博 士 ( 獣 医 学 ) 宮 川 義 史
学 位 論 文 題 名
マ ウ ス 皮 膚 二 段 階 発 癌 モ デ ル を 用 い た 環 境 中 化 学 物 質 の イ ニ シ エ ー タ ー 作 用 の 検 出 並 び に 作 用 強 度 の 数 量 化 に 関 す る 実 験 病 理 学 的 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
近年の発癌研究の発展により,発癌物質が環境中に広く存在するという事実が明らかとなり,
ヒトの癌の多くは我々自身をとりまく環境因子に原因があるとの認識が持たれるようになった。
それに伴い,発癌試験成績の評価に関する問題が重要視されるようになり,現在では,化学物質 の発癌性に関する安全性の評価を行うに当たっては,単に発癌性があるか否かの成績だけではな く,各々の物質による発癌がどのような機構で起こり(質的評価),どの程度の強さのものであ るか(量的評価)という,作用機序と作用強度の両面の検討が必要であるとの認識がもたれつつ ある。
そこで筆者は,環境中化学物質の発癌性の安全性評価を,二段階発癌モデルを応用し,作用機 序及び作用強度の両面より検討することを試みた。二段階発癌モデルの対象臓器には,化学物質 に対する感受性が高く,既知のプ口モ一夕ーが存在し,さらに,定量的な解析に向いていること より,マウスの皮膚を選択した。本研究では,環境中化学物質のイニシエ一夕一作用の検出並び にその作用強度の数量化を目的とし,以下の検討を行った。
まず,皮膚発癌実験においては,使用する動物の毛周期が試験結果を大きく左右する可能性が あることより,あらかじめマウスの毛周期にっいて検索した。マウスでは,皮膚の厚さが毛周期 に 伴 い 周 期 的 に 変 化 し た 。 こ の 事 実 に 基 づ き ,5系 統 (DBA/2,BALB/c,C57BL/6, ICR, SENCAR)のマ ウス の背 部 皮膚の毛周期を詳しく検索 した。出生後1回目及び2回 目の 毛周期は,全系統のマウスでほぼ同様のパターンを示した。1回目の発育期は2日齢より開始し,
皮膚の厚さは8日齢で最大値を示し,その後漸減し18‑‑‑24日齢で最小値を示した(1回目の静止 期)。2回目の発育期の開始日は28〜 37日齢で,全系統で雌は雄より3〜4日遅れて開始した。
皮膚の厚さは1回目の静止期で最小値を示した直後より漸増し,2回目の発育期の開始日の2〜 4日後にピークを示し再び漸減した。52日齢では全系統の全てのマウスが2回目の静止期であっ
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た。2回目の静止期は比較的長時間持続したが,3回目の発育期の開始日は,系統,個体間でば ら っ き ,DBA72,C57BL/6で は ス ポ ッ ト 状 の 発 毛 を 示 し た 。DBA/2及 びBALB7cの 一 部 の 雄 マ ウ ス で は ,140日 齢 に 至 っ て も3回 目 の 発 育 期 は 認 め ら れ な か っ た 。 マウス皮膚に発生す る腫瘍の病理組織像(組織型)を検索する目的で,5系統(C57BL/6, BALB7c,DBA/2,BDF1,CDFl)の 雌 マ ウ ス の 背 部 皮 膚 に ,MMNG500Ugあ る い はDM‑
BA50皿gを1回塗 布し た後 ,TPAあるいは溶媒のみを2年間にわたり塗布し,二段 階発癌を 行った。その結果,合計717個(330個体;55%)の腫瘍が発生した。発生した腫瘍は病理組織学 的に多様な組織型を示し,その種類は次のようであった:扁平上皮乳頭腫,扁平上皮癌,角化棘 細胞腫,基底細胞腫瘍,皮脂腺腫,毛嚢上皮腫,黒色腫,肥満細胞腫,皮膚線維腫,線維肉腫,
