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日本語のリズム

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地名を解く5

日本語のリズム

新潟県 縄文式土器

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地名を解く 5

『日本語のリズム』 目 次

⒈ 地名と漢字

自然界の法則

⑴ 万葉仮名の地名 4 ⑴ 擬音語と動詞 139 ⑵ 延喜式 神名帳 10 ⑵ 指数法則 145 ⑶ 嶋と埼地名 15 ⑶ 日本語の変貌 153 ⑷ 花、阪、腰地名 20 ⑷ エントロピー増大則 160 ⑸ 島と岬、鼻名 23 ⑸ 日本語とエントロピー 167 ⑹ 峠と越名 34 ⑹ 循環現象と四要素 170

⒉ 平野部の地名

⑺ 循環の応用 176 ⑴ 郡名、国名の命名法 42 ⑻ 地名と言葉の変遷 183 ⑵ 郡名の使用漢字 47 ⑶ 市町村名の使用漢字 57 ⑷ 旧国鉄の駅名 61

⒊ 倭語のリズム

⑴ 文字の使用頻度 70 ⑵ 埼、嶋地名の音型 73 ⑶ 地名のリズム 84 ⑷ 古事記、万葉集のリズム 88

⒋ 地名言語学

⑴ 埼、嶋地名の分布 98 ⑵ 大字・小字の母音音型 105 ⑶ 自然地名の母音音型 124 表紙写真は、縄文式土器で検索したウィキペディアに掲載される縄文時代中期の「馬高遺跡: 新潟県長岡市関原町馬高」出土の馬高式火炎土器を転載した。この土器上辺にある四つの突起 と、∧型・∪型を連続させた造形に注目していただきたい。創作意図の検証は「⒌ 自然界の 法則 ⑹ 循環現象と四要素」で行ないたい。

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地名を解く 5

『日本語のリズム』

はじめに言葉ありき…。とは『新訳聖書 ヨハネ伝』に記された有名な一節である。 わが国でも、言葉と地名は、表音としての漢字が導入される、弥生時代以前に存在したこ とは確実と考えられている。 和銅 5(712)年に 大おほの安やす麻ま呂ろが著わした『古事記』序文に、「上古の時代の言葉は内容も 素朴で、文字を使って文章にするのは難しいものです。これを訓よみの漢字で記すと書き 手の意思が伝わらない可能性があり、そうかといって、一字一音の文字で書けば文章はた いへん長くなります。ここでは、一つの文のなかに音よみと訓よみの漢字を交ぜて使い、 一部は訓よみの文字だけで書き記しました。意味が解りにくい言葉や文章には注釈をつけ、 誰にでも判るものはこれを省きました」 と、倭語を漢字で書き記す難しさを述べ、文字より先に言葉があった史実を伝えている。 いま私たちが使っている『日本語』は、この文が記された奈良時代以前に使われていた 「倭語:ワゴ」から変化した「動詞、名詞、形容詞、副詞、助詞」などを基本において、 中国から移入した「漢語:主に名詞」、中世以降にヨーロッパ、アメリカから入った「外国 語:主に英語」、そして最新流行のアルファベットの頭文字だけを連ねた「略語」から成り 立っている。 考古学の遺物、たとえば弥生時代の「三角サンカク縁エン神シンジュウ獣キョウ鏡」や古墳時代の「刀剣」の銘文に 残されたように、文章表現が「漢文」に始まったところが大切である。そのため『古事記』 序文に載るように、文章表記が漢字の「音訓併用」となり、和語に漢語が融合した「和漢 混交」が一般になっている。 いまは『古事記:コジキ』とよむ書物も、当初は「ふることぶみ」と読んだと推定され ており、カギカッコを使って記した「日本語、和語、動詞、名詞、形容詞、副詞、助詞、 漢語、外国語、英語、略語、三角縁神獣鏡、刀剣、漢文、音訓併用、和漢混交」の全てが 漢語の表現であることは、もう少し意識すべきであろう。平安時代に漢字の偏と旁を変化 させた「カタカナ」、草書体に発した「ひらがな」が誕生し、『日本語』の表記が音訓併用 の漢字と共に、世界でも珍しい三種類の文字を併用して、独自の文化を造りだしてきた。 本サイトの第三章『言葉と地名』では、地名と言葉の語源を探り、第四章『地名考古学』 で各地名群の命名年代を推定したように、日本語の基になった「和語」は、縄文時代から 使われていた可能性が高い。そこで、この時代の言語体系を、奈良~平安時代の文献によ って復元された和語でなく、『倭語』と表記して、縄文~弥生時代に使われた言葉はどんな 性質を持っていたかを、地名をもとに考えてみたい。

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前章『地名考古学』では、地名にあてた漢字をはずし、その読みの「音数」から各地名 群の特性と命名年代を推定した。反対に、本章の前半は地名に使われた『漢字』を中心に おいて分析すると、どんな現象が見られるかをテーマとして考えたい。ここでは、「二音節」 の四段活用動詞を倭語が基本に置いたことから、一字で二音を表わす漢字の使用状況が、 各地名群特有の地形表現を浮上させてくれるところが大切である。 地名(倭語)に漢字を当てたことが、飛鳥時代から、掛け言葉を活用した『言葉の命名法』 を忘れさせる原因になった。ところが、「ひらがな、カタカナ、アルファベット」と同じ表 音文字としてだけでなく、表意文字の性質を兼ね備えた漢字は、大字・小字の「嶋、埼、 花、阪、腰」地名と、自然地名の「島、崎、鼻、峠、越」名に使われた漢字を集計・分析 すると、日本語が、なぜ 1945 文字の『常用漢字』で書き表せるかの理由を教えてくれる。 ここには、50 音と定めた「

,

,

,

,

」母音の並べ方に一定法則があった史実が浮 上する。縄文時代の命名が考えられる「嶋、埼」地名の語頭母音の使用比率が、おおよそ 「

:44%.

:22%.

:12%.

:3%.

:19%」と極端に偏る様子が現われるだけ でなく、『山手線の駅』池袋駅に提起した 6 種類の母音音型、「

ue

uo

eu

eo

ou

oe

」の使用例が少ない、『倭語』の基本法則を復元できる。 さらに、倭語を造りあげた縄文の人々が、大自然の基本法則を根幹に据えたところは注 目すべきで、自然との共生をはかる必要がある現代の私たちが、あらためて参照すべき内 容を含んでいる。この辺も、自然音をもとに組み立てた倭語独特の『韻律:リズム』にヒ ントが隠されており、後半部に章を設けて検討したい。 まず、地名にあてた漢字は、どんな特徴をもつかを調べよう。

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⒈ 地名と漢字

わが国のまとまった文献では、『古事記:712 年成立』『日本書紀:720 年』が最も古く、 713 年の詔勅によって創られた『風土記』の一部が、これに続くと考えられている。文字の 記録は、埼玉稲荷山古墳から出土した鉄剣(推定:471 年)に記された銘名文などが最古の もので、最近では、弥生時代の遺跡から出た土器(茶碗など)に刻まれた「田、山」などの 記号…まだ文字とは認められていない…が注目をあつめている。 これを地名の分野から眺めると、前章で解説したように、大字・小字の「嶋、埼、花、 阪、腰」地名群は主に縄文時代草創期~晩期の命名が想定されて、自然地名の「島、崎、 鼻、峠、越」は縄文時代前期~弥生時代の地名と推理できる。 地名の分析、という地味な分野は注目を集めることもなく、検証されたこともないが、 いま使われている地名に当てた漢字に、弥生時代以後の変遷が記録されているので、地名 を転用した例の多い「神社名」を交えて提示しよう。

(1) 万葉仮名の地名

一般に「漢字」とよばれる文字は、漢の時代に使われた中国文字を指している。象形文 字に発した漢字は時代と共に読みと形をかえ、現代の中国文字は、我が国で使われている 「漢字」とはかなり様相を変えている。いま我が国で常用される漢字は「慣用音、呉音、 漢音、唐音、訓音」の五種類のよみ方が併存し、前四者は字音をよむ「音よみ」として知 られる。また、漢字として扱われる文字の中には「峠、辻、畑、畠、笹、栃、樫、榊、鰯、 鰹、鰤、鱈、鯰」など、わが国で造られた和製漢字も混在し、「国字」とよばれて漢字とは 区別されている。 歴史的にみて、「呉音」のよみ方は古墳時代中期以前、「漢音」が飛鳥~奈良時代、「唐音」 は平安時代以降に導入されたとするのが定説であり、中国音にない、我が国特有のよみを する「慣用音」は、呉音より古い用法(弥生時代の用法?)と考えられている。この史実を 残す実例は、いま使われている漢字の音よみが圧倒的に「呉音、慣用音」のよみ方が多く、 この意味では、漢字とよぶより、「呉字」といった方が適切な感じさえする。 「邪馬台国」問題として、常に注目を集める『魏志』倭人伝の記述から、弥生時代後期 にも倭国の側に中国語を理解し、漢字を使える人々がいたのは確実といえよう。ここには 「租賦ソ ブ税の徴収、国ごとの市いちの開設と管理体制」が記され、景初 2(239)年以降の記述に 「倭の朝献、魏からの詔書・印綬の下賜」が記されているので、かなりの人たちが漢字を 使っていた様子が感じられる。租税・賦税の徴収には基本税率の設定と戸籍、土地台帳が 不可欠であり、そのためには土地の名称(国名、地域名、小地名など)や人名、数字に文字 が常用されていた様子をうかがえる。

