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倭語のリズム

ドキュメント内 日本語のリズム (ページ 71-74)

厳格な規則をもとに命名された『地名』は、ある一定の基準をもうけて母集団からサン プルをとりだし、これを整理して比較対照するだけでも、さまざまな特性が浮上する。

これまで、地名に当てた文字を、頻度の高い順に並べて検討をすすめたが、「峠と越」の 比較で行なったように、頻度の低い順に並べると、別の現象が現われるのではないかとの 期待がわく。ここまであげた無味乾燥な数字の羅列にみえる地名群のデータにも、統計に 手慣れた方なら、ある一定法則が内在する様子を感じとった方もおられると思う。そこで、

この法則がどのようなものかを探り、どんな意味をもつかを考えよう。

(1) 文字の使用頻度

これまであげたデータから、各地名群に使われた文字の使用度数、下位グループの頻度1 回~頻度10回までの使用状況をとりだしたのが、次表である。

表5-3-1 各地名群の文字の使用頻度

文字の使用頻度

地名群 文字数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

嶋地名 537 249 77 49 40 22 15 12 8 8 9 埼地名 461 221 70 39 20 20 14 7 7 8 4 花地名 121 74 21 5 6 2 0 3 0 0 1 阪地名 377 180 66 37 20 19 11 7 4 4 5 腰地名 212 116 31 9 14 6 6 3 4 2 2 島 名 888 357 171 74 55 48 26 14 20 20 12 崎 名 764 322 135 73 52 28 31 28 13 12 9 鼻 名 610 262 116 47 38 32 23 16 11 10 5 峠 名 1048 401 157 102 58 57 39 35 20 23 17 越 名 327 202 60 26 9 9 4 3 2 1 1 神社名 804 261 119 72 54 29 27 18 18 24 19 郡 名 432 236 74 36 28 12 7 7 9 3 4 市町村名 835 298 152 59 54 41 24 24 18 12 11 駅 名 1092 342 167 98 58 38 38 24 25 24 20

表に現われた数値は、地名に使われた文字が、その地名群の中で 1回しか使われなかっ たものが最も多く、2回、3回と使用度数が増えるに従い、文字の種類が少なくなる様子を 表わしている。これは、ごく当たり前のことを表現しているように見えるが、当然の現象 として見過ごしてよいか、との疑念がわく。そこで、判りやすく比較するために、各地名 群の使用頻度ごとの文字数を文字総数で割り、これを百分率で表わして整理したものを示 そう。

表5-3-2 各地名群の文字の使用頻度(百分率表示)

使用頻度ごとの文字数÷文字数 %

地名群 総 数 文字数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

339 327 61.8 18.3 8.0 2.8 2.8 1.2 0.9 0.6 0.3 0.3 花地名 306 121 61.2 17.4 4.1 5.0 1.7 0 2.5 0 0 0.8 腰地名 797 212 54.7 14.6 4.2 6.6 2.8 2.8 1.4 1.9 0.9 0.9 580 432 54.6 17.1 8.3 6.5 2.8 1.6 1.6 2.1 0.7 0.9 埼地名 2342 461 47.9 15.2 8.5 4.3 4.3 3.0 1.5 1.5 1.7 0.9 阪地名 1260 377 47.7 17.5 9.8 5.3 5.0 2.9 1.9 1.1 1.1 1.3 嶋地名 2519 537 46.4 14.3 9.1 7.4 4.1 2.8 2.2 1.5 1.5 1.7

1200 610 43.0 19.0 7.7 6.2 5.2 3.8 2.6 1.8 1.6 0.8 1900 764 42.1 17.7 9.5 6.8 3.7 4.1 3.7 1.7 1.6 1.2 2860 888 40.2 19.3 8.3 6.2 5.4 2.9 1.6 2.3 2.3 1.4 3287 1048 38.3 15.0 9.7 5.5 5.4 3.7 3.3 1.9 2.2 1.6

市町名 2990 835 35.7 18.2 7.1 6.5 4.9 2.9 2.9 2.2 1.4 1.3 神社名 2861 804 32.5 14.8 9.0 6.7 3.6 3.4 2.2 2.2 3.0 2.4 5137 1092 31.3 15.3 9.0 5.3 3.5 3.5 2.2 2.3 2.2 1.8

使用頻度 1回の文字をもとに整理すると、各地名群がきれいな形で仕分けされて、その 特性があざやかに浮かびあがる。

第一のグループが「花、腰、埼、阪、嶋」という一定地形につけた大字・小字の地名群、

第二グループが「鼻、崎、島、峠」の自然地名群、第三グループが「市町村、神社、駅」

という各種各様の名が混在した地名群と、三者が見事に区分されて現われる。

本来、一般名に分類した神社に近い特性を示すはずの「郡名」が、大字・小字のグルー プに入るのは、サンプル数の少なさと『二字化令』の影響が現われたものであろう。また、

