⒌ 自然界の法則
大自然から剥離して、人工的雑音の中で暮らす私たちには理解しにくいが、縄文時代の 言葉が今も使われる理由に、自然の音をもとに倭語が構築されたことが上がるとおもう。
きわめて自然に成立した言語体系が、大自然と共存していた人々…江戸時代まで。見方によ っては高度成長期以前…の支持をうけて継承されたのであろう。
『言語』とは、二者以上の間の情報伝達をはかるために定めた、相互理解できる一定の 慣習法である。造語法はできるかぎり簡潔で、誰もが納得できる論理的なものが望まれる。
倭語は、実に簡素な不文律から成り立っているので、まず、この基本事項を考えよう。
「Sa・Ta(←Tsa )行+ra行」型の動詞
Saru
去る 水や砂などが「tsaratsara→sarasara」去る(→笊ざる)。
Taru
垂る 水や砂などが「tsaratsara→taratara,daradara」垂る。
足る 「taratara」垂る水などを、∪型容器(樽、皿など)に充足する。
Siru
痴る 知識が「tsiritsiri→tiriziri」になる。
Tiru
散る ものが「tiriziri」に散る。
Suru
擦る ものが「tsurutsuru→zuruzuru」擦る。
磨る ものを「tsurutsuru→turuturu」に磨く。
Turu
釣る 糸を「tsurutsuru→surusuru」あげて、「turuturu」吊る(連る)。
Soru
剃る 刃物をあてて「sorosoro,tsoritsori→zorizori」剃る。
Toru
取る 動植物を「tsorotsoro→torotoro,dorodoro」煮て、食物を取る。
この基本動詞群とオノマトペの用法を対照すると、「Ka行+ra行」の動詞と「Sa・Ta行
+ra 行」型動詞は、ある一定状況を表現している様子がわかる。前者は「固いもの、円形 断面の物質が急速に変化する」様子を表わし、後者は「ものが連続してゆっくり変形する」
状態を表現している。二音節の基本動詞群に、語尾を五段に展開しても意味をかえない法 則(四段、五段活用動詞)を定めたように、語頭音の五段展開型も一定状況を表現するのが、
論理構成を重視した『倭語』の特徴といえるようである。
また「Sa,Ta」行の基本動詞が、「去る・垂る⇔足る。笊⇔樽(Tsaru→Zaru,Taru)」「散る・
痴る⇔領る(思いのままに所有する)・知る」「擦る・磨る⇔釣る」「剃る・獲る⇔取る」の ように、減少(∪型)⇔増加(∩型)を対比して命名されたところは注目すべきである。
この様式も、地名のつけ方に共通するのが大切で、「Pa(Ba,Fa→Ha)行+ra行」型の動詞 にも同じ様子がみられる。
「Pa行+ra行」型の動詞
Paru
ものが「parapara→barabara」に割れる、別れる。
別る Waka(分く)←Faka〈(⇔Kafa:皮、側):剥ぐ、吐く〉+karu(離る)。
Piru
ものを「piripiri」破く。屁へを「firifiri」放ひる。
Puru
振る ものを「purupuru」振る。体が「purupuru」震える。
Poru
ものが「poroporo」こぼれる。
こぼる 液体が「kopokopo,gobogobo(⇔poko:凹)」音をたてて、
掘る(→降る、漏る)。
この系列の擬音語・擬態語は、ものが「短時間に壊れて、細かくなる」様子を表わし、
「purupuru」も小刻みに震える状態をさしている。ここから「Pi→Piru(水が干る)」は、
一塊の水が水滴をへて水蒸気になり、蒸発する様子を表現した言葉と考えられそうである。
「parapara」の関連動詞は、本来「Paru(張る、貼る)」だが、「paripari→baribari(張り 切った)」結果の「Paru→Waru(割る)」に変化し、「Waru(割る)→Paru(貼る)」も、言葉 の変化とは逆の関係をみせるのは不思議な現象である。
「paraparaに別く、分く+離る」に発した「別かる、分かる」意味はわかるが、おなじ 文字をあてた「分かる=判る、解る」は、ものを分解して原因の究明(Wakaru←Fakaru=
剥ぐ、吐く+刈る、離る=計る、測る、量る:解体して内部構造の解明)を意味したのかもし れない。
ものが「poroporo」こぼれる様子は、動詞の「Poru(掘る)→Moru(漏る)」に残され、
おなじ変化をした「Poru(掘る)→Moru(盛る)」動作の因果関係を表わすと同時に、「盛る
(∩型、増加)⇔漏る(∪型、減少)」という逆向き動作を一つの動詞にまとめたのも、倭 語の際立った特徴と言えそうである。さらに「掘る→Woru(居る)」が竪穴式住居の生活を 暗示することは興味ぶかい。「Pa→Wa」行の転移も縄文時代の早い時期と考えて間違いない ようである。
このように、破裂音の「Ka・Sa・Ta・Pa 行+ra 行」型の動詞には、オノマトペに共通表 現が残されているが、「Na行+ra行」型の動詞にこれが希薄なところも興味をよぶ。
「Na行+ra行」型の動詞
Naru,Niru
オノマトペの「naranara,niriniri」はない。
Nuru
塗る 「nurunuru」した土、泥(丹など)を塗る。
Noru
乗る 「noronoro」乗る、祝る、宣る。
この系列語は、「nurunuru,noronoro」など、地面に「Neparu(根張る、粘る)」性質を基 本においた様子が感じられる。これはナ行の地形表現が「Na(地面、海)。Ni(土、泥)。Nu
(沼、野)。Ne(根:地中)。No(野)」と地表面、水面を表わす様子に関係したようにみえる。
たとえば「Na行+ta」は、「Nata(灘、雪崩)。Nita(仁田:∪型湿地⇔谷)。Nuta(垈、沼田:
湿地。饅:魚貝類と野菜の酢味噌和え)。Neta(根太⇔種)。Nota(野田:台地端、湿地端)」に 使われたのも一例で、濡れて「nurunuru」した土、泥を「Neru(練る)」関連表現も大切で ある。この辺から、十分に文章を練った祝詞の り とは「noronoro」宣られた様子が想像されて、
「noronoro」した乗り物も、乗馬の風習が古墳時代中期(5世紀)頃の移入、牛車の利用も 奈良時代に想定されているので、牛馬に発したものではなさそうにみえる。
現代の乗り物「Nori+rimo⇔mori(盛る、漏る)+mono(容器)」は、超満員の乗客をの せて走る交通機関を指すが、混雑が一向に改善しないのは、『言霊』の威力の所為だろうか?