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『魏志』倭人伝に列記された国名の一部には、倭人が文字をあてた可能性があるもの… たとえば伊都国…もあるが、ここには中国における言語変遷のうえでの難問…上古音(伊都: いた)から中古音(伊都:いと)への読み方の変化など…が含まれているので、ここでは言及 しないことにする。 漢字が導入された初期の言葉・地名には、いわゆる「万葉仮名」の一音一字の文字があ てられていたようで、この様子は『古事記』『日本書紀』の随所に現われる。地名が「掛け 言葉」を主体に成立し、この創作法が継承されていたなら一音一字の表記は当然といえる ので、古墳時代前期位まで伝統は保持されたように見える。第三章『言葉と地名』で検証 したように、法令で二文字化を強要された「国、郡、郷、字」名と違って、制約をうけな かった「自然地名」には、今も万葉仮名を使った名が残されているのが面白い。仮名文字 の地名と、かつては同じ名と推定できる地名を対比すると次の例があがる。〈㊟ よみ方は アルファベットで復元型を表記し、濁音のザ・ダ行だけを「Tsa」行で記した〉 Ama 海士崎 (石 川 富 来) 尼 崎 (三 重 贄 浦) Itsari 伊座利峠 (徳 島 日和佐) 躄 峠 (徳島・高知 大 栃) Urusi 鵜留止島 (愛 媛 伊予高山) 漆 島 (宮 城 松 島) Kitsika 喜志鹿崎 (鹿児島 種子島北部) 雉ヶ鼻 (島 根 浦 郷) Kurikara 倶利伽羅峠 (富山・石川 城 端) 栗柄峠 (兵 庫 篠 山) Tatara 多々羅岬 (愛 媛 土 生) 鈩 崎 (山 口 飯 浦) Tipuri 知夫里島 (島 根 浦 郷) 千振島 (香 川 西大寺) Tutsuki 津々木島 (広 島 三 津) 続 島 (宮 城 塩 竈) Fata 波多崎 (宮 城 塩 竈) 旗 崎 (新 潟 笹 川) Finata 日奈田峠 (徳 島 剣 山) 日向峠 (福 岡 福 岡) わが国の地名は、『延喜式 巻 22 民部上』に記載された「およそ諸国部内、郡里等の名は みな二字を用ひ、必ず嘉名を取れ」という、いわゆる『好字二字化令』が平安時代中期と、 『續日本紀』和銅 6(713)年の項にのる、風土記詔勅の際の二度にわたって出されたため、 「国、郡、郷」名をはじめ、字名は二文字の漢字を使用することを基本原則としている。 〈㊟ この法令は、『日本書紀』にのる国・郡名の変遷をみると、記録が残されていない 『飛鳥浄御原律令:689 年』に規定された可能性もある〉 二字化令の成果は、前章の『地名考古学』にあげた大字・小字の「嶋、埼、花、阪、腰」 のランキングに「中島、山崎、立花、赤坂、打越」などの二文字の地名が上位にならび、 この特性が鮮やかな形で現われる。しかし、対象外とされた「岬、島、山、峠、川」など 自然地名の表記には、万葉仮名を使った古い形が残されているのは重要である。 「ひらがな、カタカナ」が平安時代後期に誕生した経緯を頭におくと、左側の名は平安

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時代以前に万葉仮名をあてた地名と推定され、右側のそれは、和銅 6 年以降に漢字をあて 替えた地名群と考えられる。とくに、平安時代後期に生まれた『峠』名に万葉仮名を使う ものが残されていることは、平安時代以前に「伊座利、倶利伽羅、日奈田」だけで、峠を 表現していた可能性もうかがえる。 さらに、これ以上にはっきりした記録が『延喜式 巻 9, 10 神祇上・下』、いわゆる神名帳 の神社名〈式内社〉に残されているところが貴重である。ここには、すでに奈良時代初頭に 二文字化されていた国、郡と同一名の神社が万葉仮名で記録されている。神社名が今も同 じ形で継承されているのは、「神名」という特別な性格を考慮すれば当然といえる現象だが、 この神名群は、奈良時代以前の形を留めた名と推理できる。 見方をかえれば、文字・地名資料としてわが国最古の記録と考えられるわけで、以前に あげた例を含め、『延喜式』神名帳から、字訓仮名をふくむ万葉仮名で表記された「国、郡」 と同じ名の神社の数例をとりだすと、次のようになる。 国 名 所属国郡 神社名 神社所在地 Itefa 出羽国田川郡 伊氐波神社 山形県東田川郡羽黒町手向 Kipi 備中国賀夜郡 吉備津彦神社 岡山県岡山市吉備津 Fafaki 伯耆国川村郡 波波伎神社 鳥取県倉吉市福庭 郡 名 Asukape 河内国安宿郡 飛鳥部神社 大阪府羽曳野市飛鳥 Ikako 近江国伊香郡 伊香具神社 滋賀県伊香郡木之本町大音 Itsusi 但馬国出石郡 伊豆志坐神社 兵庫県出石郡出石町宮内 Sakanawi 越前国坂井郡 坂名井神社 福井県坂井郡三国町神明 Sarasina 信濃国更級郡 佐良志奈神社 長野県埴科郡戸倉町若宮 Sitsumi 但馬国七美郡 志都美神社 兵庫県美方郡村岡町村岡 Nunakuma 備後国沼隈郡 沼名前神社 広島県福山市鞆町 Yu 伊豫国温泉郡 湯神社 愛媛県松山市道後湯之町 Winape 伊勢国員辨郡 猪名部神社 三重県員弁郡東員町北大社

㊟ 備中国:Kipi no miti no Naka no Kuni. 伯耆国:Fafaki→はふき→ほうき 伊氐波神社 :Itefa no Kami no Yasiro

現在名:出羽三山神社

伊豆志坐神社:Itsusi ni masu Kami no Yasiro :出石神社 坂名井神社は推定地。現在名:神明神社

平成の市町村大合併で、次の町村は青字の市町へ変った。

伊氐波神社 山形県東田川郡羽黒町→鶴岡市 伊香具神社 滋賀県伊香郡木之本町→長浜市

伊豆志坐神社 兵庫県出石郡出石町→豊岡市 坂名井神社 福井県坂井郡三国町→坂井市

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平成の大合併で、飛鳥~奈良時代の様相を留めていた郡が、大量廃棄されたのは残念な ことだった。上記の神社は、国名と郡名が二文字化された奈良時代以前の姿を留めた神名 に位置づけられる。のちに詳述するように、国・郡名は小地名をとった例が大勢をしめて、 「吉備津彦神社、飛鳥部神社、湯神社」の所在地名にもこの雰囲気を感じとれる。近年、 藤原京・平城京跡から出土した木簡の分析研究から、郡の起源は 7 世紀後半の「評制度: こほり→郡〈表記変更:701 年『大宝律令』〉→グン」に辿りうることが明らかになり、これ らの神社名は飛鳥時代中期以前、おそらく大多数が古墳時代後期以前の表記を留めた地名 と推理できる。この地名群を単に歴史の古い神社がある場所と捉えるのでなく、国・郡が 成立した時代に「国、郡」名に採用されるだけの理由をもった場所、つまり当時の国・郡 の中心にあった重要な地名を継承した神社名、と考える必要が生まれる。 『延喜式』神名帳には、律令時代の 650 余りの国・郡と同一名の神社が 100 例ほど記載 されている。式内社全数と所在地は『地名資料Ⅵ 式内社・国郡』に掲載したので、『好字 二字化令』によって、漢字をあてかえる以前の姿をとどめた神社名の一部をあげよう。 国郡名 所属国郡 神社名 神社所在地 Itsumi 和泉国和泉郡 泉井上神社 大阪府和泉市府中町 Tosa 土佐国土佐郡 都佐坐神社 高知県高知市一宮 郡 名 Arima 攝津国有馬郡 有間神社 兵庫県神戸市北区有野町 Ifipo 播磨国揖保郡 粒坐天照神社 兵庫県龍野市龍野町日山 Wopusuma 武蔵国男衾郡 小被神社 埼玉県大里郡寄居町富田 Katano 河内国交野郡 片野神社 大阪府枚方市牧野阪 Katura 阿波国勝浦郡 勝占神社 徳島県徳島市勝占町 Kamo 伊豆国賀茂郡 加毛神社 静岡県賀茂郡南伊豆町下賀茂 Sakitama 武蔵国埼玉郡 前玉神社 埼玉県行田市埼玉 Sutsu 能登国珠洲郡 須須神社 石川県珠洲市三崎町 Take 伊勢国多氣郡 竹 神社 三重県多気郡明和町斎宮 Tunuka 越前国敦賀郡 角鹿神社 福井県敦賀市曙町 Naka 伊豆国那賀郡 仲 神社 静岡県賀茂郡松崎町那賀 Nifa 尾張国丹羽郡 爾波神社 愛知県一宮市丹羽 Mikata 若狹国三方郡 御方神社 福井県三方郡三方町三方 Yapu 但馬国養父郡 夜夫坐神社 兵庫県養父郡養父町養父市場 ㊟ 平成の市町村大合併で、次の町村は青字の市町へ変った。 御方神社 福井県三方郡三方町三方→三方上中郡若狭町 律令時代は、若狭国三方郡三方郷 夜夫坐神社 兵庫県養父郡養父町養父市場→養父市 但馬国養父郡養父郷

