■アブストラクト
保険学の研究者数は大学における講座とともに減少の一途を辿っており,
また高齢化もハイピッチで進んでいる。その原因の一つは,保険もファイナ ンスの一領域ということで理論的に一般化されてしまったからだともいう。
もっとも,一般庶民の生活に保険が遍く行き渡っている今日,保険契約をめ ぐる法的紛争は枚挙にいとまがなく,法律を学ぶ学生からの保険法へのニー ズも高い。その意味では,保険法学者の需要は少なくないし,弁護士などの 実務法曹が保険学会で活躍する場面も増えている。
しかし,保険法学者の再生産は十分に行われているとはいいがたい。本稿 では,わが国の保険市場が当初から胚胎している⽛企業保険⽜を中心と考え る認識と,そのことから,大学や司法制度が保険に対して有している専門家 同士の取引領域という認識が,保険学は元より保険法研究者の養成を困難に していないか,という視点から論じ,さらに今日の法学教育が,リーガルマ インドを養成する従来型の法学部,法(律)学科,という括りで行われにくく なっている現状に視点を置く。すなわち,18歳人口の減少もあって,政策型 学部・学科・講義科目の台頭とともに,主流であった民商法教育のウエイト が低下したことで,その一分野である保険法が,現代市民にとって必須の知 識であるにもかかわらずスポイルされることになったのだと論じている。
■キーワード
保険契約,保険会社の地理的分布,契約法の改正
保険法研究者の再生産への取り組み
今 井 薫
*平成29年10月28日の日本保険学会大会(滋賀大学)報告による。
/ 平成30年⚑月29日原稿受領。
⚑.問題の所在
大学における保険論講座の減少ないしは衰退が喧伝されてすでに久しい。
その理由については,保険論の理論的バックグラウンドの変化が大きかった のだと思われる。米山高生教授は,かつて巷間言われるところ百家争鳴状態 にあった保険論を,水島保険学が⽛経済学や歴史学という隣接科学の理論的 枠組みから保険を理解し,それを政策的に利用できるほどまでに高めた⽜結 果,それを実務の変化に従属的な学問から,その変化にも左右されない理論 的枠組みをもった学問に変容したからだと指摘されている1)。また,これを 証明するように水島一也博士の後継者たる高尾厚教授は,保険を純粋危険下 でも成立するプット・オプションであると看破するに至るのである2)。
しかし,ベルギー・アンヴェルスの高等商業学校(1852年創立)に範をと ったわが国の高等商業学校3)の教育システムにおいて,保険論は基幹科目と して,当初から金融・銀行・保険の枠組みの中で講じられては来たのではあ るが,それが海運論あるいは交通論がそうであったように,競争や資源配分 の問題として経済学的に論じれば足りるのかというと話は別なように思われ る。けだし,いわゆる海運が運送人や荷主というプロフェッショナル間の制 度として構造化されれば足りるのに対し,保険はとくに今日ではあまねく一 般の消費者に販売されていく商品として,内在する紛争の芽を事前に摘み取
1) 米山高生⽛大学院教育における保険・リスクマネジメント教育の体系化と組 織的活用 欧米の大学院教育の経験を踏まえて ⽜保険学雑誌623号(⽛保険教 育特集号⽜2013年)28頁。
2) 高尾厚・保険とプット・オプション(千倉書房,1998年)38-41頁。
3) 早稲田の商科も同じであるという。猪谷善一⽛ベルギー・アンヴェルス商科 大学と日本⽜早稲田商学241号(1974年)14-21頁。もっとも,1892年までは
⚒年制であったという。石川文吾⽛アントワープ高等商業学校ノ近状⽜国民経 済雑誌8巻4号(1910年)92頁。なお,同論文によれば商業学士号は1876年から,
また1905年からはさらに⚒年の実務教育を経て商業学博士(doctorat en scien- ces commerciales)号が授与されるに至ったとする。
る努力をつねに要するからである4)。もとよりこれは保険契約だけの問題で はない。すなわち,すでにケルン大学の故・ディーター・ファーニー教授は,
⽛保険契約法は,商品設計の経営経済的な任務,つまり販売および企業内的 給付設計の観点からは不可欠の要素である⽜とし,また⽛商の独自性は,保 険契約法や監督官庁により認可された保険監督法により制約されている。換 言すれば保険監督法の変更はなるほど可能ではあるが,認可手続きはしばし ば時間を要するし煩瑣だ⽜として,契約解釈や政策的な規制から保険はつね に自由でないとしていることからも明らかである5)。
⚒.わが国保険の制度的在り様
ところが,わが国の保険学は,かかる保険契約に内在的な側面を強く主張 したことは少ないように思われる。これは,保険業界という合法化されたカ ルテル体制の下で,全社が同一商品を同一料率で販売してきたということに よるものと思われる。その結果,1995年の保険業法の改正までは,保険業務 にさほど通暁しない副業的な損害保険代理店でも,顧客との重大なトラブル をさほど露呈することがなかった6)。また,反面では高コスト体質を業界に 温存することになった。
わが国は,筆者もかつて指摘したように,明治期に至るまで保険に類する 制度というものは存在しなかった。これは出自集団や村落共同体,果ては江 戸幕府に至るまでに強く残存した互酬性慣行により,損害を共同体において 吸収するシステムが長く維持されたことによる7)。したがって,明治維新と
4) これが意識されなかったのは,イノベーションを妨げることで消費者保護を 実現してきたわが国行政のスタンスにあったといわれる。大森泰人/中沢則夫
/中島康夫/稲吉大輔/符川公平・詳説金融 ADR 制度[第⚒版](商事法務,
2011年)4-8頁。
5) Dieter Farny, Versicherungsbetriebslehre, Karsruhe 1989, S. 110.
