保険業法⚑条に関する立法論的考察
出 口 正 義
■アブストラクト
本稿は,規定の意味内容が不明確な一般条項である保険業法⚑条の規定を 批判的に検討し,立法論を展開することを目的としている。保険業の⽛公共 性⽜,⽛業務の健全かつ適切な運営⽜および⽛保険募集の公正⽜の文言はいず れも不明確な概念であり,このことが⽛保険契約者等の保護⽜を目的とした 監督行政庁の合目的監督を可能にし,その結果,監督が保険会社にとどまら ず,とりわけ保険募集(保険契約の締結の代理または媒介)という保険会社 と保険契約者との間の私的な法律関係にまで際限なく及んでいる。しかも,
その法的性質および授権根拠が不明確にもかかわらず,保険会社に対し事実 上法的拘束力に匹敵する作用を有し得る⽛保険会社向けの総合的な監督指 針⽜なるものにより,実務を一定方向に指導ないし誘導する,いわば監督行 政庁による⽛指導・誘導による経済管理(統制)⽜が行われているとの懸念 をぬぐえない。保険業法⚑条の規定の立法論とともに,上記監督指針による 保険監督行政の在り方を問うものである。
■キーワード
保険募集の公正,監督指針の合法性,指導・誘導による経済管理(統制)
⚑. 問題の所在
⑴ 保険業法⚑条の構成要素とその分析
保険業法⚑条の規定はつぎのように定める。⽛この法律は,保険業の公共 / 平成28年⚘月25日原稿受領。
性にかんがみ,保険業を行う者の業務の健全かつ適切な運営及び保険募集の 公正を確保することにより,保険契約者等の保護を図り,もって国民生活の 安定及び国民経済の発展に資することを目的とする。⽜。この規定は三つの構 成要素からなる。第一は,この法律の存在理由が⽛保険業の公共性⽜にある こと,第二は,この法律の目的が⽛保険契約者等の保護⽜にあること,第三 は,⽛保険業を行う者の業務の健全かつ適切な運営及び保険募集の公正を確 保する⽜ことによって,その目的を達成するというものである。要するに,
第⚑条の規定は,保険業法の存在理由とその目的および目的達成のための手 段から構成されている。なお,⽛もって国民生活の安定及び国民経済の発展 に資すること⽜もこの法律の目的のように読めなくもない。しかし,これは,
⽛もって⽜という文言から明らかなように,保険契約者等の保護が図られる ことによってもたらされる状態をいうのであって,法的には格別の意義はな く,これを根拠に保険契約者等の保護以外の政策実現手段として保険業法を 運用することは許されないと解されている1)。
⑵ 保険業法⚑条の問題性
上記規定は,一見すると当然の事理を定めたものであり,とりたてて問題 とすべき点がないように思われる。実際,これまで保険業法⚑条の規定を問 題の中心に据えた研究2)は少ない。しかし,この規定は不明確な概念からな 1) 東京海上火災保険株式会社編・損害保険実務講座〔補完〕保険業法10頁,11
頁[山下友信](有斐閣,1997)。
2) 竹内昭夫編・保険業法の在り方下巻⚑頁以下〔中西正明〕(有斐閣,1992)。
この文献は,平成⚗年の保険業法改正に大きな影響を与えた研究書であり,そ の第⚑章⽛事業の監督⽜において保険監督の目的が比較法的に考察されている。
小川宏幸⽛保険業規制の対象,目的および公共性 銀行業規制および証券業規 制との比較 ⽜生命保険論集177号89頁以下(2011)は,タイトルにもあるよ うに,保険業法と他の金融関連業法とを比較してそれらの共通点・相違点を指 摘しつつその理由・根拠を探求するものであり,保険業法⚑条の目的規定の機 能として,業法違反が目的規定を介して,私法上の損害賠償請求権を根拠づけ る機能,すなわち私法ルールの⽛連結点⽜としての機能が指摘されている。
る一般条項である。第一に,いわゆる法治主義(法律による行政)の観点か ら問題がある。第二に,保険業法には上記目的規定はあるが,監督行政庁の 監督権限を定める明文の規定がない。また,目的達成の手段としての⽛業務 の健全かつ適切な運営及び保険募集の公正を確保する⽜との概念が漠然とし た不明確なものであることから,第⚑条の定める保険契約者等の保護という 大義名分の下で合目的監督が行われやすく,監督権限が濫用されるおそれが ある。第三に,保険募集は,保険事業者と保険契約者等の間の私的関係であ り,国と保険事業者との関係を規律する保険業法がどこまで私人間の関係に 関与すべきなのか,現行保険業法がこの観点から適切妥当な規律となってい るか,募集主体の規制は別としても,募集行為の規制,たとえば所属保険会 社等の損害賠償責任を定める規定(283条⚑項),情報提供義務(294条)お よび意向把握義務(294条の⚒)など,私人間の関係は民事基本法である保 険法等で規律するのが法律の体系から見て適切妥当ではないか,要するに,
⽛保険募集の公正⽜確保を第⚑条の目的規定に挙げることの妥当性が検討さ れるべきである。
⚒ 不明確な一般条項
⑴ 概念の抽象性
保険業法⚑条の規定にいう保険業の⽛公共性⽜とはなにか,保険業を行う 者の⽛業務の健全かつ適切な運営⽜とはなにか,どのような状態であれば健 全・適切といえるのか,そして保険募集の⽛公正⽜とはなにか,いずれの概 念もきわめて抽象的であり,その意味内容が不明確である。一般に,不明確 な法概念あるいはそれを含むいわゆる一般条項であっても,その規制内容が 法学的方法による解釈および判例等によって明確にできるものであれば許容 されなくもないといわれる3)。しかし,公共性はいうまでもなく,業務の健 全性・適切性,募集の公正などは解釈によりその意味内容が明確に定まりう るような文言ではなく,実際上これらに係る解釈・裁判例もほとんど見られ
3) Xenia, Rechtsstaatlichkeit im Versicherungsaufsichtsrecht, S. 74(2013).