しかし交通機関がなかった時代に生まれた乗り物は違った次元…「Noru(乗る)の関連動詞 のNeru(寝る)、Neru(練る)、Nuru(塗る)、Naru(鳴る、生る)、Niru(似る)」+rimo⇔mori
(漏る、盛る)+mono(∪型容器)…からの命名にみえるところも興味ぶかい。
「Na行」を使った言葉に擬音語が少なく、「Pa行」から転じた可能性が高い「A・Ma・Ya・
Wa行+ra行」型の動詞には、同一母音を連続させる重畳型オノマトペの擬音語がないのも、
倭語の特徴といえる。
「A, Wa行+ra行」型の動詞 Aru
「araara」は、思いがけないことにあって発する感嘆詞。
Waru
「warawara」は、バラバラになる擬態語【古語】。 Uru
「uruuru」目頭がうるむ【古語】。 Oru
不安にかられて「orooro」する。
「A, Wa行+ra行」型の動詞…「aru:有る、在る。uru:売る、得る。Oru←woru:居る、
折る」…と、重畳型オノマトペ「araara,uruuru,orooro」などの擬態語の関係はうすく、
「A 行」の原型と考えられる「Pa→Ha 行」の、「parapara→harahara(warawara), pururu, poroporo」との関連を考えたほうが良さそうである。このような縄文時代の言語変化を、
いま私たちが使っている言葉から類推できるのが、『日本語』の素晴らしいところである。
「Ya行+ra行」型の動詞 Yuru
揺る ものが「yuruyuru」ゆるむ。
Yoru
寄る 人が「yoroyoro」よろめく。
「Ma行+ra行」に関連する重畳型オノマトペはないが、「Ya行+ra行」の「揺る、緩む、
寄る」に関係した「yurayura,yuruyuru,yoroyoro」は、ゆっくり揺れうごく動作(水平 方向)に使われ、「purapura,purupuru,poroporo」ふらつく表現(垂直方向)と共通の意 味を持っている。
動詞の「揺る、緩む」は、「振る(Puru)→Yuru(揺る)」「緩む=揺る+rumu⇔muru〈群る:
固定したものに揺れ(Yure,Bure←Pure)が頻発する〉」状況から変化したのであろう。「Yoru
(寄る)」の原形には、「Poru(掘る)」から転じた上下方向の「∪型:漏る。∩型:盛る」
に似た、進行方向の「∪+∩型≒yoroyoroした寄り道にporoporoこぼれる」意味も考えら れそうで、「Pa→Ya」行の転移がオノマトペ、基本動詞に残るのが重要である。
本書が「Pa行」からの変遷を推理する「A,Ma,Ya,Wa」行のなかで、「Ya行」の分化を もっとも早い時期(先土器~縄文時代草創期。刃:Pa→Ya:矢。おぶ:Pu→Yu.湯:煮沸用土 器の使用)におくのも、動詞にオノマトペの関連表現が残されていること、四段活用動詞の 連用形(Yi)が早い時期に失われたことによる。「Pa→A, Ma, Wa」行の分離は、少なくとも 縄文時代前期には行なわれていたようで、地名の命名年代の確立と、言語学・考古学上の 精密な分析から明らかにされるであろう。
こうして、「50 音+ra 行」型の基本動詞群を眺めると、言語体系の根幹にすえた見事な 論理性が浮かびあがる。このような普遍的な論理が倭語の特徴であり、言語構成の基本に
『大自然の音』を置いたところは、とくに注目しなければならない。
ごく自然な造語法は、自然音を聞きなれた人であれば、言葉の成立過程を十分に理解で きるわけで、二音節の動詞をはじめ、大多数の言葉が同じ造語法であるため、倭語が普及 して継承されたのと推測できる。この辺は狩猟採集時代(先土器~縄文時代)の人々が信仰 の基本においた、大自然への精霊信仰(アニミズム)が参考になり、八百萬神の音をもとに 構成した倭語が、『言霊』として崇拝されたのだった。
このようにみると、『倭語の韻律』は人為的に創作したものでなく、『自然界の音』の論 理を反映した現象と捉えられる。隅々まで細やかに、精緻に構築された倭語の体系は、ど うみても人類が独創した作品とは考えにくい。ここには「神の力=大自然の法則」が加わ っている、としか感じられないのである。
そこで、自然界の法則とはどのようなものか、過去から現在にいたる『倭語→日本語=
倭語+漢語+英語』のどんなところに、痕跡が残されているかを検証してゆこう。