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エマージング・リスクへの対応プロセスについて

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(1)

■アブストラクト

従来のリスク研究の知見を活用し,エマージング・リスクを認知すること から,リスク評価を経て,リスクへ対応するまでのプロセスを模式化し,リ スク評価をエマージング・リスクの発生結果と発生確率の⚒軸⚔象限に分け た。これに,AõStirlling による無知(ignorance),多義性(ambiguity),不 確実性(uncertainty),リスク(狭義の risk)の⚔つに類型された概念を当て はめた。さらに,無知からリスク評価に至るまでの過程において,従来のリ スク研究が得意としてきた⽛データ収集⽜,⽛科学的合意形成⽜,⽛リスク評価 の定式化⽜について説明した。そして,リスク研究の今後の展開を踏まえた 上で,保険業界によるエマージング・リスクへの対応において,日本リスク 研究学会側との連携の可能性を探り,保険商品に応じた,より簡易で素早く 結果の出るリスク評価(Rapid Risk Assessment)手法の開発等を提案した。

■キーワード

エマージング・リスク,リスク評価,リスク研究

⚑.はじめに

本稿では,日本保険学会と日本リスク研究学会の連携セッションであるこ

⽛われわれは近時のエマージング・リスクにどう向き合うべきか⽜

平成29年度大会 日本保険学会・日本リスク研究学会連携特別セッション

*平成29年10月29日の日本保険学会大会(滋賀大学)報告による。

/ 平成30年⚘月⚑日原稿受領。

エマージング・リスクへの対応プロセス について

リスク研究の観点から

平 井 祐 介

(2)

11-平井先生 Page 2 18/09/07 18:09 v3.40 とから,まず,筆者の所属する日本リスク研究学会側の用語を解説しつつ,

従来のリスクへの対応プロセスを模式化して見える化し,その上で,エマー ジング・リスクに対し,両学会の連携の可能性を探るたたき台を提示する。

⚒.リスクへの対応プロセスの模式化

図⚑に,リスクを認知することから,リスク評価を経て,リスクへ対応す るまでのプロセスを模式化した。

なお,その際に,従来のリスク研究における⚒つの大きな論点を省略する こととした。

⚑つは,⽛リスク概念⽜あるいは⽛不確実性の概念⽜に関する論点である。

エマージング・リスクへの対応プロセスについて

104

図⚑ リスクへの対応プロセス(吉澤剛ら(2012)を参考)

(3)

連携セッションにおいては大きな論点ではないと考え,割愛した1)。 もう⚑つの省略は,⽛リスクコミュニケーション⽜に関する論点である。

サイバーリスクにせよ,がんの粒子線治療のリスクにせよ,そこには,保険 会社とリスクを被る人との間でコミュニケーションがどうあるべきかという 論点も考えられるが,本連携セッションの論点としなかったため,割愛した。

エマージング・リスクをどの程度に抑えるかといった⽛社会的合意形成・社 会受容レベル⽜の議論も同様に本稿では差し控えたい。

その上で,エマージング・リスクに関する論点をわかりやすくする,Aõ Stirlling の概念(日本語訳は吉澤剛らを参照2))を図⚑では引用した。また,

図⚑では,吉澤卓哉や岸本が前述している⽛リスクの洗い出し⽜や⽛リスク の早期発見⽜との関係性をわかりやすくするため,Aõ Stirlling の概念にお いて整理されていない⽛無知の無知(そのリスクについて知らないことさえ 知らない)⽜という過程を筆者が設けた。

この⽛無知の無知⽜からは,まず⽛無知の知(図⚑では無知(ignorance))⽜

へ移り,この移行過程において,⽛リスクの洗い出し⽜や⽛リスクの早期発 見⽜がなされると考える3)

ここで,⽛無知(ignorance)⽜の過程とは,横軸を,⽛事象の発生結果4)につ いての知識⽜,縦軸を,⽛事象の発生確率についての知識⽜と置いた際に,い ずれの知識も定まっていない状況を指す。Aõ Stirlling は,これら⚒つの軸 の知識が定まっているか否かで,⚔象限に整理し,それぞれを無知(igno- rance),多義性(ambiguity),不確実性(uncertainty),リスク(risk)と類型

保険学雑誌 第 642 号

1) ⽛リスク概念⽜あるいは⽛不確実性の概念⽜の系譜については,山口(2011)

が詳しく,Frank. H. Knight の⽛不確実性⽜から A. Stirlling の概念まで網羅し ている。

2) 吉澤らは,A. Stirlling の概念を⽛知識の不定性(incertitude)の⚔類型⽜と称 している。

3) この⽛早期発見⽜への対応については,岸本がフォーサイト等をすでに紹介 しているので,ここでは割愛する。

4) スイス再保険のリストにある⽛Potential Impact⽜と同じ意味と捉えると理 解が進む。

(4)

11-平井先生 Page 4 18/09/07 18:09 v3.40 化している。なお,本稿において,Aõ Stirlling による類型化はあくまでも 理念的な類型と捉える。

⽛無知⽜から⽛リスク(狭義)⽜へ移行した後,最後の過程として,リスク 評価結果への対応の過程がある。リスク研究における古典的な⚔つの対応,

⽛リスク回避⽜,⽛リスク軽減⽜,⽛リスク移転⽜,⽛リスク保有⽜を図⚑では整 理している。また,⽛リスク移転⽜の⚑つの代表的なツールとして⽛保険⽜

がある。なお,これらを総じて⽛リスクトリートメント⽜と呼ぶ人もいれば,

⽛リスクマネジメント⽜と呼ぶ人もいるが,本稿では,⽛リスク対応⽜と呼ぶ。

なお,図⚑では,前述の⽛リスクの洗い出し⽜といった用語での⽛リス ク⽜という用語との関係から,筆者によって⽛リスク(狭義)⽜とした。

⚓.リスク研究が得意とする過程

従来のリスク研究では,図⚑における⽛無知からリスク(狭義)への過程⽜

における課題に対するものが主流であった。本稿では,その中でも,特に

⽛データの収集⽜,⽛科学的合意形成⽜,⽛リスク評価の定式化⽜の⚓点をリス ク研究が得意としてきた過程として紹介し,⽛⚔.のエマージング・リスク への対応⽜について検討したい。

⑴ データの収集

⽛データの収集⽜の過程には,⽛未然防止型⽜と⽛再発防止型⽜がある。前 者は,医薬品の承認審査制度に代表される,リスクの源が市場に出る前(上 市前)にデータを医薬品メーカーに収集させ,国がそのリスクを確認するこ とで,リスクの発生を未然に防止(予防)することを目的とした社会制度であ る。後者は,事故情報収集制度に代表される,リスクが市場に出た後(上市 後)に実際に顕在化した要因についての情報を集約し,再発防止に活用する ことを目的とした社会制度である5)

⽛未然防止型⽜のデータ収集を図⚑との関係でさらに整理すると,事象の

エマージング・リスクへの対応プロセスについて

106

5) 既往の危害・事故の情報システムについては,平井(2015)参照。

(5)