ないのが現状である。したがって,これらの文言の意味内容は,結局,内閣 総理大臣からこの法律による権限を委任された金融庁長官(313条⚑項)ま たはそこから権限の一部を委任された財務局長または財務支局長(同⚒項)
の解釈(行政庁の解釈)しだいで決まりかねない4)。
⑵ 保険業法⚑条の規範性
他方で,保険業法⚑条の規定はこの法律の基本目標を宣言する単なる⽛綱 領⽜にすぎないから,それほどこの規定の規範性を重視する必要はないので はないかとの見解もあり得るであろう。ただ,たとえば保険業法第⚒編第⚖
章⽛監督⽜の規定を見ると,内閣総理大臣による保険会社に対する報告資料 の提出要求(128条⚑項・⚒項),立入検査の実施(129条⚑項),事業方法書 に定めた事項の変更命令(131条)および業務停止命令(132条⚑項)などに ついて,それらの監督措置の発動要件として,⽛保険会社の業務の健全かつ 適切な運営を確保し,保険契約者等の保護を図るため必要があると認めると き⽜と定められており,保険業法⚑条の規定と同様の文言が共通の発動要件 として使用されている5)。さらにいえば,平成27年⚔月の⽛保険会社向けの 総合的な監督指針⽜(以下,⽛監督指針⽜という)の⽛保険監督に関する基本 的な考え方⽜( 1 1 )の⽛保険監督の目的と監督部局の役割⽜( 1 1 1 ) および⽛監督指針策定の趣旨⽜( 1 2 )のいずれにおいても,それらの冒 頭で保険業法⚑条と全く同じ文言が引用されている。監督指針の問題性につ いては後述するが(⚔参照),監督指針の存在もまた保険業法⚑条の規定と 4) Xenia Ibid. at 89は,ドイツ保険監督法の領域における立法者の特別の責任 を強調する。すなわち,保険監督法は介入行政の分野であるにもかかわらず,
その規範が非常に不明確な一般条項とされているだけでなく,基本権に介入す るにもかかわらず,とりわけ判例による規範の具体化がほとんど行われていな い法領域であり,依然として監督庁(行政部門)による通達等の公表により監 督規定の一定の見通しが保証されているのが実情であると指摘する。
5) 外国保険業者(200条,201条,203条,204条)および少額短期保険業者
(272条の22,272条の23,272条の24第⚒項,272条の25第⚑項)に係る監督措 置の発動要件も同様である。
無関係でないことは明らかである。監督指針がいうように,監督の目的およ び監督指針策定の趣旨が,保険業法⚑条の定める法律の目的の実現にあると いうことであれば,その評価項目が保険会社の保険募集も含めた業務全般に 及ぶ膨大なものとなっても驚くに値しない。なぜなら,保険業法⚑条にいう 保険契約者等の保護という目的実現の手段としての⽛保険業を行う者の業務 の健全かつ適切な運営及び保険募集の公正⽜の確保は,保険事業者の業務の 全般に及びうるものと解されるからである。このように保険業法⚑条の規定 は個別具体的な監督規定(措置)の適用(発動)要件とされているだけでな く,保険企業の実務に多大の影響を及ぼしている監督指針とも無関係ではな い。したがって,保険業法⚑条を単なる綱領として理解することはできない。
そこで言われる⽛業務の健全かつ適切な運営⽜および⽛保険募集の公正⽜と いうその意味内容の確定がきわめて困難で不明確な概念は,法概念として不 適切であるだけでなく,つぎに考察するように,監督行政庁の監督権限の濫 用をもたらすおそれがある。
⚓ 合目的監督と監督権限の濫用
⑴ 法律の内容の明確性の要請
保険業法⚑条の規定は,その内容が不明瞭で明確性に欠け,法律の規定と しての適格性に疑問がある。上述のように,この規定は,その意味内容の解 釈が監督行政庁の裁量に広く委ねられるいわば白地規定ともいえるようなも のである。その結果,保険契約者等の保護という目的実現のためであれば,
監督する側の行政庁に保険業を行う者の業務に対するいかなる介入も許され るかのような規定ぶりとなっている。このような規定に基づく監督行政が,
法治主義,すなわち法律による行政に値するものかどうか疑問といわざるを 得ない。一般に,行政の恣意をコントロールすることにより私人(企業も含 む)の権利や自由を保護することを理念とする法治主義にふさわしい行政と いえるためには,行政がその行為の根拠とする法の内容の明確性(確定性)
