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エントロピー増大の法則

ドキュメント内 日本語のリズム (ページ 161-168)

近年の情報理論の発達から、改めて注目されている『エントロピー増大の法則』とは、

1854年にクラウジウスが提起した、熱力学の不可逆現象を表わす第二法則を基にしている。

第一法則は、「宇宙における物質とエネルギーの総和は一定で、新しく創造されることもな ければ、消滅することもない」と規定した『エネルギー保存の法則』であり、第二法則は

「物質とエネルギーは、かならず一定方向に作用・変化して、逆の現象は起こらない」と いう不可逆真理を説いている。

『エネルギー保存の法則』は、約 700 万年前に出現した人類が、地球生態系における特 別な存在でなく、地表面・大気の成分を集成した、生物の一種である事実を定義づける。

近い将来…この数十年後に…地球環境の変動が懸念されている現況も、この法則によれば、

地表面、大気中の成分が微小変化する現象(CO濃度:0.04%→0.05%)と捉えられる地球 史をみれば、これが比較にならないほどの大変動…約6 億5 千万年前の全球凍結や、古生代 から中生代の区分点になった約2億3千万年前の生命大絶滅(全体の95%)など…が、何度も 起きていることへの理解が必要である。

人類の生存に最適な今の環境は、地球のもつ物理作用と生態系の共同作業によって造り あげられた。46億年の歴史をもつ地球環境は、過去にさかのぼるほど大気中の炭酸ガスや 硫化物の濃度は高くなるが、約38億年前の生命誕生以後は動植物がこれを取り込み、その 遺骸が海中、地中に没して固定され、濃度を下げたのだった。大気の成分がいまと同等の

「窒素:78%.酸素:21%」になり、成層圏にオゾン層の保護幕を造りあげた時代は、約3 億5千万年前に想定されている。そのために生物が陸上へ進出できたが、これ以前の時代、

先カンブリア時代の大半にあたる約 20 億年の間は、海中生物(バクテリア、プランクトン など)が炭酸同化作用をして放出した酸素は、おもに海中の鉄分と結合して酸化鉄を造る 働きをしていた。この作業が完了した後に、海水の酸素濃度が上がり、厭気性(毒性のある 酸素を嫌う生物)から、好気性(積極的に酸素を取り入れて活動エネルギーにする)生物が爆 発的に増えて、魚類をはじめとして、目に見える化石が残る生物の時代の「古生代」へ移 行した。海水中の酸素が飽和状態になると、大気中に放出され、成層圏で宇宙線に触れて

「酸素:O→O:オゾン」に変化したオゾン層の保護幕を造りあげた。それまで宇宙線、

紫外線が照射して棲めなかった陸上にも、生物が進出したのであった。

いまの科学技術を支えるエネルギー資源は、海中・地中に堆積した生物遺骸が、地殻変 動により地球内部の熱と圧力(一部は隕石の衝突)の作用をうけて液化した「石油」、おな じく生物遺骸がガス化した「天然ガス」、寒冷地にはえた草木が泥炭をへて固化した「石炭」

などによって賄われている。現代ハイテク技術をほこる鉄筋コンクリート製高層ビル群も、

炭酸同化作用をするシアノ・バクテリアが酸素を放出して、海中の鉄分を酸化鉄にかえた

「縞状鉄鉱床」を元にし、コンクリートも海中のCO を炭酸カルシウム(CaCO ) に合成した珊瑚虫、フズリナなどの遺骸が集積した「石灰岩」を利用している。

いま私たち人類が利用するエネルギー資源は、太陽光、水、大気、土を活用した植物の

「光合成:炭酸同化作用」と、植物の炭水化物などをとりいれて活動エネルギーにする動 物、そして地球の物理作用によって、億単位の年月をかけて創造されたのである。

これらの物質は、海中と地表面の「C:炭素。H:水素。N:窒素。O:酸素。P:リ ン。S:硫黄」などが、地球に照射する太陽光によって、形成する姿をかえた高純度のエ ネルギー資源といえる。しかし「物質とエネルギーの総和は一定で、新しく創造されるこ ともなければ、消滅することもない」と規定した『エネルギー保存の法則』をみると、太 陽光エネルギーが入りつづける大系に矛盾があるようにも感じられる。が、水惑星の地球 には、「水→水蒸気→氷→雲→雨→水」に変化して地表面と大気の間を循環する「水」が、

これに釣り合うエネルギーを宇宙空間に放出するシステムが存在する。つまり、この大系 は『エネルギー保存則』に従っているわけである。

地球環境が誕生当初をのぞいて、水星・金星のように数百度の大気に包まれることもな ければ、月・火星・木星のように全ての水が氷に変化する状態がなかったことは、太陽と 地球の適度の大きさと、地球軌道が太陽から適当な距離にある偶然に発したもので、水が