6) 安井敏晃⽛損害保険業の新潮流⽜水島一也博士喜寿記念論文集刊行委員会 編・保険制度の新潮流(千倉書房,2008年)113-116頁。
7) 今井薫⽛荒野のエクリチュール 文化思想としての保険 ⽜国民経済雑誌
ともに導入された保険は,なかなか庶民の需要として定着しなかったのであ る。
たとえば,渋沢栄一を設立発起人とする東京海上保険会社の場合,蜂須賀 茂韶(阿波),毛利元徳(長州),前田利嗣(加賀)あるいは徳川慶勝(尾 張)など,当初は鉄道事業の経営を視座に入れていた旧幕時代の雄藩の元藩 主たちの出資による事業であったことはつとに知られるところである。実際,
彼らは鉄道事業,紡績事業,金融業などのスポンサーでもあったが,東京海 上社は郵便汽船三菱会社(のちの日本郵船)や海外取引に積極的な三井物産 を代理店に,比較的安全な海上貨物のみを保険種目としてスタートしてい る8)。
他方,生命保険に目を転じても,今日の明治安田生命保険相互会社の前身 のひとつである1880年に誕生した⽛共済五百名社⽜の場合も,類似の傾向が 認められる。すなわち,同社のスタートは安田善次郎が主宰した社交グルー プ⽛偕楽会⽜のメンバー11名を発起人として設立された名望家による会社で,
500名からなる社員が死亡する都度,生存社員が⚒円ずつを拠出して金一千 円を死亡した社員の遺族に贈るという賦課方式の給付事業であったという9)。
170巻⚓号(1994年)70-73頁。これをお雇い外国人のひとり B.H.チェンバレ ンは⽛自称キリスト教的国々の制度よりも,実際にははるかにキリスト教的で ある⽜と述べている。B.H.チェンバレン(高梨健吉訳)・日本事物誌⚑(平凡 社東洋文庫,1969年)309,310頁。
8) たとえば,東京海上日動火災保険株式会社・東京海上百二十五年史(DNP 年史センター,2005年)3-7頁。また,一時保険金支払いに窮した同社に保険 金の割賦払いを認めたり,船舶保険を扱う際にも出資した政府のバックアップ もあった。
9) 安田生命保険相互会社・安田生命百二十三年史(DNP 年史センター,2003 年)3-5頁。システム的には⽛講⽜あるいは⽛無尽⽜。死亡者は以後参加できな いので,江戸時代禁止されていたという⽛取退無尽⽜(公事方御定書では,企 画者は遠島)に近く,その後経営危機に陥ったというのは当然かもしれない。
森俊六郎⽛無盡講の研究⽜(一)~(五)法律新聞大正四年五月二十五日~六月十 五日参照。
これまた,損害保険事業同様,むしろ講ないしは無尽的な発想から名望家の 社交の一環として誕生したもので必然的ニーズに基づいてスタートしたもの とはいいがたかった。
ここで,ドイツの例を見てみよう。2016年版の⽛Statistisches Taschenbuch der Versicherungswirtschaft⼧10)によれば,2015年度のドイツにおける保険 会社数は,再保険会社28社を含む539社(うち生命保険専業会社が84社,医 療保険専業会社が47社)であり,元受保険料は暫定で1939億ユーロ(生命保 険で936õ6億ユーロ,損害および傷害保険で644億ユーロ,民間医療保険で 368億ユーロ)であるという11)。ドイツでも保険会社の数は近年減少傾向に あるが(1980年度には総計809社,1990年度には729社,2000年度に659社,
2010年度に582社であった),それでも日本とは比較にならない保険会社数で ある。しかも,これら保険会社の本社は圧倒的にドイツ各地に分散していて,
ほとんどすべての会社の本社機能(沖縄以外に営業店舗をもたない大同火災 を除き)が,東京に集中しているわが国とは著しい対比を示している。この 傾向はアメリカ合衆国でも同様である。2015年度の保険会社数は全米で814 社あり本社所在地もドイツ同様分散的である。
このような保険企業分散の状況についてアメリカの例をさらに見ておこう。
たとえば保険事業に従事する者の占める割合は全米人口の0õ98%ほどである が,この数字は,全米各州にも同じように反映している。各州の保険業人口 は,少ない方でアラスカ州の0õ38%,多い方でアイオワ州の3õ47%,コネテ ィカット州の1õ94%という例を除くと,ほとんど上下⚒割程度の誤差の範囲 に収まるのである。ちなみに,ニューヨーク州でも0õ99%であるから,まっ たくもって平均値を出るものではない。
10) Gesamtverband der Deutschen Versicherungswirtschaft e.V., Statistisches Taschenbuch der Versicherungswirtschaft 2016, Karlsruhe 2016, S. 1.