が要求されるという点では異論がない6)。この明確性は,法律が厳密に定義 されることを要求し,それにより本質的につぎの目標が追求されるといわれ る。すなわち基本的人権の介入に関する決定は,民主的に正当化された立法 者により行われ,行政部門に対し制御的かつ制限的な行為基準を与え,裁判 所のコントロールが有効に行われ,そして名宛人が自らの行動を法的要求に 適合させることができ,かつ,生じうる不利益な措置を覚悟することができ ること(予見可能性)を保証することである7)。保険企業の営業活動の自由 は憲法で保障された基本的人権であり(22条⚑項),これに対する介入は法 律による行政がもっとも厳格に貫かれなければならないといえるであろう。
⑵ 保険業法⚑条の規定の不明確性
法の内容としてどの程度の明確性が要請されるかについては,法は多様で あることから,その一義的・画一的確定は困難に思われるが,少なくとも保 険業法⚑条の規定にいう保険業の⽛公共性⽜,保険事業者の⽛業務の健全か つ適切な運営⽜および保険募集の⽛公正⽜は,いずれも法概念として著しく 明確性を欠くものといわざるを得ないであろう。
❟ 公共性
⽛公共性⽜についていえば,一方で,保険業の国民経済的意義を表したも のと理解する見解がありうる。すなわち,保険業は,国民の経済生活の保障,
国のナショナル・ミニマムとしての社会保障の補完や被害者救済,さらには 金融仲介機関(コーポレート・ファイナンスの担い手)として重要な役割を 果たしているというものである8)。これに対し,⽛公共性⽜とは,保険業の 6) 阿部泰隆・行政法解釈学Ⅰ122頁以下(有斐閣,2011),同・行政法再入門上 85頁以下(信山社,2015)。Bähr, Das Generalklausel-und Aufsichtssystem des VAG im Strukturwandel, S. 69(2000) ; Xenia op cit. at 69.
7) Xenia op cit. at 71.
8) 保険研究会編・コンメンタール保険業法12頁(財経詳報社,1997),石田 満・保険業法2015[補訂版]⚕頁(文真堂,2016)では,保険業の公共性の内 容は明らかでないが,保険業が国民経済全体に影響を及ぼすことについては疑
性格を表したものにすぎないとの見解が主張されている。すなわち,保険会 社の業務が不健全・不適切に行われ,また保険募集の公正が確保されないと,
多数の保険契約者等が被害を受け混乱が生ずることになるので,相対的に見 て詳細強力な規制が必要であるという保険業の性格を表したものであり,公 共性にそれ以上の意味はなく,公共性を理由に必要最小限を超える規制を正 当化することはできないというものである9)。基本的には後者の見解が妥当 である。国民経済的観点からは,どんな企業であれ多かれ少なかれ国民経済 的意義のないものはなく,相対的程度問題であり,その意義がどの程度であ れば公共性があることになるのかその基準の確定は困難であろう。むしろ,
保険商品の特徴10)をも含めて他の事業とは異なる保険業の性格を表したにす ぎないものと解するのが妥当である。
上記の⽛公共性⽜が保険業の性格を表すものと理解する立場によれば,保 険業法の個別具体的な規制が⽛必要最小限を超える規制⽜かどうかの検討も 保険業法の解決されるべき重要な課題といえるであろう。とりわけ,⽛保険 募集の公正⽜と関連づければ,保険募集規制は保険業を行う者,すなわち私 企業の経済(営業)活動の局面を規制するものであり,そのような私人間の 法的関係にまで保険業の公共性を理由に規制・介入することが,⽛必要最小 限を超える規制⽜ではないのかどうか,重大な疑問が生ずるのである。たと いがないといわれている。また,安居孝啓・最新保険業法の解説【改訂版】17 頁(大成出版社,2010)でも,保険業は現代社会における国民経済や国民生活 の基礎となるという意味で⽛公共性⽜を有しているといわれている。さらに吉 田和央・詳解保険業法⚒頁(金融財政事情研究会,2016)は,保険業が保障・
貯蓄・資産運用・金融仲介機能といった複合的機能を有していることが保険業 の公共性の意味であるといわれる。いずれの見解も⽛公共性⽜の意義を保険業 の国民経済的意義と関連づけて理解されているものと解される。同旨,小川・
前掲注2)99頁。
9) 東京海上火災保険株式会社編・前掲注1)11頁[山下]。
10) 保険商品の特徴として,無形の商品(法的商品)・前払い商品・附合契約
(約款による取引)・保険募集による販売などが挙げられる。詳細については,
出口正義編著=岡田豊基著・保険業法2016年版11頁~13頁(損害保険事業総合 研究所,2016)参照。
