)女、藥ノ方ニ依テ命ヲ存スル事ヲ得テ、(今昔・巻二十四ノ9)

(19)

13

例(3)と例(4)における「ニ依テ」は、原因理由を表しているが、単に前件と後件を 因果的に結び付けているのみではなくて、「……のおかげで」という意味で、動作主にとっ て「冨貴ヲ得ム」「命ヲ存スル事ヲ得テ」のような望ましい事態の成立に役立つということ を表している。このようなよい結果の原因を表す点は、単に原因と結果を結び付ける表現 である例(1)と例(2)の用法と異なり、意味上の特徴となっている。本節では、このよ うな用法を原因理由の「プラス的用法」と呼び、漢文訓読、特に仏教漢文の訓読の影響で 成立し、和漢混淆文の中で定着した経緯を論じていく。なお、中古以降の調査では、体言 を受ける格助詞的な用法を中心とし、具体的に、原因理由の用法で、かつ、「により(て)」 の形で現れる例に絞る。これは、「によりて」の用言接続の例は準体句と解せるものもある が、接続助詞としても解せ、第二節で論じるため、ここでは考察対象から省く。また、疑 問詞接続の慣用表現「なに(ごと)によりて」「たれによりて」、接続詞「これによりて」

に含まれるものも考察対象外にする(5)

二 「により(て)」の原因理由を表す意味の成立

ここでは、『万葉集』の歌を例として、「により(て)」の原因理由を表す意味の成立のプ ロセスを追ってみる。万葉集において、動詞「よる」は69例見られる。これらの例は、「よ る」の動作主と対象語、および文脈的な意味用法によって、以下の四種類に分けられる。

Ⅰ〈具体物〉がある〈場所〉に距離的に接近・移動する……26例

動詞「よる」は本来、「物や人がある場所に近づく、近寄る」のような〈距離的接近・移 動〉を表す語である。この原義に最も近い例を下に示す。

(5)暇あらば 拾ひに行かむ 住吉の 岸に寄る(因)といふ 恋忘れ貝(万葉7・1147)

(6)年魚市潟 潮干にけらし 知多の浦に 朝漕ぐ舟も 沖に寄る(依)見ゆ(万葉7・1163)

(7)み空行く 月読をとこ 夕去らず 目には見れども 寄る(因)よしもなし(万葉7・1372)

(8)川上に 洗ふ若菜の 流れ来て 妹があたりの 瀬にこそ寄ら(因)め(万葉11・2838)

上記四例が示したように、例(5)は貝が岸に近寄る例であり、例(6)は舟が沖に近づ く例である。例(7)は、文面上では人が月に寄る例であるが、作者が月を擬人化し、手 の届かない存在の相手に思いを寄せるたとえとも考えられる例である。例(8)は、文面 上では若菜が妹(の所)に寄る例であるが、草に寄せて思いを喩える歌なので、作者が思 いを妹に寄せる例と考えられる。例(7)と例(8)のように、「寄る」が擬人歌や譬喩歌

(20)

14

に多く用いられることで、メタファーによって、感情など抽象的なものに用いられるよう になり、Ⅱの段階へ展開していくこととなったと考えられる。なお、形態の面から、Ⅰの 段階では、「によりて」の形をとっている例は一例もない。

Ⅱ 気持ちや心などの〈抽象物〉がある〈人〉に傾く、寄り添う……27例

前述したように、ⅡはⅠから抽象化された用法と考えられる。この段階では、「よる」は

「気持ちや心のような抽象物が恋人や支配者に傾く、寄り添う」という意で用いられる。

(9)明日香川 瀬々の玉藻の うちなびく 心は妹に 寄り(因)にけるかも(万葉13・3267)

(10)下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依り(依)て仕ふる 神の御代かも(万葉1・38)

(11)武蔵野の 草はもろむき かもかくも 君がまにまに 我は寄り(余利)にしを(万葉 14・3377)

(12)秋の田の 穂向きの寄れる 片寄りに 君に寄り(因)なな 言痛くありとも(万葉2・

114)