血管腫,血管肉腫,骨 腫,骨肉腫,肉腫(診断不可能),乳腺腫瘍(A型腺癌,B型腺癌,C型 腺癌,角化腺癌,混合腺癌,癌肉腫)。使用したイニシエーターの種類,プロモーション処置の 有無,動物の系統の違 いにより,発生した腫瘍の組織型の発現に差が認められた。MMNGをイ ニシエ一夕ーとして投与した処置群では,真皮あるいは皮下組織由来の腫瘍が特徴的に,あるい は高頻度に発生し,DMBAをイニシエー夕一として投与した処置群では,表皮及び皮膚付属器 由来の腫瘍,色素細胞由来及び乳腺腫瘍が特徴的に,あるいは高頻度に発生した。皮膚発癌実験 において,その実験結果の評価をするためには,病理組織学的検索を実施することか重要と考え られた。
マウス皮膚二段階発癌モデルで,イニシ工一夕一活性を感度高く,しかも正確に検出できる試 験系の開発を目的とし,以下に示す3点の検討を行った。すなわち,被検物質を投与する際の毛 周期がイニシ工―夕―活性に及ぼす影響,被検物質を分割投与した場合の影響,プロモ一夕ーの 投与濃度の影響にっいて検討した。その結果,皮膚二段階発癌モデルを用いてイニシエー夕―活 性を感度良く正確に検出するためには,毛周期の静止期にイニシ工一ション処理を行う必要があ ることを明らかにした 。また,10回の分割イニシエーション処理(1週間2回xs週間)によっ ても十分なイニシエー夕一活性が検出でき,その検出能カは単回イニシ工―ション処置よりも優 れていることが示され た。このマウス皮膚二段階発癌実験において,ICRマウスに週2回のプ 口モーション処置を行 う場合のTPAの至適濃度は,0.Imlのアセトンに溶解した2.5ugであ ることが示された。
上記のように確立されたマウス皮膚二段階発癌モデルを用い,炭水化物の熱分解生成物8種(レ ボグルコサン,レボグルコセノン,3―デオキシグルコソン,5−ヒドロキシメチル―2−フル フラール,フルフラール,メチルフルフラール,グリオキザール,チアゾリジン)及び食品添加
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物3種(AF―2,BHA,BHT)の イ ニ シ 工 一 夕 ー 作 用 を 検 索 し , そ の 応 用 性 を 検 討 し た。 こ の 実 験 終 了 時 に お け る 腫 瘍 発 生 率 は , チ ア ゾ リ ジ ン/TPA群 ,AF―27TPA群 と , 対 照 の 溶 媒 /TPA群 と の 間 で 統 計 学 的 有 意 差 を 示 し た 。 ま た ,Petoの 傾 向 検 定 に よ ル チ ア ゾ リ ジ ン 7TPA群 , レ ボ グ ル コ サ ン/TPA群 , レ ボ グ ル コ セ ノ ン/TPA群 , フ ル フ ラ ー ル/TPA 群 ,AFー27TPA群 ,BHA/TPA群 と 対 照 の 溶 媒/TPA群 と の 間 に , 実 験 期 間 中 に お け る 腫 瘍 発生 状況 に統計 学的有 意差が 認め られた 。以上 の結果 より,6物 質(チ アゾ リジン ,レボ グ ル コ サン , レ ボ グ ル コセ ノ ン ,フル フラー ル, .AF―2,BHA)に イニシ 工一夕 ―作 用のあ るこ とが 示唆さ れ,著 者が 確立し たマウ ス皮膚 二段 階発癌 モデル 系が, 環境中 化学 物質のイニシエー タ ー 活 性 を 感 度 高 く , し か も 正 確 に 検 出 で き る 優 れ た 試 験 系 で あ る こ と が 確 認 さ れ た。
イニ シエ 一夕一 活性の 量的評 価を行 う目 的で, マウス 皮膚二 段階 発癌試 験で得られたデ一夕を 既知 発癌物 質(標 準発 癌物質 )の容 量反応 デ一 夕と比 較し, 被験物 質の発 癌( イニシエ一夕一活 性) 強度を 比較値 で評 価する 方法を 検討し た。 標準発 癌物質 として は,ベ ンズ ピレンの類縁化合 物 で あるDMBAを選 び , 著 者 が確 立 し た 皮 膚二 段 階 発 癌 モデ ル に お け る ,そ のイニ シエ ー夕一 活 性 の 容 量 反 応 性 の デ 一 夕 を 求 め た 。 