■アブストラクト
自動車保険契約の車両条項における⽛偶然な事故⽜の意義及びその主張立 証責任の所在について,最高裁は平成18年から平成19年にかけて相次いで⚕
件の判決を出している。このうち,平成19年の⚓件の判決はいずれも車両盗 難に関するものであるところ,同各判決は,車両盗難事案についてもなお保 険金請求者は(財物の占有移転が)⽛被保険者の意思に基づかない⽜ことま での主張立証は要しないとしつつ,但し,盗難の⽛外形的事実⽜についてだ けは主張立証を要し,かつ,その内容として具体的に①⽝被保険者の占有に 係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと⽞
及び②⽝被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと⽞
という事実を明示した。
しかし,車両盗難事案以外のいわゆる引っ掻き傷事案,車両火災事案,水 没事案及び衝突事案等について保険金請求者が請求原因としてどのような事 実の主張・立証を要するかについてはなお明確にはなっておらず,各地の高 裁裁判例においてもその判断は分かれている。
そこで,本稿では主として盗難事案以外の事故にかかる車両保険金請求事 件について,保険金請求者が請求原因として主張立証責任を負担すべき事実 の内容及び範囲について検討を加えた。
*平成30年⚓月23日の日本保険学会関東部会報告による。
/ 平成30年⚕月28日原稿受領。
車両保険における外形的事実の主張立証 責任
吉 野 慶
■キーワード
車両保険,偶然な事故,外形的事実
⚑ 問題の所在 車両保険を巡る最高裁判決とその射程距離
一般に,自動車保険契約における車両条項(車両保険)においては,⽛当 会社は,衝突,接触,墜落,転覆,物の飛来,物の落下,火災,爆発,盗難,
台風,こう水,高潮その他偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害に 対して…被保険者に保険金を支払います⽜と規定されており1),事故の発生 形態を問わずに損害を填補する,いわゆる⽛オールリスク型保険⽜となって いる。
そして,従前,この車両条項における⽛偶然な事故⽜の意義及びその主張 立証責任の所在については,特に傷害保険約款における⽛偶然な事故⽜に関 する最判平成13年⚔月20日(裁時1290号⚒頁)を契機として争いがあったと ころ,周知の通り,最高裁は平成18年から平成19年にかけて相次いで⚕件の 判決を出している。
すなわち,まず最判平成18年⚖月⚑日(民集60巻⚕号1887頁)は,車両が 海中に水没した事故(以下,この形態の事故を⽛水没事案⽜という)につい て以下の通り判示した。
⽛商法629条が損害保険契約の保険事故を⽝偶然ナル一定ノ事故⽞と規定し たのは,損害保険契約は保険契約成立時においては発生するかどうか不確定 な事故によって損害が生じた場合にその損害をてん補することを約束するも のであり,保険契約成立時においては保険事故が発生すること又は発生しな いことが確定している場合には,保険契約が成立しないことを明らかにした ものと解すべきである。⽜
⽛本件条項は,⽝衝突,接触,墜落,転覆,物の飛来,物の落下,火災,爆 発,盗難,台風,こう水,高潮その他偶然な事故⽞を保険事故として規定し 1) 保険毎日新聞社・⽛自動車保険の解説 2017⽜174頁(2017,保険毎日新聞社)。
ているが,これは,保険契約成立時に発生するかどうか不確定な事故を全て 保険事故とすることを分かりやすく例示したものであって,商法629条にい う⽝偶然ナル一定ノ事故⽞を本件保険契約に即して規定したものというべき である。⽜
⽛したがって,車両の水没が保険事故に該当するとして本件条項に基づいて 車両保険金の支払を請求する者は,事故の発生が被保険者の意思に基づかな いものであることについて主張,立証すべき責任を負わないというべきであ る。⽜
次いで,最判平成18年⚖月⚖日(判時1943号11頁)は,車両の表面に引っ 掻き傷が付いた事故(以下,この形態の事故を⽛引っ掻き傷事案⽜という)
について,上記水没事案に関する同年⚖月⚑日判決とほぼ同じ判示をした上 で
⽛したがって,車両の表面に傷が付けられたことが保険事故に該当するとし て本件条項に基づいて車両保険金の支払を請求する者は,事故の発生が被保 険者の意思に基づかないものであることについて主張,立証すべき責任を負 わないというべきである。⽜
と判示した(以下,必要に応じてこの⚒つの判決をまとめて⽛平成18年判 決⽜という)。
この平成18年判決により,車両保険においては,保険金請求者は事故が
⽛被保険者の意思に基づかない⽜こと(=保険事故の偶発性)の主張立証責 任は負担しないことは明確になったが,しかし,保険金請求者として,請求 原因事実たる⽛偶然な事故⽜(保険契約成立時に発生するかどうか不確定で あること)による車両の損害について,どのような事実まで主張・立証を要 するかは必ずしも明確にはなっていなかった。
また,それに関連し,車両保険金請求の中で,殊車両盗難事案については,
⽛盗難⽜という文言を字義通り解すれば⽛自己の意思に反して財物の占有を 喪失すること⽜であることから,保険金請求者は,保険約款上の⽛偶然な事 故⽜(保険契約成立時に発生するかどうか不確定であること)とは別に,占
有喪失が⽛被保険者等の意思によらないこと⽜まで主張立証責任を負担する のかという議論がなされていた2)。
そのような中,最判平成19年⚔月17日(民集61巻⚓号1026頁)は,車両盗 難事案について以下の通り判示した。
⽛(最判平成18年⚖月⚑日の判旨を引用した上)一般に盗難とは,占有者の 意に反する第三者による財物の占有の移転であると解することができるが,
上記のとおり,被保険自動車の盗難という保険事故が保険契約者,被保険者 等の意思に基づいて発生したことは,本件条項⚒により保険者において免責 事由として主張,立証すべき事項であるから,被保険自動車の盗難という保 険事故が発生したとして本件条項⚑に基づいて車両保険金を請求する者は,
⽝被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所か ら立ち去ったこと⽞という外形的事実を主張,立証すれば足り,被保険自動 車の持ち去りが被保険者の意思に基づかないものであることを主張立証すべ き責任を負わないというべきである。⽜
次いで,最判平成19年⚔月23日(判時1970号106頁)は
