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日本語の変貌

ドキュメント内 日本語のリズム (ページ 154-161)

地名は、命名された時代の言語活動を写しとる性質をもっている。この特性を利用して、

今はどんな状況で「日本語」を使用しているかを、JRの新設駅名と、『平成の大合併』で 生まれた新市町村名をもとに考えてみたい。

次のデータは、昭和47(1972)年10月から平成14(2002)年10月までの間に、新設・

改称された国鉄→JRの「514 の駅名」に使われた文字のランキングである。ここでは、

62pにあげた昭和53(1978)年度の国鉄駅名と対照するため、以前から臨時駅、信号所、

仮乗降所として存在した駅を正式駅に大量昇格させた北海道を含めたが、高度成長期後半

→バブル→平成時代の約 30 年間に、日本語がどのように変化したかを記録しているので、

これを検証したい。本来は現時点、平成26(2014)年と対比したデータをあげるべきだが、

最近の新設名も大差ない状況なので、以前にまとめた古いデータを使った。

表5-5-4 新設・改称駅名文字ランキング(1972.10~2002.10)

1 40 ◍ 新 21 ◍ 西 14◍ 和 9 の 8 吉 7◍ 石 2 38 ◎川 ◍ 北 12 戸 安 港 倉 3 33 ◎大 18 ◎原 ◍ 津 ◍ 井 ◎上 ◍ 日 4 27 ◎山 ◍ 南 11◍ 江 見 里 白 5 ◎東 16 園 ◎小 ◍ 島 7◍ 宮 ◍ 別 6 25 泉 15 ◍ 松 ◍ 本 ◍ 浜 空

7 ◍ 前 14 海 10 み 平 ◍ 口 8 24 ◎野 公 ◍ 浦 8 ー ◍ 崎 9 23 温 ◍ 高 ◍ 三 ◍ 岡 城 10 ◎田 ◍ 町 ◎中 学 ◍ 瀬

㊟ ◎印は、昭和53(1978)年度の国鉄駅名ベストテンにランクされた文字。

◍印は11~50位に位置した文字。

漢字の使用頻度 新設・改称駅名

地名総数 514 漢字数 516 漢字総使用数 1687 一地名平均使用文字数 :3.28 一文字の平均使用頻度: 3.26

漢字ベスト10の占有率:16.9%

頻 度 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 総 数 240 96 58 28 22 17 11 7 7 4 3 2 頻 度 14 15 16 18 21 23 24 25 27 33 38 40 総 数 5 1 1 2 2 2 1 2 2 1 1 1

先に引用した昭和53年度の旧国鉄駅名と一部が重複するのは、手持ちの時刻表の関係か らだが、ブランド地名に接頭・接尾語をつけた駅ばかりの武蔵野線(府中本町~新松戸:昭 和48年4月開業)をはじめ、湖西線(山科~近江塩津:昭和49年7月)、山陽新幹線(岡山

~博多:昭和50年3月)などの新設駅をとり込んだためでもある。

この、やや恣意的な要素を盛り込んだデータを両対数目盛りのグラフにプロットすると、

やはり線型の様相が現われる。これは新設・改称駅の大多数が、旧来の駅名、地名をもと に接頭語・接尾語などを添加しただけの命名法がとられ、とりたてて目新しい手法が使わ れていない様子を表現する。以前は「田、川、大、野、山、原、上、中、小、東、津、西、

前、島、北、井、下、新、内、木」と順位づけられていた漢字群も、近年は使用傾向が変 化して、予想どおり「新」がトップに踊り出てくる。

ものの道理を考えず、表面現象に左右されやすい庶民の好みを見事に反映した様相は、

中央本線大久保駅(明治28年開設)と山手線新大久保駅(大正3年:新をつけた駅の元祖)、

総武本線小岩駅(明治32年)と新小岩駅(大正15年:二番目)のように、年月をへた新が、

単なる記号に風化することを無視した現象にみえる。この意味で、将来の利用客をも見据 えたサービスを社是とするJRの姿勢に疑問が感じられるが、離合集散をくり返すだけの 旧態依然とした政党名に、「新」が多用されたのも同類と判定できる。最近これが下火にな りつつあるのは、喜ばしい現象といえよう。