発生結果についての知識を定めるためにデータを収集する型(例えば,薬に よる副作用の症状を明らかにするもの)と,事象の発生確率についての知識 を定める,あるいは発生確率のばらつき具合(分布)を定めるためにデータを 収集する型(例えば,どんな人にその副作用は生じやすいのかを明らかにす る)とに大別される。前者については,臨床試験や動物実験が重要な役割を 担うことが多い。後者については,食品リスクの分野において,マーケット バスケット方式や陰膳方式といった集団における食材の摂取量や食事中の化 学物質量を計測する方法,バイオモニタリングと呼ばれる血液中や尿中の化 学物質量を計測する方法,さらには,これら計測データをランダムサンプリ ングし,確率分布として捉えるモンテカルロシミュレーション法6)などがあ る。

⑵ 科学的合意形成

⽛科学的合意形成⽜の過程とは,ある特定の専門家集団内において,ある 科学的知見に対して合意が得られる過程を指す7)。図⚑で言えば,⑴で収集 したデータに基づき,知識が定まる過程を指す。ここで言う⽛知識が定ま る⽜には,事象の発生結果について真実がわかるためのアカデミックな科学 における合意の話だけでなく,事象の発生確率について真実がわかるまで世 の中が待ってくれない場合に,限られた時間内に,不確実性係数として100 の値を用いるなどの作法8)についての合意も含まれるとする。

⑶ リスク評価の定式化

⽛リスク評価の定式化⽜とは,端的に言えば,リスク評価手法の開発であ

保険学雑誌 第 642 号

6) 産業技術総合研究所(2006),小栗ら(2014),一般財団法人化学物質評価研 究機構(2016)など参照。

7) 科学技術社会論では⽛妥当性境界の形成⽜という。藤垣(2003)参照。

8) 従来の科学において得られる科学的知見と,行政が行う規制措置等との間の ギャップを埋めるための橋渡しとなる科学を⽛レギュラトリーサイエンス⽜と いう。小野(2013),永井ら(2016)参照。

(6)

11-平井先生 Page 6 18/09/07 18:09 v3.40 る。リスク評価手法は,定性的評価手法と定量的評価手法に分かれる。定性 的評価手法の代表例がリスク・マトリックス法と呼ばれる手法で,事象の発 生結果と発生確率にマトリックスを分け,リスクを低・中・高に分けて分類 するものである。また,定量的評価手法は,絶対リスクと相対リスクのいず れかの指標で表される。さらに,絶対リスク評価手法は,決定論的な (Deterministic)アプローチと確率論的な(Probabilistic)アプローチに分かれ る。また,⑵で前述した不確実性係数の値を100に決定といった作法の合意 は,決定論的なアプローチのリスク評価手法の開発に含まれる。なお,半定 量的な評価手法として,リスク・ランキング(リスクの順位付け)手法やリス ク・スコアリング手法というものもあり,多種多様なリスク評価手法が開発 されている。

⚔.エマージング・リスクへの対応

図⚑に示したように,リスクへの対応プロセスは,右回りと左回りが想定 される。経験的には,右回りの⽛不確実性⽜を経由する方が多い。左回りの 事例としては,1990年代後半に騒がれた⽛環境ホルモン問題(内分泌かく乱 作用に伴う人への健康影響)⽜,夜間に青色 LED 等の高エネルギー可視光線 を浴びることによる睡眠障害の問題,超低周波音と健康影響の問題などが挙 げられる。例えば,ビスフェノールAと呼ばれる化学物質については,20年 以上の間,極めて低用量での内分泌かく乱作用に起因する人への有害な影響 の発生について論争が続いており9),⽛多義性⽜の領域にいるという見方も できよう。エマージング・リスクについて対応する場合においても重要なの は,⽛科学的合意形成⽜の部分である。この点において,日本保険学会側が 日本リスク研究学会側の知見にあやかりつつ,協力することが考えられよう。

また,右回りにおいては,いかにリスク評価に活用できるデータを収集する かという点においては日本リスク研究学会側に,またデータを収集する仕組

エマージング・リスクへの対応プロセスについて

108

9) 最新の議論は,米国 National Toxicology Program にて2018年⚔月にされて いる。

(7)

みつくりについては,日本保険学会側にそれぞれ一日の長があり,連携の可 能性があるのではないかと考える。

従来のリスク研究では,定式化したリスク評価手法による評価結果を受け て,リスク対応を考えるという⽛枠組み⽜が定説であった10)が,この枠組み では,⽛多義性⽜や⽛不確実性⽜の過程から⽛リスク(狭義)⽜の過程への移 行に多大なコストや時間を要することが容易に想定される。一方,ここ10年 においては,リスク評価とリスク対応の枠組みについての議論が盛んである。

例えば,化学物質管理分野から出てきた⽛解決志向リスク評価(Solution Focused Risk Assessment)⽜11),野生生物の保護管理分野で活用されている

⽛順応的管理(Adaptive Management)⽜,安全分野で議論されている⽛Safety 2õ0⽜や ISO31000の Risk Management など,リスク評価をする前にどのよ うな対応をするかを検討し,その対応に応じたリスク評価手法を開発する過 程を設け,また,PDCA サイクルのようにリスクへの対応の過程をサイク リックな枠組みにするなどの展開がみられている。従来のリスク研究では,

いかに事象の発生確率を適切にとらえるかに精力を注いできた趣があるが,

むしろ,保険会社側がどのようなリスク移転の商品を作りたいかに耳を傾け,

保険商品に応じた,より簡易で素早く結果の出るリスク評価(Rapid Risk Assessment)手法等の開発に,両学会の連携する点があると考える。

(筆者は横浜国立大学大学院環境情報学府博士課程後期)

参考文献

山口治子 (2011)⽛リスクアナリシスで使用される⽛不確実性⽜の概念の再整理⽜

日本リスク研究学会誌21巻⚒号

吉澤剛=中島貴子=本堂毅 (2012)⽛科学技術の不定性と社会的意思決定 リス ク・不確実性・多義性・無知⽜科学82巻⚗号

藤垣裕子 (2003)⽝専門知と公共性:科学技術社会論の構築に向けて⽞東京大学出 版会

保険学雑誌 第 642 号

10) 例えば,米国 National Research Council(1983)参照。

11) 永井(2013)参照。

(8)

11-平井先生 Page 8 18/09/07 18:09 v3.40 平井祐介 (2015)⽛既存の利用可能な製品事故情報を用いたリスクファインディン

グ手法の検討 誤使用による製品事故の情報活用事例 ⽜日本リスク研究学会 年次大会論文集 http : //risk.kan.ynu.ac.jp/publish/2015 日本リスク研究学会_平 井_B-1-1.pdf, last visited on July 31, 2018

産業技術総合研究所 (2006)⽝詳細リスク評価テクニカルガイダンス 詳細版 そ の⚔ 分布のあるデータの処理 より定量的なリスク評価のために ⽞。

小栗朋子=吉永淳 (2014)⽛日本人の無機ヒ素摂取量の確率論的手法による推計⽜

日衛誌69号

一般財団法人化学物質評価研究機構 (2016)⽝In Silico 評価方法等食品に係る新た なリスク評価方法の開発・実用化に関する国際的な状況の調査 調査報告書⽞

平成27年度食品安全確保総合調査

小野恭子 (2013)⽛化学物質安全のためのレギュラトリーサイエンス 化学物質の リスク評価・管理の視点からの考察 ⽜環境科学会誌26巻

永井孝志=藤井健吉=平井祐介=村上道夫=小野恭子=保高徹生=河野真貴子=

井上知也=岸本充生 (2016)⽛化学物質のリスクを中心としたレギュラトリーサ イエンスの事例解析 日本リスク研究学会レギュラトリーサイエンスタスクグ ループ活動報告 ⽜日本リスク研究学会誌26巻⚑号