例(9)は「玉藻のうちなびく」のように、作者が心を妹に寄せる例である。例(10)

は、対象がさらに特殊化され、「山川(神)が天皇に寄る」となる場合であり、「身を寄せ て帰順する、服従する」の意に解釈できる。陳君慧(2005)では、例(11)および前述し た「誰にかもよら(余良)む」(古事記・歌謡93)を、「心理的に頼る・従う」と解釈して いるが、「草はもろむき」に対して、「我は君にひたすら心を寄せた」という意であり、例

(11)には心理的な距離の接近や方向性が含意されていると理解したほうが妥当ではない か。例(12)は「君に寄りなな 言痛くありとも」の句は、「秋の田の 穂向きの寄れる 片 寄りに」と呼応して、「君に寄り添いたい、噂がひどくても」という意である。例(8)の ような「君+よる+言痛く」の組み合わせは、「よる」が人物に接する点、「言の繁き」や

「言繁く」のような表現が続く点で、Ⅲの例(13)や(14)と類似している。

形態の面に目を向けると、Ⅱの段階では、動詞の用法であるが、「により」の形が 7 例 見られ、それらの上接語はいずれも君(4 例)と妹(3 例)のような人物を表す名詞であ る。

Ⅲ ある事態の発生はこの〈人〉に起因する……12例

Ⅲに属する例は、〈もとづく、起因する〉の意で、「(対象物である人)のために・ためな ら」と解釈されることが多い。

(13)君により(因) 言の繁きを 故郷の 明日香の川に みそぎしに行く(万葉4・626)

(14)年きはる 世までと定め 頼みたる 君により(依)ては 言繁くとも(万葉11・2398)

(21)

15

(15)我が思へる 妹により(縁)ては 言の忌みも なくありこそと(万葉13・3284)

(16)我が命は 惜しくもあらず さにつらふ 君により(依)てそ 長く欲りせし(万葉16・ 3813)

上記四例は、「君のために」「君のためなら」と解釈できる。しかし、これらの例におい て、「よる」の上接語は、いずれも「君」「妹」のような人を表す名詞に限られている。前 述したように、これらの例はⅡの例(12)にみる表現に近い面があり、気持ちや心などの

〈抽象物〉がある〈人〉に傾く、その結果、ある事態の発生はこの〈人〉に起因するとい う意と解釈でき、連続性も窺える。つまり、この段階では、「よる」は動詞としてⅡの「心 を寄せる、寄り添う」のような意味から十分に離れておらず、ⅢはⅡと延長線上に捉えら れるものと考えられる。

一方、形態上、「により」(2例)、「によりては」(8例)、「によりてそ」(2例)の形をと っており、助詞「ては」「てそ」が後接する例はあるが、「に+より」の形態的な結合が確 認できる。また、後続表現が「言の繁き」や「長く欲りせし」のように、多様になってく ることで、ある事態の発生が前件に〈もとづく、起因する〉の意と解釈されやすくなると 考えられる。

Ⅳ ある〈抽象物・事柄〉が原因で、ある事態が引き起こされた……4例

Ⅳはある〈抽象物・事柄〉が原因で、ある事態が引き起こされた用法である。この段階 では、「よる」は〈原因〉にしか解釈できないと思われる。

(17)石上 布留の尊は たわやめの 惑ひに因りて(尓縁而) 馬じもの 縄取り付け(万 葉6・1019)

(18)初花の 散るべきものを 人言の 繁きによりて(尓因而) 淀むころかも(万葉4・

630)

(19)ねもころに 思ふ我妹を 人言の 繁きによりて(尓因而) 淀むころかも(万葉12・

3109)

(20)人言の 繁きによりて(尓余里弖) まを薦の 同じ枕は 我はまかじやも(万葉14・

3464)

上記の 4 例は、いずれも「によりて」の形をとっている。「によりて」の対象物がⅢか らさらに抽象化され、人を表す名詞以外に、例(17)の「たわやめの惑ひ」や例(18)(19)