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現代の感覚では、国・郡と神社名のどちらが嘉字であるかの判定はつけにくいが、ここ にあげた神名も前記の理由から、郡名より古い時代の表記を残した地名に位置づけられる。 とくに三方の字名を郷名にとり、郡名に採用した 1300 年前の歴史を留めた「御方神社: Mikata=Mika⇔Kami:上(水際の上部)+kata(潟、肩、方)」の所在地が、縄文時代草創 期~前期の「鳥浜貝塚(三方町鳥浜)」に隣接するところは注目すべきである。 大化 2(646)年に創設した伊勢国多氣郡の起源が 天 皇すめらみこと(称号は天武天皇が制定。当時は 大王 おほきみ )家の皇女を齊王とした 齊 宮いつきのみやに関連したことや、同じ年に伊勢国度會わたらひ郡(式内度會宮 =伊勢神宮外宮:三重県伊勢市豊川町)が設置された史実は、東日本の開拓に勢力を傾けた 天智王権の「日本国」に関係した可能性があり、古代史を考えるうえでも大切な意味をも っている。この辺は、全国の様相から検証する必要があるので、国・郡全数の検証を行な う第七章『日本国の誕生』で詳述したい。 いまは気比神宮に合祀されている「角鹿神社」と同一名の敦賀市角鹿町が曙町の隣町に 現存し、「有間神社」の隣接地が有馬温泉であるのも興味をさそう。郡名の推定起源地(郡 命名当時の中心地)は、重要な史実や古代遺跡と関連する例が多い。舒明紀にのる有馬温泉、 天武紀に記された「道後温泉→伊豫国温泉郡」や、「下賀茂温泉→伊豆国賀茂郡」が温泉名 を郡名にとった事実も注目する必要があるとおもう。温泉名を採用した郡は下野国那須郡 (那須湯元温泉)、信濃国筑摩郡(束間温湯:松本市浅間温泉。天武紀)、紀伊国牟婁郡(牟婁の 湯:白浜温泉。齋明紀)、但馬国城崎郡(城崎温泉)など、この倍数以上の郡が温泉に関係した 可能性をもつところも注目すべきだろう。 「前玉神社」の所在地である埼玉県行田市埼玉には、5 世紀後半~6 世紀に築造された埼 玉古墳群があり、この中の「稲荷山古墳」から、115 文字を記した銘名剣が出土したことは 記憶に新しい。銘文の冒頭に記された「辛亥年」は古墳時代中期の 471 年とするのが定説 になっており、ほぼ同時代に比定される江田船山古墳(熊本県玉名郡菊水町江田)の 75 文 字の銘名刀や、6 世紀後半に築造された岡田山 1 号墳(島根県松江市大草町)出土の銘名刀、 箕谷 2 号墳(兵庫県養父郡八鹿町小山)の 608 年の銘をもつ鉄刀、隅田八幡宮(和歌山県橋 本市隅田町)の 5~6 世紀の「人物画像鏡」の銘文などと共に、わが国最古の文字の記録に なっている。最近では、5 世紀後半の稲荷台 1 号墳(千葉県市原市山田橋)から出土した「王 賜」銘をもつ鉄剣の方が、埼玉稲荷山古墳の銘名剣よりやや年代が古いと考えられてはい るが、稲荷山古墳の歴史的価値は変らない。銘文中の「乎獲居臣(Owake no Omi)」などが、 当時の交通路の要衝、埼玉の津〈Sakitama=Saki(先、崎)+kita(階、段:段丘、岬)+ tama⇔mata(∨型、∧型地形、水たまり)〉を中心に活躍した様子が忍ばれる。 なお、弥生時代後期~古墳時代前期の「三角縁神獣鏡」などに記された仿製鏡の銘文は、 中国鏡の定形文を模写したため、一般にわが国の文字の記録と見なされていない点は注意 を要するところでもある。

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『延喜式』神名帳に記録された 2861(祭神:3132 座)の神社は、大多数が万葉仮名で表記 されていて、近年の研究成果から、古墳や弥生時代の墳丘墓の上にたてた神社も確認され、 式内社の多くが弥生~縄文時代に起源を辿りうるとも指摘されている。この神名帳に記録 されなかった神社(式外社:シキゲシャ)にも万葉仮名を使った神名は数多く現存し、自然地 名に残された同種の名と共に「万葉仮名」が使われた最終段階の時期が決まれば、神名、 地名に仮名をあてた下限の年代は自動的に決まりそうである。平安時代後期に「ひらがな、 カタカナ」が誕生し、鎌倉時代に異体字を統一して、室町時代に今とほぼ同じ形になった 経緯を頭におくと、万葉仮名を使った神名・地名は平安時代以前、おそらく大半が奈良、 飛鳥時代、あるいは古墳時代後期以前に漢字をあてていたと考えられそうな感じもする。 狩猟採集の縄文時代から、農耕を主体として金属器を使用する弥生時代への転換には、 大陸からわたってきた渡来人の存在があり、古墳・飛鳥時代にも数多くの人々が渡来した 様子は『日本書紀』に記録されている。弥生、古墳時代に「国」が誕生し、この行政・自 治の運用には「文字」の存在が重要な意味をもち、数年から十数年の歳月と、のべ数十~ 数百万の人手を要した巨大古墳の築造にも「文字、数字」の存在を想定したほうが理解し やすい。渡来人を中心にした大変革期に、彼らが母国語の漢字を使わなかった様子はちょ っと考えにくいこともあって、「神名、地名」に残された諸現象から、現在の定説よりもう 少し早い時代から文字が使用されていたと想像したい。そこで、この具体例を考えるため、 『延喜式』神名帳にのる神社名には、どんな文字が使われているかを検証しよう。

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(2) 延喜式 神名帳

藤原時平、忠平などによって延長 5(927)年に完成した、律令制の全容を記す『延喜式』 の巻 9,10「神祇上・下」、いわゆる延喜式神名帳には、東北地方(のぞく青森県)から九州 地方にいたる、官幣社 3132 座、2861 社の神社(式内社)が載せられている。 宮 中 36 座 京 中 3 座 畿 内 658 座 東海道 731 座 東山道 382 座 北陸道 352 座 山陰道 560 座 山陽道 140 座 南海道 163 座 西海道 107 座 官幣社の採択基準がどのようなものであったかは、はっきりしないが、よく知られるよ うに、なぜか式内社の分布は極端に片寄っている。山陰道 560 座に対する山陽道 140 座が 顕著な例で、西海道(九州)の壹岐嶋 24 座、對馬嶋 29 座の神社数(計 53 座)に対して、 他の九州諸国の式内社総数は 54 座と記録される。東海道の伊豆七島と伊豆半島を国域とし た伊豆国 3 郡 92 座に比べ、駿河国 7 郡 22 座、相模国 8 郡 13 座、武蔵国 21 郡 44 座という 国の面積に比例しない分布状況が著しい特徴になっている。この辺をどう捉えるかは難し いが、律令時代またはそれ以前の時代に、瀬戸内海沿岸の山陽地方より、日本海側の山陰 地方が重視され、「壱岐、対馬、伊豆七島」が航海のうえで、九州・本州より重要な位置に あったとは考えられそうな感じがする。 前章でふれた「伊豆国」の起源地が、明治 11 年に静岡県から東京府へ移管された三宅島 の「伊豆岬(東京都三宅支庁三宅村伊豆)」に想定できるのも大切なところで、『續日本紀』 に現われる「伊豆三嶋」も大島、三宅島、八丈島の三島を指すのでなく、三宅島の古名が 「Itsumi-sima」であったと考えるほうが理解しやすい。伊豆国一宮神社の「伊豆三嶋神社」 が、『延喜式』神名帳には、現存する静岡県三島市が属した伊豆国田方郡でなく、伊豆諸島 をふくむ伊豆国賀茂郡に記録された史実にも納得がゆく。 こうした微細な記録を、虫眼鏡で捜すように調べるのも案外おもしろい作業ではあるが、 『延喜式』神名帳に記録された仮名は、『古事記』『日本書紀』『万葉集』のそれとは違った 意味での、重要な価値をもつところに注目しなければならない。 ひとつは、この神名が日本全国を網羅している点である。『記・紀』が中央官吏によって 編纂されたのとは違って、ここに収録された「仮名」は、各地の神社が個別に採択した文 字の集計になっている。たとえば、神名に多い「~Fime(秘め、暇:隙間)←Fipe(水辺、 入江)」神社には「比咩、比賣、比女、日女、姫」などの文字があてられたが、個々の分布 は鮮やかな棲み分けをみせている。「比咩」の大半が伊豆国と能登国に集中し、伊豆国では 賀茂郡が「比咩命、比賣命」を混用して、一例ずつだが田方郡が「比咩命」、那賀郡は「比 賣命」を使っている。また能登・加賀は「比咩」、越前が「比咩と比女」、越中・若狹では 「比賣」を使用し、これに対する男神は、伊豆「和氣命、別命」、能登・越中・若狹「比古」、 越前「彦」と区別している。豊国(豊前・豊後)の神名では、他の国に類をみない「比賣、 比咩命、日女、火賣、姫」を混用するのは興味をひく現象である。