永井孝志 (2013)⽛リスク評価とリスク管理の位置づけを再構成する解決志向リス ク評価⽜日本リスク研究学会誌23巻

National Research Council (1983) Risk Assessment in the federal government:

Managing the process

エマージング・リスクへの対応プロセスについて

110

(9)

■アブストラクト

保険業界は以前よりエマージング・リスクの保険商品化に努めてはきてい るものの,社会のニーズからすると,必ずしも十分に応えているとは言えな い。また,こと新技術に関するエマージング・リスクについては,適時の適 切な保険商品の投入が新技術の応用や普及を促す側面がある。

このように,保険会社にはエマージング・リスクをカバーする保険商品の 開発が求められているが,その際には特にリスク評価が障害となる。けれど も,リスク評価が困難なリスクの引受を可能とする保険引受手法を保険業界 は有している(事後的保険料調整やファイナイト保険)。保険会社としては,

こうした保険引受手法をさらに洗練させ,エマージング・リスクを積極的に 引き受けていくことが期待されている。また,国家には,このような保険引 受手法の制度的保障(保険としての認定基準の明示)が求められている。

なお,保険会社としては,エマージング・リスクを新たにカバーする保険 商品の開発が期待されている一方で,既存保険商品でカバーしてしまってい るエマージング・リスクが存在することにも十分留意すべきであろう。

■キーワード

エマージング・リスク,ニュー・リスク,ファイナイト保険

⽛われわれは近時のエマージング・リスクにどう向き合うべきか⽜

平成29年度大会 日本保険学会・日本リスク研究学会連携特別セッション

近時のエマージング・リスクに 保険会社はどう向き合うべきか

吉 澤 卓 哉

*平成29年10月29日の日本保険学会大会(滋賀大学)報告による。

/ 平成30年⚖月25日原稿受領。

(10)

06-吉澤先生 Page 2 18/09/07 18:09 v3.40

⚑.エマージング・リスクの登場自体は新しいことではない

エマージング・リスク(emerging risks)あるいはニュー・リスク(広義)

には,

❞ 従来予期していなかったリスク(狭義のニュー・リスク),

❟ 従来予期していたリスクであるものの,従前の予想をはるかに超える 頻度や重大さであることが判明したリスク

の両者があると言われている1)(⽛ニュー・リスク⽜には広義・狭義の両様の意味 があるので,本稿では上記❞❟を併せて⽛エマージング・リスク⽜と称すること とする)。なお,エマージング・リスクの反対語は,通常リスク(familiar, regular, routine, known or conventional risks)である。

こうしたエマージング・リスクは,保険業界にとっては馴染み深いもので ある。なぜなら,第⚑に,保険業界は,従前より,絶えず発生するエマージ ング・リスクについて,それをカバーする新しい保険商品を開発して成長し てきたからである2)。たとえば❞の例としては,製造物責任がある。すなわ ち,製造物責任法の施行によって(1995年),従来の民法の過失責任主義と は異なり,欠陥概念に基づく厳格責任(strict liability)が導入されて,製造

近時のエマージング・リスクに保険会社はどう向き合うべきか

112

1) シュナイダー他(2016)18-6 頁[羽村友城],IRGC (2015) p. 7参照。なお,

シュナイダー他(2016)では,❞の例としてワールド・トレード・センター事 件( 米 国 同 時 多 発 テ ロ 事 件。2001 年 ⚙ 月 11 日 )や リ ー マ ン・シ ョ ッ ク

(Financial Crisis of 2007-2008. リーマン・ブラザーズ証券の破綻は2008年⚙月 15日)を挙げており,❟の例としてタイの洪水(2011年⚗月31日~2012年⚑月 16日)や東日本大震災(2011年⚓月11日)を挙げている(同18-4 頁[羽村友 城])。また,Swiss Re (2014) ⚕頁は,エマージング・リスクとは,新しいリ スクまたは変化したリスクであって,その計測が困難であり,かつ,事業に与 えるインパクトがこれまで十分には考慮されてこなかったものだとする。

2) AON (2015) は,今後⚕~10年間において保険業界にビジネス・チャンスを 与えるエマージング・リスクとして,次の⚗つを挙げる。すなわち,米国にお けるモーゲージの信用リスク,シェアリング・エコノミー,レピュテーション とブランド,マイクロ・インシュアランス(低所得者向け小口保険),企業の 賠償責任,テロ・リスク,サイバー・リスクである。

(11)

者等の賠償責任リスクが著しく上昇した。そこで,保険業界は,既存の保険 商品である生産物賠償責任保険(PL 保険)を生かしつつ,いくつかの特約 を新設し,種々の団体保険制度を創設して販売に努めたこともあって,PL 保険の加入率が激増した3)。また,商法改正に伴って株主代表訴訟が提起し 易くなった際には(1993年),保険業界は会社役員賠償責任保険(D&O 保険。

和文約款)を発売し,多数の公開会社が D&O 保険に加入した4), 5)

たとえば❟の例としては大地震がある。すなわち,阪神地方においても大 地震の可能性は予期されていたものの,阪神淡路大震災(1995年⚑月17日)

では予想を超える損害が発生した。そのため,震災後,阪神地方における地 震保険の加入率は著しく上昇した6)。東日本大震災(2011年⚓月11日)の直後 も,同様に東日本の各都県で地震保険の加入率が大きく上昇した7)

第⚒に,2015年度より,主要な保険会社および保険持株会社は,⽛リスク とソルベンシーの自己評価に関する報告書⽜(ORSA(Own Risk and Solvency Assessment)レポート)を金融庁に提出することが義務づけられたからであ る8)。この ORSA レポートの作成にあたっては,⽛リスクプロファイルとリ スクの測定⽜という大項目の中に,⽛エマージングリスクへの対応⽜が中項 目として明記されている。具体的には,⽛エマージングリスクは,これまで とは異なる要因や環境の変化により発生し,保険会社に重要な影響を及ぼす

保険学雑誌 第 642 号

3) 東京海上研究所他(1998)160頁[相澤英生],523頁[山内稔彦]参照。

4) 企業の海外活動における役員賠償リスクに備えるため1990年に英文約款の D&O 保険が発売された。その後,日本における商法改正で株主代表訴訟が激 増することが予想されたため,1994年に和文約款の D&O 保険が発売された。

松尾=勝股(1994)222-223頁[勝股利臣],小林=近藤(2002)419頁[淡路 伸広],山下(2005)2-4 頁[山下友信]参照。

5) さらにたとえば,北極海航路向けの海上保険について Liu (2016) 参照。

6) たとえば,兵庫県における家計地震保険の加入率は,阪神淡路大震災が発生 した1994年度末では4.8%だったが,1995年度末には8.4%,1996年度末には 10.2%と倍増した。日本損害保険協会(2005)27頁による。

7) 日本損害保険協会(2015)80頁によると,東日本の各都県で,2011年度の加 入率は,2010年度から大きく上昇していることが分かる。

8) 金融庁⽛保険会社向けの総合的な監督指針⽜(2016年⚙月)Ⅱ-⚓。

(12)

06-吉澤先生 Page 4 18/09/07 18:09 v3.40 可能性があるリスクである。このようなリスクに対しては,過去に発生した 事象の再発のみを念頭においたリスク管理では対応が困難であり,その管理 が重要である。⽜と説明されている。そして,⽛エマージングリスクの把握プ ロセスが整備された上で,幅広くリスク事象が洗い出されており,その評価,

対応方針等を策定している。⽜ことが,⽛先進的な取組⽜だとされている9)。 以上のように,エマージング・リスクは,保険業界にとっては馴染み深い ものだが,本稿で取り上げるのは,ORSA レポートに記載するような保険 会社自身のエマージング・リスクではなくて,事業者,消費者,そして社会 全体にとってのエマージング・リスクである。以下では,まず,エマージン グ・リスクの特徴を把握する(次述⚒)。そのうえで,エマージング・リス クについて困難と言われているリスクの洗い出し(後述⚓)とリスク評価

(後述⚔)を検討するとともに,そうした作業が保険会社にとってどのよう な意義を持つかを整理する(後述⚕)。そして,エマージング・リスクの保

近時のエマージング・リスクに保険会社はどう向き合うべきか

114

9) 金融庁⽛ERM 評価目線の概要(2016年⚖月版)⽜⚑頁,⚕頁。

http : //www.fsa.go.jp/news/28/hoken/20160915-2.html, last visited on May 31, 2018.