(20)の「人言の繁き」のような抽象名詞・事柄に接することができるようになっている。

例(17)は「たおやめの迷いのせいで、馬のように縄を取り付け」という意であり、例(18)

(22)

16

(19)は、「人の噂がひどいゆえに、通うのをためらっている」という意であり、例(20)

は「人の噂がひどいからとて、薦で作った同じ枕を、わたしたちはせずにいようか」とい う意である。用例の示したように、この段階に至って、「によりて」は「せいで」「ために」

「から」の意にしか解釈できず、〈原因〉を表す用法が成立していると考えられる。

以上のように、ⅠとⅡの段階では、「よる」が〈(具体物が場所に)距離的接近・移動〉

と、そこから抽象化された〈(心や気持ちが人に)寄せる、寄り添う〉の意に用いられてお り、述語の位置に立ち、文や節の必須要素となっている。Ⅲの段階に至ると、Ⅱの意味と 繋がっているが、「名詞+により」の形で、後続表現の述語にかかって、〈もとづく、起因 する〉の意となっている。ただし、上接語は人物を表す名詞に限られている。Ⅳになると、

「よる」の上接語が広がり、抽象物や事柄を表すものに接し、「名詞句/動詞句+によりて」

の形で文の従属節となり、原因理由を表す意に解釈できるようになる。このように、「によ り(て)」は『万葉集』において原因理由を表す意味としてすでに成立していたと考えられ る。

三 和文系資料における「により(て)」の 用法

次に、『万葉集』と中古和文(以下、「和文 系資料」と呼ぶ)における原因理由を表す「に より(て)」の用法を見ていく。

注意すべき点は、用法の特徴として、和文 系資料における「により(て)」は、原因と結 果を結び付ける論理的な表現として、動作主 にとってマイナス的、またはニュートラル的 な結果をもたらす例にほぼ限られることであ る。ここではこれらを、「プラス的用法」と対 照的に捉え、「非プラス的用法」と名付けてお く。両用法の和文系資料における使用状況を

【表 1】に示した。また、参考に明らかにマ

イナス的な用例の数を( )内に示した。

【表 1】和文系資料における用法

資料 プラス 非プラス

万葉集 0 16(3) 16

竹取 0 0(0) 0

伊勢 0 0(0) 0

土佐 1 1(0) 2

大和 0 2(1) 2

平中 0 1(1) 1

蜻蛉 0 4(0) 4

落窪 1 4(0) 5

枕草子 0 0(0) 0

和泉式部 0 1(1) 1 源氏 0 36(10) 36

紫式部 0 0(0) 0

堤中納言 0 0(0) 0

更級 1 0(0) 1

大鏡 1 9(7) 10

讃岐 0 0(0) 0

古今集 0 3(2) 3

物語和歌 0 6(3) 6 4 83(28) 87

※和文の和歌は「物語和歌」に集めた。

(23)

17

【表1】に示したように、全87例中、非プラス的用法が83例を占めている。

(21)男、女、あひ知りて年経にけるを、いささかなることによりてはなれにけれど、(大 和)

(22)「また女人のあしき身を受け、長夜の闇にまどふは、ただかやうの罪によりなむ、

さるいみじき報いをも受くるものなる。」(源氏・夕霧)

(23)二条院の上は、まだ渡りたまはざりけるを、この試楽によりぞ、えしづめはてで渡 りたまへる。(源氏・若菜下)

(24)御病により金液丹といふ薬を召したりけるを、(大鏡・天 六十七代三条院居貞)

用例の内容を見ると、和文における「により(て)」は、おおむねマイナス的な事柄やニ ュートラル的な事柄に用いられている。例(21)は「ちょっとしたことのせいで、別れて しまった」という意であり、例(22)は「愛欲の罪のせいで、恐ろしい報いを受ける」と いう意である。これらの例において、「により(て)」は主体に対して望ましくないことに 用いられる。また、例(23)は「試楽のためにお帰りになった」という意であり、例(24)

