■アブストラクト
わが国保険法がいう⽛第三者のためにする保険⽜は,イタリア民法典では 二種類ある。すなわち,per conto 型契約と a favore 型契約であるが,イタ リア法においては,前者は損害保険のみならず生命保険(あるいは人保険一 般)に広く適用されるのに対し,後者は生命保険にのみ適用される。ところが,
旧ドイツ保険契約法(für fremde Rechnung 型契約)がそうであったためか,
わが国では一般に前者が損害保険,後者(ドイツでは Bezugsberechtigung)
が生命保険などの人保険と解されてきた。しかし,2008年のドイツ保険契約 法では,⽛für fremde Rechnung 型契約⽜も,人保険に適用されるよう条文 の位置が変更された。そこで,わが国の改正前商法でも,per conto 型契約 は生命保険に適用可能であったのではないか,さらには,⽛他人の生命の保 険⽜とは,per conto 型人保険の利益処分に関する規律にすぎなかったので はないか,という視点から再検討を行った。
■キーワード
第三者のためにする契約,per conto 型(他人の計算による)契約,
a favore 型(本来の⽛第三者のためにする⽜)契約
*平成29年⚖月10日の日本保険学会関西部会報告による。
/ 令和元年⚖月22日原稿受領。
今 井 薫
改正前商法における⽛第三者のためにする 保険⽜に関する一試論
イタリア学説を契機として
Ⅰ.はじめに
わが国の⽛第三者のためにする保険⽜に関する保険法の規律は,損害保険 では⽛被保険者が損害保険契約の当事者以外のものであるときは,当該保険 契約者は,当然に当該損害保険契約の利益を享受する⽜と規定され,また,
生命保険のそれでは,上述の規定の⽛被保険者⽜の部分が⽛保険金受取人⽜
に,⽛損害保険契約⽜が⽛生命保険契約⽜に変更されているだけである。さ らに傷害疾病定額保険では,これも生命保険のそれとは保険契約の名称
(⽛傷害疾病定額保険⽜)が変更されているだけであることが見てとれる。
この⽛第三者のためにする保険契約⽜の法的性質についてであるが,わが 国では一般に民法の⽛第三者のためにする契約⽜であるとされ1),ただ,民 法の規定では,権利行使のためには,当該第三者(受益者)が受益の意思表 示を要するものと定めている(改正民法537条⚓項)のに対し,保険法の場 合,⽛当然に当該…保険契約の利益を享受する⽜ものとして,特段受益の意 思を要しないと解されている。その趣旨は,当該第三者たる被保険者または 保険金受取人の権利が,保険契約者と保険者間の合意時点で,直ちに生じる ところにあると思われる。
しかしながら,この構成は,法律効果を表意者の意思に関らしめている一 般法の法理から見るとき,たとえ権利に限定するとはいえ,いささか奇異の 感を禁じ得ない。そこで,外国法を検討したいところであるが,2008年のド イツ保険契約法(以下⽛VVG⽜と略称)においてひとつの変化を認めるこ とになった。すなわち,旧法である1908年の保険契約法では,損害保険にお ける⽛第三者のためにする保険⽜を,損害保険の規定である旧第74条の中で
⽛Versicherung für fremde Rechnung⽜のタイトルの下,⽛保険者と契約を締 結する者は,自己の名において他人のために(im eigenen Namen für einen anderen),被保険者を指名し,または指名せずに,保険契約を締結するこ 1) 山下友信・保険法(有斐閣,2005年)262頁,金澤理・保険法(成文堂,
2018年)62頁など。
とができる⽜とし,これに対応する生命保険に関する条文である旧第166条 第⚑項は,⽛…保険者の同意を得ることなく,第三者を保険金受取人に指定 し,かつ保険金受取人に指定した第三者を別の者に変更する権限は,保険契 約者に留保されているものと推定することができる。保険金受取人に指定さ れた第三者に代えて他の者とする保険契約者の権限は,…契約において第三 者が指名されるときは,留保されているものとみなす⽜とされていた2)。と ころで,この条文の規律自体は,2008年の保険契約法においても大きく変わ ったとは言えないのであるが3),それを置く位置に大きな差異を認めること になった。つまり,前者の損害保険に関する規律は,2009年の新法では,第
⚑編⽛総則⽜第⚑章⽛すべての保険分野に関する規定⽜の中の第⚔節(第43 条)に置かれることになった。もっとも,条文の表記の中身はほとんど変わ らないので,わが国の保険法と同内容の規律を,保険契約法の総則で,保険 の種別を問わずまとめて規定したとみることは可能である。
ところで,保険契約総則で⽛第三者のためにする契約⽜を規定し,これと は別に生命保険契約に固有の規定を置く形式は,ドイツ法が最初ではない。
すなわち,1942年の現行イタリア民法典では,保険の総則規定である第1891 条に,⽛他人のため(あるいは⽛計算⽜)または不特定人のためにする(⽛計 算による⽜)保険(Assicurazione per conto altrui o per conto di chi spetta)⽜
の規定4)を置きながら,生命保険に関する規律である第1920条で⽛第三者の ためにする保険(Assicurazione a favore di un terzo)⽜を,ドイツ法より,
さらに明確な形で定めているのである。イタリア法では,⽛他人のため(計 算による)⽜とは,⽛per conto altrui⽜と表記するが,代理を,⽛他人の名で
(in nome altrui),かつ他人の計算による契約⽜と説明しているので,⽛per 2) 新井修司=金岡京子(共訳)・ドイツ保険契約法(2008年⚑月⚑日施行)
((社)日本損害保険協会=(社)生命保険協会,2008年)212,414頁を参照。
3) 旧 VVG の第80条第⚑項の定めが,新 VVG 第43条第⚓項として設けられた。
4) 同条第⚑項を直訳すれば,⽛保険が,他人の計算または不特定人の計算によ り締結されるときは,保険契約者は,その性質により被保険者でなければ履行 できないものを除き,契約から生じる義務を負担しなければならない⽜となる。