方位接頭字の「東西北南」がランクを上げているのは、ブランド崇拝の縄張り駅名が増 えたためだが、「上中」が位置を下げ、「下」が欄外に消え去ったのは、横並び志向の現代 を象徴する現象にみえる。また、以前は50位以内になかった「泉、温、園、公」が50 傑 にランクされるのは、近年「~温泉、~公園」駅が急増したことによる。同じように、表 面には出てこないが「~大(学)前、~高原」といった駅名が増加したために、「前、高」

が上位へ進出した。学生誘致と通学の便宜を計った「~大前」駅が増えたのは自然の成り ゆきだろうが、利用客増加を目論んだ「~温泉、~公園、~高原」駅の急増は、リゾート・

レジャー全盛期の世相を、あざやかに記録した現象といえる。

平成 5 年に改称された長崎本線「三田川→吉野ヶ里公園」駅は当然としても、中央本線

「勝沼→勝沼ぶどう郷。石和→石和温泉」駅にまで、改名の必要があったかは疑問である。

ぶどう園の林立する勝沼町、山梨県随一の温泉郷として知られる石和町が、一般に認識さ

れてないとすれば、人文地理教育に問題が感じられて、両町の自信のなさを印象づける。

かつては「大月おおつき、初狩はつかり、笹子さ さ ご、初鹿野は じ か の、勝沼かつぬま、塩山えんざん、日下部く さ か べ、別べつでん、石和い さ わ、酒さかおり、甲府こ う ふ」 とつづいて、小学生でもリズミカルに暗唱できた駅名も、「大月、初狩、笹子、甲斐 大和や ま と

勝沼ぶどう郷、塩山、東山梨、山梨市、春日居町、石和温泉、酒折、甲府」に換えたため、

覚えにくくなった。これは、記憶し易い簡潔な地名をとった駅命名法を破棄し、市町村と JRが勝手に駅名を作りだす、全体像を掌握できない幼稚化によるのだろう。

〈㊟ 初鹿野→甲斐大和・勝沼→勝沼ぶどう郷:平成5年改名。東山梨:昭和32年新設。

日下部→山梨市:昭和37年改名。別田→春日居町・石和→石和温泉:平成5年改名〉

ここに見られるように、近年の新設・改称駅名の際立った特徴として、文字の使用数が 極端に増加したことがあがる。表4では一駅の文字平均使用数が「3.28」となり、昭和53 年度の国鉄全駅の平均使用数「2.59」に比べて著しく高くなった。これも中央本線の駅名 改変と同様、浅虫→浅虫温泉(東北本線).戸狩→戸狩野沢温泉(飯山線).面白山(臨時駅)

→面白山公園(仙山線).栗林公園北口(新設駅。高徳線).龍ヶ森→安比あ っ ぴ高原(花輪線).麻績

→ 聖ひじり高原(篠ノ井線).新中原なかばる→九州工大前(鹿児島本線).小波 →小波瀬西工大前(日豊 本線)といった、土地利用を限定するバス停留所風の、説明口調駅が増えたことによる。

さらに、「ひらがな、カタカナ」を使った駅名が急増したためでもある。

72pの表5-3-3「文字数と地名総数の関係」にあげた文字数/地名総数の値が、国鉄駅名 は「1092÷5137≒0.21」だったが、新設駅は「516÷514≒1.00」と 5倍に激増し、これま で検証した地名群での最大値をとっている。越名と郡名を除く一般地名が「0.2~0.5」に ある様子をみれば、この30年の間に、駅名のつけ方が大変貌をとげたことが解る。

温海→あつみ温泉(羽越本線:昭和52年改称)、狩太かりぶと→ニセコ(函館本線:昭和43年改称)

を嚆矢とする「ひらがな、カタカナ」を使った駅名は、昭和53年には、これ以外にマキノ

(湖西線:昭和49年開設)があっただけである。平成14年10月末には、助字としての「ノ、

の、が」の用法を除いた 35 の駅に「ひらがな」、15 の駅で「カタカナ」が使われた。表 4 の新設・改称駅(514駅)の総使用数1,687文字の中で、「ひらがな:120文字。カタカナ:

66 文字」は一割をこえる勢力(11.0%)に拡大したのである。さらに平成 5 年、空港第 2 ビル(成田線)に初めてアラビア数字が採用され、平成6年には関西鉄道の起点駅であった 湊町を地下化して改名したJR難波(関西本線)に、アルファベットの表記が登用された。