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もうひとつの特徴は、渡来系の人々によって編纂された『古事記』『日本書紀』『万葉集』 から導きだされた「上代特殊仮名遣い」の区分が、『延喜式』神名帳では明確に現われてい ない点である。「上代特殊仮名遣い」は、第三章『言葉と地名』で検証したので、ご参照い ただきたい。 年代的にも『記・紀』より古い時代の姿を留めて、数々の特色をもつ『延喜式』神名帳 の万葉仮名は意外に注目されていないようなので、地名研究の基本資料として、ここに使 われた「仮名」の様子を眺めよう。 表 5-1-1 式内社の万葉仮名 ひらがな原形 カタカナ原形 式内社の用例 ひらがな原形 カタカナ原形 式内社の用例 安 あ 阿 ア 阿 安 波 は 八 ハ 波 羽 以 い 伊 イ 伊 比 ひ 比 ヒ 比 日 火 宇 う 宇 ウ 宇 鵜 不 ふ 不 フ 布 生 富 衣 え 江 エ 江 依 部 へ 部 ヘ 部 邊 於 お 於 オ 意 於 保 ほ 保 ホ 穂 保 加 か 加 カ 加 賀 鹿 我 末 ま 万 マ 麻 間 眞 幾 き 幾 キ 伎 木 岐 支 美 み 三 ミ 御 美 彌 見 久 く 久 ク 久 具 武 む 牟 ム 牟 武 計 け 介 ケ 氣 祁 女 め 女 メ 賣 咩 目 女 己 こ 己 コ 古 子 許 毛 も 毛 モ 毛 茂 左 さ 散 サ 佐 射 狹 也 や 也 ヤ 屋 八 矢 之 し 之 シ 志 自 由 ゆ 由 ユ 由 湯 寸 す 須 ス 須 主 與 よ 與 ヨ 夜 與 世 せ 世 セ 瀬 西 勢 良 ら 良 ラ 良 曾 そ 曾 ソ 曾 蘇 利 り 利 リ 理 太 た 多 タ 多 田 太 留 る 流 ル 留 流 知 ち 千 チ 知 治 智 地 礼 れ 礼 レ 禮(礼) 州 つ 州 ツ 都 津 豆 呂 ろ 呂 ロ 呂 天 て 天 テ 手 氐 和 わ 和 ワ 和 止 と 止 ト 刀 鳥 門 利 為 ゐ 井 ヰ 井 為 奈 な 奈 ナ 奈 那 名 惠 ゑ 慧 ヱ 惠 仁 に 二 ニ 爾 丹 遠 を 乎 ヲ 小 尾 乎 雄 奴 ぬ 奴 ヌ 奴 沼 无 ん 尓 ン … 禰 ね 禰 ネ 禰 根 乃 の 乃 ノ 野 乃 能

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㊟ 清音と濁音、「上代特殊仮名遣い」の甲乙類の区分は外した。式内社の用例は 左から使用頻度の高い順にならべ、青色の文字は使用頻度が 10 例未満を表わす。 神社名の大半が地名から採られたこともあって、ここに現われる「仮名」は、地名に多 用された馴染みぶかいものばかりという印象をうける。しかし「万葉仮名」の分類という 学術的な作業は、基礎知識のない素人にはとても無理な相談で、「飛鳥:あすか。倭文:し とり。長谷:はつせ」をはじめ、字訓仮名をどのように分類して良いかもさっぱり判らず、 ここでは、明らかに単音の「仮名」と認められ、用例の多いものだけをとりだしてみた。 こうした簡便な分類法でも、『延喜式』神名帳に使われた仮名は、『記・紀』とは様相を 異にして、『万葉集』に近い用法で、訓仮名が多用されていることが判る。ちなみに、式内 社の仮名遣いで『記・紀』に使用例がなく、『万葉集』にのみ使われたものをあげよう。 〈㊟ 角川『古語辞典』の巻末「万葉仮名一覧」による〉 安(あ) 依(え) 鹿(か) 木(き) 子(こ) 射(さ) 狹(さ) 瀬(せ) 田(た) 津(つ) 手(て) 鳥(と) 利(と) 名(な) 丹(に) 沼(ぬ) 根(ね) 野(の) 羽(は) 日(ひ) 火(ひ) 生(ふ) 邊(へ) 穂(ほ) 間(ま) 眞(ま) 御(み) 見(み) 目(め) 女(め) 屋(や) 八(や) 矢(や) 湯(ゆ) 江(え) 夜(よ) 井(ゐ) 尾(を) 雄(を) 小(を) 『延喜式』神名帳には、ここにとりあげた倍数以上の「仮名」が使われている。場所が わかる神社名という特別な性質から、各文字の使用状況、地方ごとの分布状況も、簡単に 把握できる利点があり、研究課題として格好の素材といえよう。ただ、この分析は本書の テーマとする「地名の基礎的研究」からは逸脱するので、ここでは全体の傾向をみるだけ にとどめ、式内社全数のよみ方と使用文字の分類は、『地名資料Ⅵ 式内社・郡』の延喜式 神名帳に載せた。 この集計の中から、『延喜式』神名帳では、どんな文字が多用されているかを分類したも のが次表である。

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表 5-1-2 式内社の使用漢字ランキング

頻度 よみ 頻度 頻度 頻度 頻度

1 227 比 Fi 113 神 Kami 79 坐 Masu 64 太 Ta 50 宇 U 2 210 大 Ofo 100 石 Ifa 78 阿 A 63 麻 Ma 彌 Mi 3 151 田 Ta 97 志 Si 77 加 Ka 60 井 Wi 49 子 Ko 4 144 命 Mikoto 野 No 国 Kuni 伎 Ki 47 原 Fara 5 143 多 Ta 96 賣 Me 奈 Na 59 日 Fi 45 上 Kami 6 141 伊 I 94 久 Ku 75 部 Pe 布 Fu 坂 Saka 7 121 佐 Sa 90 都 Tu 70 川 Kafa 57 小 Wo 44 乃 No 8 120 御 Mi 88 天 Ama 69 須 Su 55 玉 Tama 43 氣 Ke 9 119 波 Fa 86 古 Ko 和 Wa 津 Tu 良 Ra 10 114 山 Yama 79 高 Taka 67 美 Mi 54 嶋 Sima 41 賀 Ka

㊟ 漢字のよみ方は、使用例の多い代表的なものをあげた。 漢字ベストテンの占有率:18.4%、 1~50 位の占有率:52.0% 漢字の使用頻度 式内社 神社総数 2861 漢字数 804 漢字総使用数 8097 一神社平均使用文字数:2.83 一文字の平均使用頻度:10.07 頻 度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 総 数 261 119 72 54 29 27 18 18 24 19 8 15 頻 度 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 総 数 8 7 8 10 4 5 9 3 4 7 3 4 頻 度 25 26 27 28 29 31 33 35 37 40 41 43 総 数 3 2 1 1 2 2 3 3 2 1 2 2 頻 度 44 45 47 49 50 54 55 57 59 60 63 64 総 数 1 2 1 1 2 1 2 1 2 2 1 1 頻 度 67 69 70 75 78 79 86 88 90 94 96 97 総 数 1 2 1 1 1 2 1 1 1 1 1 2 頻 度 100 113 114 119 120 121 141 143 144 151 210 227 総 数 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 神名の漢字の分類と集計には多少問題があり、統計数値にも個人的判定が含まれている。 この微細な問題は全体の傾向をとらえる場合には無視できるので、避けがたい集計上のミ スなども含め、おおまかな傾向をとらえことを主体に御覧いただきたいとおもう。

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以後、延々と同じように退屈な表をお目にかけることになるのだが、「式内社」に使われ た文字は、後述する地名群とは明らかに違った特色をみせている。それは、いうまでもな く単音の漢字、「仮名」が上位にランクされることである。また、ごくやさしい「大、山、 石、神、天、高、国、川、玉、嶋、原、上、坂」など、一字で二音を表わす「訓よみ」の 漢字が上位に位置するところも特徴にあがる。