なお,この⽛評価目線⽜ではエマージング・リスクについてリスク評価が求 められているように読める。しかしながら,金融庁による保険会社に対する ERM 評価の実施結果である⽛保険会社におけるリスクとソルベンシーの自己 評価に関する報告書(ORSA レポート)及び統合的リスク管理(ERM)態勢 ヒアリングに基づく ERM 評価の結果概要について⽜(2016年⚙月15日。上記 URL に掲載あり)では,エマージング・リスクの洗い出しや継続的モニタリ ングを⽛先進的な事例⽜として挙げているが(同⚔頁),エマージング・リス クのリスク評価については全く触れていない。そもそもエマージング・リスク のリスク評価は困難または事実上不可能であることからすると(後述⚔参照),

リスク評価に触れないのは当然のことかと思われる。ちなみに,ORSA の試 行段階において,既に金融庁はエマージング・リスクについて⽛計量化が困難 なリスク⽜と性格付けをしていたのである(金融庁⽛統合的リスク管理態勢ヒ アリングの実施とその結果概要について- ORSA レポートの作成及び提出に 関する試行-⽜(2014年⚖月30日付けニュースリリースの別紙)⚖頁)。

http : //www.fsa.go.jp/news/25/hoken/20140630-4.html, last visited on May 31, 2018.

(13)

険商品化を図るにあたり,エマージング・リスクの特徴を前提とした保険引 受手法を提示し(後述⚖),最後に結論を述べる(後述⚗)。

⚒.近時のエマージング・リスクの特徴

エマージング・リスクに関しては,次のような特徴があると考えられてい る。第⚑に,一般に,エマージング・リスクは認知し難く,また,たとえ認 知してもリスク評価が難しい10)。また,当該リスクの除去・軽減の方法が確 立していないことが多い。

第⚒に,往々にして,エマージング・リスクは技術革新と結びついており

(たとえば,古くは,鉄道の発達11)や自動車の普及12)),エマージング・リスク の適切なリスク・マネジメントあるいはリスク・ガバナンスは,技術革新自 体を側面から支援することに繋がる。

第⚓に,エマージング・リスクについて一定のリスクの除去や軽減を行っ てもなお一定のリスクが残存するが,当該リスクを自家保有したくないので あれば,通常リスクと同様,保険商品等を用いて残存リスクを他者に移転す る必要がある。けれども,エマージング・リスクは,従来の保険商品ではカ バーされていないことが多々あるので(特に,狭義のニュー・リスクの場合。

前述⚑⑴❞参照),保険会社は新しい保険商品等の開発を社会あるいは顧客 から求められるものの,上述のとおりリスク評価が難しいので保険商品化が 困難であることが多い13)

保険学雑誌 第 642 号

10) 須江(2001)46頁は,当該論文における⽛ニューリスク商品⽜を,給付事由 に関して次の⚓つの特徴のある保険商品と定義している。すなわち,⽛①これ まで引き受けた経験がない。②予定発生率作成上の統計データが少ない。③実 際の発生率の将来の動向がわからない。⽜である。

11) 鉄道の発達に伴う鉄道事故の多発を受けて,世界初の民間の傷害保険が英国 で発売された(1849年)。

12) 日本における急速なモータリゼーションに伴う自動車事故の多発を受けて,

自動車損害賠償保障法(自賠法)が制定され(1955年),強制保険である自賠 責保険制度が発足した。

13) 田中=松山(2004)51頁参照。たとえば自賠責保険制度(前注参照)は,政

(14)

06-吉澤先生 Page 6 18/09/07 18:09 v3.40 エマージング・リスクには,一般にこのような特徴があると考えられてい る。ところで,エマージング・リスクは絶えず入れ替わりながらも従前から 存在するが(過去のエマージング・リスクは,今日においては知られてしまって いるので,もはや⽛エマージング⽜でないことがほとんどである),近時のエマ ージング・リスクに特有の特徴の有無も検証する必要がある。そこで,近時 のエマージング・リスクを概観することとする。

ところで,何が近時のエマージング・リスクであるかについては,論者に よって様々な捉え方があり得よう14)。けれども,ここではエマージング・リ スクを同定することに主眼がある訳ではなく,近時のエマージング・リスク の特徴の把握を目的とするため,遺漏や過剰をさほど問題視しないこととす る。ついては,世界有数の再保険会社であるスイス再保険(Swiss Re)が発 表しているエマージング・リスクを参照することとした。同社は2000年から エマージング・リスクに取り組んでおり15),かつ,同社が同定するエマージ ング・リスクを2013年より発表しているからである16)。このスイス再保険が 提示するエマージング・リスクのリストは,短期のリスク(期間⚑年~⚓年。

表⚑参照)と,長期のリスク(期間⚓年超。表⚒参照)に分類されている17)。 さらに,重要度に応じて⚓分類されている。

近時のエマージング・リスクに保険会社はどう向き合うべきか

116

府再保険の制度的裏付けが用意されて初めて実現した(なお,政府再保険制度 がようやく廃止されたのは2002年である)。

14) たとえば,世界経済フォーラムは,発生可能性の高いグローバル・リスク

(上位⚕位)として異常気象,大規模な非自発的移住,巨大自然災害,大規模 なテロ攻撃,データの不正使用または窃盗を,影響が大きいグローバル・リス ク(上位⚕位)として大規模破壊兵器,異常気象,水危機,巨大自然災害,気 候変動の緩和や適応への失敗を挙げている。Ref., World Economic Forum (2017), figure 2.

15) シュナイダー他(2016)18-1 頁[葛西賢一]参照。

16) Ref., Swiss Re (2013)-(2016).