「蒸発、氷化」しなかったためであった。この海から「生命」が生みだされ、長い年月を かけて、人類をふくむ哺乳類全盛の環境が造りだされた。

第二の『エントロピー増大の法則』は、「まわりの温度より高温の物体は、熱エネルギー を加えなければ温度が上がることはなく、これを怠ると、周囲の低温度物質にエネルギー を奪われつづけ、しまいには全体が一様の温度になる」摂理を説いている。

人類の視点でこれをみると、「利用可能な物質は、利用不可能なものへと変化して、秩序 だった体系は、かならず無秩序、荒廃、混沌へむかう」真理を定義づけるのである。

この真理は、ヤカンで湯をわかす仕事を考えると理解できる。火からおろした湯は時間 の経過と共に温度が下がり、「お湯」として利用できなくなることを第二法則が提起する。

また、毎日つかう部屋を整理整頓、掃除をしないと、足の踏み場もなくなって部屋として 利用できなくなることや、床に落としてバラバラに壊れたものは、それ自身で修復するこ とがないのも、一方通行の「第二法則」が語る真理である。

熱力学の『エントロピー:Entropy』は、熱量を温度で割った状態量の差で定義される難 しい概念だが、「お湯が水にもどる温度変化量」「部屋の整頓度」「ものの壊れ具合」など、

利用可能から不可能な状態へいたる変化の度合いをはかる指標としても利用されている。

たとえば、自動車にガソリンを注入すると、エンジンはこれを熱エネルギーとして取り 込んで、「吸入→圧縮→点火・爆発→排気」の行程で往復運動をつくり、ピストンに接続し たカムとクランクが往復運動を回転運動にかえ、地面に接する車輪が直線運動に変換して 車を駆動する。この様子は、『エネルギー保存則』から次の表現に置き換えられる。

ガソリン→熱エネルギー→往復運動→回転運動→直線運動 ガソリン→直線運動+熱損失+排気ガス

ここにみられるように、右側の直線運動と熱損失、排気ガスを集めて、左側のガソリン を造りだすことは人類にはできない。これが、利用可能な物質は、利用不可能なものへと 変化する『不可逆』現象と呼ばれるゆえんである。利用者が期待した直線運動に対して、

そこに使われなかった熱損失(摩擦抵抗などの機械損失、電気・化学損失などをふくむ)や、

排気ガスがエントロピーに算定される。エネルギー効率、秩序だった体系をしめす指標と して「エントロピー」が注目されるのもこうした理由による。

熱力学の定義を拡大したエントロピーとは、一般に人間社会に役立たない部分、『無駄』

を意味し、これを如何に減らすか、省エネルギーを追求する現代技術の課題になっている。

この定義づけで「人類、人間社会」と規定しているのは、表面的には直線運動…実際は熱 拡散。ものの動きは大気中に熱を放出する現象…に変化したガソリンは熱源であり、熱損失 の熱、排気ガスにふくまれる水蒸気、酸化炭素、窒素酸化物、硫化物などの一部は、長大 な年月をかければガソリンに戻るからである。

これらは生態系に取り込まれ、この生物遺骸が堆積して地殻の圧力、熱による作用でそ の一部が石油に変化する。『エネルギー保存則』履行に要する数千万~億という長い年月は、

わずか700万年の実績しかない人類、とりわけ5,000年の都市文明、250年ほどの技術革新・

経済発展を唯一の誇りとする現代人には、無関係の現象なのである。

「ガソリン→熱拡散+排気ガス」の不可逆進行にみられるように、エネルギー拡散を表 わす『エントロピー増大則』から導きだされる、人類が利用できないエントロピーの増加 は自然の摂理である。近年、人類の生産活動拡大に起因する、様々な分野におけるエント ロピー増大が指摘される事実は、わが国のみならず、混沌の様相を見せはじめた世界的な 動向という。これは現代人が急速に自然との関わりを失い、自然界の摂理を肌で実感する 機会が激減したために起こった現象、と考えられそうである。

自動車の排出する熱エネルギーと排気ガスが、生態系・地殻変動作用により、数千万~

数億年後に再び石油になる可能性をもつところが大切である。「利用価値の高い物質は、時 間の経過と共に純度を落として崩壊し、それ自身では修復しない」不可逆法則があっても、

地球と生態系、そして人類もまた、この摂理を調和させる『可逆作用』を行なってきたの である。これが 38 億年の間、「生命」を持続させた原動力であり、太陽活動が激変して、

地球の温度が急上昇して生命がすめなくなる10~20億年後まで、同じ作用がくり返される。

地球のもつ可逆作用は、先にふれた地球自体のエネルギー収支が「ゼロ」である事実。

すなわち、太陽から入るエネルギーと、水の働きによって宇宙空間へ放出されるエネルギ ーが同量であることが、エントロピー増加(大気温度の大変動)がない様子を表わしている。

液体の「水」は、地表面では重力の働きにより、川をへて海に運ばれる。これだけなら、

可逆作用はないが、太陽光によって地面・水面から蒸発した水蒸気が大気圏で熱を放出し た後に、雨となって地表面・海面にもどる循環システムが、地球と宇宙空間との熱交換を して、エントロピーの増加を抑えている。

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