11) わが国の損害保険協会加盟保険数はわずか25社,その元受保険料は,2016年 度 で 4 兆 9736 億 円 で あ る。http: //www. sonpo. or. jp/news/statistics/syumoku/
pdf/index/shumoku1703.pdf
最後に,イタリア保険業の例も挙げておこう。現在イタリアの保険業協会
(Associazione nazionale fra le imprese assicuratrici)登録会社は,外国会社 を含め224社ある。経済力が著しく偏在するという南北問題を抱えたイタリ ア的制約のため,ドイツやアメリカ合衆国とは若干様相は異なる。すなわち,
本社所在地はイタリア経済のセンターであるミラノないしミラノ周辺が圧倒 的に多く,これに外国会社の多くが本社を置くローマが続くという状況であ る。しかし,それでも,いまなおトリエステを本社とする著名なジェネラリ 社をはじめ,南チロルのトレンティーノ・アルトアディジェ特別州を含む,
ローマ以北の各州に,保険会社の本社は遍く分散しているのである12)。 これを見ても,保険事業というものはむしろドメスティックな色彩が強く,
サービス提供の自由,設立の自由が認められている現在でも,在地の市民を 対象とした事業であるのが一般で,わが国のようなメガ金融機関化しようと する業態の方が,むしろ特殊であるということができる。
⚓.保険商品を通じての在り方-ドイツの例-
それでは,保険会社が取り扱う保険商品に視座を転じてみよう。ここでは 比較の対象として,ドイツの例を瞥見しておこう。
筆者は,かつてベルリンの壁崩壊時代,ノルトライン・ヴェストファーレ ン州のミュンスターに滞在したことがある。当時の同地の人口は約27万人,
現在でも30万人程度の,日本の感覚でいえば都市順位70位前後(東京23区を 除く)の地方の都市(愛知県の春日井市,福岡県久留米市レベル)に過ぎな いが,人口が地方分散的なドイツでは,これでも順位20位の立派な大都市で
(市域が広いので,人口密度は低い),同州の副都(首都はデュッセルドル フ)の地位を占めている。その関係で,大学を含む州政府関連の公的機関も 同地には少なくなかったが,保険企業の本社も二つ所在していた。その一つ
12) http://www.ania.it/it/servizi/imprese-associate/
が,公的な貯蓄銀行(Sparkasse)13)を母体とするドイツ第二位の公的保険企 業グループである⽛北西部地方ホールディング株式会社⽜(Provinzial NordWest Holding AG)14)である。この傘下には,⽛ヴェストファーレン地方 保険株式会社(Westfälische Provinzial Versicherung AG)⽜(本社:ミュン スター),⽛北部地方火災金庫株式会社(Provinzial Nord Brandkasse AG)⽜
( 本 社:キ ー ル ),⽛ 北 西 部 地 方 生 命 保 険 会 社( Provinzial NordWest Lebensversicherung AG)⽜(本社:キール),そして⽛ハンブルク火災金庫 株式会社(Hamburger Feuerkasse AG)⽜(本社:ハンブルク)がそれぞれ 100%子会社として存在している。そこで,ここではハンブルク火災金庫を 中心に見ていくことにする。
北西部地方ホールディングの100%子会社であるハンブルク火災金庫は,
その創立が1676年11月30日という,現存する保険会社としては世界最古の伝 統を有していると称している(当時は General Feur-Cassa と呼称されてい た)。市の参事会が設立に関わった公保険企業であるため当時保険契約を引 き受ける営業領域は,ハンブルクの旧城壁の内側に限られていたが,1833年 に新価保険を導入した同社は,1840年ころには西はアルトナ市域の境界(現 在の Stõ Pauli 地区)15)まで,北と東は都市郊外の田園地帯(北は Alsterdorf 近郊まで,東は Billbrook あたりまで)にまで広がった(ただし,南はエ ルベ川を越えない)。名称が General Feur-Cassa から今日のものになった 13) たとえば,羽森直子⽛ドイツの銀行構造について⽜流通経済大学論集 経 済・情報・政策編 ,20巻⚒号134頁。黒川洋行⽛ドイツの銀行システムと貯 蓄金融機関の動向⽜平成19年度 貯蓄・金融・経済 研究論文集(ゆうちょ財 団),68-74頁。黒川教授は,貯蓄銀行を世界第一の金融グループであると位置 づけておられる。
14) 株式保有者として,公的機関のヴェストファーレン=リッペ貯蓄組合連合が 40%,ヴェストファーレン=リッペ財産管理有限会社が40%,シュレスヴィッ ヒ=ホルシュタイン貯蓄振替連合が18%,そして東部ドイツ貯蓄組合連合が⚒
%といった割合で持株会社の株式を保有している。
15) 現在のドイツ鉄道の基幹駅ハンブルク・アルトナのあるアルトナ地区は,第 二次シュレスウィッヒ戦争終結の1864年までデンマークの支配下にあった。
の は,1867 年 の こ と で,2004 年 ま で の 本 社 ビ ル が 今 日 の 中 央 駅 の 南
(Kurze Mühren 20)に設けられたのも19世紀末のころである16)。同社は,
いまなお決して巨大な企業ではないが,現在でもハンブルク市の居住用 建物の65%を引き受けているという。同社の扱う商品は,建物保険,在 庫 品 保 険( Inventarversicherung ),利 益 保 険( 営 業 中 断 保 険 Ertragsausfallversicherung ),食 品 衛 生 法 な ど に よ る 営 業 停 止 保 険