17) Swiss Re(2013)p. 3は,⚓年超のリスクを,⚔年~10年のリスクと10年超 のリスクに分類しているが,他の年の同誌との連続性を持たせるため,本稿で は両者を合わせて扱った。

(15)

保険学雑誌 第 642 号

【表⚑:スイス再保険が発表したエマージング・リスク(短期:⚑-⚓年)】

18) 水たばこ,電子たばこ,マリファナ(合法なもの)が例示されている。

(16)

06-吉澤先生 Page 8 18/09/07 18:09 v3.40 近時のエマージング・リスクに保険会社はどう向き合うべきか

118

(出所:Swiss Re (2013) p. 3, (2014) p. 5, (2015) p. 7, (2016) p. 2 を筆者が一覧表に した) 

(17)

保険学雑誌 第 642 号

19) ⽛インターネット・ネットワークの断片化⽜とは,サイバー攻撃からの防御 等を理由に,外界と接続しないインターネット・ネットワークが増加していく ことである。

【表⚒:スイス再保険が発表したエマージング・リスク(長期:⚓年超)】

(18)

06-吉澤先生 Page 10 18/09/07 18:09 v3.40 スイス再保険が提示するエマージング・リスク(表⚑,表⚒参照)からす ると,近時のエマージング・リスクには次のような特徴があるように思われ る。すなわち,第⚑に,多様な数多くのエマージング・リスクが一時に到来 しようとしていることである。

第⚒に,エマージング・リスクの多くが技術革新と結び付いていることで ある20)。そして,その中でも,クラウド,ビッグデータ,IoT(Internet of Things)等々,情報・コンピュータ系のリスクが新技術に関するエマージン グ・リスクのうちの半数弱を占めている(表⚑,表⚒の〇印を付したリスク。

筆者の判断で付した)。その一方で,情報・コンピュータ系以外の新技術に関 するエマージング・リスクが,それ以上に存在していることに留意する必要 がある(表⚑,表⚒の☆印を付したリスク。筆者の判断で付した)。

エマージング・リスクは古くから絶えず消長を繰り返しているが,この⚒

点において,近時は,従来われわれがエマージング・リスクに対応してきた 局面と異なる様相を呈しているようにも思われる。換言すると,エマージン

近時のエマージング・リスクに保険会社はどう向き合うべきか

120

(出所:Swiss Re (2013) p. 3, (2014) p. 5, (2015) p. 7, (2016) p. 2を筆者が和訳し,一 覧表にした)

20) Schwab (2016) p. 1(邦訳⚙頁)も,⽛広範な領域に及ぶ先端技術のブレーク スルーの驚異的な結集⽜(staggering confluence of emerging technology break- throughs, covering wide-ranging fields)が生じていると指摘している。

(19)

グ・リスクに対する従前の対応方法では,近時のエマージング・リスクに十 分には対応できない惧れがある。

⚓.エマージング・リスクの洗い出し

エマージング・リスクは,通常のリスクとは異なり,その洗い出しから始 めなければならない(なお,リスク同定(risk identification)は,洗い出し作 業の後に必要となる別の作業である)。

通常のリスク,たとえば,住宅や工場に火災リスクや落雷リスクが存在す ることや,自動車に賠償責任リスクが存在することは,わざわざリスクの洗 い出し作業を行わなくても自明である。また,通常のリスクについて保険商 品が存在しない場合には,顧客からも保険会社に対して保険商品化の要望が 具体的になされるのが通常であるし,現に保険商品が存在しないということ は,当該リスクが保険商品化に適さないと過去において保険会社が判断して いることが大半である。

一方,エマージング・リスクの保険商品化にあたっては,まずはリスクの 洗い出し作業が必要となる。そもそも,エマージング・リスクには,❞従来 予期していなかったリスクと,❟従来予期していたリスクであるものの,従 前の予想をはるかに超える頻度や重大さであることが判明したリスクの⚒種 類がある(前述⚑参照)。上記❞に関しては,予期していないものを予想しな ければならない訳であるから,その洗い出しには著しい困難が伴う。また,

エマージング・リスク洗い出しの的確かつ効率的な方策は,未だ確立したも のが存在しない。また,上記❟に関しては,従前から認識されているリスク のうち,リスク評価またはリスク再評価が必要なものを洗い出さねばならず,

別種の困難が伴う。

このように,エマージング・リスクに関しては,まず,その洗い出し作業 に多大な時間と費用を要するとともに,作業結果の的確性も保証されていな い。けれども,多大な時間と費用を投じれば,不十分ながらも一定程度のエ マージング・リスクの洗い出しは不可能ではないと思われる。

保険学雑誌 第 642 号

(20)

06-吉澤先生 Page 12 18/09/07 18:09 v3.40 ところで,上述のとおり,エマージング・リスクの洗い出しには多大な時 間と費用を要する。そして,多大な時間と費用をかけて洗い出されたエマー ジング・リスクのリストは,経済学的には準公共財の性格を有するものであ る(非競合性がある)。さらに,エマージング・リスクは絶えず変化・変容す るので,定期的な洗い出し作業が不可欠である。エマージング・リスクの洗 い出しにこうした特徴があることからすると,個々の保険会社や研究機関が 別個にエマージング・リスクの洗い出し作業を実施するのではなく,各事業 者や各機関が協力して洗い出し作業を行うことが望ましいと言えよう(こう したエマージング・リスクの洗い出しに関する協力のみであれば,独占禁止法が 禁止する不当な取引制限には該当しないものと思われる)。また,定期的に多大 な時間と費用を要すること,作業結果であるエマージング・リスクのリスト には準公共財の性格があることからすると,国家として洗い出し作業を行い,

その結果を公表することが望ましいと言えよう(この場合,公表されたエマー ジング・リスクのリストは純粋公共財となる)。

⚔.エマージング・リスクのリスク評価

エマージング・リスクは,洗い出し作業を経てたとえリスクとして認知で きたとしても,そして,リスクのプロファイリングができたとしても,リス ク評価に困難が伴う。

リスク評価は,定性的評価と定量的評価に大別することができる。けれど も,エマージング・リスクによっては,そもそも定性的評価自体が困難であ る。そして,こと新技術に関するエマージング・リスクについては,その定 性的評価が,単に困難であるにとどまらず,事実上不可能であることが多い と言えよう。なぜなら,①技術自体がどんどん進歩していくので,技術内容 に応じた定性的評価自体も定まらない。②たとえ技術自体の進歩が一定期間 停滞したとしても,技術の用いられ方が日々変容していくし,想定していな かったような用いられ方がなされるので,技術の応用内容に応じた定性的評 価自体も定まらない。また,技術自体も進歩しつつ,それと同時に技術の応

近時のエマージング・リスクに保険会社はどう向き合うべきか

122

(21)

用内容も変容していくことも多いので,なおさら定性的評価が定まらない。

③技術の応用は,非生産的な方向でもなされることがあるが(すなわち,技 術の悪事への利用)21),その場合にはなおさら定性的評価が困難であったり事 実上不可能であったりするからである。

そして,エマージング・リスクの定量的評価に至っては,なおさら困難が 伴う。まさにエマージングであるがため,④定量的な分析を行うためのデー タ量が十分に蓄積されていないからである。また,こと新技術に関するエマ ージング・リスクについては,上記①~③の理由により定性的評価が事実上 不可能なことが多いから,当然,定量的評価も事実上不可能なことが多い。

なお,リスク評価が困難または事実上不可能なことが多いということは,

当該エマージング・リスクを抱える主体としてもリスク評価が困難または事 実上不可能なことが多く,また,社会全体としてもリスク評価が困難または 事実上不可能なことが多く,そして,リスク移転先である保険会社にとって もリスク評価が困難または事実上不可能なことが多いということである。