えば所属保険会社の損害賠償責任(283条)および情報提供(294条)や顧客 の意向把握等に係る規制(294条の⚒)などの私人間に及ぶ規制は,⽛公共 性⽜を理由に⽛必要最小限を超える規制⽜ではないか,国が規制により介入 する局面なのかどうか,との疑念をぬぐえないのである。保険募集,とくに 募集行為に係る規制は基本的に私人間の私的取引関係を規律するものである ことを考慮すれば,とりわけ保険業法の定める募集行為規制について⽛必要 最小限を超える規制⽜となっていないかどうか,また,保険募集主体の規制 についても,募集人の登録制度等の規制は別としても,保険業の公共性を理 由に,保険会社や代理店等の体制整備義務等を国が規制し監督するのは必要 最小限を超えるのではないか,会社法・金融商品取引法の定める内部統制シ ステムの規制(会社348条⚓項⚔号,362条⚔項⚖号,金商24条の⚔の⚔第⚑
項,193条の⚒第⚒項)の充実・強化では足りないのかどうか,具体的に検 討する必要があるように思われる。立法論として,公共性を理由に許される 必要最小限の規制は保険企業の支払能力の確保にとどめられるべきであり,
保険募集という私的自治が支配する私的取引領域への国の介入は必要最小限 を超えるものとして,保険監督の対象範囲から除外すべきとの考え方もあり うるであろう。
➈ 健全性
保険業法⚑条にいう業務の⽛健全⽜な運営と⽛適切⽜な運営の確保の意義 およびその違いについては,法文上明らかでない。健全な運営の確保とは,
保険会社の⽛支払能力⽜(ソルベンシー)の確保であるとの見解がある11)。 一般に,保険監督の目的は,保険会社の継続的支払能力の確保(破産防止)
による保険契約者の保護であるとか12),あるいは,保険業法による監督の目 的は,保険業者の財務の健全性と保険取引の公正確保であり,前者に関して は具体的に,一般の商品・サービスでは価格に相当する保険料率の規制,資 11) 関西保険業法研究会・保険業法逐条解説⑴文研論集125号187頁[古瀬正敏]
(1998)。
12) 竹内昭夫編・前掲注2)⚔頁以下[中西]。
本や諸準備金等に関する経理の規制,業務の規制,後者に関しては保険料率 の規制に加えて保険約款の規制,保険募集の規制等が挙げられるとの見解も みられる13)。これらの見解によれば,保険業法⚑条にいう業務の⽛健全⽜な 運営の確保とは,保険会社の継続的支払能力の確保,換言すれば,保険会社 の財務の健全性の確保が中心と解される。この点は,ドイツ保険監督法にお いても,⽛監督庁は,保険企業の事業全体を,法監督の範囲で一般に,およ び,財務監督の範囲で特別に監視する⽜14)と定めていることからも,一般に,
保険監督の重点が保険企業の財務監督,すなわち継続的支払能力の確保にあ ることが理解できる。したがって,保険業法⚑条にいう業務の⽛健全⽜な運 営の確保の意義は,保険会社の継続的支払能力の確保,すなわち財務の健全 性の確保と解するのが妥当であろう。
❷ 適切性
一般に,業務運営が⽛適法⽜かどうかの判断とは異なり,業務運営が⽛適 切⽜かどうかはまさに価値判断の問題であるため判断を行う人によってブレ が生じ,業務の適切性は,究極的には,社会常識に照らして判断せざるを得 ないと解する見解がある15)。このことは業務の健全性についても多かれ少な
13) 山下友信・保険法99頁・100頁(有斐閣,2005)。
14) ドイツ保険監督法81条⚑項はつぎのように定める。⽛監督庁は,保険企業の 事業全体を,法監督の範囲で一般に及び財務監督の範囲で特別に監視する。監 督庁は,監視に当たり,保険契約者の利益の十分な保持及び保険事業に適用さ れる法律の遵守に留意する。監督庁は,本法及び他の法律に基づいて監督庁に 与えられた任務を公の利益においてのみ遂行する。法監督の対象は,監督法の 規定,保険関係に関係する規定及び保険契約者に関係するその他のすべての規 定並びに基礎書類の法的根拠の遵守を含む事業の合法的な遂行である。監督庁 は,財務監督の範囲においては,保険に基づく義務の継続的履行可能性,この 点についてはとくに保険技術的準備金の十分な積立て及びそれにふさわしい有 用な財産への投資,合法的な管理,簿記および妥当な内部統制方法を含む商人 原則の遵守,企業の支払余力及び基礎書類のその他の財務的根拠の遵守に留意 しなければならない。⽜。
15) 錦野裕宗・稲田行祐共著・保険業法の読み方 実務上の主要論点一問一答21 頁-22頁(保険毎日新聞社,2012)。要するに保険会社の業務が違法でなくと
かれ当てはまるが,法律の文言として社会常識で判断せざるを得ないような 内容の規定が,果たして基本的人権の領域に介入する法律の規定として適切 であるかどうかきわめて疑わしいといわざるを得ない。結局,業務運営の健 全性および適切性は,そのときどきの監督行政庁の担当者の社会常識如何に よって定まることになるであろう。これは法治主義でなくいわゆる人治主義 である。法律を見てもほとんど不明確で理解できなく,その法的性質が不明 確で議論の余地のある⽛保険会社向けの総合的な監督指針⽜を見なければ法 律の内容がわからなく,それに従えば安全・安心というのでは,保険業法の 法としての存在意義(適格性)が根本から問われざるを得ないであろう。