conto altrui⽜とは⽛法律効果が(契約当事者以外の)他人に帰属する⽜と いう趣旨と解される。ただし,注4)に記したように,第三者のためにする 契約は代理ではない(自己の名で,しかし他人の計算による)ので,法律上 の義務を,意思表示なしに当該第三者に帰属させることはできない。そこで,
契約上の義務は原則として保険契約者が負うべきことを明定することになる のである(告知義務が問題になるところだが,告知義務の本則であるイタリ ア民法典第1892条は,改正前商法第644条と同様,条文上は保険契約者が告 知義務者である)。そこで,イタリア学説を導きの糸として,この⽛第三者 のためにする保険⽜の法理を,あえて改正前商法の文脈からとらえなおして みることとしたい。
Ⅱ.イタリア学説から見る⽛per conto⽜契約
⑴ 緒 言
イタリア法では,表記の上で⽛他人の計算による⽜は,あらゆる保険,つ まり損害保険であると非損害保険であるとに拘わらず適用される⽛per con- to⽜型契約であり,もっぱら生命保険にのみ妥当する⽛a favore⽜型契約と は異なる。ちなみに,わが国民法第537条に定める⽛第三者のためにする契 約⽜とは,イタリア民法典でもまさに後者を意味する(contratto a favore di terzi)5)。つまり,本来契約の一方当事者(要約者)に帰属すべき契約上の 利益を,相手方(諾約者)との合意に基づき,第三者(受益者)に帰属させ ようとする契約ということになる。しかし,⽛per conto⽜型契約ではかなら ずしもそうならないことに留意する必要がある。
たとえば,運送人が運送契約の相手方たる荷主の積荷について,保険者と
5) イタリア民法典第⚓部⽛債務編⽜,第⚒章⽛契約総論⽜,第⚙節に,⽛第三者 のためにする契約⽜として第1411条から第1413条までの⚓か条を置く。条文訳 については,拙著・保険契約における企業説の法理(千倉書房,2005年)の 243頁に1411条の,248,249頁に1412条の,251頁に1413条の仮訳があるので参 照されたい。
の間で⽛荷主の計算で⽜付保するケースを考えよう。この場合,そもそも契 約上の利益は,被保険者である荷主に帰属すべきものであって,保険契約者 には潜在的にも属すべき利益はない。
イタリア民法典では,この点はより明確である。たとえば,わが国の民法 に定める⽛第三者のためにする契約⽜については,民法典第1411条第⚔文に おいて,受益者が当該受益を拒絶すれば⽛両当事者の意思または契約の性質 によりこれと異なる場合を除き,給付は要約者に留保される⽜と規定されて いる6)。それゆえ,⽛指定の効果により,第三者が保険の利益の上に固有の 権利を取得する⽜(イ民第1920条第⚓文)と定める生命保険において,保険 契約の当事者以外の者を保険金受取人として指定しても,当該第三者が契約 上の利益を拒絶すれば,その利益は(通常は被保険者でもある)保険契約者 自身のものであるから,結果的に保険契約者の相続財産を構成することにな るはずである。
しかし,前述した他人たる荷主の物品を,荷主に代わって付保した運送人 の場合,荷主自身が当該保険の利益を享受することを拒絶したとしても,保 険契約者である運送人は,そもそも保険契約上に利益を有するとはいえない のだから,結果として保険給付請求権は保険契約者自身に留保されるのだと 解することはできないであろう7)。
さて,このような⽛per conto⽜型の保険契約について,イタリアでは当 初から契約の効力に留意すべきとされてきた。Antigono Donati によれば,
⽛他人の名の下に,他人の計算による⽜,いわゆる代理人による保険契約とい うことになるが,ここで問題とされる⽛per conto⽜契約では,⽛契約主体
(保険契約者)でもある表意者と,その者の利益の下に契約が締結される人 格(被保険者)はつねに一致しない(つまり代理ではなく,かつ第三者に利
6) 拙著・前掲注5)243頁。
7) 荷主が自ら目的物を付保し,その保険契約からてん補を得た場合,請求権代 位により運送人の責任が追及される可能性がある。この場合は,運送人が荷主 のために付保した保険の範囲で,責任を免れそうであるが。
益が帰属する)⽜ので,⽛他人の計算による保険(per conto 型保険)の概念 の外側に残るのは,①他人の人格が契約主体ではなくもっぱら利益やリスク の客体に留まる⽝自己のため(a favore proprio)もしくは第三者のために する他人の人格に関する保険⽞(要約者自身を受益者とする他人の生命の保 険や要約者以外を受益者とする他人の生命の保険などが該当するか)か,② 損益の主体はあくまでも表意者であるが受益者(保険金受取人)が第三者 つまり⽝第三者のためにする(a favore)保険⽞である⽜8)とする。すなわち,
Donati の言を敷衍すれば,①他人の付保利益を契約者自身か,契約者でも 被保険者でもない第三者に帰属させようとする保険と,②生命保険に限定的 な⽛a favore⽜契約(付保利益が契約者自身にあっても,利益享受の主体は これと異なる他人)がそこに残ることになる。
⑵ per conto 型保険と告知義務・無権代理
さて,ここで⽛per conto⽜契約を問題とする場合,そこでは⽛他人自身 の名による⽜契約と⽛契約者自身の名による⽜契約が存在することになる。
もとより,前者はいわゆる⽛代理⽜の問題なのだが,たとえ被保険者名義に しろ,代理人が,かってに他人に保険の利益を帰属させる契約を締結し,そ の法律効果を容認させてしまってよいのか,が問われるはずである。そもそ も無権代理では,法律効果が本人に帰属するいわれはない。それゆえイタリ ア法では,自己名義にしろ,事務管理に準じるような⽛per conto⽜契約9)に 法律効果を認めるには一定の仕掛けが必要だと考えているようである。
その一例として,告知義務と被保険者の関係を規律する民法典第1894条の 規定がある。すなわち,前述のようにイタリア法では,告知義務を負うのは 原則的にあくまでも保険契約者であるからである10)。
8) Antigono Donati, Trattato del diritto delle assicurazioni private, vol. II, Milano 1954, pagg. 66, 67.