「河内国高安郡 天照大神高座神社(Amaterasu Ofomi no kami no Takakura:大阪府八尾 市教興寺)」「遠江国磐田郡 淡海国玉神社(Afumi no Kunitama:静岡県磐田市見付)」のよう に、仮名を含まない用法中にこれが多く使われた様子は興味を惹く。神名に多用された訓 よみの漢字も「大、国、命、坐」などを除くと、大多数が「

a,i

」母音で構成されていて、 ランキング上位にのる「仮名」にも同じ傾向が見られるのは重視すべきである。 ベストテン第一位に位置する「比」は、以下にあげるように神名に「比古、比咩、比賣」 が多用された為にトップにランクされ、地名の使用例が少ない「古、賣」や「坐、命」が 上位に席をしめるのも、おなじ理由によっている。 国郡名 神 名 神社所在地 若狹国遠敷を に ふ郡 若狹比古神社 Wakasa fiko. 福井県小浜市龍前 能登国鳳至郡 鳳至比古神社 Fukesi fiko. 石川県輪島市鳳至町 能登国能登郡 能登比咩神社 Noto fime. 石川県鹿島郡鹿西町能登部下 豊前国田川郡 豊比咩命神社 Toyo fime no mikoto. 福岡県田川郡香春町香春 肥後国阿蘇郡 阿蘇比咩神社 Aso fime. 熊本県阿蘇郡一の宮町宮地 播磨国佐用郡 佐用都比賣神社 Sayo tu fime. 兵庫県佐用郡佐用町本位田 安房国安房郡 安房坐神社 Afa ni masu. 千葉県館山市大神宮

攝津国住吉郡 住吉坐神社 Sumiyosi ni masu. 大阪府大阪市住吉区住吉 大和国廣瀬郡 廣瀬坐和加宇加乃賣命神社〈現在名:広瀬神社〉

Firose ni masu Wakaukanome no mikoto. 奈良県北葛城郡河合町川合 大和国高市郡 飛鳥川上坐宇須多伎比賣命神社

Asuka no Kafakami ni masu Usutaki fime no mikoto. 奈良県高市郡明日香村稲淵 出雲国神門郡 鹽冶日子命御子焼大刀天穂日子命神社〈合祀先:塩冶神社〉

Yamuya fiko no mikoto no miko Yakitati Ame no Fofiko no mikoto. 島根県出雲市上塩冶町 石見国美濃郡 小野天大神之多初阿豆委居命神社〈現在名:小野神社〉

Wono no Ame no Ofokami Sitasoatu wake no mikoto. 島根県益田市戸田町

最後の四例のように、一気によむことが難しい神社名では「廣瀬、飛鳥、川上、鹽冶、 小野」と地名には二文字の漢字をあて、由緒ある神名に仮名を使って区別しているところ に、『好字二字化令』の忠実な履行が認められるのは興味ぶかい。〈㊟ 鳳至比古神社の現在 名:住吉神社。豊比咩命神社:香春神社〉

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このような長大な神名を多くふくむ『延喜式』神名帳でも、全数を集計すると、一つの 神社に使われた文字数の平均が「2.83」になるのが面白い。これは式内社全数にあたれば 一目瞭然といえ、神社名の大半が 2~4 音の名を採用し、大多数に二文字の漢字をあてたた めに発した現象である。地名を考える上にもたいへん重要な事実は、『延喜式』神名が古墳 ~弥生時代、さらに縄文時代に辿りうる可能性をもっているので、2~4 音の神名が注目さ れるのである。 律令制度の全容を記録した書として唯一無二の『延喜式』にのる、神名帳という貴重な 資料が個別の神社、所在地の探索は行なわれていても、言語学、古代史学、地理学のうえ での総合的な探求があまり進展していないようにみえるのは不思議な現象である。本書程 度のレベルでなく、高い次元からの多角的、総括的な精密分析が行なわれるようになれば、 式内社の一部、あるいはその大多数が弥生~縄文時代に溯りうることが立証され、わが国 最古の「文字、地名、言語」の記録集と評価されるのではなかろうか。 『延喜式』にのる個々の神名は以下の項でも順次とりあげるので、この辺で話題をかえ、 前巻で検討した大字・小字の「嶋、埼、花、阪、腰」地名群、自然地名の「島、崎、鼻、 峠、越」には、どんな文字が多用されているかを調べてみよう。

(3) 嶋と埼地名

表 5-1-3 嶋地名の使用漢字ランキング 1 356 中 39 ノ 26 出 17 下 12 水 2 155 大 36 松 23 宮 子 湯 3 119 小 35 野 21 寺 青 浮 4 92 田 34 長 八 前 11 鵜 5 91 福 33 北 20 江 柳 神 6 64 ヶ 32 上 平 16 戸 池 7 59 鹿 31 之 18 の 矢 藤 8 56 三 29 飯 牛 13 荻 尾 9 53 川 28 西 竹 原 10 43 高 27 向 木 津 49 10 伊 花 黒 十 谷 道 片 豊 来 ㊟ 単独で使われた「島 123(嶋 7)、志摩 4、四万 1、シマ 1」の用例は除く。 つぎの埼地名の集計でも「岬 10、崎 8、佐紀 1」の単独使用例は除いた。 嶋地名の漢字ベストテンの占有率:35.3%、 1~50 位の占有率:61.1%

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漢字の使用頻度 嶋地名 地名総数 2519 漢字数 537 漢字総使用数 3081 一地名平均使用文字数:1.22 一文字の平均使用頻度: 5.74 頻 度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 総 数 249 77 49 40 22 15 12 8 8 9 5 1 頻 度 13 15 16 17 18 20 21 23 26 27 28 29 総 数 3 1 1 5 4 2 2 1 1 1 1 1 頻 度 31 32 33 34 35 36 39 43 53 56 59 64 総 数 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 頻 度 91 92 119 155 356 総 数 1 1 1 1 1 表 5-1-4 埼地名の使用漢字ランキング 1 219 山 41 木 23 石 15 伊 13 原 2 168 ヶ 39 戸 中 御 芝 3 101 尾 38 赤 22 柏 柴 12 井 4 97 川 35 黒 19 須 洲 河 5 岩 32 小 田 杉 竹 6 80 大 31 神 18 金 唐 島 7 77 松 28 岡 17 ノ 14 花 11 千 8 72 長 27 高 寺 亀 塚 9 58 宮 林 16 根 江 白 10 52 野 25 矢 三 藤 浜、福 漢字の使用頻度 埼地名 地名総数 2342 漢字数 461 漢字総使用数 2768 一地名平均使用文字数:1.18 一文字の平均使用頻度: 6.00 頻 度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 総 数 221 70 39 20 20 14 7 7 8 4 5 4 頻 度 13 14 15 16 17 18 19 22 23 25 27 28 総 数 2 4 6 2 2 1 2 1 2 1 2 1 頻 度 31 32 35 38 39 41 52 58 72 77 80 97 総 数 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 2 頻 度 101 168 219 総 数 1 1 1 漢字ベストテンの占有率:36.9%、 1~50 位の占有率:65.0%

