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中古和文における「さらば」の用法

ドキュメント内 古代日本語の因果関係を表す接続表現 (ページ 96-102)

第三章 接続詞「しからば」 「さらば」の発生と交渉

第二節 接続詞「しからば」と「さらば」について

二 中古和文における「さらば」の用法

上代では「然」「爾」などの漢字に対して、「しか」という訓みが一般的であり、「さ」と 訓む確例は見られない(2)。平安時代になると、「さ」が新たに生じた形として用いられると されている。接続詞「しからば」「さらば」については、上代では「しからば」の用例しか 見られないが、中古和文では、「しからば」の用例が皆無であるのに対して、「さらば」の 用例が広く見られる。ここでは、中古和文における「さらば」の用法を調査することで(3)、 第三章第一節で検討した上代の「しからば」、また、漢文訓読文における「シカラバ」との

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第三章第一節では、上代の「しからば」の後続表現を、〈意志表現〉〈命令表現〉〈疑問表 現〉〈推定表現〉と、四つの種類に分け、その後続表現の偏りを分析した。ここでは、上代 の「しからば」や漢文訓読文の「シカラバ」と比較するために、同じ分類方法を採り、中 古和文における「さらば」の用例を分析する。

中古和文において、「さらば」はもっぱら会話文(心話文を含む)に用いられる。ここで は、これらの用例を「さらば」の後続表現によって分類し、【表 1】に示した。なお、「さ らば」の後続文が言いさし文である場合は、前後の文脈によって後続文の意味合いを推測 した(4)。また、熟合した慣用句「さらばとて」と、別れの挨拶語「さらば」とは、考察対 象外とした。

【表1】から、中古和文では、「さらば」が285例と多く見られる。「さらば」には、意

志表現が続く例が97例、命令表現が続く例が96例、疑問表現が続く例が26例、推定表

【表 1】中古和文における「さらば」の用法 意志表現 命令表現 疑問表現 推定表現

竹取 3 0 0 0 3

大和 0 0 1 0 1

伊勢 1 0 0 0 1

平中 2 4 1 2 9

蜻蛉 2 6 0 1 9

宇津保 31 25 11 15 82

落窪 6 3 2 2 13

枕草子 2 7 1 2 12

源氏 23 27 3 21 74

和泉式部 2 0 0 0 2

紫式部 1 0 0 0 1

讃岐 2 1 0 0 3

更級 0 0 0 1 1

夜の寝覚 8 5 1 5 19

浜松 4 3 0 1 8

狭衣 5 10 6 12 33

栄花 4 4 0 2 10

大鏡 1 1 0 2 4

(比率%)

97 (34.0)

96 (33.7)

26 (9.1)

66 (23.2)

285 (100.0)

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現が続く例が66例見られ、疑問表現の例がやや少ないが、「さらば」は幅広い用法で用い られている。そのうち、意志表現が続く例と命令表現が続く例は合計 193 例で、全体の

67.7%を占めるのに対し、疑問表現が続く例と推定表現が続く例は合計 92 例で、全体の

32.3%にとどまる。後続表現に意志表現と命令表現が多く見られる点で、中古和文の「さ らば」は上代の「しからば」の特徴と共通しており、和文において定着した接続詞と言え る。

次に、中古和文における「さらば」の例を列挙しつつ用法を確認する。

○さらば…意志表現

意志表現に属する例は、「さらば」に含意される前提条件を受けて、その条件のもとに、

自分の行為について意志を表明するものである。

(1)心得がたく、おぼえて、(時方)「さらば、のどかに参らむ。……」(源氏・蜻蛉)

(2)はかなく、くちおしと思して、げにたゞ人にはあらざりけりと、(帝)「さらば御と もにはいて行かじ。……」と仰せらる……(竹取・御門の求婚)

「さらば」に意志表現が続く例には、上記の例(1)のように、文末に「む」がきて、

自分の意志(のどかに参らむ)を表す例が中心的である。例(2)のように、後続文を「じ」

で結び、否定的意志(御ともにはいて行かじ)を述べる例も見られる。

○さらば……命令表現

命令表現に属するのは、「さらば」によって前述の事柄を受けて、その条件のもとに、命 令を下すものである。ここでは、相手の行動に対して、適当・勧誘的に言う場合も軽い命 令として、この類に入れる。

(3)(薫)「そこはかと、思ひわくことは、なきものから、いにしへのことゝ聞き侍るも、

物あはれになむ。さらば、かならず、この残り、聞かせ給へ。」(源氏・橋姫)

(4)(大殿)「それは僻事なり。いかでか。さらば、故大將をこそは、贈大臣の宣旨を下 させ給はめ」と奏せさせ給へば、(帝)「さらばさべきやうに行ひ給べし」と宣はすれ ば、(栄花・巻第十)

(5)「げににくくもぞなる。さらばな見えそ」とて、おのづから見つべきをりも、(枕草 子・第四十七段)

命令表現が続く例には、例(3)のように、動詞・助動詞、および補助動詞の命令形(聞 かせ給へ)で終わるものが中心的である。その他、例(4)のように、後続文が推量助動