⽛(上記最判平成19年⚔月17日と同旨を述べた上で)そして,その外形的事 実は,①⽝被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所 在場所に置かれていたこと⽞及び②⽝被保険者以外の者がその場所から被保 険自動車を持ち去ったこと⽞という事実から構成されるものというべきであ る。⽜
⽛…上記保険金請求者は,盗難という保険事故の発生としてその外形的な事 実を立証しなければならないところ,単に上記⽝矛盾のない状況⽞を立証す るだけでは,盗難の外形的事実を合理的な疑いを超える程度にまで立証した ことにならないことは明らかである。⽜
と判示した(なお,公刊物未登載であるが,同日さらに車両盗難事案に関し,
同様の最高裁判決が出されている。以下,必要に応じてこの⚓つの判決をま とめて⽛平成19年判決⽜という)。
2) 大阪民事実務研究会編著⽛保険金請求訴訟の研究⽜判タ1161号10頁(2004)。
このように,平成19年判決は,車両盗難事案についてもなお保険金請求者 は(財物の占有移転が)⽛被保険者の意思に基づかない⽜ことまでの主張立 証は要しないとしつつ,但し,盗難の⽛外形的事実⽜についてだけは主張立 証を要し,かつ,その内容として具体的に⚒つの要件事実を示した上,それ らについて合理的な疑いを超える程度にまで立証する必要があることを明確 化した。
もっとも,平成19年判決はいずれも車両盗難事案についてのものであった ことから,それ以外のいわゆる引っ掻き傷事案,車両火災事案,水没事案及 び衝突事案等(車両同士の衝突事故,壁面等への自損衝突事故等)について 保険金請求者が請求原因としてどのような事実の主張・立証を要するかにつ いてはなお明確にはなっていない。特に次に述べるように,引っ掻き傷事案 については,各地の高裁裁判例においてもその判断は分かれている。
そこで,本稿では,盗難事案以外の事故にかかる車両保険金請求事件につ いて,平成18年判決以降現時点までこの論点に触れた各事故類型毎の下級審 判決(主に高裁判決)を概観した上で,保険金請求者が請求原因として主張 立証責任を負担する事実の内容及び範囲について検討を加えることとする。
⚒ 各事故類型毎の下級審判決の概要
⑴ 引っ掻き傷事案
まず,現在まで最も下級審裁判例の多い引っ掻き傷事案についてであるが,
ここでいう⽛引っ掻き傷事案⽜とは,筆者としては,一般に車体表面に鋭利 な刃物やコイン等で引っ掻いた(引っ掻かれた)傷が付いた事故のことを指 しているところ,かかる事故類型を人によっては特に⽛悪戯(いたずら)事 案⽜と呼称することもある。その理由は必ずしも明らかではないが,車両を
(悪意を持って)損傷する態様ないし方法としては比較的簡易であり,かつ,
安易な気持ちでなされることが多いためそのように呼ばれているのであろう が,次に述べる東京高裁判決はその⽛いたずら⽜という言葉の持つ意味から,
外形的事実の内容を導いている。
すなわち,平成18年判決以降,引っ掻き傷事案について外形的事実の内容 及び範囲が争点となった下級審裁判例は多数存在するところ,大きくは平成 19年判決における⽛外形的事実⽜の主張立証内容を引っ掻き傷事案にも拡張 し,特に⽛被保険者以外の第三者によって損傷されたこと⽜について保険金 請求者が主張立証責任を負担するというもの(以下⽛拡張肯定説⽜という)
とそれを否定するもの(以下⽛拡張否定説⽜という)に分けることができる。
このうち,特に,裁判実務に影響を与え得る高裁の裁判例として公刊集に登 載されているものは以下の通りであるが,その判断は分かれている。
まず,⽛拡張肯定説⽜を採るものは①東京高判平成21年11月25日(判タ 1316号226頁),②札幌高判平成27年⚙月29日(判時2288号97頁),③名古屋 高判平成28年⚖月24日(自保1980号167頁),④福岡高判平成29年⚖月28日
(自保2006号174頁)等があるが,この中でも特に具体的に論証している判決 は①の東京高裁判決であり,以下のように判示している。
⽛いたずらとは,一般に無益で悪いたわむれのことであり,本件に則してい えば,所有者の意思に反する第三者による車両への損傷行為をいうものと解 することができるが,本件保険契約においては,被保険自動車のいたずらに よる損傷という保険事故が保険契約者又は被保険者の意思に基づいて発生し たことは,保険者が免責事由として主張,立証すべき事項であるから,被保 険自動車のいたずらによる損傷という保険事故が発生したとして保険金の支 払を請求する者は,被保険自動車への損傷行為が被保険者の意思に基づかな いものであることを主張,立証すべき責任を負うものではない。しかし,上 記主張立証責任の分配によっても,保険金請求者は,⽛被保険者以外の者が いたずらをして被保険自動車を損傷したこと⽜といういたずらによる損傷の 外形的な事実を主張,立証する責任を負うものというべきである(最高裁平 成19年⚔月23日第⚑小法廷判決参照)。そして,いたずらによる損傷という 保険事故の外形的事実としては,①⽛損傷が人為的にされたものであるこ と⽜及び②⽛損傷が被保険者以外の第三者によって行われたこと⽜という事 実から構成されるものと解される。⽜(結論は請求認容)。
これに対し⽛拡張否定説⽜を採るものは①東京高判平成19年⚙月27日(判 タ1274号224頁),②名古屋高判平成24年⚕月29日(自保1889号135頁),③大 阪高判平成27年⚑月30日(2015WLJPCA01308001),④名古屋高判平成27年 10月28日(2015WLJPCA10286009),⑤広島高判平成29年⚘月18日(自保 2011号133頁)等がある(但し,多くの事案ではあえてこの主張立証責任の 論点に触れずに端的に故意免責の有無で判断されているため,実質的に拡張 否定説を採る高裁判決は実際には多数存在する)。このうち,特に具体的に 論証しているものは③の大阪高裁判決であり,以下のように判示している。
⽛本件約款の保険金支払条項は,⽛衝突,接触,墜落,転覆,物の飛来,物 の落下,火災(以下略)その他の偶然な事故及び盗難⽜を保険事故として規 定しているが,これは,保険契約成立時に発生するかどうか不確実な事故を 全て保険事故とすることを分かりやすく例示して明らかにしたもので…ある。