❳ 募集の公正
⽛公正⽜の概念も同様に不明瞭かつ不明確であることはいうまでもない。
保険募集規制の目的は,保険契約者の利益保護であり,ここにいう保険契約 者の利益保護とは,保険契約者が自分にとって最も相応しい保険がなんであ るかを認識でき,かつ,その保険を選択・入手できるようにすることの実 現・確保であるといわれている16)。この点に異論がないとすれば,保険募集 規制の中心は,保険会社および保険募集人の情報提供・説明および顧客の意 向把握・助言に係る規制にあるといえるであろう。ドイツでは,保険会社お よび保険募集人(保険代理人・保険仲立人)の情報提供義務・助言義務とし て保険契約法で規制しており,保険監督法の規制対象としていない。保険者 と保険契約者との間の保険契約上の関係は,民事法の分野に属する。公法は,
私人間の衝突の調停に当たっては,予備機能(Reservefunktion)を果たすに すぎなく,それは保険監督法の適用に際しては補完性原則(Subsidiäritäts- prinzip)において表れる。保険者に対する保険契約者の民事法上の法的配 慮および保護は,民事私法の優先的任務であるといわれる17)。国は私人間の も,不適切な業務運営があれば,行政庁は行政処分を行うことができることに なる。
16) 竹内昭夫編・前掲注2)245頁[落合誠一]。
17) Fahr/Kaulbach/Bähr/Pohlmann, VAG Komm. 5 Aufl. 2012, § 81 Rn. 15. 出 口正義⽛保険募集規制の在り方に関する一考察 ドイツの保険募集規制と比較
法律関係に極力介入すべきではなく,また保険監督法で情報提供・助言義務 に係る規定を定めても,監督される保険会社がその規定の解釈をめぐって監 督する側の行政庁を相手に訴訟を提起することはおよそ期待できないからで ある18)。ドイツでは,2006年改正により保険契約法に導入された保険会社お よび保険募集人の情報提供・助言義務の規定の解釈をめぐる訴訟が多く提起 されており,最高裁の判例も少なくないといわれている19)。
ドイツと同様に,日本でも,保険企業が監督行政庁を相手に訴訟を提起す ることはほとんど見られなく,あるのはもっぱら保険募集人が保険募集につ いて保険契約者に加えた損害を賠償する責任を負う所属保険会社の損害賠償 責任(283条⚑項)に係る訴訟である20)。この所属保険会社の責任は,それ
して ⽜生命保険論集168号⚑頁以下(2009)参照。
18) Xenia op cit. at 2. は,監督庁と保険企業がときおり行う緊密な対話が,保険 企業による法的手続きの実施,つまり訴訟手続をとることを躊躇させ,それが 期待されるよりも明らかに少なく,裁判所による監督が広範に奪われる権力の 格差が常に監督庁の恣意的な決定の危険を生ずるという。そして,保険監督法 の特殊性の一つとして,法治国家の観点から,国が保険監督法においてときお り保険企業の基本権に著しく介入し,この介入の授権根拠がしばしば不明確で あり,かつ,監督庁の決定が裁判所による監督に服するのがきわめて稀である ことを指摘する。Bähr Ibid. at 9 以下もまた,監督庁と保険企業との協同に関 連して次のように述べている。すなわち,監督庁と保険企業の協同関係は一見 すると関係人間の好ましいあり方のように見えるが,この評価は法的観点から は疑わしいという。すなわち,監督庁と保険企業との単なる合意に基づく監督 基準の採用は事実上のものと規範的なものとの関係および線引きという基本的 問題を提起し,とりわけ一定の監督実務の継続的慣行はたとえそれが協同に準 拠したものであっても当該実務の規範性の観念を生み出し,よく引用される Jellinek の名言によれば⽛事実の規範力⽜(normative Kraft des Faktischen)
を有することになり,⚒階建て監督システムを形成する。⚑階は,唯一拘束力 がありかつ裁判上の基準ともなる実定法としての保険監督法が,その上位にあ る⚒階は,事実上の,それゆえいつでもその取消しが可能な合意だけに支えら れた事実上の合意である。
19) Reinecke, Information-und Beratungspflichten beim Vertrieb von Lebens- versicherungen, Vers R 2015, S. 535.