(Betriebsschließungsversicherung)のほか,建築関連では建設給付保険
(大工や職人および建築会社などを対象とする)などを,またドイツの性質 上責任保険関係(役員賠償責任保険や身元保証保険など)のいくつかを扱い,
そのほかに農業関連の保険や企業年金,従業員扶助基金,企業老齢補償基金,
経営者老齢補償基金,それと傷害保険などを取り扱っているが,自動車保険 などはその射程ではないようである17)。
保険についての相談(ある企業にとって,事業特性に効果的な付保など)
は,本店のほか代理店が対応するとなっているが,同社の代理店は,すべて ハンブルク近郊(本店から15キロ以内)にあって,付保を希望する者が,自 己の郵便番号や通りの名称で検索すれば,ホームページにより本店または代 理店までの距離が明示される18)。実際,このグループの各社(同じ公営企業 でデュッセルドルフに本社を置くラインラント地方保険会社も)は,⽛いつ もそこに,いつもそばに(Immer daó immer nah)⽜を宣伝文句としている ことから,いつでも商品について相談に乗れて,いつでも駆けつけるという ビジネスモデルが,インターネット保険とは別に成立しているように思われ る19)。
16) 2004年からは,市役所近くの商店などが蝟集する Kleinen Burstah 6-10に本 社移転している。専従従業員数はいまや204人と小ぶりなので本社も小規模。
17) https://www.hamburger-feuerkasse.de/content/firmen/versicherungen/など。
18) https://www.hamburger-feuerkasse.de/content/_resources/beratersuche/ind ex. html? berater=Hamburg&selected=false&selectedCityName=false&kanal=&
kanal=0#query=53.584,9.983,8;method=BY_GEOLOCATION;kanal=0
19) 同グループのヴェストファーレン地方保険会社では,同地方の深夜バス運行
ミュンスター市に本社を置くもう一社の保険会社は,1896年に農業従事者 のために設立された LVM 農業保険相互組合ミュンスター(LVM Land- wirtschaftlicher Versicherungsverein Münster aõGõ)である。いかにも村 落共同体的名称にもかかわらず,顧客数340万人,保険料収入4ó600億円で全 ドイツで20番目の規模,自動車保険ならトップ⚕にランクされるという大手 の保険会社である。同社は,その名称にもある通り,1896年にヴェストファ ーレンの農民の賠償責任を担保するために農民たちによって設立された保険 相互組合で,すでに言及した通り,いまや全国規模の法人となっている(代 理店網も全国展開)。しかし,たとえば,第一次大戦後1920年代の悪性イン フレ時代には,価値下落が著しかったライヒス・マルクに代えて彼ら農民の 生産したライ麦をもって保険料とするなど顧客が農家ならではの手法がとら れたことで有名である(結果的に利益が出たという)。その後,1926年には この地方が乗馬用の馬の産地でもあったので動物保険に保険商品を拡大し,
そこからさらに自動車保険を展開する一方,農業者だけでなく,ヴェストフ ァーレンの小集落に居住する非農業者へも販路を拡張した。今日,一般の大 規模保険会社のひとつとなったわけだが,同社は,いまなお相互保険組合の 形式をとっており,それを顧客利益のための法人であるという宣伝に利用し ており,また雑誌⽛Focus⽜において,⚒年連続で優秀雇用者の第⚒位にノ ミネートされてもいる20)。
⚔.わが国の保険企業の現状
翻って,わが国の保険実務を見ると,諸外国に比べると相対的に保険会社 の数が少ないことに気づかされる。たとえば,損害保険協会加盟会社は26社,
生命保険協会加盟保険会社41社,これに外国損害保険協会加盟会社が20社加
サービスなども行っている。https://www.provinzial-online.de/content/privat/
index.html
20) https: //www.lvm.de/wps/portal/lvm/die-lvm/unternehmen/wir-als-arbeitgeb er/auszeichnungen/bester-arbeitgeber-focus
わり,いわゆる一般に保険会社とされているものは生損保合わせて87社にす ぎない。これらとは別の規律による少額短期保険業協会加盟95社(準加盟⚑
社)を加えても最大182社がわが国の保険マーケットで活動していることに なる。しかし,問題は本社所在地の偏在であろう。損害保険協会加盟会社中 東京を本社としないものはわずかに⚑社(沖縄の大同火災海上),生命保険 協会では FWD 富士生命,住友生命,大同生命,日本生命の4社が大阪を本 社としているが,本社業務の大半は東京であり,外国損害保険協会加盟会社 に東京以外を本社とするものはない。わずかに,平成30年⚑月⚙日現在,各 財務局に登録された少額短期保険会社には,北海道札幌市を本社とするもの
⚒社,宮城県仙台市を本社とするもの⚕社,神奈川県を本社とするもの⚗社
(横浜⚔,川崎⚑,平塚⚑,大和⚑),埼玉県さいたま市を本社とするもの⚑
社,千葉県東金市を本社とするもの⚑社,長野県を本社とするもの⚒社(松 本⚑,佐久⚑),山梨県甲府市を本社とするもの⚑社,静岡県沼津市を本社 とするもの⚑社,大阪府を本社とするもの⚘社(大阪⚗社,守口⚑社),奈 良県王寺町を本社とするもの⚑社,広島県を本社とするもの⚒社(呉⚑,福 山⚑),徳島県徳島市を本社とするもの⚑社,福岡県を本社とするもの⚔社