したがって,車両の表面に傷が付けられたことが保険事故に該当するとして 本件約款の保険金支払条項に基づいて車両保険金の支払を請求する者は,事 故の発生が被保険者の意思に基づかないものであることについて主張,立証 すべき責任を負わないものというべきである(最高裁判所平成18年⚖月⚖日 第三小法廷判決・集民220号391頁。以下⽛平成18年判例⽜という。)。これを 本件についてみると,…本件損傷が,何らかの鋭利な物との⽛接触⽜によっ て生じたものであることが認められるから,本件損傷が本件約款の保険金支 払条項が定める⽛接触⽜によって生じた損害であることは明らかである。
…平成19年判例は,一般に盗難とは,ⅰ 占有者の意思に反する,ⅱ 第 三者による,ⅲ 財物の占有の移転をいうものと解することができることを 前提として,保険者が平成18年判例に照らし,当該保険事故に係る免責事由 として保険契約者の故意によって損害が生じたことについて主張立証責任を 負うものと解されることから,保険金を請求する者は,上記ⅰの要件につい て主張立証責任は負わず,ⅱ,ⅲの要件について主張立証を負う旨判示した ものと解するのが相当である。
ところで,本件約款の保険金支払条項中の⽛接触⽜とは,一般に,⽛近づ
きふれること⽜,あるいは⽛触ること⽜を意味するにすぎず,だれの意思に よるものであるかどうかによって区別がされるものではないから,保険金を 請求する者は,外形的な事実として,何らかのものが近づきふれることによ って傷が付いた事実を主張立証すれば足りるものと解するのが相当である。
そこで,本件損傷であるが,上記のとおり,そのような外形的事実が存在し たことは明らかである。そうすると,平成19年判例が存在することをもって,
控訴人が上記の外形的事実以外の要件事実を主張立証すべきものとはいえな い。⽜(結論としては故意免責を認めている)。
⑵ 車両火災事案
次に車両火災事案であるが,ここで車両衝突事案とは車両が火災により焼 損した事故をいう。
平成19年判決を拡張して適用したものとしては名古屋地判平成27年⚒月⚓
日(判時2269号101頁)があり,同判決では駐車中の被保険車両から夜間に 出火し焼損した(出火原因は車内に何者かが放火したもの)という事案にお いて
⽛本件保険契約において,被保険自動車の損傷(火災)という保険事故につ き,保険金請求者は,当該損傷が保険契約者又は被保険者の意思に基づかな いものであることを主張,立証すべき責任を負うものではない。
しかし,被保険自動車の盗難による保険金請求の事例における主張立証責 任との対比の見地からすれば,当該自動車が損傷したような事例においても,
保険金請求者は,被保険者以外の第三者が被保険自動車を損傷させたことと いう第三者による損傷の外形的な事実を主張,立証する責任を負い,その立 証は,単に外形的・客観的にみて第三者による損傷とみて矛盾のない状況が 立証されるだけでは足りず,被保険者以外の第三者による損傷の外形的な事 実を合理的な疑いを超える程度にまで立証する必要があるというべきである
(最高裁平成19年⚔月23日第一小法廷判決・裁判集民事224号171頁参照)。⽜
と述べ,本件では原告においてかかる立証がないとして請求を棄却した。
⑶ 水没事案
次に水没事案であるが,ここでいう水没事案は車両が海や川等の水中に転 落ないし転覆して損傷したという事故のことをいう。
そして,平成19年判決の影響を受けているものとして名古屋地判平成28年
⚔月18日(自保1983号179頁)は,被保険車両が,船着場の船舶入水用のス ロープから海中に転落,全損したと主張し,保険金請求がなされた事案につ いて
⽛…車両に本件保険約款に定めるような衝突,接触等の偶然な事故(略)が 発生したとして車両保険金を請求する場合,被保険者としては交通事故等の 発生が被保険者の意思に基づかないものであることまでの主張立証責任を負 うものではないと解されるがこれとは異なる要件である交通事故等の発生自 体は,保険金請求権の発生要件として,被保険者において主張立証すべきも のと解される。
そして,結果として被保険車両が水没した状態で発見されたという外形的 事実だけでは,それが保険契約時に発生することが不確定であった交通事故 等によるものであるか否かはなお明らかではないといえ,保険金を請求する ものにおいて,交通事故等の生じたと主張する日時,場所において被保険車 両が,いかなる経緯で水没するに至ったかという外形的な事実関係を主張,
立証すべきである。⽜
と述べた上で,本件事故状況に関する運転者の供述が信用できないことから すると⽛原告車両が水没した経緯に関する原告の主張を認めるに足りる証拠 はなく,本件においては,事故の発生が認められない⽜として請求を棄却し ている。
⑷ 衝突事案
次に衝突事案であるが,ここで衝突事案とは車両同士の衝突事故,壁面等 への自損衝突事故等をいう。
明らかに平成19年判決の影響を受けているものとして大阪高判平成24年⚑
月13日(自保1879号145頁)があり,被保険車両が幹線道路を時速80 km で 走行中,左カーブの路上補修箇所でバウンドして,歩道縁石に乗り上げ,街 路樹⚒本をなぎ倒し,その後右に逸走し中央分離帯に乗り上げ樹木と衝突し 停止し,最終的に本件自動車が全損となったと主張し,保険金請求がなされ た事案について
⽛交通事故等に基づいて保険金を請求しようとする被保険者としては,交通 事故等の発生について主張立証すれば足り,…本件事案においても,本件事 故の発生が認められるのであれば,保険者である被控訴人においても本件事 故が被保険者である控訴人の意思によって生じたものであることを立証しな い限り保険金の支払義務を負わなければならないというべきである。⽜
⽛もっとも,交通事故等は,前記説示のとおり,保険契約の成立時において 発生するか否かはもとより,仮に発生するとしても,その時間,場所,態様 等については何ら確定していないのであるから,交通事故が発生したとして 車両保険金の支払を請求しようとする者は,当該交通事故が被保険者の意思 に基づかないことまでは主張立証責任を負うものではないとしても,当該交 通事故が発生した外形的事実については主張立証責任を負うものというべき である(最高裁平成19年⚔月17日第三小法廷判決・民集61巻⚓号1026頁参 照)。そして上記のような外形的事実は,⽝保険金請求者の主張する日時場所 において,保険対象車両が走行ないし停止又は駐車していたこと⽞及び⽝保 険対象車両について,保険金請求者の主張するような交通事故の発生態様に よって損傷が生じたこと⽞の各事実によって構成されていることからすると,
これらの各事実については合理的な疑いを超える程度にまで立証されなけれ ばならないと解するのが相当である(最高裁平成19年⚔月23日第一小法廷判 決・裁判所時報1343号⚗頁参照)。⽜