⚕.エマージング・リスクの洗い出しやリスク評価と保険会社

エマージング・リスクの保険商品化を検討する前に,エマージング・リス

保険学雑誌 第 642 号

21) たとえば,サイバー・リスクは,当初は事業者が保有する個人情報の漏洩に 基づく損害賠償責任が最重要視されていたが,今日においては,コンピュー タ・システムの停止,工場等の操業停止といった,事業者自身やサプライチェ ーンに発生する損害(特に,不稼働損失)が重視されるようになっている(牛 窪(2017)⚔頁,11頁参照)。ちなみに,サイバー・リスクに関しては,2015 年以降,ランサムウェアが多く確認されている。ランサムウェア(ransom- ware)は,コンピュータに感染して利用者のアクセスを制限し,当該制限の 解除と引き替えに金銭の支払を求めるマルウェアの一種である。独立行政法人 情報処理推進機構⽛IPA テクニカルウォッチ⽝ランサムウェアの脅威と対 策⽞⽜参照。https : //www.ipa.go.jp/security/technicalwatch/20170123.html, last visited on May 31, 2018. そして,2017年⚕月にはワナクライ(WannaCry)

と称されるランサムウェアによるサイバー攻撃が世界的に確認された。

またたとえば,ドローンに関しては,2015年に,放射性物質を登載したドロ ーンが首相官邸の屋上で発見された。

(22)

06-吉澤先生 Page 14 18/09/07 18:09 v3.40 クの洗い出し作業や,洗い出されたエマージング・リスクのリスク評価が,

保険会社にとってどのような意義を有するかをここで整理しておくこととす る。意義次第では,保険会社がエマージング・リスクの洗い出しに積極的な 態度をとるか否かが分かれると思われるからである。

検討にあたっては,エマージング・リスクを⚒つに分けて考える必要があ る。一つは,従来の保険商品ではカバーしていなかったエマージング・リス クであり,もう一つは,従来の保険商品でカバーしてしまっているエマージ ング・リスクである。

⑴ 従来の保険商品でカバーしていなかったエマージング・リスク

従来の保険商品でカバーしていなかったエマージング・リスクに関しては,

新たな保険商品開発に積極的な保険会社においては,洗い出し作業を行った うえで,プロファイリングやリスク評価を行って保険商品化に繋げていくこ とになる(もちろん,新たな保険商品化を目指しても,保険商品として結実しな いエマージング・リスクも多々存在する)。

ここで重要なことは,保険会社によるこうした努力が新商品の発売として 結実しなかったとしても,あるいは,そもそも保険会社がこうした努力を全 くしなかったとしても,少なくとも短期的には保険会社に大きな損失が発生 する訳ではない,ということである。むしろ,エマージング・リスクの保険 商品化には取り組まずに,エマージング・リスクが通常リスクに変容した段 階で当該リスクをカバーする新しい保険商品を開発する方が,リスクの存在 自体が明確で,リスク・プロファイリングもリスク評価も可能であるので,

はるかに簡便かつ安全である。しかしながら,エマージング・リスクを抱え る個人や事業者にとっては,保険というリスク移転手法が用意されないこと は,エマージング・リスクの受容に消極的にならざるを得なくなるし,近時 のエマージング・リスクの背景にある技術革新やその応用を阻害する惧れが あると言えよう。したがって,このような社会的損失を低減させるためには,

保険会社が従来の保険商品でカバーしていなかったエマージング・リスクに ついて,そうしたリスクをカバーする新しい保険商品を開発するインセンテ

近時のエマージング・リスクに保険会社はどう向き合うべきか

124

(23)

ィブを保険会社に与える必要がある。あるいは,エマージング・リスクをカ バーする新商品に関しては,通常リスクをカバーする保険商品に比べて商品 開発に時間と費用を要し,かつ,保険引受リスクの分散も大きいので,保険 会社が超過利潤を確保するだけの保険料水準を設定することを社会として容 認する必要がある。

⑵ 従来の保険商品でカバーしてしまっているエマージング・リスク エマージング・リスクであるにもかかわらず,保険会社としては全く意図 せずに,現行保険商品でカバーしてしまっているエマージング・リスクがあ る22)

たとえば,サイバー攻撃を原因とする火災事故が問題となり得よう。サイ バー攻撃によって工場のコンピュータ・システムが乗っ取られてしまうと,

慎重な制御が必要な工場では火災や爆発に結び付く危険性がある。けれども,

現在販売されている火災保険では,たとえサイバー攻撃が原因で火災や爆発 に至ったとしても保険者が無責あるいは免責となるような約款条項が置かれ ていないようである23)

またたとえば,ドローン(drones or scheduled unmanned aircraft)による賠 償責任事故が問題となり得よう。すなわち,事業者がドローンを使用して事 業を行うことがあるが(たとえば,撮影や農薬散布等),ドローンの落下等に よって事業者が損害賠償責任を負う可能性がある。けれども,米国において 従来販売されていた事業者向け賠償責任保険では,ドローンによって生じた 賠償責任リスクが明確には排除できていないこともあったようである24)。そ のため,ドローンが航空機免責に該当することを明確にしたうえで,ドロー

保険学雑誌 第 642 号

22) 保険会社として意図せずに引き受けてしまっているリスクは,換言すると,

意図せずに提供してしまっている保険カバーは, ‘silent exposure’ と呼ばれて い る。サ イ バ ー 危 険 の ‘silent exposure’ に つ い て,PRA ( 2006 ); JLT Re (2017), p. 13, Table 1(ロイズの状況)参照。

23) Ref., Insurance Information Institute (2017) p. 220 (Japanese version).

24) 矢吹(2016)11頁参照。

(24)

06-吉澤先生 Page 16 18/09/07 18:09 v3.40 ンによって生じた損害賠償責任を担保する特約が別途販売された25), 26)

保険会社の経営にとっては,少なくとも短期的には,こうしたエマージン グ・リスクの方がはるかに重要である。なぜなら,こうしたエマージング・

リスクについては,全ての保険会社が(この点において第⚑のエマージングと 決定的に異なる)27),洗い出し作業を行ったうえで,プロファイリングやリス ク評価を行って,当該リスクが保有保険契約や新規保険契約の収支に与える 影響を算出し,必要に応じて既存保険商品について何らかの対応(たとえば,

新しい特約の付帯,免責条項化等)を検討・実施しなければならないからであ る(ただし,既に引受済みの保有保険契約に関しては,当該保険契約の保険期間 満了までは対応が難しい28))。

近時のエマージング・リスクに保険会社はどう向き合うべきか

126

25) ドローンによって生じた損害賠償責任を担保する特約の ISO による新規開 発(2014年)について Business Insurance (2014) を参照。なお,米国では ISO (Insurance Services Office) が標準約款を作成して会員会社に提供してい る。

26) 賠償責任保険における ‘silent exposure’ (前掲注22参照)は,身体障害や財 物損壊を保険てん補要件としない保険商品(たとえば,人格権侵害危険を担保 する条項)において特に要注意であると思われる。なぜなら,個人データの不 適正な収集や取扱い,不正な提供や持ち出し,漏洩等によって,事業者が莫大 な損害賠償責任を負担する惧れがあるからである。そして,そのような危険は,

情報技術およびサイバー攻撃手法の進展に応じて日々拡大しているからである。

27) ただし,ほとんどの引受契約が死亡保険契約である生命保険会社は,さほど 神経質になる必要はないかもしれない。なぜなら,死亡保険契約は基本的には オール・リスク保険であるので,死亡率が大きく増加するようなエマージン グ・リスクでない限り,保険料率(安全率を含む)に少々のエマージング・リ スクの対価は含まれていると言えよう。

28) 保険法施行前の改正前商法下では,危険著増に基づく契約解除権が認められ ていたので(改正前商法657条),意図せずに担保してしまっていたエマージン グ・リスクの発現や増大を理由として,保険者は保険契約を解除することがで きた。