は「ご病気のために薬を服用なされていた」という意である。これらの例では、「により(て)」 が中立的な立場から事柄を客観的に述べる文に用いられる。

一方で、「プラス的用法」で用いられる「により(て)」は極少数でありながら4例見ら れる。

(25)おぼろけの願によりてにやあらむ、風も吹かず、よき日出で来て、漕ぎ行く。(土 佐・二十一日)

(26)〈世次〉「おほかた昔は、前頭の挙によりて、のちの頭はなることにてはべりしなり。」

(大鏡・地 太政大臣伊尹謙徳公)

(27)〈別當〉「仏師にて、仏をいと多く造りたてまつりし功徳によりて、ありし素姓まさ りて人と生まれたるなり。」(更級・宮仕えの記)

(28)〈大納言〉「御徳により、面目ある目を見はべりつる」と、(落窪・巻之四)

これらの少数の例は、いずれも男性作者の作品や、漢文の素養が高い人の会話文に見ら れる例である。また、「により(て)」が「願」「挙」「功徳」「徳」のような漢語に接する点 からも、これらの出現は和文の中で例外的なものであり、漢文訓読の影響で用いられたも のかと推測される。さらに、和文では、「により」の形で現れる例が用例全体の大半を占め るが、プラス的用法の全 4例の中で、例(25)(26)(27)のように、3例が「によりて」

の形を取っていることからも、この用法が漢文訓読とのかかわりが大きいことを示してい

(24)

18 る(6)

このように、非プラス的用法で用いられる「により(て)」は、歌、日記、物語、随筆に 広くわたり、和文系資料において定着していると見られる。その一方で、プラス的用法で 用いられる「により(て)」は、和文系資料において例外的な存在であり、その出現は漢文 訓読とのかかわりが大きいと推測される。

四 漢文訓読文における「ニヨリテ」の用法

次に、漢文訓読文の中でプラス的用法が発生する原因を検討したい。

築島裕編『訓点語彙集成』(汲古書院、2007~2009)によると、「ヨル」は「依」「因」

「由」「據」「憑」をはじめ、57漢字の訓として用いられる。万葉集の歌においては、この うち、「依」「因」「縁」が「ヨル」の表記として用いられており、その原義「寄る」および そこから発生した意味を表しうる漢字として早くから結びついていた。また、平安時代の 訓点資料では「憑」「據」「仗」「乗」「資」などの字に、「依」をもってそれらの訓みや意味 を表す訓字として用いられることがあり(7)、古記録や和漢混淆文においても、「ニヨリテ」

の漢字表記は殆ど「依」である(8)。したがって、平安時代以降の日本人が書いた文章では、

漢字「依」と「ヨル」の結びつきがより定着していると考えられる。

漢字「依」は、『説文解字』に「依、倚也」とあるように、本来「もたれる(倚)」とい う意であり、『篆隷萬象名義』に「依、怙、助」とあるように、「たのむ/たよる(怙)・た すく(助)」の意もあるが、これまでの字義の研究や注釈によると、原因理由の意はないよ うである(9)。筆者も『論語』『史記』のような漢籍資料を調べた結果(10)、確かに、「依」に 原因理由を表す例は見られなかった。

しかし、これらの研究における用法の記述はあくまで漢籍の用例に基づいたものである ため、仏教漢文の用例に注目しておく必要がある。これは仏教漢文には「依」で原因理由 を表す用例が確認できるからである。以下では、平安初期から院政鎌倉期にかけての訓点 資料で「ニヨリテ」と訓まれた実例をもとに、原因理由を表す用法と漢字の傾向を確認す る。用法別の用例数を文献ごとに示したのが【表 2】であり、用法を漢字別に示したのが

【表3】である。なお、明らかにマイナス的な用例の数は( )内に示した。

まず、元になった漢字の用法の傾向を確認しておく。【表3】によると、「由」「因」「依」

の出現頻度が高く、常用的である。注意すべきなのは、非プラス的用法は、「由」「因」「縁」

(25)