とやや強引に平成19年判決を準用した上で,控訴人らの主張する事故状況と 事故現場の客観的状況等が整合しないことなどから,控訴人らの主張するよ うな日時,場所,態様等によって本件事故が発生したものと認めるには重大 な疑問があり,本件事故が発生したことの外形的事実について合理的な疑い
を入れない程度まで立証されたものということはできないとして請求を棄却 している(なお,後述するが原審神戸地判平成23年⚘月⚓日(自保1879号 152頁)は,事故状況に関する⽛不実申告⽜を根拠に請求を棄却している)。
他に,名古屋地判平成28年⚒月17日(自保1972号173頁)も,同様の判示を している。
⑸ ⽛外形的事実⽜の内容と検討課題
このように,各判決を見ると,平成19年判決の影響を受けているものの中 でも,その⽛外形的事実⽜の内容は異なっていることが分かる。
特に大きな差異は,引っ掻き傷事案と車両火災事案については,いずれも その損傷が⽛被保険者以外の第三者によって行われたこと⽜を外形事実の要 素としているのに対し,水没事案と衝突事案は,事故の具体的な日時・場所 と事故に至る経緯及び態様等を外形的事実の要素としている。
もっとも,このような差異が生じているのは,端的に言えば上記各裁判例 における引っ掻き傷事案と車両火災事案については,そもそも保険金請求者 の主張する事故が⽛被保険者以外の第三者によって行われた⽜ことをその内 容としているのに対し,水没事案と衝突事案はいずれも保険金請求者の主張 する事故が,自らの不注意で起こした⽛自損事故⽜であることをその内容と しているからにすぎない(つまり,⽛被保険者自身の行為⽜によってなされ たことを当然の前提にしている)。換言すれば,上記各事故類型は,そのい ずれもが間接的な要因として第三者によってなされる場合と被保険者自身の 行為ないしその他偶然な事象や自然現象等によって生じる場合があり得るの であり,水没事案や衝突事案であっても,上記平成19年判例の影響を受けて いる裁判例の論理によれば,仮に契約者の主張する事故内容が⽛第三者によ って車両が水没された⽜とか⽛第三者の運転する他の車両に衝突された⽜と いうものであれば,その⽛第三者によって行われたこと⽜もまた外形的事実 の要素となり,他方,車両火災事案についても,上記裁判例のような(第三 者による)放火事案ではなく,(契約者の主張する事故内容が)自らのタバ
コの不始末等による失火事案ということであれば,当然第三者によって行わ れたことはその要素ではなくなるということになるはずである。
この点で,上記各事故類型は,常に⽛被保険者以外の第三者による占有移 転⽜をその内容としている盗難事案とはやはり本質的に異なるところ,それ でもなお盗難事案に関する平成19年判決を他の事故類型に拡張しようとする とき,その最も大きなポイントは,保険金請求者において主張立証すべき外 形的事実の要素として⽛被保険者以外の第三者によって行われたこと⽜を含 めるかどうかである。そして,それは,そもそも保険金請求者の主張する事 故内容が⽛第三者によって行われたこと⽜を前提にしているのか(以下⽛第 三者行為事案⽜という),それ以外の自損事故や自然災害等を前提にしてい るのか(以下⽛非第三者行為事案⽜という)によって当然に異なることにな るのであり,このことをまずは念頭に置いておく必要がある。
その上で,第⚑に検討すべきは,あくまでも⽛第三者行為事案⽜において,
保険金請求者において外形的事実の一要素として⽛被保険者以外の第三者に よって行われたこと⽜を主張立証すべきかどうかである。
また,第⚒に検討すべきは,第三者行為事案及び非第三者行為事案のいず れの場合であっても(上記⽛被保険者以外の第三者によって行われたこと⽜
以外に),保険金請求者において主張立証すべき⽛外形的事実⽜の具体的な 内容及び範囲である。
⚓ ⽛被保険者以外の第三者によって行われたこと⽜の主張立証の要否
⑴ 東京高判平成21年11月25日の論旨
上記のように,盗難以外の第三者行為事案において,外形的事実の要素と して⽛被保険者以外の第三者によって行われた⽜ことを認める裁判例の多く は引っ掻き傷事案であるところ,上記の通り,その先例的かつ代表的な東京 高判平成21年11月25日(判タ1316号226頁,以下⽛東京高裁平成21年判決⽜
という)の論旨は
⽛いたずらとは,一般に無益で悪いたわむれのことであり,本件に則してい
えば,所有者の意思に反する第三者による車両への損傷行為をいうものと解 解することができる⽜
⽛保険金請求者は,⽛被保険者以外の者がいたずらをして被保険自動車を損 傷したこと⽜といういたずらによる損傷の外形的な事実を主張,立証する責 任を負うものというべきである(最高裁平成19年⚔月23日第1小法廷判決参 照)。そして,いたずらによる損傷という保険事故の外形的事実としては,
①⽛損傷が人為的にされたものであること⽜及び②⽛損傷が被保険者以外の 第三者によって行われたこと⽜という事実から構成されるものと解される。⽜
というものであり,車両に引っ掻き傷がついた事案を⽛いたずら=所有者の 意思に反する第三者による車両への損傷行為⽜と定義した上で,盗難に関す る平成19年判決が⽛外形的事実⽜の具体的内容として⚒つの要素を挙げてい ることに忠実に倣い,やや強引に⽛いたずら⽜においても⚒つの要素を掲げ ている。
⑵ 学 説
しかし,この東京高裁平成21年判決に対しては学説上極めて批判が多い。
特にࡗ素寛⽛判批⽜(但し直接の研究判例は上記火災事案の名古屋地判平成 27年⚒月⚓日)(損保78巻⚓号177頁 2016年)は⽛盗難が意に反した占有の 移転であることが特殊なのであり,それ以外の車両自体が水没や損壊をした 事案においては,第三者による保険事故招致を保険事故の外形的事実と位置 づけることは故意の立証責任を保険金請求者に課すことに他ならないと考え る。これらの事案では,保険事故の発生は明らかなのであるから,非故意性 は,保険者において,故意免責として立証すべき事実である⽜,(上記東京高 裁平成21年判決は)⽛そもそも⽝いたずら⽞が保険事故とされているわけで はなく⽛偶然の事故⽜の例示にすぎない(いたずらは,例示すらされていな い)ことを看過したものであり,盗難の平成19年最判に引きずられ,平成16 年最判や平成18年最判と整合的ではなく,かつ,理論的にも誤った判断を行 っているものと評価すべきである⽜⽛本判決のような考え方は,裁判官には,
