第二章 原因理由の接続表現「 (が)ゆゑ(に)」
第二節 原因理由の接続表現「 (が)ゆゑ(に)」について
三 和文における「ゆゑ」の用法
62 なったことの傍証になると考えられる。
以上のことを要するに、漢文訓読文では「故」「所以」両者は「ユヱ」という訓み方を共 有するが、用法は異なっている。「故」は原因を受けるが、「所以」は結果を受ける。これ に対応して、平安中期以降では、「故」を「活用語連体形+ガユヱ」、「所以」を「活用語連 体形+φ ユヱ」と訓じる意識があったと考えられる。
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が見られる。それらに対して、「体言+のゆゑ」は 2 例のみで、歌には例外的な表現と考 えられる。
中古和文では、上代の「ゆゑ」と同様に、「体言+φ ゆゑ」「体言+のゆゑ」「体言+が ゆゑ」の三形が見られる。それらの例を上接形式によって分類したものは次の【表 3】(8) である。
【表3】に示したように、和文では体言接続の「ゆゑ」には、「体言+φ ゆゑ」29例、「体
言+のゆゑ」8 例、「体言+がゆゑ」2 例が見られた。その中で、「体言+φ ゆゑ」の例が最 も多く、平安初期から、和文作品に広く見られる。また、「体言+のゆゑ」の形は中古では、
漢文訓読文には定着したものの、和文では例外的で、『栄花物語』(9)と『宇治拾遺物語』(10) のように、漢文訓読の影響や和漢混淆の現象が見られる作品に集中して見られる。また、
「体言+がゆゑ」は『宇津保物語』に 2 例見られるが、後述のように、これは歌言葉の影 響を受けたと考えられる。次に、それぞれの例を掲げて見る。
①「体言+φ ゆゑ」
(13)我故にかゝる事を見給ふ事と、限りなく歎く。(落窪・巻一)
(14)うらゆゑに ながるゝことも たえねども いかなるつみか(蜻蛉・上巻)
(15)さまあしき御もてなしゆゑこそ、すげなうそねみたまひしか、人柄のあはれになさ けありし御心を、上の女房なども恋ひしのびあへり。(源氏・桐壺)
和文では、「体言+φ ゆゑ」の形が29例あり、体言接続のものの多数を占めている。平 安初期から、和文に多用されており、その中でも、例(14)のように、歌に用いるものが 10例見られる。「体言+φ ゆゑ」の形は上代から引き継がれた用法であり、和歌的な色彩 を含むと考えられる。
②「体言+のゆゑ」
(16)「そのときに、日本の衆生、三年つゝしみて、かの仙人に菜摘み、水汲みせし功徳 の故に、輪廻生死の罪ヲ亡ぼして、人の身を得たるなり。」(宇津保・俊蔭)
(17)「ただこの人のゆゑにて、あまたさるまじき人の恨みを負ひしはてはては、……」(源 氏・桐壺)
(18)「みづからのゆへに、親も世にはしたなめられ、ありわびて、深き山に篭り侍にけ り。」(浜松・巻第一)
(19)ひめ宮も見たてまつらせ給に、「憂き身一つの故に、かくならせ給ひぬる」と、思 すに、(狭衣・巻三)
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(20)ちやうもんのゆへにのこりなくつどひたまへり。(栄花・巻第一五)
(21)僧のいはく、「我心はこれ佛也。我心をはなれては佛なしと。然ば我心の故に、佛 はいますなり」といへば、(宇治・第一五四話)
「体言+のゆゑ」の例は『宇津保物語』の一例を除き、いずれも『源氏物語』以降の作 品に見られる。それらの多くは仏教関係の内容に集中して見られる。『宇津保』の例(16)
を見ると、仏が現じて因果の理を示し予言する会話文であり、『宇津保物語』の俊蔭巻の前 半は全体的に漢文訓読調が交じる部分であることを併せて考えると、漢文訓読文によく使 われる「体言+のゆゑ」の出現はあり得ると考えられる。例(20)のように、『栄花物語』
の2例は、いずれも供養に関する仏教行事の記事に見られ、漢文訓読調が混入しやすい部 分と考えられる。例(21)の『宇治拾遺物語』の例は僧が仏教的な思想を語る会話文であ る。それらに対し、例(17)(18)(19)は仏教と関わらない内容であり、漢文訓読の影響 とは直ちに言い難い。例(17)の『源氏物語』の例は命婦が代わって帝の話を伝える部分 であり、例(18)『浜松中納言物語』と例(19)『狭衣物語』の例はそれぞれ后の会話文と 二の宮の心内文に現れ、女性の使用にも忌避されているようには見えず、和文にもある程 度定着した表現と推測される(11)。ただし、用例自体の少なさ、用例が『源氏物語』以降の 作品を中心に現れること、および該当二作品に漢文訓読語が散見することなどから(12)、「体 言+のゆゑ」の使用は漢文訓読の影響に起因するのではないかと考えられる。
③「体言+がゆゑ」
(22)「かゝるあさましき所にだに、いときなき身ひとつを頼みて入リ給フに、今は、ま た出で給はん事も、オのれがゆヱとおぼせ。」(宇津保・俊蔭)
(23)我が故となげきし道に渡れかし君が導にならむとぞおもふ(宇津保・国譲中)
「体言+がゆゑ」は和文には2例のみであり、いずれも『宇津保物語』に見られる。も っとも上代の例はもっぱら『万葉集』の歌に見出され、中古になっても、散文には見られ ず、和歌のみに見られるため(13)、例(23)の「わがゆゑ」は、和歌の慣用句として歌言葉 的な表現になっていると考えられる。類似表現として和歌には「おのれゆゑ」も見られる