平成 26 年現在では、JR西日本のJR藤森・JR小倉(奈良線)、JR三山木(片町線)、

JR五位堂(和歌山線)、JR俊徳道・JR長瀬(おおさか東線)に増大した。

仮名文字駅は、かみのやま温泉(←上ノ山:奥羽本線・山形新幹線)のように大半が旧来 の漢字を置き換えただけの陳腐なものだが、ほっとゆだ(←陸中川尻:北上線).行なめかわアイ ランド(臨時駅昇格:外房線).いわっぱら岩原スキー場前(臨時駅昇格:上越線).広川ビーチ(紀勢 本線).りんくうタウン(関西空港線).ユニバーサルシティ(桜島線).呉ポートピア(呉線).

スペースワールド(鹿児島本線).石打ダム(三角線)といった、英語を交えた駅も参入した。

オランダ語で「森の家」を意味する、という観光駅のハウステンボス(Huis ten bocsh.

大村線)は、ハウスと店舗群をならべたレプリカ展示場かと錯覚させる。この珍奇な名は、

特急にも登用されて堂々と本線を闊歩する有様は、バブル期から激変した日本語の実態を 表わす典型といえよう。一般の日本人にオランダ語を使いこなせる人はいないはずで、わ さわざ注釈をつけて解説される「森の家」では、なぜ、だめなのかが判らない。

地名をふくむ『言葉』とは、命名者と利用者が共に理解、納得できるものを指し、注釈 の必要があるものは、言語とはいいがたい。すでに閉園した行川アイランドや呉ポートピ ア、そして再建途上のハウステンボスをみても、駅名の採択基準には、最低でも50年生き 永らえる名をつかう項目を加えてもらいたいものである。

歴史をふり返ると、「新、温泉、公園、高原、大学」は漢語の表現であったことがわかる。

自然に密着した狩猟採集時代の言語を継承した「倭語」では、おのずと表現・語彙は限定 され、必然的に和漢混交へ移行した文化を考えるなら、外国語が多用されるのも致し方な いであろう。が一字一音表記の「万葉仮名」の使いづらさから、倭語をできるだけ簡潔に 表現するために採用された「字訓文字、漢字」が敬遠されて、なぜ「ひらがな、カタカナ」

の使用が増加しているのか。歴史を対照すると、古墳時代に逆戻りの様相を呈している現 況を、どうして考えようとしないかは不可解である。

この現実をはっきり表現したのが、平成13(2001)年から平成22(2010)年に実施され た市町村の統廃合、いわゆる『平成の大合併』によって新設された名称である。

合併開始前の平成13年3月31日に全国「670市、1,994町、568村。合計:3,232」あっ た市町村は、実施後の平成22年3月31日には「786市、759町、182村。合計:1,727」に 激減したが、この統合により、旧市町村名を引き継いだ例と共に、新設名が一挙に「290」

も誕生したのである。

本書は、原則的に北海道と沖縄県の地名をはずして記述しているので、北海道の新設名 称「北斗市、大空町、新ひだか町、むかわ町、安平あ び ら町、洞爺湖町、せたな町」と、沖縄県

「うるま市、 南城なんじょう市、宮古島市、八重瀬町、久米島町」を除いた「172市、103町、3村。

合計:278」の使用文字データをあげると、以下のようになる。〈㊟ 北海道と沖縄県の町は、

今回変化しなかった檜山支庁茅部郡森町(もりまち)以外は、すべて「チョウ」と読む〉

表5-5-5 新設市町村名 文字ランキング(2001.4.1~2010.3.31)

24 ◍ 南 9 ◍ 北 6 ◍ 西 5 ◍ 中 4 ◍ 城 15 ◎川 8 い ◎津 那 ◍ 水 ◍ 美 7 ◍ 賀 里 4 あ 前 ◎野 ◎大 5 か が 丹 14 ◎島 6 さ き わ ◍ 内 13 み つ ら 紀 波 12 ◎東 ま 阿 ◍ 吉 富 9 ◎原 ◍ 伊 ◍ 三 ◍ 郷 本 ◍ 上 ◍ 高 志 香

◎田 ◎山 神 ◍ 小

㊟ ◎印は、昭和57(1982)年度の市町村名10位内にランクされた文字。

◍ 印は、11~50位にランクされた文字。

ドキュメント内 日本語のリズム (ページ 154-161)