請求原因事実の立証がないことを理由として請求棄却の結論を導きうる点で 使い勝手のよいツールとなり得るが,平成13年最判の呪縛を克服し,損害保 険において偶然性の立証責任が保険者側にあることを明確化し,裁判例の流 れを変えようとしたそれ以降の最高裁判決の努力を無にするものであり,と うてい賛成できるものではない⽜と強烈に批判する3)。
他方,齋藤聡(現大阪高裁裁判官)は⽛車両保険に基づく保険金請求事件 について⽜(判タ1382号⚕頁以下 2013年)において,髙橋譲⽛最高裁判例 解説民事編平成19年度(上)⽜333頁以下(法曹会,2010)の論旨を挙げた上 で,いたずらによる損傷事案における車両保険の保険金請求権が認められる ための要件を
〈Ⅰ〉⒜物理的損傷の発生
+〈Ⅰ〉⒝ ⒜が人為的・非自然的損傷である場合,それを被保険者以 外の者が生じさせたこと
+〈Ⅱʼ〉第三者による損傷行為が被保険者の意思によらないこと と区分し,この〈Ⅰ〉⒜ ⒝については原告が,〈Ⅱʼ〉についてはその不存在 を被告がそれぞれ主張立証するという考え方となるように思われる,と述べ 上記東京高裁平成21年判決に賛成の立場を取る。
⑶ 私 見
筆者も上記東京高裁平成21年判決をはじめとする盗難事案以外の第三者行 為事案について保険金請求者が外形的事実の一要素として⽛被保険者以外の 第三者によって行われた⽜ことを主張立証すべきであるという見解には反対 である。
そもそも,一連の保険金請求訴訟における主張立証責任の争いの出発点と 3) 他に髙木宏行⽛判批⽜ひろば65巻⚒号51頁以下(2012),𡈽𡈽岐孝宏⽛判批⽜
法セミー666号121頁(2010),李芝妍⽛判批⽜ジュリスト1425号122頁(2011),
尾形祥⽛判批⽜ひろば65巻⚔号53頁(2012),梅村悠⽛判批⽜ジュリスト1508 号120頁(2017)の評釈等があり,いずれも同判決ないしこれと同様の拡張肯 定説に対しては批判的な立場をとる。
12-吉野先生 Page 15 18/09/07 18:15 v3.40 も言える傷害保険約款の⽛偶然な事故⽜に関する最判平成13年⚔月20日(裁 時1290号⚒頁)が⽛本件各約款に基づき,保険者に対して死亡保険金の支払 を請求する者は,発生した事故が偶然な事故であることについて主張,立証 すべき責任を負うと解するのが相当である。けだし,本件各約款中の死亡保 険金の支払事由は急激かつ偶然な外来の事故とされているのであるから,発 生した事故が偶然な事故であることが保険金請求権の成立要件であるという べきのみならず…⽜
と判示しているように,最高裁は,その第一の理由付けとして傷害保険約款 の定める⽛偶然な事故⽜の意義を⽛発生した事故が偶然な事故⽜(⽛被保険者 の意に基づかない事故⽜)であることを前提にした上で,我が国の民事訴訟 における主張立証責任の分配についての通説的見解である⽛法律要件分類 説⽜(ないし修正法律要件分類説)に従い,保険金請求権の成立に係る要件 は権利根拠規定(=権利の発生を定める規定の法律要件に当たる事実)に位 置づけられるから,⽛偶然な事故⽜については保険金請求者側が主張立証責 任を負うとしたものである4), 5)。かかる主張立証責任に関する基本的な考え 方はその後の火災保険に関する最判平成16年12月13日(民集58巻⚙号2419 頁)や車両保険に関する平成18年判決及び平成19年判決でも一貫して採用さ れている。
そうだとすれば,このような最高裁及び主張立証責任に関する通説的見解 に従えば,損害保険とは⽛保険者が一定の偶然の事故によって生じることの
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6) 岡口基一・要件事実マニュアル第⚓巻[第⚔版]419頁(ぎょうせい,2014)
は,車両保険金請求事件の要件事実として 要件⚑ 車両保険契約の成立
要件⚒ 被保険自動車につき保険期間中の保険事故の発生 要件⚓ 損害の発生及び額
要件⚔ ⚒と⚓の因果関係 を挙げる。
7) 山下友信・保険法365頁(有斐閣,2005)では,目的の性質・瑕疵や自然の 消耗が免責事由とされているのは,偶然性という性格が皆無ではないにしても 危険団体を通じた危険分散をするのは適切ではなく,各保険加入者がそれぞれ の損害の予防および損失負担をすることが望ましいという理由によるものであ る,とする。
8) これに対し,盗難の場合には⽛被保険自動車に生じた損害⽜というのは,
⽛被保険自動車そのものを喪失した⽜ということであるところ,自動車の場合,
何処かで忘れてきたとか紛失したということはそもそも想定できず,考えられ る唯一の(偶然な事故としての)喪失原因は,結局のところ⽛被保険者以外の 第三者が持ち去ったこと⽜であり,これが⽛盗難⽜であることの決定要素とな る。逆に言えば,被保険者自身が自ら自動車を他の場所に移動・運搬した場合 にはそもそも⽛喪失⽜ではなく,⽛損害⽜すら生じていない。
9) 山下友信⽛オール・リスク損害保険と保険金請求訴訟における立証責任の分 配⽜川井健=田尾桃二編⽝転換期の取引法⽞533頁(商事法務,2004),前掲山 下⚗ 360頁
10) 前掲桃崎4 108頁
11) 豊浦伸隆⽛保険金請求事件における故意等の立証責任に関する最高裁判例の 系譜⽜判タ1248号81頁(2007)は,車両保険における保険事故は,衝突,接触,
水没,落書き等の⽛損傷事案⽜と盗難,強盗等の⽛占有喪失事案⽜の⚒種類に 収斂され,それ以上に細分化する意味は無く,したがって,保険金請求権者が 請求原因レベルで立証すべき事項は,当該事故の類型が⽛損傷事案⽜であるか
⽛占有喪失事案⽜であるかが判別できる程度に留まるのではないか,そして,
⽛損傷事案⽜においては,車両の損傷等を立証すれば,一応,事故の発生が立 証されることになる,と述べる。しかし,それでも,モラルリスクが疑われる 場合に,車体の損傷さえ立証すれば,例外なく,保険金請求者は請求原因事実 を立証したことになると言い切ることには躊躇があるとして,例として,保険 金請求者の主張する落書き事故の日時や場所が明らかに虚偽であった場合を挙 げる。
12) なお,千葉地判平成20年12月22日(判時2057号142頁)は引っ掻き傷事案に ついて拡張否定説を採用しているところ
⽛本件のような車両に悪戯がされ損傷がされた場合に本件支払条項に基づいて 保 険金の支払を請求する者は,外形的に車両が悪戯により損傷されたことを認め うる程度に日時,場所,態様などを特定した事実を主張立証すれば足りるとい うべきである。