9) 事務管理なら,管理者名義で他人と契約し,その利益を二次的に本人に帰属 させることになるはずだが,⽛per conto⽜契約では,効果が直接被保険者に帰 属する。
10) 改正前商法第644条を想起されたい。ここでも⽛保険契約者カ悪意又ハ重大
そこで,第1894条では,⽛第三者の名(代理),または第三者の計算による
(per conto)保険においては,当該第三者がリスクに関する不実告知または 不告知を認識しているときは,保険者のために第1892条(故意または重過失 による不実告知および不告知)と第1893条(故意または重過失なき不実告知 および不告知)の規定が準用される⽜として,保険契約者に限られていた告 知義務者を,第三者たる被保険者の悪意・重過失による不告知・不実告知の 場合にも保険者の免責を認めるのである。
リスクの性質や状況は,本来⽛その付保可能性(assicurabilità)に関して も,保険の条件(保険料の額,排除リスク,小損害不担保など)に関しても,
保険者の合意形成にとっては重要である11)⽜。そこで,民法典第1882条第⚑
文は,これらについて保険契約者が故意または重大な過失により不実告知ま たは不告知である場合には,契約の解除原因たり得ると定めている12)。他方,
保険契約者の不実告知または不告知に故意・重過失がない場合については,
その事実を保険者が知った時から⚓か月以内は,契約を(将来に向けて)解 約(告知)することは可能だが,保険者がその事実を知る前,または解約告 知の意思を表示する前に保険事故を生じたときは,支払われた保険料と当該 リスクに応じて支払われるべき保険料の割合で減額されることになる(いわ ゆるプロ・ラタ主義。民法典第1893条第⚒文13))。いずれの規定も保険契約 者の告知義務違反の効果を定めているので,第三者の計算による保険の場合 には,被保険者に不告知・不実告知があった場合にも,同様にこれらの規定
ナ過失ニ因リ⽜となっており,被保険者は告知義務者ではない。
11) Antigono Donati e Giovanna Volpe Putzolu, Manuale di diritto delle assicurazioni, 9a ediz. Aggiornata, Milano 2009, pagg. 126, 127.
12) ただし,解除なので,契約の当初に遡って契約は無効となる。ただし,当該 事実を知った時から⚓か月間権利を行使しない場合は,解除権は失効する(同 条第⚒文)。
13) ⽛不実告知もしくは不告知が保険者により認知される前,または保険者が契 約解除の意思表示をする前に保険事故を生じたときは,約定保険料と目的物の 実際の状況が知られていれば適用されていたであろう保険料の差に応じて保険 金額は減額される⽜と規律されている。
内容が準用されることになる14)。
つぎに問題となるのは⽛無権代理( falsus procurator)⽜である。被保険 者が欲しもしないのに契約により法律効果を被保険者に帰属させ得るのか,
という問題がこれである。すでに明らかなとおり,生命保険における⽛a favore⽜型の,いわゆる⽛第三者のためにする契約⽜ではもとより問題とな らない。これはけだし,保険契約上の利益が契約者(要約者)自身に存する からである(利益の処分権が本来的に契約者自身に帰属)。
無権代理については,イタリアでは一般には民法典第1398条が⽛代理人と して無権限で,または授権の限度を超えて契約締結を行った者は,契約相手 方が,契約が有効であると過失なく信じることにより被った損害について責 任を負う⽜,と定めている15)。つまり,契約自体は無効で,被代理者本人に 効果が帰属することはあり得ない。しかし,第1399条第⚑文で,わが国同様
⽛前条に定める場合,契約は,その締結のために定められた方式に従い,本 人によって追認されることができる⽜と⽛追認(ratifica)⽜を認めているが,
第⚓文では,⽛第三者および代理人として契約を締結した者(無権代理人)
が,追認以前に,合意により契約を失効させることができる⽜として,追認 権を失わせることも認めている。
保険における無権代理ついては,民法典第1890条(他人名義の保険)が一 般則とは別の規律を置いている。すなわち,第⚑文では,⽛保険契約者
(contraente)が,無権限で他人名義の保険契約を締結するときは,本人は,
契約満了または保険事故発生後も契約を追認することができる⽜として,そ の者の名で契約を締結された被保険者16)には,前述の第1399条第⚓文とは異
14) Antigono Donati・前掲注8)pag. 85.