そ の 結 果 ,0.0064nmolか ら20nmolの 容 量 の 範 囲 内 で は,DMBAの イ ニ シ エ ー タ一 活 性 は 腫 瘍発 生 率 ,1匹当 た り の 腫 瘍発 生 個 数 , 平均 潜 伏 期 間と もに高 い容量 相関 性を示 した。 この容 量反 応性デ ータを 基準に し,上 記の 実験でイニシエー タ ー 作用 が 陽 性 と さ れた 炭 水 化物の 熱分解 生成 物4種 及び 食品添 加物2種の ,イニ シエー 夕一活 性 の 強度 をDMBAに 対 す る 比 較値 で 数 量 化 した 。 そ の 結 果,6種 の 化 学物 質 の 皮 膚 に対 す る イ ニ シ エー 夕 ― 活 性 の 強度 は , い ず れもDMBAに 比 較 す る と極 め て 低 か っ た。 本法に よる イニシ エー ター活 性の作 用強 度の数 量化は ,マウ ス皮 膚二段 階発癌 モデル で得ら れた 結果を容易に,し かも 客観的 に数量 化す ること ができ ,かっ また 相互に 比較す ること も可能 であ った。よって,本 方法 は,化 学物質 の発 癌性に 関する 安全性の量的評価を行う際に極めて有効な方法と考えられた。
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学位論文審査の要旨
近年 の発癌 研究の 発展に より ,環境 中発癌 物質が 広く存 在す るとい う事実が明らかになり,こ れら化 学物 質の発 癌性に 関する 安全性 の評 価方法 が重要 な課題 とな ってい る。申請者は,マウス 皮膚二 段階 発癌モ デルを 応用し た,環境中化学物質の発癌性の安全性の評価方法にっいて研究し,
本論文 をま とめた 。本論 文は144頁か らな り,5章で 構成さ れてい る。
第1章では ,発 癌物質 の感受 性に密 接に 関係す るとされている毛周期をマウスにっいて検索し,
その詳 細を 明らか にした 。第2章で は,二 段階発 癌に より誘 発させ た717個の皮膚腫瘍にっいて,
病理 組織学 的検索 を実 施し, マウス の皮膚 腫瘍 の病理 学的診 断基準 を確立 した 。第3章で は,イ ニシエ 一夕 一活性 を精度 よく検 出する ため の、マ ウス皮 膚二段 階発 癌モデ ル系の確立を行い,毛 周 期の 静 止 期 に おけ る10回 の分割 イニシ エーシ ョン 処理が 検出能 カに優 れる こと, 並びに プロ モ ータ ー12―0―tetradecanoylphorbol―13―acetate(TPA) の至適 濃度を 明らか にした 。第 4章で は , 環 境 中化 学 物 質のイ ニシ工 一夕 一作用 の検索 を実施 し, 検索し た11物質 中6物質に イ ニシエ ー夕 一作用 のある ことを 示し, 確立 された マウス 皮膚二 段階 発癌モ デル系が優れた試験系 であ ること を明ら かに した。 第5章では ,イニ シエ一 夕一 活性の 作用強 度を標 準発癌 物質 との相 対比較 値で 評価す る方法 にっい て検討 し, 本法が ,マウ ス皮膚 二段 階発癌 モデルで得られた結果 の量的 評価 に有用 である ことを 示した 。
以上 のよう に,申 請者は 環境 中化学 物質の イニシ エータ ー作 用の検 出並びに作用強度の数量化 を,マ ウス 皮膚二 段階発 癌モデ ルを用 いて 検索す る優れ た試験 系を 開発し ,その有用性を実証し た。こ れら の知見 は,化 学物質 の発癌 性に 関する 安全性 の評価 を行 う上で ,重要な情報をもたら し,癌 一次 予防の 達成に 大きな 貢献を する ものと 考えら れる。 よっ て,審 査員一同は,宮川義史 氏 が 博 士 ( 獣 医 学 ) の 学 位 を 受 け る に 十 分 な 資 格 を 有 す る も の と 認 め た 。
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