(福岡⚑,北九州⚑,久留米⚑,筑紫野⚑),そして沖縄県那覇市を本社とす る⚑社がある。首都圏外の本社率で約28%,関東近県もこれに含めれば,非 東京本社率38õ5%で,一般の保険会社に比べると地方分散率はある程度高い が,名古屋圏や日本海側にないことなど,やはり偏在の域を出ない。もっと も,資本金も⚑千万円以上ときわめて財政基盤は脆弱で,損害保険ないし生 命保険の契約者保護機構にも加入していないので,これらを一般の保険会社 と同列に扱い得るかは疑問である。また,保険契約期間,保険金にも厳しい 制約があるため,商品特性にもさほどの特殊性も認められない。わずかに,
在日外国人労働者を対象とした株式会社ビバビーダメディカルライフ(本 社:神奈川県大和市)21)のように,被保険者死亡の際の家族の本国からの呼 21) http://vivavida.net/jp/plan/meds/ ブラジルからの住民を対象にしており,
び寄せ費用や遺体の処理・本国への搬送費用までを付保対象としたものなど に特色があるにとどまる。
その結果,わが国の保険会社,とくに損害保険会社の傾向としては,国際 取引を行うメガ・バンクが三社に集約されたように,東京海上日動,損害保 険ジャパンおよび三井住友海上の三社体制に集約され,これら企業は巨大金 融機関化の道を歩んでいるといってよい状況にあるといえよう。生命保険の 場合は,そこまで顕著ではないし,また資本系列の上でも同列には論じられ ないものの,初期に設立された伝統的な会社については,やはり同じ流れの 中にあるように思われる。
その結果,あえて誤解を恐れずにいえば,保険会社の視線はファイナンス の目線に傾斜して,消費者ニーズに密着した商品の目線からは離れがちであ るということはできないであろうか。たとえば,保険商品の中身は,たしか に広がり,細かくはなってきてはいるが,それは消費者サービスに対応した というよりも,一度つかんだ保険料を,たとえば交通事故の減少などによっ て手放したくないために,消費者の実益に沿わないサービスを付加してしま っていることにはなっていないとはいえない22)。前述のように,オーソドッ クスな保険学は,米山教授の言を借りるならば⽛実務に従属的⽜であったか もしれない。しかし,個別の商品に関する研究や約款に関する研究は,地味 ではあっても保険論研究者によって展開されていたように思われる。
さりながら,金融機関化の流れの中にある多くの保険会社を待っている状 況はバラ色ではない。わが国の主要銀行の貸出利ザヤは減少の一途をたどっ ており,銀行の資金利益は一貫して減少しているので,大手銀行は国際部門
医療費の自己負担分を保険給付する商品などを販売している。2017年にはあい おいニッセイ同和損害保険会社と業務・資本提携したと謳っている。資本金は 4ó500万円。
22) 家計に占める生損保保険料の割合は,21世紀以降,総所得の減少,可処分所 得の減少に比例して一貫して減少している(ほぼ⚔%に近づく)。金融庁・平 成28年事務年度金融レポート(平成29年10月)35頁,図表Ⅰ-2-(2)-2参照。
の貸出を増加させ,あるいは有価証券投資により収益を確保してきている23)。 その結果,海外向け与信残高は英米独仏などの主要国がおおむね横ばいで推 移しているのに対し,わが国は一貫して増加し,2016年度にはこれら先進諸 国のトップに躍り出た24)。新興国向けは,さすがにまだそこまでではないも のの,ここへきて慎重な独仏を凌駕し始めている。そして,わが国生損保も,
メガバンクを追うように,海外証券投資の有力なプレイヤーになってきた。
しかし,わが国のメガバンクは,欧米のメガバンクに比べると収益力が乏し いとの指摘がなされている。マーケットは海外だとはいっても,わが国金融 機関の後発性のゆえに,メガバンクも世界の金融マーケットでは苦戦を強い られているが,さらに,その後を追って金融機関化をめざすわが国保険会社 も,かかる方向にあるとすれば,なお困難が予想されるところである25)。
⚕.ADR の見地から
ところで,損害保険協会の⽛そんぽ ADR⽜が所管する苦情・紛争解決手 続きの下では,持ち込まれた苦情については,当該保険会社に苦情内容を通 知して対応を求めトラブルを当事者間で解決し得るように図るとともに,こ れでも解決できない場合は,紛争解決手続きに移行して裁判外で紛争解決す る手段を有している。もとより,このような紛争解決手法を利用するかは紛 争解決の申立人に委ねられているので,ADR 手続きを利用するか否かは自 23) 金融庁・平成27年事務年度金融レポート(平成28年⚙月),⚖頁,図表Ⅰ-2-
(1)-1参照。
24) 前掲注23),金融レポート⚘頁,図表Ⅰ-2-(2)-1参照。資源価格の低下によ る信用コストの増加も懸念されているようである。しかし,三大メガバンクの 海外貸出金は,ここ10年で⚓倍に増加したといわれるが,それにともなって増 加してきた収益は貸出増にもかかわらず,2016年度には減少に転じている。前 掲注22),金融レポート10頁,図表Ⅰ-2-(1)-1参照。
25) Euro Stoxx 50の一社になっている Allianz が,巨大な利益を上げながらも人 員削減を図ろうと,一時ドイツ最大人口を擁するノルトライン・ヴェストファ ーレン州の営業店舗をすべて閉鎖しようとしたり,手中に収めたドレスナー銀 行を売却したりするなど,巨大化も楽ではないのかもしれない。
由であるが,これを受けた保険会社には手続き応諾・特別調停案の受諾など について一定の義務が課されることになっている26)。
筆者は,この紛争解決手続き委員として関与している。そこでの実感であ るが,たしかに保険金詐欺が疑われる事案,クレーマー的事案,あるいは約 款解釈問題など ADR による和解成立が期待できない事案も少なくないので はあるが,契約締結時に際しての代理店による契約のミスリード,保険会社 による明らかに無理な主張もみられる27)。これらの問題点の所在について,