15) わが国のような無権代理人への履行請求ではなく,損害賠償だけである。こ れは,民法典第1338条が,⽛契約の無効原因を認識し,または認識すべき場合 に,これを相手方に通知しなかった者は,過失なく契約の有効性を信じたこと により相手方が被った損害を填補する義務を負う⽜とさだめていることによる。
つまり,追認がなければ契約自体法律効果を生じないのである。
16) 民法典第1399条および第1890条第⚑文も,ともに⽛interessato⽜と表記され
なり,確定的かつ保険事故発生後の追認権を認めている。さらに第⚒文では
⽛保険契約者は,保険者が当該契約の追認または拒絶の通知を受けるまで,
契約から生じる義務を人的に遵守しなければならない⽜として,無権代理人 を,自己の名で契約しているわけではないにもかかわらず,保険契約上の義 務者として扱うものとしている。⽛per conto⽜契約の場合,他人名義で契約 するわけではない(⽛自己の名の下に,他人の計算により⽜)が,イタリア法 上,代理人も,その名の下に契約する者(⽛per conto⽜契約の保険契約者)
も,保険契約により負担する義務は,追認(受益の意思表示)までは変わり がない。
この一般の無権代理(第1398条)と,保険のそれ(第1890条)との違いに ついて Donati は,⽛保険でも…一般原則が有効であるが,(保険には)高度 に社会的価値を有する将来準備機能(funzione di previdenza)が与えられて いるので,立法者は,可能な範囲内で,保険契約の満了または保険事故発生 後といえども本人(その契約の被保険者,または,他人の計算もしくは不特 定人の計算による契約が締結される被保険者)の追認で契約に関与できると 定めることで,その契約を保護しようとした⽜17)と述べて,⽛per conto⽜契約 の被保険者も,義務こそ負わないものの,ある意味幅広く⽛受益の意思⽜を 表示することで権利行使が可能であると解しているようである18)。
⑶ ⽛per conto⽜型契約の法的性質
上述のいわゆる他人の名の下で他人の計算による,代理型の保険と異なり,
自己の名の下で他人の計算による per conto 型の保険について,Donati は,
⽛代理ではない他人の計算により締結される保険は,海上保険において相当 に早い時期に誕生し,諸法典や条例が,その保険を,保険証券中に被保険者
る。契約上の権利者の意である。
17) Antigono Donati・前掲注8)pag. 69.
18) 支払われるべき保険料を,危険担保の準備として有効なものとしようとする 配慮が働いている。ちなみに,第1890条第⚓文では,⽛保険契約者は,保険者 が追認拒絶の通知を受けた時点で経過中の期間の保険料を保険者に支払わなけ ればならない⽜として,契約が無効となっても保険料支払義務を免れない。
の名をつねに記載するという条件で容認した⽜19)として,海上交通の発展と,
取引上の秘密の必要から,16世紀はじめに誕生したと述べている。つまり,
海上取引の激しい競争から,被保険者が誰であるかをできるだけ秘匿したい という意図を反映したものということができる。
ところで,その契約をめぐる理論であるが,Donati はこれを,直接代理 説(teorie rappresentative dirette と呼び,代理権を伴う委任[いわゆる
⽛代理⽜]や事務管理を挙げる),間接代理説(取次契約,代理権なき事務管 理),第三者のためにする契約説,そしてその他の説などに分類する。そし て,彼は,⽛第三者のためにする(a favore)契約説⽜を通説とするのであ るが,それは,この説が,(たとえば贈与のような)別の現象に加えて,利 害を代理する経済現象も法的に解決するに有効な制度とみなしているためで あるとする。単純にわが国の民法第537条,あるいは現行保険法の第三者の ためにする損害保険,生命保険,そして傷害疾病定額保険に定める規定のそ れぞれと同視していたわけではない。
むしろイタリア法の場合,Donati によれば,1865年の旧民法典第1130条 が,⽛法律がとくに定める場合を除き,契約当事者間で第三者に損益を及ぼ す契約は無効である⽜との規定を置くことで,自己の名で第三者に契約上の 効力を及ぼす契約を行うことを禁止していたので,per conto 型保険を自己 のためにする約定の条件に導こうとした,という20)。これはけだし,旧商法 では per conto 型契約を,その第421条で認めていたからに他ならない21)。 換言すれば,per conto 型契約は,まさに⽛自己のためにする⽜しかし⽛他 人に損益が帰属する⽜契約であると説明できたことから,現行民法典ではそ の制約はなくなったとはいえ,a favore 型契約にそのような理論構成が敷衍
19) Antigono Donati・前掲注8)pagg. 70, 71.
20) Antigono Donati・前掲注8)pagg. 80, 81.