・・・そして,保険事故発生場所は,占有の喪失が問題となる盗難事故などの 場合を除き,故意免責条項の適用の有無の判断の前提として,保険金請求者の 供述の信用性を検討する際の考慮事実や第三者による本件事故惹起の可能性の 考慮事実として検討する場合は格別,保険事故の発生の有無の判断においては,
当該保険事故の特定のために摘示される事実にすぎないというべきであり,こ れが保険金請求者の主張する事故発生場所と異なるところで発生したとしても,
他の事情から,外形的に事故が発生したことが認められる場合は,保険事故の 存在についての判断は左右されないというべきである。⽜と判示しており,筆 者の見解に比較的近いと言える。
13) 奥田隆文・西岡繁靖⽛判批⽜法の支配144号60頁(2006)
14) もちろん,請求権者の主張する事故の対象・客体,発生場所,事故態様及び 経緯等の各事実は,事故の種類や発生日時を立証するための重要な⽛間接事 実⽜となることが多く,例えば,上記の電柱に衝突したという事例において,
保険金請求者において,その電柱の具体的な場所(同電柱に衝突痕跡が認めら れること)やそこに至るまで経緯等(事故発生日時直前に特定のコンビニで買 い物をしたこと)といった間接事実を主張立証することにより,衝突事故の存 在や事故の発生日時,さらには損害との因果関係もまた同時に立証することが 出来ることなる。
また,逆に,保険金請求者の主張するA地点の電柱には車両が衝突した痕跡は 全く無いような場合,被保険者が事故前に行ったのはAコンビニではなくBコ ンビニであった場合,ハンドルの転把角は180度ではなく360度であった場合,
衝突速度は時速30kmではなく,せいぜい時速10km 程度であったということ 4) 桃崎剛⽛保険金請求事件における偶然性の主張立証責任に関する最高裁判決
の検討⽜判例タイムズ1266号105頁(2008)。
5) なお,修正法律要件分類説によれば,主張立証責任の分配,すなわち,権利 の発生原因及び障害,消滅,阻止の各要件事実が何かという問題は,実体法規 の解釈によって決せられ,この実体法規の解釈に当たっては,各個の法条の文 言や形式を基礎としつつも,さらに,法の目的,類似又は関連する法規との体 系的整合性,当該予見の一般性・特別性又は原則性・例外性及びその要件によ って要証事実となるべきものの事実的態様とその立証の難易度等を考慮するこ とになる(司法研修所編・増補 民事訴訟における要件事実⚑巻10頁(法曹会,
1995)。
ある損害をてん補することを約するもの⽜(保険法⚒条⚖号)と定義され,
車両保険の約款では一般に⽛当会社は,衝突,接触,墜落,転覆,…その他 偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害に対して…被保険者に保険金 を支払います⽜と規定されているのであるから,かかる法律及び約款の形式 及び内容からすれば,保険金請求権の主たる成立要件は⽛偶然な事故によっ て被保険自動車に損害が生じたこと⽜となることは明らかである(もちろん それ以外にも保険契約の締結が成立要件となるがこの点は争いがない)。
そして,ここでいう⽛偶然な事故⽜とは,(傷害保険契約における⽛偶然 な事故⽜とは異なり)⽛保険契約成立時に発生するかどうか不確定な事故⽜
を言うのであるから,保険金請求者が請求原因として主張立証責任を負担す る事実は以下の通りとなる6)。
① ⽛保険契約成立時に発生するかどうか不確定な事故⽜の発生
② ①によって⽛被保険自動車に損害が生じたこと⽜
⑷ そのため,問題はこの①の⽛保険契約成立時に発生するかどうか不確定 な事故⽜であることを根拠付ける具体的な事実要素として,⽛被保険者以外 の第三者によってなされたこと⽜が必要かどうかであるが,盗難事案以外で は不要というべきである。前述したように,約款で⽛偶然な事故⽜として例 示されている盗難事案以外の事故類型だけで考えても⽛台風,こう水,高 潮⽜の明らかな自然災害はもとより,それ以外の⽛衝突,接触,墜落,転覆,
物の飛来,物の落下,火災,爆発⽜の各事故についても,その事故を生じさ せる具体的な要因としては被保険者以外の第三者によってなされる場合以外 にも,被保険自身の故意ないし過失行為さらには自然現象等様々な要因があ 6) 岡口基一・要件事実マニュアル第⚓巻[第⚔版]419頁(ぎょうせい,2014)
は,車両保険金請求事件の要件事実として 要件⚑ 車両保険契約の成立
要件⚒ 被保険自動車につき保険期間中の保険事故の発生 要件⚓ 損害の発生及び額
要件⚔ ⚒と⚓の因果関係 を挙げる。
り得るところ(換言すればこれらの事故は第三者によってなされることをそ の本質的な要素とはしてない),どの要因であっても(保険契約締結後に発 生している以上は)⽛保険契約成立時に発生するかどうか不確定⽜,つまり
⽛偶然な事故⽜であることには変わりはない。逆に言えば,保険契約成立時 に発生することが確定している事故とは,契約時に既にその発生要因(車両 の瑕疵・欠陥等)が生じていることはもとより,腐食,錆,摩耗等の経年劣 化や自然消耗等が考えられるが(なお,これらの事由は免責条項にもあ る)7),この⽛偶然な事故⽜か⽛非偶然な事故⽜かを区別する上で,少なく とも被保険者以外の第三者によって行われたか否かはその決定要素にはなら ない8)。
そして,引っ掻き傷事案についても,これを上記大阪高判平成27年⚑月30 日が述べるように約款が例示する(鋭利な物体等との)⽛接触⽜事故と捉え た場合はもとより,それ以外の事故と捉えたとしても,車両表面に鋭利なも ので引っ掻き傷が付くことは,被保険者以外の第三者に(悪意で)よって行 われる場合(第三者行為事案)以外にも,被保険者自身が意図的に付ける場 合(但し,この場合は故意免責に該当する),(傷の程度や範囲にもよるが)
運転中に誤って鋭利な突起物(釘等)と接触した場合等やはり様々な原因が 考えられるのであり,いずれの場合であってもやはりそれは⽛保険契約成立
7) 山下友信・保険法365頁(有斐閣,2005)では,目的の性質・瑕疵や自然の 消耗が免責事由とされているのは,偶然性という性格が皆無ではないにしても 危険団体を通じた危険分散をするのは適切ではなく,各保険加入者がそれぞれ の損害の予防および損失負担をすることが望ましいという理由によるものであ る,とする。
8) これに対し,盗難の場合には⽛被保険自動車に生じた損害⽜というのは,
⽛被保険自動車そのものを喪失した⽜ということであるところ,自動車の場合,