20) 最判昭和42年11月⚒日民集21巻⚙号2278頁,東京高判平成20年11月⚕日判タ
が民法715条の使用者責任と同じく特殊な不法行為責任であると解されてい るように21),本来民事責任であり,保険業法のような公法(特別行政法)に なじまない異質なものである。情報提供(294条)も意向把握(294条の⚒)
も同じく保険募集に係る規制であり,これらの義務違反による損害賠償も所 属保険会社の民事責任が問題となることから,保険業法で規制するには違和 感をおぼえるのである。保険募集(保険契約の締結の代理または媒介を行う こと。⚒条26項)は,保険会社ないしは保険募集人と保険契約者との私人間 の法律関係であり,本来的には保険法などの私法的規制にゆだねられるべき ものである。国が介入するのは適切でないと思われる。したがって,保険業 法1条にいう⽛保険募集の公正⽜という不明確な文言は削除し,現行保険業 法の保険募集の規制のなかで国の関与が適切なものがあるかどうか,再検討 する必要がある。
⚔.⽛保険会社向けの総合的な監督指針⽜の問題性
⽛保険会社向けの総合的な監督指針⽜(以下,⽛監督指針⽜という)の問題 性はつぎの⚒点である。第一に,そもそも監督指針の法的性質ないし法的根 拠はなにか,第二に,たとえば平成26年の保険業法改正により新たに立法化 された情報提供義務(294条)や意向把握義務(294条の⚒)そして保険募集 人の体制整備義務(294条の⚓)等の規定について一定の解釈を前提に指針 が示されているが,果たして監督行政庁が法規範を解釈しそれを公表するこ とに問題がないかということである。いずれについても,ドイツで活発な議 論がみられるところである。
⑴ 監督指針の合法性
❟ 監督指針の事実上の法規範的作用
監督指針は,それがなんであるかについて自らつぎのように述べる。⽛本 1309号257頁,山口地裁萩支判平成27年⚓月23日判時2278号119頁等。
21) 石田・前掲注8)645頁,安居・前掲注8)958頁。
監督指針においては,保険会社の監督事務に関し,その基本的な考え方,監 督法上の評価項目,事務処理上の留意点について,従来の事務ガイドライン の内容も踏まえ,体系的に整理したもの⽜であり,⽛本監督指針は,保険会 社の実態を十分に踏まえ,様々なケースに対応できるように作成したもので あり,本監督指針に記載されている監督上の評価項目の全てを各々の保険会 社に一律に求めるものではない。⽜(Ⅰ 2⽛監督指針策定の趣旨⽜)。これを 見るかぎり,監督指針は通達ないし行政指導指針(行政手続法⚒条⚘号二),
すなわち行政組織内部の運営について発出される行政組織内部の規範ないし 指針であり,法規範の性質を有しないもの22)と解される。事務ガイドライン の内容の体系的整理が監督指針であるということであれば,それが通達ない し行政指導指針の概念に該当するかどうかにかかわらず,いずれにせよ監督 指針の作用はその宛先である監督行政庁の監督部局にとどまり,いわば行政 組織内部の規範ないし指針として作用すべきものであることは明らかである。
しかし,その実際の作用は,それが公表されることにより,行政組織内部 にとどまらず,監督の対象である保険会社に対し事実上の拘束力を有しうる ものであることは否定できない。とりわけ,監督部局と検査部局の連携の確 保が要請され(Ⅰ 1 2 ⑴),監督指針の評価項目と検査マニュアルの検査 項目とが連動しうる体制の下では,監督指針が保険会社に及ぼす作用は重大 である。それは行政組織内部の規範ないし指針であって法的拘束力はないと いっても,事実上法的拘束力に匹敵する作用があることは否定できない。保 険会社にとって監督指針を無視ないし軽視した業務運営などはおよそ不可能 であろうし,逆に,検査部局の検査をパスするには監督指針に従えばほぼ間 違いがないのであるから,監督指針は監督庁との関係で安心・安全(予見可 能性)を保証するものとなるであろう。このような監督指針の下では,保険 会社の自己責任意識・自由な創意工夫・競争意識の醸成などが生まれる余地 は少なくなる。監督指針は,⽛監督当局は,私企業である保険会社の自己責 22) 通達が法規範の性質を有しない点については,芝池義一・行政法読本第⚓版
94頁(有斐閣,2013),同旨,阿部・前掲注6)解釈学153頁参照。
任原則に則った経営判断を,法令等に基づき検証し,問題の改善を促してい く立場にある。保険監督にあたっては,このような立場を十分に踏まえ保険 会社の業務運営に関する自主的な努力を尊重するよう配慮しなければならな い。⽜(Ⅰ 1 2 ⑶)と述べるが,むしろ監督指針自体が保険会社の自 主的な努力を妨げているのではないかとの疑念がある。監督指針が保険会社 に対し事実上法的拘束力に匹敵する作用を見せた一つの典型例として,平成 26年⚘月改定前の監督指針(以下,⽛旧監督指針⽜という。)において示され ていた契約概要・注意喚起情報・意向確認書面の交付に係る保険会社の実務 が挙げられるであろう。要するに,監督指針の法的性質については学問上議 論の余地がありうるが,いずれにせよそれが法令でないにもかかわらず,公 表される監督指針が行政内部規範の作用を超えて事実上の法規範的作用を及 ぼすことは否定できない。