21) 旧商法第421条は,⽛その保険が他人の計算または不特定人の計算で契約され たものと保険証券において表示されないときは,付保した者自身の計算で契約 されているものとみなす⽜と規定されている。
していった,つまり,両者は広い意味で同じ契約形態であると解されるよう になったと思われる22)。
しかし,1942年制定のイタリア現行民法典には,すでにこのような制約は ない。per conto 型契約を,いわゆる自己のためにする⽛第三者に請求権が 帰属する契約⽜の本則とし,生命保険に固有の a favore 型契約をその特則 と考える必要はすでにないのである。
⑷ Volpe-Putzolu の見解
そこで,もっとも現代的なアプローチであろうと思われる,ローマ大学で の Antigono Donati 教授の後継者たる Giovanna Volpe-Putzolu 教授の,この 問題に関する見解をフォローしてみよう。
Volpe-Putzolu によれば,無権代理の一般規定と他人の名による保険契約 の規定内容は明らかに異なる。すなわち,前者はすでに言及したように契約 としては無効で,追認の場合を除けば,これを信じて相手方が被った損害に 対しては,無権代理人に対する損害賠償請求権を生じるのみである。しかし,
後者の場合は,追認の有無にかかわらず無権代理人たる保険契約者は契約に より生じる義務(その最たるものは保険料支払義務)を履行しなければなら ない。追認は,すでに述べた通り保険期間満了,あるいは保険事故発生後も 行うことができるが,追認拒絶の場合であっても,無権限で契約を締結した 保険契約者は経過中の保険期間の保険料支払い義務を失わないとされる23)。
このような一般法上の無権代理の例外として契約の効力が認められるのは,
保険経営の必要性に根拠が求められる。Volpe-Putzolu は,これについて,
⽛虚偽の代理人(無権代理人)が創出する関係に特有のリスクが,一群の付 保危険の中に持ち込まれてしまったので,それゆえ保険料の正規の支払と,
保険者が代理権の欠缺の認識(契約の追認または追認拒絶の通知)に到るま
22) Antigono Donati・前掲注8)pagg. 81, 82. つまり当初付保利益は契約者に帰属 したのだが,この権利が譲渡され,それが不特定人のためにする保険のように 第三者に移転するように考えていたのであろう。
23) A. Donati e GiovannaVolpe-Putzolu 前掲注11)pag. 138.
で,保険契約者に帰属するであろうすべての責務(tutti gli oneri)の履行は 担保されねばならない⽜と述べている24)。なお,追認が拒絶され,per conto 型契約が無効とされても,保険契約者は民法典第1890条第⚓文により経過期 間中の保険料支払義務を免れない。このような⽛per conto 型契約⽜は,
Volpe-Putzolu によれば,⽛a favore 型契約⽜と異なり契約の利益が第三者に 帰属するものである以上,かかる契約の本質は,他人の利益の⽛事務管理⽜
的性質を有するものと解している。
さて,損害保険のみならず,生命保険にも適用される per conto 型契約を 規律するイタリア民法典第1891条の建付けは以下のようになっている。
第1891条【他人または不特定人の計算による保険】
保険が他人または不特定人の計算で締結されるときは,保険契約者は 契約から生じる義務を履行しなければならない。ただし,その性質によ り被保険者によってのみ履行され得る義務はこの限りでない。
保険契約から生じる権利は被保険者に帰属する。保険契約者は,保険 証券を保有しているときといえども,当該被保険者の明示の同意なしに その権利を行使することはできない。
契約に基づき保険契約者に対抗し得る抗弁は,被保険者にも対抗する ことができる。
保険者に支払われた保険料および契約費用の償還については,保険契 約者は,損害防止費用(spese di conservazione)と同順位で,保険者に 支払われた金額の上に先取特権を有する。
24) A. Donati e GiovannaVolpe-Putzolu 前掲注10)pagg. 138, 139.Volpe-Putzolu は 企業説をとるため,リスク・ファンドという資本形成が無権代理により毀損さ れないために,追認の有無にかかわらず保険料支払義務を免れないと考えてい るようである。pagg. 25-27. なお,ここで⽛責務⽜としているのは,法律上の 義務の範疇から外れる⽛告知義務⽜などを含むためである。
契約の一般法理(イ民第1705条)によれば,契約から生じる権利義務の主 体は契約者本人ということになる。しかし,契約当事者たる保険契約者が,
保険金(あるいは損害のてん補)に自らの利益を有しない per conto 型契約 においては,保険契約者自身は付保利益を欠いているので,契約上の権利を 主張し得ない(イ民第1904条25))。よって,契約者は契約上の義務は負担す るものの,権利を主張し得ず(当事者として,契約を失効させることもでき ない),この権利はもっぱら特段の定めに従って(in via derogabile)被保険 者に帰属することとなる26)。
さて,ここでさらなる問題となるのは,per conto 型契約を規律する第 1891条が,イタリアでは保険契約の総則規定であり,したがって少なくとも 生命保険にも適用があるとされることである27)。この問題について,前述の Donati には特段の言及はなかったと思われるが,Volpe Putzolu では,つぎ のような注目すべき記述がある。すなわち,⽛生命保険において,この第三 者の計算による契約(la stipulazione per conto di terzi)は,通常は団体保険
(例えば,雇用者により締結される従業員の計算 per conto dei dipendenti に よる保険)の規律と符合する。この場合,この保険は被保険者の生命につい て締約されているのみならず,その利益においても締約されている。したが って,後者は付保危険(死亡,生存)の保有者のみならず,保険契約から生 じる諸権利の保有者でもある⽜という。つまり,かつてわが国で問題となっ た企業団体保険とは,最高裁が論じたようないわゆる⽛他人の生命の保険⽜
25) イタリア民法典の損害保険に関する規定の冒頭にあたる⽛保険の利益⽜を規 律する第1904条では,⽛損害保険契約は,契約が開始すべき時に損害のてん補 につき被保険者の利益が存しないときは無効である⽜と定めている。
26) A. Donati e GiovannaVolpe-Putzolu・前掲注11)pag. 139. 判例通説では,不特 定人の計算による積荷保険の保険契約者が,たとえば船主などである場合,契 約の始期に,船積商品に利益を有する者がかかる船主ではないと確認されれば,
契約は他人の計算による保険の性質を帯びとされてきた。Antonio La Torre (a cura di ), Le assicurazioni L’assicurazione nei codici: Le assicurazioni obbligatorie, Milano 2000, pag. 64(Stefano Benni).