しかるに,保険法下では危険増加に基づく解除権は,⽛告知事項についての 危険⽜の増加に限定されており(保険法29条⚑項柱書),保険者が予期してい ないエマージング・リスクに関しては,そもそも保険契約締結時に告知を求め ていないと考えられるため,この要件を充足しない。また,仮にこの要件を充

(25)

ここで重要なことは,こうした作業を保険会社が怠った場合,保険会社に 大きな損失(場合によっては,保険会社の破綻に至る損失)が発生する可能性 があるということである。たとえば,過去の実例としては米国におけるアス ベスト(石綿。asbestos)問題がある。アスベストは暴露から数十年を経て 人体被害が顕在化するため,アスベストの危険性を知らないままに保険者は 生産物賠償責任保険等を引き受けてきた29)。そして,保険引受から随分後に なって製造物責任訴訟が多発し,保険者は抱えていたリスクの重大さを認識 することとなった。

したがって,⽛従来の保険商品でカバーしてしまっているエマージング・

保険学雑誌 第 642 号

足するとしても,当該告知事項について通知義務を課していることが解除権発 生の要件とされており(同項⚑号),エマージング・リスクに関しては,保険 契約者や被保険者に通知義務を課していないことが多いと考えられるため,こ の要件を充足しない。さらに,仮にエマージング・リスクを告知事項とし,か つ,保険契約者や被保険者に通知義務を課していたとしても,保険契約者また は被保険者が故意または重過失で遅滞なく通知しなかったことが解除権発生の 要件とされており(同項⚒号),保険契約者や被保険者が無重過失でエマージ ング・リスクに気づいていない場合には,たとえ保険者が気づいたとしても,

法文を形式的に当てはめる限り,この要件を充足しない。したがって,予期し ていなかったエマージング・リスクが発現したり増加したりしたとしても,保 険法の下では危険増加に基づく契約解除権が発生しない可能性が高い。

もちろん,保険法29条⚑項は消費者向け保険契約についてのみ片面的強行規 定であって(保険法33条),事業者向け保険契約に関しては保険約款で異なる 定めを置くことは法律上は可能である(保険法36条)。したがって,こと事業 者向け保険契約に関しては,エマージング・リスクに備えるべく,危険著増に 関する約款条項を整備しておくことが望ましいと考えられる。

29) 安田総合研究所(1989)51頁注⚒,厚生労働省⽛アスベスト(石綿)に関す る Q&A⽜(http : //www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/

roudoukijun/sekimen/topics/tp050729-1.html, last visited on May 31, 2018)参 照。

なお,今日では生産物賠償責任保険に関しては,オカレンス(occurrence)

方式の保険約款(賠償責任負担日を保険事故日とする賠償責任保険のこと)で はなく,クレームズ・メード(claims-made)方式の保険約款(被保険者に対 する損害賠償請求日を保険事故日とする賠償責任保険のこと)が用いられるこ とが多く,このような問題は生じにくくなった。

(26)

06-吉澤先生 Page 18 18/09/07 18:09 v3.40 リスク⽜の観点からは,全ての保険会社が,エマージング・リスクの洗い出 しやリスク評価に否が応でも取り組まなければならないのである(ORSA レ ポートにエマージング・リスクが取り込まれていることには(前述⚑参照),この ような意義もあるのかもしれない)。エマージング・リスクの洗い出しは,ど の保険会社も,時間と費用をかけさえすれば,完全ではないものの,一定の 洗い出しは実施できるであろう。そして,洗い出されたエマージング・リス クが既存保険商品によってカバーされているか否かを保険約款等に照らして 判断することになる。ここで,既存保険商品によってカバーされていること が判明すると,リスク評価を行い,現在の保険料水準が保険引受リスクに見 合っているか否かを検証することになる(けれども,当該リスクのリスク評価 が困難または事実上不可能であることが多いので,この検証は困難を極めるであ ろう)。

そして,当該リスクが相当程度の収支悪化をもたらす可能性があるとした ら,当該エマージング・リスクを排除するように保険約款を変更したり30), 保険引受方法を変更したり,保険引受を謝絶したりする対応策を実施する必 要がある。けれども,保険会社によるそのような対応を多くの保険契約者が 拒絶する保険文化(あるいは,リスク・カルチャー),あるいは,差し迫った 危険でなければ,そのような危険は無視する保険文化(換言すると,⽛災害時 には何とかなる⽜という考え方31))がもし日本に存在するとなると,このよう な対応策を保険会社は適時に実施できないかもしれない。そのような場合に は,やがて当該リスクが大規模に顕在化すると,保険会社の経営に相当の悪 影響を及ぼすかもしれない。

たとえば,米国同時多発テロ事件の発生後に世界的にテロ危険が顕在化し

近時のエマージング・リスクに保険会社はどう向き合うべきか

128

30) 米国では ISO による2014年の総合賠償責任保険(CGL: Commercial General Liability)の標準約款改定において,エマージング・リスクであるサイバー・

リスクに対応するため,秘密情報や個人情報へのアクセスや開示で生じる損害 賠償請求を免責とした。Ref., Insurance Journal (2017).

31) ⽛災厄の到来を平然かつ従容と受容する態度⽜が日本人には認められるとい う。田村(2006)48-50頁参照。

(27)

た(当時においては,まさにテロ・リスクはエマージング・リスクであった)。そ して,当時の保険商品ではテロ危険を排除していなかったため(あるいは,

明示的には排除していなかったため),世界の保険会社はテロ危険を免責とす る免責条項を一斉に付帯した(テロ危険のカバーを必要とする保険契約者は,

特約保険料を支払ってテロ危険復活担保特約を手配することになる)。ところが,

日本では,同様にテロ危険がエマージング・リスクとして急浮上したものの,

保険会社はテロ危険免責条項を一律に付帯することが容易にできなかったよ うである。すなわち,海外再保険者がテロ危険を引き受けないため,一定金 額(概ね10億円)を超える大規模企業物件についてのみテロ危険免責条項を 付帯し,それ以下の物件については免責条項を付帯できずにテロ危険も担保 していたようである。また,諸外国ではテロ危険担保のための国家制度が創 設されたが,日本では保険契約者となる産業界からのテロ危険をカバーする 保険制度の要望が強くないため創設に至っていない32)

こうした多くの保険契約者の態度は文化の問題であるので簡単には変わら ないのかもしれないが,多数のエマージング・リスクが一挙に到来している 近時の情勢に鑑みると(前述⚒参照),また,そのような保険文化をそろそろ 変革すべき時機に来ているとも考えられることからすると,保険会社は淡々 と必要な対策を実施すべきであろうし,保険契約者も甘受すべきであろう。

さらに,エマージング・リスクは,特に新技術に関するエマージング・リス クは,一定の便益が発生する一方で,どれほどの費用を要するかを明確にし たうえで,当該費用をどのように社会で分担していくべきかを議論すべきで あり,費用を明確にしていくべきだとも言えよう。

⚖.エマージング・リスクに用いる保険引受手法

⑴ 通常リスクの保険とは異なる保険引受手法

エマージング・リスクはリスク評価が困難であること,こと新技術に関す るエマージング・リスクについてはリスク評価が困難または事実上不可能な

保険学雑誌 第 642 号

32) 羽原(2007)62-63頁参照。

(28)