たしかに,行政庁は,複数の者を対象とする行政指導を行う場合には,行 政上特別の支障がないかぎり行政指導指針を公表しなければならないとされ ている(行政手続法36条)。しかし,今日,規制緩和・自由化による自己責 任意識・自由な創意工夫・競争意識の醸成等が強く要請される経済社会にお いて,監督指針はその実態としてその要請に逆行する作用を有するのみなら ず,監督指針の公表を通じて行政の事前指導ないし誘導による保険業のいわ ば経済管理・統制をもたらしうるおそれがある。そこでは保険会社の自助努 力の余地は認められなくなる。監督指針が行政指導指針であるとすれば,そ の公表は上記のような弊害をもたらすおそれがある。また,監督指針の公表 による指導・誘導により真に⽛保険契約者等の保護⽜が達成できるのか,ど の程度達成できるのかは不明であり,むしろ一般に,とりわけ保険募集規制 に関しては保険会社の自己責任・創意工夫・競争の醸成,さらには民事訴訟 を通じた法的基準の明確化の努力の方が真に保険契約者の保護に資するとい えなくもない。監督指針の公表の弊害と利点の比較衡量は後者が不明なため 困難であるが,法的観点から見れば,それが通達ないし行政指導指針である にすぎないにもかかわらず事実上法的拘束力に匹敵する作用を有しうること
は明らかであり,それが保険業の経済管理・統制をもたらしうるものである ことを考慮すれば,弊害の方が重大であるといわざるを得ない。したがって,
監督指針が行政手続法の定める行政指導指針に該当するとしても,その公表 には監督行政上特別の支障(上記の弊害)があるため公表すべきでないと解 する。それ故に,行政手続法の定める意見公募手続等に係る規定(38条以 下)の適用もないと解される。意見公募は実質的に公表することにつながる からである。
➈ 監督指針と⽛指導・誘導による経済管理(統制)⽜
監督指針は,⽛保険監督にあたっては,保険会社の経営に関する情報を的 確に把握・分析し,必要に応じて,適時適切に監督上の対応につなげていく ことが重要である。このため,監督部局においては,保険会社からの報告に 加え,保険会社との健全かつ建設的な緊張関係の下で,日ごろから十分な意 思疎通を図り,積極的に情報収集をする必要がある。具体的には,保険会社 との定期的な面談や意見交換等を通じて,保険会社との日常的なコミュニケ ーションを確保し,財務情報のみならず,経営に関するさまざまな情報につ いても把握するよう努める必要がある。⽜(Ⅰ 1 2 ⑵⽛保険会社との十分 な意思疎通の確保⽜)と述べる。しかし,監督する側と監督される側との間 に許認可等の権限を通じたいわば権力関係が認められる以上,対等な立場で 自由な意見交換や面談が期待できるとは思われない。ドイツでも監督庁と保 険企業との協同に関連してつぎのような指摘がみられる。すなわち,監督庁 と保険会社との協同関係は,一見すると好ましい在り方であるかのように見 える。しかし,法的観点から見れば,監督(Aufsicht)は常に対象の監督
(Kontrolle)であって協同(Kooperation)を意味するものではない。監督 庁と保険会社は対等の交渉立場になかったのであるから,実際上も協同とい えるものではなかった。監督庁は常に自己の有する広範な介入可能性によっ て,自らの考えを押し通すことができたのであり,そこには交渉の対等性は なかったのである。実際上,監督庁は一種の⽛説得による経済統制⽜
(Überrredungsdirigismus)を行ってきたのである23)。
監督行政庁と保険会社との意見交換や面談等についても,多かれ少なかれ,
監督指針や検査マニュアルとの連携と併せて,保険業に対する⽛指導・誘導 による経済管理(統制)⽜が行われる危険性がないとはいえないであろう。
監督指針についてもパブリックコメントが行われているが,これにより監督 指針の正当性や合法性が裏づけられるわけではない。パブリックコメントや 専門家による検討(ワーキング・グループの報告書)などが監督指針の有す る上記事実上の法規範的作用を正当化するものでないことは明らかである。
結局,監督指針は実質的に⽛指導・誘導による経済管理(統制)⽜の役割を 担う機能を有しうるものであり,その法的根拠は明確でない。
⑵ 監督指針による行政庁の規範解釈の合法性
平成26年の保険業法の一部改正により,情報提供義務(294条)および意 向把握義務(294条の⚒)等の規定が新設された。平成27年⚔月の監督指針 を見ると,旧監督指針と同様にまたはそれ以上に詳細な契約概要・注意喚起 情報・意向確認に係る項目が示されている。これらは監督行政庁による上記 規定およびそれと関連する保険業法施行規則(227条の⚒,227条の⚖等)に 係るいわば規範解釈の結果を示すものに他ならない。すなわち,監督指針が 契約概要・注意喚起情報として具体的に挙げる保障(補償)の内容や告知義 務の内容等の各項目(Ⅱ 4 2 2 ⑵)が第294条により提供されるべき情 報であり,意向把握・確認の方法および確認の対象として具体的に挙げられ 23) Bähr op cit. at 9-10. ドイツでは,これまで⚒階建て監督システムが存在し,
⚑階では,唯一拘束力がありかつ裁判上の基準ともなる実定法としての保険 監 督法が,⚒階部分では,監督庁と保険会社との合意に支えられた事実上の規範 があったといわれている(Bähr)。Xenia op cit. at 6 は,⚒階建て監督システム を二層システムと呼び,第⚑の層は,VAG の強行的規範から成り,第⚒の層 は,実際の合意,それゆえいつでも取り消すことができ,かつ,裁判上争えな い実際の合意で特徴づけられるが,実質上,保険会社は第⚒層において法律で 定められる基準をはるかに凌駕する態度要求を課せられることになると述べて いる。