27) A. Donati e GiovannaVolpe-Putzolu・前掲注11)pag. 140.
などではなく,per conto 型の他人の計算による生命保険契約だということ になる28)。
Ⅲ.改正前商法の生命保険規定の再検討
⑴ 緒 言
さて,わが国では保険法の制定により,改正前商法のいわゆる⽛他人のた めにする保険契約⽜は,それまでに蓄積された判例や通説の見解に基づいて きわめて簡略化ないし単純化されたと考えられる。しかし,改正前商法の規 律は,現行保険法との連続において果たしてそれと整合的なものであったの であろうか。わが国もかつてその影響を強く受けたと考えられる19世紀末か ら20世紀前半にかけての各国保険法立法の大きな流れと,諸学説の変遷過程 を併せて考えるとき,いわゆる⽛他人のためにする保険⽜を,Donati から Volpe-Putzolu に至るイタリア学説の中で蓄積された視点から見れば,改正 前商法解釈にはまったく無関係であると断言できるであろうか。そこで,以 下では,もはや不要という批判は甘受するとして,改正前商法の条文を参考 に,per conto 型契約の法理と生命保険規定の関係性について,若干の考察 を試みようと思う。
⑵ 改正前商法の構成と a favore 型契約
わが国の改正前商法によれば,生命保険における⽛他人のためにする生命 保険⽜に関連する規定は以下のようなものであった。
第674条【他人の生命の保険】①他人ノ死亡ニ因リテ保険金額ノ支払ヲ 為スヘキコトヲ定ムル保険契約ニハ其者ノ同意アルコトヲ要ス但被保険 者カ保険金額ヲ受取ルヘキ者ナルトキハ此限ニ在ラス
28) 拙稿⽛団体定期生命保険契約の締結の趣旨と死亡保険金の帰趨⽜山下友信・
洲崎博史[編]・保険判例百選(有斐閣,2010年)112, 113頁参照。後述するよ うに,もしこの Volpe-Putzolu の考え方がわが国でも妥当するなら(筆者は妥 当するのではないかと考えているが),最判平成18・4・11の判決や藤田宙靖裁 判官の懇切な補足意見とも,大いに疑義を感じるところである。
②前項ノ保険契約ニ因リテ生シタル権利ノ譲渡ニハ被保険者ノ同意アル コトヲ要ス
③保険契約者カ被保険者ナル場合ニ於テ保険金額ヲ受取ルヘキ者カ其権 利ヲ譲渡ストキ又ハ第一項但書ノ場合ニ於テ権利ヲ譲受ケタル者カ更ニ 之ヲ譲渡ストキ亦同シ
第675条【他人のためにする保険 利益の享受】①保険金額ヲ受取ルヘ キ者カ第三者ナルトキハ其第三者ハ当然保険契約ノ利益ヲ享受ス但保険 契約者カ別段ノ意思ヲ表示シタルトキハ其意思ニ従フ
②前項但書ノ規定ニ依リ保険契約者カ保険金額ヲ受取ルヘキ者ヲ指定又 ハ変更スル権利ヲ有スル場合ニ於テ其権利ヲ行ハスシテ死亡シタルトキ ハ保険金額ヲ受取ルヘキ者ノ権利ハ之ニ因リテ確定ス
さて,改正前商法第675条第⚑項は,民法第537条第⚑項と相関性を有する,
いわゆる a favore 型契約であることは,わが国の通説によっても支持され ているところである。ただし,改正前商法(現行保険法も)が,⽛当然保険 契約ノ利益ヲ享受ス⽜とされていることから,保険においては,とくに受益 の意思を要することなく,当該第三者は当然に権利者たり得るものと説明さ れてきた。しかし,民法第537条第⚑項の規定でも,⽛…その第三者は,債務 者に対して直接にその給付を請求する権利を有する⽜(以下下線は筆者)と しているだけなので,保険に関する改正前商法および保険法の規律,つまり
⽛当然保険契約ノ利益ヲ享受ス⽜が,民法のそれに比べ特段意味を持つと解 されるいわれはないのではないかと思われる29)。
29) たとえば,大森忠夫博士は,本条の規定について,⽛受取人は,享受の意思 表示を必要とせずして,当然に保険の利益を享受する⽜としている。大森忠 夫・保険法[補訂版](有斐閣,1985年)274頁。通説的見解である。しかし,
この⽛当然⽜とはいかなる意味を持つものであろうか。推測が許されるとすれ ば,むしろ旧 VVG 第166条第⚑項および現行 VVG 第159条第⚑項の⽛保険者 の同意を得ることなく(ohne Zustimmung des Versicherers)⽜の意と解する ことはできないであろうか。
ちなみに,この改正前商法第675条第⚑項に該当するイタリア民法典の条 文は,a favore 型契約の場合,生命保険に関する第1920条第⚓文の⽛指定の 効果により,第三者は保険給付に固有の権利を取得する⽜であるが,それは,
第1921条第⚑文が⽛保険金受取人の指定は,前条の規定で行うことができた 形式で撤回することができる。ただし,その撤回は保険契約者の死後その相 続人によって行うことができず,保険事故の発生により,保険金受取人が受 益の意思を表示したのちはすることができない⽜と定めるから,その趣旨は,
原則として保険契約者の死亡までは受取人の指定を変更できるとするわが国 の改正前商法第675条第⚒項と類似するものであり,これはまた1908年のド イツ保険契約法第166条第⚒項の⽛保険金受取人に指定された第三者は,保 険契約者が別段の定めをしていないときは,保険事故発生により保険者の給 付に関する権利を取得する⽜と異なるところではない。