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漢字をもとにした集計では、日本語の特徴である「大(おほ・ダイ)。中(なか・チュウ)。 小(を、こ・ショウ)。山(やま・サン)」など、二種以上の言葉にあてた漢字が一つに集約 される欠点が表面化する。しかし使用頻度の高い文字の大半が、訓よみを主体にあてられ ているので、全体では問題は少ないとみて良さそうである。また、ここでは「ひらがな、 カタカナ」を含めた集計をとり、以後の地名群もおなじ手法を採用した。 大字・小字名の「嶋、埼」の集計では、『好字二字化令』の影響が見事な形で現われる。 漢字の使用頻度の表「一地名平均使用文字数:1.22,1.18」がそれで、「島、崎」の文字を 添加した値が約 2 文字になって、『二字化令』の忠実な履行を記録している。前章にあげた 「嶋、埼」地名群のランキングでは、嶋地名の 3 位にランクされた「島」をのぞく全地名 が二文字の漢字を使用しているので、ここにあげた使用頻度別の分類でも大差ない順位に 漢字がならび、わずかに助字に分類される「ヶ、ノ、の」が新顔として登場する。 語頭に立たない「ヶ(か、が)、ノ、の、ッ」は順次あげるように、地名ではたいへん使用 量の多い文字で、連体格の格助詞として使われたものの他に、「尾ヶ崎(Wokatsaki)≒岡崎。 竹ノ子島(Takenokosima).八ッ島(Yatusima)」のように、地形語の意味をもつ名が含まれ るのが重要である。「ノ、の、ッ」は、この例のように漢字の間に挟まれたものを助字とし、 ひらがな・カタカナだけで表記された地名の「ノ、の、ツ」は仮名に分類した。また「ノ ⇔の。ヶ⇔が・ガ」の使用法は、地形図と市町村の字名では違っているものも多少あるが、 本サイトでは 5 万分の 1 地形図の表記を採用した。 『好字二字化令』に反する「ヶ、ノ、の」が両地名群の上位に顔をだすのは、ごく簡単な 理由による。「ひらがな、カタカナ」が平安時代後期に誕生し、助字もこれ以後に登場して いるので…正式認定と小文字化は『現代かな遣い:昭和 21(1946)年』から…、奈良時代前期と 平安時代中期に出された法令が、律令制の崩壊期に遵守される方が不思議ともいえる。 こう考えると、助字を使った地名群は鎌倉時代以後に文字を当て替えた名と推理できる わけで、平安時代中期の『延喜式』神名帳と『和名抄』国郡郷名に、助字どころか「ひら がな、カタカナ」の使用例が全くないのも、時代の姿を反映してみせている。 『延喜式』神名帳で使われた「小、田、鹿、野、八、江、木、矢、子、津、鵜、尾、湯、 須、根、御、伊、井」の仮名遣いが、「嶋、埼」の漢字ランキング上位に入るのも興味ぶか い。前項では使用順位の関係で記せなかった「三(Mi).戸(To).之(No)」は神名にも多 用されている。しかし「洲(Su)」の使用例が『延喜式』になく、『万葉集』『日本書紀』の 仮名遣いにもないのは不思議な現象で、『古事記』だけに使われた史実をどのように考えて よいかは解らない。 ここにあげた、使用頻度順に並べた漢字群の 1~50 位の文字使用数の総計が、全使用数 に対する比率(占有率)では、「嶋地名(61.1%)。埼地名(65.0%)」を占める事実は、とく に重要である。ことさら珍奇をてらう、マスコミや地名解説書によく取りあげられるため、 この国の地名では、珍妙怪奇な難読地名ばかりが持てはやされる印象はぬぐい去れない。

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十八女(さかり:徳島県阿南市十八女町)、寒河江(さがえ:山形県寒河江市寒河江)といっ た地名も一例にあがるが、「さかり(岩手県大船渡市盛町。愛媛県越智郡上浦町盛)」や「Sakape →さかえ(栄). さかべ(三重県四日市市坂部町)」などの地名と対比して扱われないのが不 思議でならない。「Sakari=Saka(坂、∨型地形)+kari(刈る、駆る:崖)→下がり。盛り は∨型の谷底からの上昇ベクトルを表現(後に詳述)」、「Sakape=Saka+kape(壁:崖端)」 と容易に解釈できる両者は、むろん特別な地名ではない。 なぜ、このような文字があてたかを考えて、漢字を選んだ人たちの高い見識と、暖かい ユーモアのセンス、これを容認した時代背景(十八女は元禄時代ころ、寒河江は平安時代中 期以降?)を考えることが大切である。地名にあてた漢字を分析する場合には、こういった 特殊な例を対象とするのでなく、地名全体の一般的用法をさぐることが肝要である。 「島、崎、峠、山、川」地名の用例では、シマは「島、嶋、志摩」、サキは「崎、埼、碕、 岬、前、先、佐木」、トウゲは「峠、東下、道下、遠下」、ヤマは「山、耶麻」、カハは「川、 河、側、樺」などが使われている。しかし「シマ、トウゲ、ヤマ」にあてた漢字の 99%は 「島、峠、山」であり、「カハ、サキ」地名の 9 割以上が「川、崎」をあてた事実に注目し なければならない。こうした傾向はどの用字例にもあてはまり、一つの地形語にあてた文 字は、おおよそ 1~3 字に集約される。「嶋、埼」地名の漢字ランキングに現われた様相も これをはっきり示して、1~50 位にランクされた 50 文字だけで、「嶋、埼」地名群に使われ た漢字全数の 6 割以上を独占する事実が、この様子を裏づけている。 また、地名に使われた漢字を考えるとき、万葉仮名をあてた地名が律令時代の『好字二 字化令』によって二文字化され、よみ方が時代と共に変化した様子も知っておかねばなら ない。いまでも、あまり抵抗なくよまれる「伊豆七島の利島」に使われた、「豆(ツ→ず). 利(ト)」は万葉仮名を継承した例で、現代音では「伊豆:いトウ。利島:りしま」としか よめない。「宇都宮う つ の み や、我孫子あ び こ、各務原かかみがはら、春日井か す が い、久留米く る め」の市名も、現代音だけで正しくよ むのは無理な話で、糸魚川に使われた「魚」が律令時代に「イヲ」とよまれていた史実を 知らなければ、なぜこの文字を「イトイカハ」にあてたかを理解できない。 こうした実例が『延喜式』神名帳に記載されているのが有り難い。「越後国魚沼郡 魚沼 神社(Iwonu:新潟県南魚沼郡湯沢町神立)」「伊勢国多氣郡 魚海神社(Iwomi:三重県松阪市 魚見町)」などの用法が、かつてのよみ方を教えてくれる。 「神崎、神部・神戸」は、いまは「かんざき・こうざき。かんべ・こうべ」と二種類の よみが混在する地名である。しかし平安時代以前に、神前・神埼はカムサキ、神部・神戸 はカムペとよまれ、神の文字が平安時代以降に「カム→かん:撥音化。カム→カウ→こう: ウ音便」へ二分した様子を残している。これに倣うと、伊豆七島の「神津島(こうづしま)」 の原形は、「Kamutsusima」へ復元できる。 地名の中でよみ方が最も難しい「生」の文字は、「セイ:漢音。ショウ:呉音」の他に、 「い:生駒山。いき:生名島。いく:生野町。いけ:生田川。う:蒲生町。お:今生坂峠。

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おい:相生市。おう:生崎。おぼ:生内峠。き:晩生内駅。さ:福生市。せ:漁生浦。そ: 麻生。なま:生木峠。なす:石生。なせ:日生町。ぬく:生見駅。はえ:長生鼻。ぷ:土 生島。よい:弥生町。ゅう:丹生郡」などのよみがあり、勝手気ままとも見える用法は、 いったい何を基準にして当てたかが解りにくい。しかし『延喜式』神名帳では、生のよみ は「いく、ふ、なり」の三種類に限定されていたので、代表例をあげよう。 「いく」

生産日神:Ikumusupi no kami. 生井神:Ikuwi no kami. 生嶋神:Ikusima no kami. いずれも宮中に坐す神

攝津国 東 生ひむかしなり郡 難波坐生国咲国魂神社

Nanifa ni masu Ikukuni Sakikuni Tama. 大阪府大阪市天王寺区生玉町 攝津国八部や た べ郡 生田神社 Ikuta. 兵庫県神戸市中央区下山手通 「ふ」 若狹国三方郡 丹生神社 Nifu. 福井県三方郡美浜町丹生 河内国丹比た ち ひ郡 菅生神社 Sukafu. 大阪府南河内郡美原町菅生 大和国宇陀郡 室生龍穴神社 Murofu no Tatuana. 奈良県宇陀郡室生村室生 「なり」 加賀国能美郡 幡生神社 Fatanari. 石川県小松市吉笑町 越前国大野郡 国生大野神社 Kuninari Ofono. 福井県大野市清滝 地名にあてた「生」のよみは、この三種類の用法を基本においたようで、律令時代の郡 名にも次の使用例がみられる。 国郡名 平成の大合併直前の行政区画 筑後国生葉郡 Ikufa. 福岡県浮羽郡、八女郡。 陸奥国桃生郡 Momunofu→Monofu→ものう 宮城県桃生郡、石巻市。 上總国埴生郡 Fanifu →はにゅう 千葉県長生郡、茂原市。 下總国埴生郡 Fanifu →はにゅう 千葉県印旛郡、成田市。 越前国丹生郡 Nifu →にゅう 福井県丹生郡、南条郡、武生市、 鯖江市、福井市。 近江国蒲生郡 Kamafu →がもう 滋賀県蒲生郡、近江八幡市、八日市市。 攝津国東生郡 Fimukasinari→ひがしなり 大阪府大阪市東成区、天王寺区ほか。 神名は、神格化された性質からほとんど変化しない特質をもっているが、地名は時代に 応じてよみ方を換えていて、変化の歴史が記録に残されているのは有り難い。この変遷史 から「丹生(にふ)、埴生(はにふ)」が拗音を伴う「にゅう、はにゅう」に、「室生(むろふ)、 蒲生(かまふ)」がハ→ア行の「むろう、がもう」へ、「桃生郡、今生坂峠」が「ふ→お」と、 読みを替えた様子がわかる。

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地名では攝津国東生郡(江戸時代初頭に東成郡とあて字を変更。攝津国西成郡は当初から 「成」の文字を使用)のように、生を「なり」とよむ例は少ないが、「生いく:生きる。生おふ: 生はえる。生なす:成す。生なる:成る」と、語源が違っていても、基本的な意味が同じ言葉を 「生」という一つの文字で表記したズサンな漢字の選定法が、数多くの難読地名を誕生さ せた元凶ではなかろうか。おそらくこれは、奈良時代以前に「漢文、漢詩」を和訳する際 に発した現象だったと考えたい。 このような例は枚挙にいとまがなく、こうした些細なことばかり気にしていると作業が はかどらないので、いささか陳腐で、退屈ではあるけれど、各地名群のデータを羅列する ことにしよう。