06-吉澤先生 Page 20 18/09/07 18:09 v3.40 ことが多いとすると(前述⚔参照),事業者としてはリスク評価に多大な時間 や費用を費やすよりも,①エマージング・リスクの顕在化防止や,②エマー ジング・リスクの顕在化に備える対策(エマージング・リスクの縮小やリス ク・ファイナンス)や,③エマージング・リスクが顕在化した際の損害拡大 防止対策に,より多くの時間や費用を配分すべきであると思われる。

損害保険会社は顧客における上記①~③を助言,支援,代行,実施する立 場にあるが,現在の保険業の中心はリスク・ファイナンスであるので,本節 ではリスク・ファイナンス(その主たる手法は保険である)を取り上げる。と ころで,エマージング・リスクに関する保険カバーの提供は,通常リスクに 関する保険カバーの提供とは趣を異にする。なぜなら,エマージング・リス クはリスク評価が困難または事実上不可能なことが多いからである。そのた め,通常リスクの保険カバーとは異なる保険引受手法が求められることにな る。保険会社が,既存保険商品でカバーしていないエマージング・リスクに ついて新商品を開発するにあたっては,リスク評価に多大な時間や費用を費 やすよりも,むしろ,一定の安定性と収益を確保できるような保険引受手法 の利用や開発に注力すべきであろう。また,既存保険商品がエマージング・

リスクをカバーしてしまっている場合には,単に免責特約を付帯したり保険 契約を謝絶したりするのではなく(前述⚕参照),新商品開発と同様に,一定 の安定性と収益を確保できるような保険引受手法を利用・開発のうえ,担保 特約等としてカバーを提供していくべきであろう。

⑵ 保険料の事後的調整

それでは,通常リスクの保険カバーとは異なり,エマージング・リスクの 保険カバーとしてはどのような保険引受手法が有効であろうか。その鍵は,

エマージング・リスクはリスク評価が困難または事実上不可能なことが多い という特徴にある。リスク評価が困難または事実上不可能なことが多いとい うことは,保険契約締結時においては正確な保険料算出が期待できないこと を意味する。なぜなら,エマージング・リスクは,①保険契約締結時におけ る当該リスクのリスク評価が困難または事実上不可能であるうえ,②保険契

近時のエマージング・リスクに保険会社はどう向き合うべきか

130

(29)

約締結後にも(すなわち,通常は⚑年間という損害保険契約の保険期間の期間中 にも)当該リスクが変容していく可能性が十分に存在するからである(なお,

この②の点33)は見過ごされがちであるので特に留意を要する)。

保険契約締結時において正確な保険料算出ができないとなると,保険契約 締結時には概算で保険料を合意し,保険期間終了後に精算を行う方式を採用 する他ない(そうでなければ,保険契約者側または保険会社側が,真のリスク量 から乖離した過大な負担を行うことになる)。そして,保険契約者の信用力がよ ほど高くない限り,通常は,保険契約締結時に多めに保険料を合意しておい たうえで,保険期間終了後に保険会社が保険契約者に精算を行う(多くの場 合,保険会社が保険契約者に保険料の一部を返還する)方式を採用することに なろう34)

このような保険引受方式は従来から存在する。無事故戻し(NCR: no claim return)35),優良戻し(GRR: good record return)36),事後的保険料調整(retro-

保険学雑誌 第 642 号

33) ⽛変化リスク⽜(risk of change)と呼ばれる。田中=松山(2004)51頁参照。

34) なお,保険会社が引き受けたエマージング・リスクを,保険デリバティブや 保険リスク証券化商品を通じて資本市場に繋いでいく方式も考えられないでは ない。しかしながら,さほど現実的な手法だとは思われない。なぜなら,そも そも,こうした金融商品においては価格付けできることが商品化の必須の要件 である一方,エマージング・リスクはリスク評価が困難または事実上不可能で あり,価格付けができないと思われるからである(サイバー・リスクに関して,

JLT Re (2017) p. 16参照)。また,リスク評価ができるようになれば保険デリ バティブや保険リスク証券化の対象となるが,その時点ではもはや当該リスク はエマージング・リスクではなく,通常リスクであると分類されよう。

35) 無事故戻しとは,ある保険契約について無事故であった場合に,当該保険契 約の満期終了後に,保険料の一定割合を保険会社が保険契約者に支払う,事後 的な保険料調整制度の一種である。たとえば,所得補償保険で無事故戻し(保 険料の20%)が行われている(東京海上日動火災保険(2016)109-110頁参照)。

36) 優良戻し(良績戻しともいう)とは,ある保険契約について保険成績が良好 であった場合に,当該保険契約の満期終了後に,保険料の一定割合を保険会社 が保険契約者に支払う,事後的な保険料調整制度の一種である。たとえば,貨 物保険で優良戻しが行われている(東京海上火災保険(1987)55頁)。

(30)

06-吉澤先生 Page 22 18/09/07 18:09 v3.40 spective rating)37),ファイナイト保険(finite insurance)38)といった保険引受手 法がこれに該当する39)。前⚒者は保険契約者側に事故抑止のインセンティブ を与えることに主眼があるが,後⚒者はリスク量が不明確な場合に保険料の 事後的な調整を行うことに主眼がある。エマージング・リスクに関する上記

①および②の特徴を踏まえると,事後的保険料調整やファイナイト保険は,

まさにエマージング・リスクの引受に適している。保険会社としては,こう した保険引受手法をさらに発展させたうえで,エマージング・リスクを積極 的に引き受けていくことが期待されている。

また,国家としても,エマージング・リスク対応,ひいては新技術のさら なる開発と実用化促進のためには,こうした保険引受手法を制度的に保障す ることが期待されている。具体的には,保険会社としては,保険業法におい ても,保険法においても,こうした保険引受手法が保険として確実に認めら れることが不可欠である。また,保険契約者としては,企業会計においても,

税務会計においても,こうした保険引受手法が保険として確実に認められる ことが不可欠である。そのためには,こうした保険引受手法が保険として認

近時のエマージング・リスクに保険会社はどう向き合うべきか

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37) 事後的保険料調整とは,保険契約の満期終了後に,当該保険契約の保険成績 に応じて,保険料を事後的に調整する調整制度である。保険成績が予定より良 好であれば保険会社が保険契約者に保険料の一部を返還し,他方,保険成績が 予定より不良であれば保険契約者が保険会社に追加保険料を支払う。なお,成 績良好時の保険料返還のみ行う場合は,利益戻し(PC: profit commission)と 呼ばれている。たとえば,賠償責任保険で事後的保険料調整が行われている。

38) ファイナイト保険とは,事後的保険料調整(前注参照)の一種であるが,保 険期間が複数年である点(多数の保険契約者間での共時的分散よりも,少数の 保険契約者間での通時的分散の色彩が強い),および,保険料調整割合が大き い(通時的分散の色彩が強いため,当該保険契約者の保険成績と大きくリンク した保険料調整が行われる)点に特徴がある。吉澤(2006)94-96頁参照。

39) 生命保険における契約者配当は,保険料を高めに(すなわち,保守的に)設 定しておいて,剰余が発生した場合には保険契約者に還元しているが,事後的 な保険料調整の一種であると言えよう。日本生命保険(2016)65頁参照。

なお,自動車保険におけるノンフリート等級制度やフリートのメリット制度 は,当該保険契約の保険料を調整するものではなく,継続契約の保険料を調整 するものであるので,本文で述べているような保険引受手法とは異なる。

参照

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