19

「為」のような原因理由を表す意味の強い漢字に限って見られるのに対して、プラス的用 法は、「為」を除くと、すべての漢字にわたって見られることである。とりわけ出現頻度が 高い「依」には、非プラス的用法がなく、用例のすべてがプラス的用法であることが注目 される。すなわち、原因理由のプラス的用法で現れる場合では、「依」は「たのむ/たよる

(怙)・たすく(助)」という意味を基盤に、文脈的に「……に頼って/の助けで、……」

という意味で、良い結果の原因を積極的に言う表現となったのであろう。

次に、これらの字を訓読した「ニヨリテ」用法を見ると、【表2】に示したように、仏教 漢文に集中しており、非プラス的用法が65 例あるのに対し、プラス的用法が124例に上 る。

まず、和文系資料の「により(て)」と共通する原因理由の非プラス的用法を確認する。

(29)何以故、慳貪に由(り)て、〔於〕生死の中にして、諸の苦悩を受く。(金光明最勝 王経・巻七127-20)

(30)数百年前ノ前ニ雷震ニ因(リ)テ山崩ル。(三蔵法師伝・E巻五418)

(31)求法ニ因(リ)テ師友ヲ尋ネ訪フ。(三蔵法師伝・C巻九385)

上記の例(29)と(30)では、前件の「慳貪」「雷震」のような抽象物や事柄が原因で、

後件の「苦悩を受く」「山崩ル」のような望ましくない事態が引き起こされる。例(31)

は、「求法」のために、「師友ヲ尋ネ訪フ」という意であり、行動の理由(目的)を客観的

【表 2】漢文訓読文における用法

資料 プラス 非プラス 計

金光明最勝王経 49 11(6) 60 三蔵法師表啓 1 0(0) 1 地蔵十輪経 53 30(20) 83 南海寄帰内法伝 0 4(2) 4 妙法蓮華経 1 0(0) 1 三蔵法師伝 18 17(4) 35 白氏文集 0 2(2) 2

論語 0 0(0) 0

史記 0 0(0) 0

荘子 0 0(0) 0

遊仙窟 2 1(0) 3 124 65(34) 189

【表 3】用法と漢字の対応 漢字 プラス 非プラス 計

65 32(20) 97 13 23(11) 36 31 0(0) 31 3 4(1) 7 5 0(0) 5 0 4(2) 4 2 2(0) 4 1 0(0) 1 1 0(0) 1 1 0(0) 1 1 0(0) 1 1 0(0) 1 124 65(34) 189

(26)

20

に述べている。この用法は、和文系資料における「により(て)」の用法と重なっている。

一方で、和文系資料に極少数にしか見られない原因理由のプラス的用法が豊富に見られ る。

(32)此は一切の功徳善根に依(り)て〔而〕生起すること得。(金光明最勝王経・巻四 61-5)

(33)諸有ノ悪業、今ノ小疾ニ因(リ)テ竝(ヒ)ニ消エ祢クルコトヲ得タリ。(三蔵法 師伝・C巻十114)

(34)此の經の威力に由(り)て、能ク諸の災横を離レ、及餘の衆の苦難をも、皆除滅セ ず〔不〕といふこと無ケむ。(金光明最勝王経・巻一5-10)

(35)師(ノ)[之]寿命、今自(リ)已去ヲチカタ、更(ニ)十年可ハカ(リ)ナリ、若(シ)餘福ニ憑依也(リ)

テ轉續セムコトハ、(三蔵法師伝・E巻五11)

(36)この定力に由(り)て〔令〕彼の佛土の一切の有情をして、皆悉、同(じく)諸の 三魔地の所行の境界を見しめム。(地蔵十輪経・巻一214)

例(32)~例(36)において、「ニヨリテ」の前件は、力、功徳、善根のような恵みや 利益を含む物事となっている場合が多い。後件では、例(32)と(33)のように、「V+コ ト(ヲ)得」のような構文を取るのが最も代表的である。また、例(34)(35)のように、