(4) 花、阪、腰地名

表 5-1-5 花地名の使用漢字ランキング 1 36 竹 7 高 4 石 2 子 2 津 2 32 ノ 山 3 宮 獅 都 2 32 立 松 神 洲 土 4 31 ヶ 5 湯 大 出 栃 5 25 橘 野 滝 春 盆 6 17 猪 4 井 法 新 蓮 7 15 岩 岡 2 屋 赤 浪 8 13 尾 戸 牛 銭 1 例以下省略 9 11 の 小 江 茶 10 10 之 須 三 中 漢字の使用頻度 花地名 地名総数 306 漢字数 121 漢字総使用数 408 一地名平均使用文字数:1.33 一文字の平均使用頻度: 3.37 頻 度 1 2 3 4 5 7 10 11 13 15 17 25 総 数 74 21 5 6 2 3 1 1 1 1 1 1 頻 度 31 32 36 総 数 1 2 1 ㊟ 単独名の「花 5、鼻 1」は除く。 漢字ベストテンの占有率:54.4%、 1~50 位の占有率:82.6%

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表 5-1-6 阪地名の使用漢字ランキング 1 130 赤 18 野 12 井 9 上 7 寺 2 89 小 17 黒 熊 相 西 3 50 長 松 見 道 前 4 47 石 16 岩 11 田 8 下 尾 5 34 大 名 10 の 戸 6 29 八 15 一 子 湯 7 27 白 14 ヶ 神 平 8 26 ノ 鳥 馬 7 花 9 22 三 13 早 飯 向 10 21 高 木 9 山 市 45 6 逢 宇 横 間 宮 篠 勝 川 船 半 之 ㊟ 坂 26、阪 1、嵯峨 8、佐賀 7 は除く。 漢字の使用頻度 阪地名 地名総数 1260 漢字数 377 漢字総使用数 1506 一地名平均使用文字数:1.20 一文字の平均使用頻度: 3.99 頻 度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 総 数 180 66 37 20 19 11 7 4 4 5 1 3 頻 度 13 14 15 16 17 18 21 22 26 27 29 34 総 数 2 2 1 2 2 1 1 1 1 1 1 1 頻 度 47 50 89 130 総 数 1 1 1 1 漢字ベストテンの占有率:31.5%、 1~50 位の占有率:58.3%

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表 5-1-7 腰地名の使用漢字ランキング 1 78 打 16 名 10 中 6 舘 5 切 2 62 鳥 14 腰 9 横 宮 内 3 45 堀 塚 城 吹 4 43 船 13 の 8 乗 瀬 5 37 ノ 11 森 遅 道 6 30 馬 小 獺 南 7 22 細 津 鬼 5 押 8 21 大 之 7 川 間 9 19 山 尾 風 戸 10 水 10 館 矢 舟 23 4 引 塩 駒 見 江 高 持 折 只 竹 田 塔 木 野 ㊟ 越 12、腰 3、古志 3 は除く。 漢字の使用頻度 腰地名 地名総数 797 漢字数 212 漢字総使用数 906 一地名平均使用文字数:1.14 一文字の平均使用頻度: 4.27 頻 度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 13 総 数 116 31 9 14 6 6 3 4 2 2 5 1 頻 度 14 16 19 21 22 30 37 43 45 62 78 総 数 2 1 2 1 1 1 1 1 1 1 1 漢字ベストテンの占有率:41.5%、 1~50 位の占有率:74.7% 三つの地名群も、腰地名に「ヶ」の使用がわずか1例(熊本県牛深市久玉町字辰ヶ越)し かないことを除けば、嶋、埼地名と同じ傾向をみせるので、ひきつづき自然地名の島、岬、 鼻名のデータを列記しよう。

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島と岬、鼻名

表 5-1-8 島名の使用漢字ランキング 1 162 小 45 神 33 前 22 立 17 亀 2 149 ノ 42 高 32 三 21 馬 九 3 127 大 41 野 鳥 白 戸 4 105 子 40 沖 27 カ 20 丸 山 5 83 黒 39 横 根 水 地 6 77 松 37 平 26 ッ 瀬 鍋 7 75 天 35 赤 津 19 鹿 裸 8 66 弁 二 24 の 青 9 58 中 34 竹 23 長 18 ク 10 49 ヶ 木 22 田 17 鵜 48 16 コ ラ ン 烏 久 御 佐 漢字の使用頻度 島名 地名総数 2860 漢字数 888 漢字総使用数 4598 一地名平均使用文字数:1.61 一文字の平均使用頻度: 5.18 頻 度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 総 数 357 171 74 55 48 26 14 20 20 12 7 13 頻 度 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 総 数 8 2 7 7 8 1 2 3 2 2 1 1 頻 度 26 27 32 33 34 35 37 39 40 41 42 45 総 数 2 2 2 1 2 2 1 1 1 1 1 2 頻 度 49 58 66 75 77 83 105 127 149 162 総 数 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 漢字ベストテンの占有率:20.7%、 1~50 位の占有率:42.8%

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表 5-1-9 崎・岬名の使用漢字ランキング 1 125 ヶ 39 神 25 金 19 仏 16 宮 2 93 大 38 赤 弁 明 津 3 56 黒 田 24 御 18 浜 15 ト 4 52 ノ 34 山 根 尾 14 キ 5 48 長 31 白 23 木 17 岩 間 6 46 小 29 戸 竜 高 三 7 44 瀬 天 22 ン 島 鼻 8 40 音 28 野 20 荒 立 9 観 27 見 石 16 浦 10 松 26 子 19 の 井 48 13 リ 屋 串 城 波 平 漢字の使用頻度 崎・岬名 地名総数 1900 漢字数 764 漢字総使用数 3414 一地名平均使用文字数:1.80 一文字の平均使用頻度: 4.47 頻 度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 総 数 322 135 73 52 28 31 28 13 12 9 5 3 頻 度 13 14 15 16 17 18 19 20 22 23 24 25 総 数 6 4 1 4 4 2 3 2 1 2 2 2 頻 度 26 27 28 29 31 34 38 39 40 44 46 48 総 数 2 1 1 1 1 1 2 1 3 1 1 1 頻 度 52 56 93 125 総 数 1 1 1 1 漢字ベストテンの占有率:17.1%、 1~50 位の占有率:42.3%

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表 5-1-10 鼻名の使用漢字ランキング 1 215 ノ 30 赤 20 城 16 オ 12 タ 2 143 崎 29 神 天 島 丸 3 109 ヶ 27 山 田 14 牛 11 イ 4 66 の 25 戸 19 黒 13 ガ ト 5 61 大 22 ウ 子 マ 浦 6 57 ノ シ 木 下 越 7 54 瀬 小 18 カ 見 口 8 47 長 21 尾 白 地 須 9 41 石 20 宮 17 ン 12 キ 津 10 37 松 高 立 コ 野 ㊟ 崎鼻、崎ヶ鼻、崎ノ鼻を含み、「崎、ヶ、ノ」は統計数値に含む。 漢字の使用頻度 鼻名 地名総数 1200 漢字数 610 漢字総使用数 2927 一地名平均使用文字数:2.44 一文字の平均使用頻度: 4.80 頻 度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 総 数 262 116 47 38 32 23 16 11 10 5 8 4 頻 度 13 14 16 17 18 19 20 21 22 25 27 29 総 数 5 1 2 2 2 3 5 1 3 1 1 1 頻 度 30 37 41 47 54 57 61 66 109 143 215 総 数 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 漢字ベストテンの占有率:28.4%、 1~50 位の占有率:51.3% 実に退屈な数値群の羅列ではあるが、ここにみられる大字・小字の「嶋、埼、花、阪、 腰」地名と、自然地名の「島、岬、鼻」名では、やはり漢字の使用状況が大幅に違う様子 がわかる。この差をはっきり浮上させるため、これまであげたデータを整理すると、次表 がえられる。