その論拠を別途議論する価値もないわけではないが,しかし,金額的にもわ ずかで,顧客が訴訟に持ち込むわけがないのを見越して支払いを拒むかに思 われるケースについては,現在のまさに消費者法の時代にいかがなものかと 思われる部分もないわけではない。
26) 大森泰人=中沢則夫=中島康夫=稲吉大輔=符川公平・金融 ADR 制度[第
⚒版](商事法務,2011年),74頁。もっとも特別調停案については,会社側が 応諾しない場合は原則的に訴訟に移行するため,申立人には訴訟に引きずり出 されるリスクもある。同書190頁。
27) 玄関通路と庭を仕切る垣根が台風で倒壊した例。⽛門,塀もしくは垣または 物置,車庫その他の付属建物⽜について担保すると約款には記されているのに,
塀とは,敷地などの境界線に設けられる連続した壁だと辞書にあるから,敷地 境界にないものは塀に当たらないと主張した。
ADR が奏功した例を挙げれば,例えば,車両限定特約が付された車両保 険の事例がある。この特約では自損事故や相手が確認できない当て逃げの場 合には保険保護されないのであるが,台風・洪水・高潮による損害や飛来 中・落下中の物との衝突などは通常の車両保険と同様保険保護の対象となる。
さて ADR の事例では,申立人が豪雨のさなか富士山中腹の職場に向かうた めにドライブウェーを走行中,沢の逸水により車両が流され車両が損傷した。
なにしろ場所が富士山であるから,明確な流水のある川の存在は認められな い。そこで,約款による保険保護の対象である⽛洪水⽜には当たらない(お そらく運転を誤ったことによる自損事故)として保険会社側は保険金支払い を拒絶したのである。しかし,申立人はこれに納得せず克明に調査した結果,
その部分を管轄する自治体土木部が通常水のない当該沢について,河川と評
(図⚑)
年 度 別 苦情解決手続き 紛争解決手続き 2014年度 第⚑四半期 705 136
第⚒四半期 686 155
第⚓四半期 702 111
第⚔四半期 1027 118
2015年度 第⚑四半期 1279 126
第⚒四半期 1170 137
第⚓四半期 1103 125
第⚔四半期 1068 141
2016年度 第⚑四半期 1153 140
第⚒四半期 1079 125
第⚓四半期 1062 110
第⚔四半期 1118 128
2017年度 第⚑四半期 951 107
第⚒四半期 947 109
そんぽ ADR が受け付けた苦情・紛争解決手続きの件数
価していたことが明らかになって,保険会社もこれを容認して保険金が支払 を支払うことに同意した。これは,地域特性にも配慮したまったく ADR 制 度に適合した事例と考えられる。
企業保険の時代には,当事者双方が知力を尽くし裁判所において法律論を 展開することは,保険法学の進歩という面では歓迎される。しかし,零細な 消費者,しかも決して不良顧客とは思えないものについて,あえてためにす る議論を展開することは好ましいことではない。保険商品について,ミクロ 的視座から研究すべき保険論学者が存在しない,あるいはこれをあえて行わ ないということは,すべての紛争という形での事後解決しかなしえない法学 者に委ねられることにならないであろうか。
たしかに,保険紛争の裁判例は増えてきている。しかし,あまり争っても 意味がないと思われるものが ADR に持ち込まれる例も少なくない。例えば,
広島県中央部の過疎地に自宅・駐車場のある申立人が,被保険自動車で自宅 駐車場から数百メートルの細い農道を通って県道に出,職場に向かう際に,
農道の右折地点でハンドル操作を誤りずるずると田んぼに転落,フロント・
バンパー付近を損傷した事例(損害額12万円)がある。これに対して保険会 社は,通常はもう一本別の農道(自宅から見て本件農道の後ろ側にあり若干 道幅が広く職場にも近いが距離的に大差があるわけではない)から県道に出 て仕事に行くはずだとして,故意の事故招致免責を主張した。これに対して 申立人は,妻から頼まれていたパンを買いに行くためとか,霧が出ていたの で運転を誤ったとか,主張しなくてもよいような抗弁をして,かえって話が 輻輳した。しかし,事故状況を少し調査すれば容易にわかることだが,損害 は軽微で,事故招致をあえて疑うような事例ではなかった28)。保険会社に運 転者が受傷しない程度の自損事故即事故招致という思い込みがあると,法律 論としては,たしかに事例の大小を問わず論じうるのであるが,保険会社の 28) この事案では,保険会社に意見聴取した際,申立人は12万円で納得している
旨を告げると,保険会社は⽛なんだ,それなら払う⽜と回答した。
費用対効果も疑わしいので,むしろ事前の商品設計において,近年沈黙する 保険論学者の助力による商品設計が必要かと思われる29)。
⚖.保険法学者の再生産に向けて
さて,筆者もかつて指摘したように,商学分野の保険論とは異なり,保険 法分野は決して法律学の斜陽領域とは言えない。それは,神戸大学の榊 素 寛教授が,そのシラバスにおいて,この時代に保険とかかわらずに生涯を終 える者はほとんどいない,という趣旨のことを書いておられたように,学生 にとって私的生活の上でも絶対的に理解しておきたい法領域であり,また就 職先としても,金融分野を希望する学生にとって,魅力ある職域でもあった からだ。
ちなみに,筆者が各大学のシラバス検索により調査したところ(部外者が 閲覧できない大学もあるので完全ではない),保険法が開講されていない大 学はむしろ少ないことが分かる。また,保険法の担当教員を出身大学院(学 卒助手を経ている教員については大学)別に調査したところ,国公立大学に ついては昭和24年の新制大学発足時に法学部を有していた旧制以来の大学