何処かで忘れてきたとか紛失したということはそもそも想定できず,考えられ る唯一の(偶然な事故としての)喪失原因は,結局のところ⽛被保険者以外の 第三者が持ち去ったこと⽜であり,これが⽛盗難⽜であることの決定要素とな る。逆に言えば,被保険者自身が自ら自動車を他の場所に移動・運搬した場合 にはそもそも⽛喪失⽜ではなく,⽛損害⽜すら生じていない。
時に発生するかどうか不確定⽜=⽛偶然な事故⽜である。にもかかわらず,
保険金請求者が第三者によって行われたと主張する第三者行為事案に限って,
その被保険者以外の第三者に行われたことを⽛偶然な事故⽜の一要素として 保険金請求者が主張立証責任を負担するというのは明らかに非理論的である。
また,そもそも被保険自動車に被保険者以外の第三者が引っ掻き傷を付け たり,水没させたり,焼損させることは,通常は被保険者の意思に基づかな い行為であること(=非故意性)は言うまでもなく,これらの行為が被保険 者以外の第三者によって行われたことを主張立証するということは,実質的 には被保険者の意思に基づかないことを主張立証することとほぼ同じである。
この点,前記拡張肯定説を採る東京高裁平成21年判決は,この⽛被保険者 以外の第三者によって行われたこと⽜の立証のためには⽛損傷が加えられた と考えられる時刻,場所,損傷を生じさせるに要する時間及び被保険者のア リバイの有無などの間接事実を主張立証すべきであると解される⽜と述べた 上で,同事案では以下の間接事実から⽛第三者によって本件車両に本件損傷 が加えられたという蓋然性は十分に認めることができる⽜と認定する(結論 は,故意免責も否定し請求認容)。
① 本件事故が発生したと推定される日時は日没後⚒時間以上の時間があ ったこと
② 本件駐車場はその存在を知っている者以外には,容易に利用し難い場 所にあり,冬場の夜間ともなれば,清澄公園やグラウンドには人の姿 が見られなくなると推認されること
③ 本件損傷の形状からして道具はマイナスドライバー様の金物一本で数 分程度で付けること
要するに人目に付きにくい状況下でかつ短時間で犯行が可能であるという 間接事実のみから,被保険者以外の第三者によって損傷が加えられたと認定 しているのであるが,しかし,最終的な結論は兎も角,上記事実は仮に被保 険者自身が車両に傷を付けたとしても何ら矛盾するものではなく(むしろ,
被保険者にとっても人目に付かずに都合が良いはずである),果たして上記
事実だけで⽛被保険者以外の第三者によって本件車両に本件損傷が加えられ た⽜ことについて合理的な疑いを容れない程度の立証がなされていると言え るのか,甚だ疑問である。
実際,同じく拡張肯定説をとる札幌高判平成27年⚙月29日(判時2288号97 頁)は,事故場所や事故日時及び傷の状況といった客観的事情に加え,被控 訴人に対し,怨恨などの強い害意を持った第三者がいた様子はうかがわれな いこと,被保険者の事故後の供述内容(特に事故場所について)が不自然・
不合理に変遷していること,事故直後に警察に被害申告をしているのに被害 届を提出していないといった間接事実を挙げ,その他名古屋高判平成28年⚖
月24日(自保1980号167頁)や福岡高判平成29年⚖月28日(自保2006号174 頁)も同様に客観的事情以外にも多くの間接事実を挙げている。
つまり,これらの各高裁判決では,被保険者以外の第三者によって行われ たか否かを判断する際,事故発生時間帯や駐車場所及び傷の状況等の客観的 事情だけではなく,被保険者の供述内容の不自然性や客観的事実との矛盾・
変遷,被保険者の経済状況,保険契約締結状況,過去の保険金取得歴や被保 険者の属性といったその他の事情等も加味して判断しているところ,これら の間接事実は結局のところ被保険者の⽛故意⽜によって生じたか否か(被保 険者の意思に基づくか否か)を判断する際に考慮される間接事実とほぼ同じ である。換言すれば,保険者としては,これらの(本来故意免責立証で主張 するような)間接事実による反証によって⽛被保険者以外の第三者によって 行われた⽜ことについて真偽不明に持ち込めさえすれば請求棄却となるので あるから(逆に保険金請求者はこれに対しさらに有効な反証をしなければな らない),やはり,実質的には保険金請求者に被保険者の意思に基づかない ことの主張立証を求めていることと同じなのであり,上記平成18年判決や平 成19年判決の趣旨に反するというべきである。
以上から,主張立証責任の分配を考える上で最も重要な法令及び約款の文 言や形式,さらには文言(⽛偶然な事故⽜)の意義からすれば,盗難事案以外 の事故類型については,保険金請求者においては少なくとも⽛被保険者以外
の第三者によってなされたこと⽜についてまで主張立証責任を負わないとい うべきである。
⑷ 盗難事案以外の⽛外形的事実⽜の範囲とは
次に,第三者行為事案及び非第三者行為事案であっても,盗難事案以外の 事故について保険金請求者が主張立証責任を負担する⽛外形的事実⽜とはど の範囲の事実を言うのであろうか(少なくとも⽛被保険者の意思に反するこ と⽜及び⽛第三者によってなされたこと⽜が含まれないことは上記の通りで ある)。
この点,上記のように水没事案(自損事故)に関する名古屋地判平成28年
⚔月18日(自保1983号179頁)や衝突事案(自損事故)に関する大阪高判平 成24年⚑月13日(自保ジャーナル1879号145頁)等は,保険金請求者は,事 故の外形的事実として⽛事故の日時,場所,発生態様や経緯⽜についてその 主張立証責任を負担すると述べている。
他方,学説上は車両保険のようなオールリスク型の保険においては,保険 事故の限定はないのであるから,保険金請求者はそもそも⽛保険事故⽜が生 じたという事実及び損害との因果関係の存在について立証する必要はなく,
損害さえ立証すれば足りるとする⽛損害説⽜9)がある。
しかし,上記のように平成19年判決は,盗難事案について明確に⽛外形 説⽜を採用することを明らかにした上,約款の文言上も⽛…偶然な事故によ って被保険自動車に生じた損害に対して…被保険者に保険金を支払います⽜
とされている以上,盗難事案以外においても,保険金請求者においてその
⽛偶然な事故⽜の外形的事実については主張立証責任を負担することは明ら かである10)。
9) 山下友信⽛オール・リスク損害保険と保険金請求訴訟における立証責任の分 配⽜川井健=田尾桃二編⽝転換期の取引法⽞533頁(商事法務,2004),山下・
前掲注7) 360頁。
10) 桃崎・前掲注4) 108頁。
では,その保険金請求者が主張立証責任を負担する⽛外形的事実⽜とはど の範囲の事実までを言うのであろうか。