それでは,わが国の学説が⽛当然保険契約ノ利益ヲ享受ス⽜をことさらに 強調する意味はどこにあったというのであろうか。これは,推測するに,保 険金受取人が先死亡した場合,受取人は⽛当然利益ヲ享受⽜していたのだか ら,その順次の相続人に保険金受取人の権利は承継させて当然である,とす るところにあったかと思われる。ちなみに保険法は,まさに第46条で,⽛保 険金受取人が保険事故の発生前に死亡したときは,その相続人の全員が保険 金受取人になる⽜と規律し,通説では,この考え方は改正前商法から変更が ないと理解されているが,筆者によれば,これはむしろ疑わしい。そこで,
改正前商法の規定を見ると,これはつぎのようなものであった。
第676条【同前 保険金受取人の死亡と再指定】①保険金額ヲ受取ルヘ キ者カ被保険者ニ非サル第三者ナル場合ニ於テ其者カ死亡シタルトキハ 保険契約者ハ更ニ保険金額ヲ受取ルヘキ者ヲ指定スルコトヲ得
②保険契約者カ前項ニ定メタル権利ヲ行ハスシテ死亡シタルトキハ保険 金額ヲ受取ルヘキ者ノ相続人ヲ以テ保険金額ヲ受取ルヘキ者トス
この規律は,素直に読めば,保険金受取人の先死亡は指定のない状態に戻 って保険契約者に再指定する権利が生じ,これを行わずに保険契約者が死亡 した場合は,この時点での先死亡した受取人の相続人たる者ということにな るのではないか。そもそも,第676条第⚑項は,⽛保険契約者ハ更ニ保険金額 ヲ受取ルヘキ者ヲ指定スルコトヲ得⽜としているのであるが,順次の相続人 がすでに暫定的にしろ⽛保険金受取人⽜であるとするならば,⽛保険金額ヲ 受取ルヘキ者⽜を⽛変更スルコトヲ得⽜と規律すべきはずである。それをあ えて⽛指定スルコトヲ得⽜としているのは,保険金受取人が先死亡してしま えば,もはや保険金請求権者はいないとみて,改めて保険契約者に自由な処 分権をゆだねたとみるべきだったのではなかったか。
イタリアの生命保険規定には,これに該当する規律はない。しかし,⽛第 三者のためにする契約⽜の一般法の規律である民法典第1412条(この規律は
⽛要約者の死後⽜に受益者に給付がなされる場合の条項であるが)第⚒文で,
⽛(受益者に指定された)第三者が要約者に先んじて死亡したときは,受益が 撤回されず,または要約者がこれと異なる処分をしなかったときは,(要約 者の死後になされる)給付は,第三者の相続人のために(a favore degli ere- di del terzo)なされなければならない⽜と定められる30)。つまり,ここでも,
保険契約者が,別段の処分をしなかった,すなわち他に受取人の変更をせず に死亡したときは,この時点の受取人の相続人と読むのが素直であるように 思われる。
ところで,改正前商法の第676条第⚒項は,⽛保険契約者カ…権利ヲ行ハス シテ死亡シタルトキ⽜となっていて,被保険者が保険契約者以外の者である ケースを考慮しなくてよいのか,つまり保険事故は被保険者において生じる のではないか,と疑問を呈する向きもあるかとは思われる。しかし,a
30) ちなみに,生命保険のように給付が要約者の死亡後になされるような場合は,
要約者が撤回権を放棄していなければ,つねに受益の撤回をなし得るというの がイタリア民法典の規律である(イ民第1412条第⚑文)。拙著・前掲注5)248,
249頁。
favore型契約を前提とする限り,このような疑問を生じる余地はない。これ はけだし,a favore 型契約では,保険契約者であり被保険者でもある者が,
自らに帰属すべき契約上の利益を第三者たる保険金受取人に処分するもので あって,保険契約者が被保険者と異なる,いわゆる per conto 型契約を,こ こでは全く問題としていないと解されるからである。
なお,ドイツ法における保険金受取人が先死亡した場合についても,念の ため言及しておくと,これは旧 VVG 第168条においても,現行 VVG 第160 条第⚓項においても,⽛受取人指定された第三者によって取得されなかった ときは,その権利は保険契約者に帰属する⽜とされているため,受取人の指 定のない契約となり,この者が死亡すれば相続財産ということになると思わ れる。
⑶ 改正前商法の構成と per conto 型契約
それでは,改正前商法では,保険契約者が,自身とは異なる被保険者のた めに契約を締結する per conto 型契約たる生命保険を想定していなかったか といえば,そうではなかったように思われる。改正前商法第674条は,⽛他人 ノ死亡ニ因リテ保険金額ノ支払ヲ為スヘキコトヲ定ムル保険契約⽜,つまり 他人の生命の保険を規律するものであるが,その第⚑項但書では,被保険者 が保険金受取人である場合に同意が不要であるとしている。これは明らかに per conto 型だからこそであると考えられる。いやむしろ,⽛他人の生命の保 険⽜そのものが,per conto 型契約であるといってもよいであろう。たとえ ば,保険契約者Xが,被保険者Zのために,Zの子Aを保険金受取人として 保険者Yと生命保険契約を締結するようなケースを想定すれば明らかである。