(旧七帝大と一橋,神戸,大阪市立。このうち一橋は発足時法学社会学部だ が昭和26年に法学部,大阪市立は法文学部だが昭和28年に法学部としてそれ ぞれ独立)と筑波大学(旧東京教育大学文学部には社会科学科があり,法学 政治学系⚕講座が設置されている)30)が,私立大学については,早慶両大学 をはじめ,中央,明治,上智,法政,日大などの関東大手・有力校と関西の 有力校を中心に総数で12校がここに含まれている31)。これらほとんどの大学 29) 飛来物一般を担保すると規定すると,微細な飛び石事例でも保険金請求する ケースが多い。保険会社は長年使用による自然の損耗と解するためか,それを 数十事故と評価して支払いを拒絶するケースが多く,顧客には約款の規定から 不満が残る。むしろ,ここでいう⽛飛来物⽜とは,証拠を特定できるような特 殊なケースに限定して約款に規定すべきではないか。
30) 1963年の学則による。http://tue.news.coocan.jp/upu/gakusoku.pdf
31) 関西の場合,有力私学で保険・海商分野の教員が在籍していた同志社や関西
では,他の分野においても多くの教員を輩出した実績を有しているところか ら,保険法においても今後再生産を期待しやすいということができるかと思 われる。学会の役職者についてみると,日本保険学会の理事のうち福田理事 長を含む⚕名,研究者評議員18名のうち⚘名が法律学の専攻者ということに なる。
もっとも懸念材料も少なくない。例えば国公立大学グループでは,一橋大 学の講義科目には展開科目として⽛保険法⽜が設けられているが,所属教員 には保険法専攻者や保険学会員がおらず,実際には講義が行われているか定 かでない。名古屋大学も講義科目の中に保険法関連はない。また九州大学も
⽛商法Ⅲ(商取引法)⽜の中で,営業的商行為として保険業が一,二回程度扱 われるにすぎない。大阪大学は,商法第三で講じられていた保険法が,山下 典孝教授転出後の昨年は開講されていない。大阪市立大学についても講義は 隔年開講されているが(未確認),担当者は銀行法が専門で保険学会員では ないようである。このような現状から,保険法の講義ですら,有力国公立大 学の講義科目から半数は脱落しているのが現状である。もとよりこのクラス の大学であれば,専攻教員が存在しなくても保険法の研究者養成は可能と思 われるが,やはり若干のハンディを覚悟しなければならない。
その他の国立大学法学系学部となると,学部学科再編の波を受けて法学部 を標榜する大学そのものが減少している。たとえば,かつての金沢大学法学 部は人間社会学域の法学類という分類となり,筑波大学も社会・国際学群=
社会学類の中の法学主専攻ということになっている。その中で⽛保険法⽜と いう講義科目の設置を求めることは,法学という本来広い枠組みそのものが 学群・学類の中の子専攻,孫専攻となってしまっているために,商法の一分 野に過ぎない保険法の講義をそこで確保することは極めて困難な状況にあ る32)。これは複合学部名を持つその他の大学一般に言い得ることで,たとえ 学院の出身教員を発見できなかった。ちょうど定年退職や離任などの時期に遭 遇していたためと思われる。
32) 伝統ある筑波大学法学主専攻(社会学類⚔専攻のひとつ)ですら商法担当教
ば,人文社会学部=総合法政コース(山形大学),総合政策学部=地域政策 課程=企業法務専修プログラム(岩手大学),人文社会学群=行政政策学類
=法学専攻(福島大学),人文学部=法律経済学科=法政コース(三重大学)
などがそれである。琉球大学などは,従来の法文学部が観光産業科学部と統 合され,2018年度からは人文社会学部=国際法政学科=法学プログラムとい うことになった。そのため法学専攻が政治・国際関係専攻とともに属してい た総合社会システム学科の定員が,同じ専攻を引き継ぎながらも170名から 80名に減少している。さらに言えば,山形大学の総合法政コースですら学部
⚕コースのうちの⚑つ,岩手大学の企業法務専修も⚕プログラムのうちの⚑
つに過ぎない。これでは,たとえ運よく保険法専攻の教員がいたとしても,
もはや講座制ではないため,その教員が転出し,あるいは退職しても,その 後継者を採用するなどということはほとんど期待できないことになる33)。
その点では,私立大学は18歳人口の減少には脅かされているとはいえ,や や余裕があるということができる。また大手の大学をはじめ,法学部を置く ような大学には就職にも直結する民商法の講義科目のひとつとして保険法が 置かれていることが多い。したがって,保険法の講義を選択する学生も国公 立に比べると多いかと思われる。
しかし,シラバスチェックにより確認できた56私立大学について,問題点
員はわずか⚑名である。http://shakai.tsukuba.ac.jp/staff/law.html(ロースクー ルを除く)
33) 複合学部といえば,戦前の東北帝国大学,九州帝国大学にまで遡り得る⽛法 文学部⽜がもっとも伝統的名称といいうる。戦後は金沢大学,岡山大学,熊本 大学(いずれも1949年)などに承継され,以後愛媛大学(1968年より),鹿児 島大学(1965年より)などに広がっていった経緯があるが,いまやその法文学 部も愛媛,島根,鹿児島の三大学しか存在しない。その中の学科編成も,かつ てのように法(律)学科,経済学科,文学科という明徴な専門学科とは異なり,
いまでは法経学科(島根),総合政策学科(愛媛),法経社会学科(鹿児島)と いう具合に,学科の中身も複合化して専門性が乏しくなっている。むしろ,人 文社会学部であるが法学科(1978年より)を持つ静岡大学と,法政経学部法学 コース(旧法学科)を持つ千葉大学が,もっとも法律学の独立性が高い。