「苦難を除滅す」「寿命が転続す」のようなプラス的意味合いを含む表現が続き、後件を「…

…ことができる/できた」と補って言うほうが、より安定感がある場合がある。さらに、例

(36)のように、使役文が後続する場合が、仏典系資料に多く見られ、仏に勧請する時に 用いられる典型的な文型と考えられる(11)。これらの例における「ニヨリテ」は、「……に 頼って/助けで……」の意味合いを基盤にしながら、「……が原因/きっかけで……」結果 的に望ましい事態が成り立つという意となる。

ここで、例(32)と例(35)の「依」の用法に注目したい。例(32)は「依」字で良い 結果の原因を表す例である。このような例は、『金光明最勝王経』『三蔵法師伝』『地蔵十輪 経』のような仏教漢文に合計31例見られる。一方、漢籍系の遊仙窟に、プラス的用法は2 例のみ見られるが、それらの例は「因」を用い、「依」を用いていない。このことを考える と、「依」を原因理由のプラス的用法に用いることは仏教漢文の特徴と言える。さらに、例

(35)では、「憑」の訓み、或いは、意味を示すものとして「依」が用いられ、僧侶の常 用漢字と考えられる。また、山本真吾(2005)によれば、接続詞「これによりて」を漢字 で表記するときに、書き手が僧侶である場合、特に私的な文章において「依之」を選択す

(27)

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る傾向が俗家より強いという。これらのことをふまえると、「依」をもって原因理由を表す 用字法が僧侶の世界で定着していると考えられる。

以上のように、漢文訓読文では、「ニヨリテ」が「依」「因」「由」などのような意味的類 縁性がある漢字の訓として結びつくことにより、固有日本語12)には見られなかった原因理 由のプラス的用法が生じていると考えられる。

五 院政鎌倉時代における用法の受容

前節では、漢文訓読文における「ニヨリテ」の多くは、和文系資料における「により(て)」 の基本的用法と異なり、独特のプラス的な表現価値を担っていることを述べ、その要因は 主に仏教漢文の「依」の用法を摂取したことに求められることを明らかにした。ここでは、

院政鎌倉時代資料の中で、プラス的用法が仏教説話集や軍記物語のような和漢混淆文や、

和漢混淆現象が見られる和文系の文章にも取り入れられていることを確認する。この時代 の資料における原因理由を表す「によりて」の用法を【表4】に示した。

前述したように、中古和文では原因理由の非プラス的用法は定着している一方で、プラ ス的用法はわずか4例のみであり、未だ異質

的な存在と考えられた。【表4】に示したよう に、院政鎌倉時代になると、説話や軍記のよ うな和漢混淆文の中に「によりて」のプラス 的用法が増加し、一般化する傾向が見られる。

特に、『今昔物語集』の天竺震旦部、『三宝絵』

『法華百座聞書抄』『金沢文庫本仏教説話集』

のような仏教説話集や、『三教指帰注』『光言 句義釈聴集記』『歎異抄』のような教学的な資 料では、プラス的用法の用例数が非プラス的 用法を上回っており、多用されている。

(37)臨終十念ヨリテ、カナラス極楽往 生ヘシ。(法華百座聞書抄・ウ377)

(38)金剛般若経ヲ轉讀シ給ヒシヲ聞シ功徳 ニ依テ、今、人間ニ生ズル事可得シ。(今

【表 4】院政鎌倉時代資料における用法

資料 プラス 非プラス

天竺震旦部 72 60(39) 132 本朝仏法部 71 71(39) 142 本朝世俗部 8 21(8) 29 今昔全体 151 152(86) 303 三宝絵 11 5(2) 16 法華百座 5 4(2) 9 金沢本仏教 6 3(3) 9 十訓抄 4 15(6) 19 沙石集 24 32(16) 56 宇治拾遺 4 16(10) 20 延慶本平家 20 49(20) 69 高野本平家 12 35(26) 47 徒然草 0 0(0) 0 三教指帰注 1 0(0) 1 光言句義 3 1(0) 4 歎異抄 1 0(0) 1 242 312(171) 554

参照

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