(14)。例(22)の「おのれがゆゑ」は会話文に現れるが、和歌的表現との関わりが考えられ る。
以上をまとめると、中古和文では、体言接続のものは、「体言+φ ゆゑ」が一般的に用 いられ、また、歌言葉の影響と考えられる「体言+がゆゑ」の形も僅かながら用いられて いるのに対して、「体言+のゆゑ」は漢文訓読の影響や和漢混淆の現象が見られる作品に用
65 いられることがわかる。
三・二 用言接続
中古和文では、用言接続のものに「活用語連体形+φ ゆゑ」と「活用語連体形+がゆゑ」
の形が見られる。それらの用例数を作品別に示すと、【表4】(15)の通りである。
【表 4】に示したように、和文では
「活用語連体形+φ ゆゑ」18例、「活 用語連体形+がゆゑ」4 例、合計 22 であるが、これは体言接続の 39 例よ り少なく、用言接続の用法は発達して いないようである。しかも、「活用語連 体形+φ ゆゑ」の例は平安初期の作品 に見られず、すべて『源氏物語』以降 の作品に現れている。この形の例は用 言接続の例の大半を占めており、和文 における用言接続の一般的な形であり、
和文にもある程度浸透したといえる。
それに対し、漢文訓読調の強い「活用 語連体形+がゆゑ」は、『栄花物語』(3 例)と『大鏡』(16)(1例)において、
次の②で示すように仏教教理や歴史記 述の内容に限って現れており、例外的 なものと考えられる。
①「活用語連体形+φ ゆゑ」
(24)「……尊勝陀羅尼を念じ奉る人を供養したる故也。」(宇津保・俊蔭)〈仏の会話文〉
(25)「……つらつき、まみなどは、いとよう似たりしゆゑ、通ひて見えたまふも、似げ なからずなむ。」(源氏・桐壺)〈帝の会話文〉
(26)ただ、この御かたのことを思ふゆゑにぞ、おのれも人々しくならまほしくおぼえけ る。(源氏・東屋)〈中将の君の心内語〉
(27)もののけなど払ひ捨てける律師、山籠りして里にいでじと誓ひたるを、麓近くて、
【表 4】中古和文における用言接続の用法 活用語連体
形+φゆゑ
活用語連体
形+がゆゑ 計
竹取 0 0 0
土佐 0 0 0
大和 0 0 0
伊勢 0 0 0
平中 0 0 0
蜻蛉 0 0 0
宇津保 2 0 2
落窪 0 0 0
堤中納言 0 0 0
和泉式部 0 0 0
源氏 8 0 8
紫式部 0 0 0
更級 0 0 0
浜松 2 0 2
讃岐 0 0 0
夜の寝覚 0 0 0
狭衣 1 0 1
栄花 2 3 5
大鏡 1 1 2
宇治 2 0 2
計 18 4 22
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請じおろしたまふゆゑなりけり。(源氏・夕霧)〈地の文〉
(28)この世の人に縁を結びて、深き心をしめさせて、物思ひの切なるゆへに、あつかは せんとはうべんし給へるに、(浜松・巻第三)〈地の文〉
(29)この大臣の日本の人に馴れ、母宮もかの世の人なりけるゆへに、この后の御あたり の人は、かゝるなんめり。(浜松・巻第一)〈地の文〉
(30)一切の所に遍じ給へる故に、その佛の住所を、常寂光と名付く。(栄花・巻第十八)
〈仏教の教え〉
(31)「塔のもとを常にすぐるに、地藏をみやり申て、時々おがみ奉りし故なり」とこた ふ。(宇治・第八二話)〈僧の会話文〉
上記の例は、いずれも「ゆゑ」の直前に活用語連体形が接する例であり、「ゆゑ」は接続 助詞「から」「ので」の意味に近い。このような用例は『源氏物語』に最も多く見られる。
築島裕(1963)は『源氏物語』では儒者や僧都などの学識者の会話文や荘重厳粛な場面に 漢文訓読語の使用があることを指摘しているが、『源氏物語』では「活用語連体形+φ ゆ ゑ」は通常の地の文(8 例中、5 例)にも現れている。しかし、紫式部の漢文素養を基に し、意志的、無意志的に混用されることは充分考えられる。
『源氏物語』以外の例を見ると、例(24)は仏が仏教の教えを説く会話文であり、例(28)
は尼君の仏道修行の話に現れる地の文であり、例(30)は『普賢経』に原典をもつもので あり、例(31)は僧の会話文である。例(29)のような例外もあるが、物語作品において
「活用語連体形+φ ゆゑ」は仏教と関係ある箇所に偏って用いられる傾向が見られる。
形態上では、和文には例(12)のような実質名詞「活用語連体形+φ ゆゑ」の主語や目 的語の用法が存在している。これと同様の形をもつ形式名詞「活用語連体形+φ ゆゑ」の 形式は、和文に馴染みやすい表現として、接続表現に用いられたのではないかと考えられ る。
②「活用語連体形+がゆゑ」
(32)色即是空なるが故に、これを眞如實相といふ。(栄花・巻第一八)<経文>
(33)「善根の人は地水まづ去るが故に、緩慢して苦しみなし。」(栄花・巻第三〇)<僧の 会話文>
(34)公卿にて十三年陽成院の御時に御祖父におはするかゆへに元慶元年正月に贈左大臣 正一位次贈太政大臣。(大鏡・天)<地の文>
和文において、「活用語連体形+がゆゑ」は4例程度であり、「活用語連体形+φ ゆゑ」