を指摘すると,まず,非常勤または定年後専任が補充されずに元教授により 講義が続いている大学が14大学ある(保険学会員在籍も今年度非常勤委嘱と いう大学は除く)。これとは別に専任教員が講義を担当しているが,専門は 会社法ないし国際取引法で,保険学会に所属していないという大学が⚗大学 ほど存在する。その結果,専門科目としての重要性は理解するが,専任教員 までは手当てできないという大学が三分の一強存在することになる。また,
大手有力大学では専任教員の高齢化の問題も発生している。保険論ほどの切 迫性はないにしても,就職難から後継者養成に手を拱いているうちに,指導 教授が退職年齢に近づき始めている。研究者養成を行うような有力大学の場 合,母校出身の若手を他の大学から戻すなどして後継者を確保する方策がと られるケースが多く,有力大学そのものではあまり問題を生じないのだが,
前述したように各大学において保険法の専門家がとくに希求されるという状 況にはないので,非常勤や隣接分野の教員で補うなどの弥縫策がとられる可 能性が高い。この場合,地方の国公立では担当者が消滅してしまい,また私 立大学の場合は,2019年から始まる18歳人口の一段の減少を受けて,保険法 講座の閉鎖のみならず法学部存続問題も浮上する34)。法学部はすでに人気学 部ではなく,ロースクールの廃止もそれを加速させつつある。
その例を挙げよう。ある大学では経済学部,経営学部,法学部を改組して 経済経営学部とし,法学部門は実質的に消滅した。そこまでではなくとも,
法学部内では学際性,実践性が重視される傾向から国際系科目,政策系科目 に重点が置かれ,従来リーガルマインド養成の基幹科目であったはずの民商 系講座が圧縮されてきている。そもそも旧来の講座制・学科目制はすでに廃 止されて久しいため,学則に学科目として⽛保険法⽜,あるいは⽛保険・海 商法⽜の講義名が残されていても,担当教員が大学を去れば補充は期待でき ない(科目を維持するため元教授を非常勤として手当てするのもそのためで 34) 2005年の205万人をピークに18歳人口は減少してきたが,ここ10年ほどは120
万人前後で推移していたが,ここから一段と減少が始まるといわれる。
ある)。人員配置に余裕のない小規模な法学コースを持つ大学にこの傾向が 強く,目下専任教員のいる小樽商科大学,岩手大学,福島大学についても,
教員の移動があれば予断を許さない(旧高商系は保険論,海運論とのからみ で保険法,保険・海商法を講義科目に置く大学も少なくなかったが,これも 減少傾向である)35)。
このような,人気はあるはずだが補充が効かない,あるいは科目増設が容 易でない状況をどのように克服していくかの問題であるが,もちろん司法試 験科目に⽛保険法⽜を,ということは最短距離である。経済法,環境法など も選択科目なのだからといいたいところだが,商法は⽛会社法⽜のみが出題 される状況下では容易でない(予備試験を除く)。ところで近時,日本海法 学会においては,一時の沈滞を脱しつつある。これは弁護士など実務法曹が ここに多数参入してきていることによる36)。日本保険学会も同じ傾向にある が,これはとくに弁護士の総数が増加した結果,司法試験科目でない,ある いは大学で講義がない分野については一般の司法試験合格者には参入障壁が 高く,これらの分野を専門にする実務家はある程度顧客を囲い込むことが可 能となっているからである。とくに,単に日本法ばかりやっていたのでは埒 が明かない海商法にこの傾向が強いが,契約法でありながら,特殊の法理を 多数抱え込んでいる保険法も同様である。とくに,約款が自由化された今日,
しだいに企業間の約款にも差異がみられるようになってきた。EU では,保
35) 旧高等商業学校の伝統を持つ大学についても調査した結果,⽛保険論⽜を講 義する大学には保険法の講義や,保険学会会員の法学者のいる大学もみられる が,近年は⽛保険論⽜(経済学者やファイナンス学者による内容的に伝統的な 保険論でないものを含む。もちろん保険学会員ではない)そのものが減少し,
保険法学者もそれとともにいなくなる傾向が強い。富山大学や和歌山大学はも はや保険関連の授業が一切ない。
36) 日本海法学会では,集団指導体制で海商法学者を増加させようとした時代も あったが,これは大学の壁が厚くうまく機能しなかった。しかし,弁護士職種 の実務家会員が増加し,学会報告を担うようになったことで,若手研究者は増 加してきたように思われる。
険会社同士の共同行為が禁止され,いまなお地方に多数の本社を抱える保険 各社のサービス内容も多様化しているためか,ドイツの大学では,従来は少 なかった保険法講座が増加傾向にある。わが国でも,顧客ニーズに即した新 しいビジネスモデルの保険会社がやがて誕生するとすれば,法実務家の参入 を介して保険法教育も盛んになるかもしれない。
もうひとつの流れとして(むしろこちらの方が主流かもしれないが),民 法の債権に関する規定が改正されて,第⚒章⽛契約⽜第⚑節⽛総則⽜の中に,
定型約款を規律する新たな款(第⚕款)が設けられた。条数自体は第548条 の⚒から第548条の⚔までの⚓か条に過ぎないが,内容的には相応に細かく 規律されることとなり,また消費者法との関連でも論じられる可能性が高い。
すなわち,実体的規定が置かれたために,民法の債権各論の中で,約款につ いてより詳細に講義がなされ,その際保険約款がモデルとして取り上げられ る可能性は増加した。その意味で,民法の契約法とのコラボレーションによ る保険法研究者養成を考えてもよいであろう(講義科目としては民法という ことになるが)。ちなみに,商法典からかつての手形法,小切手法をはじめ,
今日の会社法,保険法の各分野が単行法として独立していったのは世界的流 れであるが,オランダは商法典を廃止し,保険法も民法典に加えられるとい う状況にある。わが国でも,保険契約の特殊性を,より一般化するかたちで,
民法とともに論じられる余地はあるのではないかと思われる。
(筆者は京都産業大学教授)