小地名の転用率が45.4%にのぼる「越名」が特定の大字・小字の性質に酷似して、「峠名」

とは別種の存在であることが、さらにはっきり浮上する。

表をみてわかるのは、使われた文字数が多い地名ほど、頻度 1 回の文字の全数に対する 比率が下がり、文字総数が少ない地名群は比率が高くなることである。しかし、各地名群 の地名数と使用文字数の関係をみると、地名数が増えても文字数が増加するわけではなく、

地名に使われた文字には上限がある様子を感じとれる。これまであげたように、どの地名 群も、上位に顔をだすのは同じ漢字ばかりという様相も、これを暗示している。

次の表は、文字数と地名総数の関係を数値化して、「文字数÷地名総数」の値の高い順に 並べ換えたものである。

表5-3-3 文字数と地名総数の関係

文字数 地名総数 文 字 数 ÷ 地名総数

使 用 文 字 総数

一 文 字 の 使用頻度

一 地 名 の 文字数

占有率

越 名 327 339 0.96 714 2.18 3.11 40.6 郡 名 432 580 0.74 1161 2.69 2.00 41.3 鼻 名 610 1200 0.51 2927 4.80 3.44 54.9 崎 名 764 1900 0.40 3414 4.47 2.80 50.2 花地名 121 306 0.40 408 3.37 2.33 57.8 峠 名 1048 3287 0.32 6979 6.66 3.14 57.7 島 名 888 2860 0.31 4598 5.18 2.61 54.0 阪地名 377 1260 0.30 1506 3.99 2.20 54.0 神社名 804 2861 0.28 8097 10.07 2.83 60.7

市町村名 835 2990 0.28 6456 7.73 2.16 58.3 腰地名 212 797 0.27 906 4.27 2.14 56.1 嶋地名 537 2519 0.21 3081 5.74 2.22 62.3 駅 名 1092 5137 0.21 13318 12.20 2.59 61.6 埼地名 461 2342 0.20 2768 6.00 2.18 63.4 ㊟ 印以外の地名群では、~越、~鼻、~崎などの「越、鼻、崎」を 一地名あたりの文字数の統計に含む。占有率は、前章「峠と越」で あげた使用文字上位「10%の占有率」を示す。

表は、地名総数が増えても、使用文字数はこれに比例して増加しない様子を示している。

そこで各地名群のデータから、「埼地名と嶋地名」「崎名と島名」「峠名と市町村名」を代表 に選びだし、各地名群に使われた文字の間には、どんな相関関係があるかを調べてみよう。

地名群 文字数 地名群 文字数 共用文字 片方使用文字 合計文字数 埼地名

461

嶋地名

537

281

436

717

764

888

542

565

1108

1048

市町村名

835

587

709

1296

埼+嶋

717

崎+島

1108

565

695

1260

崎+島

1108

峠+市町村

1296

828

748

1576

「埼、嶋、崎、島、峠、市町村」名全体に使われた文字数

1638

(地名総数:15,898.使用文字総数:27,296.一文字の平均使用頻度:16.7)

御覧のように、個々の地名群に使われた数多くの文字も、各地名群の間では重複するも のが多く、全体は 1,600 文字ほどに集約される。この現象は、すべての地名にあてはまる ようで、わが国の地名は、おおよそ 2,000 文字の「漢字、仮名」の使用を想定できるとお もう。

これを「当用漢字:1,850字。昭和21(1946)年制定」と比較するのも興味ぶかい。

前節に引用した『時刻表名探偵』の精緻な分析によると、昭和53年度の国鉄駅名に使われ た文字(1,092字)は、当用漢字(736字)が全体の7割を占め、以下、純表外字(267字)、

人名用漢字(53字)、新漢字表追加漢字(25字:人名用漢字と重複するもの3字)、ひらがな

(4 字)、カタカナ(8 字)、記号(2 字:々、・)と分類されている。なお現在、当用漢字は 昭和56(1971)年に内閣公示された『常用漢字:1,945字』にかわった。

旧国鉄の駅名はわが国の代表的な地名であり、他の地名群の使用状況を併せて考えると、

ここにみられる文字の分類が標準的な様相といえるだろう。日本全国では数千万にのぼる といわれる地名に対して、使われた「漢字・仮名」が、わずか 2,000 字程度に想定できる 現象が、たいへん重要な事実を暗示する。

ドキュメント内 日本語のリズム (ページ 71-74)