ている項目(Ⅱ 4 2 2 ⑶)が第249条の⚒により把握・確認すべき方法 および内容ということになるであろう。このような監督行政庁による規範解 釈がどのような権限または授権に基づいているのかが不明である。一般に,
許認可がどのような基準に基づいて与えられるのかなど事前開示する部分は 行政の透明化に寄与するものとして意義がある。これに対し,法律上明確で ない規範について行政が当該規定の解釈を通じて実務を一定の方向に事実上 指導ないし誘導することは,⽛親切のようだが,乱発されると行政の裁量に よる規制強化につながる。⽜との指摘がある24)。ドイツにおいても,近時,
保険監督法64a条(事業組織)の規定が定めるリスクマネージメントに係る 規定について,BaFin(連邦金融サービス監督庁)が発出した通達⽛リスク マネージメントに係る監督庁の最低要求⽜(MaRiskVA(Rundshreiben3/
2009(VA) Aufsichtsrechtliche Mindestanforderungen an das Risikomana- gement vom 22õ anuar 2009)において示された BaFin の上記規定の解釈 権限またはその授権根拠をめぐって活発な議論が展開されている25)。通達の 形式による BaFin の上記規定の解釈が保険企業に対し事実上の拘束力を有 しうることについて,法令の授権に基づかない監督行政庁による事実上の操 縦可能性は,法治国家の観点から疑問とする見解が少なくない26)。日本と同 様に,ドイツでも,BaFin と保険企業の対話(Dialog)が行われ,監督関係 を訴訟により煩わせたくないという気持ちから保険企業の⽛先き急ぐ服従⽜
(vorauseilenden Gehorsam)となり,結局,保険企業が裁判に訴えないで,
監督行政庁の疑わしい決定を受け入れてしまうのが通例であるといわれてい る27)。
ドイツでは保険監督法64a条の規定の⚑箇条の規範解釈が問題とされてい るが,監督指針では保険業法の相当数の条文の解釈が包括的に行われている。
24) 保険教育システム研究所・保険業法のポイント⚗頁(日企,2016)。
25 ) Xenia op cit. at 191-206,Lothar Michael, Rechts-und Aussenwirkungen sowie richterliche Kontrolle der MaRisk VA, Vers R 2010, SS. 141-148.
26) Xenia op cit. at 192-193., Michael Ibid.at 144.
27) Xenia op cit. at 196.
監督行政庁(国)を相手に保険業法の規定や監督指針の解釈の不合理性を争う 訴訟もほとんど見られず,今後も期待できないとすれば,監督指針で示され る規範解釈,すなわち法律によらない行政による法解釈が圧倒的力を発揮す ることになる。法治主義の観点から監督指針の合法性には重大な疑念がある といわなければならない。
⚕.結語 立法論
保険業法⚑条の規定は,その意味内容を確定することが困難な文言で作ら れている。その結果,とりわけこの規定の下で監督行政庁の任務および権限 が広く解されるだけでなく,保険企業に対する関係を超えて,監督が保険企 業と保険契約者との間の私人間の関係にまで際限なく及ぶおそれがある。立 法論としては,保険業法⚑条のような目的規定は廃止し,ドイツ保険監督法 のように監督行政庁の権限を明確に定める規定を置くか,あるいは第⚑条の 規定をつぎのように定めるのが適切であろう。すなわち,⽛この法律は,保 険制度の社会的意義及び保険商品の特徴にかんがみ,保険業を行う者の業務 の適法性,とくに財務の健全性を監視することにより,保険に基づく義務の 継続的履行可能性を確保し,もって保険契約者等の利益の保護に資すること を目的とする。⽜。ここでいう⽛社会的意義⽜とは,今日,保険が国民(法人 企業も含む)生活や経済活動にとって必要不可欠な必需品となっているとい う程度の意味であり,保険商品の特徴は,それがとりわけ保険料が前払いで かつ長期にわたりうる商品であるという程度の意味である。保険業法の存在 理由としてはこの程度で足り,⽛公共性⽜は不要である。また,目的は保険 会社の支払能力の確保であり,そのために法令遵守の監督はいうまでもなく,
とりわけ財務の健全性の確保が目的とされるべきである。この目的が実現さ れることにより,結果として保険契約者等の利益が保護されることになるで あろう。
これに対し,保険募集規制は,本来保険業法(公法)ではなく,保険法な どの私法的規制にゆだねるべきである。私人間の私的取引関係に国が介入す
るのは極力避けるべきであり,とりわけ保険募集規制は原則として保険業法 の対象から除外すべきであろう。それゆえ⽛保険募集の公正⽜は目的規定か ら削除すべきである。また,監督指針や検査マニュアルの詳細な評価・検査 項目に見られるように,監督指針の公表は,その指針策定の趣旨に反して,
保険会社の自己責任意識・自由な創意工夫・競争意識を醸成するどころか,
その妨げとなるであろう。また監督指針はその法的性質が明らかでなく,法 律による行政(法治主義)の観点からも重大な疑念がある。監督行政庁は,
法令以外に監督指針が必要とされる実質的理由およびその正当性(法的根 拠)について具体的にわかりやすく説明する責任がある。監督指針が行政手 続法の定める行政指導指針に該当するとしても,その公表が保険会社等に対 して事実上法的拘束力に匹敵する規範的作用を有し得ることから,監督行政 上特別の支障があり,公表すべきでない。
(筆者は専修大学法学部教授)