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詞「む」(「……こそ……め」)や「べし」で終わり、他人の行動について、勧誘的な命令表 現(故大將をこそは、贈大臣の宣旨を下させ給はめ)(さべきやうに行ひ給べし)が見られ る。また、例(5)のように、「……な……そ」の形で、禁止表現(な見えそ)の例もある。

○さらば……疑問表現

疑問表現に属するものは、「さらば」で受ける前提条件のもとに、話し手の疑問を提示す る例である。ここでは、疑問表現を広義的に捉え、反語的、詰問的な用法も含めている。

(6)……と、のたまへば、(女房)「さらばいかゞは、侍るべからむ」と、聞ゆ。(薫)「北 面などやうの隱れぞかし、かゝる古人などのさぶらはむに、ことわりなる休み所は。

それも、又、たゞ、御心なれば、愁へ聞ゆべきにも侍らず」とて、(源氏・宿木)

(7)……夜晝、思ひほれて、同じ事をのみ、(入道)「さらば、若君をば見たてまつらで は、侍るべきか」といふよりほかのことなし。(源氏・松風)

例(6)は相手の意見を尋ねる質問(いかゞは、侍るべからむ)である。例(7)は、若 君に逢いたがる気持ちを反語的に表す例(見たてまつらでは、侍るべきか)である。

○さらば……推定表現

ここで「推定」というのは、前提条件を根拠とした強い推測や断定の意に使う。推定表 現に属するものは、「さらば」で受ける前提条件を根拠として、後続表現で話し手の強い推 測を述べる例が典型的である。「さらば」の後続文では、その根拠によって、話し手が「こ うであろう」と強く推測する場合である。その他に、確信的に「こうであった」と断定的 に言う場合も含める。

(8)(内大臣)「につかはしからぬ役なゝり。かく、たまさかにあへる親の孝せむの心あ らば、この、物のたまふ声を、すこしのどめて聞かせ給へ。さらば、いのちも延びな んかし」と、をこめい給へる大臣にて、ほゝゑみてのたまふ。(源氏・常夏)

(9)……車より、「いとよう知れる人の、憂き事どものありける、言ひし聞きしかば。心 憂し。言はじ」と言ひければ、「さらば、これは志賀の人なるべし」と思ふに、(平中・

二十四)

(10)女、「あれはさこそあれ。それが憂きこと」とて、になくあさましきことをつくり 出だしつゝ、言ひ散らしければ、「あな、いとほし。知らで過ぎぬべかりけり。さらば、

いと心憂きものにこそありけれ。」(平中・二十五)

例(8)は、前述の事柄(すこしのどめて聞かせ給へ)を受けて、未定の事柄(いのち

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も延びなん)に対する推測・推定を述べる例である。これは推定表現の典型的な例と考え られる。それに対して、例(9)(10)のように、相手との対話で与えられた情報のもとに、

既定の物事に対して、論理的に推し量ったものを推定的(これは志賀の人なるべし)に述 べる例や、判断的に述べる例(いと心憂きものにこそありけれ)もある。

このような強い推定が導かれることには、どのような背景があるだろうか。山口堯二

(1980)は、仮定表現のうち、すでに実現している、または、やがて実現するだろう、と 肯定的に判断される現実的な事柄を条件とする仮定を「現実仮定」とし、そのうち、「さら ば」を一般に現実仮定の意味あいにおいて用いられる傾向の強い形式としている。つまり、

「さらば」は順接の仮定条件を表す接続詞であり、一般に条件を成立可能な事態として捉 えるものであるにもかかわらず、具体的な例においては、「さらば」がすでに現実として存 在する、あるいは現実性が非常に高い事態を受けて、因果関係の強い判断に結びつけるも のも少なくないということである。「さらば」が、このように現実性の高い事態を受けるこ とが原因で、例(9)のように、強い因果関係に基づく推定が続く例や、例(10)のよう に、発生した事態を断定的に述べる表現が続く例が見られるものと思われる。

このように、「さらば」が現実性の高い事態を条件として受けて、後続文ではその現実 を志向するという傾向は、意志表現と命令表現は決意したことを現実にうつす点、疑問表 現には、話し手がすでに確信しているものを反語的、詰問的に言うものが多い点(5)、さら に、推定表現では因果関係による強い推測や断定が続く点からも肯定される。このような ことをふまえれば、「さらば」に確信度の強い推定表現が導かれる場合があることは自然な ものと考えてよかろう。なお、推定表現の例は和文において女性の会話文にも広く用いら れることと、用例数も少なくないことから、漢文訓読の影響によるものと考える必要はな いと考える。

以下では、漢文訓読文における「シカラバ」の使用状況を考慮に入れて、中古和文にお ける「さらば」の性格を考えてみる。

築島裕編『訓点語彙集成』(汲古書院、2007~2009)によると、「シカラバ」の例が訓点 資料に10例見られる。また、「シカルヲ(48 例)」、「シカレドモ(62例)」のような逆接 の接続詞が訓点資料に数多く見られるのに対して、「シカラバ(10例)」「シカレバ(10例)」 のような順接の接続詞がやや少ないことがわかる。築島裕(1963)が「しか」の一類は、

訓読特有語の中で比較的多く和文の中に混在する類と述べるように、中古和文では、ほか の「しか」系の接続詞「しかれども」(古今集序1例、竹取1例、土佐1例、大鏡1例)、

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