上記のように,保険金請求者が主張立証責任を負担する⽛偶然な事故⽜の うち,⽛偶然な⽜とは⽛保険契約成立時に発生するかどうか不確定⽜という 意味であり,⽛事故⽜とは一般に⽛Accident⽜=⽛思いがけず起こった悪い出 来事⽜と定義されるところ,保険法上は⽛保険事故⽜とは⽛損害保険契約に よりてん補することとされる損害を生ずることのある偶然の事故として当該 損害保険契約で定めるものをいう⽜(保険法⚕条⚑項)と定義されている。
ややトートロジー的な部分もあるが,結局は,⽛被保険自動車に損害を生じ させた何らかの偶然な出来事⽜である。
そこで,さらに具体的に検討していくと,まず,事故の種類ないし内容,
つまり,それが約款の例示する事故類型で言えば,衝突,接触,墜落,転覆,
物の飛来,物の落下,火災,爆発,台風,こう水,高潮のどの事故に該当す るのかという特定は必要である。これらの特定がないと⽛偶然な⽜=保険契 約成立時に発生するかどうか不確定であったかどうかが不明である上,被保 険自動車に生じた損害との因果関係も不明だからである。
もっとも,⽛占有喪失⽜が損害である盗難事案以外の車両が⽛損傷した⽜
ことが損害である事案では,保険金請求者において損害の状況ないし状態さ え立証すれば事故の種類や内容が事実上立証出来てしまうこと多いであろう。
例えば衝突事案では,車両表面に衝突痕(凹損)が認められれば何らかの物 体と衝突したという事実,接触ないし引っ掻き傷事案でも車両表面に線状の 引っ掻き傷が残っていれば,鋭利な刃物等で引っ掻かれた事実は推定される し,水没事案では,車両が海や川に現に沈んでいる状態で発見されることが ほとんどであるところ,それだけで,車両がいずれかの場所から海や川に転 落したという事実が,さらに,車両火災事案では,現に車両に焼損が生じて いれば,車両が火災にあったことがそれぞれ推定されることになり,その立 証は比較的容易に可能である。
次に,事故の発生日時については,⽛偶然⽜の意義が⽛保険契約成立時に
発生するかどうか不確定⽜である以上,当該事故が少なくとも保険契約締結 日以降(かつ保険期間内に)発生したことはその本質的要素となり,保険契 約者において主張立証するべき外形的事実の一要素である。もっとも,具体 的にどこまで正確な日時を特定するかについてはなお議論があるところであ り,⽛偶然⽜の意義からすれば保険契約締結日以降であることが明確であれ ばある程度の幅があっても許容されるというべきである。特に,当該事故に より被保険者が死亡し,他に目撃者等がいないようなケースでは日時を特定 するのは困難な場合もある。
次に,事故の発生場所はどうか。確かに,発生場所は日時とともにある出 来事を特定するためには重要な要素であることは否定し得ないし,両者は相 互に補完関係にあるとも言える(次にも述べるが事故の発生場所を主張立証 することにより,事故の発生日時の立証をすることが出来る場合がある)。
しかし,例えば被保険自動車が道路脇の電柱に衝突したという事案で言えば,
A地点の電柱に衝突したのか,それともそこから10 m 離れたB地点の電柱 に衝突したのかということの差異によって⽛偶然な事故⽜か否かが左右され ることはなく,いずれの電柱にぶつかったとしても⽛偶然な事故⽜である。
また,引っ掻き傷事案では例えばA駐車場に駐車している際に(誰かに)傷 つけられた場合とB駐車場に駐車している際に(誰かに)傷つけられことで,
やはり⽛偶然な事故⽜か否かが左右されることはない。また,転落ないし水 没事案でもA地点から海に転落した場合とB地点から海に転落した場合とで やはり⽛偶然な事故⽜か否かが左右されることはないし,実際,運転手が車 両ごと海中に転落し,しばらくの間流されてから全く別の場所の海底から運 転手の遺体と共に発見されたようなケースでは,事後的に遺族等が転落場所 を特定することは困難な場合が多いであろう。しかし,それでも,現に被保 険自動車が海中に水没しているのであれば,いずれかの場所から海に転落し たことは明らかなのであるから,車両保険としては原則として有責のはずで ある11)。
11) 豊浦伸隆⽛保険金請求事件における故意等の立証責任に関する最高裁判例の
さらに,事故の具体的態様や経緯等はどうか。例えば衝突事案で言えば,
⽛被保険者が,被保険自動車を運転してAコンビニに行き,その後,帰宅途 中に助手席に置いてあった携帯電話が鳴ったため,これを取ろうとしたら誤 ってハンドルを約180度左に切ってしまい,道路脇の電柱に時速約30 km で 衝突した⽜という主張がなされた場合に,その事故前に⽛Aコンビニに行っ たこと⽜⽛助手席に置いてあった携帯電話が鳴ったこと⽜⽛ハンドルを約180 度左に切ったこと⽜⽛衝突速度が時速30 km であったこと⽜といった事実に ついて保険金請求者が主張立証責任を負担し,逆に言えば,これらの事実の どれか⚑つについて,保険者において反証が成功した場合,例えば,⽛被保 険者行ったのはAコンビニではなくBコンビニであった⽜,⽛事故当時被保険 者の携帯電話は使用不可であった⽜,⽛ハンドルの転把角は180度ではなく360 度であった⽜,⽛衝突速度は時速30 km ではなく,時速10 km 程度であった⽜
ということが判明した場合に,外形的事実の立証がないとして請求が棄却さ れるのかということである。
実際,訴訟においても保険者側がこのような主張や反証をすることが度々 散見されるのであるが,やはりそのような見解には首肯出来ない。
事故前の立ち寄り先がどこか,事故原因が⽛携帯電話を取ろうとしたこと にあるのか,居眠り運転なのか⽜,⽛事故直前のハンドルの転把角が180度か 360度か⽜,⽛衝突速度が時速30 km か時速10 km⽜かは,⽛偶然な事故⽜であ 系譜⽜判タ1248号81頁(2007)は,車両保険における保険事故は,衝突,接触,
水没,落書き等の⽛損傷事案⽜と盗難,強盗等の⽛占有喪失事案⽜の⚒種類に 収斂され,それ以上に細分化する意味は無く,したがって,保険金請求権者が 請求原因レベルで立証すべき事項は,当該事故の類型が⽛損傷事案⽜であるか
⽛占有喪失事案⽜であるかが判別できる程度に留まるのではないか,そして,
⽛損傷事案⽜においては,車両の損傷等を立証すれば,一応,事故の発生が立 証されることになる,と述べる。しかし,それでも,モラルリスクが疑われる 場合に,車体の損傷さえ立証すれば,例外なく,保険金請求者は請求原因事実 を立証したことになると言い切ることには躊躇があるとして,例として,保険 金請求者の主張する落書き事故の日時や場所が明らかに虚偽であった場合を挙 げる。