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表 5-1-11 大字・小字名と自然地名の使用漢字の比較 神社名 大字・小字名 自然地名 式内社 嶋 埼 花 阪 腰 島 崎 鼻 地名総数 2861 2520 2342 306 1260 797 2860 1900 1200 漢字数(文字数) 809 537 460 121 377 212 888 764 550 総使用数 8296 3081 2767 408 1506 906 4598 3414 2927 一文字の使用頻度 10.25 5.74 6.02 3.37 3.99 4.27 5.18 4.47 4.80 一地名の平均使用数 2.90 1.22 1.18 1.33 1.20 1.14 1.61 1.80 2.44 平均音数(前章参照) ― 1.97 2.00 2.07 1.95 1.96 2.58 2.82 3.6 占有率(10 位迄 %) 18.0 35.3 36.9 54.4 31.5 41.5 20.7 17.1 28.4 占有率(50 位迄 %) 50.5 61.1 65.0 82.6 58.3 74.7 42.8 42.3 51.3 ㊟ 「崎、鼻」の平均音数は、それぞれ岬と崎鼻を除いた「崎、鼻」名の値を示す。 表をみてすぐ判るのは、地名にあてた漢字の「一地名の平均使用数」が大字・小字名で は約一文字(実際は、「島、崎」などを加えた二文字)、自然地名は二文字(または三文字)前 後の値をとることである。再三のべたように、この現象は、律令時代の『好字二字化令』 の遵守を反映した結果である。地名総数では「嶋、埼」より数が少ない「崎、鼻」の漢字 数が、前者のそれを上まわることも、『二字化令』の適用を免れた自然地名は、文字を自在 にあてた様子を残している。 もちろんこれは、「島、崎、鼻」につけた名の平均音数が大字・小字の「嶋、埼、花」よ り高いことが原因であるが、この現象を裏面から眺めると、字名は、二字化を義務づけら れた律令時代に漢字をあてたものが多く残されたようにみえる。 さらに、これ以外の一般の字名でも二文字をあてた名が大勢を占め、使用漢字も「嶋、 埼、花、阪、腰」地名と大差のない様相をみせるので、現代に伝わる「大字・小字」名の 大多数が、奈良時代に文字を当てた地名と考えられそうである。前章で検討したように、 大字・小字の命名は縄文時代に辿りうる可能性をもち、この名が弥生~飛鳥時代に「万葉 仮名」で表記されたのち、『好字二字化令』によって現在に近い姿に変化をした。この後、 二文字にこだわる必要がなくなった鎌倉時代以降、とくに江戸時代に漢字を当てかえたと 考えられる地名は、時代を反映したセンスの良い洒落たものが多く、律令時代のあて字と は趣をかえているところは注目すべきである。 「嶋と埼」の項で検証したことだが、500 種類前後の漢字を使った地名群でも、大部分が 1~50 位にランクされた 50 種類の文字だけで、その過半数を占めてしまうところには、も

(28)

う一度注目しなければならない。各地名群の上位に位置する漢字は、その訓よみが二種以 上にまたがる例は少なく、一つの「訓よみ」が、地名にあてる文字の基本であった様子を 伝えている。どの地名群でも上位に顔をだす「石、大、神、高、竹、立、中、長、松、宮、 山、赤、黒、白」などの漢字は、「いし(いは)、おほ、かみ(かむ)、たか、たけ、…」が 地名に多用された史実を語り、これらの言葉〈表意文字〉の語源が、地形と密接な関わりを もっていた様子を示唆している。 また「小、尾、木、子、瀬、田、津、戸、根、野、三、見」など、『万葉集』『延喜式』 神名帳の「万葉仮名」が地名に多用された事実も重要である。これ以外の上位にランクさ れた単音の漢字も、『万葉集』『延喜式』神名帳に使用例があるので、この仮名遣いが奈良 時代以前の一般用法だったと考えられるかもしれない。この辺も今後の研究課題になるは ずで、第三章で検討した「上代特殊仮名遣い」の甲・乙類の区分が、地名では明確な差が ないことも、『古事記』『日本書紀』の仮名遣いとは違った様子をみせている。 「嶋、埼」地名以降に登場する「ヶ、ノ、の」などの助字は、「崎、鼻」名では最も使用 量が多い文字で、他を圧倒的に引き離した第一位にランクされている。つぎに示す「峠」 名の集計でも上位に顔をだす「ヶ、ノ」の用法は、中国、四国、九州地方の「崎、鼻、峠」 に使用例が多く、「崎、鼻」総数の 2/3 が中国、四国、九州地方に集中するので、この現 象が増幅されたとも考えられる。「ヶ、ノ」は、連体格の格助詞と、地形語の一部として使 われたものが混在する難解なもので、残念ながら、本サイトのレベルでは全数の識別は不 可能なため、これも今後の研究に委ねなければならない。この用法が瀬戸内海を中心に分 布すること、西日本と東日本では使用傾向がちがう状況から、おそらく弥生~古墳時代の 流行を現代に留めた現象と推定できる。これは、渡来人の影響をうけた言語活動を知るう えに、重要な手掛かりになりそうな感じがするので、後に具体例を提示したい。 「ヶ、ノ」と共に、「島、崎、鼻」自然地名群では、大字・小字名に使用例のない「カタ カナ」が上位に姿をみせ、とくに「鼻名」では 50 傑ランキングの四分の一にあたる 12 種 のカタカナが使われることが、他の地名群との著しい違いになっている。「カタカナ、ひら がな」は平安時代中期以降に誕生しているので、この種の地名は、むろん鎌倉時代以後に 文字を当てかえた名であるが、ここには面白い現象がみられるので、漢字をあてた同一地 名を対比して、その数例をあげよう。 エビス崎 (長 崎 漁生浦) 蛭子崎 (長 崎 平 戸) エンド鼻 (香 川 寄 島)

遠藤鼻 (愛 媛 伊予三崎) カラス島 (石 川 小口瀬戸) 烏 島 (京 都 舞 鶴) サザエ島 (島 根 境 港) 螺蠑島 (長 崎 福 江) スズラン峠 (長 野 蓼科山) 鈴蘭峠 (岐 阜 御嶽山) ソトバ峠 (京 都 四ッ谷) 卒都婆峠 (福 島 相馬中村) チガ崎 (和歌山 御 坊) 値賀崎 (佐 賀 呼 子)

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ツツジ峠 (和歌山 粉 河) 躑躅峠 (岩 手 土 淵) ハタカ島 (兵 庫 坊勢島) 裸 島 (長 崎 早 岐) ハナグリ崎 (長 崎 有 川)

鼻繰鼻 (岡 山 玉 野) ムク島 (新 潟 小 木)

無垢島 (大 分 臼 杵) ヤビツ峠 (神奈川 秦 野) 矢櫃峠 (山 口 岩 国) いるか岬 (宮 崎 日向青島) 海豚鼻 (長 崎 勝 本) かもめ島 (宮 城 大 須) 鴎 島 (山 形 象 潟) さば島 (秋 田 戸 賀) 鯖 島 (山 口 萩 ) しおり峠 (宮 崎 日 向) 枝折峠 (新 潟 八海山) ねづみ島 (愛 媛 八幡浜) 鼠 島 (愛 知 師 崎) はえ崎 (宮 崎 日向青島) 南風崎 (佐 賀 呼 子) ぶどう峠 (群馬・長野 十石峠) 葡萄峠 (福 島 糸 沢) わらび峠 (群 馬 中之条) 蕨 峠 (新 潟 御神楽岳) こうして対照すると、漢字をあてた右側の地名群に、ある共通点を見いだせる。これら の漢字は字画数が多く、どちらかといえば読みにくく、書きにくい文字が使われているこ とである。今はまったく忘れ去られたことだが、本来「地名」の持つべき姿は、はっきり 他の地名を区別して、誰にでも判りやすく、覚えやすい簡潔さにあった。この定義を頭に おくと、右側の地名の漢字は難しすぎるきらいもあり、「カタカナ、ひらがな」に置き換え ることにより、左右の地名が識別できる利点も生じたため、仮名地名群が誕生したのでは ないだろうか。 例をあげきれないのは残念だが、古志岐島(長崎 小値賀島)、コシキ島(石川 七尾)、 越木島(佐賀 伊万里)、五色島(熊本 本渡)、甑島(鹿児島 中甑)のように、おなじ地 名に各種のあて字をほどこした根底には、たとえ語源が理解されていなかったにしても、 他の地名をはっきり区別させる「細やかな気配り」を感じとれる。自己中心、利益追求だ けを露骨に表わす、昨今の「ひらがな・カタカナ」記号類とは一線を画している点も見逃 せない。この気配りがあだとなって、地名を難解なものに変貌させてしまったのは皮肉な 現象だが、「細やかな気配り」は、有りがたいことに漢字、仮名をあてた時代を暗示してく れる。地名には、歴史的かな遣ひで表記された「ねづみ島」などのほかに、いまは使われ ない「異体文字」が残されている。 ト子リノ鼻 Toneri no fana (長 崎 小値賀島) 子ソ崎 Nesosaki (長 崎 仁 位) 子ノ島 Ne no sima (宮 城 松 島)

図 5-5-8  埼地名の分布                                                表 5-5-7 に見られるように、字名の『嶋、埼、花、阪、腰』は 2 音を中心に据えた正規分 布の様相をとるが、自然地名の『島、崎、鼻、峠、腰』が 3 音~4 音に主分布域を換えて、 地名群毎に「2.5~3.5」音と平均音数を増加させた姿が、言語が進化した模様を語っている。  さらに図 5-5-2 の『嶋地名』の分布状況と所在地形を対照すると、嶋地名全数が現代語の 「島:Island

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