per conto 型契約は,すでにみたように法的性質は事務管理に近いが,その 利益を誰に帰属させるかは,Xが法定代理人のような権限を持つのでなけれ ば,私的自治の原則から本来の保険の利益の帰属者たるZに専属する権限で あるとみるのが正しい。ちなみに,保険金受取人をZの子Aにするか,ある いは本件契約の契約者であるXにするかは,もとよりZのみが決定すべき事 柄で,本条が⽛被保険者の同意⽜を要するとしているのは,もっぱら法律行
為の大原則に基づくからであると解すべきではなかろうか。
イタリア学説を見ると,すでに触れた Donati では,⽛他人の人格に関する 保険(L’assicurazione sulla persona di un terzo)⽜について,⽛per conto 型 の保険 それは,あらゆる種類の保険に想定され,認められるのであるが とは別に,明らかに他人の人格の保険は,いわゆる人保険においてのみ可能 である⽜として,①妻のためにその生命を付保し,息子のためにその傷害に ついて付保するケース,②もっぱら契約者自身のため,つまり自分のために 父を被保険者とする死亡保険契約を締結し,あるいは自分の会社の取締役の 傷害疾病について受取人を会社として保険契約を締結するケースなどを挙げ ている。この場合①は,いわゆる per conto 型契約の本則であるが,②はそ の保険の利益を契約者自身に処分するもので,後者を厳密な意味で⽛他人の 人格に関する保険⽜と呼ぶのだとしている31)。ここでいう,⽛他人の人格の 保険⽜には,生命保険(⽛他人の生命の保険⽜)のみならず,傷害保険や疾病 保険のような人保険を含むとしており,Donati の見解では,いまだ特別な 領域を人保険に認めているようである。しかし,Volpe-Putzolu の教科書に は,すでに他人の生命ないし他人の人格に関する保険の分野は存在しないよ うである。これは,物保険のみならず人保険をも包含する per conto 型契約 の理論を徹底すれば,⽛他人の生命(傷害・疾病)の保険⽜を別途考慮する 必要がすでにないとみられたからではなかろうか。
本稿冒頭の積荷保険のケースをもう一度想起されたい。この損害保険にお ける⽛他人のためにする保険⽜のケースは,改正前商法では第647条の⽛保 険契約ハ他人ノ為メニモ之ヲ為スコトヲ得⽜とする規定の存在により,契約 締結が可能となっているわけであるが,この規律では,本来保険契約者に帰 属すべき権利を別の者に処分(a favore 型契約)することができるといって いるわけではない。なぜ,そのように断じて差し支えないかは,前述した改 正前商法第675条第⚑項と比較してみればあきらかだ。そこでは,第647条と
31) Antigono Donati・前掲注8)pagg. 94, 95.
は全く別の表現で,慎重に⽛保険金額ヲ受取ルヘキ者カ第三者ナルトキハ其 第三者ハ当然保険契約ノ利益ヲ享受ス⽜と表記されているからである。なぜ,
前者が単純で,後者がそうでなかったのか。それは,前者が他人たる被保険 者に帰属すべき利益を,その同じ他人が受益できるよう,当該者に代わって 保険契約者が契約締結してかまわないという表現であるのに対し,後者は,
契約者自身に帰属すべき利益を,別途新たな第三者への処分を許すという,
契約における別次元を開くものになっているからであると思われる。損害保 険でこれを行おうとすれば,もとより被保険利益がネックになるので,あえ て単純に⽛他人ノ為メニモ之ヲ為ス⽜(改正前商法647条))と表記してしま えば,per conto 型契約であることを容易に示すことができた。それは,第 674条第⚑項が,⽛他人ノ死亡ニ因リテ保険金額ノ支払ヲ為スヘキコトヲ定ム ル(per conto 型の生命)保険契約⽜で,当該他人が保険金受取人である場 合,実務的にはモラルリスクを生じる余地はあったとはいえ,⽛此限ニ在ラ ス⽜として,何の条件も付けていないのと同様である。ある意味,損害保険 の第647条の規律とみごとに整合しているのが見て取れるわけである32)。そ して,これらとは別に,人保険に固有な a favore 型契約を特殊なものとし て扱うため,損害保険の第647条と対等にリンクする per conto 型契約たる 生命保険の第674条と並列させて,別に第675条を設けていたのがわが国の改 正前商法の構造であったわけである。その意味で,もっぱら形式的側面に限 られるにしろ,長きにわたり利用されてきた改正前商法の条文構成に⽛隠さ れた美意識⽜を認めないわけにはいかないと感じるのは,やや筆者の感傷に 過ぎるのであろうか。
(筆者は京都産業大学法学部教授)
32) ちなみに,他人の生命の保険の規定はイタリア民法1919条第⚒文にあり,他 人または法定代理人の同意(つまり授権)により効力を生じるとしている。し かし,そこには,わが国の改正前商法675条但書に相当する条項はない。これ はけだし,イタリアではまさに民法1891条が規律すべきものであったからと結 論できるのではなかろうか。